世界で活躍する若者を育てよう

『月刊・私立幼稚園』NO.177
講演抄録
2015.07.26
全日私幼PTA連「第28回全国大会」
日本の子どもと家庭教育について(上)
世界で活躍する若者を育てよう
元・内閣総理大臣
森
喜朗
父から学んだ「滅私奉公」の心
森 喜朗(もり・よしろう)
全日本私立幼稚園 PTA 連合会名誉会長、
東京オリンピック・パラリンピック競技
大会組織委員会会長、日本ラグビーフッ
トボール協会名誉会長。元衆議院議委員
(石川2区・当選14回)、元内閣総理大臣。
1937(昭12)年7月14日生まれ、石川県根
上町(現・能美市)出身、早稲田大学第二
商学部卒。産経新聞記者、代議士秘書を
経て国会議員に。文部大臣、通産大臣、
建設大臣、自民党幹事長、総務会長、政
調会長などを歴任。
私立幼稚園 PTA 連合会の会長を30年余
にわたって務め、私学振興助成法の制定、
私学助成・幼稚園就園奨励費の拡充に貢
献された。
政治家を引退して、もう政治の世界に未練はあ
りません。でも教育には未練があります。あと何
年生きられるかわかりませんが、少しでも日本の
教育のために役に立ちたいと思っています。教育
といっても制度じゃありません。子ども達に受け
継いでいく精神論です。日本の教育には、ここが
足りないんじゃないかと思っています。
私は6歳、尋常小学校1年生のときに母親を亡く
しました。ガンだったそうです。ひとつ上に姉が
いて、四つ下に弟がいました。そのとき父は戦争
に行っていました。父はもう帰ってこないだろう、
と祖父は言っていました。祖父(編集部注:森喜平
氏=元根上町長)はその頃70歳を過ぎていました。
孫三人をどうやって育てていこうかと案じていた
ようです。
その父親(編集部注:森茂喜氏=元帝国陸軍中佐、
元根上町長)が、戦争が終わって、ある日突然、
トラック島から帰ってきました。帰ってきた父親
が私を呼んで、母親の遺影がある仏壇の前で言い
ました。「お父さんは帰ってきたけれども、お前
たちのために帰ってきたのではないぞ」と。
父が軍隊に入ったのは、私が生まれた1937(昭1
2)年でした。私は7月14日生まれです。7月14日と
いえばフランス革命とかパリ祭を思い浮かべるか
も知れませんが、実は支那事変の勃発が1937年7
月14日でした。
父は大学を出たあと、いくつかの社会経験を経
て軍隊に入りました。最前線で銃弾を受け、入退
院もしましたが、最後まで軍人として務めていま
した。だから自分が命を長らえて帰ってくるとは
思ってもいなかったそうです。当時の人たちはそ
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でも「滅私奉公」という言葉はむずかし
いですね。封建時代の言葉だといって使う
のを嫌がる人も多いようです。でも「人は
先に、私は後に」というのは、たとえば子
どもに話すとき「お兄ちゃんは後よ、弟の
方を先にしなさい。お友達の方を先にね」
というようなことで、これは非常に教育的
でわかりやすいと思います。
(ポケットから折り畳んだコピーを取り
出し)こんなふうに雑誌の記事、新聞の記
事をいろいろ持っています。毎日ポケット
に入れているのでクシャクシャになってい
ますけど。これは三年前、ある雑誌が、日
本の子ども達、若者たちに聞いたものです。
第一の質問は「親を尊敬しています
か?」。「イエス」の回答は日本は25%でし
た。世界の平均は95%を超えています。日
本は圧倒的最下位です。
んな気持ちで戦っていたのですね。
父は私に「『滅私奉公』という言葉を知
っているか?」と訊きました。私は「知ら
ない」と答えました。小学校2年生になっ
ていましたが「滅私奉公」は知らなかった。
大人になってわかるようになり、政治家に
なってからは、これこそ自分のテーマ、一
番大事な精神は「滅私奉公」だと思うよう
になりました。要は自分のことより人様の
ために頑張る、ということです。
父は「戦争で多くの部下や戦友を亡くし
たことが辛い。だから生きて帰る気持ちは
なかった」と言いました。けれども帰って
きた。その自分が何をすべきかと言えば「戦
争で亡くなった方々のために、その遺児や
奥様、ご家族のために生涯を捧げていくつ
もりだ。だからもう、お前たちのお父さん
とは思うな」というのが、父が私に教えた
言葉です。そのとき「滅私奉公」と紙に書
いてくれました。それはずっと大切にして
きました。
「自分はダメ人間」が67%
次の質問は「教師を尊敬していますか?」
で、日本人は21%です。世界の平均は90%
ですから、これも断トツの最下位です。そ
して「自分はダメな人間だと思いますか?」
という問いに、日本の若者は67%が「自分
はダメ人間」と思っているのです。世界の
平均は30%です。これも世界一です。
親を尊敬していない、学校の先生も尊敬
していない、そして「自分はダメ人間」と
答える若者が世界で一番多い。愕然としま
すね、日本の若い人たちが、日本人じゃな
くなったような気がします。何が問題だっ
たのでしょうか。若者からの大人に対する
挑戦状のような気もします。(つづく)
坂田文相の「人は先に、私は後に」
その後、選挙に出て、国会議員の1年生
になったとき、当時の文部大臣は坂田道太
先生でした。文部行政ではもっとも尊敬さ
れた方で、すばらしい大臣、立派な政治家
でした。その坂田先生が私たちに新人議員
に教えてくれた言葉は「人は先に、私は後
に」でした。「人様のことをまず先にしな
さい。自分のことは後ですよ」という意味
です。よく考えたら、父親の言った「滅私
奉公」と同じだと分かりました。自分を忘
れて人様のために尽くせよと。
※講演内容の全文「日本の子どもと家庭教育について(上・中・下)」は
『月刊・私立幼稚園』の研修会レポートをご覧ください。
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