観光とその産業の理論的認識アプローチ - JAFIT

日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
《論 文》
観光とその産業の理論的認識アプローチ
と り
お
か つ
じ
鳥尾 克二
杏林大学学長付 特任講師
Tadao Umesao wrote Information Industries in 1963, and he presented the bold world picture: Information exists in itself.
Existence itself is the information. The world is filled with information. All existence itself is information. As a civilization theory,
Umesao predicted the development of the information industry that has the information that exist in all over the world as the
industry resource, which would exceed the growth of the existing industry, and the arrival of the information-oriented society
that contributes to the human beings as the result. Umesao regards the information concept as the sheer message of existence
that emerges in the human lives, and not as the symbolism to describe the world. He regards the world existence itself as the
place for the information that the human beings sense, and sees into the arrival of the industrial society with this spirit of
industrializing the information into the lives of the human beings. The viewpoint of Umesao gives many suggestions for tourism
studies. This article will think of the tourism industry as an information industry that is related with the world experience-based
consumption, and study about the recognition, the structure, and the value of the sightseeing and its industry while having the
connection with the phenomenology in mind.
キーワード;情報、情報産業、観光、観光産業、現象学
Key word;information, information industries, tourism, tourism industry, phenomenology
はじめに
の産業の政策的重要性が見直され始める
および、竹田青嗣・西研による現象学理
観光は産業であるとの認識が俄に高ま
原動力ともなった。その後、2000年10月
解に論考の基盤を置き、観光と観光産業
ったのは、旧運輸省が『景気低迷下にお
旧経団連が『21世紀のわが国観光のあり
の認識・価値・構造について論じること
いて我が国観光産業が与えている影響と
方に関する提言 ― 新しい国づくりのた
としたい。
第1章では梅棹情報論の概念・
その対応に関する緊急調査 ― 我が国に
めに』を発表し観光の産業認知の必要性
世界観と、観光との関連を指摘する。第
おける旅行消費の経済波及効果 ― 1994
を初めて発表した。戦後の産業政策決定
2章では竹田・西による現象学の研究と
年3月』を発表し、我が国の旅行・観光
に一貫して巨大な影響力を持ち続けてき
その理解にもとづいて梅棹の情報の世界
産業の経済波及効果試算を発表して以来
た財界心臓部の表明は、上記調査や答申
観と観光との関連を再考察する。そのう
のことであろうと思われる。調査発表以
とともに、観光の産業認知の観点から歴
えで第3章では梅棹情報論と竹田・西の
来、試算された観光消費の巨大な潜在性
史的意味を持つ。2007年に至り、観光立
理解をもとに、観光と観光産業の概念を
と、拡大する需要の影響力が地方自治体
国推進基本法の制定、翌2008年の観光庁
論考し、新たな認識視点を提出したい。
や報道機関の注目するところとなり、観
の発足に伴い、観光に関わる国家行政は
第4章では新たな認識視点に基づき、観
光の経済的側面の重要性が注目され、観
一元化され、強化されることになった。
光の構造を分析する。第5章においては
光あるいは観光産業という言葉が本格的
一方、観光産業とは如何なる産業であ
補論として、観光産業の本質と実践面に
に社会に認知、意識されはじめる。
るか、また産業の前提となる観光とは何
おける政策の方向性について論じる。
1995年6月の運輸政策審議会答申『今
を意味するかといった、観光の本質や実
後の観光政策の基本的な方向について』
践にかかわる理論的側面からの研究は必
1 梅棹情報論
は観光の産業認識に拍車を掛けた。この
ずしも充分とは言えない。
1-1 梅棹情報論の要旨
答申は、その後の各都道府県の観光基本
以上を踏まえ、本論文は、観光とその
旧観光基本法の制定、公布年である
方針策定等にみられる観光立県宣言の動
産業の本質を論考する理論的アプローチ
1963年、梅棹忠夫は『情報産業論』を発
きを活発化、加速化させ、観光およびそ
の一つとして、以下、梅棹忠夫の情報論、
表し、以降、30年に亘り、関連する一連
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日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
の論文や著作(1)によって情報概念及び問
認識を示している(梅棹、1993、― カッ
報(体験情報)と名付けるとともに、そ
題提起の焦点を次第に整理し、梅棹の造
コ内は筆者の補注 ― )
。
の経済価値が精神の産業化を導き、これ
ら情報価値の広範囲な産業化の時代が物
語である「情報産業」という術語ととも
に、
「情報」「情報産業」「精神産業」等の
1-3 情報論の世界観
質文明の時代に続く人間社会の新しいス
概念による新しい文明のステージの到来
梅棹情報論のポイントは、装置や媒体
テージを拓くと洞察している。
を予察した。梅棹の主張は、情報とは世
に処理されて世界を記述する記号・言語
界および時代認識のための概念であると
情報(概念知識情報)と、存在が生に与
1-4 情報産業の概念
ともに、情報は産業化することによって、
える知覚情報(体験情報)を区分するこ
こうした、情報の世界像に基づき、梅
近未来の新しい文明のステージをもたら
とである。われわれの五感が知覚し、精
棹は情報の産業化が今後、人間の文明の
すということが根幹をなしている。
神が解読する世界像を表現する形式を梅
最大のテーマとなるとの認識を提起す
棹は「情報」と命名し、概念化したと筆
る。この世界像は、科学が対象とする数
1-2 情報の概念
者は考える。また、梅棹情報論の世界認
値化、計量化、客観概念化された世界説
梅棹は提出した情報論をコミュニケー
識の核心は以下のとおりと考える。①記
明の像とは一線を画し、人間的な感性を
ション論ではなく、世界認識の一方法で
述は世界の存在を前提するが、世界は常
伴う主観的知覚や体験の世界像である。
あると規定する。注目されるべき洞察の
に新しく変化現象する。世界は常時、且
梅棹は、工業の時代は物質およびエネル
ポイントは、物質、エネルギーに加えて
つ、任意の記述を生み出す当の根源存在
ギーの産業化を進めた時代、情報産業の
情報概念による世界認識の必要性を指摘
である。②世界はこれらの記述によって
時代は精神の産業化が急速に進む時代と
し、人間は近未来において情報を相手と
切り取られ表現されるとともに、世界の
位置づける。その延長で、物質的生産を
する新しい文明社会のステージに入ると
存在は新たな記述表現を生み出す潜在的
基礎とする工業経済のほかに、精神的生
の世界把握である。この情報の概念は、
な側面を有する。③これら側面は記述さ
産を基盤とする情報経済があり、それを
1940年代後半、自然科学系の研究者によ
れ流通するとともに、体験によって直に
担う情報産業は工業につづく人類の産業
って情報理論と訳されていた数学的、抽
生に知覚され得る。④梅棹が呼称する情
の新しい発展形態をリードする基幹産業
象的概念のインフォメーション・セオ
報とは、人間に身体的に知覚され、生に
であるとの認識を示している。情報産業
リーという外来語を、梅棹が情報と訳語
解読をもたらす存在の捉え方の表現形式
は、存在を生に対する情報資源として取
して社会科学の用語体系に持ち込み、来
を意味する。梅棹はその観点から存在=
り扱い、これら存在の情報的側面を産業
るべき新しい社会を予察、表現するため
情報と捉え、人間が知覚するこれらの存
化していくことから、既存産業とは別原
の用語として使用に踏み切ったことに由
在の情報的側面の産業的価値や文明的意
理の産業を意味する。農業は土地から食
来する。
味について洞察を示しているものと考え
糧を得、
工業は地球から物質、
エネルギー
梅棹は一連の論文や論考をとおして情
られる。⑤情報は生が受信・解読する存
を取り出す。これに対し、情報産業は世
報の概念について、独自の認識視点を提
在の形式であると同時に、存在に関する
界から情報を取り出す。物質やエネル
出した。梅棹は情報を文字、数値等記号
記述の記号体系の二面性を持つ。情報は
ギーの産業化の時代は科学技術とともに
系列の内容などの一般的な概念のみでは
何らかの媒体に乗る。記号情報は紙面や
更に高度化し、人間に豊かな物質文明を
捉えていない。梅棹によれば、外界は、
電波に乗る。一方、現実世界の存在は、
もたらす。梅棹の説く情報産業とは既存
感覚器官をとおして生体内につねにもた
日々を営む人間の生が直に体験する知覚
産業と併存するとともに、やがて既存産
らされ、感覚器官、脳神経系は常時外界
対象として、情報に姿を変えて物理的、
業の繁栄を上回って産業の中心を占めて
(世界)を知覚的情報として捉えている。
現象的な存在自体に乗る。⑥情報を記号
いくという巨視的・文明論的な考え方で
したがって、外界(世界)は物理的、現
体系とのみ捉えるのではなく、生との関
ある(梅棹、1993)
。
象的側面として客観的に存在すると同時
わりの視点から捉えなおすことによって
に、個々の生が知覚し解読する情報的側
情報は、物質やエネルギーに比べてはる
1-5 梅棹情報論の世界像と観光
面としても存在する。
かに感性的、文化的、人間的な要素を持
梅棹は世界を物資的、現象的存在とし
この観点から、梅棹は、①すべての存
つ。その意味で世界は物質的、歴史的、
てのみならず情報として捉え、その情報
在それ自体が(生に対し)情報である。
事象的存在であるとともに、個々の主観
を人間の世界認識の手段とみなす。観光
②情報はあまねく存在する。世界そのも
に体験される情報の形式を併せ持つ。⑦
の観点からは、訪問先の世界は観光者の
のが(生に対し)情報である。③生は情
梅棹は感覚を受信装置と捉える。人間が
個々の主観に感覚情報(体験情報)とし
報とともに存在する、生の根源に情報が
受信する情報を生の根本的なありかたの
て示され解読されると考えられる。
存在する。との基本的な情報の世界像の
一つと捉え、その意味での情報を感覚情
存在と情報が同義かつ等号的という梅
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日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
棹の主張は、その妥当性についての論証
者が営む生活世界として認識している。
体験の対象となる伝聞世界は、具体的に
を伴わない仮説であるが、筆者はこの世
換言すれば私の生活世界と他者の生活世
は当該伝聞世界における住民の生活世界
界認識が観光の研究に与える影響は無視
界は互いに②の形態をとり情報的・伝聞
を意味する。従って、任意の生活世界と
し得ないと考える。
的に存在している(たとえば京都市民の
伝聞世界は相互に観光対象として存在す
生活世界は東京都民の伝聞世界、竹田が
る。
2 竹田・西の現象学研究と梅棹情報論
②で使用する情報は知識としての情報)
。
3-2 観光は世界体験を求める人間の普
現象学に対する明確な理解や評価は未
遍的行為である
確定である。本論文においては現象学の
2-3 生活世界・身体・情報
本質を新たに再解明しようとする竹田青
生活世界を知覚し、世界の総合を委ね
人間は、この世界からすべての知識を
嗣および西研による現象学研究、とりわ
る身体(3)は梅棹的な情報を捉える身体
得るが、生活世界を超える伝聞世界は概
け現象学的生活世界に関連する概念を参
(五感と神経系の解読)に重なる。また、
念的に知り得ても体験的に知ることがで
梅棹情報論が世界認識の方法として提出
きない。これら伝聞世界という大きな書
する情報の世界像は、身体を介し、生活
物を体験的に理解しようとする人間の
2-1 現象学的生活世界
世界において私にとって現れる世界像に
ニーズが観光の原動力となる。観光動機
西によれば、現象学のいう現象とは体
重なる。われわれは、私の身体に知覚さ
はこの断層に発生する。観光は生活世界
験のことである。体験は身体を介し知覚
れる生活世界の存在の諸相を解読し、梅
の範囲を超えて見知らぬ伝聞世界を直接
によってもたらされる。知覚は現実を与
竿が呼称する情報として総合していると
体験することによって、生をより豊かに
える特権的な作用であり、現象学は知覚
考えられる。梅棹は、生(身体)が存在
しようとする人間の活動の総体でもあ
によって与えられる具体的・日常的な現
から受信し解読する諸相の一切を情報と
る。観光は思弁的行為ではない。体験行
実世界を生活世界
と呼称する。生活世
いう用語で表現するとともに、その情報
為である。観光は直接的に世界を知ろう
界は私が身体をとおして具体的に経験
概念をとおして私にとって現れ、意味と
とする人間の普遍的行為であり、人間の
し、総合し、認識しているとともに、他
価値をもたらす実存の世界の認識像を別
根源的、普遍的生の営為のひとつと考え
人もそのように経験しているはずの相互
角度から洞察することにより、実践的な
られる。
に知覚的な客観世界である。同時に、生
産業論、文明論を提出し、展開している
活世界は私にとって現れ、私に意味と価
と考えられる。
考として用いる。
(2)
3-3 観光は価値である
観光は人間が対象とする価値(4)のひと
値をもたらす実存的な世界でもある(西、
2001)。この生活世界において科学は客観
2-4 生活世界・伝聞世界・観光
つである。観光の価値形態には2つの側
的事実を語り、知覚する身体は実存的な
観光が対象とする世界像は竹田の3つ
面がある。第1は観光するもの、すなわ
生の意味と価値を語る。
の世界像に重なる。特に、生活世界、伝
ち観光者が得る主観的な体験価値、第2
聞・情報の世界(以下伝聞世界)はそれ
は伝聞世界の住民によって営まれる生活
2-2 竹田の世界像区分
ぞれ相対的関係にある。伝聞世界は記述
世界の存在(情報)価値を意味する。観
竹田は、人間が認識する最も基本的な
され概念化されて生活世界に流通する
光の価値はこの2側面の価値構造を持
世界像を3層の構造に区分している。①
が、世界の現実そのものは物理的に流通
つ。観光価値は、①生産形態(観光使用
日常世界(生活世界)、②伝聞・情報の世
しない。そのため、人間は伝聞世界のよ
される世界の日常存在価値)②消費形態
界、③神話・フィクションの世界である。
り良い理解のために直接的、身体的な経
(体験の満足価値)③流通形態(観光事業
①は眼で見、手で触れられる具体的経験
験を求める。
身体は情報を捉え総合する。
のサービス価値)の3形態から成る。
の世界、経験的に自明な世界、②は伝聞、
観光は世界の存在の情報的側面を対象と
情報によってのみその存在の確信が生じ
する概念であると考えられる。
ているような世界、
(人間にとって決して
3-4 観光産業は情報産業である
価値は産業化する。観光産業は観光使
その全体を経験することはできないが、
3 観光の概念
用される世界の日常存在価値の高度化を
一部分を実際に経験し得る可能性を持っ
3-1 観光は世界体験である
図っていく産業と位置づけられる。観光
た世界)、③は経験不可能で臆見だけから
筆者は観光の本質を現実世界の体験消
産業は対象となる世界の日常にかかわる
なる世界、たとえば神の存在等原理的に
費と捉える(鳥尾、2003,2004)
。観光と
関係上、必ずしも特定、個別の事業のみ
はその真偽を決して確かめ得ない世界で
は、伝聞世界の存在の情報側面を直接的
を意味しない。また、これら世界は国家
ある(竹田、1989)。
に体験消費することを目的とする人間の
や都市等の形態をとることから、その存
私たちは①を生きるとともに、②を他
行為と認識することができる。観光者の
在の情報側面の産業化のためには、行政
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をはじめ広範な既存産業の参加が必要と
こ)の系列を意味する。伝聞世界の任意
Guest 世界の人々にとっての伝聞世界
なる。観光産業は国家や都市の存在を生
の現実とその情報は、観光資源・公共財
(知識の世界)
を意味する。観光の観点か
に対する情報資源として取り扱い、その
として潜在的、可能的に、常時開かれて
らは、右上象限に示す通り相互に日常存
体験情報の生産・流通・消費にかかわる
いる。観光資源は、単に特定の名所旧跡
在
総合情報産業である。
や観光施設のみを意味しない。体験の場
右上象限の領域は、左上、右下象限世
に含まれるその時点での伝聞世界の日常
界に関するお互いの情報の相関領域を形
の一切を含む。それゆえ、渋谷ハチ公前
成する。Host世界は、存在(情報)とし
3-5 観光は旅行中の人間の世界体験で
ある
観光存在として置き換えられる。
のスクランブル交差点の日常風景や、築
て Guest に体験消費されるとともに、記
身体は世界の情報を受け取り、未体験
地のセリや、京都の錦小路通り市場の日
述情報として Guest 世界に流通する。左
の世界は人間に新しい世界像を与える。
常が体験の場となり、観光資源化する。
下象限は旅行に関する領域である。相互
それゆえ、人々は世界をよりリアルに知
また、観光体験の場面においては、人間
の世界における観光体験は現地への旅行
覚するため身体を世界に運ぶ。現実世界
は、私の身体に現れる伝聞世界の現実を
を前提とする。それゆえ左下象限は輸送
はこれら人間の世界認識や価値観の源泉
情報として体験消費する。世界は常に変
事業や旅行事業の領域を意味する。また
であり、文字どおり、世界は情報に満ち
化していることから、同じ伝聞世界を幾
3重円の内側の円の世界存在は生活世界
ている。人間はこれらの世界から任意の
度体験するとしても、その都度、現実の
を意味し、中の円はその情報形態を意味
伝聞世界を選択し、その体験を求めて身
情報の意味と価値は新しい。従って、観
する。外円は生活世界が収まる地域の時
体は旅立つ。
光体験は繰り返し行われ、リピーターが
空間を意味する(鳥尾、2012)
。
体験行為は現場で行われる。そのため、
生じることとなる。
5 観光の産業的展開への補論
ハワイや京都の体験消費のためには自ら
現場に赴くしかない。従って観光は旅行
4-2 観光構造の概念モデル
5-1 観光産業の政策的方向性
と密接に結びついている。筆者は旅行の
モデルの左上および右下象限は観光の
物理的、現象的自然、生態系や都市は
構造を「移動プラス滞在」と定義する。
対象となる現実世界を示している。双方
物的な存在であると同時に、その場で主
旅行は目的によってその形態が区分さ
の世界は自然世界、人間世界、歴史世界
観に知覚、体験される景観、生活文化、
れ、時と場所が密接に組み合わされた移
の営みの上に日々築かれ、多様な産業・
情緒、賑わい、ホスピタリテイ等という
動と滞在の系列として行われる人間の行
文化・文明を観光資源としてもたらして
情報的な存在である。人間は、観光活動
動のひとつである。観光は旅行と連関す
いる。両象限の領域は、それぞれ Host、
において世界の存在を情報として体験
るが、旅行そのものを意味しない。旅行
あるいは Guest として相互に置換しうる
し、感動、満足、リラックス等精神的な
は観光の手段である。身体は旅行の目的
世界として相対的に位置する。Host世界
価値を得る。
世界の存在の情報的側面は、
に関わらず世界を知覚し、新しい解読を
は 住 民 に と っ て の 生 活 世 界 で あ り、
観光産業の公共財的資源として、また任
取り込む。一例として、業務目的の旅行
者は、業務執行以外の滞在中に新しい世
界体験を手に入れる場面においては、観
図1 観光の構造モデル
Guest / Host
光 消 費 者 と し て の ま な ざ し(ア ー リ、
記述情報領域
体験価値消費・生産
現代化
生活世界
歴史
1995)を持って伝聞世界と向き合ってい
日常存在
世界存在
る。兼観光の概念はこれに該当する。観
光は旅行中の人間の世界体験である。旅
行と不可分に結び付いているが旅行その
伝聞世界
情報形
文化
文明
体験価値
)
自然
産業
時空
観光存在
人間
観光存在
ものではない。
都市化
日常存在
Host / Guest
体験価値生産・消費
現代化
旅行の生産
4 観光の構造
歴史
4-1 観光の対象と観光資源
世界存在
旅行の消費
伝聞世界は観光者の観光活動を誘発し
得る一切の現実資源とみなすことができ
る。資源の実体は伝聞世界の日常そのも
の(住民のあるがままの生活世界)であ
り、形態として体験すべき場(いまとこ
情報形
文化
文明
体験価値
自然
産業
旅行事業領域・ 旅行=移動+滞在
(ショースタックの分子モデル・山本昭二の改良モデルを参考に作成)
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時空
人間
都市化
日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
意に活用可能な商品化素材資源として広
文化や歴史は工業的に生産できない。工
の側面を持つことから、定型的、定量的
範かつ常時与えられている。
業生産システムとその成果は都市の高層
な客観測定が困難である。観光地魅力や
観光産業は、存在のありかたの価値
建築を建設できるが、住民の伝統や人情
個々の観光資源を測定する指標判定の難
(Well Beingの価値)および体験価値(満
を工業的に生産することは不可能であ
しさはこの理由による。ランド価値の測
足、感動価値)を扱う。観光立国や観光
る。観光産業は消費者の体験満足と感動
定や判断に際しては、客観的評価が困難
立県の政策目標はこの2種の価値を対象
等、精神満足を生産する情報産業であり、
であることから、主観的な体験満足価値
とし、観光対象化すべき自らの生活世界
物財、知財に加え体験財や感性財の生産、
に留意する望ましい評価方法の開発が強
の望ましい日常のデザインと編集、およ
流通、消費を扱う。
く要請される(5)。
び、このことを可能とする公共投資や制
情報化社会において感性価値は産業化
度に関するインフラ整備を扱う。
し、人間の消費財となる。観光産業は感
おわりに
政策的には、コンクリートに代表され
性による人間の世界の捉え方に注目し、
筆者は観光の本質を現実世界の体験消
る公共インフラ投資は体験満足に留意し
人間の五感の精神価値を多量に扱ってい
費と捉え研究を続けてきた。また、世界
た方向が望まれる。観光産業の観点から
る。
を体験することとは何かを突き詰めてい
は、すべての公共投資は、人間の感性が
く過程で、梅棹情報論および竹田・西に
捉える体験情報価値を意識して実施され
5-3 ランド価値の評価
よる現象学理解が、人間の実践的世界理
ることが求められる。公共事業は地域を
4-1および5-1で述べたとおり、任意の
解としての観光活動の本質を考えていく
造る。同時に地域は体験消費の対象かつ
世界の多様な現実は、そのままで観光資
上で示唆に富むことから、この論考(認
観光資源として存在する。観光産業は、
源・公共財として潜在的、可能的に、常
識、価値、構造)を提出した。
地域の日常の体験満足の生産を目的とす
時、われわれに開かれている。本研究で
る地域造り産業と位置づけられる。その
は、具体的に観光に供される世界の日常
意味で、観光産業は最大の地域づくり産
資源をランドと定義する。ランドは旅行
業であり、最大の内需情報産業たり得る。
先の生活世界の自然や文化等、公共的観
注
梅棹の情報に関わる一連の論文は、中
(1)
光資源としての側面(資源ランド)と、
央公論社の
『梅棹忠夫著作集第14巻 ―
5-2 体験財の産業化
ホテルや観光施設等、旅行会社の商品構
情報と文明』
(1991年初版)に一括して
知覚体験は感性認知をもたらす。人間
成要素として選択手配される素材的な側
収録されており、本論文では1993年版
は物質価値や知識価値のみならず感性価
面(素材ランド)を持つ。当定義は、旅
値を必要としている。観光を単に既存の
行産業界において用いられる業界用語の
サービス産業の一部として捉えるのでは
ランド概念を拡大的に理論化、一般化し
の数学化)と知覚的客観世界を区別し
なく、梅棹的情報という別原理の産業資
たものである。
後者を生活世界と名付けた。
源にもとづく産業のひとつであると捉え
第3章で述べたとおり、観光価値は生
Husserl, E,『Die Krisis der europaischen
なおすことによって、観光産業の新しい
産形態として観光使用される世界の存在
Wissenschaften und die transzendentale
地平が拓かれると判断する。
の価値を意味する。観光対象として選択
Phanomenlogie』細谷恒夫・木田元訳
現代社会は物質文明とともに知覚(感
されるランドは資源的、素材的に体験さ
『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現
性)価値に注目する。某自動車会社は科
れ、その体験の情報価値の評価をもたら
学技術の粋を結集して駆け抜ける歓びを
す。観光資源や観光地の魅力評価に際し
生産し、電器産業はコンピューターを駆
ては、資源や素材の外形的な評価のみな
使し光の波動数値を億単位に分析して、
らず、5-2に示すとおり、体験情報の観点
TV や液晶デイスプレイの色彩の自然な
から精神的な満足評価に軸足を移してい
Merleau-Ponty, J、
『Phenomenoligie de
感じを追求する。あるいは、アパレル産
くべきと考える。ランド価値の実態は体
la Perception』中島盛夫訳『知覚の現
業は、感じよさ、風合い、着心地等の生
験される現実の情報価値、満足価値であ
象学』法政大学出版局、1982年、250-
産に鎬を削り、最先端の施設・設備を伴
って、通常の個々の商品財、サービス財
うホテルは居心地、使い勝手に加えおも
の消費やそのマーケティングとは原理的
てなしを生産する。
に異なる。観光産業は良質のランド価値
号(昭和43年9月)に対する観光政策
感性価値は人間の生に向かって生産さ
の生産に関わる。観光財としてのランド
審議会第1次答申(答申第8号)
「国民
れ、使用満足、体験満足、精神満足を与
の価値評価は、観光者の主観が捉える
生活における観光の本質とその将来
える。現代科学は物質文明を生産するが、
様々な要素の体験満足、精神的満足評価
像」
(昭和44年4月)のⅡ章3において
-63-
を参照文献としている。
フッサールは物理学的客観世界(自然
(2)
象学』中央公論社、1974年、38-84頁
メルロ=ポンテイは世界と向き合い、
(3)
認識する主体を「知覚する身体」と捉
える。
256頁
政府の年次観光政策に関する諮問第9
(4)
日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
「観光の価値」の指摘がある。答申で
日本国際観光学会、2004年
は、観光の価値について2つの価値判
「観 光 学 術 学 会 第 1 回 大 会 発 表 要 旨
断の基本問題を指摘している。ひとつ
集」、観光学術学会、2012年、74頁
は観光自体が人間生活の中に占める価
・西 研、『哲学的思考』筑摩書房、2001
値、あるいは意義は何かとの問いであ
年、31頁
り、他方は、観光政策の基礎となる重
― 192頁
大な問題との認識のもとに、観光内部
― 278頁
において、いかなる観光がより価値が
― 169-170頁
あるかとの問いである。答申において
・日本経済団体連合会、
「21世紀のわが国
は観光価値自体についての説明はなさ
観光のあり方に関する提言 ― 新しい国
れていない。
づくりのために」http//www.keidanren.
鳥尾、出嶋はLVI(Land Value Index)
or.jp/Japanese/policy/2000/051、2000
の開発を提唱している。
(日本国際観光
年
(5)
学会全国大会、第13回、14回、16回)
【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。
】
参照文献
・梅 棹忠夫、
『梅棹忠雄著作集第14巻』、
中央公論社、1993年
― 情報産業論25-42頁
― 精神産業時代への予察45-47頁
― 情報産業論への補論52-59頁
― 情報産業論再説90頁
― 感覚情報の開発107-110頁
― 情報の文明学143-170頁
― 情
報産業社会におけるデザイ
ナー281-285頁
― 情報の経済性と非経済性435頁
― 情報産業論講義446頁
・観光政策審議会答申第一次答申、
「国民
生活における観光の本質とその将来
像」、1969
・ジョン・アーリ『観光のまなざし』、法
政大学出版局、1995年、1-6頁
・運輸省、
「景気低迷下において我が国経
済に観光産業が与えている影響とその
対応に関する緊急調査」― 我が国にお
ける旅行消費の経済波及効果 ― 、1994
年
・竹田青嗣、『現象学入門』NHK ブック
ス、1989年、60-62頁
『フッサール現象学の理念』講談社選書
メチエ、2012年、204-287頁
・鳥 尾克二、「日本国際観光学会論文集
(第10号)」、日本国際観光学会、2003年
「日本国際観光学会論文集(第11号)」、
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