第6章 企業内容開示制度 我が国の開示制度には、主として金融商品取引法に基づく開示制度と会社法 に基づく開示制度とがあります。 企業には株主・債権者・投資者等の多数の利害関係者が存在しており、企業 の財務内容に強い関心を抱いています。そして、これら利害関係者に対して企 業内容を開示する必要があるため、金融商品取引法や会社法は、企業に対して 企業内容を開示するよう義務づけているのです。 ただし、金融商品取引法では、投資者のために企業の財政状態、経営成績及 びキャッシュ・フローの状況に関する会計情報を提供することを目的としてい るのに対し、会社法では、株主と債権者のためにそして両者の利害調整のため に、財産及び損益の状況に関する会計情報を提供することを目的としており、 両者の目的は異なっています。両者の異同に注意しながら学習してください。 第1節 金融商品取引法に基づく開示制度 ● 6-1 第1節 金融商品取引法に基づく開示制度 目 次 1 2 3 4 5 金融商品取引法の目的 金融商品取引法に基づく企業内容開示制度 発行市場における開示制度 流通市場における開示制度 開示される財務諸表の種類 学習の指針 今までは、金融商品取引法監査を前提として学んできましたが、金融商品取引 法に基づく開示制度については触れてきませんでした。そこで、この節では金融 商品取引法の目的や、開示制度の概要、開示が要求される報告書等について学ぶ こととします。次節で学ぶ会社法に基づく開示制度との比較が重要となりますの 第6章 で、しっかりと理解してください。 1 金融商品取引法の目的 金融商品取引法では、その第1条において、「この法律は、企業内容等の開 示の制度を整備するとともに、金融商品取引業を行う者に関し必要な事項を定 め、金融商品取引所の適切な運営を確保すること等により、有価証券の発行及 び金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、資本市 場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国 民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする。」と規定し ている。そこには、「国民経済の健全な発展」と「投資者の保護に資する」と いう2つの目標が掲げられている。 金融商品取引法の目的は、「投資者の保護に資する」という目的から有価証 券の市場を規制し、結果として、「国民経済の健全な発展」を果たすことと解 釈されている。 2 金融商品取引法に基づく企業内容開示制度 金融商品取引法に基づく企業内容開示制度とは、事実を知らされないことに よって投資家が不測の損害を被ることのないように、有価証券の発行会社に対 して、有価証券の投資価値を適切に評価するのに十分な内容の情報を提供させ ★1 金融商品取引法における投 る制度をいう★1。 金融商品取引法では、発行市場における開示制度と流通市場における開示制 度の2つに分けて規定している。 発行市場における開示制度 企業内容開示制度 流通市場における開示制度 金融商品取引法に基づく企業内容開示制度 資者保護とは、投資者が自らの 責任と判断で公平かつ公正に有 価証券取引ができるようにする ことを意味する。 適切な情報が投資者に開示され ている下では、投資活動の結果 として生じる利益のみならず損 失についても当然に投資者に帰 属するという考え方を自己責任 の原則という。 6-2 ● 第6章 企業内容開示制度 3 発行市場における開示制度 発行市場における企業内容の開示は、企業が発行価額又は売出価額の総額が 1億円以上の有価証券の募集又は売出しを行う場合に、内閣総理大臣に提出さ ★2 発行市場における開示書類 の内容 有価証券届出書には、有価証券 の内容、当該発行者の事業内容 や財務状況等が記載され、公衆 の縦覧に供される(金融商品取 引法第25条第1項第1号2号) 。 また、目論見書にもほぼ同じ内 容が記載される。 れる有価証券届出書★2(金融商品取引法第4条第1項)及び一般投資家に直接 交付される目論見書★2(金融商品取引法第15条第2項)により行われる。ただ し、1億円以上★3であっても、募集・売出しに該当しない場合にはこれらの提 出は不要となる。 ここで、 「募集」とは、新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘の うち、多数の者を相手方として政令で定める場合等に該当するものをいう。 「売 出し」とは、既に発行された有価証券の売付けの申込み又はその買付けの申込 みの勧誘のうち、均一の条件で、多数の者を相手方として行う場合として政令 で定める場合に該当するもの★4をいう。 ★3 発行価額又は売出価額が1 億円未満1,000万円超の有価証 券の募集又は売出を行う発行者 は、有価証券通知書を提出しな ければならない(金融商品取引 法第4条第5項) 。 発行市場における開示制度 有価証券届出書 間接開示 目 直接開示 論 見 発行市場における開示制度 ★4 会社オーナー等が現在保有 している有価証券を一般投資家 に売却するような場合である。 書 第1節 金融商品取引法に基づく開示制度 ● 6-3 4 流通市場における開示制度 流通市場における企業内容の開示については、主に以下の報告書を通して行 われる★5。 (1)有価証券報告書(金融商品取引法第24条第1項) 有価証券報告書とは、以下の会社が、事業年度ごとに、会社の事業及び経 理の状況等を記載して内閣総理大臣に提出する開示書類である。 有価証券を発行している会社の状況についての情報が記載され、当該会社 に投資をする際の投資家の判断資料となるものである。有価証券報告書は、 ★5 流通市場における開示書類 流通市場における開示書類は、 公衆の縦覧に供される。なお、 ここで挙げたものの他にも、半 期報告書、自己株券買付状況報 告書、親会社等状況報告書等が 開示される(金融商品取引法第 25条第1項) 。 原則として、事業年度経過後3か月以内の提出が求められている。 ・ 上場有価証券又はこれに準ずる有価証券の発行会社 ・ 募集又は売出に届出を要した有価証券の発行会社 ・ 事業年度又は前4事業年度の末日における所有者数500名以上の有価 証券の発行会社 第6章 (2)内部統制報告書(金融商品取引法第24条の4の4) 有価証券報告書を提出しなければならない会社のうち、上場会社等は、事 業年度ごとに、当該会社の属する企業集団及び当該会社に係る財務計算に関 する書類その他の情報の適正性を確保するための体制について評価した内 部統制報告書を有価証券報告書と併せて内閣総理大臣に提出しなければな らない。 (3)四半期報告書(金融商品取引法第24条の4の7) 四半期報告書とは、事業年度を3か月ごとに区分した各期間ごとに、企業 業績等に係る情報を記載して内閣総理大臣に提出する開示書類である。 四半期報告書の提出が義務づけられているのは、有価証券報告書の提出会 社のうち上場会社等である。四半期報告書は、原則として、各期間経過後45 日以内の提出が求められている。 (4)臨時報告書(金融商品取引法第24条の5第4項) 有価証券報告書提出会社は、財政状態や経営成績に著しい影響を与える事 )には、その内容を記 象等★6が発生した場合(連結子会社の発生事象も含む。 載した臨時報告書を遅滞なく、提出しなければならない。 流通市場における開示制度 有価証券報告書 定期報告制度 臨時報告制度 流通市場における開示制度 内部統制報告書 四半期報告書 等 臨時報告書 等 ★6 外国での株券の募集・売出、 1億円以上の株券等の私募、親 会社・特定子会社・主要株主・ 代表取締役の異動、重要な災害、 損害賠償訴訟の提起、破産申立 て等がある。 6-4 ● 第6章 企業内容開示制度 発行市場・流通市場における開示制度のまとめ 提出書類 有価証券届出書 提出会社 監査証明 発行価額又は売出価額が1億円以上の有価証券の 要 発 (法4条1項) 募集又は売出を行う発行者 行 有価証券通知書 発行価額又は売出価額が1億円未満1,000万円超 (法4条5項) の有価証券の募集又は売出を行う発行者 有価証券報告書 ① 上場有価証券又はこれに準ずる有価証券の発 (法24第1項) 不要 要 行会社 ② 募集又は売出に届出を要した有価証券の発行 会社 ③ 事業年度又は前4事業年度の末日における所 有者数500名以上の有価証券の発行会社 流 内部統制報告書 有価証券報告書提出会社のうち、上場会社等 要 有価証券報告書提出会社のうち、 要 (法24条の4の4) 通 半期報告書 (法24条の5第1項) 事業年度が6ヶ月を超える上場会社等以外の会社 四半期報告書 有価証券報告書提出会社のうち、 (法24の4の7) 事業年度が3ヶ月を超える上場会社等 臨時報告書 有価証券報告書提出会社で重要な事象が発生した 要 不要 (法24の5第4項) 場合 代表者による確認書 金融商品取引法では、有価証券報告書等の適正性をより高める趣旨から、当該有価証券 報告書の記載内容が金融商品取引法令に基づき適正であることを確認した旨を記載した 確認書を当該有価証券報告書と併せて内閣総理大臣に提出しなければならない (法24条の 4の2)。確認書の規定は、四半期報告書及び半期報告書についても準用されている(法 24条の4の8、法24条の5の2)。 なお、有価証券報告書提出会社のうち、上場していない会社については当該確認書の提 出は強制されていないが、任意で添付することができる。 第1節 金融商品取引法に基づく開示制度 ● 6-5 5 開示される財務諸表の種類 有価証券報告書、半期報告書及び四半期報告書で開示される財務諸表の種類 は、以下のようになる。 年度F/S 中間F/S 四半期F/S 連結 個別 連結 個別 連結 個別 貸借対照表 ○ ○ ○ ○ ○ △ 損益計算書 ○ ○ ○ ○ ○ △ 株主資本等変動計算書 ○ ○ ○ ○ - - キャッシュ・フロー計算書 ○ △ ○ △ ○ △ 附属明細表 ○ ○ - - - - ○:必須 △:連結F/S開示会社は不要 -:不要 開示される財務諸表の種類 該監査等の終了後監督官庁に提出しなければならない(監査証明府令第5条) 。 有価証券報告書の記載内容 例えば、有価証券報告書の第一部【企業情報】には、以下の事項が記載される。 第1 企業の概況 1 2 3 4 5 主要な経営指標等の推移 沿革 事業の内容 関係会社の状況 従業員の状況 第2 事業の状況 1 2 3 4 5 6 7 業績等の概要 生産、受注及び販売の状況 対処すべき課題 事業等のリスク 経営上の重要な契約等 研究開発活動 財政状態及び経営成績の分析 第3 設備の状況 1 設備投資等の概要 2 主要な設備の状況 3 設備の新設、除却等の計画 第4 提出会社の状況 1 2 3 4 5 6 第5 経理の状況 1 連結財務諸表等 2 財務諸表等 株式等の状況 自己株式の取得等の状況 配当政策 株価の推移 役員の状況 コーポレート・ガバナンスの状況 第6 提出会社の株式事務の概要 第7 提出会社の参考情報 1 提出会社の親会社等の情報 2 その他の参考情報 第6章 なお、公認会計士又は監査法人は、監査、中間監査又は四半期レビューの従 事者、監査日数その他当該監査等に関する事項の概要を記載した概要書を、当 第2節 会社法における開示制度 ● 6-7 第2節 会社法における開示制度 目 次 1 2 3 会社法における開示制度の目的 会社法に基づく開示制度 開示される計算書類等の種類 学習の指針 この節では、企業内容開示制度のうち、会社法に基づく開示制度を学びます。 今まで触れてきませんでしたが、会社法に基づく開示書類と金融商品取引法に基 づく開示書類は、その種類ばかりではなく、呼び方も異なっています。また、計 算書類は、株主総会で正式に確定するものであるのに対し、財務諸表は、この確 定後のものであるといったように、作成時点も異なります。これらの点について も一つ一つおさえていってください。 第6章 1 会社法における開示制度の目的 株式会社では、大規模な経済活動を可能とするため、所有と経営が分離して いる。そのため、受託責任と報告責任を有する経営者は、一会計期間における 資金の運用の成果と期末の状態を定期的に報告することが必要となる。しかし、 経営者の裁量に任せた報告のみでは株主の保護にかけるため、会社法による開 示制度が定められている。 経営者による報告は、出資者たる株主に対してなされるとともに、取引先で ある企業の債権者に対してもなされるが、両者の間には経営者による報告を 巡って利害対立が生じるおそれがある。株主は、より多くの配当を望む一方で、 会社財産が唯一の担保となる債権者は、より少ない配当を望むためである。 このように、適正な情報を報告することによって、株主を保護するとともに、 株主と債権者の利害対立を調整することが、会社法に基づく開示制度の目的で あるといえる。 6-8 ● 第6章 企業内容開示制度 2 会社法に基づく開示制度 会社法で開示されるものは計算書類等とよばれ、具体的には、貸借対照表、 損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表、事業報告及び附属明細書が これに該当する★1。このうち、計算書類(貸借対照表、損益計算書、株主資本 ★1 貸借対照表、損益計算書、 株主資本等変動計算書及び個別 注記表が一般に計算書類と呼ば れるものである。 この計算書類と附属明細書及び 事業報告を併せて、「計算書類 等」という。 なお、会社法で作成・開示が要 求されているものすべてが監査 対象となるわけではないことに 注意が必要である。 等変動計算書及び個別注記表)と、その附属明細書が監査人の監査対象となる。 会社法における開示制度は、直接開示と間接開示に分けられる。 直接開示とは、定時株主総会の招集の通知に際して、計算書類が添付されて、 企業の株主に対して直接企業の情報が開示される方法である(会社法第437条) 。 間接開示は、閲覧と公告・公開に分けられる(会社法第442条) 。 会社法開示制度 直接開示 (株主) 閲覧 (株主・債権者) 間接開示 公告・公開 (株主・債権者) 会社法における開示制度 3 開示される計算書類等の種類 るキャッシュ・フロー計算書は、 会社法においては要求されてい ない。 ★3 連結計算書類の作成は、大 会社であって有価証券報告書提 出会社でもある会社について義 務付けられているが(会社法第 444条第3項) 、会計監査人設置 会社であれば任意で作成するこ とができる(会社法第444条第1 項) 。 個別 連結★3 臨時 貸借対照表 計 ○ ○ ○ 損益計算書 算 ○ ○ ○ 株主資本等変動計算書 書 ○ 類 ○ ○ - 注記表 ○ - (計算書類の)附属明細書 ○ - - 事業報告 △ - - (事業報告の)附属明細書 △ - - 計算関係書類 ★2 金融商品取引法で作成され 計算書類等★2 ○:会計監査人の監査対象 (監査役(会)又は監査委員会は、会計監査人の監査の方法または結 果の相当性を確かめる) △:監査役(会)又は監査委員会の監査対象 開示される計算書類等の種類 第2節 会社法における開示制度 ● 6-9 計算書類等に関する改正点 旧商法等では、会社が毎決算期に作成する計算書類等として、①貸借対照表、②損益計 算書、③営業報告書、④利益処分案(損失処理案)、⑤附属明細書が挙げられていた。 会社法では、③営業報告書は「事業報告」という名称に変更されている。会計に関する 部分も一部記載されるが、非会計事象も多数記載される事業報告を計算書類に含めること は適当ではないと考えられたためである。また、④利益処分案(損失処理案)が計算書類 等から外れ、新たに株主資本等変動計算書の作成が義務づけられている。 旧商法等 会社法 貸借対照表 貸借対照表 損益計算書 損益計算書 株主資本等変動計算書 営業報告書 名称変更 事業報告 利益処分案(損失処理案) 除外 附属明細書 附属明細書 個別注記表 第6章 追加 6-10 ● 第6章 企業内容開示制度 事業報告の記載内容例(公開会社・会計監査人設置会社) 1.株式会社(企業集団)の現況に 関する事項 (1) 事業の経過及び成果 (2) 重要な設備投資の状況 (3) 重要な資金調達の状況 (4) 対処すべき課題 (5) 財産及び損益の状況の推移 (6) 重要な親会社及び子会社の状況 (7) 重要な企業結合等の状況 (8) 主要な事業内容 (9) 主要な営業所及び工場 (10) 従業員の状況 (11) 主要な借入先及び借入額 (12) 当該株式会社(企業集団)の現況に関 するその他の重要な事項 2.株式会社の株式に関する事項 3.株式会社の新株予約権等に関す る事項 4.株式会社の会社役員に関する事 項 (1) (2) (3) (4) 5.会計監査人に関する事項 (1) (2) (3) (4) 6.会社の体制及び方針 (1) 取締役の職務の執行が法令及び定款 に適合することを確保するための体 制その他業務の適正を確保するため の体制 (2) 会社の支配に関する基本方針 (3) 剰余金の配当等の決定に関する方針 7.株式会社(企業集団)の状況に 関するその他の重要な事項 株式会社の会社役員の状況 株式会社の会社役員の報酬等の額 株式会社の社外役員に関する事項 株式会社の社外役員及び会計参与の 責任限定契約に関する事項 会計監査人の状況 非監査業務の内容 会計監査人の報酬等の額 会計監査人との責任限定契約等に関 する事項 (5) 会計監査人の解任又は不再任の決定 の方針
© Copyright 2024 ExpyDoc