元素の含量 ICP質量分析法 蛍光X線分析法

ISSN 2186-9138
どの元素が,どのくらい含まれているかを知る 1/4
JFRL ニ ュ ー ス
Vol.5
No.13
Oct.
2015
どの元素が,
どのくらい含まれているかを知る
~ ICP 質 量 分 析 法 と 蛍 光 X 線 分 析 法 の 活 用 ~
はじめに
一般に,試料中の元素の量を分析する際,対象となる元素が決まっている場合には,そ
の元素を個別に定量分析することで目的が達成できます。しかし,対象とする元素の種類
が幅広い,もしくは特定できていない場合に,最初から多くの元素を定量分析したり,優
先順位をつけ定量分析したりすると,時間とコストが過大にかかりますし,貴重な試料が
多量に必要となってしまいます。このような場合に,定性・半定量分析が役立ちます。
定 性・半 定 量 分 析 と は ,ど の よ う な 元 素 が 含 ま れ て い る か( 定 性 )を 知 り ,か つ 同 時 に ,
お お ま か に ど の く ら い の 量 が 含 ま れ て い る か( 半 定 量 )を 知 る こ と が で き る 分 析 方 法 で す 。
今回は元素の定性・半定量分析について,国立研究開発法人国立環境研究所が提供する
環 境 標 準 物 質 「 No.27 日 本 の 食 事 」 ( 以 下 , 「 NIES CRM No.27」 と 略 す 。 ) を 用 い て そ の
分析方法を解説するとともに,アプリケーション例をご紹介します。
分析方法の紹介
1
誘 導 結 合 プ ラ ズ マ ( ICP) 質 量 分 析 法
1) 測 定 原 理
測 定 溶 液 が 装 置 に 導 入 さ れ た 後 , ア ル ゴ ン (Ar)の プ ラ ズ マ 中 で 原 子 が イ オ ン 化 さ れ ま
す 。 イ オ ン は 質 量 分 析 部 に て 質 量 数 ( 質 量 電 荷 比 m/z ) で 分 離 さ れ た 後 , 検 出 器 で 質 量
数ごとに検出されます。
2) 測 定 対 象 元 素
原 子 番 号 順 で リ チ ウ ム (Li)か ら ウ ラ ン (U)ま で の ほ と ん ど の 元 素 が 測 定 対 象 と な り ま
す 。測 定 対 象 と な ら な い 主 な 元 素 と し て ,炭 素 (C),窒 素 (N),酸 素 (O)及 び ヘ リ ウ ム (He)
などの希ガスがあります。また,ハロゲンは測定が苦手な元素といえます。
3) 定 性 ・ 半 定 量 分 析 の 原 理
測定可能な全ての質量数を測定し,質量スペクトルを得ます(図-1 参照)。横軸は
質量数で,元素の種類が特定できます。縦軸はイオンカウント数で,検出された元素の
濃度を反映します。
図-1
ICP 質 量 分 析 法 に よ る 質 量 ス ペ ク ト ル の 測 定 例 ( NIES CRM No.27)
Copyright (c) 2015 Japan Food Research Laboratories. All Rights Reserved.
JFRL ニュース編集委員会 東京都渋谷区元代々木町 52-1
どの元素が,どのくらい含まれているかを知る
2/4
イオンカウント数から各元素の半定量値を算出するために,半定量係数とよばれる感
度の係数を作成します。これは元素による感度の差を補正するための係数であり,半定
量係数が大きい元素は,プラズマ中でのイオン化効率の良い高感度な元素です。
半定量係数は濃度既知の複数の元素を含む標準溶液を測定することで作成されます。
標 準 溶 液 に 含 ま れ る 元 素 は 質 量 数 の 低 ,中 ,高 の 範 囲 に わ た り バ ラ ン ス よ く 選 択 す る と ,
全元素に対して良好な半定量係数を作成できます。得られた半定量係数と測定試料のイ
オンカウント数を用いて半定量値を算出します。このように元素個々の検量線を必要と
せ ず , 検 出 さ れ た 元 素 の 半 定 量 値 を 得 る こ と が で き ま す ( 図 - 2 参 照 )。
半定量係数作成
2.5 5
×10
半定量係数
標準溶液1点測定
2.0
1.5
半定量値算出
1.0
0.5
0.0
0
図-2
50
100
150
質量数(m/z)
200
250
ICP 質 量 分 析 法 に よ る 半 定 量 値 算 出 の 流 れ
4) 利 点 と 課 題
一番の利点として,高感度であることが挙げられます。定性・半定量分析の場合,多
く の 元 素 に つ い て 測 定 溶 液 の 状 態 で 10 ng/mL 以 下 ま で 測 定 可 能 で す 。
課題として,分子イオン,同重体,二価イオン等による質量分析特有の干渉がありま
す 。特 に ,プ ラ ズ マ ガ ス に 用 い ら れ て い る ア ル ゴ ン (Ar)や ,測 定 溶 液 に 含 ま れ る 水 素 (H),
酸 素 (O), 窒 素 (N)に 由 来 す る 分 子 イ オ ン に よ る 干 渉 が 問 題 と な り ま す が , 最 近 で は , こ
れ ら の 分 子 イ オ ン 干 渉 の 抑 制 法 と し て コ リ ジ ョ ン ・ リ ア ク シ ョ ン ガ ス に ヘ リ ウ ム (He)を
用いた技術が定性・半定量分析についても応用されています。
また,試料は溶液として導入する必要があるため,固体試料については酸分解等の前
処理を行い溶液化しますが,その前処理工程において試薬や環境等によりコンタミネー
ションを起こしたり,測定対象元素が失われたりする可能性があります。このようなリ
スクを抑えるために,密閉系で酸分解を行うことができるマイクロ波分解装置が広く用
いられています。
2
蛍光X線分析法
1) 測 定 原 理
試料にX線を照射すると,試料中の元素から特有のエネルギーを持った蛍光X線が放
射さます。エネルギー分散型検出器を備えた装置では,放射された蛍光X線のエネルギ
ーとその強度が検出器で検出されます。
Copyright (c) 2015 Japan Food Research Laboratories. All Rights Reserved.
どの元素が,どのくらい含まれているかを知る
3/4
2) 測 定 対 象 元 素
原 子 番 号 順 で ナ ト リ ウ ム (Na)か ら ウ ラ ン (U)ま で の 元 素 が 測 定 対 象 と な り ま す 。 ハ ロ
ゲンについても測定可能です。
3) 定 性 ・ 半 定 量 の 原 理
蛍 光 X 線 エ ネ ル ギ ー の 全 領 域 を 測 定 し ,蛍 光 X 線 ス ペ ク ト ル を 得 ま す (図 -3 参 照 )。横
軸は蛍光X線のエネルギーで,元素の種類が特定できます。縦軸は蛍光X線の強度で,
元素の濃度を反映します。
図-3
蛍 光 X 線 の エ ネ ル ギ ー ス ペ ク ト ル 測 定 例 ( NIES CRM No.27)
半 定 量 値 を 算 出 す る た め に は , FP( フ ァ ン ダ メ ン タ ル ・ パ ラ メ ー タ ) 法 と よ ば れ る 理
論 計 算 法 を 用 い ま す 。FP 法 は ,試 料 の 組 成 ,厚 み ,質 量 吸 収 係 数 な ど の 物 理 定 数 を 用 い ,
測定によって得られた蛍光X線強度から理論計算により半定量値を算出する方法です。
試料に対する個別の標準試料は必要とせず半定量値を算出することができます。
4) 利 点 と 課 題
試料の形態(固体,粉体,液体)を問わず非破壊で直接測定可能という特徴がありま
す。そのため試料を酸分解等で溶解する必要がなくコンタミネーションや,測定対象元
素が失われたりするリスクが少ないという利点があります。また,分析後にも試料はそ
のまま残るので貴重な試料にも適用しやすいといえます。
ICP 質 量 分 析 法 に 比 べ る と 感 度 が 劣 る こ と が 課 題 で す が , 高 感 度 の 三 次 元 偏 光 光 学 系
型のエネルギー分散型蛍光X線分析装置を用いたり,測定時間を長くしたりすることが
有 効 で , ppm レ ベ ル の 分 析 が 可 能 と な っ て い ま す
1), 2)
。
ま た , FP 法 に よ る 理 論 計 算 値 は 合 計 量 が 100%と な る よ う に 計 算 さ れ る た め , 蛍 光 X
線で測定できない元素(炭素,水素,酸素等)を多く含む有機物等の試料の場合,測定
できない元素の値を仮定する必要があります。しかし,食品のように複数種の有機物や
ミネラルを複雑に含むような試料の場合,組成情報を正しく仮定することは難しく,理
論計算値に誤差を生じてしまう可能性があるため注意が必要です。
半定量値の真度及び精度の目安
それでは,半定量値の真度及び精度はどの程度なのでしょうか。どちらの分析方法も元
素の種類,濃度レベル,前処理などの測定条件によってある程度値が変化します。一例と
Copyright (c) 2015 Japan Food Research Laboratories. All Rights Reserved.
どの元素が,どのくらい含まれているかを知る
4/4
し て , NIES CRM No.27 を ICP 質 量 分 析 法 と 蛍 光 X 線 分 析 法 で 半 定 量 分 析 し た 結 果 を 表 - 1
に示します。認証値と一致することが求められる通常の定量分析とは異なりますが,半定
量値の真度及び精度の一端が見てとれます。
表-1
元素
NIES CRM No.27 の 半 定 量 分 析 結 果 例
単位
認証値
ICP質量分析法
蛍光X線分析法
カリウム
%
0.550±0.015
0.406±0.06
0.436±0.01
マンガン
mg/kg
8.9±0.2
8.2±0.59
9.2±0.79
亜鉛
mg/kg
20.9±0.9
19.5±1.52
12.5±3.6
ストロンチウム
mg/kg
4.9±0.2
5.4±0.32
6.2±0.46
スズ
mg/kg
1.6±0.1
1.7±0.07
-
-:検出せず。
アプリケーション例
① 試料に不純物として含まれている金属元素を調べる:原材料や製造工程で意図せず
不純物として含まれる金属元素を調べることができます。
② 異物の成分を特定する:異物や変色など異常の原因が金属元素である場合,その金
属元素を推定することができます。
③ 農作物の産地判別の指標となる元素を推定する:農作物の産地の判別技術として元
素の組成が利用されています。定量分析を行う事前検討として,どの元素が指標とし
て有効であるかを推定することができます
2)
。
④ 食品中の有用なミネラルを調べる:食品にどのようなミネラルが含まれているか,
対象とする元素を限定せずにその種類とおおまかな含有量を調べることができます
3)
。
おわりに
定性,半定量分析の技術は様々な目的でお役立ていただけます。ただし,分析手法によ
り得意,不得意の特徴がありますので,目的や条件から総合的に判断し,分析手法を選択
する必要があります。
弊 財 団 で は 今 回 紹 介 し た 分 析 手 法 の 他 に も , 微 小 な 試 料 に つ い て 有 効 な SEM-EDX( 走 査
型 電 子 顕 微 鏡 -エ ネ ル ギ ー 分 散 型 X 線 分 析 法 )に よ る 定 性・半 定 量 分 析 法 に も 対 応 し て お り
ます。お気軽にご相談ください。
参考文献
1) JFRL ニ ュ ー ス 「 蛍 光 X 線 分 析 」 No.72, Feb., 2008
2) JFRL ニ ュ ー ス 「 食 品 の 判 別 技 術 」 Vol.5, No.4, Dec., 2014
3) 新 ・ 食 品 分 析 法 〈 2 〉 日 本 食 品 科 学 工 学 会 /食 品 分 析 研 究 会 【 共 同 編 纂 】
Copyright (c) 2015 Japan Food Research Laboratories. All Rights Reserved.