1O04 量子化学計算による気体分子の溶解度:調和溶媒和モデルによる

1O04
量子化学計算による気体分子の溶解度:調和溶媒和モデルによる検討
○石川 敦之 1、鎌田 将宏 2、中井 浩巳 1-4
(1 早大 理工研、2 早大 先進理工、3JST-CREST、4 京大 ESICB)
【緒言】気体分子の溶解度は、有機化学・無機化学において重要な物性のみならず、有害物質の
分散などを図る指標として環境化学の分野でも重要視されている。しかし、気体分子の溶解度は
実験条件に大きく左右される敏感な量であり、任意の分子について溶解度を精度良く測定するこ
とは容易ではない。このような事情から、理論計算から気体の溶解度を求める様々なアプローチ
これまで提案されてきた。そのうち最も一般性の高いものは量子化学計算を利用するものである
が、既存の量子化学手法は凝縮相の熱力学量(エンタルピー・エントロピー・自由エネルギー)
の算出において大きな問題を抱えており、気液平衡系を取り扱うことは困難であった。
近年、我々の研究室が開発した調和溶媒和モデル(Harmonic Solvation Model: HSM)は上記のよう
な問題点を解決した手法であり、この手法を用いることにより凝縮相のエンタルピー・エントロ
ピー項を高精度に求めることが可能となった。本研究は、この方法を用いて量子力学計算から気
体分子の溶解度を算出する手法を確立することを狙いとする。
【方法】一般に気体の溶解度は Henry 定数(kH)によって表される。kH は、分子の溶媒和自由エネル
ギー(ΔGsolv)から次式により求めることができる。
k H  RT exp  Gsolv / RT 
ここで、R は気体定数であり T は温度である。ΔGsolv は、気相の Gibbs エネルギー(Ggas)と溶液内
の Gibbs エネルギー(Gsol)を用いて
Gsolv  Gsol  Ggas
から算出することができる。Gsol の算出において、既存の量子化学手法では溶液内分子の並進・振
動・回転運動を理想気体モデル(ideal gas model: IGM)で記述する。これに対し、HSM では並進・
回転を溶媒和 cavity 間との振動相互作用により記述する。このため、エンタルピー項の算出や、
特にエントロピー項の算出において IGM と HSM は大きく異なった挙動を示す。
本研究においては、H2, N2, CO や CH4 など比較的多くの測定が行われている小分子 25 分子を計
算 対 象 と し た 。 構 造 最 適 化 ・ 振 動 数 計 算 は MP2/aug-cc-pVTZ で 行 い 、 エ ネ ル ギ ー 評 価 は
CCSD(T)/aug-cc-pVTZ の 計 算 レ ベ ル で 行 っ た 。 溶 媒 和 モ デ ル に は conductor-like polarizable
continuum model (CPCM)を利用した。実験値は文献[3]および[4]を参照した。
【結果】Figure 1 に、IGM および HSM による 25 分子の(A) 溶媒和エンタルピー、(B) 溶媒和エ
ントロピーの寄与、(C) 溶媒和 Gibbs エネルギーを示す。HSM はエンタルピー、Gibbs エネルギ
ーについて IGM を改善し、とくにエントロピー部分について著しい改善をもたらすことがわかる。
(A)
(B)
10.0
30.0
0.0
0.0
20.0
-10.0
-20.0
IGM
-30.0
-40.0
-30.0
-20.0
-10.0
Experimental (kJ/mol)
0.0
-20.0
-30.0
IGM
-40.0
HSM
-40.0
-10.0
Theoretical (kJ/mol)
Theoretical (kJ/mol)
Theoretical (kJ/mol)
(C)
10.0
HSM
-50.0
10.0
-50.0
-30.0
-10.0
Experimental (kJ/mol)
10.0
10.0
0.0
IGM
HSM
-10.0
-10.0
0.0
10.0
20.0
30.0
Experimental (kJ/mol)
Figure 1. Comparison between experimental and theoretical values for (A) solvation enthlapy (ΔHsolv), (B)
solvation entropy contribution (TΔSsolv), and (C) solvation Gibbs energy (ΔGsolv) calculated by IGM and HSM.
さらに、Figure 2 に Henry 定数の温度依存性(相対値)を示す。(A)アルカン、(B)ハロアルカンと
もに IGM では温度依存性を全く記述できていないが、HSM により温度依存性を正しく表現でき
ていることが解る。Henry 定数の温度依存性は主に溶媒和エントロピーにより決定されることか
ら、HSM による溶媒和エントロピーが溶解現象を正しく表現できていることがわかる。
以上の結果から、HSM の利用により量子化学計算でも気体の溶解度を高精度に計算できること
が明らかとなった。また、溶媒和エントロピーを正しく算出できることから溶解度の温度依存性
についても正しく表現できることが示された。
Figure 2. Temperature dependence of the Henry's constant calculated by IGM and HSM. Relative
value w.r.t 288.15 K were shown. (A) alkanes, (B) haloalkanes.
References
[1] H. Nakai, A. Ishikawa, J. Chem. Phys., 141, 174106 (2014)
[2] A. Ishikawa, H. Nakai, Chem. Phys. Lett., 624, 6 (2015)
[3] R. Sander, Atmos. Chem. Phys., 14, 29615 (2014)
[4]化学便覧(第6版、基礎編 II), 丸善, (2004)