學術研究にも遊戯三昧の境地あり 醫博 佐々木隆興 東京駿河臺佐々木

學術研究にも遊戯三昧の境地あり
醫博 佐々木隆興
東京駿河臺佐々木研究所
Ludwig Claisen(注 1)
“Wahrlich, es gleicht die Chemie dem verwandlungsfähigen Proteus:Oft sie als Göttin
ersheint, oft auch als lannishes Weib. Aber wir dienen ihr gern, denn hinter den trügenden
Launen Birgt sie in neckischem Spiel künfttiges, ew’ges Gesetz”.
實にや化學は變幻窮りなき海の女神に似たるかな、時に神々しき女神の軀を現し時に氣
むづかしき女人の姿を示す、それだに我等は歓喜して之に仕え額づく、そは此小意地の悪
い御機嫌の裏には、からかひ半分に道化乍ら巌として末來千古不易の方則を包藏するから
である。
上記はアンシュツ教授(注 2)の本年の獨逸化學會誌十月號にものせるクライゼン先生の
追憶篇の巻頭に舉げたる先生が嘗て友人に興へたる書の一節である。
伯林大學教授の顕職を棄て小都ゴーデスベルグに個人學者として二十年近くも學を樂ん
だ人の遊戯三昧の心境をうかがうことが出来る様な氣がする。血眼になり名利をあさる人
たちにこの海の女神の懐柔を受けられむ事を御すすめする爲め之をスモーキング・ルーム
に紹介す。
(初出;日本医事新報 747 号、昭和 12・1937 年)
(注 1)Ludwig Claisen ルードウィッヒ・クライゼン(1851-1930) 独逸の著名な化学者。ケ
ルンの生まれで、アーヘン、キール、ベルリン大学の教授を歴任。化学において、「クライ
ゼン縮合」
、
「クライゼン・シュミット反応」、
「クライゼン転位」の用語がある。
(注 2)Richard Anschutz リチャード・アンシュツ(1852-1937) ボン大学の著名な有機化
学者 Kekulé ケクレの継承者。