概要版

研究論文
「デフレ期における価格の硬直化 原因と含意」
-原論文は、渡辺努(東京大学大学院経済学研究科教授・日興フィナンシャル・インテリジェン
ス客員研究員)をリーダーとする研究チームによる約1年にわたる研究成果を取り纏めたも
のである。-
-研究チームは、渡辺努の他、明治大学総合数理学部・東京大学大学院経済学研究科渡辺
広太、日本総合研究所調査部研究員村瀬拓人、同井上肇、日興フィナンシャル・インテリ
ジェンス理事長室長篠田周、同室長代理大河原康典 の6名によって編成。-
日興フィナンシャル・インテリジェンス
2015年2月20日
本論文の構成 (目次)
1.
はじめに
2.
1990年代半ば以降のデフレの特徴
3.
品目別価格変化率の分布
(Findings 1 : 「価格硬直性」の存在)
4.
価格硬直化の原因
(Findings 2 : 「緩やかなデフレ下での『価格硬直性』の内生的発生」
5.
Ssモデルとその含意
(Findings 3 : 「シミュレーション分析による『価格引き下げ予備軍』の発生確認)
6.
結論
2
要旨
○ 1990年代半ば以降のデフレの特徴
• 緩やかな物価下落が長期間持続。
• この間、財・サービス両方の寄与によりフィリップス曲線が平坦化。足許でも、フィリップス曲線に顕著
な変化が起きたとは言えない(平坦なまま)。
• 同じタイミングで価格硬直性が発現・進行。
―品目別価格変化率(前年同月比)がゼロ近傍の品目の割合は、95年から99年まで上昇を続け、
その後現在に至るまで高水準(物価ウェイトの5割程度)が継続。諸外国と比べても突出して高い。
これがゆえに物価がなかなかあがってこない状況にある。
○ 価格硬直化(フィリップス曲線平坦化)の背景
• デフレ期とインフレ期で価格硬直性が非対称であった。これがデフレ期の価格の下方硬直性につな
がり、フィリップス曲線の平坦化を生じさせた。
―CPI前年比が負の場合、CPI前年比が低下するほどゼロ近傍の品目の割合が増加。
• 実際には価格が据え置かれていた品目について、据え置きではなく下落していたと仮定してシミュ
レーションすると、フィリップ曲線の傾きは実績に比べ大きくなる。
○ 金融政策への含意(企業の価格更新に関するSsモデルによる分析)
• デフレ期に価格が下方硬直的だった結果として、デフレの最終局面では、実際の価格が本来あるべ
き価格水準を上回る企業(「価格引き下げ予備軍」)が通常よりも多く存在する状況となっていること
をモデルを使ったシミュレーションにより確認。こうした状況では、通常よりも金融緩和が効きにくく、
価格硬直性の状況を変えていくことは容易ではない。
3
2.1990年代半ば以降のデフレの特徴
2.2 フィリップス曲線の平坦化
【1990年代半ば以降、「フィリップス曲線の平坦化」が進展】
マクロ面から見れば、「価格硬直性」を意味する「フィリップス曲線の平坦化」は、90年代半ばから進み、90
年代終わりにはゼロ近傍に達している。
図2:フィリップス曲線
図3:財・サービス別フィリップス曲線の傾き
4
3.品目別価格変化率の分布
3.1 品目別価格変化率の分布の形状と変遷
【物価がなかなか上昇しない理由は、「価格硬直性」のため】
消費者物価の変化を品目別データに遡って確認したところ、今回の物価上昇局面では、ほとんど価格変
動を示していない品目・ウェイトが極めて大きく、全体の5割程度を占めている(図4)。
こうした状況に陥ったのは、1990年代後半であり、その後現在まで持続している(図5)。
なお、原論文に未採録ながら、14年4月の消費税引き上げ後も、「価格硬直性」は観察される(参考)。
図4:品目別価格上昇率の頻度分布 図5:前年比ゼロ近傍の品目の割合 (参考)品目別価格上昇率の
頻度分布 (消費税引上後)
消費税率引き上げの影響を除いた頻度分布
(%)
40
35
2014年3月
30
2014年11月(消費
税の影響を除く)
コアCPI前年比
2014年4月:+1.3%
2014年11月(消費税の影響
を除く):+0.7%
25
20
15
10
5
0
-11-10-9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
(個別品目の価格上昇率、前年比、%)
(資料)総務省をもとに日本総研作成
(注1)ヒストグラムの幅は0.5%ポイント(中心が±0%の範囲は
前年比-0.25%~+0.25%)。ヒストグラムの両端は、前年比
-10.25%未満と同+10.25%以上の品目の割合。
(注2)2014年8月の分布は、課税品目の前年比変化率から
2.86%ポイントを差し引いた上で頻度を算出。
5
3.品目別価格変化率の分布
3.2 各国の品目別価格変化率分布との比較
【「価格硬直性」は、諸外国には見られず、デフレ期後の日本特有】
諸外国との比較においても、米国、カナダ、英国といった物価上昇を続ける国はもちろん(図8)、物価下
落を経験しているスイスの物価下落時においてもこうした「価格硬直性」状況は観察されず(図9)、足元
の日本経済に特有の現象であることが示唆される。
(%)
40
35
(%)
40
日本(2014年3月)
米国(2014年3月)
30
25
CPI前年比
日本:+1.3%
米国:+1.5%
20
図8.2:カナダの品目別分布
図8.1:米国の品目別分布
35
30
25
20
15
15
10
10
5
5
0
-11-10-9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
(個別品目の価格上昇率、前年比、%)
(%)
40
35
30
25
20
15
図8.3:英国の品目別分布
日本(2014年3月)
英国(2014年3月)
CPI前年比
日本:+1.3%
カナダ:+1.5%
0
-11-10-9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
(個別品目の価格上昇率、前年比、%)
(%)
30
図9:スイスの品目別分布
25
20
CPI前年比
日本:+1.3%
英国:+1.5%
日本(2014年3月)
カナダ(2014年3月)
15
CPI前年比
2009年7月:▲1.2%
10
10
5
5
0
-11-10-9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
(個別品目の価格上昇率、前年比、%)
0
-11-10 -9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11
(個別品目の価格上昇率、前年比、%)
6
3.品目別価格変化率の分布
3.3 QQEの前と後の比較
【「価格引き下げ予備軍の存在】
品目別に2012年12月と2014年3月とで価格変化の時点間の分布・遷移を確認すると、12年時点で価格の
動かなかった品目で14年も動かない品目の割合は極めて高い(79%)。また注目すべきは、12年時点で価
格が下落していた品目で14年に上昇に転じた品目の割合(48%)は、12年時点で価格が動かず14年に上
昇に転じた品目の割合(16%)を大きく上回る点。
図11: 2012年と2014年の品目前年比の同時分布
表1: 2012年から2014年の間の 遷移割合
7
4.価格硬直化の原因
4.2 価格据え置き品目の割合とインフレ率の関係
【価格硬直性の進展】
1971年から2014年の各月のCPIコアの前年比変化率と価格上昇、下落、不変品目の割合との関係を見
ると、CPIの変化率がプラスからゼロに近づくと、価格上昇品目の減少対比、下落品目の増加は小幅で
あり、価格不変品目の割合が高まる価格硬直性が確認される。
1995年以降は、CPIコア前年比のゼロ近傍で変化を見ると、プラス・マイナスどちらの場合も価格不変品
目の割合が過去対比極めて高く、緩やかなデフレ下での価格硬直性の進展を示唆している(図13
部
分)。
図13:価格上昇・不変・下落品目の割合とCPIインフレ率の関係 (前年比ゼロ近傍の場合)
8
4.価格硬直化の原因
4.3 ゼロ近傍品目の刈り込み指標
【価格硬直性がないとしたフィリップス曲線の推計(シミュレーション)】
1995年以降のデフレ期において、価格不変品目は本来は価格が下がるべきだったにもかかわらず価格
の下方硬直性のために価格不変に止まったと仮定し、価格不変品目をすべて価格下落に振り分けインフ
レ率を計算し、フィリップス曲線を算出するシミュレーションを実施。
価格硬直化がなければ、フィリップス曲線の傾きは実績対比大きかったことが確認される。これは、1995
年以降、本来は下落すべき品目が価格の下方硬直性のために不変にとどまり、フィリップス曲線の平坦
化が生じたことを示している。
図15:価格硬直化がなかった場合のフィリップス曲線
注:
は、価格不変品目をその月の実際の価格上昇
品目の割合と下落品目の割合を用いて、価格上昇・
価格下落へと振り分け、
は、価格不変品目は、
本来価格が下がるべきだったにもかかわらず、
価格の下方硬直性のために価格不変に止まったと
仮定し、価格不変品目をすべて価格下落に振り分け、
それぞれの月次データによりインフレ率を計算した
後、年度平均したもの。
9
5.Ssモデルとその含意
5.2 (1) 最適価格からの乖離の定常分布
【「価格硬直性」状況の再現:価格決定関数のモデル化】
ある閾値を超えると価格が変更されるという価格決定関数を設定し、価格下げ方向の場合の閾値を上げ
方向の3倍に設定。価格下落圧力があるなかでシミュレートし、分布を確認すると、実際の価格が適正価
格よりも高い(価格下落バイアスを有する)品目のウェイトが高い状況が再現された(図16 緑のライン)。
図16:適正価格からの乖離の定常分布
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5.Ssモデルとその含意
5.2 (2) 金融緩和シミュレーション
【「価格硬直性」状況の再現:金融緩和(物価上昇圧力)下での価格硬直性】
前ページのもとで、金融緩和(価格上昇圧力)の価格変化への影響をシミュレートしたところ、金融緩和
(価格上昇圧力)にもかかわらず価格引き下げ品目の割合があまり減らない、「価格硬直性」状況が再現
された。
表2:物価上昇圧力下でのシミュレーション
11
6.結論
結論
本研究の問題意識は、15年とも言われるデフレ期を脱し、上昇局面にある我が国の消費者物価が、日
本銀行が「物価安定の目標」とする前年比2%の上昇に早期に到達することが容易ではないように見える
状況下、物価の動きと言う意味で、現状何が起こっているのか、またその原因・背景はどのようなものか
を解明することである。
今回の研究では、現在の我が国で、相応の物価上昇圧力があるなかで、物価がなかなか上昇してこな
い「価格硬直性」とも呼ぶべき状況が観察されること、この「価格硬直性」状況は1990年代後半に現出し、
その後現在に至るまで持続していること、が確認された。
この価格硬直性は、緩やかで長期にわたるデフレ期を経るなかで、(メニューコストの存在など)価格変
更を十分に実施しない状況が起こり、内生的に発生することとなり、「価格引き下げ予備軍」品目が多数
存在する状況に他ならないことが示された。
また、そうした状況下では、金融緩和(物価上昇圧力)のなかで、価格変更が容易にはなされないこと
が、モデルやシミュレーションによって確認され、実際の状況と整合的である。
本研究の結果からは、我が国では、長期にわたるデフレの負の遺産として、「価格引き下げ予備軍」が今
なお多く存在しており、「価格硬直性」状況に陥っていることから、金融緩和の物価に及ぼす影響が限定
的となっており、この「価格硬直性」の状況を変えていくことは容易ではないことが示唆される。
本資料は、学術研究の成果の情報提供を目的としており、投資勧誘を目的としたものではございません。本資料は、信頼性の高いデータから作成されておりますが、当社は
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おります。
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