第12回 植物プランクトン I

藻 類 学
第12回
植物プランクトン I
植物プランクトンについて3回にわたり講義する。
植物プランクトン(Phytoplankton)は水圏におい
て大変重要な生態学的役割を持っている。
ギリシア語の phyto = plant, plankton = wandering
の合成語
植物プランクトンを構成する藻類は水圏生態系の
一次生産者であり、動物プランクトンや魚類の食
物網を支える基盤となっている。
また、地球規模の二酸化炭素循環に関与している。
本日の課題
プランクトンは小さいものが多い。なぜか。
日補償深度とはなにか、植物プランクトンにどのような意
味があるか説明せよ。
海洋の植物プランクトンは地球全体の年間一次生産(105 Pg C
yr-1)の半量よりやや少ない48 Pg C yr-1を固定しているといわ
れている。
化石燃料の燃焼(5.5 ± 0.5 Pg C yr-1)と農業活動に伴う森林の
伐採や土壌汚染(1.6 ± 1.0 Pg C yr-1)で生産される二酸化炭素
の吸収に一役買っている。
また、これらの人為活動に伴い、栄養塩類の湖沼や沿岸域への
流入は有害・有毒藻類のブルームをもたらしている。
大量に増殖した植物プランクトンの一部は有毒成分を生産する
のみならず、毒性がなくとも、分解時に酸素が大量消費される
事で嫌気的に生産される硫化物イオンを含む死の海域(dead
zones)を形成する。
植物プランクトンの群集動態は、
(1)増殖過程 光合成と栄養要求
(2)減少過程 耐久細胞、死、寄生、沈降、競争、捕食
の2つのカテゴリーに分けられる。
とはいえ、まずはサイズの話から
プランクトン(plankton)にはいくつかの分け方がある。
生物の種類で,
・細菌プランクトン(bacterioplankton),
・植物プランクトン(phytoplankton;単細胞性または群体を
作る微細藻類,流れ藻は入らない),「流れ藻」って何だ?
・動物プランクトン(zooplankton;原生生物,刺胞動物,
節足動物,軟体動物など多くの動物門),
・ウイルス(ファージを含む)(virioplankton)。
もちろん藻類学のテーマになるので植物
プランクトンの話になる.
海、池、湖など
ハノイ市内の池
プランクトンには生活史を通して浮遊生活する終生プランクト
ン(holoplankton)のほかに,ネクトンやベントスの幼生期な
ど生活史のある期間に限り
定期性プランクトン(一時性プランクトン;meroplankton)と
して浮遊生活する種が少なくない。
また,たまたま再懸濁した付着微細藻類などのような臨時性プ
ランクトン(tychoplankton)もふくまれる。
ここで、流れ藻について
海面を浮遊している海藻や海草のことだが、
特に褐藻類のホンダワラ類が主体。
ホンダワラ類は強い波浪により海底から引き剥がされた藻体
や流出した主枝等が気胞の浮力で海流に乗って海面を漂う “流れ藻”となり、有用な魚介類の産卵や育成に役立ち、水産
資源の面で重要視されている。
プランクトンのサイズによる区分
漂泳生態系(pelagic ecosystem)では一般に大きな個体が
小さなものを食べる食関係が成り立ち、粒子と見立てた個
体の大きさが栄養段階で重要な意味をもつ。
また,体サイズに応じて大まかに分類群が異なることから,
個体の大きさによる類別法が提案されている。
代表的なサイズ区分を示す(Sieburth et al. 1978. Limnology
and Oceanography 23: 1256-1263)
フェムトプランクトン(femtoplankton; 0.02~0.2 µm)
ウイルス
ピコプランクトン(picoplankton; 0.2~2 µm)
細菌類,原核藻類,真核藻類の一部,極微プランクトン
ナノプランクトン(nanoplankton; 2~20 µm)
真核藻類,原生動物,菌類など,微小プランクトン
ミクロプランクトン(microplankton; 20~200 µm)
藻類,原生動物,後生動物など,小型プランクトン
メソプランクトン(mesoplankton; 0.2~20 mm)
後生動物など,中型プランクトン
マクロプランクトン(macroplankton; 2~20 cm)
後生動物など,大型プランクトン
メガプランクトン(megaplankton; 20 cm以上)
後生動物など,巨大プランクトン
慣用的に 5 µm以下をウルトラプランクトン(ultraplankton)と
よぶ場合もある。
種類数・現存量で中型プランクトン以下の生物が多い。
それは流体中では小さな粒子ほど沈降しにくいため,体サイズ
が小さいことそのものが浮遊適応と考えられる。
浮遊適応
体密度の軽減
a) 体(細胞)に油脂やガスを蓄える。
b) 体液(細胞液)の密度を低くする。さらに密度の低い体液を大量に蓄積する
(=寒天状の体になる)
c) 殻や骨格中の高密度物質の量を減らす。
摩擦抵抗の増大
a) 体を小型化することにより体表面積を大きくする(=摩擦の抵抗が大きく
なって、沈降しにくくなる。)
b) 体の形をできるだけ球形から遠ざける(体積が同じ物体の場合は、球形が最
も表面積が小さい。)
c) 体の表面を粗くし、さらに種々の突起物をだす。
地球の海と生命:海洋生物地理学序説 西村三郎 海鳴社 1981より
さらに植物プランクトンでは低い濃度で溶けている栄養塩
類を効率よく吸収するうえで細胞が小さいことが細胞体積
あたりの表面積が大きくなるので有利であると解釈されて
いる。
植物プランクトンの範囲は通常、ピコ(0.2~2µm)からナノ
(2~20µm)、ミクロ(20~200µm)、メソプランクトン
(0.2~20 mm)に含まれる。
大きさについて Size and Scale in Phytoplankton Ecology
大きさが大きくなるとどうなるか。
仮想的な立方体生物で考えてみる。
1辺が1µmの生物と2倍の2 µmの生物では、
表面積は、6 µm2と24µm2で22倍の違い。
体積は、1 µm3と8 µm3で23倍の違いとなる。
表面積/体積の比率は、大きさが大きくなるほど小さく
なることが分かる。特に球形の場合顕著である。
細胞は表面から外部の物質を取り込み,内部の不要物を排出
する。
栄養塩の取り込みを考えると,小さな細胞(表面積/体積の
比率が高い)の方が取り込みやすいことになる。
一方、大きな細胞では、貯蔵できる量が大きくなることが分
かる。
植物プランクトンは、次の極端な例の間で適応している。
小さい:増殖早く貯蔵量少 vs 大きい:増殖遅く貯蔵量大
光量(光量子束密度)
(µmol quanta / m2 /sec)
(µmol photon / m2 /sec)
水深と光
水中では光は指数関数的に減衰し,深度
z (m) における光量
Iz (µmol quanta/ m2 /
s) は海面光量 I0 とすると Iz = I0 exp (-kz)
で表される。ここで,k は光の減衰係数
(extinction coefficient; 消散係数ともよ
ばれる)である。
晴れた日の海表面光量は、約2000 µmol quanta/m2/secである。
(m)
一般に光合成に使われるのは波長400
700nmの光合成有効放射(PAR)であり,
太陽光を利用した有機物生産,すなわち
一次生産(基礎生産:primary
production)は光合成生産に十分な光量
が到達する層に限られる。
水
深
光量
(µmol photon / m2 /sec)
光合成する植物は、呼吸もして
いる。
このとき見かけの光合成速度は
0になる。
光合成>呼吸
日補償深度
(
水
深
(m)
生
産
層
と
い
う
こ
と
に
な
る
)
光合成<呼吸
分
解
層
と
い
う
こ
と
に
な
る
)
一日あたりの植物プランクトン
の光合成量と呼吸量が等しくな
る水深,すなわち日補償深度
(daily compensation depth)
が光合成の下限となり,それ以
浅を真光層(euphotic zone)と
よぶ。
真
光
層
(
光合成で吸収するCO2と、呼吸
で放出するCO2が同じになる光
の強さを補償点という。
真
光
層
(
)
これは透明度の3倍の深さが
目安になる。
日補償深度
水
深
(m)
生
産
層
と
日補償深度は表面光量の
い
1~0.1%が到達する深さであり,う
植物プランクトン量やその他 こ
と
の懸濁物質や溶存物質の濃度 に
が低いほど深くなり,最大で な
る
150m程度である。
光合成>呼吸
(
一日あたりの植物の光合成量
と呼吸量が等しくなる水深,
すなわち日補償深度(daily
compensation depth)がその
下限となり,それ以浅を真光
層(euphotic zone)とよぶ。
光量
(µmol photon / m2 /sec)
光合成<呼吸
分
解
層
と
い
う
こ
と
に
な
る
)
光合成>呼吸
)
海浜域は浅いので海底まで真
光層である場合も多いが,赤
潮などが発生した内湾域では,
水深1mに満たないこともある。
日補償深度
水
深
(m)
生
産
層
と
い
う
こ
と
に
な
る
(
水中での同様の層分けは海浜
域や沿岸域でも適用されるが
外洋域に比べて透明度が低い
ため真光層ははるかに浅い。
真
光
層
(
有機物生産に注目すると,真
光層(euphotic zone)は生産
層といいかえることができ,
それ以深はもっぱら有機物の
消費と分解が進むため分解層
となる。
光量
(µmol photon / m2 /sec)
光合成<呼吸
分
解
層
と
い
う
こ
と
に
な
る
)
大きな細胞ほど沈むのは早い。そのために様々な方法で浮力を
得ようとしている。
密度を減らすことや物理的に沈みにくい形態をとるなど。大型
の細胞や群体ほど顕著である。
一方、動物プランクトン(鞭毛虫、繊毛虫、ワムシ、ミジンコ
などの甲殻類)に食べられやすいのは、小型の細胞である。
50µmを超えるような細胞や群体は、甲殻類に食べられる可
能性がかなり減少する。しかし、寄生生物の攻撃を受けやすく
なる。
寄生や共生は植物プランクトンでも普通のようだ。
淡水湖沼の珪藻
Asterionella sp. に寄生するツボカビの仲間
渦鞭毛藻類の
Ornithocercus sp. に共生するシアノバクテリア
珪藻の
Rhizosolenia clevei に共生する窒素固定シアノバクテリ
ア (Richelia intracellularis)など
寄生や共生はたくさんある。
ここまでのポイント
プランクトンは小さい(ものが優先している)その理由は?
日補償深度 (daily compensation depth) これなに?
真光層 (euphotic zone) = 生産層 =(呼吸 < 光合成)
だから
日補償深度より深い = 分解層 =(呼吸 > 光合成)
では、温度はどうなのか?
表面水温は、海域の日射量に応じて概ねきまっていて、高緯
度では低温、低緯度では高温となっている。
ここに、海流が影響する。暖流や寒流の流れる地域では、前
者は同緯度の平均よりも著しく高温で、後者は著しく低温を
示す。
暖水と寒水が接する海域は水温が急激に変化するところで、
海洋前線又はフロント (oceanic front) と呼ばれている。
(潮境とも呼ばれる)
異なる2つの水塊が水平に接したときにその海面に生じる。
代表的なものには,黒潮と親潮が出合う三陸東方海域がある。
沿岸湧昇:北半球の大陸の西岸で南向きの風(北風)が吹く
と、風の応力とコリオリ力の合力で海水は西、すなわち岸か
ら沖に向かって移動する。
すると、少なくなった海水を補うように、深層から大陸の斜
面を伝わって海水が湧昇してくる。これは沿岸湧昇と呼ばれ
る現象である。
北風
赤 表層の流れ
自転
緑 深層からの流れ
カリフォルニアやペルー沿岸がこのケースに当てはまり、実
際に沿岸湧昇が発生する地域として知られている。
大陸の東岸で北向きの風(南風)が吹いても同じ現象が起こ
る。また、南半球においては、大陸の西岸では南風、東岸で
は北風が吹くことで湧昇が発生する。
2003年4月のデータより
クロロフィル
a の量と海表面の温度分布の図
中高緯度帯の沿岸域で基礎生産が高くなっている。この海域で
は、河川水や岸に沿って流れる海流による上昇流(沿岸湧昇)
によって栄養塩が豊富に供給されるため、基礎生産が高くなる
と考えられている。
ペルー沖から赤道に沿って東西に細長く伸びる海域でも基礎生
産が高くなっている。この海域では、西向きの貿易風によって
上昇流(赤道湧昇)が起こり、深層から豊富な栄養塩が周辺海
域よりも多く供給されることによって植物プランクトン濃度が
増加し、基礎生産が高くなっている。また、中高緯度帯では日
射の増加に伴い4月頃に植物プランクトンのブルーム期(年間で
最も植物プランクトンの増加が大きい時期)を迎える。太平
洋・大西洋における北緯30-40度付近の高い基礎生産は、この植
物プランクトンブルームの影響によるものと考えられる。
物理学的環境要因
水の性質 H2O 通常の温度で液体である。
溶媒として無機塩類、水溶性有機物、多くのガスを溶かし込
むことができる。
熱容量が高く、水圏は陸域に比べて温度が安定しており、急
激な変化がおきない。
最も比重の重いのは4℃の液体状態で、それよりも温度が下
がると比重が軽くなる。つまり、固体の水(氷)は液体の水
の表面に浮くことになる。
一般の物質の性質と同じで、固体の状態が最も比重が重
ければ、氷は海底や湖底に蓄積して、水の底はすべて氷
になってしまうことになる。
こんな状態ではプランクトンはもちろん、ほとんどの生
物は生きることはできない。
どんなに寒い極域でも、厚い万年氷の下には密度の高い
液体の水があることになる。そのような場所の、わずか
な光でも植物プランクトンは増殖している。
栄養塩のリサイクルと、グレージング(grazing)は、数ミリ
メートルの距離と数秒から数分の時間の違いで異なる。
grazing: 植食者に植物が食われること。
動物プランクトンからの排泄物(栄養塩)は数ミリメートル
の範囲に影響する。
植物プランクトンは均一に生育しているのではなく、パッチ
状であり、時間的にも異なっている。
植物プランクトンの現存量の推定は、サンプリングの方法、
頻度、場所に依存する。
一般に,哺乳類や陸上植物などで種の多様性(種の数)と調
査地の面積には強い相関関係がある。
種の多様性 S は、調査地の面積 Aとの関係において,
S = cAz という式を与える。cは定数、zは面積係数
同じ関係が植物プランクトンにもいえ、これは実験室内のマ
イクロコズム(実験水槽)にもいえる(PNAS 2005, 102: 4393-)。
つまり、実験室内のデータが海洋環境にも適応できるという
ことになる。
次回もプランクトンのはなし
本日の課題
プランクトンは小さいものが多い。なぜか。
日補償深度とはなにか、植物プランクトンにどのような意
味があるか説明せよ。