Part 1

海洋大気圏環境学
第 4 章 基礎方程式(その2)— Part 1
担当: 荒井正純
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概要
■ 第 2・3 章の内容
• 密度が一様であることを本質とする海洋(順圧的な海洋)の現象とその力学
• 基礎方程式は浅水方程式
■ 本章以降(第 4∼6 章)の内容
• 密度成層していることを本質とする海洋(傾圧的な海洋)の現象とその力学
• 基礎方程式は 2 層プリミティブ方程式
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内容
第 4 章 基礎方程式(その 2)— Part 1
基本概念
海水の密度
海面における熱収支
熱フラックスの季節変化
水温(密度)成層の季節変化
沿岸における水温・塩分・密度の鉛直構造の例
潮汐混合と潮汐フロント
成層の影響
概要
潮汐フロントの例
潮汐フロントの特徴
潮汐フロントの生物生産的役割
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海水の密度
■ 状態方程式
密度 ρ · · · 水温 T と塩分 S の関数とした,ある経験式で表現
ρ = ρ0 [1 − α(T − T0 ) + β(S − S0 )]
水温 T0 と塩分 S0 の時の密度を ρ0 とした時,この回りでテーラー展開し,1次の項までを採用
· α > 0 · · · 熱膨張係数
水温が高くなると,密度は小さくなる
· β · · · 塩分変化に対する密度の変化率
塩分が高いほど,密度は大きくなる
· 圧力も密度に影響を与えるが,沿岸海洋では水深が小さいので,その影響は無視
■ 密度の現わし方
• 単位:kg/m3
• 海水の密度 = 淡水の密度 1000 kg/m3 +∆
変化 ∆ は下2桁の範囲
→ 海洋学ではしばしば,ρ − 1000 で密度を表す
• 下 2 桁で表した密度を σt (シグマ・ティーと発音)という.本授業でも,この形の密度を使う.
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海水の密度(続き),深度
■ 塩分の単位
Practical Salinity Scale
· KCl の水溶液,1 kg の水に KCl を 32.4356 g 溶かしたもの(15◦ C, 1 気圧下)を基準水溶液とする.
· この基準水溶液の塩分を 35 と定義
· 対象となる海水の電気伝導度を計測し,基準水溶液の電気伝導度との比から,対象となる海水の塩
分を求める
· その定義から塩分は無次元数
· しばしば,psu (practical salinity units) なる単位を付けて表される
· 伝統的には,海水 1 kg 中に含まれる固形物質を g 単位で表したもので定義していた
· 実際の海洋の塩分は,32 ∼ 37 の範囲
· 値が小さいほど,淡水に近い
■ 深度の単位
· 通常は,m 単位で表す
· 圧力を用いて,dbar(デシバール)単位で表すこともある
· 1 m の高さの水柱が作る静水圧: 約 104 N/m2 (Pa) = 0.1 bar = 1 dbar
· dbar 単位で表した水圧は,そのまま m 単位の深度に換算してよい
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海面における熱収支
■ 熱フラックスの定義
単位面積の海面を通して,単位時間当たりに,海洋へ入射する熱量
単位: W/m2
符号:加熱 · · · 正,冷却 · · · 負
■ 海面を通して,海洋へ入ってくる熱フラックスの収支
Q = QI − (QB + QS + QL )
■ 熱フラックスの構成要素
◦ 日射(短波放射) QI :太陽から海洋へ入射する熱
◦ 長波放射 QB :海面からの赤外線の放射により奪われる熱
· 海面水温で決まる
◦ 顕熱フラックス QS :海面から大気への熱伝導により奪われる熱
· 海面水温と気温との温度差,風速で決まる
◦ 潜熱フラックス QL :海水の蒸発により奪われる熱
· 海面水温での飽和湿度と大気の湿度との差,風速で決まる
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熱フラックスの季節変化
■ 熱フラックスの季節変化
◦ 日射による加熱と,潜熱による冷却が大きな値を
占め,次に,長波放射による冷却が続く.
◦ 日射:5, 7 月に最大,1, 12 月に最小
◦ 潜熱フラックス:絶対値は,1 月に最大,6 月に最小
◦ 合計の収支:4 ∼ 9 月は加熱,10 ∼ 12, 1 ∼ 3 月
は冷却
熱フラックスの月変化.沖縄の西側 (128◦ 15′ E,
27◦ 30′ N) に お け る 例 .デ ー タ は ,2009 年 の
NCEP/DOE AMIP-II Reanalysis を月平均したもの.
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水温(密度)成層の季節変化
■ 夏季(7 月)の水温(密度)構造
◦ 表層(25 m より浅い表層) · · · 混合層
風の作用による乱流混合
→ 水温(密度)が,26.0◦ C で,一様化
◦ 亜表層(深度 25 ∼ 75 m)· · · 水温躍層(密度躍層)
→ 水温(密度)が,26.0◦ C から 22.8◦ C まで,急激に変化
◦ 深度 75 m より下 · · · 緩やかに水温が減少(密度が増加)
水温の鉛直分布の季節変化
中緯度 (128◦ 15′ E, 27◦ 30′ N の沖縄の西側)
の海洋の例.
2009 年の 1 月(冬季)と 7 月(夏季)の
比較.
データは,気象庁「海洋気象観測船による
海洋・海上気象観測資料」による.
■ 冬季(1 月)の水温(密度)構造
風による乱流混合に加えて,
潜熱等による海面での強い冷却
深いところまで鉛直対流が起こり,流体がよく混合
→ 水温が,深度 170 m まで,21◦ C と一様化
混合層の厚さが夏季と比べてかなり厚い
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沿岸における水温・塩分・密度の鉛直構造の例
若狭湾で計測した水温・塩分・密度の深さ分
布.破線(実線)は 2004 年 6 月 17(22) 日
に計測したもの.
(出典:熊木ら, 2005)
冬季以外の季節の,沿岸海洋の典型的な水温
(密度)の鉛直構造を示す.
以下では,破線に着目.
■ 沿岸海洋の成層構造
◦ 表層 · · · 混合層
風の作用により乱流混合
→ 密度(水温)は一様化
◦ 亜表層 · · · 密度(水温)躍層
密度(水温)は深くなるに従い,
急激に増加(減少)
→ 安定な成層
◦ 底層 · · · 密度(水温)の増加(減少)は
緩やか
→ 安定な成層
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成層の影響
成層,特に,躍層の存在により,流体の鉛直運動が妨げられる
植物プランクトンは光合成のため,太陽光が強い海面付近(有光層)に集まる
植物プランクトンの栄養源となる栄養塩は,有光層では消費されてしまうため,表層で低濃度,底層
で高濃度となる.
成層により,栄養塩の底層から表層への供給が妨げられる → 植物プランクトンの生育が妨げられる
栄養塩に富む底層の海水を海面へ輸送しうる機構が存在すれば,栄養塩が表層へ供給され,植物プラ
ンクトンの増殖,ひいては,動物プランクトンの増殖に適した環境が形成される.その結果,生物生
産性の高い海域が形成される.
従って,海洋学では,底層の海水を海面へ輸送しうる機構として,流体の鉛直運動が関与する現象に
興味がもたれる.
鉛直運動を伴う現象の例
· 潮汐混合
· 内部波
· 沿岸湧昇
このような現象を記述するには,密度成層を考慮した流体の方程式が必要
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潮汐混合と潮汐フロント(概要)
■ 潮汐混合
潮流が非常に速い海域では,鉛直混合が強く起こるため,成層が破壊されて,水温(密度)は一様
となる.
■ 潮汐フロント
• 幅の狭い海峡部では速い潮流のため,潮汐混合が起こるが,海峡部から離れたところでは潮流が
弱くなるため,成層が維持される.
• 水温が一様な海域と成層している海域の境界には,潮汐フロントと呼ばれるフロントが形成さ
れる.
• フロントでは,異なる性質を持つ海水が接しているため,海面付近で,水温の水平勾配が非常に
大きくなる.
■ 潮汐フロントの役割
底層からの栄養塩の供給のため,植物プランクトンが多数,有光層である表層に存在
→ 生物生産性の高い海域
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潮汐フロントの例
豊後水道と伊予灘の境目にある,狭い海峡(幅 13.5 km)である,速吸瀬戸(はやすいのせと)付近
潮流は,大潮時で,2.5 ∼ 3 m/s の速さ.
夏季に潮汐フロントが形成.
図は,Takeoka et al. (1993). 測点 L1-1, L1-2, · · · , L1-10, H は,以下に示すデータの観測点.
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潮汐フロントの特徴
1991 年 7 月 3 日の観測例 (Takeoka et al., 1993).
伊予灘の四国沿岸に沿った測線 L1 上で,水温,クロロフィル a 濃度の鉛直分布を計測.
※ クロロフィル a 濃度
(mg/m3 単位)→ 植
物プランクトンの濃
度の指標.
クロロフィル a は生
きている植物プラン
クトンに含まれ,光
合成に関与する緑色
色素の一種.
△ 水温の鉛直断面.
△ クロロフィル a 濃度の鉛直断面.
• 速吸瀬戸付近の測点 L1-9, L1-10, H では,水温,クロロフィル a 濃度とも,よく鉛直混合.
• 測点 L1-3 ∼ L1-6 の範囲では,成層が発達.水温 18 ∼ 21◦ の等温線は深度 10 m に密集,水温躍層を
形成.
• 水温躍層は,測点 H へ向かうに従い緩やかに上昇し,測点 L1-7 付近で,その中の 19.5 ∼ 21◦ の等温線
が海面に露出 → 測点 L1-7 付近は,水温の水平勾配が非常に大きく,潮汐フロントを形成
• 測点 L1-7 付近では,表層でクロロフィル a 濃度が非常に高い.
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潮汐フロントの生物生産的役割
速吸瀬戸 · · · 高い生物生産性
「関アジ」,
「関サバ」のブランド魚の生育地
速い潮流により身が締まる
餌となるプランクトンが豊富である
左は,2006 年 9 月 28 日付 中国新聞掲載の記事
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