海洋大気圏環境学 第 4 章 基礎方程式(その2)— Part 1 担当: 荒井正純 density – p. 1/14 概要 ■ 第 2・3 章の内容 • 密度が一様であることを本質とする海洋(順圧的な海洋)の現象とその力学 • 基礎方程式は浅水方程式 ■ 本章以降(第 4∼6 章)の内容 • 密度成層していることを本質とする海洋(傾圧的な海洋)の現象とその力学 • 基礎方程式は 2 層プリミティブ方程式 density – p. 2/14 内容 第 4 章 基礎方程式(その 2)— Part 1 基本概念 海水の密度 海面における熱収支 熱フラックスの季節変化 水温(密度)成層の季節変化 沿岸における水温・塩分・密度の鉛直構造の例 潮汐混合と潮汐フロント 成層の影響 概要 潮汐フロントの例 潮汐フロントの特徴 潮汐フロントの生物生産的役割 density – p. 3/14 海水の密度 ■ 状態方程式 密度 ρ · · · 水温 T と塩分 S の関数とした,ある経験式で表現 ρ = ρ0 [1 − α(T − T0 ) + β(S − S0 )] 水温 T0 と塩分 S0 の時の密度を ρ0 とした時,この回りでテーラー展開し,1次の項までを採用 · α > 0 · · · 熱膨張係数 水温が高くなると,密度は小さくなる · β · · · 塩分変化に対する密度の変化率 塩分が高いほど,密度は大きくなる · 圧力も密度に影響を与えるが,沿岸海洋では水深が小さいので,その影響は無視 ■ 密度の現わし方 • 単位:kg/m3 • 海水の密度 = 淡水の密度 1000 kg/m3 +∆ 変化 ∆ は下2桁の範囲 → 海洋学ではしばしば,ρ − 1000 で密度を表す • 下 2 桁で表した密度を σt (シグマ・ティーと発音)という.本授業でも,この形の密度を使う. density – p. 4/14 海水の密度(続き),深度 ■ 塩分の単位 Practical Salinity Scale · KCl の水溶液,1 kg の水に KCl を 32.4356 g 溶かしたもの(15◦ C, 1 気圧下)を基準水溶液とする. · この基準水溶液の塩分を 35 と定義 · 対象となる海水の電気伝導度を計測し,基準水溶液の電気伝導度との比から,対象となる海水の塩 分を求める · その定義から塩分は無次元数 · しばしば,psu (practical salinity units) なる単位を付けて表される · 伝統的には,海水 1 kg 中に含まれる固形物質を g 単位で表したもので定義していた · 実際の海洋の塩分は,32 ∼ 37 の範囲 · 値が小さいほど,淡水に近い ■ 深度の単位 · 通常は,m 単位で表す · 圧力を用いて,dbar(デシバール)単位で表すこともある · 1 m の高さの水柱が作る静水圧: 約 104 N/m2 (Pa) = 0.1 bar = 1 dbar · dbar 単位で表した水圧は,そのまま m 単位の深度に換算してよい density – p. 5/14 海面における熱収支 ■ 熱フラックスの定義 単位面積の海面を通して,単位時間当たりに,海洋へ入射する熱量 単位: W/m2 符号:加熱 · · · 正,冷却 · · · 負 ■ 海面を通して,海洋へ入ってくる熱フラックスの収支 Q = QI − (QB + QS + QL ) ■ 熱フラックスの構成要素 ◦ 日射(短波放射) QI :太陽から海洋へ入射する熱 ◦ 長波放射 QB :海面からの赤外線の放射により奪われる熱 · 海面水温で決まる ◦ 顕熱フラックス QS :海面から大気への熱伝導により奪われる熱 · 海面水温と気温との温度差,風速で決まる ◦ 潜熱フラックス QL :海水の蒸発により奪われる熱 · 海面水温での飽和湿度と大気の湿度との差,風速で決まる density – p. 6/14 熱フラックスの季節変化 ■ 熱フラックスの季節変化 ◦ 日射による加熱と,潜熱による冷却が大きな値を 占め,次に,長波放射による冷却が続く. ◦ 日射:5, 7 月に最大,1, 12 月に最小 ◦ 潜熱フラックス:絶対値は,1 月に最大,6 月に最小 ◦ 合計の収支:4 ∼ 9 月は加熱,10 ∼ 12, 1 ∼ 3 月 は冷却 熱フラックスの月変化.沖縄の西側 (128◦ 15′ E, 27◦ 30′ N) に お け る 例 .デ ー タ は ,2009 年 の NCEP/DOE AMIP-II Reanalysis を月平均したもの. density – p. 7/14 水温(密度)成層の季節変化 ■ 夏季(7 月)の水温(密度)構造 ◦ 表層(25 m より浅い表層) · · · 混合層 風の作用による乱流混合 → 水温(密度)が,26.0◦ C で,一様化 ◦ 亜表層(深度 25 ∼ 75 m)· · · 水温躍層(密度躍層) → 水温(密度)が,26.0◦ C から 22.8◦ C まで,急激に変化 ◦ 深度 75 m より下 · · · 緩やかに水温が減少(密度が増加) 水温の鉛直分布の季節変化 中緯度 (128◦ 15′ E, 27◦ 30′ N の沖縄の西側) の海洋の例. 2009 年の 1 月(冬季)と 7 月(夏季)の 比較. データは,気象庁「海洋気象観測船による 海洋・海上気象観測資料」による. ■ 冬季(1 月)の水温(密度)構造 風による乱流混合に加えて, 潜熱等による海面での強い冷却 深いところまで鉛直対流が起こり,流体がよく混合 → 水温が,深度 170 m まで,21◦ C と一様化 混合層の厚さが夏季と比べてかなり厚い density – p. 8/14 沿岸における水温・塩分・密度の鉛直構造の例 若狭湾で計測した水温・塩分・密度の深さ分 布.破線(実線)は 2004 年 6 月 17(22) 日 に計測したもの. (出典:熊木ら, 2005) 冬季以外の季節の,沿岸海洋の典型的な水温 (密度)の鉛直構造を示す. 以下では,破線に着目. ■ 沿岸海洋の成層構造 ◦ 表層 · · · 混合層 風の作用により乱流混合 → 密度(水温)は一様化 ◦ 亜表層 · · · 密度(水温)躍層 密度(水温)は深くなるに従い, 急激に増加(減少) → 安定な成層 ◦ 底層 · · · 密度(水温)の増加(減少)は 緩やか → 安定な成層 density – p. 9/14 成層の影響 成層,特に,躍層の存在により,流体の鉛直運動が妨げられる 植物プランクトンは光合成のため,太陽光が強い海面付近(有光層)に集まる 植物プランクトンの栄養源となる栄養塩は,有光層では消費されてしまうため,表層で低濃度,底層 で高濃度となる. 成層により,栄養塩の底層から表層への供給が妨げられる → 植物プランクトンの生育が妨げられる 栄養塩に富む底層の海水を海面へ輸送しうる機構が存在すれば,栄養塩が表層へ供給され,植物プラ ンクトンの増殖,ひいては,動物プランクトンの増殖に適した環境が形成される.その結果,生物生 産性の高い海域が形成される. 従って,海洋学では,底層の海水を海面へ輸送しうる機構として,流体の鉛直運動が関与する現象に 興味がもたれる. 鉛直運動を伴う現象の例 · 潮汐混合 · 内部波 · 沿岸湧昇 このような現象を記述するには,密度成層を考慮した流体の方程式が必要 density – p. 10/14 潮汐混合と潮汐フロント(概要) ■ 潮汐混合 潮流が非常に速い海域では,鉛直混合が強く起こるため,成層が破壊されて,水温(密度)は一様 となる. ■ 潮汐フロント • 幅の狭い海峡部では速い潮流のため,潮汐混合が起こるが,海峡部から離れたところでは潮流が 弱くなるため,成層が維持される. • 水温が一様な海域と成層している海域の境界には,潮汐フロントと呼ばれるフロントが形成さ れる. • フロントでは,異なる性質を持つ海水が接しているため,海面付近で,水温の水平勾配が非常に 大きくなる. ■ 潮汐フロントの役割 底層からの栄養塩の供給のため,植物プランクトンが多数,有光層である表層に存在 → 生物生産性の高い海域 density – p. 11/14 潮汐フロントの例 豊後水道と伊予灘の境目にある,狭い海峡(幅 13.5 km)である,速吸瀬戸(はやすいのせと)付近 潮流は,大潮時で,2.5 ∼ 3 m/s の速さ. 夏季に潮汐フロントが形成. 図は,Takeoka et al. (1993). 測点 L1-1, L1-2, · · · , L1-10, H は,以下に示すデータの観測点. density – p. 12/14 潮汐フロントの特徴 1991 年 7 月 3 日の観測例 (Takeoka et al., 1993). 伊予灘の四国沿岸に沿った測線 L1 上で,水温,クロロフィル a 濃度の鉛直分布を計測. ※ クロロフィル a 濃度 (mg/m3 単位)→ 植 物プランクトンの濃 度の指標. クロロフィル a は生 きている植物プラン クトンに含まれ,光 合成に関与する緑色 色素の一種. △ 水温の鉛直断面. △ クロロフィル a 濃度の鉛直断面. • 速吸瀬戸付近の測点 L1-9, L1-10, H では,水温,クロロフィル a 濃度とも,よく鉛直混合. • 測点 L1-3 ∼ L1-6 の範囲では,成層が発達.水温 18 ∼ 21◦ の等温線は深度 10 m に密集,水温躍層を 形成. • 水温躍層は,測点 H へ向かうに従い緩やかに上昇し,測点 L1-7 付近で,その中の 19.5 ∼ 21◦ の等温線 が海面に露出 → 測点 L1-7 付近は,水温の水平勾配が非常に大きく,潮汐フロントを形成 • 測点 L1-7 付近では,表層でクロロフィル a 濃度が非常に高い. density – p. 13/14 潮汐フロントの生物生産的役割 速吸瀬戸 · · · 高い生物生産性 「関アジ」, 「関サバ」のブランド魚の生育地 速い潮流により身が締まる 餌となるプランクトンが豊富である 左は,2006 年 9 月 28 日付 中国新聞掲載の記事 density – p. 14/14
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