2015 年 7 月 31 日 「日本の ICT リソース分布調査レポート」 大学院システム情報科学研究院 情報知能工学部門 教授 システムLSI研究センター センター長/教授 福田 晃 <調査協力> 特定非営利活動法人 九州組込みソフトウェアコンソーシアム 九州 IT&ITS 利活用推進協議会 1 1. はじめに 2014 年 5 月に政策提言機関である「日本創成会議(座長・増田寛也 元総務 相)」から提出された、消滅可能都市についての「増田レポート」は日本中に衝 撃を与えた。このレポートでは、2040 年までに日本の 1799 市町村のうち、約 半数にあたる 896 市町村で、20 歳から 39 歳までの女性の人口が5割以下に減 少すると推計している。そして、こうなれば人口の再生産力は低下し、出生率 をいくらあげても人口増加は望めない、つまり出生数は増えないという論を展 開している。要は率の問題ではなく、母親の数そのもの問題なのだ。 そして地位方を中心に全国的な広がりを見せるこのような都市を「消滅可能 性都市」と名付けた。(図1) 日本創生会議資料より (図1) 増田レポートの独自性は、東京を中心とした大都市圏へと、地方から若い女 性が移動し続ける現象は今後も変わることはない、との仮説にあり、それを出 生数減少の根拠としている点にある。 そして、2014 年 11 月には、平成 26 年法律第 136 号として「まち・ひと・し ごと創生法」が成立し、12 月には国の人口問題についての将来の展望を示す「ま ち・ひと・しごと創生長期ビジョン」と、人口減少の克服と地方創生のための 5か年戦略である「まち・ひと・しごと総合戦略」が閣議決定された。 これらは、人口減少に歯止めをかける「積極戦略」と、人口減少に対応する 2 ための「調整戦略」を同時に推進するために 1, 「東京一極集中」の歯止め 2, 若い世代の就労・結婚・子育ての希望の実現 3, 地域の特性に即した地域課題の解決 の基本的視点から取り組むことが謳われている。 そして「しごと」が「ひと」を呼び、 「ひと」が「しごと」を呼び込む好循環 を地方で確立し、その好循環を支える「まち」に活力を取り戻す。 「しごとの創 生」、「ひとの創生」、「まちの創生」に一体的に取り組むとしている。 2. 東京一極集中 我が国では、すでに 2008 年から人口は減少に転じており、このまま推移すれ ば 2045〜2050 年あたりで 1 億人を割り込むと推定される。 また、地方と東京圏の経済格差の拡大、教育機関や企業の集中が、若い世代 の地方からの流出と東京圏への一極集中を招いている。東京都、埼玉県、千葉 県及び神奈川県の一都三県の首都圏に若年人口の30%が集中しているのが現 状である。 (図 2) (図2) 東日本大災害の復旧に建設関係を中心に人材や資材、重機をはじめとした設 備関係が膨大に投入され、今も粛々と復興が続く中、2020 年オリンピック・パ 3 ラリンピック東京大会開催が決定した。地方からの人口流出は止まることを知 らない中、オリンピックという旗印の下、東京一極集中はますます加速してい るのである。 首都圏一局集中による地方の人口減少は、消費市場の規模縮小や深刻な人手 不足を生み出しており、地域経済に深刻な影響を及ぼしている。縮小する経済 は住民の経済力の低下による税収減につながり、地域社会の存続が危ぶまれる。 地方は首都圏をはじめとした大都市への人口移動による、人口減少を契機に、 「人口減少が地域経済の縮小を呼び、地域経済の縮小が人口減少を加速させる」 という負のスパイラル(悪循環の連鎖)に陥ることが危惧される。そして人口 の再生産が機能していない首都圏や大都市への人材の供給源地方が疲弊すれば、 やがて、これらの都市も衰退に転じることは想像に難くない。地方創生が叫ば れるゆえんである。 3. ITリソースも東京一極集中 東京一極集中、これが「ひと」に限った問題でないことは、誰もが実感して いる。政治や行政の中心は永田町や霞ヶ関、虎ノ門あたりに集中している。ま た金融の中心街や企業の本社機能など経済活動の心臓部も首都圏に集中してい る。さらには、全国紙は東京に編集の中心機能を持っているし、テレビ番組の 多くはキー局のある東京で制作されている。 人の動きも、高度成長期に産業界が労働力を吸い寄せ、それが地方に環流し ないまま首都圏に定着、人口が増えるにつれて、流通業やサービス産業も拡大 し、さらに地方から若者を集める、人が集まればそれにつれてさまざまな機能 が集中し肥大化していく、という首都圏拡大型循環が成立し、そのまま今に至 っている。 ITリソースもその例外ではない。SURFPOINT™ の調査報告では、都道 府県別アドレス数とその割合は(表1)のとおりである。 順位 都道府県名 IPアドレス数 全体比 % 1 東京都 23,185,314 54.76 2 大阪府 3,047,972 7.20 3 愛知県 1,904,579 4.50 4 神奈川県 1,533,108 3.62 4 5 京都府 1,274,175 3.01 6 福岡県 1,064,554 2.51 7 茨城県 834,108 1.97 8 兵庫県 827,690 1.95 9 北海道 671,231 1.59 10 静岡県 634,620 1.50 企業または組織のIPアドレス上位 10、SURFPOINT™ 2014 年 より作成 (表 1) この表からも分かるように、IPアドレスでみるITリソースの集中は 5 割を 超えており東京一極集中が著しいことが分かる。 また、その分布を地図で見てみると、大都市圏、とりわけ首都圏に集中して おり、分布に著しい偏りがあることが分かる。(図3) 企業または組織のIPアドレス、SURFPOINT™ 2014 年(図3) さらに、IPアドレスの利用実態として、 「.ne.jp」 「.co.jp」 「.ac.jp」 「.jp」 「.com」 「.net」の各ドメインが全国にどのように分布しているかを調査したものが(図 4)であるがやはり東京都を中心とした首都圏、愛知県を中心とした中京圏、 大阪府、京都府、兵庫県の近畿圏、九州では福岡県への集中が一目瞭然である。 5 ただ、アカデミックドメインでは北海道のドメイン数が目立っており、北海道 大学を中心とした学術研究の層の厚さを伺わせる。 ドメイン種別にみたIPアドレスの利用実態、SURFPOINT™ 2014 年(図4) 次にデータセンターの分布であるが、これも東京都に最も多く設置されてお り、首都圏集中、大都市集中の傾向は変わらない。日本データセンターの資料 からその分布をみてみると、東京都が 70 ヶ所と最多で、以下神奈川県の 21 ヶ 所、大阪府の 28 ヶ所と続く。またデータセンターが設置されていない県も 12 県あることがわかる。(図5) さらに3000平方メートル以上の大規模データセンターの設置をみると、 3000平方メートル以上 10,000 平方未満のデータセンター設置数は東京都が 11 ヶ所で、次いで神奈川県 6 ヶ所、大阪府 3 ヶ所と続く。 特に 10,000 平方 を越える施設となると、東京都に 3 ヶ所、群馬県と神奈川県に各1ヶ所ずつと なっている。 (図6) いずれのデータも東京を中心とした首都圏をはじめ大都市圏への IT リソース 6 の偏在を示している。 データセンターの分布 大規模データセンターの分布 日本データセンター協会 HP のデータから作成 日本データセンター協会 HP のデータから作成 7 (図5) (図6) 4. 「日本再興戦略 改訂2015」が示す将来の方向 平成 27 年6月 30 日、 「日本再興戦略 改訂2015-未来への投資・生産性 革命-」が閣議決定された。 そこでは『アベノミクスは、デフレ脱却を目指して専ら需要不足の解消に重 きを置いてきたステージから、人口減少下における供給制約の軛くびきを乗り 越えるための腰を据えた対策を講ずる新たな「第二ステージ」に入ったのであ る。』とすでにアベノミクスが第二ステージに入ったことが宣言されている。 ここでは、生産年齢人口の増加が期待できない今、単なる消費拡大では成長 の限界が見えており、経済全体の生産性の向上が不可欠であるとしている。大 都市に比べて人口減少が著しく進む地方にとってこの問題はより深刻で、相変 わらず労働生産性は東京と比べて極端に低いままであり、このまま人口減少が 続けば、加速的に経済が縮小し、それが首都圏の経済や大都市圏の経済に打撃 を与えるという悪循環に陥りかねないと指摘する。 また『地方の活性化なくして、国全体の成長はなく、アベノミクスの成功も ない。』として、その方策は従来やってきたことの延長線上にはなく、『地方自 らが自分の将来を決める』そのための『行動を起こす時』なのである、と訴え る。 『アベノミクス第二ステージとは、設備革新にとどまらない、技術や人材を 含めた「未来投資による生産性革命の実現」と、地域に活気溢れる職場と魅力 的な投資先を取り戻し、日本全国隅々まで、人材や資金、それを支える技術や 情報が自由・活発に行き交う、活力ある日本経済を取り戻す「ローカル・アベ ノミクスの推進」、この二つを車の両輪として推し進めることによって、日本を 成長軌道に乗せ、世界をリードしていく国になることである。 デフレ脱却に向けた動きを確実なものにし、将来に向けた発展の礎を再構築す ることこそがアベノミクス成長戦略の狙いである。』 さらに、IoT・ビッグデータ・人工知能による産業構造・就業構造変革を 見据えて「第4次産業革命」と言う表現を使っているが、これらの変化に対応 する人材とその養成、社会やビジネスのルール作り、など官民を問わず、ある いはその連携によって新しい時代を切り開き、本当の意味での「未来投資によ る生産性革命の実現」を目指さねばならない。 このような大きな流れの中で「九州」という地方から、中央に向かって、全 国に向けてどのような提案をするのかを真剣に考えるときが来ている。 8 5. 九州の資源、地域特性を活かして、データセンター、クラウドサービスを 誘致 自治体自らも利活用推進 これまで見てきたように、東京一極集中が深刻な問題を引き起こすことが明 らかになった。地方が少しでもその魅力を高め、全国で様々な資源や機能を分 散することで地方が活性化し、人口流出を食い止めることができれば少しずつ でもこの国は変わっていくに違いない。そのためにも、地方が自ら将来への提 言を行い、それを実行していく必要がある。 さて、 「日本再興戦略 改訂2015-未来への投資・生産性革命-」でも強 調されたように「第4次産業革命」は「IoT・ビッグデータ・人工知能によ る産業構造・就業構造変革」である。したがって増え続ける膨大なデータが新 たな技術革新を促し、新しい産業を生み・育て、これまで想像もしなかったよ うな新しい仕事をつくり、若者や女性に多くの雇用の機会を提供することにな る。 そこで九州では自らのポテンシャルを活かしデータセンターを誘致し、それ を核に通信網と併せて新たな社会情報基盤を整備し、産業のプラットフォーム として全国にアピールしていくことを提案する。 その根拠として次のようなことがあげられる。 ① データセンターも高齢化の時代に IDC ジャパンの報告によれば、データセンターが設置された建築では 1990 年代に竣工したものが最も多く 42.9%を占めている。(図7)また、1999 年か ら 2000 年の IT バブルのころの建てられた東京のデータセンターもちょうど築 15年目を迎え、そろそろ空調関係を中心に大幅な更新時期に来ている。 データセンターの建築時期とその割合(図7) 9 ② 全世界の電力消費の1%以上がデータセンター データセンターはサーバー、空調といった大量に電力を消費する機材で構成 されており、その消費電力は膨大な量になる。地方移転により電力消費を 少しでも分散することで環境負荷と停電リスクを減らすことができる。 ③ 増え続けるコンピューティング需要とクラウド活用 アベノミクス第二ステージにあるように「IoT・ビッグデータ・人工知能」 といったキーワードが示す通り、これからは M2M、センサーネットワーク、バ イタル情報、交通情報などあらゆるデータが採取され蓄積されるようになる。 また、現にクラウドサービスや IT アウトソーシングの利活用がますます広 がりを見せる中、コンピューティングの需要が減ることは考えられない。今後 は用途に応じて、クラウドサービスも含めたリスク分散にも配慮した拠点形成 が重要になる。(図8) 主要クラウド事業者のデータセンター拠点 (図8) ④ 「IoT・ビッグデータ・人工知能時代」のクラウドサービス あらゆるモノのデータ、あらゆる環境のデータ、あらゆる交通のデータ、橋 梁や道路をはじめとしたインフラのデータ、さらには個人の健康状態を表すバ イタルデータなど、私たちを取り巻くありとあらゆるものからクラウド上にデ 10 ータが収集される時代になり、専用のシステムを持つのではなくクラウド上の サービスを活用して、これらビッグデータを分析し、研究やビジネスに活かす ことが当たり前になってきた。 矢野経済研究所の調査レポートによると、2013 年から自社サーバーや自社デ ータセンターではなく、IT ベンダーの提供するクラウド基盤 IaaS/PaaS の導 入事例が増えており、社内の業務システムのプラットフォームとしての活用が 増加していると指摘している。そして、市場規模も、事業者売上高ベースで前 年比 56.0%、607 億円増と大幅に伸びた。 さらにクラウドサービスは低価格化が進み、中堅企業や中小企業や、ビッグ データを活用した新規事業への参入者などの利用が拡大していくと予測される。 その結果、2017 年には 2,196 億円に達すると予測している。(図9) クラウド基盤サービス(IaaS/PaaS)市場に関する調査結果 矢野経済研究所 2014(図9) 11 ⑤ 地震に強い九州 いま、データセンターの拠点は、東京を中心とした首都圏に集中しているが、 これは、今後30年の間に震度6以上の揺れに見舞われる可能性が26%以上 あると予測される地帯に日本の5割以上のデータデンターが立てられているこ とを意味する。早急なリスク分散を計る必要があることは明白である。 (図 10)からも分かるとおり、九州、特に北部九州地域は比較的地震の危険 性の少ない地域でデータセンター建設に向いたエリアであることがわかる。 文部科学省研究開発局地震・防災研究課(地震調査研究推進本部事務局)(図 10) ⑥ 津波に強い福岡 また、津波についても同様で、国土交通省、水管理 国土保全局が2014 に出した「日本海における大規模地震に関する調査検討会」の発表資料による と、福岡は比較的津波の危険性が低いことが分かる。(図 11) 12 産経新聞 2014.8.26 (図 11) ⑦ もしもに備え、BCPやDRのためのデータ拠点を九州に 事業継続(BCP:Business Continuity Plan)や DR(Disaster recovery)の 視点からもデータやシステムのバックアップをどこに置くのかは重要な関心事 となっている。 東日本大震災で大きな被害を受けた釜石市では、住民基本台帳などの情報管 理にデータセンターを活用して「自治体クラウド」を運用している。データの バックアップ先は北九州市の北九州地区電子自治体推進協議会の共同サービス を活用しており遠隔バックアップ体制で災害に強いシステムの実現を図った。 今回の震災では、住民情報を管理していたサーバーが被災し住民票発行など の業務に支障が出た自治体もあり、釜石市の取り組みが注目されている。 6. おわりに 冒頭で述べたように「しごと」が「ひと」を呼び、 「ひと」が「しごと」を呼 び込む好循環を地方で確立し、その好循環を支える「まち」に活力を取り戻す、 そのためには若い人材が、ここ九州で生きがいを持って働き、創造的な仕事を 自ら生み出し、世界に向けて情報を発信する、そのような地域をつくっていか なければならない。 平成25年度の学校基本調査によると九州の学生数は、大学(大学院を含む) が 222,853 人、高専が 8,658 人、短期大学が 16,556 人、専修学校が 82,478 人 で合計 330,555 人にのぼり、非常に多くの若者が九州で学んでいることが分か る。その一方で島根県が平成 21 年の学校基本調査報告書を元に大学生の県外流 13 出率を取りまとめた資料によると、福岡県36%、佐賀県86%、長崎県66%、 熊本県51%、大分県77%、宮崎県77%、鹿児島県67%となっており、 福岡県以外は、半数以上が県外に流出している。 このような九州で育ち、教育を受けた若者たちの流出を少しでも食い止める ためにも、ICTによる社会基盤を充実させ、新たな産業を育て、雇用を促進 する取り組みが求められている。 14
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