日大歯学 , Nihon Univ Dent J, 89, 41-48, 2015 感染がもたらす全身への影響 −マウス口腔内感染モデルでの検討− 望 月 小 枝 加 日本大学大学院歯学研究科歯学専攻 (指導:宮崎真至 教授,菅野直之 准教授) 要旨:糖尿病と歯周病の関連性における炎症性サイトカインおよび脂質代謝関連因子の役割を明らかにするため に,歯周病原細菌感染モデル(歯周病モデル)を 2 型糖尿病マウスを用いて作製し,検討した。 ( )死菌で感作させた糖尿病マウスおよびコントロールマウスの上顎右側 第 2 臼歯の歯肉溝に, 生菌を浸漬させた絹糸を結紮し,歯周病モデルを作製した。結紮後,マイクロ CT 撮影,ELISA 法,リアルタイム PCR 法および病理組織学的観察を行った。マイクロ CT を用いた検討から, 糖尿病マウスでは有意な歯槽骨吸収の増加が認められた。ELISA 法による血清中 TNF- α および IL-6 タンパク量 では両マウス間に差は認められなかったが,肝臓での TNF- α 遺伝子発現が両群ともに 0 日目と比較して 5 日目で 有意な上昇が確認された。代謝関連遺伝子の発現では SREBP-1 c は糖尿病マウスにおいて 5 および 7 日目でコント ロールマウスに比べて有意に高く,IRS-2 遺伝子発現は,糖尿病マウスにおいて 0 日目と比較して 7 および 10 日目 で有意な減少が認められた。本実験の結果から,歯周組織における 局所感染が遠隔臓器である肝臓に 影響を及ぼしていることが示唆された。 キーワード:2 型糖尿病マウス,結紮歯周病モデル,肝臓,炎症性サイトカイン,脂質代謝関連因子 などの合併症を予防し,死亡リスクを低減化することに 緒 言 つながるとされている 21)。 糖尿病は,インスリン作用の不足によって生じる慢性 また,糖尿病と歯周病との関連性の解明を目的とした 高血糖状態を主徴とし,これに様々な代謝異常を伴う疾 動物実験での検討も行われている 22-24)。西原らは糖尿病 患である。糖尿病における高血糖状態の持続は,特有の マウスを用いて頭頂部への ( 合併症を発症しやすく,そのなかでも歯周病は第 6 の合 )感染が血糖値および血清レベルでの TNF- α 併症といわれている 1)。歯周病は,歯周組織の破壊を伴 および IL-6 の上昇をもたらすことを示している 25)。一 う炎症性疾患で,わが国では 35 歳以上の国民の 8 割が 方,細菌由来の LPS が肝臓への脂肪沈着を助長するとの 罹患している 2)。血糖コントロールが不良な糖尿病患者 報告があり 26),歯周病が肥満に影響を与える可能性も示 では,過剰な炎症反応あるいは創傷治癒遅延などによっ 唆されている 27)。そこで本研究では,糖尿病と歯周病と て,歯周組織破壊が進行しやすいと考えられている 3-5)。 の関連を解明することを目的として,炎症性サイトカイ 一方,歯周組織局所の慢性炎症で産生される炎症性サイ ンおよび脂質代謝関連因子に焦点を当て,糖尿病自然発 トカインは,血流を介して全身に波及し,インスリン抵 症型マウスである KK-Ay/Ta マウスを用いて口腔内で 抗性を惹起するとされており 6,7),糖尿病と歯周病には双 の歯周病原細菌感染モデル(以後歯周病モデル)を作製 方向性の関係があると考えられている 8-11) し,検討を加えた。 。 糖尿病と歯周病の関係については,介入研究を含む多 材料および方法 くの疫学研究がされている。歯周組織破壊は糖尿病患者 で有意に多いこと 12-14),糖尿病を有する歯周病患者では, 1. 実験動物 歯周病治療によって血糖コントロールが有意に改善され 実験には,糖尿病マウスとして KK-Ay/Ta マウス 20 たこと 15-20)などが報告されている。また,糖尿病患者の 匹およびコントロールマウスとして C57 BL/6 マウス 20 経過観察を行ったところ,歯周炎を有さない者あるいは 匹, 合 計 40 匹( 雄 性 6 週 齢, 日 本 ク レ ア )を 用 い た。 軽度の者に比べ,中等度から重度の歯周炎を有する者で KK-Ay/Ta マウスは,過度の肥満と高血糖などの代謝異 は死亡率が 5 倍以上に上昇しており,糖尿病患者では歯 常をきたすことから,2 型糖尿病モデルとして用いられ 周組織の健康を保つことが虚血性心疾患や糖尿病性腎症 て い る 28,29)。 マ ウ ス は, 恒 温 恒 湿(23±2℃,55±5% (受付:平成 27 年 1 月 9 日) 〒 101 8310 東京都千代田区神田駿河台 1 8 13 41 RH),午前 7 時点灯,12 時間明暗サイクルの飼育室にお と平行で,正中口蓋縫合が基準平面(垂直面)に平行とな いて,実験に先立って 1 週間順化させた。なお,飼育期 るように,マイクロ CT 内で試料方向を調整した。得ら 間中ラット・マウス用 MF 固形飼料(オリエンタル酵母 れたデータは,i-VIEW(リガク)を用いて解析し,矢状方 工業)と水道水は自由に摂取させた。実験プロトコール 向(X)の断層像を観察した。上顎右側第 3 臼歯近心と第 は,日本大学歯学部動物実験委員会の承認(AP12D004) 2 臼歯遠心のセメント−エナメル境を結び,この基準線 の下で,動物実験指針に従って行うとともに,動物の苦 から垂直に歯槽骨頂部までの距離を測定し,その距離を 痛軽減および使用動物数の低減に努めた。 歯槽骨吸収量とした 31,32)。 2. 6. 体重および血糖値測定 血清中 TNF-α および IL-6 タンパク量の測定 マウスの状態の観察,体重および血糖値測定は経時的 血清 tumor necrosis factor-α(TNF-α ) および interleukin-6 に行った。末梢血は歯周病モデル作製から 0,1,5,7 (IL-6)タンパク量は ELISA kit(BioSource)を用い,製造 および 10 日目において 12 時間絶食後に尾静脈から採血 者 の 指 示 に 従 っ て 測 定 し た。 マ ウ ス TNF- α あ る い は した。空腹時血糖は,血糖値測定器(アセンシアブリー IL-6 抗体でコーティングされた 96 穴プレートに,採血し ズ 2,バイエル薬品)を用いて測定した。 た血液から分離した各血清サンプルおよび biotin 標識マ 3. ウス TNF- α 抗体あるいは IL-6 抗体をそれぞれ 50μL 加 の培養 FDC381 株は 10% ウマ血液添加ブルセラ え,室温で 90 ∼ 120 分間反応させた後,washing buffer HK 寒天培地(極東製薬工業)で 37℃,嫌気(80% N2,10% で 4 回洗浄した。次いで,各ウェルに streptavidin-HRP H2,10% CO2)培養した。細菌を対数増殖期に集菌し,滅 working solution 100μL あるいは biotin 標識マウス IL-6 菌リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で 3 回洗浄後,滅菌 PBS 抗体を加えて 30 分間反応後,再び washing buffer で 4 に懸濁した。細菌数は,分光光度計(Spectrophotometer 回洗浄した。その後,stabilized chromogen 100μL を加 U-1100,日立)を用い,550 nm で測定し,菌懸濁液の濁 えて,30 分間呈色反応を行ない,stop solution 100μL 度と,同菌液を培地に塗抹・培養して得られた形成コロ を添加して反応を停止させた。吸光度の測定は,マイク ニー数とで作成した検量線を用いて算定した 30)。 ロプレートリーダー(iMark,Bio-Rad)を用いて行い,そ 4. れぞれ 3 回繰り返した。 の感作および口腔内への接種 7. を 1% パラホルムアルデヒドで 4 時間固 8 定し,滅菌 PBS 中に浮遊させた。2.5×10 個 /50μL に 肝臓中 TNF-α ,IL-6 および代謝関連遺伝子の発現 肝臓は, 摘出直後に RNA stabilization reagent (Qiagen) 中に浸漬し,氷中でホモジナイズした後,RNeasy Mini 菌数を調整した後,マウス背部皮下に,1 週間毎に 3 回 Kit (Qiagen) を用いてトータル RNA の抽出を行った。トー 接 種 し, 感 作 を 行 っ た。 感 作 開 始 か ら 4 週 目 に, の生菌(2.0×108 個 /mL)を含む培養液に絹糸 タル RNA 5μg から first-strand synthesis kit (Amersham を浸漬し,KK-Ay/Ta と C57 BL/6 マウスの上顎右側第 Biosciences)にて cDNA を作製し,リアルタイム PCR 法 2 臼歯の歯肉溝に結紮した。絹糸は 1,3,5 および 7 日 に供試した。TNF-α ,IL-6,adiponectin receptor 2(Adipo 目に結紮状態を確認した後,その都度マイクロブラシ(松 R2),sterol regulatory element-binding protein-1 c 風)を用いて菌液を塗布した。歯肉溝への結紮から 0,5, (SREBP-1 c)および insulin receptor substrate-2(IRS- 7 および 10 日後に各群 5 匹ずつ,予備麻酔として 5% イ 2)に対する特異的プライマーおよびプローブとしては ソフルラン麻酔を吸入させた後,三種混合麻酔(塩酸メ Assay-on-Demand Gene Expression Products(Applied デトミジン 0.3 mg/kg,ミダゾラム 4 mg/kg,酒石酸ブ Biosystem)を用いた。増幅および測定は,ABIPRISM トルファノール 5 mg/kg)を腹腔内注射し,全身麻酔を 7700 検出システム(Applied Biosystem)を用いて,50℃ 施し,1/80,000 エピネフリン含有 2% キシロカイン(デン 5 分(1 サイクル) ,95℃ 10 分(1 サイクル) の加熱後,95℃ ツプライ三金)で腹部切開部位に局所麻酔を行った。そ 15 秒と 60℃ 1 分(40 サイクル)の条件で行った。発現の の後,還流固定に準じた方法によって採血および脱血を 強度はハウスキーピング遺伝子である Glyceraldehyde 行い,10% 中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業)を用い 3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)の増幅量で補正 て全身固定して,上顎骨および肝臓を切除し,試料とし し,相対的な比率として求めた。 た。 8. 5. 歯槽骨吸収の評価 局所感染巣の組織学的観察 還流後の各マウスから結紮を行った第 2 臼歯を含む領 実験動物用 3 D マイクロ CT(マイクロ CT,R_mCT, 域を切除し,組織切片作製のために 4% パラホルムアル リガク)を用いて,接種後 0,5,7 および 10 日目に上顎 デヒド(和光純薬工業)液中に 12 時間浸漬することで固 右 側 第 2 臼 歯 の 撮 影 を 行 っ た。 撮 影 条 件 は voxel size 定し,0.5 M EDTA(和光純薬工業)にて脱灰させた後, 20×20×20μm,管電圧 90 kV,管電流 100μA 照射時間 通法に従ってパラフィンに包埋した。上顎右側第 2 臼歯 17 秒とした。また,撮影時は口蓋骨が基準平面(水平面) を中心に矢状方向に薄切し,ヘマトキシリン・エオジン 42 糖尿病マウスにおける口腔内感染の影響 染色を施した後,光学顕微鏡(AHIBS-514,オリンパス) ルマウスでは 7 日目から,0 日目と比較して有意な歯槽 を用いて観察を行った。 骨吸収量の増加が認められた。 9. 組織学的所見からは,10 日目の糖尿病マウスでコント 統計学的分析 ロールマウスと比較して著明な炎症性細胞の浸潤と歯槽 コントロールマウスと糖尿病マウス間の有意差の検定 には,Mann-Whitney の 骨吸収が認められた(第 5 図)。 検定を用い,同一マウスにお 3. ける 0 日に対する有意差の検定には,Wilcoxon の符号 血清中の TNF- α および IL-6 タンパク量は,糖尿病マ 付順位和検定を用いた。また,いずれの検定においても その危険率を 5% とした。 ウスおよびコントロールマウスのいずれにおいても,実 験期間中で変化は認められなかった(第 6,7 図)。 結 果 1. 血清中の TNF-α および IL-6 タンパク量 4. 肝臓における TNF- α ,IL-6 および代謝関連遺伝子 の発現変化 空腹時血糖値および体重の変化 TNF- α 遺伝子の発現は,糖尿病マウスにおいて 0 日 糖尿病マウスおよびコントロールマウスともに,実験 期間中における有意な血糖値および体重の変化は認めら 目で,コントロールマウスに比較して有意に高かったが, れなかった(第 1,2 図)。 その後,両群間に差は認められなかった。経時的には, 2. 両群とも 5 日目に 0 日目と比較して有意な上昇が認めら 歯槽骨吸収の形態学的および組織学的評価 マイクロ CT 画像による歯槽骨の解析では,糖尿病マ れたものの,7 日目以降では有意に低下した(第 8 図)。 ウスにおいて根尖付近に及ぶ歯槽骨吸収が観察された IL-6 遺伝子の発現は,糖尿病マウスにおいて 0 日目でコ (第 3 図)。歯槽骨吸収量は,10 日目の糖尿病マウスにお いてコントロールマウスと比較して有意な増加が認めら れた(第 4 図)。糖尿病マウスでは 5 日目から,コントロー 第 3 図 マイクロ CT 画像による歯槽骨吸収の解析 第 1 図 口腔内感染後の体重の変化 第 2 図 口腔内感染後の空腹時血糖値の変化 第 4 図 口腔内感染後の歯槽骨吸収量の変化 43 第 5 図 口腔内感染部位の組織学的評価 第 6 図 口腔内感染後の血清中 TNF-α タンパク量の変化 第 7 図 口腔内感染後の血清中 IL-6 タンパク量の変化 ントロールマウスに比べ有意に高かった。コントロール して有意な低下が認められた(第 10 図)。SREBP-1 c 遺 マウスにおいては 5 日目で糖尿病マウスと比較して,有 伝子の発現は,糖尿病マウスで 5 および 7 日目において 意に高かった。経日的には,コントロールマウスで 0 日 コントロールマウスに比べ有意に高くなった。経日的に 目と比較し 5 日目において有意に上昇し,7 日目以降で はコントロールマウスで 10 日目において 0 日目と比較 有意に低下した。糖尿病マウスでは 0 日目と比較し,7 して有意な上昇が認められた(第 11 図)。IRS-2 遺伝子の 日目以降で有意な低下が認められた(第 9 図)。Adipo R2 発現は,糖尿病マウスにおいて 5 日目以降でコントロー 遺伝子の発現は,糖尿病マウスにおいて 10 日目でコン ルマウスと比較して有意に低下した。経日的にはコント トロールマウスと比較して有意に低下した。経日的には ロールマウスで 0 日目と比較して 5 日目に有意に上昇 糖尿病マウスで 5 および 10 日目において 0 日目と比較 し,7 日目で有意に低下した。一方,糖尿病マウスでは 44 糖尿病マウスにおける口腔内感染の影響 第 10 図 口腔内感染後の肝臓中 Adipo R2 遺伝子発現量の変化 第 8 図 口腔内感染後の肝臓中 TNF-α 遺伝子発現量の変化 第 11 図 口腔内感染後の肝臓中 SREBP-1 c 遺伝子発現量の変化 第 9 図 口腔内感染後の肝臓中 IL-6 遺伝子発現量の変化 0 日目と比較して 7 日目以降で有意な低下が見られた(第 12 図)。 考 察 本研究では,歯周病モデルを用いて糖尿病と歯周病の 相互関係について検討を加えた。Nishihara ら 25)は,ホ ルムアルデヒド固定した マウスを用いて,その頭頂部に で感作した糖尿病 の生菌を感 染させたところ,血糖値の上昇と血清中の TNF- α 量な ど,全身への顕著な影響があったことを報告している。 本研究では,同様の手法によって で感作し た糖尿病マウスを用いたが,前述の研究に比べ,接種し た 菌 数 が 少 な か っ た た め に, 血 糖 値 お よ び 血 清 中 第 12 図 口腔内感染後の肝臓中 IRS-2 遺伝子発現量の変化 45 TNF-α ,IL-6 タンパク量に変化が認められなかった。し インスリン作用の障害をもたらし,歯周病を有する糖尿 かし,糖尿病マウスではコントロールマウスに比較して 病患者の脂質代謝異常,脂肪肝の形成あるいは糖尿病の 明らかな歯槽骨吸収が認められたことから,本モデルを 症状の悪化の一因になる可能性が示唆された。 ペリオドンタルメディスンの概念は,1990 年代後半に 歯周病と糖尿病の相互関係を検討するために用いること 提唱され,以来,多くの疫学データや実験データに基づ が可能であると考えられた。 を接 いて広く認知されている 42,43)。この概念に基づけば,歯 種したことによって,血糖値および血清中 TNF-α ,IL-6 周病が全身に影響を及ぼすメカニズムの中核をなすもの タンパク量に有意な変化は認められなかった。しかし, は,歯周局所の炎症因子の産生と歯周ポケット内の潰瘍 肝臓においては TNF- α および IL-6 遺伝子発現は 5 日目 面からの細菌の侵入である 44,45)。本実験に用いたマウス に上昇した。肝臓の重要な機能のひとつとして,血糖値 歯周病モデルでは,全身レベルでの著明な変化は認めら の調節作用がある。摂食時の血糖値が上昇した際に,過 れなかったが,肝臓では糖尿病マウスおよびコントロー 剰な糖をグリコーゲンとして貯蔵するとともに,空腹時 ルマウスのいずれの群においても炎症性サイトカインの などにおいて糖が必要な際にはグリコーゲンを分解して 遺伝子発現には変化が認められた。このように,全身レ 本実験の結果から,歯周組織局所に 放出するという機能である 33) 。本実験に用いた歯周病モ ベルとしての炎症性サイトカインや血糖値の変化は認め デルにおける肝臓での TNF- α の上昇は,インスリンの られなかったものの,肝臓における遺伝子発現レベルの 標的器官である肝臓の正常な糖代謝を阻害し,糖尿病の 変化が持続することによって,肝臓疾患,糖尿病,ある 発症や進展に少なからず関与していることを示すものと いは脂質代謝異常など全身への影響を及ぼす可能性が考 考えられた。 えられた。 以上のように,糖尿病を有するマウス歯周病モデルを さらに,肝臓における代謝関連遺伝子の発現を検討し たところ,SREBP-1c において糖尿病マウスでは 5 およ 用いた本研究の結果から,歯周組織局所の び 7 日目でコントロールマウスに比べ有意に高かった。 接種は肝臓の遺伝子発現に影響を及ぼすことが示され 一方,IRS-2 はコントロールマウスで 5 日目に有意に上 た。 昇したものの,糖尿病マウスでは上昇することなく,結 結 論 紮期間を追うごとに有意に減少した。SREBP-1c は,細 胞内のコレステロール合成を制御する転写因子であり, 糖尿病マウスの上顎右側第 2 臼歯に を浸 その慢性的な活性化は脂肪合成の増加を惹き起こすこと 漬させた絹糸を結紮することで歯周病モデルを作製し, で,脂肪肝の形成に関与する 34-36)。さらに SREBP-1c は, 局所の歯槽骨吸収,炎症性サイトカインおよび脂質代謝 IRS-2 プロモーターに直接結合することで,IRS-2 の発現 関連因子を検討した結果,以下の結論を得た。 を転写レベルで抑制している 37) 1. 。IRS-2 は,インスリン 受容体基質として,インスリンシグナルの伝達因子 38,39) 糖尿病マウスにおいて,コントロールマウスと比較 して有意な歯槽骨吸収が認められた。 2. として機能していることから,その発現の抑制によって 肝臓における TNF- α 遺伝子の発現は,両群ともに インスリン作用の障害を惹起し,その結果インスリン抵 0 日目と比較して 5 日目で有意に上昇した。IL-6 遺 抗性につながると考えられる。一方,コントロールマウ 伝子の発現は,コントロールマウスにおいて 0 日目 スでは 0 日目と比較して 5 日目で IRS-2 の上昇が認めら と比較して 5 日目で有意な上昇が認められた。 れた。IRS-2 は IL-6 によってその発現が誘導され 40),細 3. 肝臓中における SREBP-1c 遺伝子の発現は,糖尿病 菌の接種によって誘導された IL-6 が IRS-2 を上昇させ, マウスにおいて 5 および 7 日目でコントロールマウ 肝 臓 で の 恒 常 性 を 保 つ 機 能 が 作 用 し た 可 能 性 が あ る。 スと比較して有意に高くなった。IRS-2 遺伝子の発 Adipo R2 は,肝臓に多く発現して,アディポネクチン 現は,糖尿病マウスにおいて 0 日目と比較して 7 お の結合によって,脂肪代謝亢進と糖新生抑制が生じる。 よび 10 日目で有意な減少が認められた。 以上のことから,歯周組織局所の Adipo R2 の発現は,インスリンによって間接的に抑制 さ れ る と 考 え ら れ て お り 41), 本 研 究 の 結 果 に お け る 接種は 肝臓の遺伝子発現に影響を及ぼすことが示唆された。 Adipo R2 発現の変動は,実験期間中のインスリンレベ 本研究遂行にあたり,格別たるご指導ご鞭撻を賜りました日本 大学歯学部歯科保存学第Ⅲ講座 宮崎真至教授に謹んで心より感 謝申し上げます。 また本研究を通じ多大なるご協力とご助言をいただきました菅 野直之准教授および同講座の皆様に深く感謝します。 ルの変化によってもたらされた可能性があると考えられ た。Adipo R2 は,糖尿病マウスにおいて 10 日目でコン トロールマウスと比較してその発現が有意に低下し,こ れによってアディポネクチンの作用不全が生じてインス リン抵抗性を示したものと推測される。このような代謝 関連遺伝子の発現の変動は,肝臓での脂肪合成の増加や 46 糖尿病マウスにおける口腔内感染の影響 16)Faria-Almeida R, Navarro A, Bascones A (2006) Clinical and metabolic changes after conventional treatment of type 2 diabetic patients with chronic periodontitis. 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