周術期凝固機能検査 慈恵ICU勉強会 2015.4.21 藤岡 頌子 / 鹿瀬 陽一 はじめに 凝固異常の評価と血液製剤投与の指標として PT-‐INR、APTTといった標準的な凝固検査 (SLTs standard laboratory tests )が広く用いられている。 「PT、APTT > 1.5 倍、PT-‐INR > 1.5は凝固障害」 という指標を慣習的に用いているが、 周術期の凝固障害の評価、出血管理において 検査値の有用性と信頼性が問われている。 目 的 周術期および大量出血時に凝固障害の診断や出血に 対する治療指針として、標準的な凝固機能検査は有用か? 「SLTs が 1.5 倍以上」という基準にエビデンスはあるか? 方 法 Ovid Medline上で、1950年 – 2013年12月の文献を SLTs(standard laboratory tests), INR, PT, APTT で検索 出血管理ガイドラインについても検索 Table. 1 現在、推奨されている凝固系検査と出血時の対応についての11のガイドライン Table. 2 11のガイドラインの参考文献 この中で、「SLTs > 1.5 倍で輸血」を支持する文献は8つのみ 後向き研究が多く、前向き観察研究も3つあるが ランダム化比較試験など、良い前向き研究データはない。 CloKng factor levels and the risk of diffuse microvascular bleeding in the massively transfused paUent. Ciavarella D, et al. Br J Haematol 1987; 67: 365–8 最も引用されている文献 1986年 救急室にて大量輸血を要する患者 36 人 Ht、PLT、PT、APTT、Fbg、第Ⅱ、Ⅴ、Ⅶ、Ⅷ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ因子を測定。 9 人で出血を認め、そのうち Fbg < 50 mg/dl は 4 人 Fbg < 50 mg/dL、凝固因子< 20%になると出血増加 凝固因子活性< 20%になると、PT、APTT > 1.8倍 PT、APTT > 1.8倍で出血増加 CoagulaUon changes during packed red cell replacement of major blood loss. Murray DJ, et al. Anesthesiology 1988; 69: 839 – 45 12人の手術患者に対し、輸血前と循環血液量の30%出血毎に PT、APTT、PLT、TT、Fbg、第Ⅴ、Ⅷ、Ⅸ因子を測定。 9人でPT、APTTが延長したが、臨床的な出血は見られなかった。 7人で循環血液量の100%以上の出血があり、 そのうち4人は出血が続き、PLT10万未満だったため、PCを輸血した。 2人は改善したが、2人は出血は続き、 Fbg<75 mg/dL、PT、APTT>1.5倍であったため、FFPを投与した。 PT、APTTが延長しても、必ずしも臨床的な出血は見られない FFP投与を要したのはいずれもFbg<75 mg/dL、PT、APTT>1.5倍 現在の周術期出血管理ガイドラインの問題点 2つの文献はPT、APTTが延長している出血患者は それぞれ、36人中4人、12人中2人と少なく、 「PT、APTT > 1.5 倍、PT-‐INR > 1.5 で凝固障害があるとし、 治療開始するべき」と支持する明確なエビデンスはない。 ガイドライン間の引用で、関連性も薄く、良質な文献もない。 なぜ SLTs が信頼できないのか? 凝固系カスケード APTT PT SLTs は凝固因子の量は評価可能 実際の出血傾向を反映するのはトロンビン 単独の凝固因子が 30%以下(< 0.30 IU/ml)になると PT, APTT は延長 SLTs と トロンビン生成 凝固促進因子減少でトロンビン生成も低下する。 PT、APTTはフィブリン塊を形成するまでの時間を測定しているが、 Fbg< 80 mgでは、形成されるフィブリン塊が小さすぎるため、 DeLoughery TG. Crit Care Clin 2004; 20: 13 – 24 PT、APTTは延長する。 抑制因子は適切に反映されず、 凝固促進因子と抑制因子の複雑な相互作用は PT-‐INR、APTTでは説明が難しい。 生食による血液希釈で凝固促進因子、抑制因子とも低下し、 40%希釈されると、PT、APTTは1.8倍に延長する。トロンビン生成 も低下し、トロンボエラストメトリーでフィブリン溶解傾向も認めた。 Bolliger D, et al. Br J Anaesth 2010; 104: 318 – 25 トロンビン生成経路 5%のトロンビンが生成されただけで凝血塊が形成されるので、 PT、APTTで凝固障害を評価するのは難しい。 Mann KG, et al. J Thromb Haemost 2003;1:1504-‐1514. 凝固因子が40%に低下すると、組織因子的にトロンビン生成が生じて、 PT、APTTが延長していても、出血しない。 Dunbar NM, et al. Transfusion 2009; 49: 2652 – 60. トロンビン生成の抑制 c c プロテインCは、トロンボモジュリンの存在下で凝固抑制機能が十分に発揮する。 トロンボモジュリンは血管内皮に発現しており、血漿中にはわずかしか存在しな いため、PTは凝固抑制機能を正しく反映しない。 線溶系経路 肝障害と検査値 The coagulopathy of chronic liver disease. Tripodi A,et al. N Engl J Med 2011; 365: 147 – 56 凝固促進因子、抑制因子の多くは低下している。 線溶系でも増加するものと低下するものがある。 肝障害と検査値 The coagulopathy of chronic liver disease. Tripodi A,et al. N Engl J Med 2011; 365: 147 – 56 凝固促進因子、抑制因子の多くは低下している。 線溶系でも増加するものと低下するものがある。 これらのバランスにより、出血傾向にも凝固傾向にもなる。 肝硬変患者では、プロトロンビン量が低下しているため、 トロンビンの生成量も少なく、PT、APTTは延長する。 しかし、凝固抑制系のプロテインCの低下が著しいため、 相対的にトロンビン生成は維持され、健常人と同等の トロンビン量となる。 Tripodi A, et al. Hepatology 2005;41:553-‐8. 高血圧、血管内皮細胞の機能障害、細菌感染によるヘパ リン様物質産生、腎不全など、出血を助長する因子がある。 PT、APTTと処置後の出血、消化管出血との関連性はない。 SLTs の問題点 もともと、PT、APTTはビタミンKやヘパリンのモニタリング、 凝固因子欠損を診断するもので、周術期の凝固障害、 出血の予測のためのものではない。 血小板の数や機能障害については考慮しておらず、 正確に凝固異常を診断できない。 検査結果に従って、FFPを投与しても正常値まで改善することは 少ない。 予防的にFFPを投与した88人中、投与後もSLTを再検したのは30 人のみであったが、このうちPTが正常値まで改善していたのは 1人、APTTも4人と少数であった。 Chowdhury P, et al. Br J Haematol 2004; 125: 69–73. SLTs の問題点 時間がかかる PT計測に 60 分以上要するため、 しばしば省略され、不適切なFFP輸血につながる。 Davenport R, et al. Crit Care Med; 2011; 39: 2652 – 8. 製品の違いで感度が異なる 多発外傷の患者172名のうち、外傷性凝固障害と診断された56名 循環血液量100%の出血時にPT,APTT > 1.5倍となっていたのは 感度が最高のものでは16人中16人、最低のものでは2人 Murray D, et al. Transfusion 1999; 39: 56 – 62. Management of severe perioperaUve bleeding. Guidelines from the European Society of Anaesthesiology (2013) 推奨されるモニタリング 推奨される治療 HemostaUc factors and replacement of major blood loss with plasma-‐poor red cell concentrates. Hiippala ST, et al. Anesth Analg 1995; 81: 360–5. 60人の腹部外科手術患者に対し、導入前、FFP投与前、術後に採血 血小板、Fbg、プロトロンビン、第Ⅴ因子、第Ⅷ因子の濃度を測定 術中は出血に応じてRCCと膠質液を投与 出血量とそのときの各物質の血中濃度を記録し、 それぞれが危機的な値まで低下するときの出血量を算出した。 出血に対してRCC投与すると、Fbgが最も早期に危機的な値に低下する。 粘弾性検査 viscoelasUc test ROTEM 急性止血障害において、 全血を用いて 血餅の形成時間と硬度から、 凝固障害の原因を解析。 5-‐20分で解析が可能 血液製剤の合理的な使用 CT 凝固時間 血餅形成までの時間 CFT 振幅が2mmから20mmに達する時間 血餅形成時間 MCF 血餅振幅の最大値 最大血餅硬度 ML MCF到達後に振幅が減少したときの 最大溶解時間 MCFに対する最大減少率 INTEM 内因系経路の活性化 →内因系凝固カスケード評価 内因系凝固障害 HEPTEM 内因系の活性化+ヘパリン分解剤 →ヘパリンの影響を除外 EXTEM 外因系経路の活性化 →外因系凝固カスケード評価 FIBTEM 外因系経路の活性化+血小板機能阻害剤 →フィブリンのみによる血餅の形成 ヘパリン 外因系凝固障害 APTEM 線溶阻害剤 →線溶系の影響を除外 正常 血小板機能 Fbg 機能 線溶亢進 PerioperaUve treatment algorithm for bleeding burn paUents reduces allogeneic blood product requirements E. Schaden, et al. Br J Anaesth 2012; 109: 376 – 81. 熱傷患者の手術において、早期に凝固障害の治療により輸血量を減らせるかを 検討した前向きランダム化比較試験 対照群:医師の判断で輸血 アルゴリズム群:ROTEMの結果で治療 ROTEMの結果に基づいて、輸血をした方が、輸血量は少なかった。 不要な輸血を減らすことができる。 SLTs は全くの無用であるか? 凝固因子の欠損や抗凝固療法の治療効果の評価としては 有用であるが、周術期の凝固障害の評価、 出血に対する治療方針の決定としては有用とは言い難い。 他にできる検査がないのであれば、何も検査しないよりは PT、APTTを測定した方が良い。 出血が続いているときに、継続的に測定してトレンドとして 治療の指標にすることはできる。 SLTs と死亡率 The prevalence of abnormal results of convenUonal coagulaUon tests on admission to a trauma center. Hess JR, et al. Transfusion 2009; 49: 34–9 35000人の外傷患者を対象に、凝固検査結果と死亡率を後向きに観察した研究。 外傷が重症であるほど死亡率は高く、PT-‐INR、APTT、Fbg、血小板の値も異常。 ISS (injury severity index)ごとに比較しても検査値が異常であるほど死亡率が高い。 成人外傷患者の後方視研究 Frith D, et al. J Thromb Haemost 2010; 8: 1919 – 25 小児外傷患者の前向き研究 Hendrickson JE, et al. J Pediatr 2012; 160: 204 – 9.e3 「SLTs が1.5倍以上になると輸血量、死亡率が増加した」 重症患者についても同様に 「PTが延長すると、ICU死亡率が上昇する」 Walsh TS, et al. Crit Care Med 2010; 38: 1939–46 SLTs の異常は死亡率と関連することが言われているが 出血量の増加とは関連性はない。 結 論 PT、APTTの値は出血時の凝固障害の評価、 出血管理の正確な治療指針とならない。 「PT、APTT > 1.5倍、PT-‐INR > 1.5 」という指標に 明確なエビデンスはない。 私見 PT、APTTは周術期のスクリーニングとしては 有用であるが、術中の出血時の凝固機能の評 価としては信頼性は乏しい。 時間は要してしまうが、Fbgを参考にしたり、 ROTEMなどの迅速に測定できる検査を用いると よい考える。
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