岐阜大学産官学連携推進本部 知的財産部門主催 知的財産セミナー 事例に学ぶ知的財産 『スピードラーニング』キャッチフレーズ 著作権侵害、不正競争防止法事件 日時 平成27年11月13日(金) 16:00~17:00 場所 岐阜大学 研究推進・社会連携機構 1階ミーティングルーム 講師 岐阜大学客員教授 平成25年度日本弁理士会著作権法委員会 委員 平成26年度日本弁理士会不正競争防止法委員会 委員 特許業務法人 広江アソシエイツ特許事務所 会長 弁理士 廣江武典 東京地方裁判所民事第29部 平成26年(ワ)第21237号 著作権侵害差止等請求事件 平成27年3月20日判決言渡 原告 株式会社エスプリライン 被告 エス株式会社 原告の請求 1. 被告は、キャッチフレーズの複製、公衆送信、複製物の頒布をしてはならない。 2. 被告は、原告に対し、60万円を支払え。 事案の経過 本件は、原告が、被告による被告キャッチフレーズの複製、公衆送信、複製物の頒布は、原告 の著作権侵害又は不正競争を構成すると主張して、被告に対し、被告キャッチフレーズの複製、 公衆送信、複製物の頒布の差止めを求めるとともに、不法行為(著作権侵害行為、不正競争行為 又は一般不法行為)に基づく損害賠償金60万円の支払を求める事案である。 原告キャッチフレーズ 被告キャッチフレーズ 音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる 音楽を聞くように英語を流して聞くだけ 英語がどんどん好きになる 音楽を聞くように英語を流して聞くことで上達 英語がどんどん好きになる ある日突然、英語が口から飛び出した! ある日突然、英語が口から飛び出した! ある日突然、英語が口から飛び出した ある日突然、英語が口から飛び出す! 1 争点 (1) 著作権侵害の成否(争点1) (2) 不正競争の成否(争点2) (3) 一般不法行為の成否(争点3) (4) 差止請求の可否(争点4) (5) 損害の有無及びその額(争点5) 争点1 (著作権侵害の成否)についての原告の主張 原告は、平成16年9月から平成26年2月にかけて、日本経済新聞、朝日新聞等において、 英会話教材「スピードラーニング」の全面広告を掲載した。 原告キャッチフレーズは、原告商品の使用感、英語の学習法に関し、原告の思想又は感情を 創作的に表現したものであって、著作物である。 著作権法第2条1項 著作物の定義 著作物とは思想又は感情を創作的に表現したものであつ て、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。 被告キャッチフレーズは、原告キャッチフレーズと完全に同一の文章であるか、ほぼ同一の 文章である。 原告商品、被告商品とも英会話教材であり、また、広告媒体が日経新聞、朝日新聞、ウェブ サイトという点で共通し、原告の広告のほうが先に掲載されていることから、被告が原告キャッ チフレーズに接する機会は十分にあり、しかもアクセスは容易であって、被告キャッチフレーズ はいずれも、原告キャッチフレーズに依拠していると考えるのが自然である。 被告は、原告キャッチフレーズの内容及び形式を覚知させるに足るものを再製しており、被告 による被告キャッチフレーズの複製、公衆送信、複製物の頒布は、原告の著作権を侵害する。 争点1 (著作権侵害の成否)についての被告の主張 原告キャッチフレーズはいずれも、単に事実を報告したものにすぎず、作成者の精神活動は 全く表現されていない。 このように、原告キャッチフレーズは、単に事実を報告したものであって、思想感情を表現し たものではないから、この点において「著作物」たり得ない。 2 原告が創作性を主張するキャッチフレーズは、類似、同一の表現が一般に広く使用されてい るのであって、平凡かつありふれた表現であり、創作性に欠ける。 被告キャッチフレーズは、被告の広告担当者が独自に作成したものであり、原告キャッチフレ ーズに依拠していない。 争点1 (著作権侵害の成否)についての裁判所の判断 著作物といえるためには、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが必要である (著作権法2条1項柱書き)。「創作的に表現したもの」というためには、当該作品が、厳密な意 味で、独創性の発揮されたものであることまでは求められないが、作成者の何らかの個性が表 現されたものであることが必要である。文章表現による作品において、ごく短く、又は表現に制 約があって、他の表現が想定できない場合や、表現が平凡でありふれたものである場合には、 作成者の個性が現れていないものとして、創作的に表現したものということはできない。 原告キャッチフレーズ、いずれもありふれた言葉の組合せであり、平凡かつありふれた表現と いうほかなく、作成者の思想・感情を創作的に表現したものとは認められない。 原告キャッチフレーズには著作物性が認められないから、その余の点について判断するまで もなく、原告の著作権に基づく請求は認められない。 争点2 (不正競争の成否)についての原告の主張 原告キャッチフレーズは、長年、原告商品であるスピードラーニングの「営業を表示するもの」 として使用されており、英会話教材の需要者の間に広く認識されている。 被告キャッチフレーズは、これと同一若しくは類似のキャッチフレーズであって、その使 用により、原告の営業と混同を生じさせており、不正競争防止法2条1項1号の不正競争 である。 著作権法第2条1項 著作物の定義 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の 容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同 じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の 商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引 き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電 気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる 行為 3 争点2 (不正競争の成否)についての被告の主張 不正競争防止法2条1項1号の商品等表示、営業等表示は、商号や商標、商品の包装等、 商品や営業の識別能力を有する表示でなければならないところ、原告キャッチフレーズはいず れも単なる宣伝文句であって商品、営業の識別能力を有しないから「営業を表示するもの」で はない。そもそも、キャッチフレーズは商品や営業の説明であって商品や営業の表示ではない から、「営業を表示するもの」に該当すると考えるのは語義として無理である。 したがって、本件には不正競争防止法2条1項1号の適用はなく、原告の請求には理由がな い。 原告が創作性を主張するキャッチフレーズは、類似、同一の表現が一般に広く使用されてい るのであって、平凡かつありふれた表現であり、創作性に欠ける。 争点2 (不正競争の成否)についての裁判所の判断 原告と被告がいずれも英会話教材の通信販売等を業とする株式会社であり、原告キャッチフ レーズが、平成16年9月から平成26年2月にかけて原告広告で使用されており、原告商品の 売上が、平成24年4月期に約106億円、平成20年4月期に約21億円に上っていたことは被 告も認めているとしても、原告キャッチフレーズが平凡かつありふれた表現であることに加え、 原告キャッチフレーズは原告広告の見出しの中で、キャッチフレーズの一つとして使用されて いるにすぎないこと、原告広告において、原告商品を指すものとして「スピードラーニング」とい う商品名が記載されており、需要者はこれをもって原告商品を他の同種商品と識別できること などからすれば、原告キャッチフレーズが、単なるキャッチフレーズを超えて、原告の営業を表 示するものとして需要者の間に広く認識され、自他識別機能ないし出所表示機能を獲得するに 至っているとは認められない。 以上によれば、原告キャッチフレーズが「商品等表示」に当たるとは認められないから、その 余の点について判断するまでもなく、原告の不正競争防止法に基づく請求は認められない。 争点3 (一般不法行為の成否)についての原告の主張 原告キャッチフレーズは、原告が長年にわたり人件費、広告費など、「多大の労力、費用をか け」、スピードラーニングの営業を表すものとして、その地位を確立してきたものであるほか、何 度かの表現の変更、検討を経て、「相応の苦労・工夫により作成されたものであって、簡潔な表 現により」、スピードラーニングの魅力を伝えるために作成されたキャッチフレーズである(知財 高裁平成17年10月6日判決[ヨミウリオンライン事件]の基準による。)。 したがって、原告キャッチフレーズは、法的に保護されるべき利益を有する。 4 被告は、このキャッチフレーズを「特段の労力を要することもなくこれらをデッドコピーないし実 質的にデッドコピーして」いるのだから、「社会的に許容される限度を越えたもの」であって、不 法行為を構成する。 争点3 (一般不法行為の成否)についての被告の主張 原告キャッチフレーズは、単に先行する表現を組み合わせたものにすぎず、多大な労力、費 用をかけた活動が結実したものではなく、ヨミウリオンラインの見出し作成に類する程度の相応 の苦労・工夫はうかがわれない。 原告キャッチフレーズは、既に一般的に使用されているものであり、あえて対価を支払って使 用する価値のある表現ではない。 Yomiuri On Line 事件の概要 原告読売新聞東京本社は、その運営するホームページ「Yomiuri On Line」とその記事見出し を掲載していた。 ヤフー株式会社は、原告との使用許諾契約に基づき、「Yahoo!ニュース」に「Yomiuri On Line」 ニュース見出しと同一の見出しを表示していた。同見出しは、「Yomiuri On Line」記事のウェブ ページにリンクするリンクボタンとなっていた。 被告 デジタルアライランス社は、「Yahoo!ニュース」のサイトに掲載されている「Yomiuri On Line」のニュースの見出しをそのまま使用し、登録ユーザに配信していた。 原告は、主体的に、被告が見出しをそのまま使用し、配信する行為等が、原告の「Yomiuri On Line」見出しに対する著作権を侵害すると主張し、予備的に「Yomiuri On Line」見出しに著作物 性が認められないとしても、被告の行為は不法行為を構成すると主張し、見出しの複製等の差 止および損害賠償を求めて被告を訴えた。 5 Yomiuri On Line 事件東京地裁判決の概要 東京地裁平成14年(ワ)第28035号 平成16年3月24日判決 東京地裁判決は、ニュースの見出しは著作物であるといえないとして原告の主位的主張を認 めず、さらに被告の行為は不法行為を構成しないとして原告の主張を退けた。 著作権法による保護の対象となる著作物は、『思想又は感情を創作的に表現したもの』であ ることが必要である(法2条1項1号)。『思想又は感情を表現した』とは、事実をそのまま記述し たようなものはこれに当たらないが、事実を基礎とした場合であっても、筆者の事実に対する評 価、意見等を、創作的に表現しているものであれば足りる。そして、『創作的に表現したもの』と いうためには、筆者の何らかの個性が発揮されていれば足りるのであって、厳密な意味で、独 創性が発揮されたものであることまでは必要ない。他方、言語から構成される作品において、 ごく短いものであったり、表現形式に制約があるため、他の表現が想定できない場合や、表現 が平凡かつありふれたものである場合には、筆者の個性が現れていないものとして、創作的な 表現であると解することはできない。 「Yomiuri On Line」見出しは、記事中の言葉をそのまま用いたり、これを短縮した表現やごく短 い修飾語を付加したものにすぎず、記事に記載された事実を抜きだして記述したものであり、 著作権法10条2項所定の『事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道』(著作権法10条2 項)に該当するものと認められる。 以上を総合すると、原告の挙げる具体的な見出しはいずれも創作的表現とは認められないこ と、また、本件全証拠によるも見出しが記事で記載された事実と離れて格別の工夫が凝らされ た表現が用いられていると認められることはできないから、「Yomiuri On Line」見出しは著作物 であるとはいえない。 さらに、「Yomiuri On Line」見出しは、原告自身がインターネット上で無償で公開した情報であ り、前記の通り、著作権法等によって、原告に排他的な権利が認められない以上、第三者がこ れらを利用することは本来自由であるといえる。不正に自らの利益を図る目的により利用した 場合あるいは原告に損害を加える目的により利用した場合など特段の事情のない限り、インタ ーネット上に公開された情報を利用することが違法となることはない。そして、本件全証拠によ るも、被告の行為が、このような不正な利益を図ったり、損害を加えたりする目的で行われた行 為と評価される特段の事情が存在すると認めることはできない。したがって、被告の行為は、 不正行為を構成しない。 6 Yomiuri On Line 事件知財高裁判決の概要 知財高裁平成17年(ネ)第10049号 平成17年10月6日判決 本件見出しは、控訴人の多大の労力、費用をかけた報道機関としての一連の活動が結実し たものといえること、著作権法による保護の下にあるとまでは認められないものの、相応の苦 労・工夫により作成されたものであって、簡潔な表現により、それ事態から報道される事件等の ニュースの概要について一応の理解ができるようになっていること、見出しのみでも有料での 取引対象とされるなど独立した価値を有するものとして扱われている実情があることなどに照 らせば、本件見出しは、法的保護に値する利益となり得るものというべきである。 不法行為(民法709条)が成立するためには、必ずしも著作権法など法律に定められた厳密 な意味での権利が侵害された場合に限らず、法的保護に値する利益が違法に侵害がされた場 合であれば不法行為が成立するものと解すべきである。 民法709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される 利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責 任を負う。 被控訴人は、控訴人に無断で、営利の目的をもって、かつ、反復継続して、しかも、「Yomiuri On Line」見出しが作成されて間もないいわば情報の鮮度が高い時期に、「Yomiuri On Line」見 出しに依拠して、特段の労力を要することもなくこれらをデッドコピーして見出しを作成し、これ らを自らのホームページ上のみならず、2万サイト程度にも及ぶ登録ユーザのホームページ上 に表示させるなど、実質的に見出しを配信しているものであって、このようなサービスが控訴人 の見出しに関する業務と競合する面があることも否定できないものである。 そうすると、被控訴人の一連の行為は、社会的に許容される限度を越えたものであって、控 訴人の法的保護に値する利益を違法に侵害したものとして不法行為を構成するものというべき である。 控訴人と被控訴人が契約したならば合意したであろう適正な使用料(1ヶ月につき1万円)が 控訴人の逸失利益として認定するのが相当である。 7 争点3 (一般不法行為の成否)についての裁判所の判断 ある行為が著作権侵害や不正競争に該当しないものである場合、当該作品を独占的に利用 する権利は、原則として法的保護の対象とはならないものと解される。したがって、著作権法や 不正競争防止法が規律の対象とする著作物や周知商品等表示の利用による利益とは異なる 法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するもので はないと解するのが相当である。 この点、原告は、原告キャッチフレーズは多大の労力、費用をかけ、相応の苦労・工夫により 作成されたものであって、法的に保護されるべき利益を有すると主張する。 しかし、原告の主張によっても、被告による被告キャッチフレーズの使用に、著作権法や不正 競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護される利益を侵害するなどの特段 の事情があると認めることはできない。 したがって、原告の一般不法行為に基づく請求は認められない。 以上によれば、本件請求はいずれも理由がない。 講師のコメント 「音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる」 「ある日突然、英語が口から飛び出した」 と聞けば、多くの人があのプロゴルファー石川遼君がコマーシャルに登場する英会話教材「ス ピードラーニング」のキャッチフレーズだなとわかる。しかし裁判所はあくまでキャッチフレーズと して広く知られていると言うのにとどまり、キャッチフレーズの枠を超えて「出所表示」として広く 知られている訳ではないと判断したものと思われる。 以上 8
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