Column 倫理の窓から見た iPS 細胞 過剰な期待と切実な願い ~『治療』と『研究』の誤解~ 八田太一研究員 新年明けましておめでとうござい ら iPS 細胞をつくる『研究』で、iPS かし、切実な願いによるものであれ ます。 細胞を使ってご本人の病気を改善さ ば、医師・研究者は患者さんの語 昨年4月に上廣倫理研究部門に せるための『治療』ではないようで りに耳を傾け、願いと誤解を見極め 着任しました八田と申します。元々 した。話を聞いた患者さんご本人 る慎重さが求められるでしょう。一 は生物を学んでおりましたが、医師 の言葉を繰り返しながらもそのこと 方で、インフォームド・コンセント と患 者 さん の 間 で 営 ま れ る イン を確認すると、患者さんはしっかり には医師・研究者の過剰な期待が フォームド・コンセント(説明と納 理解されているご様子でした。しか 入り込む隙もあります。医師・研究 得を経た同意)に関心を持つように し、インタビューを再開すると、再 者にも、『治療』としての効果を期 なり、がん医療の現場に居合わせ、 び iPS 細胞を自分の『治療』に試し 待しながら、『研究』の説明を患者 その様子を観察する研究に取り組ん て欲しいと語りだしました。『研究』 さんにしていることがあるというこ でおりました。 を『治療』と認識されていたのは、 とが、海外で報告されています。患 ある日、インタビューに協力頂い 断片的な情報によって生じる iPS 細 者さんと医師・研究者双方の過剰 たがん患者さんが「TV で見たんで 胞研究への過剰な期待、自分の病 な期待と切実な願いが混在する場 すけども、ある病院で iPS を使った 気をどうにか治してほしいという切 において、その対話の様子を丁寧 『治療』が始まったって言うじゃな 実な願い、あるいは単純な誤解か に調べて患者さんに誤解が生まれ いですか。私、参加したいんです」 らでしょうか。 る背景を明らかにすることが、より とお話されました。その患者さんは あれから数年、過剰な期待によっ 良いインフォームド・コンセントに 既に抗がん剤による治療を始めてお て『研究』を『治療』と誤解したま つながると考えて日々研究に取り組 り、今の治療に不満を語るわけでは ま患者さんが『研究』に参加するこ んでいます。 ありませんでした。もう少し患者さ との是非については、今も研究者 んの話を聞き、その時に報道されて らによって議論されています。誤解 いた iPS 細胞の研究状況と考え合 が過剰な期待によるものであれば、 わせてみました。すると、 「始まった」 医師・研究者が患者さんに説明す と話されていたのは、病気の原因 ることで理解を助け、患者さんの誤 を調べるために患者さんの細胞か 解が解けることもあるでしょう。し (文:八田太一 上廣倫理研究部門 特定研究員) 2015年1月号 17
© Copyright 2024 ExpyDoc