3 時間で取り組む情報モラル学習の単元開発

3 時間で取り組む情報モラル学習の単元開発
―4 年生を対象とした著作権学習の実践報告―
鳥取市立修立小学校
杉谷 義和
1. はじめに
今日の社会において,パソコンや携帯電話・スマートフォン(以下,スマホ)等の情報機器は不可欠
なものとなり,世代を問わず関わりを持つようになってきている。しかし,その一方で,有害な情報,
コンピュータやネットワークの不正利用,プライバシーや著作権の問題等,情報化の影の部分が深刻な
社会問題となっており,トラブルの低年齢化が危惧されている。これらは,様々なマスメディアから流
されるあまりにも多い情報の中で,どの情報を選択すればよいのか難しい環境に置かれていることや間
接体験や疑似体験が増加し,実体験との混同を招いたりすること等が要因となっていると考えられる。
児童は,学年が上がるにつれて,次第にコンピュータや携帯電話・スマホ等を日常的に用いる環境に入
っており,情報環境づくりへの対応が進展している学校において,情報化の影の部分に対応していく情
報モラル学習の実践が大きく期待されている。
そこで本実践では,このような動向を背景とし,現任校の小学生 4 年生を対象に,著作権を事例とし
た情報モラル学習を実践的に検討し,教育現場の教師に対して,情報モラルの授業改善の一助となるこ
とを目指す。
2. 教育活動前の児童の状況
平成 26 年 5 月に,インターネットの利用に関する実態調査アンケートを 4 年 1 組 25 名を対象に行っ
た。有効回答率は 100%であった。
「家に,自分が使いたいときに使えるインターネットにつながるパソ
コンがありますか」の質問項目に対して,25 人中 10 人(40%)があると回答している。また,インタ
ーネットの接続が可能なDSの所持率は,25 人中 17 人(68%)と約 7 割である。
「自分の携帯電話・ス
マホを所持していますか」の質問項目に対して,25 人中 3 名(12%)であった。また,携帯電話・スマ
ホを持っていない児童 22 人のうち,12 名(55%)は,ほしい気持ちはあると回答している。
「インター
ネットや携帯電話・スマホをみんなが気持ちよく使うためのルールやマナーについて学校で勉強がした
ことがありますか」の質問項目に対して,25 人中 22 人(88%)がないと答えた。うち 3 人は,帰りの
会や生活科の時間に,インターネットでやってはいけない操作やきまりについての指導を受けとことが
あると回答している。アンケート結果から,インターネットのトラブルに巻き込まれた児童がいるとい
う実態はなかった。また,山本・清水(2005)の作成した著作権意識評価尺度(
「著作権の意識化」
「著
作権の尊重」
「違法な複製」
「許諾の必要性」計 4 項目)を用い,児童の著作権意識の状況を把握した。
意識の平均値(4 点満点)が相対的に低かったのは,
「著作権の意識化」
(平均値 1.4)と「違法な複製」
(平均値 2.5)であった。
3. 情報モラルに対する意識を高める授業のデザイン
3.1 単元構成の意図
児童が,著作権に関する価値の自覚を主体的に図ることができるように,従来型とは異なる情報モラ
ル学習の単元構成を目指した(図 1)
。従来型は,インターネットの利用体験の中で,著作権の法に関し
ての説明をしたり引用の明記を教えたりしながら,著作権に配慮したインターネットの利用につなげて
いく学習形態である。しかし,本実践では,態度育成に重点を置いた情報モラル学習を目指すことから,
インターネットの利用体験をさせた上で,著作権に関する価値の自覚を図る授業を従来型の中に組み入
れることとした。
情報モラル学習の乏しい児童に対して,
学習の初期段階で直接的な著作権問題の指導をしてしまうと,
抵抗感をもたれてしまうことが予想される。そこで,学校生活の身近な著作権を題材とするような情報
モラル学習を位置付けることとした。また,著作権の問題を著作者と活用者の両者の立場に立って捉え
させることが著作権をより尊重することにつながるとの考えに基づき,著作者と活用者の両者の立場に
立って著作権問題を捉えることのできる題材(自作資料)を扱うこととした(図 2,図 3)
。ここでの学
習段階を「著作者・活用者の立場を考える段階」とした。上述の心の問題を扱った学習を実施した後,
著作権の目的や種類,法律等を扱った知識の問題を扱うことで,著作権の問題を心の問題と知識の問題
の両面からアプローチすることが可能になると考えた。ここでの学習段階を「著作権の理解を図る段階」
とした。児童が著作権問題に対して確かな実践につなげていくための基盤となる学習段階として位置付
けである。上述の学習段階後,実践化をねらった授業を次時に配置することも考えられるが,今日の情
報モラル学習では,心の教育の充実が求められているため,本実践では,知識の問題を扱った学習後,
さらに心の問題を扱った学習を再配置し,より高度な思考力・判断力を育み実践の場へつなげることを
ねらいとした。上述の学習段階を「より高度な思考力・判断力を育成する段階」とした。そして,単元
を通して高められた情報モラルに対する意識を実践に生かすために単元学習後にインターネットを利用
した学習を配置することとした。本実践の情報モラルの単元の枠組みを図 1 に示す。
-本研究-
インターネットの利用体験
インターネットの利用体験
著作権の知識の学習
著作権に関する価値の
自覚を図る授業①
第1時
著作権に配慮した
インターネットの利用
著作権の知識の学習
著作権に関する価値の
自覚を図る授業②
インターネットを利用した
学習(共通体験)
心の問題
著作者・活用者の立場を考える段階
第2時
知識の問題
著作権の理解を図る段階
第3時
心の問題
より高度な思考力・判断力を育成する段階
著作権に配慮した
インターネットの利用
インターネットを利用した
学習(共通体験)
図 1 従来型と本研究の比較と情報モラル単元の枠組み
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-従来型-
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図 2 自作資料「インターネットを使った調べ学習」
自作資料「インターネットを使った調べ学習」
主人公(百合)活用者
(たけし)著作者
閲覧
類似作品
宿題提出
学校Web
自作新聞掲載
作品活用
美紀に紹介
作品活用
トラブル
(友達の美紀)活用者
閲覧
Web掲載
類似作品
宿題提出
図32 自作資料のストーリーの概要
自作資料のストーリーの概要
図
3.2 実践の手続き
6年 番 (男・女)
本題材で設定した手立ての効果を把握するために,
質問項目(こうもく)に対して、現在の気持ちに最も近い番号に、必ず○をつけて下さい。
4:非常にあてはまる 3:あてはまる 2:あまりあてはまらない 1:全くあてはまらない
山本・清水(2005)の作成した著作権意識評価尺度
を準備した(図 5)
。本実践は,平成 26 年 6 月に,T
県内公立 S 小学校 4 年生小学校 25 名を対象に実施
した。
有効回答は 25 名,
有効回答率 100.0%である。
質問項目は,
「著作権の意識化」
(質問項目 8,9,10,11)
,
「著作権の尊重」
(質問項目 2,5)
,
「違法な複製」
(質
問項目 1,3,7)
,
「許諾の必要性」
(質問項目 4,6)の計
11 項目をそれぞれ設定した。著作権意識に対する事
No
1
質 問 項 目
回答欄
ポスターやパンフレットを作るときに、まんがのキャラクターを使ってよいと思いま
4 3 2 1
すか。
2 友達が作った図工の作品などを大切にしていると思いますか。
4 3 2 1
3 社会科の学習で、図書館の本を自分でコピーして使ってよいと思いますか。
4 3 2 1
4 友達の書いた文章や作文をまねて発表してもよいと思いますか?
4 3 2 1
5 掲示してあるポスターやパンフレットを大切にしていると思いますか?
4 3 2 1
他の人の作品を使うときに、作った人に許可をもらうようにした方がよいと思います
6
4 3 2 1
か?
音楽のCDを自分が聞くために、カセットテープやMDにダビングしてもいいと思い
7
4 3 2 1
ますか?
前・事後調査を「著作権の尊重をテーマにした情報
8 あなたは著作権について詳しく知っていると思いますか?
4 3 2 1
モラル単元(計 3 時間)
」の前後に行った。
9 あなたは、ひごろから著作権に気をつけていると思いますか?
4 3 2 1
10 コピーしたり印刷したりするときに、著作権に気をつけていると思いますか?
4 3 2 1
11 著作権を守ることは大切なことだと思いますか?
4 3 2 1
図 5 山本・清水(2005)の作成した
4. 教育活動の展開
著作権意識評価尺度
第 1 時 学級活動(2)「適切なインターネットの活用①」
(著作者・活用者の立場を考える段階)
第 1 時では,インターネットの情報を活用する側(活用者)の配慮を欠いた行為から生じた著作権問
題を取り扱った自作資料「インターネットを使った調べ学習」で学習を試みた(図 1,図 2)
。ここでの
反応は,主人公のとった行為に対して,
「ずるい」
「ずるくない」の意見に二分された。
具体的には,話し合いの当初,
「ずるい」と主張した児童たちか
らは,
「人が一生懸命つくったものを自分のつくったかのようにし
ている。
」
「つくった人の許可をもらっていない。
」という意見が出
され,
「ずるくない」と主張した児童たちからは,
「学校図書館で
調べ学習をするときに引用することはよくあることだから,イン
ターネットの世界でも問題ない。
」
という意見が出され見解が割れ
た。しかし,話し合いを進めていくと,活用者も著作者もお互い
気持ちよくアイディアや考えを交流するためには,先ず,活用者
側が,著作者の存在を考えた対応を示すこと,著作物の向こう側には,著作者がおり,自分自身もその
立場になりうるということに気づくことができ,活用の仕方を考えることが大切だという方向に向かっ
た。以下,児童の感想である。
「まねをすることから学びが始まると思って,インターネットで調べ学習
をしたときは,ほとんどまねをしてまとめとかを書いていたので,著作権を守らないことをしていたん
だなあと思いました。参考にするのはいいけど,自分のものとして発表したりするのはいけないと思い
ました。まね方が大事だと思いました。
(第 1 時の感想から)
」
。第 1 時の実践では,活用者としての在り
方を考えるだけではなく,広く著作者・活用者としての立場から著作権を考えることができたことが示
唆された。
第 2 時 学級活動(2)「適切なインターネットの活用②」
(著作権の理解を図る段階)
第 2 時では,著作権の目的や種類や法律などの理解を図るため,インターネットのデジタルコンテン
ツ(コピーライトワールド)を活用した。児童一人一人が自分のペースに合わせて著作権についての理
解を深めていく学習を試みた。児童は,身の周りにある著作物の存在に気づいたり,著作物は法律に守
られていることを知ったりすることで著作権に興味をもちながら学ぶことができていた。以下,児童の
感想である。
「映画や絵,作文,詩などにも著作権があることが分かりました。50 年や 70 年など,著作
権には,期限があることも分かりました。作品を作ったその時点で,
「著作権が自動的に発動する」ということにおどろきました。
(第 2
時の感想から)
」
。このことから,第 2 時の実践では,多くの児童が著
作権についての法的根拠に基づいた理解をしたうえで,著作権を大切
にしていこうとする思いをもつことができていたことが示唆された。
第 3 時 道徳の時間「不正を許さない【1-3】
」
(より高度な思考力・判断力を育成する段階)
第 3 時では,広く著作権を考えるため,図書に関しての著作権を題材とした既存資料「のりづけされ
た詩」を用いて著作権に対する思考力・判断力をより高めていくことをねらいとした実践を試みた。以
下,児童の感想である。
「人のまねばかりしていたら自分にとってよくないし成長しないと思いました。
勝手に使用すると罪悪感が生まれるし,著作者も不愉快になると思いました。悪いと分かっていること
は,行動に出さないことが大事だと思いました。
(第 3 時の感想から)
」
。
これらのことから,第 3 時の実践から多くの児童が道徳資料
をもとにして,著作権問題を自己の生活と照らして振り返って
いることが示唆された。これは,著作権問題を多面的に考えて
きたことや心情面と知識面の両面でアプローチしてきたことが
身近な問題として捉える事に繋がったと考えられる。また,同
じ過ちを繰り返さないことの必要性について多くの児童がふれ
ていることから,道徳の時間による正義の価値の高まりが示唆
された。
5. 実践の効果
単元終了後の総合的な学習と夏休みの自由研究作品において,実践化(インターネットのアドレス明
記,図書資料の出典明記)につながる児童が見られた。第 2 時の学習で,児童の「著作者に直接,許可
が取れない場合はどうするんですか。
」の問いにより,アドレスの明記や図書資料の出典明記について,
さらに学習を深めることができていたことによる効果が大きいと考えられる。
実践化が見られた児童のノート例
実践化が見られた自由研究例
本実践前後での,児童の著作権意識の状況(
「著作権の意識化」
「著作権の尊重」
「違法な複製」
「許諾
の必要性」計 4 項目)を分析した(表 1)
。その結果,
「著作権の意識化」と「許諾の必要性」の 2 項目
において有意な伸びが認められた。特に「著作権の意識化」においては,高い伸びが認められた。
(t(25)=12.34 p<0.01)このことから,著作権を事例とした情報モラル学習の本実践において,児童の
著作権に対する意識が促進されていたことが示唆された。
表 1 児童の著作権意識の変容
著作権の意識化
著作権の尊重
違法な複製
許諾の必要性
事前
事後
対応のあるt検定
平均
1.35
3.35
t(25)=12.34
S.D.
0.81
0.51
**
平均
3.44
3.38
t(25)=0.51
S.D.
0.56
0.60
ns
平均
2.49
2.57
t(25)=0.66
S.D.
0.39
0.54
ns
平均
3.60
3.78
t(25)=2.8
S.D.
0.45
0.52
**
*p<0.05 **p<0.01
N=25
6. 成果と課題
本実践は,現任校の児童を対象に,著作権を事例として,3 時間でできる情報モラル学習単元のデザ
インを試みた。その結果,
「著作権の意識化」
「許諾の必要性」の 2 項目で有意な水準の伸びが認められ
た。また,単元後の児童の感想と変容から著作権に対する意識が高まったことが示唆された。
このような成果の要因には,大きく以下の 2 点が挙げられる。第一に,学級活動と道徳の時間の有機
的な関連を図って単元構成を図ったことにある。本実践の単元の構成については,本校職員で開催した
事後研究会においても,児童の学習に対する意識のスムーズな流れとマッチしているとして高い評価を
得ている。このような単元デザインでは,取り上げたトピック(本実践では,著作権)に含まれる道徳
的価値観や知識が子どもの意識の上でスムーズに位置づけられるよう,学習の順序を考慮し,単元構成
を工夫することが重要となる。また,学習環境も教室に限ることなく,コンピュータ室等,情報機器の
ある環境を積極的に活用し,利用体験を踏まえながら指導するというような環境面のデザインを充実さ
せることも必要である。第二に,自作資料の活用の重要性である。本実践では,身近に起こり得る情報
モラルに関わる出来事を題材に,
著作者と活用者の両者の立場を考えられる資料を用いて実践を行った。
このことについては,授業を参観した本校職員からも,身近な情報モラルに向き合える資料として有効
であるとの高い評価を得ている。情報モラル学習のための資料作成には様々な工夫が求められるが,少
なくとも本実践で得られた成果からは,①情報モラルの影の部分である問題事例だけに焦点を当てるの
ではなく,効率性や利便性等の光の部分も考えることのできる資料にすること,②情報化社会がバーチ
ャルで匿名性をもつことを踏まえ,主人公以外の情報モラルにかかわる他者の存在についてもあえて考
えさせる資料を作成すること,の 2 点が重要だと考えられる。
しかし,本実践では以下のような問題点が残されている。第一に,実施時期の問題である。本実践は,
4 年生の前期(6 月)に実施したが,後期での実施は試みていない。ある程度,インターネットの活用経
験を積んでいる後期に学習する方が,
レディネスの不十分な児童が前期より少なくなるのかもしれない。
第二に,国語科との有機的な関連である。後期に国語科で学習する「引用」と系統的に学習を進めるこ
とができると,情報モラルについての意識が一層高まることが期待できる。実施時期を後期にして、国
語科と関連を図りながら著作権の意識化を検証する必要がある。今後も児童が,主体的に自分自身と向
き合えるような指導の工夫が求められる。本実践で得られた結果の追試を含め,これらについては今後
の課題とする。
【参考文献】
1)山本朋弘・清水康敬(2005)著作権教育による児童の意識変容と授業実践の効果,日本教育工学会誌 29
(Suppl.
)
,pp.1-4
2)情報センター:コピーライトワールド http://www.kidscric.com/(最終アクセス 2014.6.12)
3)松野敏夫(2010)のりづけされた詩,村田昇他監修みんなの道徳 6 年,pp.50-53,学習研究社