分布型流出モデルによる荒川の洪水リスク評価 *1今北詠士,1齋藤龍生,2加藤雅也, 2坪木和久,3立川康人,4中北英一 1東京海上研究所,2名古屋大学水循環環境研究センター,3京都大学大学院工学科, 4京都大学防災研究所 E-mail: [email protected] 2. 本研究の背景と目的 1. はじめに 損害保険会社にとって、自然災害は経営に 大きな影響を及ぼすリスクの一つであり、そ の中でも洪水は台風や豪雪と並ぶ重大なリ スクである。 その洪水リスクが気候変動に伴いどのよう に変化するのか定量的に評価するため、名 古屋大学水循環研究センターおよび京都大 学防災研究所と共同で研究を開始した。 日本の河川の中でも、特に荒川および淀川 の流域には洪水によって損害を被る可能性 のある資産(住宅や企業のビル、工場など) が集中している。今回は、荒川において計 画高水流量を超える水量が流れた場合の 浸水域マップについて発表する。 ルーベンカトリック大学の調査によれば、 1990年~2011年に おける世界の自然災害による経済的損失は年平均900億米ド ルに上り、その内訳はアジアが最大で約500億米ドル、次いで アメリカが約300億米ドル、欧州が約100億米ドルとなっている。 自然災害による経済的損失のうち、地震、台風、洪水で約 90%を占める。その中でも洪水は、年間約215億米ドルの経済 的損失があり、自然災害全体の約25%を占める。 2011年のタイの洪水では、日本の損害保険業界でも合計支払 保険金は5,000億円以上、また、2000年に愛知県で発生した 東海豪雨では1,000億円以上である。 このように、洪水リスクも高額な保険金支払い(または経済損 失)につながることから、従来の台風に加え、洪水リスクが気 候変動に伴いどのように変化するのかを定量的に評価するた め本研究をスタートした。 図1、全国51地点の大雨の頻度分布(出典:気象庁) 3. 予測手法 全球数値モデルHydroSHEDSの標高データ(空間分解能30秒、約1㎞)を用いて、グリッドごとに周り8方向のうち の最急勾配方向を流水方向として定め、それに従って流れを追跡する。 流量の算出にあたっては、中間流・地表面流統合型キネマティックウェーブモデルを採用した。また、流量計算に 用いる流量・流積計算式には、立川らが中間流・地表面流モデルを拡張し開発した、下記関係式を用いた。 q = v𝐷𝑚 (ℎ/𝐷𝑚 )𝛽 (不飽和流) q = v𝐷𝑚 + 𝑎 ℎ − 𝐷𝑚 (中間流) q = v𝐷𝑚 + 𝑎 ℎ − 𝐷𝑚 + 𝛼 ℎ − 𝐷𝑎 𝑚 (地表面流) 式中のqは流量、h,𝐷𝑚 ,𝐷𝑎 は流積、vはマトリックス部の実質の飽和透水係数と斜面勾配の積、βは体積含水 率の減少に伴う、不飽和時の実質の透水係数の減少の程度を表すパラメータである。 図2、飽和・不飽和を考慮した流量・流積の関係式 4. 流量計算結果 9000 2007年台風9号時に観測されたレーダーアメダスのデータを用いて、観測流量に合うようにSCE-UA法を用い、 係数をチューニングした再現実験を行った。(観測:黄色線、レーダーアメダス:青色線)再現した結果は図3の通 り、観測流量を上手く再現できている。 その再現実験で得られた係数を用いて、名大CReSSモデルの降水量で流量をシミュレーションした。(橙色線) CReSSを用いた降水量の再現結果が良かったことから、この実験においても流量が上手く再現できていることが わかる。 また、荒川の計画高水流量が7,000㎥/sであることから、この基準を超える流量を同様の波形で再現した。(緑 色線)本流量波形を用いて、次の通り氾濫シミュレーションを実施したので、報告する。 8000 reader 7000 CReSS(現在気候下) 6000 5000 計画高水量を超える流量 観測 4000 3000 2000 1000 0 1 4 7 10 13 16 19 22 25 28 31 34 37 40 43 46 49 52 55 58 61 64 67 70 73 76 79 82 85 88 91 94 5.氾濫シミュレーション結果 流量計算結果のうち、観測(黄色線)および計画高水流量(緑色線)を用いて、河口から10kmおよび20 ㎞の地点で破堤し氾濫した場合のシナリオは以下の通りである。図4および図5で下流付近で浸水深が 深くなっており、上流域で浸水面積が広がっている。図5の左図・右図を比較すると、河川の近い付近で 浸水深がかなり深くなっていることがわかる。図6の越水シナリオでは、両岸ともに、越水した後も河川の 河道に沿って下流部に流れている。これは、河川敷に沿って水が流出しているためである。河川敷きを 流れる水量は河道に戻るため、上流域で河川流量が大きく減少することなく、下流域の水量にほとんど 変化はない。 氾濫計算は以下のような過程で計算をしている。 ○破堤シナリオの計算過程 河川の破堤確率が最も高くなるのは、河川流量が最大となる時間であることから河川流量のピークの時 刻を破堤時刻とする。流出量は以下の式の通りである。 流出量 = (河川流量 – 破堤敷高流量) × 50% ○越水シナリオの計算過程 上流域で河道が狭い領域を越水地点とし、流出量は以下の式の通りである。 流出量 = 河川流量 - 堤防の高さに達した時の流量 図3:2007年台風9号上陸時の荒川における流量(東京都岩淵付近) 図4:荒川の河口から約20㎞の地点での浸水想定 (左:観測流量を用いた場合、右:計画高水流量を超えた場合) 6. 今後の課題 今回のシミュレーションは2007年台風9号時の降水を用いて流量を再現し、また、その流量波形を用い て、計画高水流量を超えた時のシナリオを仮定して破堤・越水させたものである。 したがって、このシミュレーションのような事例の発生確率が、温暖化に伴いどのように変化するのか定 量的な分析までは実施していない。 年確率降水量や過去の災害時の降水分布を用いて、降水量の確率評価を行うとともに、名大CReSSモ デルを用いて、温暖化の定量的な影響評価を実施していきたい。 また、今回の対象流域は荒川であったが、今後は、洪水被害が甚大になると予想される淀川や木曽3 川などの流出モデルも構築し、温暖化の影響評価を試みる。 図5:荒川の河口から約10kmの地点での浸水想定 (左:観測流量を用いた場合、右:計画高水量を超えた場合) References 椎葉充晴,立川康人,市川温:水文学・水工計画学 京都大学学術出版会,2013. 水文・水資源学研究室 : 1k-ERM/DHM http://hywr.kuciv.kyoto-u.ac.jp/products/1K-DHM/1K-DHM.html 図6:荒川の上流地点での越水想定 (左:右岸で越水した場合、右:左岸で越水した場合)
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