皮膚常在菌の遺伝子型に基づく,ニキビ予防・治療法 の確立に向けて ○吉川 実亜 1, 2 (指導教員 冨田 勝 2, 3) 1 慶應義塾大学 環境情報学部 4 年 (2016 年 3 月卒業予定) 2 慶應義塾大学 先端生命科学研究所 3 慶應義塾大学 環境情報学部 [email protected] キーワード:ニキビ アクネ菌 手法開発 1. 序論 ネ菌遺伝子型判別を可能としており,アクネ ニキビは代表的な皮膚疾患の 1 つであり, 菌研究における革新的な技術である.本手法 アクネ菌がニキビを発症させる皮膚常在菌と を用いて,顔ニキビ患者の体表多部位におけ して広く知られている.ニキビ発症にはアク るアクネ菌遺伝子型組成の検討を行うことで, ネ菌が産生するリパーゼという酵素が皮脂中 ニキビにはアクネ菌の遺伝子型のみが寄与し のトリアシルグリセロールを分解し,その際 ているのか否かを明らかにすることを目指し に生じる遊離脂肪酸が毛穴を詰まらせること た. や [1],アクネ菌の遺伝子情報(遺伝子型)の 違いが関係しているなど [2],様々な要因が報 A ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG 告されているが,そのメカニズムの詳細は明 B ATTGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG C ATAGCCG' TCTACCT' AGCTTCC' CCATACG D ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCAAACG らかとなっていない.こうしたアクネ菌とニ キビ発症のメカニズムの解明を目指す上で, 従来の研究手法はアクネ菌の単離培養を経て いたが,人工的に細菌増殖に最適な環境を作 D' ることの困難さやアクネ菌種内における多様 性から,単離培養を通じた研究手法には限界 がある.そこでわれわれはまず,アクネ菌遺 A' C' B' ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATTGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATAGCCG' TCTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATTGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCAAACG ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATTGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATAGCCG' TCTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATTGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCAAACG ATAGCCG' TGTACCT' AGCTTCC' CCATACG 伝子型を網羅的に判別する手法を確立した 図 1:網羅的解析手法の流れ (2015 年 11 月特許出願予定) (図 1).この手 まず皮膚に存在するアクネ菌の遺伝子のみを 法は 99%の確率でアクネ菌の DNA 配列のみ われわれが設計したプライマーを用いて増幅 を増幅させることや,1 塩基レベルでのアク させる.PCR 行程を 2 度に分けて実施するこ とで,アクネ菌特異的な増幅を可能とした. 用いて推定した. その後,アクネ菌塩基配列を網羅的に決定す 細菌叢組成の類似性検索には,Yue-Clayton る.われわれが作成したアクネ菌遺伝子型参 theta similarity Index を用いた.2 群間比較とし 照配列と比較し,それぞれの配列がどの遺伝 Mann-Whitney の U 検定を行った.統計検定の 子型なのかを一度に検討することで遺伝子型 結果,P<0.05 を有意差ありとして扱った.箱 組成を調べる. ひげ図は R (Version 3.1.2)で描画した. 2. 3. 対象と手法 結果と考察 15 名のニキビ患者の頭部,顔面(ニキビ発 従来は 1 サンプルあたり約 100 本の塩基配 症部位),臀部およびニキビ部位から採取さ 列断片で議論を行うのが主流であったが,わ れた膿を研究対象とした.TE10 (10 mM Tris, れわれが確立した解析手法を用いることで従 10 mM EDTA)に浸した滅菌綿棒を各部位に 来の 100~500 倍の塩基配列を解析することが 30 秒間こすりつけ,500 µL の TE10 に浸した できるようになった.よって,少数存在量の ものを-80˚C で冷凍保存し,これらの DNA 抽 遺伝子型も検出可能となり,さらに多サンプ 出物をサンプルとした.確立した手法に従い, ルを扱う遺伝子型検証も比較的容易に可能と われわれが設計したプライマーセット(414F : なった. 5’-GGGTTGTAAACCGCTTTCGCCT-3’ [3], アクネ菌遺伝子型の組成は,同一個人の異 1445R : 5’-GTTGTGGGGGAGCCGTCGAA-3’ なる部位のほうが,異なる個人の同一部位よ および 950F:AGAACCTTACCTGGGTTTGA, りも有意に類似していた(図 2A).また,多 1334R:GATCTGCGATTACTAGCGAC)でア くの被験者において同一個人内におけるニキ クネ菌の 16S rRNA 遺伝子のみを特異的に増 ビ部位と他の体表部位とで遺伝子型の組成が 幅させた.これらの増幅産物を超並列シーク 極めて類似していることも明らかになった. エンサーMiSeq を用いて配列決定し,アクネ これらの結果は,顔にニキビを発症している 菌遺伝子型を網羅的に調べた.同サンプルは, 患者はニキビをつくりやすいアクネ菌を顔以 細菌特異的なユニバーサルプライマー(27F: 外にも所有していることを示唆し,宿主由来 AGRGTTTGATYMTGGCTCAG [4],338R: の因子(皮脂等)によりアクネ菌の種類が選 TGCTGCCTCCCGTAGGAGT [5])を用いて皮 択されている可能性が考えられる. 膚上に存在する全ての細菌の 16S rRNA 遺伝 一方,細菌叢組成は異なる個人の同一部位 子を増幅させ,配列決定することで皮膚環境 のほうが,同一個人の異なる部位よりも類似 に存在する細菌集団の包括的な解析(細菌叢 しており(図 2B),先行研究に沿った結果を 解析)も行った.これらの細菌叢組成データ 得ることができた [7].体表部位の細菌叢組成 を用いて,各体表部位における皮膚常在菌叢 データを用いて細菌叢の遺伝子機能を推定し の有する遺伝子機能について PICRUSt [6]を た結果,脂質代謝関連遺伝子群が顔(ニキビ 部位)において有意に多いことが示唆された ける 2 群比較には Mann-Whitney の U 検定を (図 3).これらの結果から,ニキビ部位では, 用いた.エラーバーは標準偏差で表した.* P 皮膚常在菌叢が宿主由来の脂質を代謝できて < 0.05. * いない可能性が考えられる.過去の研究結果 2.0 2.0 ではニキビにはアクネ菌の遺伝子型が重要で 1.5 1.5 あることが示唆されていたが [2],今回の結果 1.0 1.0 #0.5 1.2" -1.0 A 0.0 -0.5 影響を与えていると考えられる. 0.5 0.5 Z#score みならず,皮膚常在菌叢全体の機能も大きく 0.0 からニキビの発症にはアクネ菌の遺伝子型の #1.0 * 1" A Theta"Index 0.8" B B 図 3:脂質代謝関連遺伝子群比較 0.6" 15 名から採取したサンプルの細菌叢由来のグ 0.4" リセロ脂質代謝関連遺伝子群の存在量を比較 0.2" した.推定された遺伝子群の存在量は Z スコ 0" アに変換した.Mann-Whitney の U 検定を行っ た.箱ひげ図で記載した.* P < 0.05. 1.2" 1" * Theta"Index 0.8" 0.6" 0.4" 0.2" 0" 4. 展望 以上より,ニキビ発症に関与する可能性の 高いアクネ菌は個人固有に存在しており,他 の微生物,皮脂分泌などがあいまってニキビ 図 2:アクネ菌遺伝子型組成および細菌叢組 発症につながることが考えられる.現在のニ 成における類似度の検討 キビ治療は,発症部位の抗生物質による殺菌 異なる個人の同一部位における類似度および, が主流であるが,皮膚常在菌はわれわれの生 同一個人の異なる部位における類似度を全て 活に欠かせないものであるため抗生物質の使 計算した.3 名多部位(頭部,顔面,臀部) 用は乾燥等皮膚状態悪化を誘発しうる. から採取したサンプルを使用した.P. acnes 更に,今回の結果から個々人にはそれぞれ 株組成 (A)および細菌叢組成 (B)の類似度を 固有のアクネ菌を所有していることが示唆さ 比較した.類似度の計算に Yue-Clayton theta れており,アクネ菌は宿主由来の選択圧によ similarity Index を用い,それぞれの類似度にお り生存しやすい種類が定着すると考えられる. よって発症部位のみの抗生物質塗布は根本治 evaluation of PCR primer sets used for detection 療になり得ず,抗生物質治療を行っても,同 of Propionibacterium acnes in prostate tissue じ種類のアクネ菌が再び定着する可能性が高 samples. Prostate, 68, 1492-1495. い.今後は臨床的な応用として,各個人固有 [4] Hongoh,Y., Sharma,V.K., et al. (2008) のアクネ菌遺伝子型と細菌叢全体との関係を Complete genome of the uncultured Termite 調べることで,ニキビ発症を誘発するアクネ Group 1 bacteria in a single host protist cell. 菌の増殖を抑制できるような皮膚細菌叢の構 Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 105, 5555-5560. 築など,皮膚細菌叢の制御によるニキビ治 [5] Fierer,N., Hamady,M., et al. (2008) The 療・予防法確立を目指す. influence of sex, handedness, and washing on the diversity of hand surface bacteria. Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 105, 17994-17999. 謝辞 [6] Langille,M.G., Zaneveld,J., et al. (2013) 本研究に際して,サンプル提供にご協力下さ Predictive functional profiling of microbial った東京女子医科大学東医療センターの出来 communities using 16S rRNA marker gene 尾格医師,実験結果に関する多くのアドバイ sequences. Nat.Biotechnol., 31, 814-821. スを下さった伊藤優太郎さん,度重なるミー [7] Grice,E.A., Kong,H.H., et al. (2009) ティングにおいて研究方針や実験に関して多 Topographical and temporal diversity of the くの有意義なアドバイスを下さった福田真嗣 human skin microbiome. Science, 324, 特任准教授に心より感謝申し上げます.最後 1190-1192. に,素晴らしい研究環境を与えて下さってい る冨田勝教授に深く感謝致します. 参考文献 [1] Tomida,S., Nguyen,L., et al. (2013) Pan-genome and comparative genome analyses of propionibacterium acnes reveal its genomic diversity in the healthy and diseased human skin microbiome. MBio, 4, e00003-13. [2] Fitz-Gibbon,S., Tomida,S., et al. (2013) Propionibacterium acnes strain populations in the human skin microbiome associated with acne. J.Invest.Dermatol., 133, 2152-2160. [3] Sfanos,K.S. and Isaacs,W.B. (2008) An
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