学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点 平成 23 年度共同研究 中間報告書 2011 年 12 月 11-NA27 毛細血管流までを再現する冠循環マルチスケールシミュレーション 久田俊明(東京大学) 概要 当研究チームが開発している心臓シミュレータでは、実測データに基づいた冠循 環数理モデルを組み込み、さらに冠循環血管系の解剖学的な特徴を利用することで、均 質化法によるマルチスケール解析と同様に、超並列性を最大限に活かした毛細血管レベ ルまでの冠循環シミュレーションが可能である。本公募型共同研究においては、冠循環 マルチスケールシミュレーションの高度化と超並列計算に対応した幾つかの最適化を重 点的に実施する。 1. 研究の目的と意義 UT-Heart に組み込んだ。冠循環血管系の解剖学的 「ヒトゲノムプロジェクト」の完成をうけて、 特徴を利用することで、均質化法によるマルチス 生命科学の焦点は遺伝情報の解明からタンパク、 ケール解析と類似の数理的アプローチが可能とな 細胞内小器官、細胞、組織、臓器、そして個体と り、超並列性を最大限に活かしたシミュレーショ いう多階層に亘る複雑な生命現象の理解へと移行 ンを行うことが出来る。最終的にはペタスケール しつつある。第三の実験(in silico 実験)として期 コンピュータ上で精密かつ大規模なシミュレーシ 待されている計算機シミュレーションにおいても ョンを行い、冠循環と心拍動の関連、虚血性心疾 マルチスケール解析の重要性が増している。当研 患の病理解明につなげる。 究チームが開発を進める UT-Heart は、細胞のイオ 本公募型共同研究においては,冠循環血管系の ンチャンネルや収縮タンパクの数理モデルから出 より合理的な生成,酸素の輸送と心筋組織への供 発し有限要素法でモデル化された心室の収縮、血 給,Cortassa ら 2) の研究を拡張した代謝数理モデ 液の拍出に至る現象を一貫して再現できる国際的 ルの組み込み等,冠循環マルチスケールシミュレ にも突出した心臓シミュレータである。 ーション手法の高度化を図ると共に,計算科学分 野の研究者との密接な協力によって,超並列計算 UT-Heart では冠循環のシミュレーションも可能 に対応した幾つかの最適化を重点的に実施する。 である。冠循環とは心臓自体に血液を供給する役 割を担う血管系である。冠循環系における流れは 2. 当拠点公募型共同研究として実施した意義 心拍動に伴うメカニカルストレスの影響を強く受 け、他の臓器には無い特有の血流パターンを示す。 (1) 共同研究を実施した大学名 例えば、心室の収縮期において体循環は順流とな るのに対し、冠動脈の流れは殆どなく、一部では 東京大学 逆流すると言われている。しかし in vivo 計測の (2) 共同研究分野 超大規模数値計算系応用分野 困難さから、特に毛細管を含む微小循環系での挙 動は現在も明らかではない。冠循環の異常に起因 (3) 当公募型共同研究ならではという事項など する虚血性心疾患は心疾患による死亡原因の約半 ペタスケールコンピュータ上での実行に向けた 数を占めるため、そのメカニズム解明は大きな医 準備として、サイズを縮小した問題や、粗い精度 学的意義を持つ。当研究室では,Algranati ら 1) のシミュレーションを数多く実施することにより、 による実測データに基づき毛細血管まで含むすべ できるだけ多くの問題を事前に解決しておく。本 てのスケール(動脈 11 階層、静脈 12 階層)にお 公募型共同研究においては,計算科学分野の研究 いて血管の分岐・集合形態を再現した冠循環数理 者との密接な協力によってそのようなペタスケー モデルを作成し、この全 23 階層ネットワークを ルコンピュータで上での計算に向けた準備を実施 1 学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点 平成 23 年度共同研究 中間報告書 2011 年 12 月 する。 レート可能とする。 3. 研究成果の詳細 4. これまでの進捗状況と今後の展望 前年度までの研究開発: 今年度の当拠点の共同研究による研究成果は,3 •実測データに基づいた、導管血管から微小循環 節に記載した3項目: に至る冠動脈・冠静脈ネットワークモデル作成 ・マクロスケール計算とミクロスケール計算の •微小循環の生理学的特性とマルチスケール解 効率的アルゴリズムの開発 析手法を用いた、並列性の高いアルゴリズム ・マクロスケール計算のロードインバランスの 開発 低減 •東大 T2K オープンスパコン 7152 コアでの実行 ・酸素輸送モデルと代謝モデルの導入 を高度化すると共に,以下の 3 項目について,計 を含む冠循環マルチスケールシミュレーションの 算機科学分野の研究者と協力して研究開発を実施 モデリング手法、計算手法に関わる特許出願とな してきている。 る研究開発成果に至った.しかし,目下3件程度 3.1. マクロスケール計算とミクロスケール計算 の特許出願の準備中(出願までに3ヶ月程度を要 の効率的アルゴリズムの開発 する予定)であり,その完了後に各学会や論文と 本マルチスケールシミュレーションは、 して成果発表するよう予定しており,現状では中 Newton-Raphson 反復において線形化した非線型方 間報告にて報告・記載できる事柄がありません. 程式を解くことになるが、マクロスケールの計算 最終報告の時点では,出願完了している見込みで とミクロスケールの反復計算をどのような順番で す. 実施するかが効率化を左右する。この観点から高 5. 研究成果リスト 効率のアルゴリズムを開発する。 また、これまでの大規模なマルチスケール解析 (1) 学術論文 において、FileIO を担当するプロセスの計算時間 (2) 国際会議プロシーディングス が延び、負荷不均衡を生じていることがわかって (3) 国際会議発表 いる。これに対しては FileIO と計算担当のプロセ (4) 国内会議発表 スを分離し、さらに FileIO とその他の計算をオ (5) その他(特許,プレス発表,著書等) ーバーラップさせるなどの対策を試みる。 現在,特許出願(3件程度)準備中 3.2. マクロスケール計算のロードインバランス 参考文献 の低減 マクロスケール計算では、冠循環計算の安定性 1) Algranati D, Kassab G S, Lanir Y, Mechanism of myocardium coronary vessel interaction, Am J Physiol Heart Circ 298:H861-H873, 2010 2) Cortassa S, Aon M A, O'Rourke B, Jacques R, Tseng H-J, Marban E, Winslow R L, A computational model Integrating electrophysiology, contraction, and mitochondrial bioenergetics in the ventricular myocyte, Biophys J 91, pp. 1564–1589, 2006 のために、冠循環ネットワークを分割し、MPI プ ロセスがそれぞれを担当するという形式を取って いる。これによりマクロモデルの計算にロードイ ンバランスが生じ、スケーラビリティ低下の原因 となっているため、その改善を行う。 3.3. 酸素輸送モデルと代謝モデルの導入 冠循環モデルに酸素輸送モデル及び Cortassa ら 2) の研究を拡張した代謝モデル、更には新たな 興奮収縮連関モデル(ECカップリングモデル) を導入し、冠循環の心拍動に対する影響をシミュ 2
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