第2章 経腸栄養 Chapter2 第7節 周術期経腸栄養 経腸栄養 7.周術期経腸栄養 2015 年 11 月 9 日版 田無病院 院長 丸山道生 周術期は術前、術中、術後に分けられる。周術期の栄養 管理とは、術前から術後にかけての栄養管理である。ここで は、術前と術後の経腸栄養療法に関して述べる。 手術患者を早期に回復させるためには、周術期の栄養 管理は重要である。以前、術後栄養管理は静脈栄養が中 心であった。しかし、欧米で術後の早期経腸栄養の有用性 が示され、本邦では上部消化管術後を中心に術後経腸栄 養管理が広がりを見せている。しかし、最近の欧米の術後 早期回復プログラムである fast track surgery や ERAS (Enhanced Recovery After Surgery)で、結腸癌術後 の早期経口栄養が推奨され、術当日からの経口摂取も行 われるようになった。現在、ヨーロッパを中心とした ERAS® Society から各手術における新たな術後ガイドラインが 次々と発表され、胃切除後、膵頭十二指腸切除後にも早 期経口栄養が推奨されるに至り、術後栄養管理は急速に 経口栄養が中心となっていくと考えられる。経腸栄養や静 脈栄養は徐々に術後合併症例や重症例に限って使用され、 その適応範囲は狭まっていくだろう。現在は、周術期栄養 管理は経腸栄養、静脈栄養管理から経口栄養管理への移 行期であり、それぞれの適応症例を考え、臨床的に応用し ていくのが肝要である。 1.術前栄養管理と経腸栄養 1.1 術前の栄養スクリーニングとアセスメント 術前の患者の栄養状態は手術成績や術後経過に大き な影響を与える。そのため、術前の栄養状態のスクリーニン グとアセスメントは臨床的に重要となる。本邦では主観的 包括的評価法(subjective global assessment; SGA) が現在広く用いられている。また、客観的評価としては、身 体測定から割り出される体重、BMI の変化など、血液生化 学 検 査 の 血 清 ア ル ブ ミ ン 値 、 RTP(rapid turnover protein)、末梢総リンパ球数などが用いられる。 NI(nutritional index)とは、複数の栄養指標を組み合 わせることによって、より総合的、客観的に栄養状態を表す ことを目的とした指標のことである。周術期患者の予後を推 定する NI として、我が国では小野寺指数といわれる、小野 寺らの PNI(prognostic nutritional index:予後推定栄 養指標)が広く用いられており、欧米でも認識されるようにな った。 PNI=10xAlb+0.005xTLC Alb:血清アルブミン値(g/dl)、TCL;末梢総リン パ球数(/μL) 血清アルブミン値と末梢総リンパ球数のみから計算される ため、非常に簡便である。とくに、食道癌や胃癌などの上部 消化管手術における予後推定に利用され、45 以上である と手術の制限なし、40~45 は要注意、40 以下は切除・吻 合禁忌などとされる。 ヨーロッパを中心に術前の栄養スクリーニングはESPENが 推奨するNRS (Nutritional Risk Screening score)が使 1) 用されている(表1) 。これは体重減少、BMI、食事摂取量、 病気の重症度、そして70歳以上かどうかの5項目で判定さ れる。大規模な臨床研究でその有用性は確認されており、 周術期の栄養サポートの必要性を判断する良い指標である とされている。このスコアが3以上はリスクありと判定される。 表1 NRS(Nutritional Risk Screening score) 軽度 スコア1 栄養状態 BMI 食事摂取量 体重減少 疾患手術重症度 年齢 50-75% 3ヵ月 軽度 >70歳 中等度 高度 スコア2 スコア3 18.5-20.5 25-50% 2ヵ月 中等度 <18.5 <25% 1ヵ月 高度 (注) ・食事摂取量は、栄養必要量に対するこの1週間の摂取量 ・体重減少は、5%以上の体重減少が起こった期間 ・疾患手術重症度は、軽度は大腿骨骨折、肝硬変症やCOPDなどの 慢性疾患に合併症が 起こった場合など、中等度はメジャー手術、脳卒中、重症肺炎、血液悪 性疾患など、 重症は頭部外傷、骨髄移植患者、集中治療患者など ・栄養状態は最もスコアが高いひとつを選ぶ。 ・70歳以上は1点となる ・総合得点は0-7点となる 1.2 術前栄養管理の対象と方法 低栄養患者が手術を受ける場合、術後の合併症の発生 や死亡のリスク高く、入院日数も増加し、コストもかかる。そ のため、高度な低栄養状態の患者は、手術を遅らせても、 10-14 日の術前の栄養管理を行うことが推奨されている。 術前栄養療法に必要な時間は、生理的な機能を回復させ Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 1 第2章 経腸栄養 るためには 4-7 日間、さらに体内タンパク質の回復を目標 とした場合は 7-14 日の栄養療法が必要と考えられてい る。 ESPEN ( 欧 州 静 脈 経 腸 栄 養 学 会 ) ガ イ ド ラ イ ン (ESPEN Guidelines on Enteral Nutrition including organ transplantation, 2006)では、術前の栄養管理を おこなう具体的な適応として、以下の場合となっている 2)。 ・6ヵ月で10-15%以上の体重減少がある場合 2 ・BMI<18.5Kg/m の場合 ・SGA(主観的包括的評価)がグレード C(高度低栄 養)の場合 ・血清アルブミン<3.0g/dl の場合(肝臓・腎臓機能 異常は除く) 術前栄養管理の方法としては、原則的には経口を基本 とする。しかし、通常の食事摂取が困難な場合には経口補 助栄養(ONS:oral nutritional supplements)として経 腸栄養剤を経口摂取する。それでも、上記の方法が十分に できない場合には、経管栄養、それも難しければ静脈栄養 とする。食道がんにより狭窄がある例などには、経鼻カテー テルを留置し、術前経腸栄養による栄養状態の改善を行う ことも経験される。 1.3 術前の経口経腸栄養剤による immunonutrition 生体の免疫能や防御能を高めるとされる特定の栄養素 (n-3 系不飽和脂肪酸、アルギニン、グルタミン、核酸など) が強化された経腸栄養剤(immune-enhancing diet: IED, もしくは immune-modulating diet: IMD)を用いて、 感染予防、入院期間の短縮、死亡率の低下などの臨床的 アウトカムの改善を目的とする栄養療法を immunonutrition と呼ぶ。 ASPEN(米国静脈経腸栄養学会)ガイドラインによると、 対象患者は、待機的な消化器手術症例で、①中等度から 高度の栄養障害(血清アルブミン値<3.5g/dl)を伴う上部 消化管手術症例、②高度の栄養障害(血清アルブミン値 <2.8g/dl)を伴う下部消化管手術症例、となっている。さら に、それに加えて、栄養障害のない消化器手術症例患者に も、栄養障害患者同様に効果が確認されている。 IED の投与方法は、待機手術症例に術前 5-7 日、1 日 1000ml を経口投与する。これに加えて、術後にも、早期経 腸栄養として 5-7 日用いることも行われる。栄養障害のな い患者では、術前投与だけでも効果が期待できるとされて いる。現在、消化器外科のメジャーな待機手術にはルーチ ンで immunonutrition を行うことを推奨する報告もあ 3) る 。 Immunonutrition の期待される効果としては、①感染 性合併症発生率の減少(約50%程度)、②在院日数、抗生 物質使用量、人工呼吸管理期間、多臓器不全の減少、な 4) どがあげられる 。医療費に関しても、医療費の節約効果が 第7節 周術期経腸栄養 あったと報告されている。 重症敗血症状態に IED を投与すると死亡率を増加させ る可能性があることが報告され、アルギニンによる過剰な 5) 炎症反応が原因ではないかと考えられている 。敗血症状 態でのアルギニン含有 IED 投与には注意を払う必要があ る。 2.術後栄養管理と経腸栄養 手術による侵襲により、術後は体内の代謝が変化する。 エネルギー消費量の増加、骨格筋蛋白の崩壊、肝臓の糖 新生や急性相タンパクの合成亢進、インスリン抵抗性の増 大と高血糖、脂肪分解の亢進などが挙げられる。このような 病態に対応するために、術後早期から適切な栄養管理を 行うことが重要で、術後合併症の減少、手術成績の向上、 手術侵襲からの速やかな回復が望まれる。 2.1 積極的な術後栄養管理の適応 一般的に、以下のような症例に対し術後の積極的な栄 養管理を行う。 ・術後、経口摂取が 1 週間以上にわたり制限されるよ うな侵襲の大きな手術を受けた場合 ・術前より低栄養状態のある場合 ・術後合併症が発生した症例 一方、ESPEN のガイドラインでは、以下のような場合に 周術期の栄養療法(経腸栄養や静脈栄養)が遅れることな 2) く行われることが推奨されている 。 ・周術期に 1 週間以上の絶食となる場合 ・周術期に経口摂取量が必要エネルギー量の 60% 以下が 10 日間以上続く場合 2.2 術後の必要エネルギーとタンパク量 術後は、生体が必要とするエネルギーや免疫応答や創 傷治癒に必要なエネルギーを得るために、生体内では異 化が亢進し、貯蔵エネルギーの利用が促進される。筋タン パクの崩壊により得られたアミノ酸から糖新生が行われ、脂 肪の加水分解も進行する。術直後の異化亢進は手術侵襲 に対する生理的な反応で、サイトカインなどにより引き起こ され、この代謝反応を異化から同化へと逆向きに戻すこと 困難である。術直後の高エネルギー強制栄養は、血糖上 昇をまねき、感染のリスクも高める。 術 直 後 ( 72-96 時 間 ま で ) に お い て は 、 20-25kcal/kg/day を上限とするべきと考えられている。こ れ以上のエネルギー投与は overfeeding となり、生体に 対して悪影響をおよぼす可能性がある。ESPEN のガイドラ インでも、25kcal/kg 理想体重/day が基準とされ、高度 侵襲下においても 30kcal/kg 理想体重/day を上限とさ れている。すなわち、手術侵襲後の必要エネルギー量は従 来考えられていた投与量よりも少なめの設定が適切である と考えられている。 Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 2 第2章 経腸栄養 術後のタンパク必要量も、手術の侵襲の程度により異な るが、一般的には 1.2-1.5kcal/kg/日程度と考えられてい る。 2.3 術後の栄養投与経路 原則的には経腸栄養・経口栄養を第一選択とする。腸を 使用する栄養法は、生理的で、腸管機能の維持、感染症の 抑制の面から有利である。経口摂取が可能なら経口的に行 うのが原則であるが、経口が不可能もしくは目標エネルギ ー量の 60%以下しか摂取できない場合には、経管栄養を 追加する。消化管が安全に使用できない場合は静脈栄養 を行う。周術期の経腸栄養の禁忌は以下で、静脈栄養の適 応となる。 ・イレウスや腸の閉塞 ・高度の循環不全(ショック) ・消化管の虚血 術後に経腸栄養で必要カロリーの 60%以下しか投与で 2) きない場合は、静脈栄養との併用を考慮すべきである 。 静脈栄養は、末梢静脈栄養(peripheral parenteral nutrition; PPN ) と 中 心 静 脈 栄 養 ( total parenteral nutrition; TPN)に分けられる。PPN は投与できるエネル ギー量が限られるため、絶食期間が 10-14 日以内の短期 間の栄養管理が適応とされる。 2.4 消化器手術患者の経腸栄養カテーテル留置 消化器手術患者に術後経腸栄養管理を行うためには、 経腸栄養を行うアクセスルートを確保する必要がある。経 鼻栄養カテーテルを利用する場合、手術時に空腸瘻を造 設する場合などがある。 A)経鼻栄養カテーテル 手術中に経鼻栄養カテーテルを挿入し、腸管内に誘導 する。胃全摘では吻合部を通過させて先端を挙上空腸に 誘導する(図1)。手術時に入れる経鼻栄養カテーテルは 操作しやすいように、こしがあるもののほうが扱いやすい。経 鼻栄養カテーテルは短期間の使用に使われ、長期に経腸 第7節 周術期経腸栄養 栄養補助が必要な場合は空腸瘻を造設する。 図1 胃全摘術 Roux-en Y 吻合時の術後栄養用 経鼻経腸栄養カテー テルの留置 B)手術的空腸瘻 1、カテーテルの選択: 空腸瘻に使用されるカテーテルは、小腸の口径を考慮し、 小腸に負担にならない8Fr から 12Fr が使用される。空腸瘻 カテーテルは主として空腸上部に留置され、長期間に及ぶ 場合が多いため、腸管壁に傷害を与えないよう硬すぎず、 消化液や温度変化に対しても変性せず、耐久性のあるもの が望まれる。素材としては、ポリウレタン製、シリコン製、塩化 ビニル製がある。 2、手術的空腸瘻造設の方法: 消化器外科領域では手術時に手術後の栄養管理目的 に空腸瘻が造設される(図2)。とくに上部消化管手術や膵 臓の手術時に行われるケースが多い。空腸瘻造設法には、 ①腸管をカテーテルが貫く部位が直接腹壁に開口した直 接瘻(Stamm 式)、②腸管をカテーテルが貫く部位と腹壁 を貫く部位との間に一定の長さの瘻管を有する間接瘻 (Wizel 式)、③キットを使う針付きカテーテル法(Needle 6) Catheter Jejunostomy、NCJ)などの方法がある 。 図2 腹部手術における空腸瘻造設法 Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 3 第2章 経腸栄養 第7節 周術期経腸栄養 2−1、Stamm 式空腸瘻造設術(図 3a) 空腸の腸間膜対側にタバコ縫合をかけ、その中心部の腸 管に切開を加え、カテーテルを肛門側に向かい挿入、タバ コ縫合を縫縮結紮する。再度カテーテル挿入部周囲にタ バコ縫合をかけ結紮する。腹壁を貫き、カテーテルを体外 に誘導し、カテーテル挿入部位と腹壁を2〜4針結紮縫合 し、固定を行う。 2 − 3 、 針 付 き カ テ ー テ ル 法 ( Needle Catheter Jejunostomy, NCJ)(図 3c) NCJ はキット製品として販売されており、挿入が簡便で挿 入部位からの腸内容の漏出が最低限に抑えられるという利 点がある(図4)。空腸の腸間膜対側を穿刺針で漿膜筋層 をややはうようにして、肛門側に向けて穿刺をおこなう。穿 刺針の内筒を抜去し、外筒にそってカテーテルを腸管内に 挿入する。外筒を抜去して、カテーテルを腸管に縫合固定 の後、カテーテルを体外に誘導し、カテーテル挿入部位と 7) 腹壁を2〜4針結紮縫合して、固定を行う 。 図3a stamm 式空腸瘻造設術 図3c 針付きカテーテル法 2−2、Wizel 式空腸瘻造設術(図 3b) 空腸の腸間膜対側にタバコ縫合をかけ、その中心部の 腸管に切開を加え、カテーテルを肛門側に向かい挿入、タ バコ縫合を縫縮結紮する。挿入部より腸管外のカテーテル を長軸方向に覆うように漿膜筋層縫合を行い、トンネルを 作成する。カテーテルを体外に誘導し、カテーテル挿入部 位と腹壁を2~4針結紮縫合し、固定を行う。 図4-1 針付きカテーテル法のキット(NCJ キット) 2 本の穿刺針と 9Fr のカテーテル、アダプターなど 図3b witzel 式空腸瘻造設術 Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 4 第2章 経腸栄養 C)各種手術時の経腸栄養カテーテルの留置法 カテーテルの留置に関しては、できるだけ食物の通過 6) しない空腸に留置する様にしている 。カテーテル挿入部の 胃や空腸と腹壁が近接できず、縫合できない時は、肝円索 の有茎弁を用いて、その中にカテーテルを通し、肝円索と 腸管、肝円索と壁側腹壁を縫合する方法がある。カテーテ ルが腹腔内に露出して存在する事は極力避けるべきであ る。 1)食道切除術:胸骨後胃管再建時には、胃管よりカテーテ ルを挿入し、幽門輪をこえて、十二指腸もしくはトライツ靱 帯を越えて空腸にカテーテル先端を留置する(図2)。後 縦郭再建においては近位空腸に留置する。後縦郭再建で は近位空腸に直接カテーテルを挿入し、カテーテル挿入 部の空腸と腹壁を固定している。 2)胃全摘術:Roux-en Y 吻合では、空腸 Y 脚よりカテー テルを挿入し、Y 吻合を越えてカテーテル先端を留置する (図2)。 3)膵頭十二指腸切除術:Child 変法での再建時は、膵空 腸吻合、胆管空腸吻合のため挙上した空腸ループから挿 第7節 周術期経腸栄養 入し、先端を吻合より遠位の空腸に留置している(図2)。 D)手術時空腸瘻造設の合併症 空腸瘻のため腹壁に縫合した空腸の周りに腸管が内ヘ ルニア状となって、イレウスをきたすことがあり、これが手術 的空腸瘻造設の代表的な合併症である。著者の約 300 例 の NCJ 施行中 1 例のみに空腸瘻が原因のイレウスを認め た。そのほかにもカテーテルの事故抜去、カテーテル閉塞、 空腸瘻腹壁感染、腸管壊死などの合併症が報告されてい 8) る 。2022 例の NCJ 合併症を扱った Myers の報告では 腹腔内管感染 0.15%、腸管閉塞 0.15%、腸管壊死 0.15%、 pneumatosis intestinalis 0.15%、腹壁感染 0.25%、事 故抜去とカテーテル閉塞 0.74%と報告されており、手術的 9) 空腸瘻造設は安全な手技であるといえる 。 2.5 術後早期経腸栄養とその方法と効果 早期経腸栄養の定義は「外科手術、外傷、熱傷などの侵 襲後、24 時間もしくは 36 時間以内に経腸栄養を開始する こと」とされることが一般的である。術後早期経腸栄養は術 後絶食と比較し、生存率が良好である。術後合併症、在院 日数も減少傾向がある。早期経腸栄養は 36 時間以降に Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 5 第2章 経腸栄養 経腸栄養を開始した場合に比べて感染性合併症が約 10) 50%減少し、入院期間も短縮すると報告されている 。静 脈栄養に比較して、早期経腸栄養は感染性合併症が少な 11) いという多くの報告がある 。また、入院期間や非感染性合 併症も減少するという報告もある。しかし、多くの報告で、死 亡率には差を認めていない。 術後早期経腸栄養の適応は、術後早期に経口栄養が できない場合で、以下のような患者である。 ・頭頸部および消化器がんの手術後 ・重傷の外傷 ・手術時に明らかな低栄養のある場合 ・10 日間以上の期間、必要エネルギーの 60% 以下しか摂取できない場合 術後早期経腸栄養を行うための経腸栄養ルートに関し ては、前述したような術後管理に使用する経腸栄養カテー テルの留置が必要で、そのアクセスルートを用いて行い、術 後 24 時間(もしくは 36 時間)以内に経腸栄養を開始 2) する 。 術後に使用する経腸栄養剤は一般的には標準タイプの 半消化態栄養剤(もっとも一般的な 1kcal/ml のたんぱく 質を窒素源とした栄養剤)が用いられ、ガイドラインでも推 2) 奨されている 。消化態栄養剤(ペプチドを窒素源とした栄 養剤)や、成分栄養剤(アミノ酸を窒素源とした栄養剤)、 IED、高濃度タイプ(1kcal/ml よりエネルギーの高い栄養 剤)を用いることもある。著者は従来から術後早期経腸栄養 には消化態栄養剤を用いている。消化態栄養剤は吸収自 体の効率が良いという以外に、タンパク質を窒素源とする 半消化態栄養剤はカテーテル閉塞の危険性があるが、タ ンパク質を窒素源としない消化態栄養剤はカード化を起こ さず、カテーテル閉塞の危険もない為である(図5)。また、 術後 3 日までの早期にはタンパク質やペプチドが強化され、 高濃度(1.5kcal/ml)の経腸栄養剤を用いることで、窒素 12) バランスを早期に回復する工夫をしている 。 第7節 周術期経腸栄養 表2 術後早期経腸栄養のスケジュールの例(著者ら) 経腸栄養剤 末梢輸液 術当日 速度(ml/時間) 0 (ml/日) 1000 1日 10 2000 2日 3日 20 40 2000 1500 4日 60 1000 5日 60 500-1000 6日 60 500-1000 術後 術後は経腸栄養注入ポンプを用いて少量から持続投与 を開始する。10-20ml/時間の速度で開始し、目標エネル 2) ギー量に 4-7 日で達するように投与法を設定する 。現時 点では術後早期経腸栄養の標準的スケジュールは存在せ ず、各施設で独自の方法で行われているのが現状である。 著者は、術翌日の朝(24 時間以内)から、標準的な消化態 栄養剤を用いて、注入ポンプで 10ml/時間から開始し、20, 40, 60ml/時間と 24 時間ごとに漸増する方法をとっている (表2)。この術後早期経腸栄養療法を検証したところ、ス ケジュール通りに行えたのは、86%で、一時的に速度を調 節し、経腸栄養を続行できたのは、94%であった。静脈栄養 への移行が必要だったのは 4%のみであった。Braga らの消 化器手術 650 例に対して術後早期経腸栄養を行った報 告では、術後 12 時間以内に 10ml/時間、1 日目 20ml/ 時間、2 日目 40ml/時間、3 日目 60ml/時間、維持量は 13) 25kcal/kg としている 。このうちまったく副作用もなく経過 したのは 70.2%で、29.3%は何らかの副作用があり、治療に よって多くは経腸栄養が可能な状態に復したが、8.9%の症 例では経腸栄養を断念し、静脈栄養となったと報告してい る。 術後早期経腸栄養の合併症には、①カテーテルによる 機械的合併症として、腸閉塞(カテーテル周囲の癒着や内 ヘルニアによる)、カテーテル閉塞、カテーテルの位置異常、 事故(自己)抜去、腸管壊死、pneumatosisintestinalis、 などがある。②経腸栄養による合併症として腹部膨満、腹 痛、下痢などが挙げられる。 Bozzetti らは、消化器がん術後の早期経腸栄養と静脈 栄養の比較を行い、術後合併症と入院期間は経腸栄養群 で有意に少なく、経腸栄養の方がコストもかからないことを 14) 報告している 。しかし、栄養療法による有害事象は下痢 など、経腸栄養群で多く、約 9%の症例で経腸栄養から静 脈栄養への移行が余儀なくされたとしている。 2.6 術後経腸栄養への補完的静脈栄養 術後患者や重症患者の栄養管理は早期経腸栄養管理 を第一選択とされてきた。術後などに経腸栄養による投与 エネルギー量が上がらず、不十分の場合に、その不足分を Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 6 第2章 経腸栄養 静脈栄養で補うことを補完的静脈栄養( supplement PN)といわれている。補完的静脈栄養を始めるタイミングに 関して、術後早期の 2,3 日目から行うか、術後 1 週間以上 待ってから行うかについては議論のあるところで、決着はつ いていない。EPaNIC 試験(2011 年)では、補完的静脈栄 養を 48 時間以内に始める早期群と 8 日目に始める晩期群 が比較され、ICU 退出日数、入院日数、感染症発症率、人 工呼吸器管理日数、胆汁鬱滞などに関して、晩期群が早 期群に勝っていた。EPaNIC スタディーの結果から、早期の 補完的静脈栄養のデメリットが示された。しかし一方、SPN 試験(2013 年)では、4 日目から 8 日目まで補完的静脈栄 養を行うことで、行わない群と比較したところ、感染率は補 完的静脈栄養群で低かった。比較的早期の補完的静脈栄 養のメリットが示されている。術後栄養管理において、今後 の検討が待たれる分野となっている。 2.7 術後血糖管理 術後侵襲下では耐糖能異常が起き、高血糖になりやす い。高血糖は、感染症や臓器障害を引き起こし、予後不良 の原因となる。高度侵襲手術を含む重症例に血糖を 80~ 110mg/dL に制御する強化インスリン療法(intensive insulin therapy)試験(2001 年)で、死亡率、感染症発 症率に関して、その有用性が示された。しかし、強化インス リン療法には低血糖の危険性もあるので問題とされた。 NICE-SUGAR 試験(2009 年)では、集中治療室で管理 を受けた症例で、血糖を 180mg/dL 以下と比較的緩やか な血糖管理を行う群と、81~108mg/dL とタイトに血糖管 理を行う群と比較が行われ、前者が生存率で勝っていた。 現在は、この NICE-SUGAR 試験の結果より中庸な血糖 15) 管理が推奨されている 。 2.8 消化器術後患者の術後在宅経腸栄養への移行 食道癌、胃癌や膵癌の手術時の空腸瘻造設により、術後 の食事摂取量が少ない場合には在宅経腸経腸栄養 16) (HEN)に移行が可能である 。著者の経験では HEN に 移行する患者は、高齢者や StageIV 症例が多く、胃全摘 の症例では 1/4 から 1/5 程度であり、食道癌手術後で はそれより多い。在宅経腸栄養は経口摂取の補助として施 行され、日中は活動して、夜間にポンプを用いて 40-80ml/時間で栄養剤を注入し、1日 400-1200kcal を 経腸栄養で補う。癌再発がない患者であれば、多くの場合 退院後徐々に経口摂取が増加し、HEN の必要がなくな る。 著者らの胃癌術後の統計では、その在宅栄養補助の期 間は、退院後6ヵ月以内が 40%、1年以内が 75%である。し かし、3年以上の症例も10%弱認められる。Sinohara らは胃 全摘症例連続 55 例に術中に空腸瘻を造設し、在宅で 1 日 800Kcal の経腸栄養を施行した。6 ヵ月後の体重減少 も少なく、理想体重の平均 89%が維持され、約半数は理想 第7節 周術期経腸栄養 17) 体重を維持できたと報告している 。Ryan らは食道癌食 道切除連続 205 例のうち 60%は経口摂取量が少なく、必 要エネルギー量の 70%しか摂取できず、80%の患者は空 腸瘻を置いたまま退院し、14%の患者は夜間の HEN を行 18) ったと報告している 。このように、術中の空腸瘻造設は術 後早期経腸栄養ばかりでなく在宅管理を行うためにも有利 である。 3.ERAS(enhanced recovery after surgery)プロトコ ールと周術期栄養管理 3.1 ERAS プロトコールとは? 北ヨーロッパを中心に始まった、早期回復のための周術期 管理の包括的プロトコールである。手術における安全性向 上、術後合併症の軽減、早期回復、術後在院日数の短縮、 コスト低減を目指しておこなわれ、特に大腸がん術後で臨 床的効果が検証されてきた。本邦でも行われるようになり、 他の疾患の周術期管理にも用いられるようになってきてい る。 ERAS プロトコールの内容(表3)は以下のようなもので 19) 構成されている 。 ・手術後の回復を促進し早期に通常の状態に戻すこと ・手術の侵襲を最小限にする術式の選択 ・早期経口摂取の促進と静脈栄養の早期中止 ・早期離床 ・十分な疼痛管理、など E R A S 表3 ERAS プロトコールの主な要素 入院前のカウンセリング 周術期経口栄養 カテーテルの早期抜去 腸管運動の刺激 悪心・嘔吐の予防 非麻薬性鎮痛薬・NSAIDs 早期からの離床。リハビリプログラム 体温低下を防ぐ手術室を温める 術前腸管処置をしない 絶食をしない。クリアリキッド、カルポローディング プレメディケーションをしない 経鼻胃管を入れない 硬膜外麻酔と除痛 即効性麻酔剤 過剰輸液を避ける 短い皮膚切開。ドレーンを入れない Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 7 第2章 経腸栄養 第7節 周術期経腸栄養 3.2 周術期栄養管理に関する ERAS ERAS プロトコールの中で、栄養管理に関する項目は以 下のようである。 ・術前の絶食期間を避ける ・術後経口栄養をできるだけ早く開始する ・術後血糖コントロールを徹底する ・手術ストレスに関連した異化亢進や消化管機能障害を起 す要因を排除する 術前絶食の短縮に関しては、術前の深夜からの絶食は 必要がないことが強調されている。誤嚥のリスクのない術前 患者は、麻酔 2 時間前まで clear fluid を飲むことは問題 なく、固形食は麻酔の 6 時間前までの摂取が許可される。 とくに、ESPEN では、メジャーな手術を受ける患者に手術 前夜(800ml)と手術2時前まで(400ml)に 12.5%の炭水 化物飲料の摂取を推奨している。術前の飢餓状態に伴う代 謝ストレスを軽減し、術後のインスリン抵抗性を減少させる と考えられている。 早期経口栄養に関しては、一般的には、術後の ONS ま たは食事の経口摂取は手術の直後から可能であるとされ ている。特に下部消化管手術においては早期経口栄養が 推奨される。ESPEN では大腸切除患者の大半は手術の 数時間後から clear fluid を含めた経口摂取が可能である としている。多くの ERAS を実践している病院では、術後4 時間で ONS の経口摂取が開始され、術後1日目の朝から 常食が出されている。 最近、胃切除術および膵頭十二指腸切除術のガイドラ インが ERAS Society から出されたが、いずれも術後には 20,21) 制限のない普通食の早期経口栄養が推奨されている 。 ただし、食事摂取に耐えられない例もあること、そのような例 には慎重に食事を進める事は明記されている。経口摂取は、 手術の種類や患者の状態により個別に配慮される必要が あることは忘れてはならない。 4.術後経口摂取と術後食 4.1 今までの本邦術後食 術後食、とくに消化器手術後の術後食は、「手術後、消化 管の運動が回復したら、はじめは流動食から徐々に普通の 食事に戻していく。普通の食事に戻すのにいくつかのステッ プアップがある。」という考え方は、本邦をはじめ世界の国々 の共通であった。本邦では、流動食の重湯から始まり、徐々 に米の粥の水分が減り、お米の割合が高くなっていくという、 きめ細やかな術後食を従来から踏襲してきた。重湯、3 分、 5 分、7 分、全粥、常食の 6 ステップがもっとも一般的である (図6)。この起源に関しての定説はないが、腸チフスの回 復期の治療食のシステムを、そのまま術後食に応用し、現 在の術後食の体系が形成という説がある。胃切除を例にと ると、排ガスがあるか、腸蠕動の回復する術後 5~7 日ぐら 図6 本邦の術後段階食 (都立大久保病院) いから、流動食を開始し、1 日ごともしくは 2 日ごとに、3 分 粥、5 分粥と段階的に食事のアップを図るのが習わしであっ た。術後食は世界的に見ても、もっともエビデンスに乏しく、 Copyright○ C 2001-2011 PDN All rights reserved. 2011spring 8 第2章 経腸栄養 科学的でない病院食で、医師や管理栄養士も研究対象と して取り上げてこなかった。 4.2 術後食改革 入院期間の短縮の必要性や、クリニカルパスの普及、世 界の術後食研究などが契機となり、術後食の見直しの機運 が高まっていたところに、欧米からの ERAS が後押しをする かたちとなって、術後食の改革が始まっている。早期経口栄 養と、術後食のステップ数を減らすなどの試みである。 ERAS を実践するスウェーデンの病院では、結腸切除術 後 1 日目から、量を少なくした常食を提供し、段階食はない (図7) 第7節 周術期経腸栄養 流質(ラウツァ) Liquid diet 術後 1 日目 粥饗(チョツァーン) Soft diet 術後 2 日目 正饗(ツェンツァーン) Regular diet 術後 3 日目 図8 香港大学(クイーンマリー病院)の結腸術後食 図7 スウェーデン、エレブロ大学病院の結腸術後食 ERASプロトコールに従い、術後 1 日目の朝から小盛りの 常食が出される。 2 日目には量が増えるだけである。 アジアの国々でも同様の試みが行われており、香港大学 病院でも結腸術後 1 日目から、流動食、2 日目に粥食、3 日目には常食を与えている(図8)。 食事自体を変化させ、術後に食べやすくする試みも始まっ ている。酵素を用いて、食物を形を保ったまま軟化させる技 術を用いた軟化食(あいーと○)は、嚥下障害患者にも使用 されているが、それを胃切除後、大腸切除後に早期から摂 食するプロトコールも行われるようになっている(図9)。 このように、現在、術後食は以前のシステムから解放され、 数々の試みが行われている。 R 豚肉のステーキ 筑前煮 図9 酵素処理をした軟化食(あいーとⓇ) 文献 1) Kondrup J, Rasmussen HH, Hamberg O, et al:Nutritional risk screening (NRS 2002): a new method based on an analysis of controlledc linical trials. 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