両前腕骨遠位端骨折の治験例 東淀川支部 ヒグチ整骨院 日整公認私的研究会 近畿接骨研究会 相談役 樋口 正宏 2015.08.23 【はじめに】 • 近年、骨折治療は手術療法が主流になって来ているように思わ れる。それには様々な側面があると推察するが、手術適応とされ る症例中に保存療法の方がベターな症例は存在しないのであろ うか。 • 中等度から高度な骨片転位のある橈骨遠位端骨折、両前腕骨 遠位端骨折も多くが手術療法となっている様であるが、その中で 機能的予後が良好でない症例も少なくない様に感じる。 • 関節機能に影響を与える可能性が高い橈骨手根関節面の大き な転位や陥没の無い症例の多くは、転位が高度であっても徒手 整復で解剖学的整復位もしくはそれに近い状態の整復位を得る ことができると考えている。それを追求する事が柔道整復師の大 きな使命の一つであり、この様な考えに一人でも多くの柔道整復 師が賛同してくれることを願う。 【目的】 • 両前腕骨遠位端骨折は橈骨遠位端単独骨折 と処置は概ね同じであるが、両前腕骨遠位端 骨折の方が遠位骨片の異常可動性が大きい。 • ことに橈側・尺側への異常可動性は高度で、遠 位骨片が橈尺側方向へグラグラといった場合 が多い。 • 当骨折の治療は、この点に注意しながら進め る必要があると考える。 【方法】 • 〈症例〉 85歳 男性 • 〈受傷機転〉 玄関マットで足を滑らせ転倒した際、左手を床に衝き負傷 • 〈初検までの経過〉 受傷3時間後に来院 • 〈傷病名〉 左両前腕骨遠位端骨折 • 〈初検時局所所見〉 左前腕遠位端部から手背部にかけて腫脹(+)左橈骨遠位端部 限局痛(+)左尺骨遠位端部限局痛(+)フォーク背状変形(+) 異常可動性(+)軋轢感(+)Numerical Rating Scale(NRS)10 〈初検時外観〉 • 正面から橈骨軸・尺骨軸を合わせた状態で見 ると橈側・尺側への転位は確認できないが、 橈側・尺側へ軽度のストレスや重力が加わる とその方向への転位が認められた。 • 側面からは明らかなフォーク背状変形が確認 できた。 〈初検時エコー所見〉 • 橈骨背側Longより背側転位、橈骨掌側Longより背側転 位、橈骨橈側Longより橈側転位を認めた。 • 尺骨背側Longより背側転位、尺骨掌側Longより背側転 位、尺骨尺側Longより尺側転位を認めた。 • 橈骨橈側転位、尺骨尺側転位を同時に認めるというの は、橈骨・尺骨両遠位骨片部での下橈尺関節脱臼や 橈骨遠位骨片部の縦骨折による橈尺方向への離開な どを想像したが、実際には橈骨・尺骨両遠位骨片の橈 側・尺側方向への高度な異常可動性により、プローブ を橈骨橈側に沿って当てるため尺屈した際に橈骨橈側 転位が、また尺骨尺側に沿って当てるため橈屈した際 に尺骨尺側転位が起こったものであった。 〈橈骨橈側Long・尺骨尺側Longのプローブワーク〉 橈骨橈側に沿わせるため尺屈させる。 ⇨ (この時⇨方向に力が加わり橈側転位が起こった) 尺骨尺側に沿わせるため橈屈させる。 (この時⇦方向に力が加わり尺側転位が起こった) 〈初検時橈骨エコー画像〉 橈骨背側よりLong 橈骨橈側よりLong 橈骨掌側よりLong 〈初検時尺骨エコー画像〉 尺骨背側よりLong 尺骨尺側よりLong 尺骨掌側よりLong 〈初検時X‐P所見〉 • 正面像より橈骨短縮転位および橈骨・尺骨の尺側転位を認め た。この尺側転位については、橈側・尺側方向への高度な異常 可動性のためX‐P撮影に際し手を置いたタイミングでこのような 状態になったもので、この位置に固定されているのもではない。 • 橈骨関節面の計測において、両前腕骨骨折のため初検時の患 側の数値は正確さに欠けるが、概ね以下の通りであった。 • 右健側 radial length 12㎜ 、radial inclination 23度 、palmar tilt 11度。 • 左患側 radial length 2㎜(radial shortning 10㎜) 、radial inclination 16度 、palmar tilt -37度(dorsal tilt 37度)。 • 側面像より橈骨・尺骨の明らかな背側転位を認めた。 〈整復法〉 • 屈曲整復法を用いて整復した。 • 当院での両前腕骨遠位端骨折(伸展型)の整復法。 ①患者の前腕を回内位とし、術者は末梢側より橈骨遠位骨片 の背側から左手第1指を、掌側から左第2指を当て把持する。 同様に尺骨遠位骨片も背側から右第1指を、掌側から右第2 指を当て把持する。 ②末梢骨片を60~70度ぐらいまで背屈する。(当症例では健 側palmar tilt 11度、患側palmar tilt -37度であり背側転位48 度であるので、そこから更に20度程度背屈した。) ③背屈角度を保ち強力に牽引する。ポイントは橈尺両骨遠位 骨片の近位端背側を、①で当てている左右第1指で手繰り寄 せる様に強力に牽引することである。 ④橈骨・尺骨の前後軸を合わせるように掌屈する。 【結果】 〈整復後エコー所見〉 • 橈骨背側Long、橈骨掌側Long、橈骨橈側Long より各転位が概ね整復できたことを確認した。 • 尺骨背側Long、尺骨掌側Long、尺骨尺側Long より各転位が概ね整復できたことを確認した。 〈整復後橈骨エコー画像〉 橈骨背側よりLong 橈骨橈側よりLong 橈骨掌側よりLong 〈整復後尺骨エコー画像〉 尺骨背側よりLong 尺骨尺側よりLong 尺骨掌側よりLong 〈整復後X‐P所見〉 • • • • • 整復後の左橈骨関節面(患側)の計測 radial length 12㎜ radial inclination 23度 palmar tilt 11度 左右差無く整復できた。 〈固定法〉 • (固定範囲) 前腕上1/3部から第2~第5MP関節まで背側シャーレ。 前腕上1/3部から近位骨片遠位端部まで掌側シャーレ。 • (固定肢位) 手関節掌屈、軽度尺屈、前腕回内位。 • (固定期間) 6週間 • (固定材料) プライトン‐100、巻軸包帯、綿花、三角巾。 〈固定後外観〉 〈1週間後X‐P所見〉 〈3週間後X‐P所見〉 〈6週間後X‐P所見〉 〈6週間後外観〉 〈10週間後X‐P所見〉 • 10週間後の橈骨関節面の計測は、左患側 radial length 12㎜ 、radial inclination 23度 、 palmar tilt 11度。整復直後の計測時と変化な く再転位を認めない。 〈10週間後外観〉 【考察】 • 橈骨遠位端単独骨折の整復に対し、両前腕骨遠位端骨折の整復は比較的容 易である。これは、遠位骨片の橈側・尺側への異常可動性が高度で回旋方向 への異常可動性も多少有り、整復操作を行いやすいためである。 • そして、長軸方向へも遠位骨片を自在に動かすために遠位骨片を背屈する。 そのまま長軸方向へ強度の牽引を加えれば、短縮転位と共に回旋転位、側方 転位も整復される。橈骨・尺骨は同時に整復する必要がある。 • 固定に関しては短縮方向への再転位防止が重要である。特に橈骨の短縮転 位を防止するために手関節軽度尺屈・軽度掌屈位とし、常に橈骨に末梢方向 へのテンションをかけておく。 • また、前腕中間位では重力が尺側方向へ働くので、側方転位防止のため前腕 は回内位とする。 • 当院では橈骨遠位端骨折や両前腕骨遠位端骨折の症例中、関節機能に影響 を与える可能性が高い橈骨手根関節面の大きな転位や陥没の無いものは、 徒手整復にて解剖学的整復位もしくはそれに近い状態の整復位を殆どの症例 で得ることができている。この事から当該骨折に対する保存療法は有意義で あると考える。その他の事項においても保存療法の大きなデメリットは見当た らない。少しでも良好な予後が得られるように、より良い整復法・固定法を追求 していきたい。
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