第 27 回心理学講義 資料

第 27 回心理学講義
資料
2015.11.4
「人生脚本」
今回の心理学講義では、交流分析の人生脚本という概念をもとに、私たちの人生を規
定しているもの、生き方を束縛している思い込み・信念というものを理解していこうと
思います。そのことによって、自分を縛っている自分の観念から自由になるための参考
になればと思います。
◆◆人生脚本とは◆◆
人生脚本というのは人生全体の計画(シナリオ)のようなものです。そしてそれは、自
己暗示効果を持っています。自分の生活や行動を暗黙裡に決定する影響力を持つもので、
人が自分で止めようと思っても不可能な生き方をしてしまう人生のプログラム、無意識
のうちにつくりあげる人生計画です。自分でも知らず知らずのうちにシナリオを証明す
るような生き方をしてしまうことになります。
(「ほら、やっぱり失敗した。私は何をや
ってもうまくいったためしがないんだから」という結果になるような行動・選択をして
しまう)
自分では普通、意識できないもので、自分を束縛している生き方のパターンと言えばい
いでしょう。
「自分の生き方の癖」と言えばよりわかりやすいかもしれません。
「 その人が親から獲得したり自分で感じて決めたりして作り上げた、その人だけの生
き方(人生)のルールは、一生を左右するシナリオ(脚本)として描かれている 」と
いうことを意味しています。
交流分析の目的の一つは、ネガティブで自己否定的な人生脚本をポジティブで自己実現
的なものへと書き換えていくことです。
●人生脚本の例
事故、倒産、アルコール中毒、薬物依存、離婚、自殺などを繰り返す人々などがその例
です。親子二代、三代にわたって繰り返すという例もあります。運命とか宿命という言
い方をするものと思ってもいいかもしれません。
・母親は父の冷淡さに耐えられず離婚した。そして、自分も父親そっくりな夫と別れよ
うとしている。
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・父親は事業に失敗した。自分も同年齢のときに事業に失敗し、同じような境遇になっ
ている。
・父親がアルコール中毒で、そのことを子どものころから嫌っていたが、結婚した相手
は父親と同じような大酒飲みだった。
◆◆脚本のでき方◆◆
この人生脚本は、その持ち主である本人にも意識できない深い無意識に書き込まれたも
のです。
●脚本は子どもの受け取り方に深く関係する
人生脚本とは幼少期に、親や周りの人間とのコミュニケーションを通して「人生を、こ
のように生きよう」と、思い込みも含め、自分で決めたパタ-ンのことです。幼児が自
分の心の中や周囲に起きていることを、自分なりに解釈をして、自分で自分の生き方を
決める=「決断」に基づく、「人生の計画」
、生き方のことです。
決断:生き方の決断、自分に対する決断。こういう生き方をしないといけないとか、自
分はこういう人間だという思い込み。
それは、自分が経験していることをどのように受け取るかによって、どのような生き方
をするかが決まってくるということです。そしてそれは、先天的素質が関連しています。
感受性豊かな敏感な子とそうでない子ではその感じ方、受け取り方が違います。
例えば、同じ親からのメッセージでも感受性豊かな子には人一倍響きます。親がきびし
い道徳教育をし、罪悪感を感じさせるしつけをした場合、敏感な子どもは「自分を痛め
つけろ」とか、「人生を楽しんではいけない」という行き過ぎた受け止め方をし、それ
に基づいた脚本が形成されてゆくことになることもあります。
また、かんしゃく(ちょっとしたことにも感情を抑えきれないで激しく怒り出すこと)
を起こすことに対して、
「そんなに怒らないで」とたしなめられたことに、
「感情を表し
てはいけない」とか、「男らしくなるな」というメッセージとして受け止め、消極的な
人生をおくるといった脚本がつくられるかもしれないということです。
そして、この幼児決断は年齢 2、3 歳から 5、6 歳までの間になされと考えられていま
す。
●脚本は基本的構えによって方向づけられる
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交流分析では、親の影響のもとに、人に対する信頼を持てるか持てないかという基本的
な信頼感というものが形成され、それによって、基本的構えができ、その基本的構えに
基づいて脚本が作られるといいます。
基本的構え:人は育っていく過程において、自分をどう捉えるか・どう見るか、他人を
どう捉えるか・どう見るかという見方が形作られてきます。それは自分自身を肯定的に
見るか否定的に見るか、他人を肯定的に見るか否定的に見るかというものです。その基
本的態度を基本的構えといいます。
養育者(通常親、特に母親)との親密な関係、共感性をともなった愛情豊かなふれあい
が多いか少ないかによって肯定的な構えになるか否定的な構えになるかが決まってき
ます。
愛情豊かなふれあいが肯定的な構えを作り、愛情豊かなふれあいが少ないと否定的な構
えになるといいます。
基本的構えには、4つあります。
・自他肯定
・自己否定、他者肯定
・自己肯定、他者否定
・自他否定
それでは、自他肯定以外の脚本についてみていきます。
<自己否定・他者肯定>
劣等感コンプレックス、憂鬱になりやすい人がとる構えです。他人とくらべて自分が
劣って、無力であると感じています。この構えをもとにした脚本では、人間関係から引
きこもり、最悪な場合、抑鬱状態が昂じて自殺に至る人生プログラムが進行するように
なります。
<自己肯定・他者否定>
支配的で、相手を自分の思い通りに動かそうとする。人を疑う態度もとりがち。何か問
題が起こると人のせいにする。他者との共感性が乏しく、自分が特別扱いされるのを当
然と思っている自己愛が強い人。本質的には自己否定の要素を持ちながら、それを自分
で受け入れられないためにマイナス面を他に投影して責任転嫁して自己防衛している。
つまり、投影することで自分は悪くないと思える。
この構えをもとにした脚本では、人を支配し、自分に従わないものを排除したり、活動
的に動く野心家。独善・排他主義、野心家、非行・犯罪という言葉がテーマになる。
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<自他否定>
人生に価値を感じられず、悲観的で、他人との交流を拒否する傾向がある。
自閉的、自己破壊的生き方。
この構えのもう1つの生き方として、愛されたいという欲求がたいへん強く、相手の愛
情も常に確かめていないと安心できない。
●脚本の強化
今までみてきたように脚本は、子どもの先天的素質による経験の受け取り方、親(養育
者)の接し方との相互関係によってできた基本的構えによって形成されてくる。そして、
その後の人生経験が作用してつくられ強化されていきます。
子どもが成長していくなかで、親や周囲の大人との関係の中での経験から生き方あるい
は自分に対する「決断」を形成していきます。これは思い込みでもあります。
(例)
幼い頃から、親に「ろくでなし」と罵倒され、なにをやってもほめられなかった人が、
学校にいくようになってからは先生に「おまえはくだらない質問をするね」と言われる
ことが多かった。大人になってからは一つの仕事が長続きしなくて、結婚にも失敗して
いる。この人は自分の人生を「私はバカなことばかりやって、身動きがとれなくなるの
です。私はろくでなしの人生しか送れないような気がします」と述懐している。この男
性の場合は、もともと備わっていた自己否定な構えに、成長の過程で破壊的なメッセー
ジが重なって、歪められた自己像と人生観ができあがってしまったのであす。このよう
な破壊的なメッセージは、直接的な言葉によって、あるいは非言語的な行動によって、
一種の呪いのように子どもの心の中に記録され、基本的信頼感の歪みを強化してゆく。
その結果、当人の生涯の生き方を大きく左右する、次のようなメッセージが心に深く刻
みこまれてゆくことがあります。
・僕は何をやっても、うまくできないのだ。
・私は生まれてこなかった方がよかったんだ。
・人の言う通りにするのがいちばんいい。自分で考えてものごとをしてはいけない。
・私は弱い子だ。どうせ一生病気と縁を切ることはできないのだ。
・僕は幸福になる価値のない人間だ。
・私は誰からも可愛がられない人間に違いない。
・「人に構ってもらいたい時に相手を攻撃する」という決断:人に構ってほしくても構
ってもらえない時に、「怒りの感情を使って相手を攻撃すればよい(振り向いてもらえ
る)
」ということを取り入れた、決断したということです。
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・「自分はダメなんだ」と決断している人:人が褒められているのを見たら自分はダメ
だと思い落ち込む人は、幼少期に兄弟が褒められている時に、自分がダメだと言われて
いるような受け取りを繰り返しているかもしれない。
・親に何度も約束を破られて嫌な思いをしていた子どもが「人を信用したら駄目なんだ」
と決める。
・「子どものように楽しんではいけない」という決断:子どもの時から年齢相応以上の
態度行動を求められた場合です。兄弟の面倒をみること、家事手伝い等を要求され、子
どもからのびのびする自由を奪ってしまいます。大人になっても能力以上にガチガチに
頑張ってしまったり、自由なのびのびとした心を失ったままです。
この例として、頑張りすぎストレスを抱え込む胃潰瘍を繰り返し患う人の決断と人生脚
本。
子どものころ父親を亡くし、親戚中から「これからはお前が家を背負って立つんだ。し
っかりしなければいけない」と言われ、自分が一家の責任をとらなくてはならない、と
決心した。そのためには自分が楽しんではいけない。自分の楽しみをなくして、家のた
めに働こうというものだった。大人になっても自分が楽しむことを禁じ、体を痛めてま
で働き過ぎるという人生脚本を歩んできた。
・「生きていてはいけない」という決断:「お前なんか産まなければ良かった」「お前さ
えいなければ、お母さんは離婚できないのに」などのメッセージを親から繰り返しうけ
ることで「生きていてはいけない」と思うようになる。
そして大人になるにつれ、自殺願望が強かったり、強い自己否定感により良好な人間関
係が築きにくくなります。
・良く事例として取り上げられるものとして、マリリンモンローの人生脚本があります。
彼女は、映画界では、代表する女優として成功者でありながら、実生活では「 幸福に
なってはいけない。愛を持続させてはいけない。 」という人生脚本通りに、人生に幕
を引きました。本人は、死に物狂いで幸せになろうとしたにも関らず、そうはならない
人生脚本には強力な支配力があって、その人の人生を決定する、という実例としてとり
あげられます。
◆◆脚本の書き換え◆◆
人は、生まれた時から、たくさんの決断を繰り返して、性格を形成していきます。 人
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の性格のベースは、主に幼少の頃に出来上がるとされています。 子ども時代の決断は、
その当時には必要な決断だったかもしれませんが、 大人になった今には、不都合であ
ったり不必要であったりします。
例えば、親に何度も約束を破られて嫌な思いをしていた子どもが「信用したら駄目なん
だ」と決めました。「信用したら駄目なんだ」と決めたら約束を破られても少しは楽に
なります。
しかし、この決断を大人になっても繰り返してなにかにつけ「人を信用しない」のは効
果的ではありません。大人になったいまその決断を変えていくことが必要です。
人生脚本、つまり幼少期に作った自分の決断に基づいて構成された人生のパターンの束
縛から脱け出して、ネガティブで自己否定的な人生脚本をポジティブで自己実現的なも
のへと書き換えていくことで、生きやすくなっていきます。
●書き換えのプロセス
①自分のどこを、どう変えたいか
②初めてその問題(感情)を味わった出来事を探る
③そのとき、何か決心、決断したことを思い出す。
④その決断(シナリオ)が適正なものか判断し、再決断、新しいシナリオ作成=新たな
価値観に基づいた生き方に変更し実践する。
<参考資料>『セルフコントロール』池見酉次郎、杉田峰康著(創元社)から引用
勝海舟の親子関係
子ども時代の麟太郎は、正月の餅をつく金もないほど貧乏な家庭で、しかも生涯を無役
で過ごすような無頼な父親の下で生まれ、育っている。今日でいえば、荒れすさんだ非
行少年が出そうな環境に見えるが、賢い母親のはからいで、家庭の和が保たれ、麟太郎
は十分に可愛がられたという意識をもって成長してゆく。母親のお信は甲斐性のない夫
との生活に、めったに不満を表さない。むしろ、夫の(現状はともかく、少なくとも名
目上の)地位と権威を認め、一家の主としての父親像を保とうと努める。また、そうし
た献身的な役割の中に生き甲斐を見いだし、麟太郎が立派に事を成し遂げるのを見守る
ことによって、自分自身が満足するという生き方(母親的なp)に徹した女性である。
今日、こういう伝統的な日本女性像がよいといったら非難されそうであるが、実際には、
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母親が、父親をあからさまに軽蔑し、子どもにもそれを伝えるようなことがくり返され
るとき、破壊的な脚本が形成されるのである。
父親の小吉にとって、麟太郎は「鳶が生んだ鷹」のような存在だったらしい。しかし、
小吉の偉いところは、鷹として生まれたものを鷹として育てようとしたとことである。
麟太郎の優れた素質は、幼いころから周囲の注目を集めていた。小吉はこれに素直に耳
を傾け、子どもの才能ー麟太郎の「本来の自我」ーを伸ばしてやろうとする。
・・・
(中
略)
・・・・
しかし、小吉は常に、このような消極的な役割を演じていたわけではない。麟太郎は
九歳のときに、あの有名な犬に急所をかまれるという事件にあう。小吉は意識も朦朧と
している麟太郎を前に、刃を抜いて「武士の子らしくしっかりしろ」と叱りつけ、同時
にろうばいする医者の心をもしずめて、傷口を縫合させる。そのあと自ら看病にあたり、
麟太郎の熱の下がらない間は、毎晩、裸で抱いて寝て、とうとう治してしまう。ここで
小吉は「俺は細かいことは言わない。どうしてもお前の手に負えないことがあったら、
俺のところへ来い。俺がきっとなんとかしてやる」ということを体をもって麟太郎に教
えている。
脚本の視点から見ると、こういう愛情豊かで、かつ力強い父親像をもつとき、子ども
は、それを手本として成長し、男性としての自信を持てるようになり、自分の個性に則
した自己実現に向かって、自己を鍛えてゆくことができるものと思われる。また、人が
生死の境をさまようといった限界状況に直面して、誰かを信じられるといった体験をす
ることでそれを乗り越えたとき、その体験が死に対する構えに強く影響しても不思議で
はない。そのような体験が子ども時代にあれば、なおさらのことである。この意味で、
麟太郎が九歳のときに父親の力によって命拾いしたことは、ごく少数の人に限られた、
死に関するユニークな脚本を身につけることになったといえよう。脚本の形成は、子ど
も時代の体験と、それに対して子どもが行う決定的な判断によって進行する。生死の境
にいて、父親のすさまじい気迫もとに生きることを命令され、懸命な看病によって生か
された麟太郎の心の奥深いところには、おそらく「俺は九死に一生を得た人間だ。俺は
簡単に死ねない人間だ」といった脚本が植えつけられたものと考えられる。後年、維新
の前後、日本国内の平和統一のため、死を賭して江戸城の無血開城の談判に乗り込むな
ど、いくつもの重要な問題の処理にあたった海舟の生涯のバックボーンをなすものとし
て、このような脚本の役割がうなずかれる。
参考文献
『セルフコントロール』池見酉次郎、杉田峰康著(創元社)
『人生ドラマの自己分析』杉田峰康著(創元社)、
『交流分析のすすめ
あなたへ』杉田峰康著(日本文化科学者)
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人間関係に悩む