化学用語に関するご意見募集(その 2)

2015 年 6 月
日本化学会 化学用語検討小委員会
化学用語に関するご意見募集(その 2)
本小委員会は,教科書出版社に向けたアンケートの結果も勘案しつつ,中学・高校教科
書と大学入試で使われてきた用語の一部につき,「望ましい姿」の検討を行ってきました。
注目した用語(約 30 個)のうち,科目『化学基礎』で多用する用語 14 個については 2014
年 10 月,小委員会案へのご意見を日本化学会のホームページ上で募集してその結果を集約
し,日本化学会理事会の承認を経たのち,
「提案(1)
」を『化学と工業』誌(68, No.4, 363-365)
と『化学と教育』誌(63, No.4, 204-206)に公表しました(なお 14 個のうち 1 個は,案の提
示形式にやや問題があったと思えるため二分割し,最終的な提案では用語を 15 個としてい
ます)
。
引き続き今回は,科目『化学』に深く関係するものを主体とする用語等 14 個の検討結果
につきまして,皆様のご意見を募集します。
用語の検討にあたっては,学習者に過度な負担をかけることなく教育効果が上がるよう
留意するとともに,おもに下記 3 点を考慮しました。
①本来の意味が十分に伝わるか。
②大学で行われる教育・研究との整合性がよいか。
③国境なき自然科学の一教科として,国際慣行に合致するか。
今回ご意見を募集する内容は,
(A)変更(または不使用)が望ましい用語 7 個,
(B)用
法・使用範囲を見直すべき用語 2 個,
(C)見直すべき表現法 1 件,
(D)変更が望ましい法
則名 4 個に分類してあります。
この文書は日本化学会ホームページ上に公開して会員各位等のご意見をいただき,必要
に応じた修正ののち,日本化学会の理事会に提案します。理事会の承認を得たのち,前回
同様,最終版を『化学と工業』誌および『化学と教育』誌に掲載するとともに,化学教育
と理科教育一般にかかわる組織等(メディアを含む)経由で社会に伝える予定です。最終
的な提案が中学・高校化学教育の改善につながるよう願っています。
化学用語検討小委員会委員(○委員長)
委
員
伊藤
眞人(創価大学)
井上
正之(東京理科大学)
歌川
晶子(多摩大学附属聖ヶ丘高等学校)
小坂田耕太郎(東京工業大学)
梶山
正明(筑波大学附属駒場中・高等学校)
1
柄山
下井
杉村
西原
○渡辺
オブザーバー
正樹(東洋大学)
守(東京大学名誉教授)
秀幸(青山学院大学)
寛(東京大学)
正(東京理科大学)
渡部
智博(立教新座中学高等学校)
後藤
顕一(国立教育政策研究所)
(A) 変更(または不使用)が望ましい用語(7個)
1.アルデヒド基(英語 aldehyde group)
【現状】高校教科書の大半は「アルデヒド基」としている(最近は「ホルミル基」を併記
したものもある)
。
【案】
「ホルミル基(英語 formyl group)」とする。
「アルデヒド基」は使わない。
【理由・背景】IUPAC 命名法(日本化学会命名法専門委員会『化合物命名法』,東京化学同
人,2011 年)が「ホルミル基」としているため,それに合わせるのがよい。
【補足】有機化合物の分類と官能基等との対応を示すには,次のような表を使うのがよい
(4.ケトン基 の項も参照)。
おもな有機化合物の分類と官能基(結合)
分類
官能基(結合)
化合物の例**
アルコール
ヒドロキシ基 -OH
CH3OH
フェノール類
エーテル
化 カ アルデヒド*
合ル
物ボ
ニ ケトン
ル
C6H5OH
(エーテル結合)-O-
CH3OCH3
ホルミル基
CH3CHO
-CH=O
カルボニル基 >C=O
CH3COCH3
カルボン酸*
カルボキシ基 -COOH
CH3COOH
エステル*
(エステル結合)
CH3COOCH3
-COO-
ニトロ化合物
ニトロ基
-NO2
C6H5NO2
スルホン酸
スルホ基
-SO3H
C6H5SO3H
アミン
アミノ基
-NH2
C6H5NH2
*官能基の C 原子と結合するのは C 原子でも H 原子でもよい(他の分類では C 原子に限る)
。
**一例を挙げたが,本小委員会が掲載を推奨するものではない。
2
2.活性化状態(英語 activated state)
【現状】遷移状態を表すのに,日本の高校教科書だけで使われている。
【案】
「遷移状態(transition state)
」に変更する。
【理由・背景】化学には「活性化された状態」が多いため,一般社会でも専門家コミュニ
ティでも誤解を招きやすい。大学で「遷移状態」を教わるとき,ほかの「活性化
された状態」も「遷移状態」の類だと誤解しかねない。反応論の前に学んだ「遷
移元素」と混同しないよう,教員が適切に補足すればよい。
【補足】化学反応は,十分なエネルギー(「活性化エネルギー」に相当する)を得て遷移
状態(反応物から生成物へ「移(遷)れる状態」)に達する…という説明になる。
3.幾何異性体(英語 geometric isomers)
【現状】
「幾何異性体」と「シス-トランス異性体」が(通常は両者の関係を説明しつつ)
混在している。
【案】
「シス-トランス異性体(英語 cis-trans isomers)」に一本化する。ただし,
「シス-ト
ランス異性体(幾何異性体)」のようにカッコ書きを添えてもよい。
【理由・背景】高校化学の「幾何異性体」はシス-トランス異性体に限られる。
4.ケトン基(英語 ketone group)
【現状】一部の高校教科書が,>C=O を「ケトン基」と呼んでいる(正しく「カルボニル基」
と書いた教科書は多い)
。
【案】>C=O は「カルボニル基(carbonyl group)」とする。「ケトン基」は使わない。
【理由・背景】IUPAC 命名法(日本化学会命名法専門委員会『化合物命名法』,東京化学同
人,2011 年)が「カルボニル基」としているため,それに合わせるのがよい。
(1.アルデヒド基 の項も参照)。
5.光学異性体(英語 optical isomer)
【現状】多くの高校教科書には,
「光学異性体」と「鏡像異性体」が(通常は両者の関係を
説明しつつ)混在している。
【案】
「鏡像異性体(英語 enantiomer)」に一本化する。
【理由・背景】「光学異性体」は,立体化学の概念が固まる前,「光学的性質の差」に注目
して生まれた用語だといえる。IUPAC は Gold Book で optical isomer を「時代遅れ
の用語」とし,使わないよう強く勧告している。
6.沸点上昇度・凝固点降下度(英語 boiling-point elevation,freezing-point depression)
【現状】高校教科書の多くでは,現象を「沸点上昇」,Tb を「沸点上昇度」と区別する。
【案】
「沸点上昇」
,
「凝固点降下」に統一する。
【理由・背景】両者を用語的に区別した英語圏の教科書は見当たらない。
3
7.両性元素(英語 amphoteric element)
【現状】高校でほぼ例外なく使われる。
【案】
「両性」は,両性を示す物質群の修飾語として使う。(例:両性金属,両性酸化物)
【理由・背景】「両性」は物質の性質を表すため,「元素」と組み合わせるのは論理的にお
かしい。英語 amphoteric element の“element”は単体を指す(
“元素”と訳すのは
誤り)
。両性を示す単体(亜鉛,スズ,鉛,アルミニウム等)はどれも金属だから,
用法として「両性金属」は正しい。
(B) 用法・使用範囲を見直すべき用語(2 個)
8.化
合
【現状】
[高校教科書]分解(水→水素+酸素)と化合(水素+酸素→水)に言及した教科
書も少しある。
[中学教科書]例外なく「分解」と「化合(酸化は酸素との化合,など)」の二分法
を強調している。
【案】中学校では,単体どうしの反応だけに使用を限る。化合物(この用語に問題はない)
は「2 種類以上の原子からなる物質」だから,「化合物は化合により生じる」とい
うような記述はやめる。
【理由・背景】中学校では酸化を「酸素との結合」に限るため,
「鉄+硫黄→硫化鉄」は「化
合」以外に表現できない。そのため,中学理科と,酸化還元が未習段階の高校化
学から「化合」を即座に排除するのはむずかしいが,いつまでも中学・高校に残
すべきではない。
9.二酸化マンガン,酸化マンガン(IV)
【現状】中学教科書は「二酸化マンガン」(manganese dioxide)と呼び,高校教科書は(そ
れを完全に排除して)「酸化マンガン(Ⅳ)(manganese(Ⅳ) oxide)」と呼ぶ。
【案】両方の表記を認める(併記するか,脚注に記載)。
【理由・背景】「二酸化マンガン」は IUPAC も認める表記なので,排除する理由はない。
4
(C) 見直すべき表現法(1 件)
10.反応熱などの符号
【現状】日本の高校では,N2(g) + 3 H2(g) = 2 NH3(g) + 92 kJ のような表記を「熱化学方程式」
と呼び,発熱を正値,吸熱を負値で表す。
【案】
(中長期的な視点に立てば)化学反応で出入りする熱は,エンタルピー変化 H で表
すのが望ましい。
【理由・背景】大学の化学熱力学では H を使うため,発熱・吸熱の符号が逆転する。日
本の「熱化学方程式」は,古い Pauling『一般化学』などの表記を引き継いだものだ
ろうが,いま欧米では高校でも H を使い,日本と同じ表記法の教科書は見当たら
ない[反応式(N2(g) + 3 H2(g) → 2 NH3(g))とエンタルピー変化(H = -92 kJ)
のセットを“thermochemical equation”と呼ぶ]。エンタルピーを教える手間は増す
ものの,本件では大学への接続を主眼とするのが望ましい。
(D) 変更が望ましい法則名(4 個)
基本法則については,
「内容をつかみ,正しく使えればよく,名称は重要ではない」という意見がありま
す。その意見には一理あるとはいえ,どんな名称でもよいわけでもないでしょう。法則名は,伝達手段と
なるばかりか,とりわけ初学者には内容を連想させるキーワードですから,内容をできるだけ的確に表す
ものが望ましいと考えます。
言葉は生き物で,意味が時間とともに変わる宿命をもちます。以下の基本法則 4 個の名称は,成立の当
時は内容を適切に表したのかもしれませんが,100 年以上を経た現在,内容との整合性が悪い「誤訳」状
態にあると思えます。使い慣れた専門家も多いとはいえ,21 世紀後半の日本を担う世代のため,より適切
な用語に変えることを提案します。
各法則のご回答欄には,本小委員会の案を含む複数の案を示しました。内容をよく伝えて使いやすいと
思えるものをお選びいただくほか,新たなご提案も歓迎します。
11.気体反応の法則(英語 law of combining volumes)
【現状】高校でほぼ例外なく使われる。大学以上で使う場面は(化学史関係を除き)ほと
んどない。
【案】
「反応体積の法則」に変更する。
【理由・背景】原義を正しく表さない(意味がすぐには思い浮かばない)。「和文英訳」し
た law of gas reaction という用語は(検索の限りで)存在しない。
5
12.質量作用の法則(英語 mass action law,law of mass action)
【現状】高校・大学でほぼ例外なく使われる。
【案】意訳にはなるが,
「化学平衡の法則」に変更する。
【理由・背景】mass の第一義は集団(第二義が質量)なので,「一定体積中の集団」=「濃
度」の意味になる(文字どおりに訳せば「濃度作用の法則」)。かつて濃度を「活
性質量」と表した名残だとしても,
「質量」のままでは誤解を招きやすい。
13.定比例の法則(英語 law of constant proportion)
【現状】高校でほぼ例外なく使われる。大学以上で使う場面は(化学史関係を除き)ほと
んどない。
【案】
「一定組成の法則」に変更する。
【理由・背景】原義を正しく表さない(意味がすぐには思い浮かばない)。形容詞 proportional
(比例する)に引きずられ,proportion の原義(構成要素の比率)を無視した誤訳
だと思える。また,
「定比例」という数学用語は存在しない。
14.倍数比例の法則(英語 law of multiple proportion)
【現状】高校でほぼ例外なく使われる。大学以上で使う場面は(化学史関係を除き)ほと
んどない。
【案】
「倍数組成の法則」に変更する。
【理由・背景】原義を正しく表さない(意味がすぐには思い浮かばない)。
「定比例の法則」
とも関連するが,
「元素の構成比は(原子数が整数比の範囲で)多様」が原義。ま
た,
「倍数比例」という数学用語は存在しない。
この文書に対するご意見は,日本化学会ホームページの下記サイトから承ります。
https://event.csj.jp/form/view.php?id=93921
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yogo2015