イオンビーム照射がもたらす非熱平衡反応場による鉄ロ ジウム合金の

イオンビーム励起反応場を利用した鉄ロジウム合金の磁気改質技術開発と
各
種
デ
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ス
創
製
へ
の
応
用
研究概要
イオンビーム照射がもたらす非熱平衡反応場による鉄ロ
ジウム合金の微細低次元磁性構造作成技術の開発を行
い、各種磁気デバイス作製へと展開する。
研究成果
高エネルギーイオンによる
深部磁性改質
マイクロビームと高温アニール
の組み合わせによる2次元磁気
パターン制御
︶
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︵
10x10μmの強磁性領
域(白く光っている領域)
が300℃での高温ア
ニールにより変化する様
子(PEEM像)
︶
2.9MeV Heイオン照射により、XMCDスペクトル
(上図)は強磁性を示さないが、試料全体の磁性
は観測されることから、下図のような、試料深部で
の強磁性(緑の領域)発現が予想される
イオンビームにより期待されるFeRhの3次元微細磁気構造の作成(左図)と、
反強磁性・強磁性・非磁性領域の組み合わせによる交換バイアス作成
まとめ
クラスタービームやマイクロビーム、高エネルギーイオンビームなどを用いること
によるFeRhにおける低次元微細磁気構造の作成と、磁気デバイス応用への可
能性を示した。
研究名「イオンビーム励起反応場を利用した鉄ロ
ジウム合金の磁気改質技術開発と各種デバイス
創製への応用」
岩瀬彰宏(大阪府立大学)
石神龍哉(若狭湾エネルギー研究センター)
若狭湾エネルギー研究センター
平成26年度
共同研究
報告書
イオンビーム励起反応場を利用した
鉄ロジウム合金の磁気改質技術開発と各種デバイス
創製への応用
平成27年3月13日
公立大学法人
大阪府立大学
工学研究科
岩瀬彰宏
共同研究者
若狭湾エネルギー研究センター
研究開発部
石神龍哉
1
目次
第一章
研究目的と概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第二章
研究組織・実験装置と研究内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第三章
実験方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
試料作製・調整と評価
3―2
イオン照射実験
3―3
結晶構造、磁気特性に及ぼすイオン照射効果の測定
第四章
3―1
実験結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
4―1
クラスターイオンが FeRh の磁性に及ぼす効果
4―2
軽イオンマイクロビームによる微小磁気パターンの照射後アニール効果
4-3
高エネルギー軽イオン照射によるFeRhの深部磁性改質
第五章
交換バイアス(EB)など磁気デバイス作製への展開・・・・・・・・・
第六章
まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
第七章
本研究の成果の発表記録・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
2
・15
第一章
研究目的と概要
4年前の福島原発事故以来、原子力発電の是非をめぐる議論がなお盛んであるが、他方、工業、
医療、バイオなど広い分野で活用されている各種放射線利用のさらなる展開が、我が国の経済・
社会の維持・発展にとって重要であることを改めて再認識すべきときでもある。放射線の一種で
あるイオンビームの加速器施設は主に基礎研究を目的として国内に多く設置され、その一部は、
物質分析を行うためのラザフォード後方散乱法(RBS)、プロトン誘起 X 線放出法(PIXE)などに
用いられたり、あるいは、イオン注入、植物育種、がん治療などに活用されている。しかし、材
料開発分野、特に材料改質の手段としてのイオンビーム加速器の応用・実用分野での活用はまだ
十分とは言えない。本研究は、このような社会的背景を基に、高エネルギーイオン加速器を、磁
気記録デバイス、高感度磁気センサー、あるいは、マイクロマシン(MEMS)における各種デバイ
スの開発に応用することを目的とする。イオンビーム照射技術は、材料に対し微小局所領域への
選択的高密度エネルギー付与が可能である。この高密度エネルギー付与を利用して、材料の構造
や電気磁気特性を制御する技術を確立することは、複雑な化学処理過程を伴わない、環境に配慮
した新たな各種デバイスの作成法の発展につながるとともに、国内に存在する多くのイオンビー
ム加速器の潜在的能力を材料工学分野において開花させる契機ともなる。しかし、従来、このよ
うな研究は多く大学や研究所のみで実施されてきており、実用化・事業化への視点が不足してい
たことは否めない。そこで本研究では、加速器利用を事業のベースとした民間企業(住重試験検
査㈱)を共同研究機関として加え、大学と公的研究機関との連携もベースに、基礎から応用実用
までの幅広い視野の元で研究展開を行うものとする。
第二章
研究組織・実験装置と研究内容
本研究の特徴の1つは、大学(大阪府立大学)
、公的研究所(若狭湾エネルギー研究セン
ター、日本原子力研究開発機構)、民間会社(住重試験検査)の、まさに産、学、官からの4つ
の機関の参加のもとに遂行されたものである。大阪府立大学は本共同研究の提案機関として、研
究統括を行うとともに、鉄ロジウム合金薄膜試料の作成、バルク試料の調整を行い、その構造評
3
価、磁性評価を X 線回折(XRD)、SQUID 磁束計を用いて行った。
図2.1
KEK-PF BL27 に設置された EXAFS
図2.2
測定装置。入射フォトン量を測定するイオン
SPring-8 BL25SU に設置
された XMCD-PEEM 測定装置
チェンバーと、試料から発生する蛍光 X 線を
検出する多素子検出器からなる。
さらに、高エネルギー加速器研究機構の放射光施設(KEK-PF)の第27ビームライン(BL27)
において、鉄ロジウムの鉄原子周辺の局所原子配列を評価した。EXAFS 測定装置の外観を図2.
1に示す。KEK 放射光に加えて、SPring-8 も利用して、XMCD,PEEM 測定も行った。XMCD-PEEM 測
定装置の外観を図2.2に示す。
若狭湾エネルギー研究センターは、大阪府立大学と共同で研究統括を行うとともに、照射時の
試料温度を室温から高温まで変えられる翌朝を持つマイクロ波イオン源注入装置(図2.3)に
よる 50keV のArイオン照射を担当した。
図2.3
50keVAr イオン照射に用いた若狭湾エネルギー研究センターの
マイクロ波イオン源イオン注入装置
4
日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所において用いたのは、タンデム加速器およびシング
ルエンド加速器である。タンデム加速器から得られる Au や C クラスターイオン照射による磁性
改質を行い、同じ速度、照射原子数の単原子イオン照射の場合との比較を行った。シングルエン
ド加速器からは、H や He といった軽イオンのマイクロビームが得られる。そこで、今回は、軽
イオンマイクロビームによる、2次元微細磁気パターニング作成とそのアニール効果を調べた。
図2.4に、本実験で用いたクラスタービーム照射実験用チェンバーを、図2.5に軽イオンマ
イクロビーム発生を行ったビームラインの外観を示す。
図2.4
タンデム加速器に設置された
クラスタービーム発生装置
図2.5 シングルエンド加速器の軽イオンマ
イクロビーム発生のためのビームライン
事業化・実用化を目指すために重要な役割を果たす民間企業として、住重試験検査株式会社が本
研究に参加した。住重試験検査㈱の所有するサイクロトロン加速器を用いて、高エネルギーの
H,He イオン照射を行い、試料の深部での磁性改質を行った。
本研究は、3年間の実施を計画している。そのうち本年度における実施内容は、以下のような
ものである。
1)FeRh薄膜、バルク試料の作成、調整、評価
2)イオン照射実験:低エネルギーイオン、クラスターイオン、マイクロイオンビーム照射、高
エネルギー
H,He イオン照射の実施
5
3)照射効果・低次元磁気構造評価
4)交換バイアスへの展開
5)成果のまとめ、報告書、論文作成、学会発表
本報告書では、上記研究実施内容に沿って、実験方法、およびその結果と考察を以下に記す。
第三章
3-1
実験方法
試料作製・調整と評価
本研究に用いた試料は、FeRhバルク試料、FeRh薄膜試料である。FeRh薄膜に関して
は、イオンスパッタリング法を用いて作製を行った。ターゲット材は Fe50%Rh50%のバルク合金
である。(100)方位のMgO単結晶を基板材料として用いている。基板温度を700℃にし
て、イオンスパッタによる膜の堆積を行った。膜厚は約60nm であり、これは、用いる照射イ
オンの飛程よりも小さいので、イオン照射により、厚さ方向全体に照射効果を及ぼすことができ
る。FeRhバルク試料に関しては、インゴットから 5x5x0.2mm3 程度の大きさで切り出し、1373K
で24時間均質化処理を行ったものを用いた。作製・調整した試料は XRD,EXAFS を用いて構造評
価を行い、SQUID 磁束計を用いた磁性評価も行った。その結果、照射前の試料の磁化は非常に小
さく、また EXAFS スペクトルもほぼ BCC 構造を示していることから、照射実験に十分使用できる
ものと判断した。
3-2
イオン照射実験
作成、あるいは調整した上記試料に対し、以下のような条件で各種イオン照射を行った。
3-2-1
マイクロ波イオン源イオン注入装置による照射
若狭湾エネルギー研究センターのマイクロ波イオン源イオン注入装置を用いて、FeRh薄膜、
バルク材に対し 50keV のエネルギーのアルゴンイオンで照射を行った。照射量は単位面積当たり、
1x1013,1x1014 であり、照射温度は室温であった。
6
3-2-2
タンデム加速器(原子力機構)によるクラスタービーム照射
原子力機構タンデム加速器TC ラインに設置された照射チェンバー(図2.4)を用いて、Au2,Au3
クラスターイオン照射を行った。 比較のために同じ速度の Au 単原子イオン照射も実施した、
Au 原子一個当たりのエネルギーは、いずれの場合も 1.67MeV にそろえている。
3-2-3
シングルエンド加速器(原子力機構)による、軽イオン照射およびマイクロビーム
照射
原子力機構シングルエンド加速器SBラインに設置された軽イオンマイクロビーム照射装置を
用いて、2MeV
H,Heイオンマイクロビームを照射し、FeRh表面に微小磁気パターン
の作製を行った。今回は磁気パターンの照射後アニール効果に重点を置いた。また、軽イオンの
一般照射を行うための照射装置を新たに準備し、ビーム計測の正確性の確認、ビームの一様性な
どのチェックを行った後、照射実験を実施した。
3-2-4
サイクロトロン 2 号加速器(住重試験検査)による照射
サイクロトロン加速器を用いて、23MeV の3Heと 4.2MeV のHイオンをFeRhバルク試料に
照射した。ただし、アルミ二ウムのビームアブソーバーを用いてエネルギーを調整し、試料表面
での 3He のエネルギーを、2.9MeV,
5.9MeV、Hイオンのエネルギーを 4MeV とし
た。
3-3結晶構造、磁気特性に及ぼすイオン照射効果の測定
各種イオン照射後のバルク試料、薄膜試料において、X線回折で構造評価を行った。局所構造の
評価には、高エネルギー加速器研究機構の放射光施設(KEK-PF)の BL27 における広域X線吸収微
細構造(EXAFS)測定によって行った。マクロな磁気特性の評価には、SQUID磁束計により
行った。表面における磁気特性については、SPring8, KEK-PF における磁気円 2 色性(XMCD)測
定によって評価した。また、マイクロイオンビームによってFeRh表面に作成した微小磁気パ
ターンやそのアニール効果については、SPring8 における光電子顕微鏡(PEEM、図2.2)を用
7
いて観測を行った。イオン照射後、試料を真空チェンバーから出すことなく熱処理を行い、その
効果を「その場」で XMCD スペクトルや PEEM イメージの変化として捉えた。
第四章
4―1
実験結果と考察
クラスターイオンが FeRh の磁性に及ぼす効果
図4.1に Au1 単原子イオンと Au3 クラスターイオンを同じ照射量だけ照射した場合の、SQUID
磁束計で測定した磁化―磁場(M-H)曲線を示す。照射によって大きな磁化が現れるが、Au3 ク
ラスターイオンのほうが、誘起される磁化は大きくなる。同様な傾向は、XMCD 測定によっても
見られる。図4.2に鉄の L2,L3 吸収端近傍で測定した XMCD スペクトルを示す。Au1,Au3イオ
ン照射のいずれにおいても、鉄原子起因の強磁性を示すスペクトルが得られるが、Au3 イオン照
射のほうがスペクトルの強度は大きい。すなわち、同じ照射量の照射を行っても、クラスターイ
オン照射のほうが大きな磁化発現が得られることがわかった。
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図4.2
Au1 単原子イオン照射、Au3クラス
ターイオン照射した FeRh の L2,L3
吸収端近傍の XMCD スペクトル
図4.1
Au1 単原子イオン照射、Au3 クラス
ターイオン照射した FeRh の M-H 曲
線
このことをより定量的に調べるために、総和則(sum rule)を用いて XMCD スペクトルを解析し、
軌道に由来する磁化とスピンに由来する磁化を求め、それを合わせた総磁化と SQUID 測定によっ
て得られた磁化を比較したものが図4.3である。グレーの棒グラフが XMCD から求めた磁化、
ピンクの棒グラフが SQUID 測定から求めた磁化である。
8
Magnetic moment of Fe atom(b/atom)
o
D
I
m
U
Q
+s S
m m
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
unirradiated
図4.3
Au3
Au3
Au1
(3E12 Au/cm2) (3E12 Au/cm2) (1.5E12 Au/cm2)
SQUID 磁束計と XMCD スペクトルから求めた磁化の比較
図4.3からまずわかることは、同じ照射量(3x1012/cm2)照射した場合でも、Au3クラスター
イオン照射によって誘起される磁化が、単原子 Au1イオン照射の場合よりも大きいことである。
これは、ほぼ同時刻、同位置に3つの Au イオンが照射されることによる時間空間的な相互作用
によるものだと思われるが、定量的な理解にはまだ至っていない。いずれにせよ、クラスターイ
オン照射が効率的な磁性改質に有益であることが分かったのは大きな成果である。
図4.3からわかるもう1つの面白い結果は、照射量が 1.5x1012/cm2 のとき、XMCD によっ
て求めた磁化が SQUID によって評価した磁化より明らかに大きいことである。クラスターイオン
は、物質中に入ると電子がはぎとられ、原子間のクーロン反発によりクラスターが分解するとさ
れている(いわゆるクーロン爆発)。従って、クラスター効果は表面付近のほうが大きく、深い
ところに行くほどその効果は減少すると考えられる。SQUID 測定が FeRh の全体の磁化を測定す
るのに対して、XMCD は FeRh の極く表面の磁化を評価することを考えれば、図4.3の照射量
1.5x1012/cm2 のときの結果は理解できる。なお、XMCD 測定が物質の極く表面の磁性を評価するこ
とは、このあと、高エネルギーイオンによる深部磁性改質の評価にも役立つこととなる。
9
4.2
軽イオンマイクロビームによる微小磁気パターンの照射後アニール効果
20
アニール前
423 K アニール
473 K アニール
523 K アニール
573 K アニール
図4.4
マイクロビームによって得られた微細磁気パターンの照射後アニール効果
10
イオンマイクロビーム照射によって、FeRh 試料表面にマイクロメートルスケールの微細磁気パ
ターンが描けることは、すでに平成24年度の共同研究報告書において示している。それが図4.
4の上左の図(照射前)である。この図は、2MeV の H マイクロビーム(大きさ 10x10μm)を
上方から、2x1016/cm2,6x1016/cm2,2x1017/cm2,6x1017/cm2,2x1018/cm2 照射したときの PEEM 像である。
四角の明るく光る領域が強磁性領域であり、確かにマイクロビームが照射された微小領域(10x10
μm)のところだけが強磁性に変化していることがわかる。また、照射量が少ないときは輝度が
少ない、すなわち照射により誘起された磁化が小さいのに対し、照射量の増加とともに PEEM 像
の輝度が増してきて、磁化が大きくなっていることを示している。しかし、多すぎる照射量
(2x1018/cm2)においては、逆に輝度が低下し、磁化が減少することがわかる。
図4.5
PEEM 輝度(磁化の大きさに相当)のアニール温度依存性
これらの結果は、我々が SQUID 磁束計による結果として過去に報告してきたことと同じであり、
イオン照射により、FeRh の磁性は反強磁性から強磁性へ、さらには常磁性に変化することがミ
11
クロンメートルスケールにおいても起こり得ることをこの結果は表している。この微細磁性パタ
ーンが照射後の高温アニールによってどう変化するかを示したのが図4.4,図4.5である。
照射量の少ないパターンでは、高温アニールによって輝度は低下し、強磁性から元の反強磁性に
戻ること、反対に、照射量が多くて常磁性に変態したパターンでは、高温アニールによって輝度
が増加している、すなわち、常磁性から強磁性へと変化する様子がよくわかる。これらの結果か
ら、マイクロビーム照射と照射後の高温アニールを組み合わせることによって、マイクロメート
ルスケールの表面2次元微細磁気パターンを自在に制御できることが本実験により分かった。
4.3
高エネルギー軽イオン照射によるFeRhの深部磁性改質
これまでに、FeRh 試料表面における2次元微細磁気パターンの作製について述べてきた。イオ
ン照射をさらなる磁性改質に応用するためには、試料表面だけではなく、試料深部における磁性
改質の可能性を示すことが必要である。そこで、住重試験検査㈱のサイクロトロン加速器を用い
て高エネルギー軽イオン照射を行った。用いたイオン種とエネルギーは、2.9MeV,Heである。
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2.9MeV の He が FeRh に照射された
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図4.6
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時の弾性的付与エネルギーの深さ依存
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このイオンが FeRh に照射された時に、弾性的相互作用によって試料に付与されるエネルギーの
深さ依存性を図4.6に示す。弾性的付与エネルギーは試料表面から4-5μmの深さで急激に
大きくなり、それより浅いところ、あるいは深いところでは、付与エネルギーは極めて小さい。
12
FeRh のイオン照射による磁性発現は、弾性的相互作用による付与エネルギーと大きく関連する
ことは、すでに我々の今までの報告で明らかになっていることから、このような高エネルギー軽
イオン照射を用いれば、試料の特定の深部領域にのみ磁性を発現させることが期待できる。そこ
で、2.9MeV の He イオンを照射し、SQUID 磁束計と放射光 XMCD 測定による磁性評価を行った。
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︶
図4.8 2.9MeV He イオン照射と
30keV Ga イオン照射した FeRh にお
ける鉄 L2,L3 吸収端での XMCD スペ
クトル
図4.7 2.9MeV He イオン照射と
30keV Ga イオン照射した FeRh の M-H
曲線
その結果を図4.7、図4.8に示す。比較のために、集束イオンビーム装置(FIB)を用いた
30keV Ga イオン照射した FeRh の結果もプロットしている。2.9MeV
He イオンが試料の深部にエ
ネルギーを付与するのに対して、低エネルギーの Ga は試料表面にのみエネルギー付与するのが
2種類のイオン照射の大きな違いである。2種類のイオンによる総付与エネルギーは同一になる
ように照射量を決めているので、試料中に誘起される磁気モーメントの総量は同じはずである。
図4.7を見ると SQUID 磁束計を用いて測定した He,Ga イオン照射試料の M-H 曲線には大きな差
はない。一方、XMCD スペクトルは、2つのイオン照射効果には大きな差がある。低エネルギー
Ga イオン照射の場合、強磁性を示す MCD スペクトルが明確に見えるのに対して、高エネルギー
He イオン照射の場合は、MCD スペクトルは強磁性を示していない。XMCD は試料の極く表面の磁
性のみを検出するのに対し、SQUID 磁束計は、試料全体の磁性を見ることを考えると、図4.7、
13
図4.8が示す実験結果は、図4.9のように、低エネルギーGa イオン照射では試料表面に強
磁性状態が現れ、高エネルギーHe イオン照射では、試料の深部にのみ強磁性領域が現れたこと
を示していると考えられる。
2.9MeV He イオン照射試料
30keV Ga イオン照射試料
反強磁性領域
強磁性領域
図4.9
低エネルギーGa イオン照射によって現れる表面強磁性と、高エネルギー
He イオン照射によって試料深部に現れる強磁性領域
本実験結果は、間接的であるにせよ、イオンのエネルギーを変えることによって、試料の深さ方
向のある狭い領域の磁性を制御できることを明らかにしたものである。今後、試料断面観察など
を行うことにより、より直接的な実験結果を得る必要がある。また、さらにエネルギーの高い
100MeV-GeV 領域の重イオンの高密度電子励起によるスパイク作用を利用したナノスケール1次
元磁性領域発現の実証も計画しており、さらに多様な磁性構造が得られると期待している。
マイクロ波イオン源イオン注入装置を用いてArイオン照射を行った実験に関しては、照射
実験は、ビーム電流も照きわめて安定しており、順調に遂行された。同一照射量で照射した試料
を多く作成しており、今後、この試料の高温アニール実験を行うことにより、磁性をもたらした
格子欠陥の同定を行っていくことを計画している。
14
第五章
交換バイアス(EB)など磁気デバイス作製への展開
以上の実験結果から、本章では、実用的な磁気デバイスへの展開を議論する。
図5.1
いろいろな離散的エネルギーを持ったマイクロビームを照射したときに得られる
FeRh 中の微細磁気3次元構造、磁性層状構造の予想図
本共同研究の結果により、照射に用いるイオンの種類やエネルギーを変えることによって、FeRh
中に任意の3次元微細磁性パターニングを形成できる可能性のあることが分かった。たとえば、
マイクロビームのエネルギー離散的に変えて次々と照射することにより、図5.1の左図に示す
ような磁性3次元構造の作成もできるであろうと思われる。また、イオン照射の手法により、図
の右上に示すように、強磁性領域、非磁性領域、反強磁性領域からなる磁性層状構造を作製する
ことも可能である。反強磁性相に束縛された強磁性相と、非磁性相を介した自由な強磁性相とい
う組み合わせを作製すれば、M-H 曲線が左右にシフトした性質を持つ磁性物質、いわゆる交換バ
イアス(Exchange Bias)の作成も可能になると期待される。
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第六章
まとめ
イオンビーム励起反応場を利用した鉄ロジウム合金の磁気改質技術の開発と各種デバイスへの
応用研究を、大学と2つの公的研究所、それに民間企業の計4つの機関の共同研究として遂行し
た。その成果は以下のとおりである。
① Au クラスターイオンを FeRh 試料に照射して磁性評価を行い、Au 単原子イオン照射の場合と
比較した。その結果、同じ照射量でもクラスターイオンのほうが大きな磁化を発現させるこ
とが分かった。また、試料中でのクラスターイオンのクーロン爆発のため、クラスターイオ
ン照射効果は、試料表面で大きくなることが分かった。
② イオンマイクロビーム照射により、FeRh 表面にマイクロメートルスケールの時際磁気パター
ンを作製できることが分かった。また、照射後のアニーリングにより微小磁気パターンの磁
性をコントロールできることが分かった。
③ 高エネルギー軽イオン照射試料の SQUID および XMCD 測定から、イオンのエネルギーを高く
することによって、試料深部に狭い磁性領域を作製することが可能であることが分かった。
④ 以上の実験結果をもとに、イオン照射による各種デバイス創製の可能性について議論した。
その結果、イオン種やエネルギーを適切に選ぶことにより、FeRh 中に多種多様な2次元、3
次元磁性微細構造を作製することにより、交換バイアスなど実用を目指した磁気デバイス作
製にイオン照射技術の応用が期待できることが分かった。
第七章
本研究の成果の発表記録
本研究によって得られた成果は、以下の研究会、学会、あるいは論文によって発表されている。
1)
論文発表
[1]Magnetic patterning of FeRh thin films by energetic light ion microbeam irradiation,
T. Koide, T. Satoh, M. Kohka, Y. Saitoh, T. Kamiya, T. Ohkouchi, M. Kotsugi, T. Kinoshita, T. Nakamura,
A. Iwase, and T. Matsui,
Japanese Journal of Applied Physics, 53, 05FC06 1-4. (2014).
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[2]Change in magnetic and structural properties of FeRh thin films by gold cluster ion beam irradiation
with the energy of 1.67MeV/atom
T. Koide, Y. Saitoh, M. Sakamaki, K. Amemiya, A. Iwase, T. Matsui
Journal of Applied Physics 115, 17B722(2014).
[3]Magnetic modification at sub-surface of FeRh bulk by energetic ion beam irradiation,
T. Koide, H. Uno, H. Sakane, M. Sakamaki, K. Amemiya, A. Iwase, and T. Matsui,
Journal of Applied Physics (in press).
2)
国際学会発表
[4]Thin-layered magnetic modification in deep part of FeRh by energetic ion beam irradiation
T. Koide, H. Uno,H. Sakane, M. Sakamaki, K. Amemiya, A. Iwase, and T. Matsui
59th MMM conference(2014 年 11 月 Honolulu, Hawaii, America)
[5] Process of three-dimensional magnetic patterning of FeRh alloys by using low and high energy ion
beam irradiation,
T. Matsui, T. Koide, M. Sakamaki, K. Amemiya, S. Takahiro, M. Koka, Y. Saitoh, H. Uno, H. Sakane, and
A. Iwase
19th International Conference on Ion Beam Modification of Materials(2014 年 9 月 Leuven, Belgium)
3) 国内学会、研究会発表
[6]高エネルギーイオンビーム照射を用いた FeRh 合金への 3 次元磁性制御
小出哲也、岩瀬彰宏、松井利之、鵜野浩行、坂根仁、酒巻真粧子、雨宮健太
日本金属学会秋期講演大会(2014 年 9 月 名古屋大学、愛知)
[7] FeRh 合金薄膜の照射誘起強磁性におけるクラスターイオン照射効果
小出哲也、岩瀬彰宏、斎藤勇一、酒巻真粧子、雨宮健太、松井利之
日本金属学会春期講演大会(2015 年 3 月 東京大学)
[8] クラスターイオンビーム照射を用いた FeRh 合金の磁性改質
小出哲也、岩瀬彰宏、松井利之、雨宮健太、酒巻真粧子、斎藤勇一
第 9 回先進原子力科学技術に関する連携重点研究討論会
(2014 年 8 月 茨城県三の丸庁舎、茨城)
[9] 高エネルギーイオンビーム照射を用いた FeRh 合金への 3 次元磁性制御
小出哲也、岩瀬彰宏、松井利之、鵜野浩行、坂根仁、酒巻真粧子、雨宮健太
平成 26 年度第 2 回材料物性工学談話会
(2015 年 1 月 京都大学 芝蘭会館 )
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