老年期の世代継承性 Generativity in Old Age

老年期の世代継承性
−生み育て,伝え遺すことの意味へのナラティヴ・アプローチ−
Generativity in Old Age
−Narrative Approach for Meaning of Raising and Transmitting−
2015 年
小澤義雄
-1-
目次
序章 現代社会における老年期の英知と世代継承性
1
第 1 節 老年期の適応としての離脱と活動 1
第 2 節 老年期の適応としての成熟 4
第 3 節 現代社会における老年期の世代継承性を検討することの意義 9
第 1 章 老年期の世代継承性と適応
15
第 1 節 Erikson と 世 代 継 承 性 16
第 2 節 中 年 期 の 世 代 継 承 性 と 適 応 の 関 連 を 捉 え る 実 証 研 究 20
第 3 節 老 年 期 の 世 代 継 承 性 の 実 証 研 究 と そ の 問 題 26
第 4 節 人 生 後 半 の 漸 成 的 発 達 図 式 と 世 代 継 承 性 の 再 考 29
第 5 節 世代継承性の性質を捉える為のナラティヴ・アプローチの枠組みの検討 35
第 6 節 本 論 文 の 目 的 39
第 2 章 調 査 1:老 年 前 期 に お け る 生 育
第 1 節 問 題 と 目 的 43
第 2 節 方 法 44
1. 参 加 者
2. 収 集 さ れ た 語 り
3. 面 接
4. 分 析
第 3 節 結 果 51
1. 生 育 因 果 型
2. 生 育 併 存 型
3. 苦 労 非 受 容 併 存 型
4. 平 坦 距 離 因 果 型
-2-
42
第 4 節 考 察 58
1. 老 年 期 に お け る 救 済 の 言 語 に つ い て
2. 過 去 と 現 在 を 結 ぶ こ と
3. 生 育 の 語 り に よ る 次 世 代 か ら の 世 話 の 受 容 の 促 進 に つ い て
4. 生 育 の 語 り と 双 方 向 性 の 上 の 英 知
5. 本 研 究 の 限 界 と 課 題
第 3 章 調 査 2:老 年 前 期 に お け る 世 代 間 継 承
64
第 1 節 問 題 と 目 的 65
第 2 節 方 法 67
1. 参 加 者 と 語 り デ ー タ
2. 分 析
第 3 節 結 果 71
1. 世 代 間 継 承 成 立 型
2. 世 代 間 継 承 半 成 立 型
3. 世 代 間 緩 衝 半 成 立 型
第 4 節 考 察 76
1. 世 代 間 継 承 の 自 己 物 語 の 秩 序 化 の 構 造
2. 世 代 間 緩 衝 の 自 己 物 語 の 秩 序 化 の 構 造
3. 本 研 究 の 限 界 と 課 題
第 5 節 老 年 前 期 の 世 代 継 承 性 の 適 応 機 能 80
第 6 節 老 年 前 期 の 世 代 継 承 性 の 性 質 と 双 方 向 性 の 上 の 英 知 87
第 4 章 調査 3:老年後期への移行過程における世代継承性
第 1 節 問 題 と 目 的 91
第 2 節 方 法 93
1. 参 加 者
2. 参 加 者 A の 事 例 の 概 要
-3-
90
3. 面 接
4. 分 析
第 3 節 結 果 97
1. 前 世 代 と の 関 係 性 に 対 す る 意 味 づ け
2. 次 世 代 と の 関 係 性 に 対 す る 意 味 づ け
第 4 節 考 察 103
1. 次 世 代 と の 関 係 性 に 対 す る 意 味 づ け の 多 様 化
2. 孫 へ の 世 代 間 継 承 の 未 達 成 に 対 す る 諦 め
3. 次 世 代 か ら の 肯 定 的 な 影 響
4. 老 い と い う 言 葉 に よ る 逸 脱 の 正 当 化
5. 老 年 期 の 世 代 継 承 性 と 知 覚 を 研 ぎ 澄 ま す 英 知
6. 本 研 究 の 限 界 と 課 題
第 5 章 総合考察
110
第 1 節 老 年 期 の 自 己 物 語 に 埋 め 込 ま れ た 世 代 サ イ ク ル 111
第 2 節 現 代 社 会 に お け る 老 年 期 の 英 知 と 適 応 113
第 3 節 文 化 , 時 代 の 中 の 世 代 継 承 性 115
第 4 節 新 た な 研 究 に 向 け て 116
文献
120
付 録 1 : 生 み 育 て た こ と の 語 り に お け る 因果の分析の手 続き 131
付 録 2 : 家族のエピ ソ ードに対する コーディ ングの手続き 132
付 録 3 : 家族のエピ ソ ードに付与さ れたコー ド 133
付 録 4 : 世 代 間 関 係 の 関 係 性 カ テ ゴ リ ー の 定 義 150
-4-
序章
現代社会における老年期の英知と世代継承性
-1-
本論文は,心理学の歴史を俯瞰的に捉えた場合,老年期における心理社会的
な適応を明らかにしようとする発達心理学研究の潮流の中に位置づくものであ
る。あるいは,老年期の適応研究は,心理学のみならず,社会学をはじめとす
る社会諸科学においても精力的に取り組まれてきた歴史があり,これらの学問
を 包 含 す る 老 年 学( gerontology)と い う 横 断 的 な 科 学 の 潮 流 の 中 に ,本 論 文 は
位置づくとも言えるだろう。本論文を通じて試みられるのは,精神分析学者で
あ る Erik H. Erikson が , 老 年 期 の 適 応 に お け る 一 つ の 重 要 な 基 盤 と し て 示 し
た「 世 代 継 承 性
1」
( generativity:Erikson,
1963/1977)と い う 概 念 が 有 す る 意
義を,現代社会を生きる高齢者の日常と照らし合わせて検討することである。
世 代 継 承 性 と い う 概 念 に 込 め ら れ た 含 意 を 最 大 限 簡 潔 に 述 べ る な ら ば ,そ れ は ,
「 次 世 代 を 生 み 育 て 」,「 次 世 代 に 伝 え 遺 す 」 こ と で あ る 。 本 論 文 の 問 い は , こ
の生み育て,伝え遺すという役割を,どこまで,あるいは,どの様に現代社会
を生きる高齢者に対して適用することができるのか,それを検討することにあ
る。
Erikson の 理 論 枠 組 み に つ い て は 次 章 で 詳 細 に 論 じ る こ と と し , 先 ず 本 章 で
は , Erikson の 世 代 継 承 性 の 概 念 が , 老 年 期 の 適 応 研 究 の 潮 流 の 中 に ど の 様 に
位置づいているのかを概観する。さらにまた,多様性を持つ老年期の適応理論
の 中 で , Erikson の 世 代 継 承 性 を , 今 , こ の 時 代 に お い て 問 う こ と の 必 要 性 に
ついて論じることとする。
第 1 節 老年期の適応としての離脱と活動
Generativity と は ,Erikson( 1963/1977)が 生 み 出 し た 造 語 で あ る 。丸 島( 2009)
に よ れ ば , Generativity は ,「 generate」,「 generation」,「 generative」 と い っ た
単 語 を そ の 語 源 と し て い る と さ れ る 。日 本 で は ,Generativity に 対 し て ,
「 世 代 性 」,
「 生 殖 性 」,
「 世 代 継 承 性 」,
「 生 成 継 承 性 」と い っ た 多 く の 訳 語 が 与 え ら れ て き て い
る 。し か し ,未 だ 訳 語 の 統 一 を 見 て い な い 。Erikson は ,自 身 の 自 我 発 達 理 論 の 中
で ,世 代 と 世 代 と が 絡 ま り 合 う 中 で ,世 話 を 与 え る 主 体 の 自 己 ,世 話 を 与 え ら れ る
次 世 代 の 自 己 が ,同 時 的 に 育 ま れ ,世 代 か ら 世 代 へ の 継 承 の 連 鎖 と し て 社 会 が 維 持
さ れ て い く , と い う 視 点 を 重 要 視 し た ( 西 平 , 1993)。 著 者 は , こ の Erikson の 視
点 を 踏 ま え , Generativity の 日 本 語 訳 に は 「 世 代 」 と 「 継 承 」 と い う 二 つ の 表 現
を 含 み 込 む こ と が 不 可 欠 で あ る と 考 え る 。こ の こ と か ら ,本 論 文 で は ,世 代 と 継 承
と い う 二 つ の 表 現 の 両 者 を 含 み 込 む 「 世 代 継 承 性 」 を , Generativity の 訳 語 と し
て使用することとした。
1
-2-
老 年 学 に お い て , 適 応 ( adaptation) と い う 用 語 は , 老 年 期 と い う 発 達 の 段
階が有する性質に適した,肯定的な心理的,身体的,社会的な状態が達成され
る こ と を 意 味 す る 基 本 概 念 と し て 用 い ら れ て き た ( George & Siegler, 1982)。
この適応という概念は,今日においてまで,老年学の中で,肯定的な老年期の
在 り 方 を 示 す 一 般 的 な 概 念 で あ る 「 サ ク セ ス フ ル ・ エ イ ジ ン グ 」( successful
aging) と 同 義 に 用 い ら れ て き て い る ( 小 田 , 2004)。 一 方 , 適 応 と い う 概 念 に
対して,それ以上の詳細かつ包括的な定義は存在せず,研究者によって多様な
解 釈 , 枠 組 み を 付 与 さ れ て 用 い ら れ て き た ( George, 1995)。 そ れ 故 , 老 年 期
の 適 応 研 究 に は , Eriskon の 世 代 継 承 性 の 概 念 の 検 討 を 含 め , 多 岐 に 渡 る 潮 流
が存在するに至っている
2。
1950 年 代 後 半 か ら 1960 年 代 に か け て ,老 年 期 の 適 応 研 究 に お い て ,離 脱 理
論 ( disengagement theory) と 活 動 理 論 ( activity theory) と い う 二 つ の 対 照
的な概念に基づく理論を巡って熱心な論争が展開された。離脱,活動という概
念は,共に老年期における適応状態として想定されたものである。離脱理論の
基 本 的 な 主 張 と し て , Cumming&Henry( 1961)は ,老 年 期 を , 個 人 と 社 会 と
の関係性の大部分が不可避に変容を遂げるか,消滅する発達の時期である,と
い う 見 解 を 提 示 し た 。 さ ら に Cumming&Henry は , 当 時 の 老 年 学 に お け る 一
般的な人間の発達観として,中年期の状態を維持することを望ましいとする発
達のモデルが想定され,そこからの逸脱は,否定的な発達と捉えられてきたと
指摘した。また,このことにより,老年期が中年期と質的に異なる発達の段階
であるという考え方を抑制してきたと述べる。離脱理論では,社会は高齢者に
対して,役割から離れることを期待し,一方で,高齢者もまた社会から期待さ
れる役割を手放すことによって両者は満たされると捉える。
一 方 ,活 動 理 論 の 基 本 的 な 主 張 と し て ,Havigaurst( 1961,1972/1997)は ,
人間の生涯発達の各段階における適応を巡る発達課題を提唱し,老年期の発達
Erikson( 1963/1977) は , 人 間 個 人 の 心 理 的 適 応 を , 人 生 の 時 々 に よ っ て 関 わ
り を 持 つ 異 世 代 ,あ る い は 同 世 代 と の 関 係 性 の 中 か ら 生 じ る も の と 見 な し た 。そ れ
故 ,Erikson の 枠 組 み に お い て 心 理 的 適 応 は ,世 代 継 承 性 を 含 め ,関 係 性 が 生 み 出
す 産 物 と し て 見 な さ れ ,「 心 理 社 会 的 適 応 (psychosocial adaptation)」 と い う 独 自
の 言 葉 で 論 じ ら れ て き て い る 。本 論 文 で は ,本 論 文 に お い て 独 自 に 得 ら れ た 知 見 を
論 じ る 中 で「 適 応 」と い う 用 語 が 用 い ら れ る 場 合 ,そ の 用 語 は ,Erikson の 理 論 枠
組みを踏まえた心理社会的適応を意味する。
2
-3-
課題として,同年代の高齢者と親密な関係性を確立すること,身体能力や健康
の衰退した生活の準備をすること,退職に伴う収入の減少に適応すること,ま
た,配偶者の死を受け入れることを取り上げている。活動理論の枠組みにおい
ては,職業や健康といった不可避な発達変容を除いた領域で,可能な限り中年
期の活動を維持することによって高齢者は生活の満足を獲得することができる
と捉える。
こ の 二 つ の 老 年 期 の 適 応 理 論 に お け る 論 争 に 対 し て , Havighurst,
Neugarten & Tobin( 1968) は , 高 齢 者 159 名 の 分 析 を 通 じ て 結 論 を 与 え た 。
年齢が上がるにつれて社会に対する心理,社会的な関与が低下することは自然
に生じ,離脱という過程が高齢者一般に見て取られる現象であった。一方で,
その離脱に伴う生活満足度の増減に着目し,一般的に離脱が進むにつれて生活
満足度の低下を示す高齢者が多いものの,中には,離脱が進んでも生活満足度
が低下しない高齢者や,離脱の兆候が見られなくても生活満足度が低下を示す
高 齢 者 が 存 在 し た 。さ ら に ,70 歳 以 上 の 高 齢 者 は ,社 会 的 な 役 割 活 動 の 低 下 を
残念に感じているものの,多くの高齢者は役割活動の低下を加齢の中で不可避
なものとして受容し,自尊心を維持しているが,一方で,少数の高齢者は役割
活動の低下に対して強い否定感情を持ち,過去から現在にかけてまで不満足感
を抱く者も散見された。
以 上 の 分 析 の 結 果 よ り ,Havigurst et al.は ,高 齢 者 に は ,自 尊 心 を 維 持 す る
為に活動的であり続けたいという欲求と,社会的責務から撤退し心穏やかな生
活を送りたいという二重の要求が存在することを指摘した。さらに,離脱理論
と活動理論は,離脱と活動という対極にある価値のいずれかに浸っており,そ
のいずれの理論も,高齢者の欲求の二重性を捉えるには不十分であると結論づ
けた。また,この高齢者の欲求の二重性を説明する為には,高齢者個々の人格
の差異を加味する適応理論が必要になることを指摘した。
第 2 節 老年期の適応としての成熟
老年期の適応研究の潮流の中で,離脱理論と活動理論の様な明確な二分法の
論争は他には存在していない。しかしながら,離脱理論,活動理論以外に,老
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年 期 の 適 応 理 論 は 無 数 に 存 在 し て お り ,そ れ ら に 共 通 す る 点 を 上 げ る と す れ ば ,
それは,老年期の適応の多様性を説明しようとする志向性を持つ理論である。
そ れ は , 前 節 に お け る Havigurst et al.が そ の 必 要 性 を 指 摘 し た 様 な , 高 齢 者
個々の人格の差異を加味する理論であり,あるいは,人間一人一人における固
有の老年期にかけての発達の軌跡を成熟という観点から説明する理論である。
本節では,この様な高齢者の人格の多様性やその成熟に着目した理論として,
先 ず , 人 間 の 人 格 の 多 様 性 か ら 老 年 期 の 適 応 を 説 明 す る Atchley(1989)の 継 続
性 理 論 (continyity theory)に 目 を 向 け る 。 次 に , 人 間 の 包 括 的 な 知 能 の 成 熟 か
ら 老 年 期 の 知 能 を 説 明 し よ う と す る Baltes の 選 択 的 最 適 化 と そ れ に よ る 補 償
の 理 論 ( selective optimization with compensation) に 目 を 向 け る 。 最 後 に ,
本研究において検討の対象となる,人間の人格的成熟から老年期の適応を説明
す る Erikson(1963/1977, 1982/1989)の 自 我 発 達 理 論 に 目 を 向 け る 。
継 続 性 理 論 は , Atchley( 1995) に よ れ ば , 老 年 期 に お い て 高 齢 者 の 心 身 の
状況や取り巻く社会環境が変化する中でも,高齢者の多くは,考え方や活動の
特徴,社会における関係性の性質が長期に渡ってほぼ一貫しているという認識
に立つ。また一方で,継続性理論は,人間の人格は,老年期において,より内
省的となり,成熟,統合された人格を維持することによって適応が果たされる
と い う 認 識 を 併 せ 持 つ 。 Athchley( 1989, 1995) は , こ の 様 な 二 つ の 側 面 を 踏
まえ,継続性理論は,人間は老年期への加齢に適応を果たす為の方法を選択す
る 際 , 個 人 の 「 内 的 構 造 」( internal strucuture : 例 え ば , 自 己 概 念 , 目 標 ,
世界観,人生観,道徳観,態度,価値,信念,知識,スキル,好み,コーピン
グ 方 略 ), ま た ,「 外 的 構 造 」( external strucuture : 例 え ば , 社 会 的 役 割 , 社
会的活動,社会的関係,居住環境)を維持する為に,自身の過去の経験の重み
づ け を 踏 ま え て ,自 身 に 馴 染 の あ る 領 域 に て 馴 染 の あ る 方 法 を 好 ん で 選 択 す る ,
と い う 人 間 観 を 提 示 し た 。ま た ,Athchley は ,こ の 内 的 構 造 ,外 的 構 造 に つ い
て,単純に継続を望ましいと見なされる訳では無く,ごく弱い継続や非継続は
人生を予測不可能なものにするが,その一方で,過剰な継続は変化の無い無味
乾燥で不快感を伴う経験となるとし,最適な継続とは,変化が個人の好みや社
会的要請と合致していて,かつ,自身の処理能力で対処できる範疇のものであ
ると述べる。
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選 択 的 最 適 化 と そ れ に よ る 補 償 の 理 論 は ,Baltes( 1984)に よ れ ば ,人 間 は ,
加齢の中で経験する生理的な機能の低下や社会的役割の減少に対して,人間
個々に固有のやり方でそれを埋め合わせる努力をする,という認識に立つ。そ
の背景として,人間の知的能力が老年期に至るまで平均的なところで安定して
維持され,特に物事の手続きや内容に関する実践的な知識は老年期においてま
で上昇を続け成熟し,心身機能の低下や社会的関係性の減少を補うと考えられ
て い る ( Baltes, 1987)。 Baltes( 1987, 1997) は , 選 択 的 最 適 化 と そ れ に よ る
補償の事例として,タイピストが加齢の過程によるタイピングスピードの低下
を補う為に先読みの技術を発達させることや,また,著名なピアニストである
Rubinstein が , 80 代 に 第 一 線 で 演 奏 を 続 け る に 当 た り , 演 奏 す る 作 品 を 選 択
し,限られた部分を集中して練習し,演奏の表現に匠に起伏をつける印象操作
を行うことで,加齢による技術の衰えを補ったことを取り上げている。選択的
最適化とそれによる補償の理論枠組みは,高齢者の技能や知能に関する議論に
留まらず,高齢者が日常の目標設定とそれに伴う自己肯定感を維持する為に行
う 選 択 と 補 償 や( Brandtstädter & Greve, 1994 ; Heckhausen & Schulz, 1995),
社会的活動が低下する中で主観的幸福感を維持する為に行う社会的関係性の選
択 と 補 償 ( Carstensen, 1993), に 応 用 さ れ て き て い る 。
Erikson の 自 我 発 達 理 論 は , Erikson( 1963/1977, 1982/1989) に よ れ ば ,
老 年 期 に お い て 適 応 を 果 た す 上 で 必 要 と な る , 一 貫 性 ( coference ) と 全 体 性
( wholeness) を 持 つ 成 熟 し た 人 格 の 状 態 が 存 在 す る と 認 識 し , そ れ を 自 我 統
合( ego-integrity)と 呼 ん だ 。Erikson( 1963/1977)は ,自 我 統 合 の 要 素 と し
て,
「自己や社会に対して秩序を求め意味を探し求める性向に対する自身の経験
に 基 づ く 確 信 」, ま た ,「 次 世 代 に 対 し て 秩 序 や 物 事 の 意 義 の 在 り 方 を 伝 え よ う
と す る 人 類 へ の 博 愛 」, さ ら に ,「 自 分 の 人 生 の を そ う あ ら ね ば な か っ た 唯 一 の
も の と し て 受 容 す る こ と 」,と い う 三 つ を 上 げ て い る 。Erikson の 自 我 統 合 の 枠
組みは,人それぞれが自分なりのやり方で自身の人生を受容するという人格や
ライフコースの多様性を加味する点で,先に検討してきた継続性理論や選択的
最適化とその補償の枠組みと似通った老年期の適応のメカニズムを想定してい
る。その一方で,世界の秩序や意義を自身の中でまとめ上げ,それを次世代に
継承する,という人間像を老年期の成熟の到達点として想定するという道徳的
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価 値 観 を 併 せ 持 っ て い る 。こ の 点 が ,他 の 二 つ の 理 論 の 枠 組 み と 異 な っ て い る 。
この認識の背景には,精神分析を基盤とした,自身の要素が次世代に引き継が
れ る こ と に よ る 自 己 保 存 ( self-presevasion) と 不 死 性 (immortality)の 欲 求 と
そ の 充 足 に よ る 老 年 期 の 適 応 の メ カ ニ ズ ム が 想 定 さ れ て い る ( e.g., Erikson,
Erikson, & Kivnick, 1986/1990 ; Kotre, 1984 ; McAdams, 1985)。 自 我 統 合 の
人 生 の 受 容 に 関 す る 側 面 は , Butler ( 1963 ) に よ っ て , 高 齢 者 の 人 生 回 顧
( life-review) が 人 生 の 意 味 の 統 合 を 促 進 す る こ と が 提 唱 さ れ て 以 来 , 高 齢 者
の 回 想 の 研 究 と し て 検 討 さ れ て き た ( e.g., Coleman, 1974 ; Coleman,
Ivani-chalian & Robinson, 1998, 1999 ; 野 村 , 1998 ; 野 村 , 2002, 2005 ;
Webster, 1993 ; Webster & Haight, 2002 ; Wong & Watt, 1991 ; 山 口 , 2000,
2002 )。 一 方 , 世 界 の 秩 序 や 意 義 を 次 世 代 へ 継 承 す る と い う 側 面 は , Erikson
の自我発達理論における中年期の適応の課題である世代継承性の概念を老年期
に 適 用 し た 研 究 と し て 検 討 さ れ て き て い る ( e.g., Cheng, 2009 ; Coleman &
Podolskij, 2007 ; 深 瀬 ・ 岡 本 , 2010a, 2010b ; Gruenewald, Liao & Seeman,
2012 ; Hebblethwaite & Norris, 2011 ; Norris, Kuiack, & Pratt, 2004 ; 丸 島 ,
2000, 2009 ; 丸 島 ・ 有 光 , 2007 ; 小 澤 , 2012, 2013 ; 田 渕 ・ 権 藤 , 2011 ; 田 渕 ,
2009 ; 田 渕・中 川・権 藤・小 森 , 2012 ; 田 渕・中 川・石 岡・権 藤 , 2012 ; 田 渕 ・
三 浦 , 2014a, 2014b ; Tabuchi, Nakagawa, Miura & Gondo, 2015 ; Tomas,
Gutierrez, Sancho, & Galiana, 2012 ; Urrutia, Comachione, de Espanes,
Ferragut, & Guzman, 2009 ; Pratt, Norris, Arnold, & Filyer, 1999)。
ここまでで概観した老年期の適応を人格の多様性や成熟から説明しようとす
る三つの理論は,それが明示的にせよ,そうでは無いにせよ,その基盤となる
鍵 概 念 と し て「 英 知 」
( wisdom)を 想 定 し て い る と 考 え ら れ る 。Baltes & Smith
( 1990)は ,自 身 の 生 涯 発 達 論 に お け る 成 熟 の 土 台 と な る 鍵 概 念 と し て 英 知 を
想定し,
「 人 間 の 発 達 や 人 生 に 関 す る こ と へ の 類 い ま れ な る 洞 察 。特 に 人 生 上 の
困 難 な 課 題 に 対 す る , 適 切 な 判 断 や 助 言 や 見 解 。」 と い う 定 義 を 与 え て い る 。
Baltes & Smith は , 英 知 の 構 成 要 素 と し て ,「 豊 か な 事 実 知 識 」( rich factual
knowledge)
:人 生 の 条 件 と そ の ヴ ァ リ エ ー シ ョ ン に つ い て の 一 般 的 あ る い は 特
定の知識,
「 豊 か な 方 法 上 の 知 識 」(rich procedural knowledge):人 生 上 の 問 題
に関する判断やアドバイスの仕方についての一般的あるいは特定の知識「
,生涯
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文 脈 性 」 (lifespan contexualism): 生 涯 に わ た る 文 脈 と そ の 時 間 的 ( 発 達 的 )
関連性,
「相対主義」
( relativism): さ ま ざ ま な 価 値 や 優 先 順 位 の 相 違 に 関 す る
知 識 ,「 不 確 実 性 」 (uncertainty): 人 生 お よ び そ の 対 処 法 が 相 対 的 に 不 確 定 的
で予測困難だということについての知識,の五つを提示した。
ま た ,Erikson( 1964/1971)は ,老 年 期 に 適 応 を 果 た す 上 で 英 知 が 不 可 欠 な
ものだと捉え,
「 死 そ の も の に 向 き 合 う 中 で の ,生 そ の も の に 対 す る 聡 明 か つ 超
然 と し た 関 心 」,「 身 体 的 な 衰 弱 や 知 的 機 能 の 衰 え に も 拘 わ ら ず , 統 合 さ れ た 経
験 を 維 持 し , 他 に 伝 え る 努 力 」,「 後 世 へ の 遺 産 を 遺 す 為 , 来 る べ き 世 代 へ の 要
求に答え,しかも同時に遺すべき,すべての知識が絶対のものではないことを
自覚していること」という定義を与えている。
Baltes と Erikson の 英 知 概 念 は ,互 い に 重 な り 合 い つ つ も ,そ の 強 調 点 や 範
囲 が 異 な っ て い る 。Baltes の 理 論 は ,Cattell( 1963)や Horn( 1982)の「 結
晶化された知能」と「流動的知能」という二元論を踏まえ,それらを「実践性
知 識 」( pragmatics knowledge)」 と 「 機 械 的 過 程 」( mechanical process) へ
と 発 展 さ せ た ,人 間 の 知 能 発 達 理 論 の 潮 流 に 位 置 づ く も の で あ る( 中 西 , 1995)。
こ の こ と か ら ,Baltes は 英 知 を 人 間 の 能 力 と し て 位 置 づ け ,そ の 多 様 性 を 描 き
だ そ う と し た 。 こ の 点 か ら , Baltes & Staudinger( 2000) は , Erikson が 提
示する英知概念に対して,それが生涯発達,自己,動機づけと結びつけられて
用いられることから,自身の英知概念における一つの要素である人生に生じた
経 験 の 布 置 と 重 な り あ っ て い る こ と を 認 め て い る 。 そ の 一 方 で , Baltes &
Staudinger は , Erikson の 英 知 概 念 が , そ れ が 獲 得 さ れ , 洗 練 さ れ る 過 程 や ,
個人の人格を超えた社会文化的な背景に十分に配慮していないことを指摘する。
こ の こ と か ら Baltes & Staudinger は , Erikson の 英 知 概 念 や , Erikson の 適
応理論において強調される,中年期から老年期にかけての人間の適応状態であ
る 「 自 我 統 合 」 や 「 世 代 継 承 性 」 は ,Baltes の 英 知 概 念 の 一 つ の 下 位 要 素 で あ
ると位置づけ,英知には,他にも試行錯誤により問題を解決する手続きや判断
といった英知に関連する行動が存在すると述べている。
一 方 で , Erikson の 理 論 は , 精 神 分 析 の 潮 流 に 位 置 付 き , 人 間 の 人 格 的 成 熟
における一つの到達として,次世代の導き手という,倫理的,道徳的な人間像
を 提 示 す る も の で あ る 。 こ れ は 精 神 分 析 家 の Jung( 1933a/1982, 1933b/1991)
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が 提 示 し た 老 年 期 の 理 想 的 な あ り 方 で あ る「 老 賢 者 」と も 重 な り 合 う 。Valliant
( 1993) は , 世 話 の 無 い 英 知 の 概 念 は 想 像 が つ か な い , と 述 べ る 様 に , 倫 理 ,
道徳的な価値を想定すること無しに英知の概念は論じえないという観点を強調
している。
本 論 文 は , 本 節 で 概 観 し た Baltes, Atchley, そ し て Erikson の 老 年 期 の 適
応理論,あるいは無数に存在する他の老年期の適応理論のいずれがより優れて
いるのかを論じようとするものでは無い。次節で触れる通り,現代社会におい
て Erikson の 老 年 期 の 適 応 理 論 は ,そ の 理 論 の 前 提 を 揺 る が し か ね な い 一 つ の
問題に直面している。その問題を検討することが本論文の主題である。
第 3 節 現代社会における老年期の世代継承性を検討することの意義
老年期の適応を支えると位置づけられてきた英知は,現代社会において一つ
の危機に直面していると考えられる。前節で概観した通り,英知という概念に
込められた意味は,それを用いる研究者によって異なっているが,現在,その
中 で 危 機 を 迎 え て い る の は , Erikson が 提 示 し た , 次 世 代 の 導 き 手 と な り 次 世
代へ遺産を伝え遺すという,人格的成熟を支える世代継承性の含意と深く重な
り 合 う 含 意 で あ る 。 そ の 危 機 は , 80 歳 を 跨 ぎ , 老 年 期 を 生 き る 様 に な っ た
Erikson( 1982/1989)自 ら に よ っ て 告 げ ら れ た 。か つ て Erikson 自 身 が 自 我 発
達 理 論 を 提 示 し た 20 世 紀 半 ば の 時 代 背 景 に お い て , 高 齢 者 は 尊 厳 あ る 死 に 方
を知っている少数の懸命な人間として理解することができる存在であった。し
か し ,1980 年 代 に お け る 長 寿 命 化 に よ り ,高 齢 者 は ,極 め て 多 数 の ,か つ ,実
年齢より相当若く見える単なる年配者の集団へと様変わりした。その中で,か
つての高齢者像に想定した英知,という価値を現代において想定することが果
たして妥当であるのか,そのことについて再検討することが必要であると
Erikson は 述 べ た 。
そ の Erikson の 問 い は 現 代 に お い て も 同 様 に 当 て は ま る 。 岡 本 ( 2012) は ,
インターネットの普及による情報伝達の構造の変容により,人と人の直接的な
関係性の中での情報伝達が希薄となり,戦争体験,伝統的技芸といった次世代
に伝え遺されるべきものが受け継がれなくなった,世代継承性の危機の時代で
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あ る と 指 摘 す る 。 ま た , 丸 島 ( 2002) は , ひ と 昔 前 ま で の 日 本 は , 70 歳 に 達
した人を,
「 古 来 稀 な る こ と 」と し て 古 老 あ る は 長 老 と 呼 び ,先 祖 伝 来 の 価 値 の
担い手として尊重したが,現代においては,特定の心身の頑健な,運の強い人
がそうした人生段階に達する特権を持つのではなく,それは大多数の人のもの
に な り つ つ あ る , と 指 摘 し , か つ て Erikson が 1980 年 代 の 西 欧 社 会 に 対 し て
行ったのと同様の洞察を現代の日本社会に対して寄せている。
こ の 二 者 の 懸 念 は , 人 口 統 計 か ら も 支 持 さ れ る 。 内 閣 府 ( 2012) に よ れ ば ,
2012 年 現 在 の 日 本 に お け る 65 歳 以 上 の 高 齢 者 人 口 は ,総 人 口 の 23.3% を 占 め
るに至り,世界に類を見ない未曾有の高齢化社会を構成するに至っている。そ
の 様 な 背 景 の 中 ,昨 今 の 核 家 族 化 の 加 速 と 相 ま っ て ,2010 年 の 独 居 高 齢 者 比 率
は ,高 齢 者 の 全 人 口 の 15.6% を 占 め 70 万 人 を 上 回 る 様 に な っ て い る( 内 閣 府 ,
2011)。 世 代 継 承 性 が 発 揮 さ れ る 主 要 な 場 の 一 つ で あ る 家 族 関 係 が , か つ て の
日本の様には機能しなくなっていることが指摘される。
ところが一方で,この様な社会背景を根拠とした英知と世代継承性の危機に
関 す る 論 考 と は 裏 腹 に ,2000 年 代 後 半 か ら ,老 年 期 の 世 代 継 承 性 と 適 応 と の 肯
定的な関係性を支持する実証研究が国内外で数多く報告される様になってきて
い る 。 老 年 期 の 世 代 継 承 性 は 高 齢 者 の ウ ェ ル ビ ー イ ン グ と 結 び つ き ( Cheng,
2009 ; 田 渕 ・ 中 川 ・ 石 岡 ・ 権 藤 , 2012 ; Tabuchi et al., 2015), 高 齢 者 の 主 観
的 健 康 知 覚 に 肯 定 的 な 影 響 を 与 え ( Tomas et al., 2012), さ ら に , 将 来 の 高 齢
者 の 生 活 の 活 動 性 や 死 亡 に 関 す る 予 測 因 子 と な る こ と ( Gruenewald et al.,
2012)が 次 々 に 報 告 さ れ て き て い る 。ま た ,希 薄 化 し た 地 域 コ ミ ュ ニ テ ィ を 再
び結び合わせる為の施策として,高齢者と若年世代との間の世代間交流に関す
る 数 多 く の プ ロ グ ラ ム が 実 行 に 移 さ れ て き て い る( e.g., 井 上・藤 原・西 , 2006 ;
渡 辺 ・ 藤 原 ・ 西 , 2006)。世 代 間 交 流 プ ロ グ ラ ム に は ,そ こ に 参 加 す る 高 齢 者 の
精神的健康やウェルビーイングを高める効果が認められることが報告されてき
て い る ( e.g., Aday, Sims, & Evans, 1991; Aday, Aday, Arnold, & Bendix,
1996 ; Fujiwara, Sakuma, & Ohba, 2009)。 こ の 様 な 高 齢 者 の 適 応 感 を 高 め る
効果を有する世代間交流プログラムの背後のメカニズムを説明する枠組みとし
て , 世 代 継 承 性 が 想 定 さ れ て き て い る ( e.g., Fujiwara et al., 2009 ; 田 渕 ,
2009) 。
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この様に,老年期の英知における世代継承性の領域の研究は,現在,理論と
実証研究の間に齟齬が生じたままに推し進められてきている。世代継承性の理
論 を 唱 え る 者 は ,そ れ が 危 機 状 態 に あ る こ と を し き り に 指 摘 す る 。そ の 一 方 で ,
老年期の世代継承性を実証的に研究する者は,世代継承性が高齢者の適応に果
たす意義を地道に,ともすると,ますます精力的に支持している。この様な事
態 に 至 っ た 経 緯 の 一 つ と し て ,Friedman( 1999/2003)が 指 摘 す る 通 り ,Erikson
の 老 年 期 に 対 す る 検 討 が Erikson 自 身 の 加 齢 の 問 題 に よ っ て 完 成 を 見 な い ま ま
に頓挫してしまったことによるところが大きいだろう。
老年期の世代継承性の研究は,現在,次のような二つの課題を有していると
考 え ら れ る 。 そ の 一 つ 目 の 課 題 は , Erikson が 構 想 し た 高 齢 者 像 を 研 究 の 前 提
か ら 外 す こ と に あ る と 考 え ら れ る 。前 述 し た 通 り ,Erikson が 想 定 し た 20 世 紀
半ばの社会背景を基に構想された高齢者像において,次世代へ伝え遺す営みは
社会から要請される高尚な知の伝承としての地位が付与されている。この高齢
者像は,現代社会の実状に即して見直されるべきである。先行研究における二
つ 目 の 課 題 は , デ ー タ を 分 析 す る 為 の 枠 組 み を 構 築 す る 際 に , Erikson が 世 代
継承性の適応メカニズムの根幹として想定した,
「次世代を育むことで遺産を渡
し,次世代の中に生き続ける」という精神分析を基盤とした無意識下の自己保
存 と 不 死 性 の 欲 求 と そ の 充 足 の 力 動 関 係 を (e.g., Erikson et al., 1986/1990 ;
Kotre, 1984 ; McAdams, 1985),一 度 鍵 括 弧 に 入 れ る こ と に あ る と 考 え ら れ る 。
世代継承性が人間の適応に果たす役割を,自己保存と不死性の欲求の充足とい
う無意識下の思考の過程に帰結することは,無意識と対照的な位置にある,人
間の意識化された思考の中に生じる適応を支える要素に関する議論を遠ざける。
その結果として,現代社会における高齢者が日々の中で営む思考の性質への接
近 が 阻 害 さ れ て き た と 考 え ら れ る 。 老 年 期 の 世 代 継 承 性 研 究 は , Erikson の 理
論 を 説 明 す る 為 の 手 続 き で は 無 く , Erikson の 理 論 を 現 代 社 会 の 高 齢 者 の 実 状
に即して捉え直す検討の為の手続きを必要としている。現代社会における老年
期の世代継承性を記述する為には,これまで前提とされてきた無意識下の思考
の過程としての自己保存と不死性の欲求の充足という現象を,高齢者の意識化
された思考の産物として捉え直し,それが,高齢者の思考の中で,現代社会の
文脈とどの様に絡まり合いながら,適応を促しているのかを明らかにする必要
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が あ る と 考 え ら れ る 。 ス ト レ ス 研 究 で 著 名 な Lazarus( 1999/2007) は , か つ
て,人間のストレスコーピングを,日常文脈の中に埋め込まれた人間の意識化
された思考の過程として記述することの重要性を唱えた。本論文は言わば,か
つ て の Lazarus と 同 様 の 志 向 を 有 す ,世 代 継 承 性 と い う 現 象 を ,日 常 の 文 脈 の
中の意識化された思考の過程として記述し直そうとする試みである。
以上の問題意識に基づき,本論文は現代社会における老年期の世代継承性の
性質を描き出す為に,以下の章立ての道筋を辿って論を展開していく。
第 1 章では,老年期の世代継承性の性質を捉える上で,これまでなされてき
た先行研究における問題の所在を明確にする。その作業の中で,先ず,世代継
承 性 概 念 を 提 唱 し た Erikson 自 身 の 議 論 に 目 を 向 け ,世 代 継 承 性 と い う 概 念 に
本 来 込 め ら れ た 含 意 を 確 認 す る 。 次 に , Erikson 以 後 の 研 究 者 に よ っ て 実 施 さ
れた中年期及び老年期の世代継承性に関する実証研究の動向を概観し,それら
の研究が,世代継承性をどの様な概念として再定義しようとし,どの様な手続
きによって,それをどこまで明らかにすることに成功したのかを明示する。
さらに次に,これまでの先行研究から得られた知見を踏まえ,老年期の世代
継承性を明らかにする上での二つの問題を検討する。一つ目の検討では,
Erikson が 20 世 紀 半 ば に 構 想 し た 高 齢 者 像 を ,現 代 社 会 の 老 年 期 の 実 情 に 即 し
て 再 考 す る 。そ の 中 で は ,か つ て Eriskon に よ っ て 社 会 か ら 強 く 要 請 さ れ る も
のとして特権的な地位を与えられた,高齢者が次世代を生み育て,伝え遺すと
いう営みを再考する。また,現代社会における長寿命化がもたらした老年期の
長 期 化 を 鑑 み , Neugarten( 1982) の 発 達 区 分 の 用 語 を 用 い , 老 年 期 を 心 身 の
自 律 性 が 比 較 的 保 た れ る 「 老 年 前 期 ( young-old)」 と , 心 身 の 自 律 性 が 大 き く
損 な わ れ る 「 老 年 後 期 ( old-old)」 に 分 割 し て 捉 え 直 し , 心 身 機 能 の 低 下 に よ
って次世代との物理的な関係性の維持が困難になる老年後期における世代継承
性の営みの可能性を検討する。二つ目の検討では,世代継承性の性質を記述す
る為の分析の枠組みの最適化を行う。その中では,従来の老年期の世代継承性
研究が前提としてきた,世代継承性の適応機能を自己保存と不死性の欲求の充
足という無意識下の過程として説明しようとする姿勢から脱却し,高齢者の意
識化された思考の過程として適応機能を描き出す為に,
「 語 り の 構 造 」に 着 目 し
た 「 ナ ラ テ ィ ヴ ・ ア プ ロ ー チ (narrative approach)」 の 有 効 性 を 確 認 す る 。 そ
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の後,これらの先行研究の問題を克服する為の視点を踏まえ本論文の目的を示
す。
第 2 章 で は ,老 年 前 期 の 世 代 継 承 性 の 性 質 を 明 ら か に す る 為 の 調 査 研 究 と し
て ,世 代 継 承 性 を 構 成 す る 要 素 で あ る 次 世 代 を 生 み 育 て る こ と と 重 な る「 生 育 」
の 自 己 物 語 の 構 造 の 検 討 を 行 う 。 本 研 究 で は , 健 常 な 高 齢 者 31 名 に 家 族 に つ
いての語りを収集するインタビュー調査を実施し,次世代を生み育てたことに
つ い て 言 及 し た 19 名 の 語 り を 対 象 と し , そ の 類 型 化 を 通 じ て 語 り の 秩 序 化 の
構造の分析を実施した。
第 3 章 で は ,老 年 前 期 の 世 代 継 承 性 に 関 す る 性 質 を 明 ら か に す る 為 の 調 査 研
究 と し て ,世 代 継 承 性 を 構 成 す る 要 素 で あ る 次 世 代 へ 伝 え 遺 す こ と と 重 な る「 世
代 間 継 承 」 の 自 己 物 語 の 構 造 の 検 討 を 行 う 。 本 研 究 で は , 健 常 な 高 齢 者 31 名
に家族についての語りを収集するインタビュー調査を実施し,正の遺産を受け
渡す世代間継承と負の継承を分断する世代間緩衝の認識を伴う自己物語を表出
し た 9 名 の 語 り を 対 象 と し ,そ の 類 型 化 を 通 じ て 語 り の 秩 序 化 の 構 造 の 分 析 を
実施した。さらに,第 3 章では,老年前期の世代継承性の性質として,第 2 章
及 び 第 3 章 に お け る 調 査 結 果 に 基 づ き ,老 年 前 期 の 世 代 継 承 性 の 自 己 物 語 の 構
造 に 伴 う 適 応 に 関 す る 諸 機 能 の 提 示 を 試 み る 。 ま た , 併 せ て , Erikson が 構 想
した老年期の理想像としての英知の,現代社会における位置づけを検討する。
第 4 章 で は ,老 年 後 期 の 世 代 継 承 性 に 関 す る 性 質 を 明 ら か に す る 為 の 調 査 研
究として,老年前期から老年後期への移行過程にある 1 名の高齢者を対象に,
世代継承性に関する自己物語の構造の変容と持続を検討する。
第 5 章では,ここまでの章の中で検討がなされた老年前期及び,老年前期か
ら老年後期への移行過程にある高齢者の世代継承性の性質の検討結果を踏まえ,
幾つかの理論的考察を実施する。先ず,本論文が着目した老年期に世代継承性
に関する自己物語に見て取られる,世代サイクルの中に因果や同一性として見
出される経験の重ね合わせの性質を指摘する。次に,現代社会を生きる高齢者
の世代継承性の性質の実状を踏まえ,本論文の冒頭で議論された現代社会にお
ける老年期の適応の中核に位置づく英知の危機を,老年期の適応理論の枠組み
の中にどの様に位置づけるべきか考察を行う。さらに,本論文の参加者が持つ
文化及び時代の固有性について考察を行う。最後に,本論文でなされた研究の
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限界を踏まえ,今後の研究の展望を考察する。
な お , 本 論 文 の 第 1 章 は 老 年 社 会 科 学 の 第 34 巻 に 掲 載 さ れ た 論 文 で あ る 小
澤 ( 2012) を , 第 3 章 は 発 達 心 理 学 研 究 の 第 24 巻 に 掲 載 さ れ た 論 文 で あ る 小
澤 ( 2013) を , そ れ ぞ れ 加 筆 , 修 正 し た も の で あ る 。
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第1章
老年期の世代継承性と適応
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本章では,世代継承性に関する先行研究を概観することを通じて,老年期の
世代継承性の性質を検討する上での課題を明確化することを試みる。先ず,第
1 節 に て , Erikson の 世 代 継 承 性 と い う 概 念 に 関 す る 議 論 を 概 観 し , 世 代 継 承
性 が 有 す る 含 意 を 確 認 す る 。 次 に , 第 2 節 及 び 第 3 節 に て , Erikson 以 後 の 研
究者が実施した中年期及び老年期の世代継承性と適応の関係性を捉える実証的
研究を概観し,先行研究が世代継承性のメカニズムをどの様な方法で,何を明
ら か に し ,何 が 問 題 と し て 残 さ れ て い る の か を 確 認 す る 。さ ら に ,第 4 節 に て ,
先 行 研 究 の 一 つ 目 の 問 題 点 と し て , 先 行 研 究 が 暗 黙 の 前 提 と し て き た Erikson
が 20 世 紀 半 ば の 社 会 背 景 に 基 づ い て 構 想 し た 高 齢 者 像 が 持 つ , 老 年 期 の 世 代
継承性の性質を検討する上での限界を乗り越える為の考察を行う。また,第 5
節にて,先行研究の二つ目の問題点として,世代継承性の性質を記述する方法
で あ る ナ ラ テ ィ ヴ ・ ア プ ロ ー チ に お い て ,先 行 研 究 が 依 拠 し て き た Erikson が
構想した無意識下の自己保存と不死性の欲求の充足を説明する為のデータの提
示に終止する手続きの問題を指摘し,世代継承性の適応機能を,語りの秩序化
の構造として 描写する 手続きの有効 性を提示 する。最 後に,第 6 節 にて,本 論
文の目的を示す。
第 1 節 Erikson と 世 代 継 承 性
本章の冒頭に当たる本節では,世代継承性という概念の提唱者である
Erikson 自 身 の 議 論 に 目 を 向 け , そ こ に 込 め ら れ た 含 意 を 確 認 す る 。 Erikson
は,当初,世代継承性を中年期の適応上の課題として設定し,その後,晩年に
なり,本論文の主題である老年期においても世代継承性が重要な役割を果たす
こ と に 言 及 し た 。 こ の Erikson の 議 論 の 展 開 を な ぞ る 形 で , 本 節 で は , 先 ず
Erikson の 中 年 期 に つ い て の 議 論 に 目 を 向 け , 次 に 老 年 期 に つ い て の 議 論 に 目
を向けることにする。
Erikson( 1963/1977) は , 世 代 継 承 性 と い う 概 念 に 対 し ,「 包 括 的 な 意 味 で
生 み 出 す こ と , す な わ ち (子 孫 は も ち ろ ん )世 代 か ら 世 代 へ と 生 ま れ ゆ く あ ら ゆ
るもの,時代,事物,技術,思想,芸術作品などを生み出し育むこと」という
広 範 の 意 味 を 包 含 す る 定 義 を 付 与 し て い る 。 Figure1 に 示 す , Erikson の 提 唱
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し た「 漸 成 的 発 達 図 式 (epigenetic chart)」で は ,人 間 の 生 涯 は 八 つ の 段 階 に 分
け ら れ る 。 そ の 各 々 の 段 階 に は , 適 応 を 方 向 づ け る 「 同 調 傾 向 (syntonic
tendencies) 」 と , 心 理 社 会 的 不 適 応 を 方 向 づ け る 「 失 調 傾 向 (dystonic
tendencies) 」 と い う 対 極 を な す 要 素 が そ れ ぞ れ 設 定 さ れ , さ ら に , そ の 同 調
傾向を達成する上で必要とされる人間が本来有している素養である希望に始ま
り 英 知 で 締 め 括 ら れ る「 基 本 的 徳 目 (basic virtues)」が ,同 様 に 八 つ の 段 階 各 々
に 設 定 さ れ て い る( Erikson, 1982/1989)。Erikson の 枠 組 み に お い て ,人 間 は ,
各々の発達の段階において要請される基本的徳目に準じた取り組みにより同調
傾向を達成することで,心理社会的に適応的な発達を達成する,と考えられて
いる。
その枠組みの中で,世代継承性は,人間の生涯の七番目の段階である壮年の
時期,即ち自身の子を設け育むことを経験する中年期における適応を達成する
為 の 同 調 傾 向 と し て 設 定 さ れ る( e.g., 丸 島 ,2000, 2009 ; 深 瀬・岡 本 , 2010b)。
一 方 , そ の 対 極 に は , 失 調 傾 向 と し て 「 自 己 停 滞 (self-stagnation)」 が , ま た
基 本 的 徳 目 と し て 「 育 み (care) 」 が そ れ ぞ れ 設 定 さ れ て い る ( Erikson,
1963/1977)。世 代 継 承 性 の 背 後 に 存 在 す る 適 応 の メ カ ニ ズ ム と し て ,次 世 代 を
生み育てることを通じて,次世代に希望の感覚を根づかせ,心理適応的な社会
シ ス テ ム の 再 構 成 を 促 し ( Erikson, 1964/1971) , そ れ と 同 時 に , 自 分 の 死 後
にも残るような生き方や仕事に身を投じようとする欲求を満たし,自己停滞を
乗 り 越 え る (Erikson et al., 1986 ; Kotre, 1984 ; McAdams, 1985), と い う 複 雑
な図式が想定されてきている。それは,端的に述べれば,次世代を育み世界を
維持する役割の遂行と,無意識下での自己保存と不死性の欲求の充足という心
理 的 適 応 過 程 と が 連 動 す る 図 式 で あ る 。Erikson( 1982/1989)は そ の 図 式 を「 (中
年 期 , 人 は 次 世 代 を 育 む こ と で )停 滞 感 と い う 驚 異 的 な 感 覚 が 食 い 止 め ら れ (中
略 )死 を 無 視 す る こ と が 最 高 度 に 認 可 さ れ ( 中 略 )非 存 在 (non-being)の 影 を 拒 絶
する」と表現している。
丸 島( 2009)に よ れ ば ,こ の Erikson の 漸 成 的 発 達 図 式 に お け る 人 生 後 半 の
人 間 の 発 達 像 は , 精 神 分 析 家 で あ る Jung が 構 想 し た 老 賢 者 へ 至 る 人 格 の 成 熟
過 程 の 枠 組 み に 強 く 影 響 を 受 け て い る と さ れ る 。 Jung ( 1933a/1982,
1933b/1991) は , こ の 人 格 の 成 熟 の 過 程 を 「 個 性 化 過 程 ( individuation)」 と
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Figure1 心理社会的危機の図式(Erikson,1963/1977, 1982/1989)
統合
老年期
対
Ⅷ
絶望,嫌悪
英知
世代継承性
中年期 3
対
Ⅶ
自己停滞
世話
親密性
成人初期
対
Ⅵ
孤 立
愛
同一性
青年期
対
Ⅴ
同一性混乱
忠誠
勤勉性
学童期
対
Ⅳ
劣等感
適格
自主性
遊戯期
対
Ⅲ
罪悪感
目的
自立性
幼児期初期
対
Ⅱ
恥,疑惑
意志
基本的信頼
乳児期
Ⅰ
対
基本的不信
希望
1
2
3
4
3
5
6
7
漸成的発達図式における生涯の七番目の段階の原語は「adulthood」である。訳語としては,これまで,
「中年期」
,
「成人期」
,
「壮年期」等が当てられてきている。本研究では,近年の世代継承性研究の文脈
において,中年期という語が積極的に採用されていることから(e.g., 丸島,2000,2009 ; 深瀬・岡本,
2010b,岡本,2010,2011)
,この七番目の段階に中年期という語を当てることとする。
- 18 -
8
いう概念を用い,人間が意識下で,あるいは無意識下で経験しうる可能性を持
つ,あらゆる経験を統合し,自分自身の内奥にある本来的自己に至ることであ
る と 述 べ て い る 。 Jaffè( 1963/1973) に よ れ ば , Jung は こ の 個 性 化 過 程 を 検
討 す る に 当 た り ,最 終 的 に 自 身 の 死 と 直 面 す る こ と と な り ,
「 人 間 は ,死 後 の 生
命について一つの考えを作り上げるか,イメージを作る為に,できるだけのこ
とをやったと証明できなければならない」という到達点に言及したとされる。
こ の Jung の , 個 性 化 の 最 終 的 な 到 達 点 と し て の 次 世 代 の 中 に 生 き 残 る と い う
無 意 識 下 の 自 己 保 存 と 不 死 性 の 欲 求 の 充 足 の 構 図 は , Erikson の 世 代 継 承 性 の
枠組みの中に強く反映されていると考えられる。
上 述 の 通 り Erikson は ,当 初 世 代 継 承 性 を 中 年 期 の 適 応 上 の 課 題 と し て 設 定
し た が , Erikson は 晩 年 に な り , 彼 自 身 が 老 年 期 を 実 体 験 す る 様 に な っ た こ と
と相まって,世代継承性が老年期まで,適応をもたらす機能を伴って維持され
る こ と を 論 じ る 様 に な っ た 。Erikson( 1982/1989)の 議 論 の 中 で は ,老 年 期 に
おける世代継承性には,二つ側面が指摘されている。一つの側面は,高齢者が
祖 父 母 の 立 場 か ら 子 ど も や 孫 を 世 話 し 育 む 役 割 で あ る 。 Erikson は こ の 役 割 を
「 祖 父 母 的 世 代 継 承 機 能 (grand-generative function)」 と 呼 び , 中 年 期 の 子 育
ての延長線上にこの活動を位置づけている。もう一つの側面は,高齢者が日々
行 う 中 年 期 の 世 代 継 承 性 に 関 す る エ ピ ソ ー ド の 回 想 で あ る 。 Erikson は , 老 年
期における心理社会的不適応要素として慢性的な停滞感の存在を指摘する。高
齢者の世代継承性にまつわる回想は,自身の過去の不完全な世代継承性を再解
釈することで,停滞感を乗り越える為の試みであるとされる。
さらに,これらの現在において次世代を育むこと,また,過去に次世代を育
んだことを回想すること,という老年期の世代継承性に想定される二つの側面
は ,Erikson( 1963/1977)が 人 間 の 生 涯 の 8 番 目 の 段 階 で あ る 老 年 期 の 同 調 傾
向として設定した自我統合と密接に結びつくものとして捉えることができる。
Erikson( 1964/1971)は ,自 我 統 合 を ,老 年 期 の 基 本 的 徳 目 で あ る「 英 知 」に
基づき,
「 統 合 さ れ た 経 験 を 他( 次 世 代 )に 伝 え る 努 力 。後 世 へ の 遺 物 を 遺 す 為 ,
来るべき世代の要求に応えること」であると定義する。自我統合には,次世代
へ経験を伝える役割を果たすことによって統合性をもった自己が確立され,そ
れによって目前に迫る自分自身の死の恐怖を乗り越え,適応がもたらされる
- 19 -
( Erikson, 1963/1977, 1964/1971, 1982/1989), と い う メ カ ニ ズ ム が 想 定 さ れ
ている。老年期に課された,自身の経験を次世代に伝える,という役割は,中
年期に世代継承性として課された次世代を育む役割が,老年期において,より
高次な次元に焼き直されたものであると考えることができるだろう。この見方
を支持するかの様に,世代継承性が自我統合や英知と密接な結びつきを持って
い る こ と が ,こ れ ま で 繰 り 返 し 指 摘 さ れ て き て い る( e.g., Cheng, 2009 ; James
& Zarrett, 2006 ; Pratt et al, 1999)。 以 上 の 様 に , Erikson の 一 連 の 議 論 を 結
い合わせる中に,世代継承性に関する次世代を生み育てた無数の出来事を回想
し人生の意味に統合性を持たせること,そして,統合的な人生の意味を祖父母
的世代継承機能に基づいて次世代を育み,その育みを通じて次世代に伝え,そ
の統合性をより確固たるものへと高めていくこととが寄り集まり自我統合の核
を成す,という老年期の世代継承性の姿が浮かび上がってくる。
一 方 ,序 章 で 触 れ た 通 り ,Erikson( 1982/1989)は ,老 年 期 に 期 待 し た「 英
知に基づき統合された経験を次世代へ伝える」という,世代継承性と深く重な
る高齢者の役割が,高齢者の寿命が延び,多くの普通の年長者が増加した現代
社会の実状と上手く適合しなくなってきている可能性がある,という自己批判
的な考察を行っている。
以 上 の 様 に , Erikson は , 世 代 継 承 性 に 対 し , 中 年 期 か ら 老 年 期 に か け て 強
く経験される多種の停滞感や自身の死に代表される喪失としての失調要素を,
次世代を育み,その育みを通じて次世代に自身の要素を伝え遺す,という営み
を通じて乗り越える,という適応メカニズムを一貫して想定している。一方,
老年期においては,次世代に伝え遺すという営みに対して,現代社会の高齢者
の 日 常 の 在 り 方 を 鑑 み 如 何 な る 地 位 を 与 え る べ き も の で あ る の か , Erikson の
議論の範疇では十分な結論を見ていない。
第 2 節 中 年期 の世 代継 承性 と適 応 の関 連を 捉 える 実証 研 究
Erikson が 構 想 し た 世 代 継 承 性 と 適 応 と の 結 び つ き は , Erikson 以 後 の 幾 人
か の 研 究 者 に よ っ て , 実 証 的 に 検 討 が な さ れ て き て い る 。 そ こ で は , Erikson
の世代継承性に関する議論の展開と同様に,中年期を中心に検討が開始され,
- 20 -
その後,検討の範囲が老年期まで拡張されてきている。本節では,世代継承性
研究の土台を形成した中年期を対象とした研究に焦点を当て,世代継承性と適
応の結びつきを検証する実証研究が,如何なる枠組みの中で発展を遂げてきて
いるのかを概観する。
世 代 継 承 性 は , Erikson が そ の 概 念 を 提 唱 し て 以 来 , そ の 概 念 に 付 与 さ れ た
定 義 の 複 雑 さ 故 に ,実 証 研 究 の 俎 上 に 乗 る こ と は 稀 で あ っ た( 丸 島 , 2000)。世
代 継 承 性 の 実 証 的 な 研 究 が 盛 ん に 報 告 さ れ 始 め た の は , 実 に 1990 年 代 に 入 っ
てからのことである。その端緒は,世代継承性の重層的な定義が実証研究に適
合の良い構成概念として再定式化されたことによっている。その代表的な枠組
み は , Dan P. McAdams の 研 究 グ ル ー プ に よ っ て 構 築 さ れ た 。
McAdams & de St Aubin, (1992)は , Figure2 に 示 す 通 り , 世 代 継 承 性 を ,
1.「 文 化 的 要 請 (cultural demand) 」, 2.「 内 的 欲 求 (inner desire)」, 3.「 関 心
(concern)」, 4.「 信 念 (belief)」, 5.「 関 与 (commitment)」, 6.「 行 動 (action) 」,
7.「 物 語 (narration) 」 と い う 七 つ の 要 素 か ら 成 る 複 合 概 念 と し て 再 定 式 化 し ,
各要素を,動機の次元,計画の次元,実践的な行動の次元,さらに,意味の次
元へと大別し,その相互の関連性を描き出した。世代継承性の複合概念として
の再定式化は,人間が有する世代継承性に関する諸要素の傾向を捉える為の心
理測定尺度の開発を助け,世代継承性に関する諸要素と適応との関連を検証す
る実証研究を促進した。また,世代継承性を構成する要素の一つに,人間が経
験する意味の次元が設定されたことにより,世代継承性を対象とした「物語」
の研究が生み出されることとなった。
世 代 継 承 性 に 関 す る 諸 要 素 を 捉 え る 為 の 尺 度 と し て , McAdams & de St
Aubin( 1992) は , 世 代 継 承 性 の 構 成 要 素 の 中 で と り わ け 重 要 な 位 置 を 占 め る
とされる世代継承性に関する「関心」と「行動」に着目し,関心を測定する為
の 心 理 測 定 尺 度 と し て 「 Loyola Generativity Scale( LGS)」 を , ま た , 行 動
を 測 定 す る 為 の 心 理 測 定 尺 度 と し て 「 Generativity Behavior Checklist
( GBC)」を ,そ れ ぞ れ 開 発 し た 。後 に ,日 本 に お い て も ,丸 島・有 光( 2007),
田 渕 ・ 権 藤 ( 2011) や 田 渕 ら ( 2012) に よ っ て , 日 本 語 版 の LGS の 作 成 が 試
みられてきている。心理測定尺度を利用したこれらの研究によって,世代継承
性と適応に関する諸変数との相関関係が次の様に報告されてきている。
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F i g u r e 2 世 代 継 承 性 の 七 つ の 側 面 ( Mc Ad a m s & de St A u bi n, 1 9 9 2)
1.文 化 的 要 請
-発 達 的 期 待
-社 会 的 機 会
4.信 念
-種 族 の 中 の
3.関 心
-次 世 代 の 為 の
5.関 与
6.行 動
7.物語
-創 造 性
-個人の
-維 持
ライフストーリーの中の
-世 話
世代継承性スクリプト
-目 標
-判 断
2.内 的 欲 求
-象 徴 的 不 死 (主 体 性 )
-必要とされる欲求(共同性)
動機の根源
行動
考え・計画
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意味
1. 世 代 継 承 性 は ,外 向 性 や 開 放 性 ,調 和 性 ,人 生 満 足 度 ,幸 福 感 ,自 尊 心 ,目
標性,人生の一貫性,精神的健康,ウェルビーイングといった適応的な心理特
性 と 正 の 相 関 を 持 つ ( de St Aubin & McAdams, 1995 ; Grossbaum & Bates,
2002 ; 丸 島 , 2000, 2009)。 2. 世 代 継 承 性 は , 情 緒 不 安 定 性 や 抑 う つ 性 と い っ
た 非 適 応 的 な 心 理 特 性 と 負 の 相 関 を 持 つ ( de St Aubin & McAdams, 1995 ;
Grossbaum & Bates, 2002)。こ の 様 に ,Erikson が 中 年 期 の 世 代 継 承 性 に 想 定
した,世代継承性と適応との結びつきは,これらの変数間の相関関係として実
証的に支持されてきている。
さ ら に McAdams ら は , ナ ラ テ ィ ヴ ・ ア プ ロ ー チ の 立 場 か ら , 世 代 継 承 性 に
おける人間の経験する意味の次元としての「物語」に着目した実証研究を推し
進 め て い る ( e.g., McAdams, 2004, 2006 ; McAdams & de St Aubin, 1992 ;
McAdams, de St Aubin, & Logan, 1993 ; McAdams, Diamond, de St Aubin, &
Mansfield, 1997 ; McAdams, Hart, & Maruna, 1998 ; McAdams, Reynolds,
Lewis, Patten, & Bowman, 2001)。 ナ ラ テ ィ ヴ ・ ア プ ロ ー チ は , 人 間 の 思 考 の
過 程 が 有 す る 物 語 と し て の 性 質 に 着 目 す る 。 Sarbin( 1986/1991) は , 人 間 が
自らの経験を時間的に分節し,体制化することによって意味を見出していく様
相が物語の有する性質と近似していることを指摘し,人間心理の「根源的メタ
フ ァ ー ( root metaphor )」 と し て の 地 位 を 物 語 に 与 え た 。 ま た , Bruner
( 1986/1998)は ,人 間 の 日 常 的 な 思 考 の 様 式 を「 物 語 モ ー ド( narrative mode)」
と呼び,物語としての思考の過程の中で出来事が結びつけられることにより人
間の経験の意味が生成されると述べた。これらの論考を踏まえ,ナラティヴ・
アプローチは,人間の語りを,出来事と出来事,時間と時間を結び合せる「意
味 を 生 み 出 す 行 為 ( Bruner 1990/1999)」 と 見 な す 。 と り わ け そ の 物 語 行 為 が
自身の経験や歴史の記述に向けられる場合,しばしばそれは「自己物語
(self-narrative)」と 呼 ば れ る (浅 野 , 2001)。McAdams ら は ,こ の 自 己 物 語 の 中
の世代継承性に関する語りの有する,適応をもたらす思考の過程を明らかにし
よ う と し て き た 。 McAdams ら の ナ ラ テ ィ ヴ ・ ア プ ロ ー チ に 基 づ く 世 代 継 承 性
研究は,大きく二つの段階を経ている。
第 一 の 段 階 で は ,McAdams は ,
「 世 代 継 承 性 ス ク リ プ ト( generativity script ;
McAdams, 1985, 2004)」 と い う 概 念 を 用 い , 世 代 継 承 性 に 関 す る 語 り を , 成
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人の自己物語に本来的に埋め込まれるものとして想定した。世代継承性スクリ
プトは,自己物語の中で,次世代を育み,肯定的な遺産を次世代に伝えること
で,人生の終焉を乗り越え,次世代の中に生き続ける,という適応をもたらす
思 考 の 過 程 と さ れ る 。 McAdams & de St Aubin( 1992) 及 び McAdams et al.
( 1993)は , 自 己 物 語 に 埋 め 込 ま れ た 世 代 継 承 性 に 関 す る 次 世 代 を 生 み 育 て ,
次世代に伝え遺すことの語りを捉える為のコーディング基準を開発し,ナラテ
ィヴ・アプローチの枠組みから世代継承性という概念を実証研究の俎上に引き
上 げ よ う と し た 。 そ の コ ー デ ィ ン グ 基 準 で は , 1.「 創 造 (creating)」, 2.「 維 持
(maintaining)」, 3.「 提 供 (offering)」, 4.「 次 世 代 (next generation)」, 5.「 象
徴 的 不 死 (symbolic immortality)」 の 五 つ が 世 代 継 承 性 の 語 り の テ ー マ と し て
設定されている。しかし,この試みの中で得られた成果は,世代継承性に関す
る次世代を生み育て,次世代に伝え遺すことの語りが自己物語に含まれる頻度
を測定し,それらが世代継承性に関する関心や行動と相関関係を有することの
確認に留まっている。この取り組みが,世代継承性の性質としての適応を促進
する思考のメカニズムを記述することに十分な成果を上げているとは言い難い。
次 に , 第 二 の 段 階 で は , McAdams ら は , 適 応 と 関 係 す る , 世 代 継 承 性 に 関
す る 語 り の 構 造 を 明 ら か に し よ う と し た 。 McAdams et al.( 1997) は , LGS
を 用 い 世 代 継 承 性 に 関 す る 高 い 関 心 を 持 つ 者 を 抽 出 し ,彼 ら の 自 己 物 語 の 中 に ,
苦 難 の 経 験 が 好 転 す る 「 救 済 の シ ー ケ ン ス ( redemptive sequence)」 が よ り 頻
繁 に 含 み 込 ま れ る こ と を 明 ら か に し た 。 さ ら に , McAdams et al.( 2001) は ,
この救済のシーケンスを自己物語の中に生起することが,人生満足,自尊心,
自 己 一 貫 性 , ウ ェ ル ビ ー イ ン グ を も た ら す こ と を 報 告 し た ( McAdams, 2004,
2006 ; McAdams et al., 2001 ; Pratt et al., 1999)。 McAdams( 2006) は , ア
メ リ カ 人 の 自 己 物 語 に 含 ま れ る 救 済 の シ ー ケ ン ス に つ い て , 1. 「 贖 罪
( atonement)」, 2.「 解 放 ( emancipation)」, 3.「 上 進 ( upward mobility)」,
4.「 回 復( recovery)」,5.「 啓 発( enlightenment)」,6.「 生 育( development)」,
と い う 六 つ の テ ー マ の 分 類 を 示 し て い る 。 こ れ ら 六 つ を McAdams は 「 救 済 の
言 語 (languages of redemption)」 と 呼 び , そ の 一 つ 一 つ が 自 己 物 語 の 中 で , 困
難な出来事を好転させる,思考上のコーピング作用をもたらすと述べている。
これらの六つのテーマの中で,とりわけ生育のテーマは,正に世代継承性に関
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す る 語 り そ の も の で あ る と 言 え よ う 。 McAdams に よ れ ば , 生 育 と い う 救 済 の
言 語 は , 「 未 成 熟 ( immaturity) 」 な 存 在 を 生 み 育 て る こ と の 献 身 に よ っ て ,
そ の 存 在 が 成 長 し 「 成 就 ( actualization) 」 す る , 自 己 物 語 の 好 転 の プ ロ ッ ト
で あ る と さ れ る 。 McAdams は , こ れ ら 六 つ の 救 済 の 言 語 を , ア メ リ カ 人 に 固
有 の 物 で あ り ,全 て の 文 化 圏 に 一 般 化 で き る も の で は な い と 制 限 を 設 け て い る 。
その一方で,世代継承性は全ての文化圏に見られる現象であるとし,その中核
に は 家 族 の 中 の 子 育 て が 位 置 づ く と も 述 べ て い る ( McAdams, 2004)。 こ の こ
とから,救済の言語の中でも,世代継承性と密接に関わる生育のプロットによ
る自己物語の好転については,文化を跨ぎ,日本を含む多くの文化圏において
も,アメリカと同様に適応をもたらす思考の過程として機能すると考えて良い
だろう。
ここまで概観してきた通り,中年期を対象とした世代継承性の適応メカニズ
ム を 検 討 し た 実 証 研 究 は ,McAdams & de St Aubin( 1992)に よ り 再 定 式 化 さ
れ た 複 合 概 念 と し て の 世 代 継 承 性 の 上 に 蓄 積 さ れ て き た 。 McAdams ら に よ っ
て,世代継承性に関する関心と行動に関する傾向を測定する心理測定尺度を開
発され,世代継承性に関する関心や行動と適応に関する諸変数との間の正の相
関 が 実 証 さ れ た 。 こ の こ と に よ り , Erikson が 構 想 し た 世 代 継 承 性 と 適 応 の 結
び つ き の 構 図 は 大 枠 で 支 持 さ れ た と 言 え る 。 ま た , McAdams ら に よ っ て , 世
代継承性に関する人間の経験の意味を明らかにすることを目的とした,ナラテ
ィヴ・アプローチに基づく研究が実施されてきている。その中では,世代継承
性という概念の根幹として位置づけられる,次世代を生み育てること,次世代
へ伝え遺すこと,という二つの営みに関する人間の意識化された思考の過程の
記 述 が 試 み ら れ た 。McAdams( 2006)は ,次 世 代 を 生 み 育 て る こ と の 経 験 が ,
人間の意識化された思考の過程において,未成熟な存在を生み育てることの献
身によって,その存在が成長し成就する,という自己物語の好転のプロットで
ある生育と呼ばれる救済の言語の構造を形成し,人間の適応を促進する機能を
果 た す こ と を 指 摘 し た 。ま た ,McAdams & de St Aubin( 1992)及 び McAdams
et al.( 1993)は , 次 世 代 へ 経 験 を 伝 え 遺 す こ と の 経 験 の 意 味 を 自 己 物 語 の 中 か
ら汲みとることを試みた。しかし,次世代へ経験を伝え遺す経験についての
McAdams ら の 検 討 は , 伝 え 遺 す こ と に 関 す る エ ピ ソ ー ド が 自 己 物 語 の 中 に 含
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まれるかどうかを判別するのみに留まっており,伝え遺すという思考の過程に
伴う意味やその思考がもたらす適応機能の記述は,未だ成功を見ていない。
第 3 節 老 年期 の世 代継 承性 の実 証 研究 とそ の 問題
本節では,老年期における世代継承性と適応の関係を捉える実証的な知見を
概観し,そこで何が明らかにされてきており,また,何が問題として残されて
いるのかを明確化する。老年期を対象とした世代継承性に関する実証研究にお
いてもまた,前節で概観した中年期を対象とした世代継承性に関する研究と同
様に,世代継承性に関する諸要素と適応との関連を検証する志向性を持つ研究
と,世代継承性を構成する要素の一つとして想定される意味の次元を記述する
ナラティヴ・アプローチに基づく研究とが,並行して取り組まれてきている。
これより,それらの二つの志向性を持つ研究を順に概観する。
老年期の世代継承性の諸要素の傾向を心理測定尺度によって測定し,適応と
の関連を検証する研究は,中年期におけるそれと概ね同様の結果を報告してい
る。世代継承性に関する測定尺度を用いた生涯発達的視点に立つ横断的研究に
おいて,世代継承性に関する関心や行為の傾向の程度が心理測定尺度によって
測定され,その得点が中年期から老年期にかけて同等程度に維持されることが
報 告 さ れ て き て い る( 丸 島 , 2000 ; McAdams et al., 1993 ; Pratt et al., 1999)。
さらに,老年期においても中年期と同様に,世代継承性に関する関心が,ウェ
ルビーイングや主観的健康知覚,将来の活動性や生存率との間に正の相関関係
を 持 つ こ と が 報 告 さ れ て い る( e.g., Cheng,2009 ; Gruenewald et al., 2012 ; 田
渕 ら , 2012 ; Tabuchi et al., 2015 ; Tomas et al., 2012)。 こ れ ら の 知 見 か ら ,
世代継承性の適応を促進する機能は,中年期から老年期にかけてまで発達の段
階を跨いで維持されることが示されている。
一方,老年期の世代継承性における人間の経験の意味を記述するナラティ
ヴ・アプローチに基づく研究は,幾つかの報告が見られているが,世代継承性
と適応機能の関連を描き出す,という観点において,未だ十分な成果を示すこ
とができていないと考えられる。ナラティヴ・アプローチに基づく幾つかの老
年期の世代継承性研究によって,自己物語の中に世代継承性に関するエピソー
- 26 -
ド が 老 年 期 に お い て も 豊 か に 語 ら れ る こ と が 報 告 さ れ て き て い る ( e.g.,
Erikson et al., 1986/1990 4 ; 深 瀬 ・ 岡 本 , 2010a, 2010b ; 林 , 2000 ; McAdams
et al., 1993 ; Pratt et al., 1999 ; Urrutia et al., 2009 ; 山 口 , 2000)。 そ の 一
方で,世代継承性に関するエピソードを含み込む自己物語に伴う意味や,その
適 応 を 促 す 語 り の 機 能 に 関 す る 検 討 は 未 だ 問 題 を 残 し て い る 。幾 つ か の 研 究 は ,
自己物語の中に見て取られた,次世代への自身の要素の継承に関するエピソー
ドを取り上げ,その語りが,世代のサイクルの中に自分の居場所を見出す,あ
るいは,次世代の中に生き残る,といった適応機能を有すると報告している
( e.g., Coleman & Podolskij, 2007 ; Erikson et al., 1986/1990, 深 瀬 ・ 岡 本 ,
2010b ; 林 , 2000 ; 山 口 , 2000)。 し か し , こ れ ら の 報 告 は , Erikson が 想 定 し
た無意識下の自己保存と不死性の欲求の充足という適応のメカニズムを前提と
し , Erikson の 理 論 を 説 明 す る 上 で 適 合 性 の 良 い 内 容 を 持 つ エ ピ ソ ー ド を 自 己
物語の中から抽出することを志向するに留まるものであると考えられる。そこ
では,高齢者の語りそのものが生み出す,意識化された思考の過程としての適
応機能を記述する観点が抜け落ちている。
以上の通り,老年期の世代継承性に関する実証研究は,世代継承性が,中年
期と同様に老年期にかけてまで適応機能を伴って強く維持されることを質問紙
調査によって明らかにしてきた。しかしながら,一方で,ナラティヴ・アプロ
ーチに基づく老年期の世代継承性の性質,即ち,意識化された思考に生じる意
味や適応機能の検討についてはその記述に成功していない。その原因は,老年
期の世代継承性研究の蓄積が中年期に比べて不足しているという素朴な理由に
は回収されない,世代継承性研究の根底に存在する次の様な二つの問題に根ざ
していると考えられる。
一つ目の問題は,老年期の世代継承性を対象としたナラティヴ・アプローチ
に 基 づ く 実 証 研 究 が , Erikson が 構 想 し た 高 齢 者 像 を , 取 捨 選 択 の 検 閲 を 行 わ
1986 年 に 刊 行 さ れ た , 老 年 期 の 自 我 発 達 を 検 討 す る こ と を 目 的 と し た イ ン タ ビ
ュ ー 調 査 研 究 が 掲 載 さ れ た「 老 年 期 -生 き 生 き と し た か か わ り あ い -」は ,そ の 著 者
と し て , Erik H. Erikson, Erikson の 妻 で あ る Joan Erikson, 心 理 臨 床 家 で あ る
Helen Kivnick の 3 名 の 名 前 が 並 ぶ 。し か し ,Friedman( 1999/2003)に よ れ ば ,
Erik H. Erikson は , 1982 年 に 刊 行 さ れ た 「 ラ イ フ サ イ ク ル そ の 完 結 」 で 一 線 を
退 い た と さ れ ,こ の 1986 年 の 著 書 に お け る 実 証 的 な 調 査 研 究 は ,実 質 的 に は 共 著
者 で あ る Kivnick の 作 品 で あ る と さ れ る 。
4
- 27 -
ず , そ の ま ま の 形 で 受 け 入 れ て き て い る こ と に あ る 。 Erikson が 老 年 期 に 想 定
した次世代を生み育て,経験を伝え遺す,英知に満ちた老賢者としての高齢者
像 は ,本 章 の 第 1 節 に お い て 取 り 上 げ た Erikson 自 身 の 内 省 的 な 検 討 か ら も 明
らかな通り,老年期における日々の生活の実状との適合性に関して多分に検討
の余地を残している。そこでは,次世代を生み育て,伝え遺す営みを,社会か
ら無条件に歓迎されるものとして見なすのでは無く,現代社会を生きる高齢者
の自己物語の検討を通じて,そこで経験される意味や,その適応機能の再考が
な さ れ る べ き で あ る 。 ま た , Erikson の 構 想 し た 高 齢 者 像 に お い て 想 定 さ れ な
かった,心身の自律性が著しく低下する老年期の終盤の世代継承性の経験に目
を 向 け る べ き で あ る 。 こ れ ら の こ と は , 本 章 の 第 4 節 に お い て , Erikson が 構
想した漸成的発達図式における老年期の性質を再考する為に,現代社会の文脈
に配慮した幾つかの論考を取り上げて議論する。
二つ目の問題は,老年期の世代継承性の性質としての経験の意味を記述する
ことを目指したはずのナラティヴ・アプローチの枠組みが,世代継承性の適応
機 能 を , Erikson が 構 想 し た 自 己 保 存 と 不 死 性 の 欲 求 の 充 足 と い う 無 意 識 下 の
過 程 を 前 提 に し , Erikson の 理 論 を 説 明 す る 上 で 都 合 の 良 い エ ピ ソ ー ド を 抽 出
す る 作 業 の 範 疇 か ら 抜 け 出 せ て い な い こ と に あ る 。本 章 の 第 2 節 で 既 に 述 べ た
通 り ,McAdams & de St Aubin( 1992)が 世 代 継 承 性 研 究 に ナ ラ テ ィ ヴ ・ ア プ
ローチを導入した当初,世代継承性に関する自己物語として定義された世代継
承性スクリプトに関するエピソードが,参加者の語りに現れるかどうかを判別
する手法が採用された。しかし,この手続きは,世代継承性の理論と適合する
語りを抽出するに留まり,語りそのものが有する意味や適応機能を記述する方
向には発展しなかった。これまで実施された老年期を対象とした世代継承性の
実 証 研 究 に は ,押 し 並 べ て 同 様 の 問 題 が 生 じ て お り ,各 研 究 は Erikson が 構 想
した適応機能の枠組みと一致する内容の語りを抽出するに留まっている。老年
期の世代継承性の性質を記述する為には,既に序章において述べた通り,
Erikson の 想 定 す る 自 己 保 存 と 不 死 性 の 欲 求 の 充 足 と い う 無 意 識 下 の 過 程 を 一
度鍵括弧に入れ,高齢者の自己物語において意味が生成される言語の過程に着
目する必要があると考えられる。先行研究における研究方法の問題を乗り越え
る 為 に は , McAdams( 2006) が 中 年 期 の 世 代 継 承 性 の 検 討 を 通 じ て 救 済 の 言
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語として生育の報告した,語りの「構造」に着目した枠組みが有効であると考
え ら れ る 。 McAdams は , 未 成 熟 な 存 在 を 生 み 育 て る こ と の 献 身 に よ っ て , そ
の存在が成長し成就する,語り好転の構造が適応機能を有することを明らかに
し た 。 こ の McAdams の 枠 組 み は , 自 己 物 語 と い う 人 間 の 日 常 の 意 識 化 さ れ た
思考過程の中に適応機能を想定する,言わば,人間の有する「言語」の力に,
より重きを置くものである。老年期の世代継承性の性質を記述しようとする研
究は,現代の高齢者の日常に目を向け,日常の文脈を包含して紡がれる自己物
語を抽出し,その自己物語が有する構造によって生成される適応機能を記述す
る枠組みを必 要として いると考えら れる。本 章の第 5 節に おいて,老年期とい
う発達の段階に特有の世代継承性に関する自己物語の構造を汲みとることを実
現することを睨み,ナラティヴ・アプローチの枠組みを老年期の思考の性質に
即して最適化する為の検討を行う。
第 4 節 人生後半の漸成的発達図式と世代継承性の再考
前節で論じた様に,これまで実施されてきた老年期の世代継承性に関する実
証研究は,世代継承性に関する関心や行動と適応に関する諸変数の正の相関関
係を明らかにした点で成果を上げていると言える。その一方で,世代継承性と
適応が結びつく人間の思考過程のメカニズムを明らかにするという点では,
Erikson が 精 神 分 析 の 枠 組 み の 中 で 20 世 紀 半 ば に 構 想 し た 高 齢 者 像 が ,現 代 社
会における日常の中の高齢者の世代継承性の性質を記述することを阻害する要
因になっていると考えられた。本節では,現代社会における老年期の世代継承
性 の 性 質 を 捉 え る 為 の 枠 組 み を 整 え る こ と を 目 的 に , Erikson の 漸 成 的 発 達 図
式 を 現 代 社 会 の 実 状 に 即 し て 再 考 す る こ と を 試 み る 。 そ こ で は 先 ず , Erikson
自身も疑義を投じている,次世代を生み育て,経験を伝え遺すという老年賢者
としての高齢者像の現代社会における位置づけについて検討を行う。次に,現
代社会における長寿命化によって明示化されることとなった,心身の自律性が
著しく損なわれる人生終盤における世代継承性の位置づけについて検討を行う。
さらに,これら二つの考察を踏まえ,現代社会の実状に即す形に再考された,
漸成的発達図式の仮説モデルの提示を試みる。
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先ず,現代社会における老賢者としての高齢者像の妥当性に関して検討を行
う 。序 章 に て 触 れ た 通 り ,Erikson( 1982/1989)は ,老 年 期 に お け る 適 応 の 達
成を支える基本的徳目として設定された,次世代に経験を伝え遺すという世代
継承性と強く重なり合う性質を持つ「英知」が,長寿命化が進み大量の高齢者
が溢れる現代社会においても妥当性を持ちうるのかについて疑義を投じた。次
に 示 す Cheng( 2009)の 質 問 紙 調 査 は ,こ の Erikson の 問 い に 対 し 実 証 的 な デ
ー タ に 基 づ い た 返 答 を 与 え る も の で あ る と 考 え ら れ る 。Cheng の 調 査 で は ,高
齢者の世代継承性に関する関心の程度とウェルビーイングとの間に正の相関関
係が示された。さらにその中では,高齢者の世代継承性に関する関心の高低の
程度が,次世代から高齢者が受け取る敬意の程度に依存することが,また,高
齢者の世代継承性に関する行為が,次世代から敬意を受ける程度が高い程にウ
ェルビーイングと密接に結びつくことが明らかにされた。この知見は,田渕ら
( 2012) 及 び Tabuchi et al. (2015)に よ っ て , 日 本 に お け る 高 齢 者 に お い て も
再現性が確認されている。これらの調査結果から,老年期において,世代継承
性と適応の結びつきは,次世代から受ける敬意の程度に大きく依存しているこ
とが示唆される。現代社会における高齢者人口比率の著しい上昇は,高齢者を
取り巻く環境の多様性をより拡大するものであると言えよう。現代社会におい
て は ,Cheng や 田 渕 ら の 知 見 が 示 す 通 り ,高 齢 者 と 目 の 前 に 存 在 す る 次 世 代 と
の 間 に ,次 世 代 に 何 か を 伝 え る 努 力 と ,そ れ に 応 答 す る 次 世 代 か ら の 敬 意 と が ,
双 方 向 的 に 行 き 来 す る 関 係 性 が 維 持 さ れ る 環 境 下 に お い て ,か つ て Erikson が
構想した,統合された経験を他に伝えることで適応を果たす,という英知に満
ちた老賢者としての高齢者像が依然として一定の説得力を持って生き続けてい
るのだと考えられる。一方で,取り巻く次世代が高齢者に対して敬意を示さな
い場合,高齢者の世代継承性に関する関心は減じられ,また,世代継承性関す
る 行 為 は 周 囲 に 受 け 入 れ ら れ な い 独 り よ が り の 営 み と 見 な さ れ ,Cheng や 田 渕
らの調査結果が示す通り世代継承性の適応機能は失われるのだと考えられる。
高齢者の世代継承性に関する営みや,そこでの経験に多様性をもたらす現代社
会 に お い て は ,英 知 と い う Erikson が 老 年 期 に 期 待 す る 人 間 の 理 想 像 を ,老 年
期における世代継承性の営みが有しうる多様性の中の,一つの理想的な一面と
し,ある程度の限定性を設けて位置づけることによって,現実の文脈により適
- 30 -
合した現象理解が可能になると考えられる。
次に,人生終盤における世代継承性の位置づけに関して検討を行う。先に触
れ た ,Cheng や 田 渕 ら の 報 告 し た 知 見 は ,高 齢 者 を 取 り 巻 く 次 世 代 と の 関 係 性
が,世代継承性の適応を促進する機能に影響を与えることを示すものである。
生涯発達の観点から,老年期という幅広い年齢を包含する発達の段階は,比較
的自律的に過ごすことが可能な老年前期から,加齢が進み他者の助け無しでは
生活が成り立たなくなる老年後期にかける,加齢に伴う大きな発達的変容の過
程を含み込んでいると考えられる。その大きな発達的変容の過程の中で,次世
代との関係性や,次世代から向けられる敬意が質的に変容を遂げ,それに伴っ
て世代継承性の適応機能に変容が生じることは想像に難くない。先に触れた
Erikson の 理 論 的 な 洞 察 , Cheng や 田 渕 ら の 調 査 は , 言 う な ら ば , 高 齢 者 が 主
体的に次世代へ関わり合う自律性を維持できている老年前期を主眼に置いてい
ると言える。従って,次世代との関わりや自律性の維持が困難になる老年後期
における世代継承性の性質について更なる検討が必要になると考えられる。
Erikson の 妻 で あ る Joan Erikson は , 晩 年 の 著 書 の 中 で , 自 ら が 90 歳 を 超
え,著しい自律性の低下の中で老年期の終盤を生きる実体験に基づき,従来の
Erikson が 設 定 し た 8 段 階 の 漸 成 的 発 達 図 式 に , さ ら に 9 番 目 の 段 階 の 追 加 を
試 み て い る ( Erikson & Erikson, 1997/2001)。 Joan Erikson は , こ の 9 番 目
の 段 階 に お い て , Erikson が 英 知 と い う 概 念 に 想 定 し た 高 尚 な 定 義 を , 高 齢 者
に 重 た い 試 練 を 課 す も の で あ る と 指 摘 し て い る 。Joan Erikson に よ れ ば ,老 年
後期の経験において,心身の機能の衰えによって,次世代を世話することはも
はや困難となり,一方的に,かつ強制的に世話を受ける側に回らざるを得なく
なり,他者から不要物として扱われている様に感じられ,次世代から敬意を得
る こ と が よ り 困 難 に な る と さ れ る 。Joan Erikson は ,老 年 後 期 に お い て ,英 知
と い う 概 念 を Erikson が 想 定 し た 老 年 前 期 の 老 賢 者 と し て の 振 る 舞 い と し て 捉
えるのでは無く,衰えゆく心身の機能が可能にする範囲の限られた生活空間の
中で,物事に対して視覚や聴覚を研ぎ澄まし,瑞々しい発見を失わずに生きる
こと,として捉え直すことが重要になると述べている。
Joan Erikson は ま た ,物 事 や 対 人 関 係 を よ り メ タ 的 に 捉 え ,物 質 的 な 事 物 へ
の 執 着 を 捨 て 去 る 「 老 年 的 超 越 ( gerotranscendence)」 の 観 点 が , 老 年 後 期 を
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生きる人間の適応の在り方として,より適合的であるとも述べている。老年的
超 越 と は , そ の 提 唱 者 の Tornstam(1994)に よ れ ば , 人 間 の 認 識 は , 老 年 期 に
おいて物質的で合理的な世界観から超越的な世界観へと発達的な移行を経るこ
と を 想 定 す る 老 年 期 の 適 応 理 論 で あ る 。 Tornstam(1994, 2005)に よ れ ば , 老 年
的 超 越 の 経 験 は , 1.宇 宙 的 感 覚 と の 神 秘 的 交 信 と い う 感 情 の 増 加 , 2.時 間 ・ 空
間 ・ 目 標 の 知 覚 の 再 定 義 , 3.生 と 死 へ の 再 定 義 と 死 へ の 恐 れ の 減 少 , 4.前 世 代
と 次 世 代 に 対 す る 親 近 感 の 増 加 , 5.必 要 以 上 の 社 会 的 関 係 性 へ の 興 味 の 減 少 ,
6.物 質 的 事 物 へ の 興 味 の 減 少 , 7.自 己 中 心 性 の 減 少 , 8.瞑 想 に 費 や す 時 間 の 増
加,という 8 つの特徴を有するとされる。
Joan Erikson に よ る こ れ ら の 一 連 の 議 論 の 中 で は ,老 年 期 の 終 盤 に 差 し 掛 か
った人間にとっては,世代継承性はもはや高齢者を取り巻く環境に沿わない,
適応と結びつきようの無い,遠い過去の遺物である様にも見受けられる。しか
し ,Joan Erikson は ,老 年 後 期 に お い て 次 世 代 と 関 わ り を 持 つ 意 味 を ,従 来 の
老 年 的 超 越 の 理 論 枠 組 み が 軽 ん じ て い る と 批 判 し , Erikson の 枠 組 み に 立 ち 返
り ,老 年 後 期 に お い て も 次 世 代 へ 関 わ り ,そ こ で 経 験 を 伝 え る と い う 役 割 が( 何
をどの様に伝えるかは明言されていないが)なお重要であるとだけ述べ,結論
を得ないままに論を閉じている。老年後期における,加齢に伴う次世代との関
係 性 の 維 持 の 困 難 性 は ,Cheng や 田 渕 ら が 示 し た 次 世 代 か ら の 敬 意 と 世 代 継 承
性の適応機能との関係を論じる上で,一つの重要な題材となるだろう。世代継
承性は,次世代との物理的な関係を十分に保つことが極めて困難になる環境下
において,適応機能を維持しうるのか,また,もしそれが維持されるのであれ
ば,それは如何なる思考の過程に基づくものであるのか,そのメカニズムの根
本を問うていく必要がある。
こ こ ま で に 取 り 上 げ た 老 年 期 の 世 代 継 承 性 に 関 す る 二 つ の 議 論 は , Erikson
の漸成的発達図式を,現代社会の実状に即して再考する為の足場となると考え
る 。 再 考 さ れ た 漸 成 的 発 達 図 式 の 仮 説 モ デ ル を Figure3 に 示 す 。 そ こ で は , 先
ず ,生 涯 の 7 番 目 の 段 階 で あ る 中 年 期 に 想 定 さ れ る「 世 代 継 承 性 vs 自 己 停 滞 」
の 先 に , Erikson の 従 来 の 図 式 に お い て , 生 涯 の 8 番 目 の 段 階 と し て 「 自 我 統
合 vs 絶 望 」 と い う 同 調 傾 向 と 失 調 傾 向 の 対 立 の 構 図 の 上 に 設 定 さ れ る 「 老 年
期 」を ,比 較 的 自 律 性 が 保 た れ る「 老 年 前 期 」と し て 再 設 定 す る 。従 来 の Erikson
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の枠組みでは,老年期の基本的徳目である英知には,次世代に経験を伝え遺す
老 賢 者 と し て の 役 割 と い う 確 固 た る 地 位 が 与 え ら れ て い た 。そ れ に 対 し ,Cheng
( 2009), 田 渕 ら (2012) 及 び Tabuchi et al.(2015)は , 高 齢 者 の 次 世 代 へ 伝 え
遺すという営みと,その営みに対する次世代の敬意とが,双方向的に一致をみ
る場合にのみ,世代継承性の適応機能が発揮されることを報告した。この知見
は,英知が,現代社会において,次世代から無条件に好ましいものとして受け
入れられる特権的な地位を持つものではなく,高齢者が伝え遺そうとするもの
を次世代が求める,という双方向的な合意の中の上に成り立つ関係性の産物と
して捉え直す必要性を示唆していると考えられる。このことから,老年前期の
基本的徳目として「双方向性の上の英知」を新たに設定した。
ま た ,生 涯 の 8 番 目 の 段 階 の 老 年 前 期 の 先 に は ,Joan Erikson の 論 考 を 踏 ま
え,自律性が著しく減じられる中で,絶望という失調要素が前面に現れるとさ
れ る 生 涯 の 9 番 目 の 段 階 で あ る「 老 年 後 期 」を 新 た に 設 定 し た 。そ こ に は ,Joan
Erikson が 提 示 し た , 充 満 す る 喪 失 感 に よ っ て も た ら さ れ る 絶 望 を , 物 理 的 な
事物への執着を捨て去る老年的超越という新たな次元の心境に達することによ
っ て 克 服 す る と い う「 老 年 的 超 越 vs
絶 望 」と い う 同 調 傾 向 と 失 調 傾 向 の 対 立
の 構 図 を 設 定 し た 。ま た ,老 年 後 期 の 基 本 的 徳 目 と し て ,Joan Erikson が 定 義
した,物事に対して視覚や聴覚を研ぎ澄まし瑞々しい発見を失わずに生きる,
という老年後期の英知の在り方を「知覚を研ぎ澄ます英知」と命名し,新たに
設定した。
この現代社会の漸成的発達図式の仮説モデルにおいて,世代継承性は,老年
前期,老年後期共に,人間の適応を支える重要な役割を持つものとして組み込
ま れ る こ と に な る 。Erikson( 1982/1989)は ,人 生 の 冒 頭 に 当 た る 三 つ の 発 達
の段階を取り上げ,各発達の段階に見られる同調傾向と失調傾向の対立の構図
が,後に続く発達の段階において,再度焼き直されて取り組まれることになる
ことを,漸成的発達図式の本質的な構造として説明した。この漸成的発達図式
に想定される焼き直しのメカニズムを人生の後半の世代継承性から考察したも
のが,本章の第 1 節で触れた,老年前期における,祖父母として次世代を生み
育てる祖父母的世代継承機能であり,人生の結実として自身の経験に統合性を
持たせる為の過去の世代継承性に関する出来事の回想であり,また,その経験
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Figure3 現 代 社 会 の 漸 成 的 発 達 図 式 の 仮 説 モ デ ル
老年的超越
対
老年後期
Ⅸ
次世代へ伝え遺すこと
絶望,嫌悪
知覚を研ぎ澄ます英知
統合
祖父母的世代継承機能
対
老年前期
Ⅷ
回想による世代継承性の再興
絶望,嫌悪
次世代へ伝え遺すこと
双方向性の上の英知
世代継承性
対
中年期
Ⅶ
自己停滞
世話
7
8
9
を 次 世 代 に 伝 え る と い う 自 我 統 合 に お け る 英 知 で あ る 。ま た ,Joan Erikson が ,
老年後期の老年的超越の中にそれを組み込むことを強く期待した,高齢者の次
世代へ伝え遺す役割は,老年前期に引き続き,老年後期においても重要な意味
を持つとされた。この様に,世代継承性は,老年前期から老年後期にかけて,
各段階における同調傾向,即ち,自我統合や老年的超越の定義にまで深く組み
込まれ,複数の発達の段階を跨ぐ同調傾向の土台として人間の適応を支える中
核の概念と見なすことができる。
さて,ここまで検討してきた現代社会の漸成的発達図式の仮説モデルは,老
年期の世代継承性の性質を記述する上で,次の二点の視点を実証研究の検討課
題として提示する。一つ目の視点は,老年前期における双方向性の上の英知が
発揮される背景となる,次世代を生み育て,伝え遺すという高齢者の営みが,
次世代から敬意を持って受け入れられる,という合意の過程を見出す高齢者の
思考方略への着目である。高齢者自身が自己物語を通じて,自身の世代継承性
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に関する営みが次世代に受け入れられている,と意味づけることができるか否
かが,現代社会における老年前期において,世代継承性の適応機能が発揮され
る上での鍵となると考えられる。二つ目の視点は,老年後期における同調傾向
として設定された老年的超越と世代継承性との間の関連性を見出そうとする知
覚を研ぎ澄ます英知としての高齢者の思考への着目である。老年的超越と次世
代 へ 伝 え 遺 す こ と の 結 び つ き を 想 定 す る こ と は , 現 時 点 に お い て は , Joan
Erikson が 抱 い た 期 待 の 範 疇 に 留 ま っ て い る 。 老 年 的 超 越 と い う 物 理 的 関 係 性
からの離脱を志向する概念と,世代継承性という関係性を前提とした概念は,
本来相入れないものであると考えられる。老年後期における高齢者の日常の営
みに,老年的超越と世代継承性との間の何らかの関連性が見出されるか否かに
よって,老年後期における世代継承性の適応機能に期待される重みづけは,大
きく左右されるのだと考えられる。
第 5 節 世代継承性の性質を捉える為のナラティヴ・アプローチの枠組みの検討
本 章 の 第 3 節 で 指 摘 し た 通 り ,こ れ ま で 実 施 さ れ て き た 老 年 期 の 世 代 継 承 性
に 関 す る 実 証 研 究 は , Erikson が 構 想 し た 自 己 保 存 と 不 死 性 の 欲 求 の 充 足 と い
う 無 意 識 下 の 過 程 を 前 提 に し , Erikson の 理 論 を 説 明 す る 上 で 都 合 が 良 い エ ピ
ソードの検討の範疇に終止してきている。それ故に,高齢者の自己物語そのも
のが果たす,現実に対処する為の思考方略としての適応機能の記述が等閑にさ
れ て き た 。 老 年 期 の 世 代 継 承 性 の 性 質 の 記 述 に は , Erikson の こ の 想 定 を 鍵 括
弧に入れ,現代社会の高齢者が営む生地の思考の過程に生じる適応機能に焦点
を当てることが必要になると考えられる。この高齢者の自己物語そのものの持
つ適応機能に焦点を当てる枠組みは,前節において検討された,老年前期にお
ける,自身の次世代を生み育て,伝え遺す営みが次世代から敬意を持って受け
入れられることを見出す思考の過程を記述することを可能にすると考えられる。
また,老年後期においては,老年的超越と次世代へ伝え遺すという世代継承性
の営みが結びつき,適応をもたらす思考の過程を検討することを可能にすると
考えられる。本節では,現代社会における老年期の世代継承性の性質を記述す
る上で,老年期に固有に見て取られる人間の思考の性質を明らかにする為に,
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ナラティヴ・アプローチの枠組みを最適化することを試みる。そこでは先ず,
老年期における人間の思考の性質である現在と膨大な過去との統合性に着目し,
その性質が,老年期の世代継承性の自己物語に如何に反映されるのかを考察す
る。次に,その思考の統合性が達成される過程そのものを適応に至る道筋であ
ると捉える,語りの構造に着目するナラティヴ・アプローチの議論を概観し,
日常の中で思考方略を駆使して適応機能を生成していく高齢者の主体的な営み
の記述を可能にする枠組みを整える。さらに,語りの構造に着目するナラティ
ヴ・アプローチから老年期の世代継承性を捉える際,老年期の思考が統合性を
獲得する秩序化の過程において,現在の次世代との関係性がその秩序化の性質
に対してより支配的に影響を及ぼす可能性を指摘する。
人間の思考は,老年期という発達の段階において,懐古的な性質を強め,そ
こ に は 人 生 全 体 の 出 来 事 の 再 評 価 が 伴 う 様 に な る と さ れ る ( Butler, 1963 ;
Erikson, 1982/1989)。こ の 高 齢 者 の 思 考 の 懐 古 的 な 性 質 は ,老 年 期 の 回 想 研 究
の 中 で 自 明 の も の と し て 認 め ら れ て き て い る ( e.g., Coleman, 1974 ; Coleman
et al., 1998, 1999 ; 野 村 , 1998 ; 野 村 , 2002, 2005 ; Webster, 1993 ; Webster
& Haight, 2002 ; Wong & Watt, 1991 ; 山 口 , 2000, 2002)。 さ ら に 世 代 継 承 性
に関する思考もまた,老年期において,中年期と比較し,過ぎ去った過去の生
み育てたことに関する出来事を想起する傾向が高まることが報告されている
( Ryff & Heincke, 1983 ; Stewart & Vandewater, 1998)。 こ の こ と か ら , 老
年期の世代継承性の自己物語は,次世代を生み育て,伝え遺すという現在にお
ける出来事に加え,中年期の子育てに代表される現在に至るまでの膨大な過去
の出来事が強く想起され,それらがいまここにおける思考の中で併存する性質
を有すると考えられる。そして,それらはただ併存するだけではなく,現在と
過去という時制が,思考の中で結びつき,意味を形成する様になるだろう。老
年期の世代継承性は,過去から現在にかけて共に生きてきた次世代との持続的
な関係性の上に成り立つものであると考えられる。また,老年期の世代継承性
は,次世代との関係性だけで無く,次世代に伝える要素を引き継いだ前世代と
の 関 係 性 ま で も を 意 味 づ け の 中 に 含 み 込 む と さ れ る ( e.g., Erikson et al.,
1986/1990 ; 林 , 2000)。 田 渕 ・ 権 藤 ( 2011) は , 高 齢 者 の 世 代 継 承 性 へ の 関 心
の強さが幼少期の自身の親との関係性の記憶と関連を有することを報告してい
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る 。 こ れ ら の こ と を 世 代 継 承 性 の プ ロ ト タ イ プ で あ る 家 族 の 文 脈 ( McAdams,
2004), に 引 き つ け て 考 え た と き , そ れ は 過 去 か ら 現 在 に か け て , 子 ど も や 孫
という重要な次世代との間で持続する無数の出来事と,前世代である祖父母や
両親との無数の出来事とが,思考の中で時制を貫いて重なり合い,統合性を有
する物語として意味を構成しているのだと考えられる。言い換えれば,過去と
現在という時制が,子どもや孫という重要な次世代,祖父母や両親といった重
要な前世代を媒介にして,いまここにおいて結びつくのだと考えられる。
この老年期の世代継承性に想定される他世代に媒介された過去と現在の時制
を跨いだ統合性は,語りの構造に着目するナラティヴ・アプローチによって,
世代継承性の適応機能の核心として捉えられることが可能になると考えられる。
ナラティヴ・アプローチにおいて,人間の適応は,自己物語を通じて,自身の
在り方と自身を取り巻く環境との間に生じる裂け目を,秩序立てて紡ぎ直す行
為 と し て 捉 え ら れ て き た( e.g., Bruner, 1990/1999)。こ れ ま で ,老 年 期 の 世 代
継 承 性 に 関 す る 実 証 研 究 は , Erikson が 構 想 し た 英 知 に 満 ち た 老 賢 者 と し て の
高齢者像に纏わる内容のエピソードが見て取られた場合に,それを心理社会的
に 適 応 的 な 語 り と し て 説 明 し て き た ( e.g., Erikson et al., 1986/1990 ; 深 瀬 ・
岡 本 , 2010b ; 林 , 2000 ; 山 口 , 2000)。 し か し な が ら , Bruner( 1990/1999)
は , 自 己 物 語 の 秩 序 は ,「 語 り の 内 容 」 よ り も む し ろ そ の 「 語 り 方 」, 即 ち 語 り
の 構 造 に よ っ て も た ら さ れ る こ と を 指 摘 す る 。 野 村 ( 2002, 2005) は , 高 齢 者
の自己物語の構造の分析を通じて,自己物語の構造が自我同一性という人間の
適応の一つの源泉を司ることを実証的に示している。このことから,老年期の
世代継承性の適応機能は,人生の中で経験された世代間関係にまつわる無数の
出来事を秩序立てて結びつける,自己物語における思考方略としての語りの構
造 へ の 着 目 を 通 じ て こ そ ,十 分 な 記 述 を 与 え る こ と が で き る の だ と 考 え ら れ る 。
ところで,ここまで論じてきた通り,老年期の世代継承性は,過去と現在の
無数の出来事が重要な次世代との持続的な関係性を媒介にして結びつく統合体
であると考えられる。その出来事と出来事が結びつく秩序化の過程において,
現在という時制がより重みを持つ可能性が指摘される。老年期の世代継承性の
自己物語における思考過程には,論理上は,次の様な二つの時制の結びつき方
が存在すると考えられる。一つは,過去の子どもや孫を生み育てた中で蓄積さ
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れた関係性の質や前世代との関係性の質が,現在において,子どもや孫に対し
て経験を伝えようとする時,それが子どもや孫から敬意をもって受け入れられ
るかどうかを左右する,と捉える視点である。ここには,過去の子育てや前世
代 と の 関 係 性 を 原 因 と し ,現 在 に お け る 経 験 の 伝 達 の 成 立 の 有 無 を 結 果 と す る ,
順行的な時間の結合が存在する。もう一つは,現在において,子どもや孫に経
験を伝えようとする中で,それが子どもや孫から敬意をもって受け入れるかど
うかが,過去の子育てや前世代との関係性への評価を左右する,と捉える視点
である。ここには,現在における経験の伝達の成立の有無が,過去の子育てや
前世代との関係性の価値を決定する,逆行的な時間の結合が存在する。人間の
日常の経験においては,概して,後者の逆行的な時間の結合によって,思考が
生 成 さ れ る と 考 え ら れ る 。伊 藤 ( 2000) は , 現 在 に お け る 感 情 が , 過 去 の 同 様
の感情を伴う自伝的記憶の想起を導くことを明らかにし,現在の感情が逆行的
に過去の想起を規定することを報告した。この現象を老年期の世代継承性に置
き換えて考えた場合,現在における子どもや孫との関係性が,過去の生み育て
た こ と や 生 み 育 て ら れ た こ と の 意 味 を 逆 行 的 に 規 定 す る と 考 え ら れ る 。 Cheng
( 2009), 田 渕 ら (2012) 及 び Tabuchi et al.(2015)が 示 し た , 現 在 に お け る 次
世代からの敬意を受け取れたか否かが世代継承性の適応機能を左右するという
現象は,現在の子どもや孫との関係性が,過去の生み育てた経験が成功であっ
たか,あるいは失敗であったか,また,過去の前世代との関係性は如何なる意
味を持つのか,それに対する評価を逆行的に規定していることを示していると
も解釈することができると考えられる。また,老年期の終盤に差し掛かり,心
身の機能の減衰により,次世代との関係性そのものの維持が困難になる状況下
において,次世代との関係性の多くのが失われた現在は,過去の次世代との関
係性の意味を大きく揺さぶるかもしれない。
以上の議論から,老年期の世代継承性の性質を明らかにする上では,老年期
の懐古的な性質を持つ思考の中で,世代継承性に関する膨大な過去と現在の出
来事を結び合わせ,そこに秩序を与える思考の過程を記述することが必要であ
る。その方法として,語りの構造に着目するナラティヴ・アプローチの枠組み
を採用することが有効であると考えられた。さらに,現在に対して付与される
意味づけが過去に対して付与される意味づけを逆行的に規定する,という人間
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の思考が有する性質への注目が促された。この性質を踏まえることによって,
本 章 の 第 4 節 に お い て ,現 代 社 会 に お け る 老 年 前 期 の 世 代 継 承 性 の 実 状 と し て
取り上げた,次世代から受け取る敬意が世代継承性の適応機能を左右するとい
う現象を,現在における次世代との関係性への意味づけを起点に人生全体の世
代継承性に関する自己物語の秩序化の構造として記述することが可能になると
考えられる。また,意味づけが逆行的に構成される思考上の性質は,本章の第
4 節で議論された,老年後期における老年的超越と世代継承性が結びつく中に
生じる適応を促す,それまでの発達の段階とは異なる人生の物語の秩序が,心
身機能の著しい低減に伴う現在における次世代との関係性の変質を起点に生成
されるという着眼点を提供すると考えられる。
第 6 節 本論文の目的
本論文は,先行研究における二つの問題を克服し,老年期の世代継承性の性
質を記述しようとする試みである。
老 年 期 の 世 代 継 承 性 に 関 す る 先 行 研 究 の 一 つ 目 の 問 題 は ,本 章 の 第 4 節 で 議
論 し た 通 り ,Erikson が 構 想 し た 20 世 紀 半 ば の 社 会 背 景 に 基 づ く 高 尚 な 高 齢 者
像を前提としてきたことにより,現代社会における高齢者の日常の実状への接
近 が 阻 害 さ れ て き た こ と に あ る 。こ の 問 題 に 対 し ,現 代 社 会 に お け る 老 年 期 に ,
心身の自律性が比較的保たれる老年前期と,心身の自律性が大きく損なわれる
老年後期という異質な二つの段階が認められることを考慮する必要性が指摘さ
れた。さらに,老年前期においては,高齢者が次世代を生み育て,伝え遺す営
み が , Erikson が 想 定 す る 英 知 に 満 ち た 老 賢 者 と し て の 高 齢 者 像 が 示 す 様 な 次
世代から無条件に好意的に受け入れられるものでは無く,次世代からそれらが
受け入れられることを見出すことの上に成り立つ双方向性の上の英知として捉
え直す必要性が指摘された。また,老年後期においては,心身機能の低減によ
り,次世代との関係性の維持そのものが困難になる状況下において,老年的超
越 と い う ,物 質 的 な 事 物 へ の 執 着 か ら 脱 却 し た 心 境 の 中 で ,次 世 代 を 生 み 育 て ,
伝え遺すという営みに新たな意味を見出す知覚を研ぎ澄ます英知として検討す
ることの必要性が指摘された。
- 39 -
老 年 期 の 世 代 継 承 性 に 関 す る 先 行 研 究 の 二 つ 目 の 問 題 は ,本 章 の 第 5 節 で 議
論された通り,先行研究において採用されたナラティヴ・アプローチの分析の
枠 組 み が , Erikson が 構 想 し た 自 己 保 存 と 不 死 性 の 欲 求 の 充 足 と い う 無 意 識 下
の 過 程 に お け る 適 応 機 能 を 前 提 と し た 為 に ,高 齢 者 の 自 己 物 語 か ら Erikson の
理論を説明するのに適した内容のエピソードを抽出するに留まり,高齢者の自
己物語が果たす現実に対処する為の意識化された思考の方略としての適応機能
の記述が等閑にされてきたことにある。この問題に対し,老年期の思考の有す
る現在と膨大な過去の出来事が再評価されるという性質が,世代継承性に関す
る自己物語にも強く反映されると捉え,語りの構造に注目するナラティヴ・ア
プローチがその克服に有効であると考えられた。この枠組みは,世代継承性に
関する無数の出来事が自己物語を通じて秩序立てまとめ上げる思考の方略を,
老年期の世代継承性の適応機能の性質として捉えることを可能にする。また,
人間の思考における現在に対する意味づけが過去に対する意味づけを逆行的に
規定するという性質に着目し,老年期における世代継承性の自己物語の秩序化
が,現在の次世代との関係性に強い影響を受けるという視点が確認された。
以上の様な先行研究の問題を克服する為の視点を踏まえ,本論文は,老年期
の世代継承性の性質を,老年前期と老年後期という二つの発達の区分に属する
高齢者を参加者とし,ナラティヴ・アプローチの枠組みから,世代継承性に関
する自己物語の秩序化の構造として記述することを目的とする。
具 体 的 に は ,先 ず ,老 年 前 期 に あ る 高 齢 者 を 参 加 者 と し ,次 世 代 を 生 み 育 て ,
伝え遺すという世代継承性に関する営みについての意味づけを記述することを
試みる。そこでは,人生を通じた世代継承性に関する参加者の努力に対して,
次世代がどの様な返答を示したのかを,参加者自身の意味づけに基づき記述す
る。また,参加者の世代継承性に関する努力が次世代から受け入れられること
を 見 出 す ,参 加 者 自 身 の 思 考 の 方 略 を 検 討 す る 。こ の 作 業 の 中 で は ,生 み 育 て ,
伝え遺すという世代継承性という概念を構成する,生み育てることのエピソー
ドである「生育」の自己物語と,伝え遺すことのエピソードである「世代間継
承」の自己物語を順に検討する。これらの検討を踏まえて,高齢者の世代継承
性に関する努力が次世代から受け入れられることの上に発揮される老年前期の
双方向性の上の英知の性質について考察を試みる。次に,老年前期から老年後
- 40 -
期への移行過程にある高齢者を参加者とし,縦断的なインタビューを通じて収
集された世代継承性の自己物語の秩序化の構造に生じる変容と持続に見られる
老 年 後 期 の 兆 候 を 検 討 す る 。こ の こ と に よ り ,Joan Erikson が 老 年 後 期 に 期 待
した世代継承性と老年的超越とが結びつけられる知覚を研ぎ澄ます英知として
の思考の構造を探索的に検討することを試みる。
丸 島 ( 2009) に よ れ ば , Erikson( 1969/1973) は , Mahatma Gandhi の 人
生 史 を 詳 細 に 検 討 す る 個 性 記 述 的 ア プ ロ ー チ ( ideographic approach) に よ っ
て ,世 代 継 承 性 と い う 概 念 の 仮 説 モ デ ル を 深 化 さ せ た と さ れ る 。一 方 ,Erikson
の研究方法は,仮説の検証という側面に限界を有しており,その検証作業は,
後に続く量的な研究に引き継がれたとされる。本論文は,この丸島の区分を踏
まえるならば,老年期の世代継承性の性質を,現代社会を生きる高齢者の実状
を踏まえて再検討する志向を持つ小数事例への個性記述的アプローチとして位
置 け ら れ る 。 本 論 文 が 提 示 す る 知 見 は , Figure3 に 示 さ れ た 現 代 社 会 に お け る
老年期の世代継承性の性質に関する仮説モデルを精緻化する志向を有する。
- 41 -
第2章
調査 1:老年前期における生育
- 42 -
第 1 節 問題と目的
世代継承性の性質を記述するという観点において,ナラティヴ・アプローチ
に 基 づ く 研 究 が も た ら し た 最 大 の 成 果 は , McAdams( 2006) に よ る 「 救 済 の
言語」と呼ばれる適応をもたらす自己物語の秩序化の構造の発見にあると考え
ら れ る 。第 1 章 で 既 に 概 観 し て き た 様 に ,McAdams et al.( 1997)は ,世 代 継
承性に高い関心を有する者の自己物語に,苦難の出来事が好転するという自己
物 語 の 構 造 を 見 出 し た 。McAdams et al.( 2001)に よ れ ば ,救 済 の シ ー ケ ン ス
は,次の二つのうちのいずれかのプロットを有する語りと定義される。一つ目
は,否定的な情動を伴う状況が肯定的な情動を伴う状況へと変容するプロット
で あ る( e.g., ア ル コ ー ル 依 存 症 に 陥 る と い う 否 定 的 な 状 況 が ,断 酒 に よ り ,節
酒と幸福という肯定的な状況へと変容する)。二つ目は,否定的な情動を伴う
状況そのものは変化しないが,その否定的な状況が,後に肯定的な所産物をも
た ら す と い う プ ロ ッ ト で あ る( e.g., 配 偶 者 と の 死 別 と い う 否 定 的 な 状 況 を 経 験
した者が,悲嘆へのコーピングの過程を通じ,思いやりのある強い人間へと自
身 が 変 化 し た こ と に 後 に な っ て 気 づ く ) 。McAdams et al.( 2001)は ,こ の 好
転の構造を持つ自己物語を有する者の人生満足度,自尊心,自己一貫性,ウェ
ル ビ ー イ ン グ と い っ た 適 応 変 数 の 得 点 が 有 意 に 高 い こ と を 報 告 し た 。McAdams
( 2006) に よ れ ば , ア メ リ カ 人 は , 1.贖 罪 , 2.解 放 , 3.上 進 , 4.回 復 , 5.啓 発 ,
6.生 育 , と い う 六 種 類 の 好 転 の 構 造 を 持 つ 自 己 物 語 を 駆 使 し , 日 常 の 困 難 な 出
来事に対して,思考上のコーピングを行っているとされる。
こ れ ら の 救 済 の 言 語 に 関 す る 一 連 の 議 論 の 中 で は , McAdams は , 世 代 継 承
性に対する関心と結びついて,救済の言語が人間の思考の過程に根づくメカニ
ズムについて十分な説明を与えていない。しかし,第 1 章で論じた通り,救済
の言語の一つである「生育」においては,世代継承性に関する豊かな関心に基
づく次世代の生み育てへの積極的な関与が,未成熟な存在が成長し成就する,
自 己 物 語 の 好 転 を 生 じ さ せ る 源 泉 と な る こ と は 想 像 に 難 く な い 。 McAdams
( 2004)は ,世 代 継 承 性 が 文 化 を 跨 い で 普 遍 的 に 見 て 取 ら れ る 現 象 で あ り ,ま
た,世代継承性のプロトタイプに家族の文脈における子育てが位置づくと述べ
た。このことから,六つの救済の言語の中で,家族の文脈のエピソードの中に
- 43 -
生じるテーマである生育は,文化を跨ぎ,日本においても救済の言語の中核を
担うものであると考えられる。
一方,これまで救済の言語の検討は,中年期にある者のみを主な対象として
き て お り ,老 年 期 に お け る 検 討 が 手 つ か ず の ま ま と な っ て い る 。唯 一 ,Pratt et
al.( 1999)が ,世 代 継 承 性 に 高 い 関 心 を 有 す る 高 齢 者 の 自 己 物 語 に 救 済 の 言 語
がより頻繁に見て取られることを報告している。しかしそこでは,老年期にお
ける救済の言語それ自体が如何なる自己物語の秩序化の構造を有しているのか
について検討が及んでいない。老年期の世代継承性の性質を記述する上で,生
み育てるという世代継承性の定義の根幹に位置づき,かつ,中年期を対象とし
た世代継承性研究の中で適応と強く結びつくと考えられる救済の言語としての
生育に関して,その自己物語の秩序化の構造を検討することは重要な意義を持
つと考えられる。
第 1 章で指 摘した通 り,現代社会に おいて ,老年前期の世 代継承 性に関する
営みは,次世代から無条件に歓迎されるという特権的な地位に位置づくもので
は無い。高齢者の世代継承性に関する営みが次世代から敬意をもって受け入れ
られることを見出すことの上に双方向性の上の英知が発揮され,世代継承性は
適応と結びつくようになる考えられる。
そこで本章では,老年前期にある高齢者を参加者としたインタビュー調査を
通じて,生育の自己物語の秩序化の構造を記述し,双方向性の上の英知につい
て 考 察 す る こ と を 目 的 と す る 。 本 研 究 で は ,「 次 世 代 を 生 み 育 て た 過 去 の 経 験 」
と「成長した次世代との現在の関係性」の二項のエピソードを含み込む自己物
語 を , 救 済 の 言 語 と し て の 生 育 を 含 む 可 能 性 を 持 つ ,「 生 み 育 て た こ と の 語 り 」
と定義する。そして,その過去と現在のエピソードに対する参加者の意味づけ
を検討する。さらに,第 1 章において指摘した現在の意味づけが膨大な過去の
意味づけを規定するという老年期の思考の性質を鑑み,過去と現在のエピソー
ドの因果づけが,生育の自己物語の意味づけに与える影響ついて検討を行う。
第 2 節 方法
1. 参 加 者
- 44 -
東 京 都 内 の 8 ヶ 所 の 公 営 の 高 齢 者 福 祉 セ ン タ ー を 訪 れ た 高 齢 者 31 名 を 参 加 者
と し た ( 男 性 14 名 : 女 性 17 名 , 平 均 年 齢 = 76.5, SD= 6.96, 範 囲 = 64 歳 ∼
94 歳 )。 こ れ ら の 高 齢 者 は セ ン タ ー に 敷 設 さ れ た 施 設 や , セ ン タ ー で 行 わ れ る
レクリエーション活動等の定期的な利用者であり,自身の意思に基づき自身の
足でセンターに通う自立した生活を維持している健常者であった。参加者の居
住 形 態 は , 夫 婦 で 二 人 暮 ら し を し て い る 者 が 10 名 , 子 ど も あ る い は , 子 ど も
夫 婦 と 同 居 し て い る 者 が 15 名( う ち 伴 侶 が 健 在 な 者 は 3 名 ),独 居 の 者 が 6 名
( う ち 伴 侶 と の 死 別 に よ っ て 独 居 と な っ た 者 が 4 名 ,未 婚 等 の 理 由 か ら 生 殖 家
族を築いていない者が 2 名)であった。また,参加者の中で,子どもを生み育
て た 経 験 を 持 つ 者 は 未 婚 者 2 名 を 除 く 29 名 全 員 で あ っ た 。
本 研 究 の 参 加 者 の 未 婚 者 の 割 合 で あ る 6.45% は ,国 立 社 会 保 障・ 人 口 問 題 研
究 所 ( 2013) が 報 告 し た , 1980 年 に 45 歳 -54 歳 だ っ た 者 の 生 涯 未 婚 率 で あ る
男 性 2.60% ・ 女 性 4.45%と 近 し い 範 疇 に あ る 。こ の こ と か ら ,本 研 究 の 参 加 者
は,現代の日本の大半の高齢者が家族の中で経験する次世代を生み育てる営み
を共有する高齢者であると考えられる。
2. 収 集 さ れ た 語 り
高齢者が日常の中で用いる生育の自己物語の秩序化の思考方略を捉える上で,
面接者からの質問による参加者の語りにおける意味づけの誘導を最小限に抑え
ることが目指された。そこで,高齢者が回想の中で自発的に高頻度かつ重みを
置 い て 語 る 家 族 の エ ピ ソ ー ド( Coleman et al., 1998 ; 長 田 , 1992),に 着 目 し
た 。 家 族 の エ ピ ソ ー ド は , McAdams( 2006) が , 家 族 の 文 脈 に お け る 子 育 て
を世代継承性のプロトタイプと述べることからも,それが次世代の成長という
救済の言語を自然に含み込む,生態的妥当性の高い高齢者の日常的な語りであ
ると考えられた。
3. 面 接
語りを収集する為に,参加者が自発的に選択する家族のエピソードを収集す
る 為 の 質 問 項 目 を 設 定 し た 非 構 造 化 イ ン タ ビ ュ ー を 実 施 し た 。面 接 の 手 続 き は ,
冒頭に「生まれてから今に至るまでの様々なご家族のエピソードをお聞かせく
- 45 -
ださい」という人生の文脈における家族のエピソードを促す為のオープンな教
示を行った。その教示以後は,頷き,相槌を打ち,終始し参加者の語りを傾聴
する姿勢を取り,調査者からの話題の提示は最小限に抑えられた。参加者の語
りが長く途切れた際,また,語りが家族についての話題から長く逸れた際にの
み,再度,家族のエピソードについての促しを行った。この様な調査者の姿勢
は , 大 橋 ・ 森 ・ 高 木 ・ 松 島 ( 2002) が 指 摘 し た , 面 接 場 面 に お け る 聞 き 手 か ら
の質問による話し手の語りの内容の誘導を最小限に抑えることを意図した。ま
た,参加者側に語る対象とする家族のエピソードを自発的に選択させることに
よって,参加者は,日常場面において表出する頻度の高い語りを優先的に表出
すると考えられた。高齢者が日常的に表出する家族のエピソードを収集するこ
とによって,その中に生起する世代継承性の性質を検討することが可能になる
と考えられた。
面接を実施した場所は,高齢者福祉センターの一室,もしくは参加者の自宅
で,1 名に対して原則 1 回行った。但し,参加者,あるいは,施設の都合によ
っ て 面 接 が 2 回 に 渡 っ た 者 が 3 名 い た 。 面 接 は IC レ コ ー ダ ー に 録 音 さ れ , 後
にその全てが逐語データへとトランスクリプトされた。インタビューの実施時
間 は 平 均 38 分 で あ っ た 。
面 接 を 実 施 す る 事 前 に 参 加 者 に 対 し , 研 究 目 的 , 面 接 を IC レ コ ー ダ ー で 録
音すること,個人情報の保護が遵守されること,さらに,参加者の意思で自由
に面接を中断できることを順に説明し,参加者の承諾が得られた後に面接を実
施した。また,家族についてエピソードの質問を行う前に,自由な話題を語っ
てもらい参加者の緊張をほぐすことに配慮した。
4. 分 析
面接を通じて収集された家族のエピソードの分析として,三段階の手続き,
1.分 析 の 対 象 と す る 参 加 者 の 抽 出 , 2.過 去 と 現 在 の 関 係 性 に 伴 う 経 験 の 意 味 の
分 析 , 3.過 去 と 現 在 に お け る 因 果 の 分 析 , が 順 に 実 施 さ れ た 。
分析の対象とする参加者の抽出
インタビューを通じて得られた家族のエピソードを踏まえ,前世代と同世代
- 46 -
に の み 言 及 し た 2 名 を 除 く 28 名 中 26 名 の 語 り に ,次 世 代 に つ い て の 言 及 が 含
ま れ る こ と を 確 認 し た 。McAdams et al. (2001)は ,救 済 の シ ー ケ ン ス の 分 析 手
法として,参加者の自己物語に含まれる幅広い発達の段階から,苦難が好転す
るプロットを抽出し,そこに付与される意味づけや情動を質的に評価した。本
研究においては,生育という好転のプロットに焦点を当てる為,次世代を生み
育てた過去の経験と,成長した次世代との現在の関係性の二項を含む生み育て
たことの語りを,生育という好転のプロットを含む可能性を持つ語りとして抽
出 す る こ と と し た 。 26 名 中 19 名 ( 男 性 8 名 , 女 性 11 名 ) が 生 み 育 て た こ と
の 語 り を 自 発 的 に 表 出 し た こ と を 確 認 し た 。 本 研 究 で は , こ の 19 名 を 分 析 の
対象とした。
過去と現在の関係性に伴う経験の意味の分析
19 名 の 対 象 者 が 語 っ た 家 族 の エ ピ ソ ー ド に 含 ま れ る ,次 世 代 を 生 み 育 て た 過
去の経験,成長した次世代との現在の関係性,という 2 つの出来事に付与され
た意味づけの分析を行った。分析には,語りに現れる意味づけをシステマティ
ッ ク に 抽 出 す る 「 質 的 コ ー ド 化 ( Coffey & Atkinson, 1996)」 の 手 続 き を 援 用
した。質的コード化とは,語りの性質を踏まえて適宜コードを付与し,得られ
たコードを繰り返し比較してその類似性と差異に基づき統合を繰り返すことで,
ボトムアップ的に語りの特徴を捉える為のカテゴリーを生成する手続きである。
コーディングは,参加者各々の次世代を生み育てた過去の経験,成長した次
世代との現在の関係性,という 2 つのエピソードに対して実施された。その作
業では,先ず,次世代を生み育てた過去の経験及び成長した次世代との現在の
関係性のエピソードが含まれている語りの箇所が抽出された。抽出されたエピ
ソ ー ド は , 19 名 の 参 加 者 各 々 か ら 2 つ ず つ と な り 参 加 者 全 員 の 合 計 は 38 で あ
った。次に,個々のエピソードに対してコードを 1 つ付与した。その後,コー
ド は 統 合 さ れ ,次 世 代 を 生 み 育 て た 過 去 の 経 験 に お い て は「 苦 労 」,
「 努 力 」,
「平
坦」という 3 つのカテゴリーが抽出された。また,成長した次世代との現在の
関 係 性 に お い て は 「 幸 福 」,「 成 熟 」,「 非 受 容 」,「 距 離 」 と い う 4 つ の カ テ ゴ リ
ー が 抽 出 さ れ た 。 こ れ ら の カ テ ゴ リ ー の 内 容 を Table1 に 示 す 。 こ れ ら の 作 業
は筆者 1 名で実施した。
- 47 -
次世代を生み育てた過去の経験において,
「 苦 労 」の カ テ ゴ リ ー は ,McAdams
( 2006 ) が , 救 済 の シ ー ケ ン ス に 想 定 す る 否 定 的 な 情 動 と し て の 「 苦 難
( suffering) 」 と 近 し い 含 意 を 持 つ も の で あ る と 考 え ら れ た 。 ま た , 「 努 力 」
の カ テ ゴ リ ー は , McAdams( 2006) の 生 育 の 語 り の 定 義 に お け る 「 未 成 熟 な
存 在 を 生 み 育 て る こ と へ の 献 身 」と 親 和 性 を 持 つ と 考 え ら れ た 。一 方 ,「 平 坦 」
のカテゴリーは,次世代を生み育てた経験を苦労の無い平易なものとして位置
づけるものであることから,生育の語りに想定される苦難や献身とは異なる性
質を持つものであると考えられた。次に,生成されたカテゴリーの信頼性を確
認 す る た め , 参 加 者 の 語 り に 「 苦 労 」,「 努 力 」,「 平 坦 」 の い ず れ の カ テ ゴ リ ー
が 含 み 込 ま れ て い る か を 判 定 し た 。参 加 者 の 語 り の 中 に ,
「 苦 労 」と「 努 力 」の
2 つのカテゴリーの両方が含まれているケースが見られたが,その場合はより
否定的な情動であると考えられる「苦労」の判定を優先した。
一 方 ,成 長 し た 次 世 代 と の 現 在 の 関 係 性 に お い て ,「 幸 福 」の カ テ ゴ リ ー は ,
McAdams( 2006) が 救 済 の シ ー ケ ン ス に 想 定 す る 肯 定 的 な 情 動 と 近 し い 含 意
を 持 つ も の で あ る と 考 え ら れ た 。 ま た , 「 成 熟 」 の カ テ ゴ リ ー は , McAdams
( 2006)の 生 育 の 語 り の 定 義 に お け る「 未 成 熟 な 存 在 が 成 長 し 成 就 す る 」こ と
と親和性を持つと考えられた。一方,「非受容」,「距離」のカテゴリーは,
次世代との関係性における否定的な経験,あるいは,無関心さを示し,生育の
語りに想定される肯定的な意味づけとは異なる性質を持つものであると考えら
れた。次に,生成されたカテゴリーの信頼性を確認するため,参加者の語りに
「 幸 福 」,「 成 熟 」,「 非 受 容 」,「 距 離 」 の い ず れ の カ テ ゴ リ ー が 含 み 込 ま れ て い
る か を 判 定 し た 。 参 加 者 の 語 り の 中 に ,「 幸 福 」 と 「 成 熟 」 の 2 つ の カ テ ゴ リ
ーの両方が含まれているケースが見られたが,より肯定的な情動であると考え
られる「幸福」の判定を優先した。
これらの生成されたカテゴリーの信頼性を確認する作業では,分析の信頼性
を 高 め る た め ,徳 田( 2004)に お け る 質 的 コ ー ド 化 の 二 者 評 定 の 手 法 を 参 考 に ,
筆者及び心理学を専攻する大学院生 1 名の計 2 名で参加者の逐語データを評価
した。この作業では,評定者に判定の対象とする全ての語りのデータのトラン
ス ク リ プ ト が 記 載 さ れ た 用 紙 と ,Table1 の 生 み 育 て た こ と に 伴 う 意 味 づ け の カ
テゴリーの定義を記載した用紙が配布された。先ず,各々の評定者にて全ての
- 48 -
Table1 生 み 育 て た こ と の 語 り に 伴 う 意 味 づ け の カ テ ゴ リ ー
経験の分類
カテゴリー
1.苦 労
カテゴリーの内容
次世代を生み育てた経験に対する苦労という言葉を用いた描写,あ
るいは,次世代を生み育てた中で何らかの苦痛に耐えた経験
次世代を生み育てた
過去の経験
2.努 力
次世代を生み育てることに対する積極的な関与,次世代の身や将来
への気遣い,あるいは,次世代の生き方,成長への関心
3.平 坦
次世代を生み育てたことを苦労の無い平易な経験として描写
4.幸 福
成長した次世代との生活や 関係性に対する幸せという 言葉を用いた描写
5.成 熟
成長した次世代との関係性の中での楽しさ,成長した次世代の有能さ,ある
いは,成長した次世代からの世話の受容や世話から自立しようとする配慮
成長した次世代との
現在の関係性
6.非 受 容
成長した次世代との関係性の中での不協和,あるいは,成長した次
世代からの世話に対する罪悪感
7.距 離
成長した次世代との関係性を希薄なものとして描写
データのトランスクリプトの判定が実施された。次に,評定者間で判定の結果
を確認し,両者の判定が一致しなかった場合は都度評定者間でトランスクリプ
トの内容を協議し付与するカテゴリーが決定された。
過去と現在における因果の分析
生育の語りは,過去の未成熟な存在を生み育てることの献身によって,現在
においてその存在が成長し成就する,という二つのエピソードを含み込む構造
を有する。第 1 章で論じた通り,老年期の世代継承性の自己物語における思考
の性質として,現在の次世代との関係性に対する意味づけが膨大な過去の関係
性に対する意味づけを規定することが推測される。このことから,過去と現在
とを結びつける因果づけに関する自己物語の秩序化の分析を行った。
Bruner( 1986/1998) は , 語 り と い う 行 為 に お け る 意 味 の 生 成 に 関 わ る 文 法
の説明として,「王が死んで,そしてそれから,王妃が死んだ」という二つの
- 49 -
出来事が結びつけられるプロットを引き合いに出し,「そしてそれから」とい
う接続詞によって因果が付与されることにより,王妃の死を免れないことの深
い悲しみ,自殺,裏切りといった,物語に付帯する様々な意味が生成されるこ
とを指摘した。この視点を踏まえ,過去と現在を結び合わせる接続詞の使用の
有 無 に 着 目 し ,19 名 の 参 加 者 各 々 の 生 育 の 語 り に お け る 因 果 の 存 在 の 有 無 を 判
定した。因果の存在を判定するための基準として,「次世代を生み育てた過去
の経験と成長した次世代との現在の関係性の二つのエピソードが接続詞を用い
て 結 び つ け ら れ て い る こ と 」,「 現 在 に お け る 成 長 し た 次 世 代 と の 関 係 性 や 次 世
代の有する性質が,次世代を生み育てた過去の経験がもたらした結果として生
じたものであると説明されること」,の二つを設定した。この二つの判定基準
に基づき,参加者各々の生み育てたことの語りに過去と現在の因果が含まれる
のか,あるいは,因果は含まれず過去と現在の出来事が併存している状態なの
かを判定した。この作業は,分析の信頼性を高めるため,筆者及び心理学を専
攻 す る 大 学 院 生 1 名 の 計 2 名 で 参 加 者 の 逐 語 デ ー タ を 評 価 し た 。こ の 作 業 で は ,
評定者に判定の対象とする全ての語りのデータのトランスクリプトが記載され
た用紙と,付録 1 の因果の判定の定義を記載した用紙が配布された。各々の評
定者にて全てのデータのトランスクリプトの判定が実施された。二者間で評定
が一致しない項目については,二者で協議の上,判定を決定した。
本研究が採用する因果の存在を判定する基準は,本章の冒頭で示した
McAdams et al.( 2001)の 救 済 の シ ー ケ ン ス の 構 造 に 対 す る 二 つ の 定 義 の う ち
の一つである,否定的な情動を伴う状況が肯定的な情動を伴う状況へと変容す
るプロットに対応するものである。救済のシーケンスの構造のもう一つの定義
として,否定的な情動を伴う状況そのものは変化しないが,その否定的な状況
が,後に肯定的な所産物をもたらすというプロットが想定されている。このプ
ロットは,否定的な状況が現在から切り離されて過去に存在し続けることを前
提とするものであり,生育の語りに想定される次世代が過去から現在へと成長
を遂げるというプロットとは整合性を持たないものであると考えられ,本研究
における生育の語りの分析には含めないこととした。
二者評定による分析の一致率
- 50 -
次 世 代 を 生 み 育 て た 過 去 の 経 験 の 意 味 づ け に 関 す る カ テ ゴ リ ー の 判 定 ,ま た ,
成長した次世代との現在の関係性の意味づけに関するカテゴリーの判定,さら
に,生育の語りにおける過去と現在における因果の有無の判定において,それ
ぞ れ 二 者 評 定 が 実 施 さ れ た 。 二 者 の 評 定 は , 計 57 箇 所 に 実 施 さ れ た 評 定 の う
ち 43 箇 所 で 一 致 を 見 た 。 二 者 間 の 評 定 の 一 致 率 は 75.4% で あ っ た 。
第 3 節 結果
次世代を生み育てた過去の経験と成長した次世代との現在の関係性という,
二 つ の 出 来 事 を 家 族 の エ ピ ソ ー ド の 中 に 含 み 込 ん だ 19 名 の 語 り は , 付 与 さ れ
た意味づけのカテゴリーと,過去と現在の因果の有無から,生育因果型,生育
併存型,苦労非受容併存型,平坦距離因果型の四つに分類された。生育因果型
には 7 名(男性 3 名,女性 4 名)が,生育併存型には 9 名(男性 3 名,女性 6
名)が,また,苦労非受容並存型には 2 名(女性 2 名)が,さらに平坦距離因
果 型 に は 1 名( 男 性 1 名 )が そ れ ぞ れ 該 当 し た 。各 類 型 に 属 す る 参 加 者 の 属 性
と ,各 参 加 者 の 生 み 育 て た こ と の 語 り を Table2 に 示 す 。参 加 者 の 属 性 と し て ,
年 齢 ,性 別 を 示 し た 。ま た ,現 在 同 居 し て い る 家 族 の 状 況 を( )で 括 り 示 し た 。
さらに,各対象者の生育の語りにおいて,次世代を生み育てた過去の経験の判
定を行った語りの箇所を直線の下線で,成長した次世代との現在の関係性の経
験の判定を行った語りの箇所を波線の下線で示した。また,判定された経験の
性質を語りの末尾に【
】で括り示した。以下に,各類型の生み育てたことの
語りの構造を順に示す。なお,参加者の個人情報を遵守する為,語りのデータ
の中の固有名詞は,文意を損なわないことに配慮しつつ変更を加えている。ま
た ,McAdams et al.( 2001)に よ る 救 済 の シ ー ケ ン ス の 定 義 と 一 致 す る ,否 定
的な情動としての「苦労」と,肯定的な情動としての「幸福」の意味づけの各
類 型 毎 の 生 起 率 を Table3 に 示 し た 。
1. 生 育 因 果 型 ( 7 名 : 男 性 3 名 ・ 女 性 4 名 )
過去と現在の因果
- 51 -
次世代を生み育てたことに関する過去の苦労と,成長した次世代との現在の
肯 定 的 な 関 係 性 を 対 比 さ せ て 結 び つ け る 意 味 づ け が , A「 息 子 夫 婦 と ね , 暮 ら
してるんですけどね,毎日楽しいですね,ええ,今はね,だから,昔苦労した
か ら ,し た け ど ,今 ,凄 く ,楽 し い か ら ,そ れ が ー ,今 幸 せ か な ー と 思 っ て 」,
B「 今 思 う と 若 い と き 苦 労 し て も , 歳 い っ て 幸 せ な ら い い と 思 っ て る の 」 , D
「人生山があり谷がありで,まあ,考えると,苦しみ越してきたから,今から,
今 が あ る の か な ー と ,思 い ま す よ 」,E「 う ん ,過 去 よ り か 現 在 だ も ん ね ,現 在
を,幸せだったらいいと思うね,現在幸せだったら,もうバンザイですよ」と
語られた。また,現在における次世代の行動や性質を,次世代を生み育てた自
身 の 過 去 の 取 り 組 み の 結 果 と 見 な す 意 味 づ け が , C「 学 校 の 学 費 で ね , そ う い
う の で ,結 構 ,そ う い う の で ,大 変 で し た ね ( 中 略 )そ れ も 子 ど も 知 っ て る と
思うしね,一番末っ子なんかはね,もう,父の日母の日ちゃんと,色んなもの
送 っ て く れ ま す 」,F「( 言 葉 は 使 わ ず )肌 で ね ,手 で 触 ら せ て 見 て ,う ん( 中
略 ) よ く , 子 ど も も 孫 も ね , 訛 り が , 受 け 継 が な い で よ か っ た 」 , G 「 やっぱ
りこの子だけは助けてください,私の命上げますからって,拝んでねーフフフ,そ
うやってもう,なんとかかんとか生きてきました,家の子もねー,今骨と皮で痩せ
て三十八キロくらいしかないんですけどね,頑張ってやってますよ」と 語 ら れ た 。
これらの語りは,次世代を生み育てた過去の経験と,成長した次世代との現在
の関係性とを,因果づける構造を有していた。
次世代を生み育てた過去の経験への意味づけ
次世代を生み育てた経験は,次世代への直接的な世話,あるいは,仕事によ
って収入を得て家庭や次世代を支えたこと,また,次世代の生き方への関心,
といったエピソードとして語られた。これらのエピソードは,親や祖父母とし
て 次 世 代 を 生 み 育 た こ と の 苦 労 ,あ る い は ,努 力 の 経 験 と し て 意 味 づ け ら れ た 。
本 類 型 に 該 当 し た 7 名 中 5 名 ( 72%) が 苦 労 の 経 験 を 生 起 し た 。
成長した次世代との現在の関係性への意味づけ
成長した次世代との関係性は,成長した次世代から受ける世話,あるいは,
次世代の肯定的な成長のエピソードとして語られた。
- 52 -
Table2 参加者の属性と生み育てたことの語り
類型
参加者の属性
生み育てたことの語り
私も嫁さんに行ったりして,子どもを一人産んで,男の子,それで家の旦那も,昭和 55 年
A
69 歳女性
(息子夫婦,
孫)
かな亡くなったの,四十四歳で,そいで,子どもは一人いたし,母親もまだいたからー,
随分色々と苦労しましたけどね,(中略)それでー,家を建て直して,で,新しい所に,
今家族六人って言うのかな,息子夫婦とね,暮らしてるんですけどね,毎日楽しいですね,
ええ,今はね,だから,昔苦労したから,したけど,今,凄く,楽しいから,それがー,
今幸せかなーと思って,うん 【苦労 : 幸福】
そうですねえ,もう,受験のときは色々と大変だったですねえ,男三人とも,あのー,大学受験が
あったり,高校受験があったりしたからね,でも,今思うと皆懐かしい思い出ですね,一生懸命夜
B
食作ってやったり,夜の,勤め帰って,温めてやったり,したんだもん(中略)ほんとに子どもた
86 歳女性
ちが良くしてくれて,幸せです,一年に二,三回ねえ,子どもたちが車で,あのー,温泉連れて行
(無し)
ってくれたり,旅行に連れてってくれたりねー (中略) でも働きましたよー,もうねえ,貯金局で
二十二年勤めてねー,それから,主人が会社辞めてから二十八年間,あの,保険会社勤めて (中略)
でも,今思うと若いとき苦労しても,歳いって幸せならいいと思ってるの 【苦労 : 幸福】
(子どもたち)職に関しては心配ないですね,はい,で,非常に親に良くしてくれるん
ですよ,はい,もうほんとに私幸せです,はい,べた褒めでやっぱりあれですけどねフ
フ,(中略) 家の娘なんかもね,定年に私ー,終わってからー,大学入ったでしょ,お
生育
C
金が要りましてねー(中略)それからまた,働きましてね,ええ,もう,ほんっとに,
因果型
82 歳男性
家の家内も,ぶっ倒れるかと思うくらい働きました,はい,で,私も,定年が終わって,
計 7 名:
(妻)
それでー,ねえ,嘱託で他の会社行ってますんで,前ほど,給料もらえませんからねー,
男性 3 名
あのー,学校の学費でね,そういうので,結構,そういうので,大変でしたね (中略)
女性 4 名
おかげさまでー,それでー,それも子ども知ってると思うしね,一番末っ子なんかはね,
もう,父の日母の日ちゃんと,色んなもの送ってくれます 【苦労 : 幸福】
最近はね,もう何にも言うこと無いですよ,幸せ,うん,私は一人息子なの,21 に産んだ子がね,男
の子で,うん,それで,その子を育てるのに,主人と二人で頑張って,二人で共稼ぎやって(中略)
それでもう,現在があるからね,息子は,まあ,お父さんお母さんの子どもであって,生まれてよか
D
ったよっていうのを,こないだ,お墓,(中略)買ったんですよね,そん時に,初めて言って,私,
72 歳女性
それで,今までの,苦労がね,消し飛んだ,今はもう,好きなことやらしてもらってね,一緒にいる
(息子夫婦) の,主人はね,八年前に亡くなった,うん,七年間病院入ってた,それで亡くなったんです,そのあ
い,その間は,息子も調度,うーん,高校卒業して,一番ほら,青春してるときで,心配しながら,
頑張ったけどフフフフ,ね,だから,なんていうのかね,人生山があり谷がありで,まあ,考えると,
苦しみ越してきたから,今から,今があるのかなーと,思いますよ 【苦労 : 幸福】
子どもには,ね,大工さんであろうがさー,ね,ペンキ屋さんであろうがね,左官屋さ
E
78 歳男性
(息子夫婦)
んであろうが,なんでもいいんですよね,そいで,うん,その技術を,習得させて,そ
して,一人前に,なって家庭を持って,暮らしていけばいいんじゃないですかね,私は
そう思うね(中略)うん,過去よりか現在だもんね,現在を,幸せだったらいいと思う
ね,現在幸せだったら,もうバンザイですよフフフフ,ほんと,うん,ましてねー,息
子夫婦とね,一緒に住んでるから 【努力 : 幸福】
- 53 -
実践の,現実にその,山行って,川行って,何行って,ですから,こんな昆虫の図鑑と
か,植物の図鑑とか,いらないんですよ,手で取って,自分で見て,こういう葉っぱは
F
こうでって,教えてたの(中略),それが,プラスになったね,うん,(言葉は使わず)
74 歳男性
肌でね,手で触らせて見て,うん(中略)だ,変な,もっとも,本を読むとか,語りを
(妻)
するとか,私も未だに訛って,これで通してますけどね,よく,子どもも孫もね,訛り
が,受け継がないで良かったと,だ,親より標準語しゃべり,しゃべってねー,うん,
そうですねー,幸せなことです 【努力 : 幸福】
もう,いっつも,死ぬ生きるの病気やったんですよー,それでもねー,やっぱりこの子だけは
G
89 歳女性
(娘夫婦)
助けてください,私の命上げますからって,拝んでねーフフフ,そうやってもう,なんとかか
んとか生きてきました,
家の子もねー,今骨と皮で痩せて 38 キロくらいしかないんですけどね,
頑張ってやってますよ,フフフ,昨日もね,湯河原まで,一泊で,連れてってくれて,行って
きたんですよ,はいフフ,子どもは,可愛いですねー ,うん,ほんとに,命に代えても,
子どもの命は助けてくださいって,親ですからねー,ええ【苦労 : 成熟】
戦争が終わって(中略) 私ねー,呉服問屋に,勤めたんだけど,もー,原価でそれこそ,あの
H
87 歳女性
(息子夫婦)
ー,群馬の沼田から仕入れて,きた品物を,原価で,買ってさ,そういうのを,みんな着物に
して,あれした,みーんな食べるものの餌になっちゃったもんね,子どもたち育てる,酷かっ
たよねー(中略) 今私家族といるけどね,嫁さんと息子と,うん,看護師になった人,娘が (中
略) 私なんか,今はー,まあまあ,あのー,もっともっと幸せな人がいっぱいいるかもしれな
いけど,まあ,私は私なりに,今現在は幸せじゃないかなーと思って 【苦労 : 幸福】
娘が 2 人,子ども生まれたけどねー,二人とも結婚して,それで,上の娘の婿さんと
I
77 歳男性
(娘夫婦,孫)
一緒に,今私と同居してんですよ,でー,私が家立てて (中略) 家は割りにねー,誰
もあの,特別な事件起こしたものいないからね,割りに,平穏に,まっ,幸せって言う
かなー(中略)子どもがちっちゃい頃まだ,私も足が達者だったからね,自転車こぐの
好きでね,サイクリングでよーく,遠くまで行ったんですよ,そうすると,子ども,補
助椅子に乗っけて,で貯水池辺りまでねー,結構子ども喜んでね
【努力 : 幸福】
小学生中学生になってくるとね,子どもも満足しているわけね,私が教師をやって,うーん,
J
いろいろ,自分の教え子を家へ連れてきたり,色々,自分の学校に連れて行ったりしても,子
76 歳男性
どもも満足しているし (中略) 息子が車椅子押して,先生のところずーっと診察に,連れて
(妻)
行ってくれるんです,みんな子どもにやってもらう (中略) 息子や,娘に,いい娘,いい息
生育
子で,幸せだなーと,僕は今自身はね,凄く,嬉しくて,感謝してるの 【努力 : 幸福】
併存型
結構やっぱし,子育ての頃になると,あのー,なんていうかな,大変でしたよね,主人
計 9 名:
K
は会社行きますし,一人で,あれしますでしょ,だから,子どもが幼稚園の,送り迎え
男性 3 名
67 歳女性
とかね,そういうのをしたり,それでー,まあ,病気になったら病院連れて行ったりと
女性 6 名
(夫)
かねー(中略) 今ね,凄くあのー,成長して,あのー,家族も構えて,あのー,いま
すので(中略) 娘も,良くしてくれるので,助かってるんですよ 【苦労 : 成熟】
L
77 歳女性
(夫)
子どもたちが学校上がったときに,一番やっぱり心配しましたね,どんな先生か,どんな
先生,この子達が会うんだろうって思いましてねー (中略) 何か,伏目のときは子ども
たちがあれしてくれますのでね,そういう点は,やっぱりあのー,子どももまあ,親のこ
とを,まあ,思っているには思っているんだと思いますけどねフフ 【努力 : 成熟】
- 54 -
持久走にしてもね,水泳にしても(中略) トップだったんですよ,それで,体育 2 な
M
78 歳男性
(妻,
息子,
娘)
んかつけてきたからね,ずいぶん酷いことすんなーと思ったの,そんでもう,公立行か,
行く必要ないから,お前私立行けっつって(中略) 僕もねー,一昨年までは,仕事や
ってたんですよ,うん,で,一昨年いっぱいで,せがれがあの,もう歳取ってきている
し,車の運転も危ないから,やめた方がいいからってんで,せがれが廃業届けだしちゃ
ってね,まあ,いいタイミングだったかもわからないですけどね 【努力 : 成熟】
主人は無職でしょフフフフ,ね,だから,防衛隊の勤務しながら,何か色んなことしましたね,
それから,あっ,やっぱり,これ,死ぬまで働かなきゃいかんな思って(中略)一人は子ども
N
おばあちゃんにあれして,保育園に入れて,ね(中略)そいで,働いてる間に,ミシン,主人
79 歳女性
が,大学出た年買ってくれたんでね,あの,友達の背広縫ったり,家の裏返し,子どもの四人
(無し)
分のジャンパー作ったり,色んなことしてね(中略)子どもが大きくなったら,子どもにお金
だけは迷惑賭けたく無いなーと,思ってます(中略)やっぱり,自分で,生活できるっていう
のが,子どもたちから貰わなくて済むっていうのが一番ですね 【苦労 : 成熟】
(夫は)ワンマンこの上なし,傅いて,親がいて,そこで振舞ってたから,でも,お金
O
のこととか,そういうことは不自由がなくて,だから,我慢したのよ,それと,子ども
72 歳女性
のために我慢しちゃったのかもしれないけど,子どもは三人で,それでもう,凄い優秀
(息子夫婦) な息子なの,で,(中略),勉強だとか,大学の心配もなんにも無しで,長男は弁護士
になったのよ,それで,そう,だから,今それと一緒に暮らしてるの 【苦労 : 成熟】
もう関心がやっぱり,息子のことぐらいしか無いんですけどねー,うーん,息子なんかちゃん
P
と大学出て,あのー,大きな会社に勤めてますからねー (中略) 算数関係がね,数学関係が,
69 歳男性
もう凄く,凄かったんですよだから,まあ,大学も出た後ね,それで,大企業に即入社したん
(妻)
ですけどね (中略) もうあれですよ,社会人になっても,大学生時代から,もう大人になっ
てもまあ,性格は凄く,ねえ,どういうわけですかねー,いいんですよ 【努力 :成熟】
自分の本当の親だったらもしかしたら子ども連れても離婚してたかも分からないけど,
Q
苦労
非受容
70 歳女性
(息子夫婦,孫)
自分が親に捨てられてそういうのしてるから,自分の子どもには絶対したく無いって
(中略)(息子の嫁は私の)やることなすことが,気に入らないー,んだね,きっとね,
だから,もし,長男通してしか,こう,通ってこう来るわけですよ,私のこともこう行
くわけですね,今何かこう,だから,あー,やっぱり一緒にならないで,どんなあれで
併存型
も,一人で生活して行けばよかったのかなー 【苦労 : 非受容】
計 2 名:
うん,でもやっぱり,勤めることは,あいで,あの,大変ですよね(中略)私が,働いて,
女性 2 名
R
学校,ちゃんと,神奈川の高校ね,あげて,うん (中略) だ,学校だけはやっとかない
78 歳女性
とね,学校だけやっとけば,何とか自分でやっとかれると思ってさ,うん,今,会社に勤
(娘,孫)
めてますよ(中略)私が,二十四歳,そんで産んだ子が,私を,なーんでもやってくれて,
うん,かわいそう,かわいそうだと思ってる,子どものこと 【苦労: 非受容】
平坦
子どももそんなに,病気したわけで無いし(中略)普通に,こうに,まあ,一般な,生活で
距離
S
もって,まあ平坦に来ちゃったわけだよね,だからあのー,谷あり山ありじゃ,なかったか
因果型
74 歳男性
ら,思い出ってのはあんまりないんだよね,だからね,うん,これから先も,あんまりあれ
計 1 名:
(妻)
だよねー,ほら,孫たちと一緒になるわけじゃないし,もう,せがれだってまだ,あのー,
男性 1 名
向こうに,住んでるんだからね,だから,いつ帰ってくるかわかんないしね 【平坦 : 距離】
- 55 -
本 類 型 に 該 当 し た 7 名 中 6 名 ( 86%) が 幸 福 の 経 験 を 生 起 し た 。
2. 生 育 併 存 型 ( 9 名 : 男 性 3 名 ・ 女 性 6 名 )
過去と現在の因果
H「 そ ん な 家 の 子 ど も は ,み じ ー め な 思 い は ,さ せ な か っ た ん だ け ど( 中 略 )も
っ と も っ と 幸 せ な 人 が い っ ぱ い い る か も し れ な い け ど ,ま あ ,私 は 私 な り に ,今
現 在 は 幸 せ じ ゃ な い か な ー と 思 っ て 」と い う 語 り が 示 す 通 り ,成 長 し た 次 世 代 と
の 現 在 の 関 係 性 に 肯 定 的 な 意 味 づ け が 含 ま れ る が ,そ れ が 次 世 代 を 生 み 育 て た 過
去の経験とは因果づけられず,語りの中に併存する構造を有していた
次世代を生み育てた過去の経験への意味づけ
次世代を生み育てた経験は,次世代への直接的な世話,あるいは,仕事によ
って収入を得て家庭や次世代を支えたこと,また,次世代の成長の過程で起こ
る出来事に対して関心を持って接したこと,といったエピソードとして語られ
た。これらのエピソードは,親や祖父母として次世代を生み育たことの苦労,
あるいは,努力を伴った経験として意味づけられた。本類型に該当した 9 名中
4 名 ( 45%) が 苦 労 の 経 験 を 生 起 し た 。
成長した次世代との現在の関係性への意味づけ
成長した次世代との関係性は,次世代の肯定的な成長,成長した次世代の有
能さ,また,成長した次世代から受ける世話,あるいは,成長した次世代の世
話からの自立,といったエピソードとして語られた。本類型に該当した 9 名中
3 名 ( 34%) が 幸 福 の 経 験 を 生 起 し た 。
3. 苦 労 ・ 非 受 容 併 存 型 ( 3 名 : 女 性 3 名 )
過去と現在の因果
R「 学 校 だ け は や っ と か な い と ね , 学 校 だ け や っ と け ば , 何 と か 自 分 で や っ
と か れ る と 思 っ て さ ,う ん ,今 ,会 社 に 勤 め て ま す よ( 中 略 )私 が ,二 十 四 歳 ,
- 56 -
Table3 各 類 型 の 苦 労 と 幸 福 の 経 験 の 生 起 率
類型
苦労の経験の生起率
幸福の経験の生起率
生育因果型(7 名)
72%
86%
生育併存型(9 名)
45%
34%
苦労非受容併存型(2 名)
100%
0%
平坦距離因果型(1 名)
0%
0%
そんで産んだ子が,私を,なーんでもやってくれて,うん,かわいそう,かわ
いそうだと思ってる,子どものこと」という語りが示す通り,現在における子
どもから世話を受けることに対する罪悪感や不和といった状況と,過去の次世
代 を 生 み 育 て た 経 験 と が 因果づけら れずに,自己物語の中 に併 存 す る 構 造 を 有 し
ていた。
次世代を生み育てた過去の経験への意味づけ
次世代を生み育てることへの直接的な世話,というエピソードとして見て取
られた。親や祖父母として次世代を生み育たことが,努力,あるいは,苦労を
伴 っ た 経 験 と し て 意 味 づ け ら れ た 。 本 類 型 に 該 当 し た 2 名 中 2 名 ( 100%) が
苦労の経験を生起した。
成長した次世代との現在の関係性への意味づけ
成長した次世代からの世話の非受容というエピソードとして見て取られた。
成長した次世代との関係性は,次世代から世話を受けることに対する罪悪感,
あるいは,次世代からの世話の中の関係性の不和により次世代から世話を受け
ることができない,と意味づけられた。本類型に該当した 2 名全員が幸福の経
験を生起しなかった。
- 57 -
4. 平 坦 ・ 距 離 因 果 型 ( 1 名 : 男 性 1 名 )
過去と現在の因果
S「 ま あ 平 坦 に 来 ち ゃ っ た わ け だ よ ね , だ か ら あ の ー , 谷 あ り 山 あ り じ ゃ ,
なかったから,思い出ってのはあんまりないんだよね,だからね,うん,これ
か ら 先 も ,あ ん ま り あ れ だ よ ね ー ,ほ ら ,孫 た ち と 一 緒 に な る わ け じ ゃ な い し ,
もう,せがれだってまだ,あのー,向こうに,住んでるんだからね,だから,
いつ帰ってくるかわかんないしね」という語りに見られる様に,現在の成長し
た 次 世 代 と の 距 離 感 と ,過 去 の 平 坦 な 次 世 代 を 生 み 育 て た 経 験 と が「 だ か ら ね 」
という接続詞によって因果づけられる構造を有していた。
次世代を生み育てた過去の経験への意味づけ
次世代を生み育てたことに取り立てて苦労を伴わない平坦な経験であったと
意味づけられた。本類型に該当したこの参加者は「苦労」の経験を生起しなか
った。
成長した次世代との現在の関係性への意味づけ
現在の次世代との交流があまり緊密では無いと語られ,将来にかけてまで次
世代との間に距離が置かれ,互いに別々に生きていく存在であると意味づけら
れた。本類型に該当したこの参加者は「幸福」の経験を生起しなかった。
第 4 節 考察
1. 老 年 期 に お け る 救 済 の 言 語 に つ い て
本研究において,次世代を生み育てたエピソードを語った参加者の大半に当
たる生育因果型及び生育併存型に該当する高齢者は,過去の次世代を生み育て
たことの苦労や努力と,現在における次世代との幸福や次世代の成長,の両者
を 含 む ,生 育 の 自 己 物 語 の 構 造 を 表 出 し た 。Pratt et al.( 1999)に お け る 救 済
のシーケンスが老年期においてまで維持されるという知見は,日本の老年前期
にある高齢者においても再現が見られた。家族についてのエピソードは,老年
- 58 -
期 に お け る 回 想 の 中 で ,最 も 頻 繁 に か つ 重 み を 置 か れ て 語 ら れ る( Coleman et
al., 1998, 長 田 , 1992)。 高 齢 者 の 日 常 的 な 家 族 に つ い て の 回 想 の 営 み は , そ の
中に,適応を促進する救済の言語としての生育が繰り返し生起し,高齢者の適
応を支える一つの足場として機能する可能性が窺われた。
生 育 因 果 型 及 び 生 育 並 存 型 の 語 り は , McAdams( 2006) が 指 摘 す る , 次 世
代を生み育てる努力や苦労が,次世代の成長により好転する生育の語りの構造
を有していると言える。一方,苦労非受容並存型の語りは,次世代を生み育て
る苦労や努力と成長した次世代の描写が含まれるものの,現在の次世代との関
係性の不協和や,次世代から受ける世話に対する罪悪感が語られた。また,平
坦距離因果型の語りでは,次世代を生み育てた経験は努力や苦労として意味づ
けられず,現在の次世代との関係性を含め,次世代との生涯に渡る関係性は,
押し並べて平坦なものとして意味づけられた。このことは,次世代を生み育て
た過去の経験と成長した次世代との現在の関係性の二項を含む生み育てたこと
の語りの全てが,救済の言語としての生育における好転のプロットを形成する
訳では無いことを示している。
2. 過 去 と 現 在 を 結 ぶ こ と
生育因果型と生育併存型を比較すると,成長した次世代との現在の関係性に
関 し て , 生 育 因 果 型 の 高 齢 者 の 7 名 中 6 名 ( 86% ) が 「 幸 せ 」 と い う 表 現 を 用
い た 意 味 づ け を 行 っ た の に 対 し , 生 育 併 存 型 の 高 齢 者 は , 9 名 中 3 名 ( 34% )
のみに「幸せ」という表現を用いた意味づけが見られた。また,次世代を生み
育 て た 過 去 の 経 験 に 関 し て , 生 育 因 果 型 の 高 齢 者 は , 7 名 中 5 名 ( 72% ) が 苦
労という経験を生起したのに対し,生育併存型の高齢者において苦労という経
験 を 生 起 し た 者 は 9 名 中 4 名( 45% )に 留 ま っ た 。過 去 と 現 在 の 経 験 が 接 続 詞
に よ っ て 結 び つ け ら れ ,そ こ に「 過 去 苦 労 し て も 今 が 幸 せ な ら よ い 」,
「過去苦
労したから今の幸せがある」という因果づけが伴うことによって,過去と現在
の経験に伴う意味が相対化されるのだと考えられる。過去と現在を結ぶ因果に
よって,過去の苦労,現在の幸福という両者の経験の輪郭がより際立ち,現在
における次世代との関係性を幸福と意味づける頻度が高まるのだと考えられる。
ま た , も う 一 つ の 観 点 と し て , 日 本 に は 「 苦 は 楽 の 種 」,「 若 い う ち の 苦 労 は 買
- 59 -
ってでもせよ」といった諺があり,苦労を幸福の糧として位置づける認識が,
文 化 の 物 語 ( Bruner, 1990/1999) と し て , 日 常 の 中 に 埋 め 込 ま れ て い る と 考
えられる。次世代を生み育てた過去の経験に伴う苦労や努力と,成長した次世
代との現在の肯定的な関係性が,語りを通じて結びつけられることにより,苦
労を幸福の糧として位置づける文化の物語のフレームが活性化され,幸福とい
う意味づけが促進される可能性も示唆される。
と こ ろ で , McAdams( 2006) が 救 済 の シ ー ケ ン ス の 重 要 な 要 素 と し て 指 摘
している苦難の経験は,生育の語りにおいても同様に重要な役割を果たしてい
る と 考 え ら れ る 。 本 研 究 で は , 生 育 の 語 り の 定 義 を , 従 来 の McAdams の 救 済
のシーケンスの定義より広義に捉え,苦難を,苦労と努力という類似してはい
るががそこに付帯する情動に質的差異を持つ経験を比較する分析枠組みを用い
た。その結果,生育因果型と生育併存型の高齢者の語りの比較の中で,苦労の
経験を生起した割合が高い生育因果型において,現在の成長した次世代との関
係性に幸福を見出す参加者の割合が高いことが示された。このことは,過去と
現在の因果づけが,過去の苦労の経験を相対化し強めるばかりでなく,過去の
苦労の経験がその因果をより強めるという再帰性を有していることを示唆する
ものであると考えられる。本研究では,生育は,苦労から努力までを包含する
緩 や か な 概 念 と し て 設 定 さ れ た が , そ の 中 核 に は , McAdams の 救 済 の シ ー ケ
ンスの定義に含まれる苦難により近い含意を持つ苦労が位置づいていると考え
られる。
McAdams( 2006) は , 救 済 の 言 語 と し て の 生 育 の 構 造 を , 未 成 熟 な 存 在 を
生み育てることの献身によって,その存在が成長し成就するプロットだと述べ
ている。本研究の知見は,救済の言語としての生育の適応機能が,次世代を生
み育てることの経験と,現在の成長した次世代の描写の二つのエピソードを接
続詞によって結びつける自己物語の秩序化の方略に強く影響を受けることを指
摘 し , McAdams の 救 済 の 言 語 に 関 す る 知 見 を 補 強 す る も の で あ る 。
3. 生 育 の 語 り に よ る 次 世 代 か ら の 世 話 の 受 容 の 促 進 に つ い て
救済の言語としての生育は,生育因果型,生育併存型の語りが示す通り,成
長した次世代からの世話を,過去における自身の次世代を生み育てた努力や苦
- 60 -
労の賜物とみなす意味づけを伴う。老年期は,加齢による心身機能の低下に伴
い,不可避に他者からの世話を受け入れることを余儀なくされる発達の段階で
あ る 。石 井 ( 1995)に よ れ ば ,他 者 か ら 世 話 を 受 け る こ と は 高 齢 者 の 自 尊 心 の
維持へ強く影響を及ぼすとされる。救済の言語としての生育は,成長した次世
代から世話を受けることを,過去の自身の苦労の成果であるという認識を生じ
させることによって,高齢者に対し,自尊心の低下を伴わない次世代からの世
話の受容を促進する可能性を有していると考えられる。
一方,苦労非受容併存型の語りには,現在の次世代との関係性における不協
和や,次世代から世話に対する罪悪感に関する意味づけが見て取られた。一定
以上の水準の心身の自律性を維持した健常者においては,次世代の世話から自
立することにより,次世代との関係性の不協和や,次世代から世話を受けるこ
との罪悪感をある程度回避することが可能であると考えられる。一方,将来,
心身機能が低下し,次世代からの世話を受け入れることが不可避となる場合,
次世代との間の不協和や罪悪感を受容するために,高齢者が置かれる環境によ
り適合的な構造へと自己物語が再構成される可能性があると考えられる。
ま た ,平 坦 距 離 因 果 型 に お け る ,
「 ま あ 平 坦 に 来 ち ゃ っ た わ け だ よ ね ,だ か ら
あのー,谷あり山ありじゃ,なかったから,思い出ってのはあんまりないんだ
よね,だからね,うん,これから先も,あんまりあれだよねー」といった次世
代との関係性に意味を求めないという意味づけは,次世代の世話からの自立が
維持され,また,日常生活において世代継承性以外に適応を担保する何らかの
要素が存在する状況に適合すると考えられる。苦労非受容併存型の参加者と同
様に,加齢の過程で次世代からの世話を受け入れざるを得ない状況を経験する
際,次世代からの世話を肯定的に意味づける為に,過去における次世代を生み
育てた経験と,現在における成長した次世代との関係性に対して新たな意味づ
けがなされ,自己物語が再構成される可能性があると考えられる。
4. 生 育 の 語 り と 双 方 向 性 の 上 の 英 知
生 育 因 果 型 と 生 育 併 存 型 に 該 当 す る 16 名 の 参 加 者 は , そ の い ず れ も が , 現
在において次世代と良好な関係性を築いており,自身が人生を通して取り組ん
できた次世代への世話が次世代から肯定的に受け入れられていることを経験し
- 61 -
ていると考えられる。これらの参加者は,次世代を生み育てるということにつ
いて,双方向性の上の英知を発揮できている高齢者と見なすことができるだろ
う。生育因果型の参加者の語りに見られる過去と現在の因果づけは,現在にお
ける次世代との関係性に対する意味づけをより肯定的に彩るための思考方略と
して機能し,それによって,世代継承性は適応とより強く結びつく様になると
考えられる。
一 方 で ,苦 労 非 受 容 平 坦 型 に 該 当 す る 2 名 の 参 加 者 は 次 世 代 と の 関 係 性 に 不
協和や罪悪感を抱いていた。これらの参加者は,次世代を生み育てるというこ
とについて,双方向性の上の英知を発揮しづらい状況に置かれている高齢者で
あると考えられる。苦労非受容型の参加者の語りには,生育因果型や生育併存
型に見られる様な過去の苦労と現在の幸福という意味の対立が存在していない
ことから,過去と現在の因果づけによる肯定的な意味づけの促進が生じづらい
のだと考えられる。
さらに,平坦距離因果型に該当する 1 名の参加者もまた,現在における次世
代との希薄な関係性により,双方向性の上の英知を発揮しづらい状況に置かれ
ている高齢者であると考えられる。平坦距離因果型の参加者に見られる過去と
現在を結ぶ因果づけは,過去から現在にかけて次世代の関係性を押しなべて平
坦で他愛のないものとして位置づけることにより,双方向性の上の英知そのも
のを自身とは無関係の営みへと帰していると考えられる。
5. 本 研 究 の 限 界 と 課 題
本研究が採用した参加者に家族のエピソードを自由に選択させる非構造化イ
ンタビューは,次の様な意義と限界を有すると考えられる。本研究では,非構
造 化 イ ン タ ビ ュ ー に よ っ て , 31 名 中 19 名 の 参 加 者 か ら , 過 去 の 次 世 代 を 生 み
育てた経験と,現在の成長した次世代の描写を含む日常的な家族の語りを収集
することができた。一方で,2 名の参加者は前世代や同世代とのエピソードを
語ることに終止したことによって検討の対象から除外された。また,7 名の参
加者は,過去の次世代を生み育てた経験,もしくは,現在の成長した次世代の
描写のいずれかが語られなかったことによって検討の対象から除外された。こ
の こ と は ,家 庭 を 築 き 次 世 代 を 生 み 育 て 経 験 を 有 す る 健 常 な 高 齢 者 に お い て も ,
- 62 -
日常の中で表出される家族のエピソードの性質に大きな個人差が存在すること
を 示 し て い る 。 平 均 38 分 と い う イ ン タ ビ ュ ー 時 間 の 中 で , 参 加 者 が 自 発 的 に
選択した家族のエピソードは,参加者が日常の中で頻繁に表出する,想起する
こ と が 容 易 な ,使 い 慣 れ た エ ピ ソ ー ド で あ る と 考 え ら れ る 。本 研 究 に お い て は ,
参 加 者 側 に 家 族 の エ ピ ソ ー ド の 選 択 を 委 ね る こ と に よ っ て , 1.次 世 代 に 関 す る
テ ー マ を 自 発 的 に 語 ら な い , 2.次 世 代 に 関 す る テ ー マ を 自 発 的 に 語 る が 生 育 の
自 己 物 語 の 構 造 の 形 成 に は 至 ら な い , 3.生 育 の 自 己 物 語 の 構 造 を 自 発 的 に 表 出
する,という自己物語の秩序化の質に関する個人差が見て取られた。高齢者の
日常的な語りにおける,生育の自己物語の秩序化の質に関する個人差が,参加
者のエピソードを選択する行為自体に反映される点で,本研究が採用した非構
造化インタビューは,世代継承性の性質を検討するという狙いに対して,一定
の意義を持つと考えられる。
一方で,参加者に家族のエピソードを自由に選択させる非構造化インタビュ
ーは,参加者が潜在的に形成しうる自己物語の秩序化の構造や,それに伴う適
応を促進する機能の可能性を検討する点で限界を有している。参加者が語る
個々のエピソードに対して,そこに付随する意味づけや情動,また,本研究で
見て取られた様な家族関係の不和として現れる危機的エピソードへのコーピン
グに関する追加質問を実施することによって,生育の自己物語が有する適応を
促進するメカニズムをより立体的に記述することができる可能性が指摘される。
また,本研究おいて見て取られた,次世代に関するテーマを自発的に語らない
高 齢 者 ,.次 世 代 に 関 す る テ ー マ を 自 発 的 に 語 る が 生 育 の 自 己 物 語 の 構 造 の 形 成
には至らない高齢者においても,自発的には表出されない潜在的な生育の自己
物語を引き出すことができる可能性があると考えられる。本研究においては,
高齢者の日常における世代継承性の性質を記述する為に,参加者への誘導的な
質問を最小限に抑えることが優先された。一方で,今後,世代継承性のメカニ
ズムをより立体的に検討する為には,潜在的な意味づけやコーピングの為の思
考方略を引き出す質問を設定した半構造化インタビューを用いるアプローチを
実施することが課題となると考えられる。
- 63 -
第3章
調査 2:老年前期における世代間継承
- 64 -
第 1節
問題と目的
第 1 章で論じた通り,次世代に伝え遺すこと,すなわち「世代間継承」は,
世 代 継 承 性 と い う 概 念 の 構 成 要 素 の 中 核 に 位 置 づ け ら れ て い る 。Kotre( 1984)
は ,世 代 継 承 性 を ,
「次世代を育むことを通じて自分の死後にも残るような生き
方や仕事に身を投じようとする欲求を満たす行為」であると述べた。また,
McAdams( 1985) は , 中 年 期 以 降 の 自 己 物 語 の 中 に , 彼 が 世 代 継 承 性 ス ク リ
プトと呼ぶ「次世代を育み,肯定的な遺産を次世代に伝えることで,人生の終
焉を乗り越え,次世代の中に生き続けるという物語の骨格」が埋め込まれてい
るとした。本章では,世代継承性の中核として位置づけられた世代間継承の適
応のメカニズムを検討する。
また,人間の世代間継承の営みは,自身の正の遺産の継承だけでなく,負の
遺産の継承を巡る様々な営みを含み込む。その一つに,次世代に負の遺産を継
承することを敢えて選択するという営みが存在する。例えば,日本が経験した
戦 争 体 験 を 次 世 代 に 引 き 継 ぐ 為 の 語 り 部 活 動 や 博 物 館 で の 展 示 活 動( e.g., 福 西 ,
2012 ; 村 上 , 1996), ま た , 数 十 年 , 数 百 年 周 期 で 生 じ る 大 地 震 の 爪 痕 と そ の
教 訓 を 次 世 代 に 遺 す 為 の 語 り 部 活 動 や モ ニ ュ メ ン ト の 建 設 ( e.g., 阪 本 ・ 矢 守 ,
2010 ), さ ら に , ハ ン セ ン 病 者 と そ の 政 策 に 関 す る 資 料 館 の 建 設 ( e.g., 坂 田 ,
2009), が そ れ に 該 当 す る 。 こ れ ら の 取 り 組 み は , 社 会 が 経 験 し た 悲 痛 な 体 験
という負の遺産とそこから得られた教訓を,原体験を持たない次世代に引き継
ぐことによって,次世代が生きる未来にまでより良い社会を維持することを目
指 す も の で あ る 。 さ ら に , 坂 田 ( 2009) が 報 告 す る 様 に , 負 の 遺 産 を 次 世 代 に
伝えることは,その原体験を持つ主体の人生の存在提示として機能する側面を
有する。さらに,負の遺産の継承に関する,もう一つの営みとして,次世代に
負 の 遺 産 を 継 承 さ せ ず , 分 断 す る と い う 営 み が 存 在 す る 。 McAdams & de St
Aubin( 1992) や Kotre & Kotre( 1998) は , 自 身 の 負 の 遺 産 の 継 承 を 分 断 す
ることもまた,次世代を育むという観点から,世代継承性の重要な要素である
こ と を 指 摘 し て い る 。 Kotre & Kotre は , 虐 待 の 世 代 間 伝 播 や 遺 伝 性 の 疾 患 の
母子感染を,自身の世代で止めようとする努力を取り上げ,ある世代が次世代
への負の継承を分断し,自らを賭して世代間の継承を制御する営みを「世代間
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緩 衝 ( intergenerational buffers)」 と 呼 ん だ 。 本 章 で は , 負 の 遺 産 の 継 承 を 巡
る高齢者の営みとして,家族の文脈に生じる世代間緩衝に焦点を当て,その適
応のメカニズムを検討する。
次世代に何かを継承する,あるいは継承しない様に分断するという認識は,
世 代 継 承 性 の 概 念 的 定 義 の 域 に 留 ま ら ず ,中 年 期 を 対 象 と し た 調 査 研 究 の 中 で ,
自 己 物 語 や 子 育 て の 語 り の 中 に 含 ま れ る こ と が 報 告 さ れ て き て い る ( e.g., 竹
内 ・ 上 原 , 2007 ; McAdams & de St Aubin, 1992 ; McAdams et al., 1993)。 ま
た,青年期においても次世代への継承に関するイメージが描画課題の中に見て
取 ら れ て い る ( Yamada, 2004)。 こ の こ と か ら , 世 代 間 継 承 の 認 識 や , 望 ま し
く無い要素の分断に関する世代間緩衝の認識は,生涯発達上の広範の段階にお
いて人間の日常の中に埋め込まれていると見なすことができる。
第 1 章において論じてきた通り,次世代への継承は,老年前期の同調傾向で
ある自我統合や,その達成を支える基本的徳目である英知の定義に組み込まれ
て い る こ と が 指 摘 さ れ る 。英 知 に は ,
「 統 合 さ れ た 経 験 を 他 に 伝 え る 努 力 ,後 世
へ の 遺 物 を 遺 す 為 ,来 る べ き 世 代 の 要 求 に 応 え る( Erikson, 1964/1971)」と い
う 定 義 が 与 え ら れ ,そ こ に は 適 応 を 支 え る 機 能 が 想 定 さ れ て き て い る 。Erikson
et al.( 1986/1990)は ,イ ン タ ビ ュ ー を 通 じ て 収 集 さ れ た 高 齢 者 の 語 り の 中 に ,
複数の世代に渡る世代間継承に関するエピソードが含まれることを報告した。
Erikson et al. は , こ の 世 代 間 継 承 の 認 識 が , 高 齢 者 に , 世 代 の サ イ ク ル の 中
に自分自身の場所を確保することを促すという適応機能を有すると指摘してい
る 。日 本 に お い て も ,林( 2000)や 山 口( 2000)に よ っ て ,高 齢 者 の 語 り の 中
に世代間継承のエピソードが生起することが報告され,それに対し,家族の系
譜 の 中 へ 自 身 を 位 置 づ け る こ と や ,自 我 統 合 の 一 端 と 見 な す と い っ た ,Erikson
et al. の 見 解 に 準 ず る 形 で , 世 代 間 継 承 と 適 応 と の 結 び つ き が 指 摘 さ れ て き て
いる。
しかしながら,第 1 章で論じた通り,これまで高齢者の世代間継承の語りを
検 討 し た 先 行 研 究 が 前 提 と し て き た ,Erikson が 20 世 紀 半 ば の 社 会 背 景 に 基 づ
いて構想した,英知に満ちた老賢者として次世代に経験を伝え遺すという高齢
者像は,現代社会の老年前期の実状と乖離をしている可能性が指摘される。
Cheng( 2009), 田 渕 ら ( 2012) 及 び Tabuchi et al. (2015)が 報 告 す る 通 り ,
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現代社会を生きる高齢者の世代継承性の営みの適応機能は,次世代から受け取
る敬意に左右される。このことから,老年前期における次世代へ伝え遺すとい
う営みは,次世代を生み育て,伝え遺すという高齢者の営みが,次世代から敬
意を持って受け入れられる上に発揮される双方向性の上の英知として捉え直す
ことが適切である考えられた。
ま た , こ れ ま で の 高 齢 者 の 世 代 間 継 承 の 自 己 物 語 の 検 討 は , Erikson が 構 想
した自己保存と不死性の欲求充足という無意識下の過程を前提とし,高齢者の
自己物語から世代間継承に関する内容のエピソードを抽出し,それを適応の兆
候として報告してきた。第 1 章で論じた通り,老年期の世代継承性の性質を記
述 す る 為 に は , Erikson の 想 定 を 一 度 , 鍵 括 弧 に 入 れ , 高 齢 者 の 自 己 物 語 が 果
たす現代社会の文脈における現実に対処する為の思考の方略として適応機能を
記述する必要があると考えられる。そこでは,老年期の思考の性質である現在
と膨大な過去との統合性を獲得する自己物語の秩序化の過程を適応機能として
捉える,語りの構造に着目するナラティヴ・アプローチの枠組みが有効である
と考えられる。さらに,人間の思考が有する,現在に対して付与される意味づ
けが過去に対して付与される意味づけを逆行的に規定するという性質(伊藤,
2000),を 踏 ま え る こ と で ,上 述 し た Cheng( 2009),田 渕 ら( 2012)及 び Tabuchi
et al. (2015)の 知 見 を , 現 在 に お け る 次 世 代 と の 関 係 性 の 中 で 継 承 が 次 世 代 か
ら受け入れられたことの有無が高齢者の自己物語の秩序化を規定する,という
メカニズムとして捉えることが可能性になると考えられる。
そこで本章では,老年前期にある高齢者を参加者としたインタビュー調査を
通じて,世代間継承の自己物語の秩序化の構造を記述し,双方向性の上の英知
について考察することを目的とする。具体的には,世代間継承及び継承を分断
する世代間緩衝を含み込む自己物語に焦点を当て,そこに生じる現在の次世代
との関係性における継承及び分断の成立の有無に基づき自己物語を類型化し,
各類型の世代間継承の自己物語に伴う意味づけを検討する。
第 2 節 方法
1.参 加 者 と 語 り デ ー タ
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本 研 究 で は , 第 2 章 で 検 討 を 行 っ た , 健 常 な 高 齢 者 31 名 ( 男 性 14 名 : 女 性
17 名 ,平 均 年 齢 = 76.5,SD= 6.96,範 囲 = 64 歳 ∼ 94 歳 )の 家 族 に つ い て の エ
ピソードの語りのデータに対し,新たな分析を実施した。
2.分 析
面接を通じて収集された家族のエピソードの分析には次の二段階の手続きが
採用された。先ず,生涯に渡る世代間関係への意味づけの質を捉える為の枠組
を用意する為に,世代間関係の関係性カテゴリーの作成が実施された。次に,
そのカテゴリーに基づき,世代間継承あるいは世代間緩衝を表出する参加者の
生涯に渡る世代間関係の秩序化の構造の類型を抽出する作業が実施された。
世代間関係の関係性カテゴリーの作成
参 加 者 の 生 涯 に 渡 る 世 代 間 関 係 の 秩 序 化 の 質 を 捉 え る 為 に ,世 代 間 関 係 の エ
ピソードに付与される意味づけのカテゴリー化が実施された。カテゴリー化を
実施するにあたり,家族のエピソードを語らなかった男性 1 名及び,次世代の
エ ピ ソ ー ド を 語 ら な か っ た 男 性 2 名 が 除 外 さ れ ,男 性 11 名 ,女 性 17 名 の 計 28
名が分析の対象とされた。
分析には,第 2 章と同様に,語りに現れる意味づけをシステマティックに抽
出 す る こ と が 可 能 な 「 質 的 コ ー ド 化 ( Coffey & Atkinson, 1996)」 の 手 続 き が
援用された。本研究では,生涯に渡る世代間関係に対する意味づけを捉えるこ
とを狙いとして,前世代あるいは,次世代との関係性の各エピソードに対し,
語り手が付与する意味づけの質を評定者が判定し,その評定された意味づけの
一つ一つが,コーディングの一単位として設定された。コーディングは参加者
の全ての家族のエピソードに対して実施された。本研究において家族のエピソ
ードは,血縁を持つ家族成員や親族,養子に行った先での義父母,再婚によっ
て生じた親族,時間的な経過の中で離婚によって婚姻関係が解消した元親族,
のいずれかが登場している語りとして定義された。また,コーディングの一単
位 は , 1.誰 が , 2.何 を し た こ と が , 3.ど の 様 に 意 味 づ け ら れ て い る か , あ る い
は,そこにどの様な情動が伴っているか,という三つの要素を含み込むことと
した。末尾の付録 2 に,コーディングの手続きの例を示した。その結果,家族
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の エ ピ ソ ー ド に 対 し て ,計 665 の コ ー ド が 付 与 さ れ た 。付 与 さ れ た コ ー ド の 内
容を末尾の付録 3 に示した。
その後,それらのコードの中から,世代間関係に関するコードを抽出し,カ
テゴリーの統合作業を実施することによって世代間関係の関係性カテゴリーが
生 成 さ れ た 。世 代 間 関 係 に 関 す る コ ー ド は ,前 世 代 は ,祖 父 母 ,両 親 ,義 父 母 ,
年上の兄弟を,次世代は,子ども,孫や曾孫,養子,年下の兄弟に関するコー
ドと定義された。カテゴリー化の作業は全て筆者 1 名が実施した。その結果,
20 の 世 代 間 関 係 の 関 係 性 カ テ ゴ リ ー が 生 成 さ れ た 。そ れ ら の 関 係 性 カ テ ゴ リ ー
と 各 カ テ ゴ リ ー の 内 容 を Table4 に 示 す 。 ま た , カ テ ゴ リ ー 生 成 の 過 程 で 生 じ
た下位カテゴリーを含む,詳細な世代間関係の関係性カテゴリーの定義を,末
尾の付録 4 に記載する。
世代間継承及び世代間緩衝の語りにおける秩序化の構造の類型化
世代間継承あるいは世代間緩衝の認識を生起する語りの秩序化の構造を捉え
る 為 に 類 型 化 を 実 施 し た 。 先 ず ,「 1.前 世 代 か ら の 正 の 遺 産 継 承 」,「 10.次 世 代
へ の 正 の 遺 産 継 承 」,「 11.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 の 未 達 成 」 の 三 つ を 世 代 間 継
承 に 関 す る カ テ ゴ リ ー と し て ,ま た ,
「 12.次 世 代 へ の 負 の 遺 産 分 断 」,
「 13.次 世
代への負の遺産分断の未達成」 の二 つを 世代 間緩 衝に 関す るカ テ ゴリ ーと 定義
し,それらを生起した参加者 9 名が抽出された。
これら 9 名の参加者の語りは,世代間継承もしくは,世代間緩衝のいずれか
の性質を持つ語りとして大別され,次に,そこでの継承や分断が,次世代との
関係の中で受け入れられる「成立」の状態にあるか,部分的に受け入れられる
「半成立」の状態であるか,あるいは全く受け入れられない「不成立」の状態
であるかが判別され,類型化された。
さらに,各類型の生涯に渡る前世代及び次世代との世代間関係全体の性質を
明らかにする為に,各類型の参加者の語りに該当する世代間関係の関係性カテ
ゴリーが付与された。この関係性カテゴリーを付与する作業では,分析の信頼
性 を 高 め る 為 ,徳 田( 2004)に お け る 質 的 コ ー ド 化 の 二 者 評 定 の 手 法 を 参 考 に ,
筆者及び心理学を専攻する大学院生 1 名の計 2 名で参加者の逐語データを評価
し,評定者個々が別々に該当するカテゴリーを当てはめる作業が実施された。
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Table4 世代間関係の関係性カテゴリー
関係性カテゴリー
1.前世代からの正の遺産継承
前
と
祖父母や,親,兄弟の有する信念や,生き方,関係性パターン
に関する肯定的な要素の継承
2.前世代への心的配慮
祖父母や,親,兄弟の苦労に対する配慮
3.前世代への手助け
親,家族に対する不満を伴わない手助け
世
代
カテゴリーの内容
4.前世代の厳しさ
祖 父 母 や ,親 ,兄 弟 に 対 す る 苦 労 を 伴 う 手 助 け や ,前
世代からの厳しい躾
5.前世代からの世話への感謝
祖父母や,親,年上の兄弟から受けた世話に対する感謝
関
6.前世代からの世話の拒否
祖父母や,親,兄弟からの世話に対する無視や拒否
係
7.前世代から世話を受けられない苦
幼少期に親と死別や生き別れをし,世話が受けられなかったこ
性
労
との苦労
の
8.前世代の看取りの努力
9.前世代の看取りの苦しみ
老いた親,年上の兄弟を看取る努力,死別した前世代の人生に
対する敬意
老いた親,年上の兄弟を看取りの中での苦しさや悲しみ
子どもや,孫,年下の兄弟の中に,自身の信念,経験,関係性
10.次世代への正の遺産継承
パターンに関する肯定的な要素を見出す,あるいはそれを引き
渡そうとした努力
11.次世代への正の遺産継承の未達成
12.次世代への負の遺産分断
13.次世代への負の遺産分断の未達成
の
関
14.次世代への心的配慮
15.次世代への世話
係
性
子どもや,孫,年下の兄弟に,自身の持つ否定的な要素を引き渡
さない努力,あるいは肯定的に変換して引き渡そうとした努力
を見出す,あるいは肯定的に変換して引き渡そうとしたもの
が十分に共有されない
代
と
ップを見出し批判
子どもや,孫,年下の兄弟の中に,自身の持つ否定的な要素
次
世
子どもや,孫,年下の兄弟に,自身の信念,経験との間のギャ
16.次世代への世話の不足
17.次世代の成長への称賛
子どもや,孫,年下の兄弟を大切に感じる,あるいは, 成長
した子どもや孫の世話からある程度身を引く努力
子どもや,孫,年下の兄弟を育てる努力
子どもや,孫,年下の兄弟を育てることに力を注げなかったと
感じる,あるいは次世代を育てることに無関心
子どもや,孫,年下の兄弟の経験,努力,成長への肯定的な
評価
18.次世代からの世話
成長した子どもからの世話
19.次世代からの自立
成長した子どもから自立して生活する努力
20.次世代との上手くいかなさ
成長した子どもから世話が得られない,あるいは子ども夫婦と
の間の不協和
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この作業では,評定者に判定の対象とする全ての語りのデータのトランスクリ
プ ト が 記 載 さ れ た 用 紙 と ,付 録 4 の 世 代 間 関 係 の 関 係 性 カ テ ゴ リ ー の 定 義 を 記
載した用紙が配布された。先ず,各々の評定者にて全てのデータのトランスク
リプトの判定を実施しされた。次に,評定者間で判定の結果を確認し,両者の
判定が一致しなかった場合は都度評定者間でトランスクリプトの内容を協議し
付与するカテゴリーが決定された。全てのデータの判定が完了した後,各類型
に該当する参加者 3 名中 2 名以上に見られるカテゴリーが各類型の世代間関係
の典型として定義された。
第 2節
結果
参 加 者 9 名 の 語 り の 分 析 を 通 じ て ,世 代 間 継 承 及 び 世 代 間 緩 衝 に 伴 う 世 代 間
関 係 の 類 型 と し て , 1. 世 代 間 継 承 成 立 型 , 2. 世 代 間 継 承 半 成 立 型 , 3. 世 代 間
緩衝半成立型,の三つが抽出された。各類型の該当者は共に 3 名であった。各
類 型 に 属 す る 参 加 者 の 属 性 を Table5 に 示 す 。 次 に , 各 類 型 に 見 ら れ る 世 代 間
継承あるいは世代間緩衝の性質,また,生涯に渡る世代間関係の性質を以下に
示 す 。こ れ 以 降 ,引 用 さ れ る 関 係 性 カ テ ゴ リ ー は【 】に て 括 り 示 す こ と と す る 。
ま た 各 類 型 の 関 係 性 カ テ ゴ リ ー と そ れ に 該 当 す る 語 り の 例 を Table6 に 示 す 。
なお,参加者の個人情報を遵守する為,語りのデータの中の固有名詞は,文意
を損なわないことに配慮しつつ変更が加えられた。
1.世 代 間 継 承 成 立 型 ( 3 名 : 男 性 2 名 ・ 女 性 1 名 )
世代間継承の性質
前世代及び次世代との関係性の中で,数世代に渡り肯定的な要素の継承が円
滑 に 成 立 し た 【 1.前 世 代 か ら の 正 の 遺 産 継 承 】【 10.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 】
と意味づけられる。
前世代との関係性
前 世 代 の 苦 労 を 汲 み 取 り【 2.前 世 代 へ の 心 的 配 慮 】,自 発 的 に 前 世 代 を 手 助 け
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し た 【 3.前 世 代 へ の 手 助 け 】 と , ま た , 前 世 代 か ら 世 話 を 受 け , そ れ に 感 謝 し
て い る 【 5.前 世 代 か ら の 世 話 へ の 感 謝 】 と 意 味 づ け ら れ る 。 前 世 代 に 対 す る 否
定的な意見や情動は含まれない。
次世代との関係性
次 世 代 を 熱 心 に 世 話 し 育 て 【 15.次 世 代 へ の 世 話 】, 次 世 代 が 望 ま し い 成 長 を
遂 げ た【 17.次 世 代 の 成 長 へ の 称 賛 】と 意 味 づ け ら れ る 。次 世 代 に 対 す る 否 定 的
な意見や情動は含まれない。
2.世 代 間 継 承 半 成 立 型 ( 3 名 : 男 性 1 名 ・ 女 性 2 名 )
世代間継承の性質
前 世 代 と の 関 係 性 の 中 で 肯 定 的 な 要 素 の 継 承 が 生 じ た 【 1.前 世 代 か ら の 正 の
遺産継承】と意味づけられる。さらにその要素が,ある部分では次世代に継承
さ れ【 10.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 】,ま た ,あ る 部 分 で は 次 世 代 と の 間 で 十 分
Table5 各 類 型 に 該 当 す る 参 加 者 の 属 性
類型
性別
年齢
同居している家族
世代間継承成立型
女性
68 歳
無し(夫と死別し独居)
男性
77 歳
妻
男性
82 歳
妻
女性
72 歳
息子夫婦
女性
72 歳
息子夫婦
男性
74 歳
妻
女性
70 歳
息子夫婦,孫二人
女性
77 歳
夫
女性
78 歳
娘,孫
世代間継承半成立型
世代間緩衝半成立型
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Table6 各類型に含まれる語り
類型
項目
世代間継承の性質
関係性カテゴリー
1.前世代からの正の遺産継承
10.次世代への正の遺産継承
世代間継承
前世代との関係性
成立型
2.前世代への心的配慮
3.前世代への手助け
男性 2 名
女性 1 名
語りの例
「やっぱり母親のー,躾でしょうねー,(中略),厳しい躾がありましたんでねー,だから,私はどんな苦しみでも耐
えられました」
「あのー,本当にね,私たちは子どもたちに恵まれたというのでしょうか,それと,私の信念を,よく飲み込んでくれ
たのかねー,そう思いますね」
「父親が,あのー,割とよく働いたんですけどね,商売失敗が多かったんです,(中略),それでそのー,その転職す
る度に母親が苦労しましてねー」
「(親から)させられたってことは無いのね,自分で進んでそういう仕事をしてきたから」
「父が,六人の子どもに学校に出してあげたいということで,当時の旧制中等学校の学費が五円五十銭くらいだったで
5.前世代からの世話への感謝
すが,一度も学校から督促されることのない,えー,期日にはきちんと納付させてもらえたということも,やはり今で
は,心から感謝致しております」
次世代との関係性
世代間継承の性質
15.次世代への世話
「子どもに随分厳しいことしたことあるんです,(中略),いわゆるスパルタ式で」
17.次世代の成長への称賛
「べた褒めであれなんですけどフフ,真っ直ぐな道を歩んでくれますんで,非常に私としては誇りにしております」
1.前世代からの正の遺産の継承
10.次世代への正の遺産継承
10.次世代への正の遺産継承
11.次世代への正の遺産継承の未達成
世代間継承
半成立型
男性 1 名
4.前世代への手助けの苦労
女性 2 名
11.次世代への正の遺産継承の未達成
前世代との関係性
4.前世代の厳しさ
5.前世代からの世話への感謝
「親にはね,(中略),よくキセルで叩かれたよ,頭,(中略),厳しかった,でもね,ああいうのがやはりね,身を
もってねー,(中略),社会出てってプラスになったと思う」
「私が生き様を見せたのかね,息子はわりと,堅実ですよ,考えが」
「家の子ども(孫)たちには家の息子は絶対させないから,早いって,うん,歳も行かないのにね,そういうもの(携
帯電話)をほしがることは,おかしいことだって,でも,誰それさんが持ってるって,人は人だって,家の息子はそう
言います」
「今の人は,その,我慢ってことはね,辛抱っていうことがね,欠けてるからね,うん,だから,もう少し,家の,孫
は,二人いるんですよ,男の子と女の子,それがねー,見てるとねー,口出したいんだけど,(中略),もう,二十歳,
まではもう,洗濯炊事,ま,女の,習い事っていうのは一切全部やらされたからね」
「父親はそれで海軍に行ったでしょ,戦争に行ってるから,おばあちゃんと二人でその五人の子どもを,洗濯して,食べさす
の,みんな手伝ってね,(中略),一番痛切に感じたのはやっぱし,十五,六,十七の間ですね,それが一番辛かった」
「長女だから,大事に育ててもらった親の恩はあるけどもね」
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次世代との関係性
15.次世代への世話
17.次世代の成長への称賛
「私は一人息子なの,二十一に産んだ子がね,男の子で,うん,それで,その子を育てるのに,主人と二人で頑張って,二人で共稼ぎやって,
息子は一人息子だけど,かぎっ子でハハハ,それでもう,現在があるからね,息子は,まあ,お父さんお母さんの子どもであって,生まれて
よかったよっていうのを,こないだ,(中略),そん時に,初めて言って,私,それで,今までの,苦労がね,消し飛んだ」
「泥んこに入って,藪ん中入ってこう,肌でこう感じたやつは,これほんと,うん,生涯忘れられないんだよ,
(中略),
11.次世代への正の遺産継承の未達成
今無いでしょう,自分の子どももそうだけど孫なんか余計にね,見た目は完成品ででかくてね,おー,このやろうって
くらい成長しているけど,中身はほれ,空っぽだと思う」
世代間緩衝の性質
12.次世代への負の遺産分断
13.次世代への負の遺産分断の未達成
「自分の本当の親だったらもしかしたら子ども連れても離婚してたかも分からないけど,
自分が親に捨てられてそうい
うのしてるから,自分の子どもには絶対したく無いって」
「(子どもの夫)またどっか行っちゃったんだよな,(中略),そういうわけ,何だかんだ苦労してるのよ子どもも,
うん,親が苦労してるからやっぱ子どもも苦労してるね」
「子どもにとって両親がいないってことはほんとにねー,あれなんだからね,あのー,子ども育てるのもあれしなきゃいけな
13.次世代への負の遺産分断の未達成
いよって言うんですけどね,そんなこと言ったって私たちはわかんないよハハハハ,そりゃそうですよね,自分たちの娘や息
子は,ねえ,両親が揃って育ってますからねハハ,それ,私みたいな思いしないからそれわかんないんですけどね」
世代間緩衝
前世代との関係性
7.前世代から世話を受けられない苦労
「私はねー,親がそういうふうにいないから,だからなんだかしらねえけど,あの,いじめられた,何でもないのには
たかれてさー,(中略),うんだから,やっぱりちゃんと親がいないと,子どもは苦労するよ」
半成立型
女性 3 名
5.前世代からの世話への感謝
12.次世代への負の遺産分断
次世代との関係性
14.次世代への心的配慮
15.次世代への世話
18.次世代からの世話
20.次世代との上手くいかなさ
「私自分自身でそんな風にまともにちゃんと,あれしてー,家庭持って母親になってこうやってしてきたってことは,
ああ,自分自身がね,おじいちゃんおばあちゃんに愛情一杯に育てられたんだなーと思って」
「私はあんまり,学校,行かなかったから,子どもだけは学校上げたいからって言ったら,それ一本で入れたんだから,
市役所,そうよ,それでちゃんと,女の子二人だからさ,(中略),私が働いて学校ちゃんと,神奈川の高校ね,あげて」
「でも子どもたちも子どもたちなりに,まあ,あれしてはくれているんでしょうけどね,まあ,結構あのー,何か節目
のときは子どもたちがあれしてくれますのでね」
「お父さんが亡くなれば,子どもたちが,ねえ,お葬式も出す,ね,お墓も買う,そうしてやんのがほんとなんだけど,
家は娘だから,なーにもしないで,なーにもしないで,そんで,香典はみんな持ってっちゃったよ」
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に 継 承 が 成 立 し な か っ た【 11.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 の 未 達 成 】と 意 味 づ け ら
れ る 。継 承 が 成 立 し た 次 世 代【 10.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 】や ,前 世 代 を 手 助
け し た 苦 労 【 4.前 世 代 の 厳 し さ 】 が 引 き 合 い に 出 さ れ , そ れ と の 対 比 構 造 の 中
で 継 承 が 成 立 し な か っ た と 見 な さ れ る 次 世 代 の 一 面 が 批 判 に さ ら さ れ る 【 11.
次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 の 未 達 成 】。
前世代との関係性
前 世 代 を 積 極 的 に 手 助 け し た が , そ れ が と て も 苦 し い 経 験 だ っ た 【 4.前 世 代
の厳しさ】と意味づけられる。また,前世代から世話を受け,それに感謝して
い る 【 5.前 世 代 か ら の 世 話 へ の 感 謝 】 と 意 味 づ け ら れ る 。 前 世 代 に 対 す る 否 定
的な意見は含まれないが,前世代との生活の中の苦労が表出される。
次世代との関係性
次 世 代 を 熱 心 に 世 話 し 育 て【 15.次 世 代 へ の 世 話 】,次 世 代 が 望 ま し い 成 長 を
遂 げ た【 17.次 世 代 の 成 長 へ の 称 賛 】と 意 味 づ け ら れ る 。一 方 で ,次 世 代 の 肯 定
的 な 継 承 を 達 成 で き て い な い 側 面 に 対 し て の 批 判【 11.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承
の未達成】が表出される。
3.世 代 間 緩 衝 半 成 立 型 ( 3 名 : 女 性 3 名 )
世代間緩衝の性質
前世代との関係性の中で親の死別や親との生き別れ等の理由から世話を受け
ることができずに苦しみを経験し,次世代との関係性の中でそれを伝えない様
に 分 断 し た ,あ る い は ,肯 定 的 に 変 換 し て 伝 え た【 12.次 世 代 へ の 負 の 遺 産 分 断 】
と意味づけられる。一方で,次世代の中に分断しようとした否定的な要素が見
出 さ れ る こ と や ,肯 定 的 に 変 換 し た 要 素 が 次 世 代 に 十 分 に 伝 わ っ て い な い【 13.
次世代への負の遺産分断の未達成】と意味づけられる。
前世代との関係性
親 と の 死 別 や 生 き 別 れ を 経 験 し た 幼 少 期 は 苦 し か っ た 【 7.前 世 代 か ら 世 話 を
- 75 -
受けられない苦労】と意味づけられる。その一方で,親代わりとなった祖父母
や 年 上 の 兄 弟 か ら の 世 話 へ の 感 謝 【 5.前 世 代 か ら の 世 話 へ の 感 謝 】 が 表 出 さ れ
る。
次世代との関係性
次世代を,自身の親との関係性の中の負の経験を伝えない様に配慮しながら
【 12.次 世 代 へ の 負 の 遺 産 分 断 】 【 14.次 世 代 へ の 心 的 配 慮 】 , 積 極 的 に 世 話 し
育 て た【 15.次 世 代 へ の 世 話 】と 意 味 づ け ら れ る 。成 長 し た 次 世 代 か ら の 世 話 を
受 け て い る こ と【 18.次 世 代 か ら の 世 話 】,ま た そ の 中 で ,次 世 代 と の 関 係 性 が
上 手 く い か な い と い う 感 覚 【 20.次 世 代 と の 上 手 く い か な さ 】 が 表 出 さ れ る 。
第 4 節 考察
1. 世 代 間 継 承 の 自 己 物 語 の 秩 序 化 の 構 造
世代間継承の認識を生起した世代間継承成立型と世代間継承半成立型の自己
物語は,高齢者が前世代と次世代に自身と同質の要素を見出すことが,高齢者
の自己世界にある種の秩序をもたらすことを窺わせる。そのメカニズムを明確
に見て取れるのは,世代間継承半成立型の対比構造を有した語りである。世代
間継承半成立型の自己物語は,現在の次世代との関係性の中で自身の望ましい
要素の継承の不成立を見出した際,望ましい要素の継承が成立した次世代や次
世代の一側面や,その要素を受け取った前世代との関係性を対比項に上げるこ
とで,継承が成立しない異質な次世代や次世代の一側面を批判にさらす構造を
有 し て い た 。Erikson( 1982/1989)は ,特 定 の 人 間 や 集 団 を 自 分 の 世 代 継 承 性
の 関 心 に 含 め る こ と に 対 す る 嫌 悪 感 を「 拒 否 性 」
( rejectivity)と 呼 び ,あ る 程
度の拒否性を伴い,世代継承性の対象とする次世代を選択することが,世代継
承性を十分に発揮する為に必要であると指摘した。この拒否性を伴う対比構造
によって異質な次世代や次世代の一側面を退ける語りは,自身と同様の望まし
い要素を共有する他世代との間で編みあげられる自己世界の秩序を維持する機
能を果たしていると考えられる。本研究の参加者の語りに見られる前世代との
関係性と次世代との関係性を重ね合わせることは,世代間継承の認識を伴う自
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己物語の全般に共有される性質であろう。世代間継承成立型では,前世代の関
係性と次世代との関係性の各々に同一の要素が見出される。その為,そこに並
置の構造が生じ,それらを結びつける上で複雑な意味づけの処理を要さないと
考えられる。一方で,世代間継承半成立型の場合は,次世代との関係性と前世
代 と の 関 係 性 の 間 に 質 的 な 差 異 が 見 出 さ れ ,対 比 構 造 が 生 じ る 。そ れ に よ っ て ,
矛盾する二つの異質な関係性を結びつける為に,あるいはそれらを切り離す為
に,意味づけがより活性化されるのだと考えられる。
世代間継承は,次世代に遺産を遺し,次世代の中で生き続けるという,世代
継 承 性 の 適 応 メ カ ニ ズ ム の 中 核 に 据 え ら れ て き た ( e.g., Erikson et al.,
1986/1990 ; Kotre, 1984 ; McAdams, 1985)。 従 来 の 世 代 継 承 性 の 理 論 は , そ
のメカニズムに精神分析を基盤にした無意識下の自己保存と不死性の欲求とそ
の充足の過程を想定することを前提としてきた。それに対し,本研究は,自身
と同一性を持つ異世代やその一側面と異質な異世代やその一側面とを対比させ,
異質な異世代やその一側面を退け,同一性を持つ異世代やその一側面との関係
性を強め自己世界を秩序化させるという,意識化された思考の営みとして,老
年 期 の 世 代 継 承 性 の 適 応 メ カ ニ ズ ム を 提 示 す る 。 ま た , Erikson et al.
( 1986/1990) は , 老 年 期 の 世 代 継 承 性 の 主 要 な 側 面 と し て , 三 世 代 以 上 の 世
代の間に同一性が見出される現象を取り上げ,それが世代サイクルの中に自分
自身の居場所を確保する機能を果たすと述べた。しかしながら,本研究が記述
した,世代間継承を見出す思考の過程からは,世代サイクルの中に居場所とい
う調和を目指す営みというより,拒否性を伴う対比構造を駆使して世代間の同
一性を何とか見出そうとする主体的な努力の過程として捉え直すことが,高齢
者が置かれている現代社会の実状により即していると考えられる。
2. 世 代 間 緩 衝 の 自 己 物 語 の 秩 序 化 の 構 造
世代間緩衝の自己物語の主題は,自身の否定的な経験を次世代に伝えない様
に分断することと,自分が得られなかった経験を次世代の為に創造することに
よる,自己の変容にあることが窺われた。負の世代間継承の連鎖を断ち切る世
代間緩衝は,次世代に望ましい育みを与えることをその動機としているが,本
研究において世代間緩衝半成立型に分類された高齢者の「家庭持って母親にな
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ってこうやってしてきたってことは,ああ,自分自身がね,おじいちゃんおば
あちゃんに愛情一杯に育てられたんだなーと思って」という語りが示す通り,
自身が育んだ次世代との関係性と,過去の前世代との関係性を重ね合わせるこ
とによって,自身の不運な幼少期の意味を塗り替えるという,自己そのものの
好 転 が そ の 根 底 に モ チ ー フ と し て 存 在 し て い る 。McAdams et al. ( 1997)は ,
苦労が好転する自己物語を救済のシーケンスと呼び,それが適応を促進する機
能 を 有 す る こ と を 明 ら か に し た ( McAdams, 2006 ; McAdams et al., 2001)。
世代間緩衝の自己物語は,この救済のシーケンスの一つの形態であると考えら
れ る 。 Kotre&Kotre( 1998) は , 世 代 間 緩 衝 を 次 世 代 に 対 す る 自 身 の 身 を 賭 し
た強い利他的行動と捉え,世代継承性の重要な要素と見なしている。本研究の
結果は,世代間緩衝という利他的行動が,それと同時に,自身に救済という適
応を導くという利己的な側面を併せ持つことを示すものである。
一 方 ,世 代 間 緩 衝 の 自 己 物 語 に お い て は ,自 己 の 好 転 の 物 語 だ け で な く ,
「親
が苦労してるからやっぱ子どもも苦労してる」という語りが示す通り,次世代
との関係性を過去の前世代と重ね合わせる中で,立ち切ったはずの前世代との
間の不運な関係性の要素が,次世代に受け継がれていることが見出された。世
代間緩衝の自己物語は,不運な自己からの回復と,不運な自己の持続という二
重 性 を 有 し て い る と 言 え る 。 松 島 ( 2002) は , 断 酒 会 で 語 ら れ る , ア ル コ ー ル
依存症からの回復という一種の救済のシーケンスの構造を持つ自己物語を分析
し た 。そ こ で は ,ア ル コ ー ル 依 存 症 者 で あ っ た 過 去 の 自 己 か ら の 回 復 の 語 り と ,
アルコール依存症に陥りやすい自身の性質を忘却させない為に過去の自己を持
続させる語り,の二つが見て取られた。一見すると,世代間緩衝半成立型の自
己物語と断酒会の自己物語が有する二重性は,同一の性質を持つものの様に見
える。しかし,断酒会における過去の自己を持続させる語りには,過去の自己
を忘却させない為に主体的に選び取られるという能動性が想定されている。そ
れに対し,世代間緩衝半成立型における過去の自己の持続は,より受動的な性
質 を 有 す る と 考 え ら れ る 。McAdams et al.( 1997)は ,自 己 物 語 の 中 で 肯 定 的
な出来事を唐突に,また反復的に暗転させる「汚濁のシーケンス
( contamination sequence)」 の 存 在 を 指 摘 し , そ れ が 不 適 応 と 結 び つ く こ と
を 明 ら か に し た( McAdams et al., 2001 ; McAdams, 2006)。McAdams( 2006)
- 78 -
によれば,汚濁のシーケンスは,幼少期の親との死別や離別による人生の転落
の 経 験 が 「 核 ス ク リ プ ト ( nuclear script)」 と し て 自 己 物 語 に 根 づ き , あ ら ゆ
る出来事に転落の認識が転写されことによって生じるとされる。世代間緩衝半
成 立 型 に 属 す る 参 加 者 の 3 名 中 3 名 全 員 が ,幼 少 期 の 両 親 と の 死 別 や 離 別 を 経
験という,自己物語の中に汚濁のシーケンスを生起する人間が有するとされる
生育歴を有していた。世代間緩衝半成立型における過去の自己の持続は,次世
代の中に予期しない負の遺産の継承が見出されるという,汚濁のシーケンスの
有するより受動的な性質が反映されたものであると考えられる。
な お ,世 代 間 緩 衝 半 成 立 型 に 該 当 し た 3 名 の 参 加 者 の う ち 2 名 は ,第 2 章 の
生育の自己物語の検討において,生育としての好転のプロットを有していない
と判定された苦労非受容併存型に分類された高齢者であった。回復としての好
転のプロットは,前世代との関係性における過去の自己と,次世代を生み育て
た現在の自己とが重ね合わされることにより構成される。それに対し,生育と
しての好転のプロットは,次世代を生み育てた過去の経験と,成長した次世代
との現在の関係性とを重ね合わせることにより構成され,それらが組み込まれ
るエピソードが異なっている。高齢者の家族に関する自己物語は,語られるテ
ーマや,それに伴う重ね合わせられる経験の組み合わせによって,回復と生育
という二つの異なった好転のプロットを形成する可能性に開かれていると考え
られる。
3.本 研 究 の 限 界 と 課 題
第 2 章と同様に,本研究では,参加者に家族のエピソードを自由に選択させ
る非構造化インタビューによって得られた,参加者が自発的に表出した語りの
デ ー タ が 分 析 の 対 象 と さ れ た 。そ の 結 果 ,参 加 者 の 3 割 程 度 の 9 名 の 高 齢 者 が ,
世 代 間 継 承 あ る い は 世 代 間 緩 衝 の 語 り を 表 出 し た 。第 2 章 に お い て 生 育 の 自 己
物 語 の 構 造 が 5 割 程 度 の 高 齢 者 に 見 て 取 ら れ た こ と と 比 較 す る と ,世 代 間 継 承
や世代間緩衝の語りは,高齢者の日常的な語りの中では,より表出される頻度
の低いエピソードであると考えられる。
ところで,本研究において,世代間継承や世代間緩衝の語りを表出しなかっ
た参加者が,その認識を有していないのか,あるい潜在的には世代間継承や世
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代間緩衝の認識を表出する可能性を有しているのかについて,本研究で採用し
たインタビュー手続きの範疇ではそれを十分に明らかにすることができない。
今後,本研究が目的とした日常の中の老年期の世代継承性の性質を明らかにす
る上では,参加者に家族のエピソードを自由に選択させる非構造化インタビュ
ーをさらに積み上げ,より分厚い語りのデータの蓄積が今後の課題となると考
えられる。第 2 章でも同様のことを論じたが,世代間継承と世代間緩衝のメカ
ニズムをより立体的に検討する為には,本研究が採用した非構造化インタビュ
ーでは十分な語りのデータを得ることができない。本研究とは異なるアプロー
チとして,世代間継承や世代間緩衝に関するエピソードに対する,意味づけや
危機的な状況に対するコーピングといった思考の方略を引き出す為の質問項目
を備えた,半構造化インタビューを実施することが必要になると考えられる。
第 5 節 老年前期の世代継承性の適応機能
第 2 章 及 び 本 章 の 調 査 研 究 を 通 じ て ,老 年 前 期 に お け る 世 代 継 承 性 の 性 質 を
検討してきた。そこでは,世代継承性の主要な構成要素と見なされる,次世代
を生み育てることに関する生育の自己物語と,次世代へ伝え遺すことに関する
世代間継承の自己物語に焦点が当てられた。その中で,自身の世代継承性に関
する営みが次世代から敬意をもって受け入れられていることを見出すことの上
に成り立つ双方向性の上の英知の観点から,世代継承性と適応の結びつきが考
察された。本節では,老年前期における世代継承性の自己物語の秩序化の過程
に伴う適応機能の諸側面を以下に提示する。ここに列挙される機能を,世代継
承性という重層的な概念が有する適応機能の全てと見なすべきでは無い。しか
しながら,その一方で,これらの適応機能は,老年期において日常的に見て取
ら れ る 家 族 に 関 す る 回 想 の 中 で( Coleman et al., 1998 ; 長 田 , 1992),イ ン タ
ビュアーの質問による誘導無しに,高齢者が主体的に表出した自己物語に組み
込まれたものである。従って,ここで示される機能は,老年前期の世代継承性
の自己物語における主要な適応機能と見なすことができると考えられる。
機 能 1: 生 育 の 語 り に お け る 次 世 代 の 成 長 が も た ら す 幸 福 と 世 話 の 受 容
- 80 -
生 育 の 語 り は , 老 年 前 期 に お い て ま で , McAdams( 2006) が 中 年 期 の 自 己
物語に見出した,未成熟な存在を生み育てることの献身によって,その存在が
成長し成就する,好転のプロットの構造を維持していた。次世代の成長は,過
去の苦労や努力の賜物として位置づけられ,それは現在における,次世代との
関係性に対する肯定的な意味づけを促すことが見て取られた。とりわけ過去の
次世代を生み育てることと,現在の成長した次世代との関係性とを,接続詞を
用いて結び合わせることにより,幸福という意味づけが促進されることが指摘
された。
「 私 も 嫁 さ ん に 行 っ た り し て ,子 ど も を 一 人 産 ん で ,男 の 子 ,そ れ で 家 の 旦 那 も ,
昭和五十五年かな亡くなったの,四十四歳で,そいで,子どもは一人いたし,母
親もまだいたからー,随分色々と苦労しましたけどね,(中略)それでー,家を
建て直して,で,新しい所に,今家族六人って言うのかな,息子夫婦とね,暮ら
してるんですけどね,毎日楽しいですね,ええ,今はね,だから,昔苦労したか
ら ,し た け ど ,今 ,凄 く ,楽 し い か ら ,そ れ が ー ,今 幸 せ か な ー と 思 っ て ,う ん 」
こ の 69 歳 の 女 性 は , 夫 を 早 く に 亡 く し た 為 , 女 手 一 つ で , 家 計 の 為 に 食 堂
を切り盛りしつつ子育てを経験した。過去の子育ては強い苦労の経験として語
られる。その過去の苦労と対照的に現在の成長した子ども夫婦との同居生活の
充実した楽しさが繰り返し表出される。そこでは,過去の子育ての苦労を現在
と対比させる「したから」,「したけど」という接続詞によって,現在の子ど
も 夫 婦 と の 同 居 生 活 の 楽 し さ が 際 立 ち ,そ こ に ,「 そ れ が ,今 幸 せ か な ー 」と ,
幸福という意味づけが付与された。
また,現在における成長した次世代からの世話は,過去における次世代を生
み育てることの努力や苦労の成果として意味づけられ,老年期における次世代
からの世話の摩擦の無い受容を促進する機能を果たす可能性が示唆された。
「職に関しては心配ないですね,はい,で,非常に親に良くしてくれるんですよ,
はい,もうほんとに私幸せです,はい,べた褒めでやっぱりあれですけどねフフ,
(中略) 家の娘なんかもね,定年に私ー,終わってからー,大学入ったでしょ,
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お金が要りま してねー(中略)私 も,定年 が 終わって,それでー ,ねえ,嘱託 で他
の会社行って ますんで ,前ほど,給料もら え ませんからね ー,あの ー,学校の学費
でね,そういうので,結構,そういうので,大変でしたね (中略)おかげさまで
ー,それでー,それも子ども知ってると思うしね,一番末っ子なんかはね,もう,
父の日母の日 ちゃんと ,色んなもの 送ってく れます」
こ の 82 歳 の 男 性 は , 仕 事 に お い て 管 理 職 の 立 場 に 就 き 非 常 に 多 忙 な 生 活 を
送りながら,子どもへの厳しい躾や教育,子どもの進路への助言といった非常
に緊密な関係性の中で子育てを行った。第三子の娘を大学に上げるときには既
に定年退職をしており,学費を捻出する為に夫婦共働きで何とか収入を確保し
た と 語 る 。現 在 ,成 長 し た 第 三 子 の 娘 か ら は ,様 々 な 気 づ か い を 受 け て い る が ,
それは,
「 子 ど も 知 っ て る と 思 う し ね 」と ,過 去 の 子 育 て の 苦 労 と 結 び つ け ら れ
る。子どもは過去の自分の苦労をよく理解し,それを恩に感じ現在においてそ
のお返しを実行するという意味の生成によって,子どもからの気づかいや世話
を受け取ることは当然なことであると見なされ,ごく自然なこととして受け入
れられている。
機 能 2: 生 み 育 て た こ と の 語 り に お け る 世 話 す る 者 と し て の 自 己 の 維 持
生み育てたことの語りの構造の一つの形態として,次世代を生み育てること
の苦労を自身の生涯に渡る役割として老年期まで維持しようと努力し,成長し
た次世代からの世話からの自立を希求する意味づけが見て取られた。次世代か
らの世話に対する遠慮は,老年期に頻繁に見て取られる思考のパターンの一つ
で あ る( e.g., Erikson et al., 1986/1990)。と り わ け ,次 世 代 を 生 み 育 て る 役 割
を貫こうとする意味づけは,その役割の維持を可能にするだけの心身機能の自
律性が保たれる老年前期において,日常の生活と適合性を持ち,高齢者の自己
効力感を支える機能を果たすと考えられる。
「そいで,働いてる間に,ミシン,主人が,大学出た年買ってくれたんでね,
あの,友達の背広縫ったり,家の裏返し,子どもの四人分のジャンパー作った
り,色んなことしてね(中略)子どもが大きくなったら,子どもにお金だけは
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迷惑賭けたく無いなーと,思ってます(中略)やっぱり,自分で,生活できる
っていうのが,子どもたちから貰わなくて済むっていうのが一番ですね」
こ の 79 歳 の 女 性 は , 戦 後 の 動 乱 の 最 中 , 中 国 か ら 引 き 上 げ , 大 学 の 非 正 規
教員である夫と結婚した。夫の収入は少なく,幾つもの仕事を掛け持ちして家
計を支えながら,五人の子どもを育てたことを大変な苦労であったと語る。現
在への子どもや孫への気遣いを繰り返し表出するが,直接的な子どもや孫への
世話からはできるだけ身を引こうと配慮をしていると語る。その中で,繰り返
し 表 出 さ れ る の が ,子 ど も の 世 話 を 世 話 を す る 程 の 気 力 は 今 の 自 分 に は 無 い が ,
せめて子どもに迷惑をかけたくない,という主張であった。子どもへの金銭的
な負担をかけない為に自身の葬式の費用を積み立てていると語る。また,自分
が健康を損なうことが子どもへ世話の負担かけることを意識し食生活に配慮し
ていることを語る。自身を鼓舞するかの様に反復する,子どもへの負担を回避
する決意の提示は,子どもに十分な世話を与えることができなくなった現在に
おいて,親としての同一性を維持する為の自己制御の手段として機能している
と考えられる。
機 能 3: 世 代 間 継 承 の 語 り に お け る 世 代 間 に 共 有 さ れ る 望 ま し い 要 素 の 維 持
世代間継承の語りは,次世代との間に,自身が望ましいと考える信念やそれ
に準ずる要素を見出すことによって,それを共有する次世代や次世代の一側面
への称賛や,誇りの感覚が生起されることが見て取られた。このことから,自
身の有する望ましい要素を次世代と共有することについて語ることが,自己肯
定感を高める機能を果たすのだと考えられる。老年期における次世代への世代
間継承の成立は,それが成立しない次世代や次世代の一側面を,拒否性を伴う
対比構造を駆使して退けることで重みづけられた認識であることが窺われる。
「やっぱり,家の家族って言うのは,私が生き様を見せたのかね,息子はわり
と堅実ですよ,考えが,うん,だから,子どもたち(孫たち)もそうなってほ
しいと思うんだけど」
- 83 -
「家の子どもたち(孫たち)には家の息子は絶対させないから,早いって,う
ん,歳も行かないのにね,そういうもの(携帯電話)をほしがることは,おか
しいことだって,でも,誰それさんが持ってるって,人は人だって,家の息子
はそう言います」
こ の 72 歳 の 女 性 は , 戦 後 の 動 乱 の 中 , 夫 婦 共 働 き を し つ つ 子 ど も を 育 て た
ことを大きな苦労であったと語る。成長した子どもから,過去の子育てに対す
る感謝の言葉を受け取ったことを,過去の苦労が報われた象徴的な出来事であ
ったと強く重みづけて語る。子どもは,自分の生き様を見て育ち,自身の信念
を し っ か り 引 き 継 い だ 堅 実 な 人 間 で あ る と 位 置 づ け ら れ る 。そ れ と は 対 照 的 に ,
二人の孫の生活の中の至らない素行に対する不満を繰り返し表出する。堅実な
子どもと,至らない孫とが「だから」といった接続詞によって対比され,子ど
もの堅実さがより際立たせられる。この女性は,対比構造の語りを駆使するこ
とによって,自身と信念を共有する子どもの存在の望ましさの正当性を強めて
いると考えられる。言い換えれば,それは,自身の信念がそれを現在から未来
へと引き継ぐ子どもと共に維持されていくべきものであることの正当性を確保
することに繋がると考えられる。
機 能 4: 世 代 間 緩 衝 の 語 り に お け る 自 己 の 回 復
世代間緩衝の語りは,幼少時代の前世代の喪失にまつわる不運な自身の経験
を,次世代を生み育てる中で断ち切り,自身が望ましいと考える経験へと変換
して伝えることで,不運な過去の自己を望ましい環境を創造することができた
自 己 へ と 肯 定 的 に 転 換 す る 機 能 を 果 た す と 考 え ら れ る 。こ の 自 己 物 語 の 構 造 は ,
McAdams( 2006)が 提 示 す る 六 つ の テ ー マ の 救 済 の 言 語 に お け る 一 つ で あ る ,
回復の構造に準ずるものであると考えられる。
「 だ か ら 私 は 自 分 が そ う い う 風 に ,両 親 が ,い な か っ た も ん で す か ら ね ,も う ,
結婚してお金貯めて,まあ主人も長生きしてくれましたのでね,子どもたちも
大きくなって,うん,いますのでまあ,家族っていうあれは,ねえ,思いは,
できましたねー,一番,あの,小さいときに家族つっても,兄たちが育ててく
- 84 -
れ た ,兄 た ち だ っ て 結 婚 す れ ば 自 分 の 家 族 あ り ま す し ね ー ,で す か ら ー ,あ の ,
ほーんとに私,今度はあの,この結婚したでやっぱり自分の家族って言うのは
大事だなーって思いますね,うーん,私に,やっと本当の家族ができたって感
じがしますものね」
こ の 77 歳 の 女 性 は , 戦 中 の 幼 少 期 に 両 親 を 病 に よ っ て 失 い , 兄 弟 と 共 に 親
戚に引き取られた。年上の兄弟によって育てて貰った様なものだと兄弟への感
謝を表出する。両親を亡くした時に,自分は幼すぎた為,強い悲しみを背負う
ことも無い程,両親がいないことが当たり前だったと語る。その一方で,両親
がいないことで周囲から虐めにあい苦労したとも語る。結婚し,子どもを育て
る中で,子どもに自身が幼少の頃に学校で経験した負の経験が引き継がれない
か,非常に気になったと繰り返し語る。この女性は,結婚をし,子どもが成長
した現在の家族関係の価値を重みづける。
「 私 に ,や っ と 本 当 の 家 族 が で き た っ
た感じがしますものね」という言葉が示す通り,幼少期に両親と死別した経験
を子どもに伝えない様に配慮しつつ子育てをやり遂げたという物語は,家族を
喪失した不運な幼少期の自分から,家族を作り上げた自分へと好転を遂げる回
復の意味づけを伴うこととなる。
さらに,老年前期における世代継承性の自己物語の秩序化の構造には,高齢
者に適応をもたらすだけでなく,それとは対照的に,高齢者を取り巻く現在の
環境との間に葛藤や不協和といった適応を阻害する機能もまた認められること
が指摘される。適応を阻害すると考えられる,それらの機能を以下に示す。
機 能 5: 世 代 間 継 承 の 不 成 立 が も た ら す 次 世 代 と の 葛 藤
世代間継承の語りは,継承が成立した次世代への称賛の裏側で,継承が成立
しない次世代や次世代の一側面に対し不満や非難の感覚を生起することが見て
取られた。継承が成立しない次世代や次世代の一側面への不満や非難は,継承
が成立した次世代や次世代の一側面との対比構造の中で,より相対的に強めら
れる傾向にあり,これらの次世代や次世代の一側面への否定的な感覚が,現在
の次世代との関係性に,葛藤や不協和を生じさせる可能性が指摘される。
- 85 -
「家の子どもたち(孫たち)には家の息子は絶対させないから,早いって,う
ん,歳も行かないのにね,そういうもの(携帯電話)をほしがることは,おか
しいことだって,でも,誰それさんが持ってるって,人は人だって,家の息子
はそう言います」
機 能 3 の 説 明 で 取 り 上 げ た , こ の 72 歳 の 女 性 の 語 り に は , 拒 否 性 を 伴 う 対
比 構 造 の 語 り の 中 で ,自 身 の 信 念 を 引 き 継 い だ 子 ど も へ の 称 賛 が 強 め ら れ る が ,
その一方で,孫の至らなさに対する批判や,そこに伴う葛藤を伴った負の情動
が反復して見て取られる。この女性と孫は同居しており,それは,日常の家族
の生活の中に葛藤の要因が解消されずに維持され続けることを意味している。
対比構造の語りには,継承が成立した次世代との信念の共有を強めると共に,
継承が成立しない次世代との葛藤を生じさせ,ともするとその葛藤を強めると
いう弊害も存在していると考えられる。この女性の語りには,孫の至らなさに
対する批判の中に,
「 孫 に は 孫 の 時 代 が あ る の だ け れ ど 」と い う ,自 身 の 時 代 の
価値観と孫の時代との価値観の差異を許容する為の意味づけが織り交ぜられて
いることが見て取られる。孫の至らなさが将来の孫の成長と共に解消される時
期を迎えるまで,この女性は家庭の中で,自身と孫との時代の差異を許容する
為の意味づけを用いることによって,対比構造の語りの弊害である孫との間の
葛藤を制御していくのだと考えられる。
機 能 6: 世 代 間 緩 衝 に お け る 不 運 な 自 己 の 持 続
世代間緩衝の語りは,次世代を生み育てることによって,幼少時代の前世代
の喪失にまつわる不運な自己を肯定的に塗り変えるという,回復としての救済
の言語の構造を有する。それと同時に,立ち切ったはずの前世代との間の不運
な自己の要素が次世代に受け継がれていることが不意に見出される,という両
面性を有することが見て取られた。世代間緩衝の語りは,自己の回復と共に,
不運な自己の持続が再認識され,その再体験をもたらす機能を併せ持つことが
示唆された。
- 86 -
「うん,で,今は(旦那)いないの,だから娘と私だけだよ,その高校三年の
娘と,うん,そういうわけ,何だかんだ苦労してるのよ子どもも,うん,親が
苦労してるからやっぱ子どもも苦労してるね」
こ の 78 歳 の 女 性 は , 戦 中 の 幼 少 期 に 両 親 を 病 気 で 失 い , 親 戚 に 引 き 取 ら れ
て育てられた。実の親がいないことで酷い虐めにあい,学校に通わなくなった
幼 少 期 を ,悲 痛 な 経 験 と し て 繰 り 返 し 語 る 。結 婚 し 二 人 の 子 ど も が 生 ま れ た が ,
夫が病弱であった為,子育てをしつつ,仕事を持ち自身の収入一つで家計を支
えることが必要となった。子育ての中で,学校に通えないという自身の不運な
幼少期の経験を子どもには経験させなたく無いと,必死の思いで働いて子ども
の学費を稼ぎ,子どもを高校へ上げたと語る。現在,成長した子どもと同居を
しているが,子どもが夫と離婚し,子どもの気持ちを案じながら生活をしてい
る 様 が 見 て と ら れ る 。語 り の 中 で ,現 在 子 ど も が 経 験 し て い る 不 運 が ,
「親が苦
労しているからやっぱ子どもも苦労してるね」と,自身の持つ負の要素の世代
を超えた反復として見出される。ここまで繰り返し指摘した通り,世代間緩衝
の語りには,幼少期の不運な経験を次世代に伝えない様に断ち切る,という意
味づけが,不運な自身からの回復,という救済のシーケンスにおける好転のプ
ロットを構成する。この回復という語りの構造には,自身の幼少期の不運が前
提として組み込まれる為,回復を語る為には,必ず自身の幼少期の不運への言
及が必要となる。回復は自身の幼少期の不運の忘却とは異なる。回復と不運の
再体験の併存,その経験の二重性を受容することが,世代間緩衝と向き合う高
齢者の適応の在り方であると考えられる。
第 6 節 老年前期の世代継承性の性質と双方向性の上の英知
第 1 章 で 論 じ た 通 り , Erikson は 漸 成 的 発 達 図 式 に , 高 齢 者 の 次 世 代 を 生 み
育 て , 伝 え 遺 す 営 み を , 次 世 代 が 強 く 要 請 す る と い う 20 世 紀 半 ば の 社 会 背 景
に基づいて構想された,英知に満ちた老賢者としての高齢者像を想定した。本
論 文 は ,こ の Erikson の 構 想 し た 高 齢 者 像 が 現 代 社 会 に お け る 老 年 前 期 の 実 状
と 乖 離 し て い る 可 能 性 を 指 摘 し , Cheng( 2009), 田 渕 ら (2012) 及 び Tabuchi
- 87 -
et al.(2015)の 報 告 が 示 し た ,現 在 に お け る 次 世 代 か ら の 敬 意 を 受 け 取 る 程 度 が
世代継承性の適応機能を左右するという現象に着目した。そして,この知見を
踏まえ,現代社会における高齢者の次世代を生み育て,伝え遺す営みを,高齢
者自身が次世代からそれが受け入れらることを見出すことによって初めて,そ
の適応機能が発揮されるという双方向性の上の英知として捉え直すことの必要
性を提示した。本節においては,ここまでの老年前期の世代継承性に対する検
討を踏まえ,老年前期の世代継承性の性質として,双方向性の上の英知を想定
することの妥当性を検討する。
こ こ ま で の 老 年 前 期 を 対 象 と し た 調 査 に お い て , Erikson が 構 想 し た 英 知 に
満ちた老賢者としての高齢者像に準ずると考えられる自己物語の意味づけが幾
つか見て取られた。それが最も顕著に見て取られたのは,世代間継承成立型の
高齢者である。世代間継承成立型の高齢者は,前世代から受け取った要素を次
世代に受け渡すことに成功し,望ましい要素を受け継いだ次世代の姿を誇りに
感じ,次世代に温かい眼差しを向け,見守る姿勢を示していた。この姿勢は,
一見すると老賢者としての英知が現代社会においても,依然として高齢者の理
想像として維持されていることを示しているかの様な印象を与える。しかしな
がら,世代間継承の本質をさらに突き詰めると,世代間継承半成立型の自己物
語に顕著に見て取られる様に,世代間継承の成立と不成立とが混在する状況下
においては,対比構造という意味づけのフレームが活性化され,世代間継承が
成立しない次世代あるいは次世代の一側面を退けてまでも世代間継承の成立を
見出すことを強く希求する高齢者の姿が浮かび上がる。本論文は,世代間継承
の成立を強く見出そうとする高齢者の姿に,現代社会における老年前期の世代
継承性の本質が映し出されていると考える。世代間継承成立型の高齢者は,継
承が次世代から摩擦無く受け入れられる環境に身を置き,世代間継承の成立を
見出す為にもがくことを必要としない環境を幸運にも手にできた一握りの高齢
者であると考えられる。また,生育因果型及び生育併存型の高齢者も同様に,
現在において次世代との肯定的な関係性の中に身を置き,それを過去の努力と
苦労の成果であると認識することができる幸運な高齢者であると言えるだろう。
これらの高齢者に見られた,次世代を生み育てた過去の経験と,成長した次世
代との現在の関係性を因果づける語りは,その幸福感をより頑強なものとする
- 88 -
機能を果たしていると考えられた。
こ の 様 に ,本 論 文 が 老 年 前 期 の 世 代 継 承 性 に 想 定 し た 双 方 向 性 の 上 の 英 知 は ,
現在における次世代と関係性の中で,高齢者が世代継承性に関する自身の営み
を次世代から肯定的に受け入れられていることを見出す状況下においてのみ,
英知に満ちた老賢者としての姿を持って現われる。現代社会を生きる老年前期
の高齢者は,双方向性の上の英知を発揮する為に,現在の成長した次世代との
関係性と過去の次世代を生み育てた苦労を結び合わせる。また,継承が成立し
た次世代と継承が成立しなかった次世代とを対比させる。それらの多彩な自己
物語の秩序化の方略を駆使して,次世代から経緯を受け取ることが難しくなっ
た現代社会の現実へと対処しているのだと考えられる。ここまでの検討から,
双方向性の上の英知は,現代社会における高齢者像や世代継承性の在り方を説
明する上で,実状に即した,説得力を有する概念であると考えることが出来る
だろう。
ところで,現代社会の老年前期においては,高齢者が身を置く多種多様な環
境と固有の人生を背景から,適応に至る筋道に相当に高い自由度が存在してい
ると考えられる。世代間緩衝半成立型の高齢者は,幼少期に親を喪失したこと
についての強烈な不運を,次世代に伝えない様に断ち切ることで,自身の不遇
を塗り替える認識を生みだすことを,老年期に至るまで人生を通して取り組み
続けていた。また,平坦距離因果型の高齢者においては,過去から現在に至る
まで,世代継承性に関する関心を示さないことによって,現在の自身が置かれ
た環境と自身の人生との間に整合性を付与することを選択していると考えられ
る。これは,現在という時制において次世代からの世話から自立し,それを無
視することが許される老年前期にある高齢者に与えられた猶予であると考えら
れる。
- 89 -
第4章
調査 3:老年後期への移行過程における世代継承性
- 90 -
第 1 節 問題と目的
第 1 章で概観した通り,心身の自律性が著しく低下し,それに伴い次世代と
の関係性の維持が困難になる生涯の第 9 番目の段階である老年後期において,
世代継承性の役割や機能を想定することには幾つかの困難が伴っていると考え
ら れ る 。 Cheng( 2009), 田 渕 ら (2012) 及 び Tabuchi et al.(2015)が , 老 年 期
の世代継承性の適応メカニズムに強く影響を与えると指摘した高齢者が次世代
から受け取る敬意は,老年後期のおける次世代との物理的な関係性の希薄化や
変 質 に 伴 い 低 減 す る こ と が 予 想 さ れ る 。ま た ,Joan Erikson は ,Erikson が 老
年期に期待した,世代継承性と深く重なり合う英知に満ちた老賢者として次世
代に経験を伝え遺す高齢者の役割を,高齢者に重たい試練を課す老年後期の心
身 の 状 態 と 適 合 し な い も の で あ る と 指 摘 し た( Erikson & Erikson,1997/2001)。
さ ら に ,Joan Erikson は ,老 年 期 の 終 盤 に お け る 基 本 的 徳 目 を ,衰 え ゆ く 心 身
の機能が可能にする範囲の限られた生活空間の中で,物事に対して視覚や聴覚
を研ぎ澄まし,瑞々しい発見を失わずに生きる知覚を研ぎ澄ました英知として
捉え直すことの必要性を指摘した。そこでは,人間の認識が物質的で合理的な
世 界 観 か ら 超 越 的 な 世 界 観 へ の 発 達 的 移 行 を 想 定 す る Tornstam( 1994, 2005)
が提示した老年的超越の視点が,より適合的であると述べている。
と こ ろ で ,Joan Erikson は ,老 年 的 超 越 の 理 論 枠 組 み の 中 で ,老 年 後 期 に お
ける高齢者の次世代へ伝え遺す役割が果たす意義を検討する必要性を指摘して
いる。物質的な事物への執着からの離脱を志向する老年的超越と,次世代との
関係性の中での役割を志向する世代継承性は,一見すると相容れない概念の様
に も 見 受 け ら れ る 。こ の こ と に 対 し ,中 川・増 井・呉 田・高 山・高 橋・権 藤( 2011)
の老年的超越に関する調査研究の知見は,この二つの概念が結びつく道筋につ
いての一つの手掛かりを示していると考えられる。中川らは,老年的超越を経
験する中にあると見なされる老年期の最終盤にある高齢者の自己物語の中で,
死別した物理的に今は存在しない前世代と,物理的に今も存在する次世代との
関係性が同一上の空間の中に感じ取られ,そこに見出された世代間の連続性へ
称 賛 が な さ れ る 事 例 を 報 告 し た 。こ の 事 例 は ,老 年 後 期 に お け る 世 代 間 関 係 に ,
現在における物理的な関係性から,時空間を跨ぎ,想像的な次元において繋が
- 91 -
りを強めるという,性質そのものの変化が生じる可能性を示唆しているのだと
考 え ら れ る 。次 世 代 と の 関 係 性 に 新 た な 性 質 を 見 出 す こ と が ,Joan Erikson が
提示した知覚を研ぎ澄ます英知としての自己物語の秩序化の構造と言えるのか
もしれない。
第 1 章 で 指 摘 し た 通 り ,従 来 の 老 年 期 を 対 象 と し た 世 代 継 承 性 の 実 証 研 究 の
問 題 は ,Erikson の 構 想 し た 20 世 紀 半 ば の 社 会 背 景 に 基 づ く 高 齢 者 像 を 前 提 と
したことにある。その為に,現代社会における医療技術や医療福祉制度の発展
に伴う長寿命化によって明確に存在が認められる様になった老年後期という発
達の段階が検討の対象とならず,世代継承性の性質への接近が阻害されてきた
と 言 え る 。事 実 ,老 年 後 期 の 世 代 継 承 性 を 検 討 し た 研 究 は 未 だ 非 常 に 限 ら れ る 。
唯 一 , Tomas et al. (2012)に よ り , 老 年 後 期 に お い て , 世 代 継 承 性 に 関 す る 関
心と主観的健康知覚との結びつきが弱まることが報告されている。老年期の世
代継承性の性質を記述する上で,老年期を構成する一つの主要な時期である老
年後期の実状を検討することは重要な意義を持つと考えられる。
ところで,老年後期という発達の段階にある高齢者を抽出する上で,老年前
期と老年後期との発達の段階を区分する為に定義を与えることが求められる。
Neugarten は ,当 初 ,75 歳 と い う 年 齢 に 基 づ い て 老 年 前 期 と 老 年 後 期 と を 区 分
し た( Neugarten, 1975)。さ ら に 後 年 ,心 身 の 健 康 や 自 律 性 の 維 持 の 程 度 に 基
づ き そ れ ら を 区 分 す る こ と が よ り 望 ま し い と 見 解 を 改 め た( Neugarten, 1982)。
Erikson( 1963/1977)が 指 摘 す る 様 に ,人 間 の 人 格 の 漸 成 的 発 達 に お い て ,老
年期は,特定の年齢によって明確に生じるものではないが,その一方で,人間
の誰しもにいずれ必ず訪れる必然的な発達変化であるとされる。本研究では,
Neugarten の 後 者 の 定 義 を 踏 ま え ,老 年 前 期 か ら 老 年 後 期 へ の 移 行 を ,加 齢 に
よる心身の健康や自律性の低減の中で徐々に生じる断続的変容として定義する。
この定義に基づき,本研究では,高齢者を老年前期から老年後期への移行過程
にある存在と見なし,自己物語の中に現れる変容を,老年後期の世代継承性の
性質として捉えることとする。
以上の議論から,本章では,老年前期から老年後期にかけての移行過程にあ
る高齢者を参加者とした縦断的なインタビュー調査を通じて,老年後期に向か
う世代継承性の自己物語の秩序化の構造の発達的な変容を記述し,知覚を研ぎ
- 92 -
澄ます英知に ついて考 察することを 目的とす る。具体的には,第 2 章において
生 育 因 果 型 に ,ま た , 第 3 章 に お い て 世 代 間 継 承 半 成 立 型 に 分 類 さ れ た 1 名 の
高齢者を参加者とし,6 年 6 カ月の期間を経た二時点の縦断的なインタビュー
によって世代継承性の自己物語を収集する。そして,それらの自己物語の秩序
化の構造の変容と持続に着目し,世代継承性と老年的超越の結びつきを検討す
る。
本 研 究 が ,当 該 の 参 加 者 に 焦 点 を 当 て る 理 由 は ,世 代 間 継 承 半 成 立 型 の 自 己 物
語における,自身と異質な次世代や次世代の一側面を退けつつ,自身と同質の次
世代や次世代の一側面を称賛するという拒否性を伴う対比構造が,老年前期の適
応を支える双方向性の上の英知を発揮する上での重要な思考の方略であると考え
ら れ た 為 で あ る 。こ の 参 加 者 の 自 己 物 語 か ら は ,老 年 後 期 へ の 移 行 過 程 に お け る
世代間継承の語りに伴う意味づけの変容が読み取りやすいと考えられる。
ま た ,本 研 究 が 一 事 例 を 検 討 の 対 象 と し た 理 由 は ,第 1回 目 の 面 接 の 時 点 で ,
世 代 間 継 承 半 成 立 型 に 分 類 さ れ た 3名 の 高 齢 者 の 中 で ,6年 6カ 月 を 経 た 第 2回 目
の面接時にインタビューを実施できる状態を維持していた高齢者が本研究の参
加 者 1名 の み で あ っ た こ と に よ っ て い る 。 本 研 究 の 知 見 は , 一 事 例 の 検 討 と い
う点で,知見の一般化において大きな制約を持つものである。しかしながら,
これまで老年後期の世代継承性を検討した研究が存在しない現状の中で,実証
的なデータを踏まえて老年後期の世代継承性の検討を行う試みは,大きな意義
を有していると考えられる。
第 2 節 方法
1. 参 加 者
東 京 都 内 の 公 営 の 高 齢 者 福 祉 セ ン タ ー を 訪 れ た 男 性 の 高 齢 者 1 名 ( 以 下 A) を
参 加 者 と し た 。A は ,第 1 回 目 の 面 接 を 実 施 し た 時 点 で 74 歳 ,そ の 後 ,第 2 回 目
の 面 接 を 実 施 し た 6 年 6 カ 月 が 経 過 し た 時 点 で 80 歳 で あ っ た 。 第 1 回 目 の 面 接
は,高齢者福祉センターの職員から,当日センターを訪れた A を紹介して頂き,
調 査 者 か ら A へ 調 査 の 趣 旨 を 説 明 し た と こ ろ ,A よ り 面 接 へ の 参 加 の 意 思 が 示 さ
れインタビューが実施された。また,第 2 回目の面接は,手紙で再面接の依頼を
- 93 -
行ったところ,A より面接への参加の意思が示され,インタビューの実施に至っ
た 。A は ,第 1 回 目 の 面 接 時 点 で ,生 育 因 果 型 及 び ,世 代 間 継 承 半 成 立 型 と そ れ
ぞれ判定された。
2. 参 加 者 A の 事 例 の 概 要
A は,戦前に東北地方の農家の家庭で七人兄弟の三男として生を受けた。尋常
小学校時代に第二次世界大戦と,それに伴う学徒動員を経験した。幼少期の生活
は貧しく,兄弟が多い為にまともに物が分け与えられず,他の兄弟を恨んだと語
る。その後,集団就職で東京の企業に就職し,退職まで身を粉にして働いた。そ
の間,結婚し,子どもを二人授かったが,平日も休日も仕事に追われて,殆ど子
育てに関われなかったことを,妻にも,子どもに申し訳ないことをした,仕事に
必 死 で ど う に も で き な か っ た ,と 悔 や ん で い る 。第 1 回 目 の 面 接 時 点 の 74 歳 の 時
は,夫婦二人暮らしをしており,近所に子ども夫婦と中学生の孫二人が暮らして
い た 。 中 学 生 の 孫 の 一 人 は ,A と の 交 流 が 深 く ,A は , 孫 が 小 さ い 頃 か ら 十 分 な
世話を与えることができたと語る。この孫との関係性のエピソードの中に,生育
の エ ピ ソ ー ド と ,世 代 間 継 承 の 成 立 と 不 成 立 の エ ピ ソ ー ド が 見 て 取 ら れ た 。A は ,
平日週五日,近隣の高齢者福祉センターに通っており,そこでレクリエーション
に参加しつつ,ボランティアでレクリエーションのスタッフとしての役割を担っ
て い た 。第 2 回 目 の 面 接 時 点 の 80 歳 の 時 も ,夫 婦 二 人 暮 ら し と ,近 所 に 子 ど も 夫
婦と孫二人が暮らしていることに変化は無かった。孫は大学生になり A との間の
会話こそ減ったが,良好な関係が続いていると A は語る。それまで平日週五日通
い続けてきた,近隣の高齢者福祉センターでのボランティアについては,体力,
気力共に限界であると語り,翌月から週二日程度に減らし,自分の余生に時間を
傾けたいと,心身機能の衰えや,社会的役割から身を引こうとする,老年後期へ
向かう段階的な加齢及びそれに伴う意識の変容を経験している様子が見て取られ
た。
3. 面 接
第 1 回 目 の 面 接 で は ,第 2 章 で 示 し た 通 り ,参 加 者 が 自 発 的 に 選 択 す る 家 族
のエピソードを収集する為の質問項目を設定した非構造化インタビューを実施
- 94 -
した。第 2 回目の面接においては,面接の冒頭に,先ず,A に対し第 1 回目の
面接で語った内容を覚えているかを確認した。A から全く面接の内容を覚えて
いないという回答が得られたことから,新規のインタビューと同等の感覚で A
が語ることが可能であると判断した。第 2 回目の面接の枠組みとしては,第 1
回目の面接と同様の参加者が自発的に選択する家族のエピソードを収集する為
の 質 問 項 目 と ,第 1 回 目 の 面 接 時 に 語 ら れ た エ ピ ソ ー ド が 自 発 的 に 表 出 さ れ な
かった場合にそのエピソードに対する現在の意味づけを引き出す為の質問項目
の 二 つ を 組 み 合 わ せ た 半 構 造 化 イ ン タ ビ ュ ー を 実 施 し た 。冒 頭 に 第 1 回 目 の 面
接と同様に「生まれてから今に至るまでの様々なご家族のエピソードをお聞か
せ く だ さ い 」と い う 教 示 を 実 施 し ,A の 主 体 的 な 語 り が 途 切 れ る ま で ,傾 聴 し ,
エピソードが途切れた際,促しを実施した。さらにその後,予め面接の前にリ
スト化された第 1 回目の面接で語られたエピソードの中で,A が自発的に言及
しなかったものについて,調査者側から,現在それらのエピソードについてど
の 様 に 感 じ て い る か を 確 認 す る 質 問 を 行 い ,第 1 回 目 の 面 接 か ら 得 ら れ た エ ピ
ソードに対応する語りが収集された。
面 接 を 実 施 し た 場 所 は ,第 1 回 目 ,第 2 回 目 共 に は 高 齢 者 福 祉 セ ン タ ー の 一
室 で あ っ た 。 面 接 は IC レ コ ー ダ ー に 録 音 さ れ , 後 に そ の 全 て 逐 語 デ ー タ へ と
ト ラ ン ス ク リ プ ト さ れ た 。面 接 の 実 施 時 間 は 第 1 回 目 が 37 分 ,第 2 回 目 が 100
分 で あ っ た 。第 1 回 目 ,第 2 回 目 共 に ,面 接 を 実 施 す る 事 前 に ,参 加 者 に 対 し ,
研 究 目 的 , 面 接 を IC レ コ ー ダ ー で 録 音 す る こ と , 個 人 情 報 の 保 護 が 遵 守 さ れ
ること,さらに,A の意思で自由に面接を中断できることを順に説明し,A の
承諾が得られた後に面接を実施した。また,家族についてのエピソードを収集
する前に,自由な会話を行い A の緊張をほぐすことを心掛けた。
4. 分 析
二時点の縦断的面接を通じて収集された語りのデータをもとに,生育及び世
代間継承の語りを含む家族の語り全体の意味づけを比較した。その中で,世代
間 関 係 に 関 す る エ ピ ソ ー ド 毎 に ,第 1 回 目 の 面 接 時 点 の 意 味 づ け が 第 2 回 目 の
面接時点において持続しているか,あるいは,変容が見られるかを判定した。
- 95 -
分析の基準
二 時 点 の 意 味 づ け の 変 容 と 持 続 を 捉 え る 上 で の 分 析 の 基 準 と し て ,第 3 章 に
て , 参 加 者 A を 含 む 28 名 の 高 齢 者 か ら 収 集 し た 家 族 に つ い て の 語 り を 対 象 と
し 質 的 コ ー ド 化 の 手 法 を 用 い て 抽 出 し た ,Tabel 4 の 20 個 の 世 代 間 関 係 の 関 係
性のカテゴリーを採用した。この世代間関係の関係性カテゴリーは,幅広い年
齢層や境遇にある高齢者の語りを元にボトムアップ的に生成されている為,2
回のインタビューを通じて収集された A の語りに伴う多様な意味づけを捉える
上で有効であると考えられた。
分析の手続き
第 1 回 目 の 面 接 で 得 ら れ た 語 り の デ ー タ に 対 し て ,第 3 章 で 示 し た 通 り ,前
世代である親,また,次世代である子ども及び孫との間の世代間関係のエピソ
ードの個々に対して,該当する世代間関係の関係性カテゴリーを付与した。こ
の 作 業 は , 徳 田( 2004)に お け る 質 的 コ ー ド 化 の 二 者 評 定 の 手 法 を 参 考 に ,筆
者及び心理学を専攻する大学院生 1 名の計 2 名の評定者が個々にカテゴリーを
当てはめた。この作業では,評定者に判定の対象とする全ての語りのデータの
ト ラ ン ス ク リ プ ト が 記 載 さ れ た 用 紙 と ,付 録 4 の 世 代 間 関 係 の 関 係 性 カ テ ゴ リ
ーの定義を記載した用紙が配布された。各々の評定者にて全てのデータのトラ
ンスクリプトの判定を実施しされた。次に,評定者間で判定の結果を確認し,
両者の判定が一致しなかった場合は都度評定者間でトランスクリプトの内容を
協議し付与するカテゴリーが決定された。
次 に ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー で 得 ら れ た 語 り の デ ー タ に 対 し て , 第 1 回 目
のインタビューで得られた語りに対して実施したことと同様の手続きでエピソ
ードを抽出し た。また ,第 1 回 目のインタ ビ ューと同様の 手続きで ,筆者及 び
心 理 学 を 専 攻 す る 大 学 院 生 1 名 の 計 2 名 で , 個 々 の エ ピ ソ ー ド に 対 し て ,該 当
する世代間の関係性に関するカテゴリーを付与した。さらに,第 2 回目のイン
タ ビ ュ ー で 得 ら れ た 家 族 の エ ピ ソ ー ド の 中 に , Table4 の 20 個 の 関 係 性 カ テ ゴ
リーの中に該当するものが見出されず,新たな意味づけが含まれていると判断
された場合,その意味づけを捉える為の新たなカテゴリーを生成し付与した。
- 96 -
意味づけの変容の判定
二時点のインタビューで得られた家族のエピソードの個々に付与されたカテ
ゴリーを比較し,意味づけの変容を判定した。意味づけの変容を判定する基準
を次の通りに設定した。二時点の家族のエピソードを比較し,付与されたカテ
ゴリーが全て 変化した 場合,あるいは,第 2 回目インタビ ューの時 点で新しい
エピソードが語られた場合,意味づけは「変容」していると判定した。一方,
付与されたカテゴリーに変化が無い場合,意味づけは「持続」していると判定
し た 。ま た ,第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で 付 与 さ れ た カ テ ゴ リ ー が ,第 2 回
目のインタビュー時点においても同様に付与され,さらに,第 2 回目のインタ
ビ ュ ー 時 点 に お い て 新 た な カ テ ゴ リ ー が 追 加 さ れ た 場 合 ,意 味 づ け は「 多 様 化 」
していると判定した。
第 3 節 結果
二時点のインタビューを通じて得られた語りから,前世代である親との関係
性 に 関 す る 1 つ の エ ピ ソ ー ド と ,次 世 代 で あ る 子 ど も 及 び 孫 と の 関 係 性 に 関 す
る 5 つのエピソードの計 6 つの世代間の関係性に関するエピソードが抽出され
た。6 つのエピソードの中の 5 つは,第 1 回目及び第 2 回目のインタビューに
て「家族についてのエピソードをお聞かせ下さい」という調査者のオープンな
問 い か け に 対 し A が 自 発 的 に 表 出 し た エ ピ ソ ー ド で あ っ た 。一 方 ,残 り 1 つ の
エ ピ ソ ー ド は ,第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー に お い て 自 発 的 に 語 ら れ た が ,第 2 回
目 の イ ン タ ビ ュ ー に お い て は A に 自 発 的 な 言 及 が 見 ら れ ず ,調 査 者 側 か ら の エ
ピソードに対する現在の意味づけに関する問いかけを経て語られたエピソード
で あ っ た 。ま た ,第 1 回 目 及 び 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 共 に A が 自 発 的 に 表 出
し た 5 つ の エ ピ ソ ー ド の 中 で ,第 1 回 目 と 第 2 回 目 の エ ピ ソ ー ド が 対 応 す る も
のであるかを確認する為に,調査者側から現在の意味づけに関する問いかけを
行 っ た エ ピ ソ ー ド が 1 つ あ っ た 。全 て の エ ピ ソ ー ド に 該 当 す る 語 り の デ ー タ を
Table7 に 示 し た 。語 り の デ ー タ の 中 で 意 味 が 読 み 取 り に く い と 考 え ら れ る 箇 所
に 対 し て ,(
) の 中 に 情 報 の 補 足 を 行 っ た 。 さ ら に , Table7 に , 意 味 づ け の
変容に関する判定,各エピソードの語りの末尾の【
- 97 -
】の中に付与された世代
間の関係性カテゴリー,各エピソードの語りの末尾の〈
〉の中に語りが自発
的に表出されたものか,あるいは,追加質問によって得られたものかを示す情
報を,それぞれ記載した。これより,以下にエピソード毎に付与された世代間
の関係性カテゴリーと,意味づけの変容の判定に関する分析結果を示す。これ
以 降 ,引 用 さ れ る 世 代 間 の 関 係 性 カ テ ゴ リ ー は【
】に て 括 り 示 す こ と と す る 。
なお,記載された語りのデータには,参加者の個人情報を遵守する為,文意を
損なわないことに配慮しつつ固有名詞に変更を加えている。
1. 前 世 代 と の 関 係 性 に 対 す る 意 味 づ け
エ ピ ソ ー ド 1: 親 か ら の 躾 【 意 味 づ け の 判 定 : 持 続 】
第 1 回 目 , 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 共 に ,母 親 か ら の 躾 が 大 変 厳 し い も
の で あ り 【 4.前 世 代 の 厳 し さ 】 , そ こ で 身 を も っ て 学 ん だ も の が 社 会 を 生 き 抜
く 上 で 役 に 立 ち 【 1.前 世 代 か ら の 正 の 遺 産 継 承 】 , そ の こ と に 感 謝 し て い る こ
と , あ る い は , 親 の 愛 情 を 感 じ る こ と 【 5.前 世 代 か ら の 世 話 へ の 感 謝 】 , が 語
られた。付与されたカテゴリーに変化が無かった為,意味づけは持続している
と判定された。
2. 次 世 代 と の 関 係 性 に 対 す る 意 味 づ け
エピソード 2 : 子育てと仕事【意味づけの判定:多様化】
第 1 回 目 ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 共 に ,子 ど も を 育 て る 時 期 に ,仕 事
が非常に多忙であった為に,子育てにほとんど関わることができなかったこと
の 罪 悪 感【 16.次 世 代 へ の 世 話 の 不 足 】,が 語 ら れ た 。さ ら に ,第 2 回 目 の イ ン
タビュー時点では,「息子には何も言えないよ,悪いとこあっても」と,子ど
もの置かれた立場を鑑みた気づかい【14. 次 世 代 へ の 心 的 配 慮 】 , が新た
に 語 ら れ た 。第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 の 語 り に 対 し て 付 与 さ れ た カ テ ゴ リ
ー が ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 の 語 り に お い て も 同 様 に 付 与 さ れ ,さ ら に ,
第 2 回目のインタビュー時点において新たなカテゴリーが付与された為,
- 98 -
Table7 二時点の世代間の関係性の語り
エピソード
第 1 回目のインタビュー時点の語り : 74 歳
第 2 回目のインタビュー時点の語り : 80 歳
(母親は)厳しかったよ,(中略)よくキセルで叩かれたよ,頭,コブなって,鼻
(母親から)愛されてたよ,だからお袋にはね,その代わり,水戸黄門じゃないけど,悪さ
も,鼻や何かカチーン,お袋がね,またね,五尺に満たない小さい体だったけどね, すると,かまどの火吹竹,こんなあれでね,頭かちーんって,もう割れたと思ったけどね,
エピソード 1:
親からの躾
意味づけ:持続
私の悪さして回ってたときに,水戸黄門じゃないですけど,火吹く竈のこう,竹に
悪さした時は,そう,打たれたよ,だからね,厳しかった,でも,人一倍かわいがって(貰
なって火起こすやつ,あれでね,思いっきり殴られてね,悪さして,それで外放り
って),ほーんとワルだったから私は(中略)(親から愛されていたことを)今んなって思
出されて,真っ暗な中に,厳しかった,でもね,ああいうのがやはりね,身をもっ
うのよね,亡くなってからね,まあそれ以前に,気づいて頑張ったけれど,それで頑張った
てね(中略)なんていうの,社会出てって,プラスになったと思う,こんなとこへ
から今日もね,私がいるんで,ほんとに厳しかった
飛び出してきてね,周り一帯誰もいないでしょ,自分だけが頼りだもん,ですから
【 該 当 カ テ ゴ リ ー : 1.前 世 代 か ら の 正 の 遺 産 継 承 , 4.前 世 代 の 厳 し さ ,
ね,感謝してますよ,遥か昔にね,黄泉の国に行ってるけれど
5.前 世 代 か ら の 世 話 へ の 感 謝 】 《 自 発 》
【 該 当 カ テ ゴ リ ー : 1.前 世 代 か ら の 正 の 遺 産 継 承 , 4.前 世 代 の 厳 し さ ,
5.前 世 代 か ら の 世 話 へ の 感 謝 】 《 自 発 》
自分の子どもの子育てっていうのも,ただ馬車馬のように働いてたんで,
も う 会 社に まる っ きり ,も う百 , 百パ ー 以上 捧げ て るか らね ー (中 略) だ から ,自 分 の
ですから,子どもには,悪かったなーと思うね,自分の仕事がらね,営業
子 を ど うや って 育 てた か( 分か ら な い) ね,そ の 点, 子ども に も 申し 訳な い と思 い ます
エピソード 2:
一筋だったから,人生は,だから日曜祭日も(仕事)あるんでね,(仕事
け ど ね( 中 略) それ も 俺に 与え ら れ たあ れか な と思 っ て,い い 方 向に あれ (解 釈 )し て
子育てと仕事
に)出かけるもんですから
る わ け, ほん と は駄 目 だっ ただ け ど, だか ら 息子 に は何 も言 え な いよ, 悪 いと こ あっ て
意味づけ:多様化
【 該 当 カ テ ゴ リ ー : 16.次 世 代 へ の 世 話 の 不 足 】 《 自 発 》
も , 仕様 が 無か った ん だわ ,( 仕 事が 忙 しく て) 手 だせ なか っ た しね ,周 りで 遊 んで も
あ げ ら れ( なか っ た) , 何にも で き なか った し
【 該 当 カテ ゴリ ー : 14. 次 世代 へ の 心的 配慮 , 16.次 世代 への 世 話 の不 足】 《 自 発 》
孫 に ど っ ぷ り ,良 く な い っ て ,よ く 言 わ れ る ん で す け ど( 中 略 )絵 本 を 読
カブトムシやクワガタ採りなんかは,黙ってでもね,(孫に)身をもって教えてやったからね,ポ
ん で ,昔 々 の そ う じ ゃ な く て ,実 践 ,実 践 の ,現 実 に そ の ,山 行 っ て ,川
イントもここだよ何て教えて,うん,だけど,唯一つ不満だったのが木登り出来ない,今の子みん
行 っ て ,何 行 っ て ,で す か ら ,こ ん な 昆 虫 の 図 鑑 と か ,植 物 の 図 鑑 と か い
なそうらしいな(中略),あと全て(教えて)やったけどね,魚とりは上手かったよ,今ほら,海
ら な い ん で す よ ,手 で 取 っ て ,自 分 で 見 て ,こ う い う 葉 っ ぱ は こ う で っ て , や川へいってこう,魚を捕まえても,網とか何かでしょう,じいさんの時は,(魚を)手でこう,
エピソード 3:
孫と自然
意味づけ:多様化
教 え て た の ,そ う い う の は ど こ か ら 生 ま れ て ,カ ブ ト ム シ は こ う で っ て( 中
手でこうってね(中略)そういうのをね,教えようともね,だから(最初のうちは)それが出来な
略 )で も ,よ く ,そ れ が ,プ ラ ス に な っ た ね ,肌 で ね ,手 で 触 ら せ て 見 て , かったもん,じじい駄目だ(と孫が言って),だから田舎の川行ってね(中略)そういうところで,
水 の 中 入 っ て ,い ろ い ろ 入 っ て こ う ね ,そ れ だ け か な ,引 き 継 ぐ っ て い う
こうやって,全部教えてあげた(中略)(孫は魚捕まえるやり方)覚えたら,もーう,お前帰るぞ
のは,皆自然にそうなってたの
って,きょうだいたちおーいこらー,帰るってじいさん言ってるぞって,(それでも孫は)あとあ
【 該 当 カ テ ゴ リ ー : 10.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 】 《 自 発 》
と一匹,あとあと一匹,こんな風にやってね,もう体で覚えちゃったらね,やっぱりね,DNA がつ
ながっているんだよ,なーんて,俺生きてて良かったな,教えられて,受け継いでって
【該当カテゴリー:10.次世代への正の遺産継承,11.次世代への正の遺産継承の未達成,14. 次
世代への心的配慮,17.次世代への成長の称賛,
- 99 -
新規.次世代からの肯定的な影響】 《自発》
孫,俺育てたようなもんだ,今大学生になったね,だから,(娘婿に)お父さんには,頭,上がりませんて言
われて,(自分も頭)下げて貰おうと思わないしね,俺ももう,(孫から)生きがい貰ったんで,自分の子ど
エピソード 4:
もにできないことを,ただ精一杯,生で,生きる喜びを教えてあげて,そんな,難しい,ね,教えられなかっ
孫の成長を巡る
た,それだけだね,自慢できるの,だから,それ向こうに(娘婿に)言われて,お父さんあってのあれですよ,
娘婿との出来事
孫を立派に育てて貰って,(自分も)そうかなーハハ,俺も(孫育てるのに)無我夢中だったけどね
意味づけ:変容
【 該 当 カ テ ゴ リ ー : 10.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 ,17.次 世 代 の 成 長 へ の 称 賛 ,新 規 .
次世代からの肯定的な影響】 《自発》
だ か ら 孫 が 十 四 歳 ,十 五 歳 に な っ て ね ,何 か も う ね ,ゲ ー ム だ 何 だ っ て ね , 少しでも何か(自分に変化が)あれば,孫,孫のせいだろうね,じいちゃん今駄目なんだよ(そん
遥 か に 今 の オ ー デ ィ オ( 技 術 で )高 い と こ ろ い っ て る か ら ね( 中 略 )だ か
な昔の考え方を話しても)って言うんだよ,(自分も)そうかー,なんて思ってね,例えば,(頭
ら ,そ う い う の は 優 れ て る け ど ,人 間 と し て の ね ,ほ ん と の あ れ が 入 っ て
にきて)こう上げたやつ(拳)でもいつの間にか,ポケットにこう,何のためらいもなく入っちゃ
こ な い ん だ よ( 中 略 )優 し さ と か さ ,人 を ね 守 っ て あ げ る と か ,っ て い う , うもんね,それだけ,
(自分の心が)滑らかになった,滑らかじゃねえんだよな,体は馴れたとい
エピソード5:
人を思いやる心と孫
意味づけ:変容
人 間 本 来 の あ れ が 無 い ん だ よ ,見 て く れ は い い ん だ け ど ,ほ ん と に や っ ぱ
うか,なってるから,言葉も,そういったふうになっているんじゃなかろうかと,うん,今もう,
り , 自 分 が ね , 泥 , 泥 ん こ に 入 っ て , 藪 ん 中 入 っ て こ う ,肌 で , こ う , 感
小さいから(自分の昔の価値観を)めいいっぱい出して,それはそれでこれはこれだから,でこう
じ た や つ は ,こ れ ほ ん と ,生 涯 忘 れ ら れ な い ん だ よ ,成 長 す れ ば す る ほ ど
なるんだとかね,もう,二三四何か省いても,もうすぐ結論で,これだってなもんで,水戸黄門じ
ね ,味 が 出 て 来 る ん だ け ど ,今 無 い で し ょ う ,自 分 の 子 ど も も そ う だ け ど , ゃないけど,これはこういうことになるんだから,これは守れってな,うん,自分も(昔)教えら
孫 な ん か 余 計 に ね ,見 た 目 は 完 成 品 で で か く て ね ,お ー ,こ の や ろ う っ て
れた通りのことこうやって見せてやるでしょう,
(今の若い人たちに対してそれをやるのは)あり
く ら い ,成 長 し て い る け ど ,中 身 は ほ れ ,空 っ ぽ だ と 思 う ,( 中 略 )だ か
えないと思うんだ,今もう説明,そういうことね(無理だって)知ってるから,だから,孫との,
ら ,今 は も う ,何 を 批 判 す る,子 ど も( 孫 )は ね,批 判 は,軟 弱 な の は そ
触れ合いはね,自分の子ども(よりも),何よりもね,最高の触れ合いだしね,心温まる,もう,
こだと思う
携帯や何か,なぜかしら押してるんだよね,じいちゃんなんだ,今バイトだよ(と孫が電話に出て)
【 該 当 カ テ ゴ リ ー : 11.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 の 未 達 成 】 《 自 発 》
あっごめんよ,お前の名前あったから(携帯電話)押しちゃったんだよ,ごめん(と自分も答えて),
そんな,老いてる証拠なんだけどね,自らね,こう,どうにもならんね,もう(自分は歳とって)
壊れてるんだから,
(中略)
(調査者からの質問:6 年前は孫が軟弱だと言われていましたが今はど
う感じられますか?)
,いやー,もう,今もう,諦めたね,もう【該当 カ テ ゴリ ー: 新 規 .次 世
代 へ の 正の 遺産 継 承の 未 達成に 対 す る諦 め ,14.次 世 代 への心 的 配 慮 ,新 規 .次 世 代か ら
の 肯 定 的な 影響 】 《自 発 》及び 《 追 加 質問 》
私も未だに訛って,これで通してますけどね,よく,子どもも孫
それは感謝だよ,帰って,
(孫に)チェックされたもん,じい今(訛りを)言ったらこう(駄目)
もね,訛りが,受け継がないでよかったと,だ,親より標準語し
だよ,とか,だから下の今高校生の(女の子の)孫も,女の子(の孫)には言われないけど,その,
エピソード 6:
ゃべり,しゃべってね,そうですね,幸せなことです
大学生の孫には,
(中略)もう,すぐ体で伝えたからね,で,自分で体で教えたから,言葉要らな
子と孫の訛り
【該当カテゴリー:12..次世代への負の遺産分断,17.次世代の成長への称賛】《自発》 かったのよ(中略),なあなあ訛りだったらもう,子どもも孫も苦労したと思うよ,頭,会話聞い
意味づけ:持続
ているから,幸いにして,そうだ,あなたに指摘受けたけど,そうだよな,それ(訛り)が無かっ
たんだな,私はそれ(訛り)がネックになって,トラウマになるとこだった
【該当カテゴリー:12.次世代への負の遺産分断,17.次世代の成長への称賛】《追加質問》
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意味づけは多様化していると判定された。
エピソード 3 : 孫と自然【意味づけの判定:多様化】
第 1 回 目 , 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 共 に ,自 身 が 重 要 視 す る 自 然 と 共 に
生 き る 価 値 を ,孫 に 継 承 し た こ と【 10.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 】,が 語 ら れ た 。
一 方 ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で は ,「 唯 一 つ 不 満 だ っ た の が 木 登 り 出 来
な い 」と 孫 が 木 登 り を 習 得 で き な か っ た こ と【 11.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 の 未
達成】,さらに,孫が魚採りの技術の習得に苦戦した際は,「だから(最初の
うちは)それが出来なかったもん,じじい駄目だ(と孫が言って),だから田
舎 の 川 行 っ て ね( 中 略 )そ う い う と こ ろ で ,こ う や っ て ,全 部 教 え て あ げ た 」,
と 孫 の 技 術 の 習 得 を 促 す 環 境 の 提 供 を 心 掛 け た こ と【 14. 次 世 代 へ の 心 的 配 慮 】,
が新たに語られた。さらに,第 2 回目のインタビュー時点では,「魚とりは上
手かったよ」と,次世代の能力への称賛【17.次 世 代 の 成 長 へ の 称 賛 】 ,
が新たに語られた。
また,第 2 回目のインタビュー時点では,「俺生きてて良かったな,教えら
れて,受け継いで」と,孫への世代間継承が成立したことが,自身に対して肯
定的な意味づけをもたらしていることが新たに語られた。ここでは,孫から受
け取る肯定的な影響についての意味づけを捉える為の新たなカテゴリーが必要
と さ れ た 。 Table4 の 20 の 関 係 性 カ テ ゴ リ ー に は ,【 18.次 世 代 か ら の 世 話 】 と
いう,直接的な関与を伴う次世代からの肯定的な影響を捉えるカテゴリーが含
まれている。しかし,このカテゴリーは,本エピソードに伴う意味づけのよう
に,直接的な関与を伴わない中での次世代からの肯定的な影響を十分に判別す
ることができないと考えられた。そこで,本研究では,直接的な関与を前提と
しない次世代からの肯定的な影響を捉える為のカテゴリーとして【
,次世代から
の肯定的な影響】と命名した関係性カテゴリーを新たに生成し付与することと
した。
エ ピ ソ ー ド 3 で は ,第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 の 語 り に 対 し て 付 与 さ れ た
カ テ ゴ リ ー が ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 の 語 り に お い て も 同 様 に 付 与 さ れ ,
さ ら に ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 に お い て 新 た な カ テ ゴ リ ー が 付 与 さ れ た
為,意味づけは多様化していると判定された。
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エピソード 4 : 孫の成長を巡る娘婿との出来事【意味づけの判定:変容】
第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー の 際 に ,孫 が 大 学 生 に な り 大 き く 成 長 を 遂 げ る ま で
十分な世話を与えたことについて娘婿から感謝される,というエピソードが新
たに表出された。
「 た だ 精 一 杯 ,生 で ,生 き る 喜 び を 教 え て あ げ て 」と ,次 世 代
が 望 ま し い と 考 え る 価 値 を 孫 に 伝 え た こ と【 10.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 】,ま
た,「孫を立派に育てて貰って,そうかなーハハ」と,娘婿からの感謝に謙遜
し つ つ も ,孫 の 大 き な 成 長 を 認 め て い る こ と【 17.次 世 代 の 成 長 へ の 称 賛 】,が
語 ら れ た 。さ ら に ,
「 俺 も も う ,( 孫 か ら )生 き が い 貰 っ た ん で 」と ,孫 を 育 て
たことがもたらす自身に対する肯定的な影響【新規:次世代からの肯定的な影
響 】, が 語 ら れ た 。 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー で 初 め て 表 出 さ れ た エ ピ ソ ー ド で
あった為,意味づけは変容していると判定された。
エピソード 5 : 人を思いやる心と孫【意味づけの判定:変容】
第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で は ,「 中 身 は ほ れ , 空 っ ぽ だ と 思 う 」 と , 人
を 思 い や る 心 を 孫 が 受 け 継 い で い な い こ と に 対 す る 批 判【 11.次 世 代 へ の 正 の 遺
産継承の未達成】,が語られた。それに対し,第 2 回目のインタビュー時点で
は,
「 じ い ち ゃ ん 今 駄 目 な ん だ よ( そ ん な 昔 の 考 え 方 を 話 し て も )っ て 言 う ん だ
よ,(自分も)そうかー,なんて思ってね」,「(6 年前は孫が軟弱だと言わ
れ て い ま し た が 今 は ど う 感 じ ら れ ま す か ? ),い や ー ,も う ,今 も う ,諦 め た ね 」
と,人を思いやる心を孫が受け継いでいないことに対する諦めが語られた。
Table4 に お け る 【 11.次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 の 未 達 成 】 の 定 義 の 中 で は , 次
世代への正の遺産継承の未達成に対する次世代への批判が想定されていたが,
エ ピ ソ ー ド 5 の 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で は ,次 世 代 へ の 正 の 遺 産 継 承 の
未達成に対する批判は含まれず,諦めが表出された。そこで,本研究では,次
世代への正の遺産継承の未達成に対して批判を伴わずに諦めのみを表出するこ
とを捉える為のカテゴリーとして,
【次世代への正の遺産継承の未達成に対する
諦め】と命名した関係性カテゴリーを新たに生成し付与することとした。
また,第 2 回目のインタビューの際に,孫の存在が無条件に怒りを和らげる
ことや,無意識に孫との対話を求めてしまう,というエピソードが新たに表出
- 102 -
された。
「 お 前 の 名 前 あ っ た か ら( 携 帯 電 話 )押 し ち ゃ っ た ん だ よ 」と ,孫 へ の
好 意 【 14. 次 世 代 へ の 心 的 配 慮 】 , が 語 ら れ た 。 ま た , 「 何 よ り も ね , 最 高 の
触れ合いだしね,心温まる」と,孫との関係性が自身に対して肯定的な意味づ
け を も た ら す こ と 【 新 規 : 次 世 代 か ら の 肯 定 的 な 影 響 】, が 語 ら れ た 。
エピソード 5 では,付与されたカテゴリーが全て変化した為,意味づけは変
容していると判定された。
エピソード 6 : 子と孫の訛り【意味づけの判定:持続】
第 1 回 目 ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 共 に ,子 ど も や 孫 に ,自 身 の 訛 り が
継 承 さ れ ず【 12.次 世 代 へ の 負 の 遺 産 分 断 】,訛 り に よ っ て 周 囲 か ら 馬 鹿 に さ れ
た自身の苦労を子どもや孫が経験することなく十分な成長を遂げたことに「感
謝 」し て い る こ と【 17.次 世 代 の 成 長 へ の 称 賛 】,が 語 ら れ た 。付 与 さ れ た カ テ
ゴリーに変化が無かった為,意味づけは持続していると判定された。
第 4 節 考察
老年前期から老年後期への移行過程における,A の生育と世代間継承の意味
づ け の 変 容 に つ い て , 1.次 世 代 と の 関 係 性 に 対 す る 意 味 づ け の 多 様 化 , 2.世 代
間 継 承 の 未 達 成 に 対 す る 諦 め , 3.次 世 代 か ら の 肯 定 的 な 影 響 , 4.老 い と い う 言
葉による逸脱の正当化,という四つの側面から考察を行う。次に,A の老年前
期から老年後期にかけての世代間継承の意味づけの変容と,老年的超越の枠組
みを比較し,老年前期の世代継承性の性質として,知覚を研ぎ澄ます英知を想
定することの妥当性を検討する。最後に,本研究の限界と課題について考察す
る。
1.次 世 代 と の 関 係 性 に 対 す る 意 味 づ け の 多 様 化
第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 の 語 り は ,第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 の 語 り
と比較し,個々のエピソードに付与されたカテゴリーの数に増加が見られた。
付与されたカテゴリーの数が増加し,意味づけが多様化したと判定されたエピ
ソ ー ド 2( 子 育 て と 仕 事 ) に お い て は , 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で は , 第
- 103 -
1 回目のインタビュー時点でも表出された子育てへの関与の不足に対する罪悪
感に加え,「息子には何も言えないよ,悪いとこあっても」という,子どもへ
の心的な配慮が新たに語られた。
同 じ く , 意 味 づ け が 多 様 化 し た と 判 定 さ れ た エ ピ ソ ー ド 3( 孫 と 自 然 ) に お
い て は ,第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で も 表 出 さ れ た 自 然 と 共 に 生 き る 価 値 の
孫への世代間継承の成立に加え,
「 唯 一 つ 不 満 だ っ た の が 木 登 り 出 来 な い 」と ,
孫へのその価値の世代間継承が必ずしも成立を見ない困難な側面を併せ持って
おり,その困難を克服する為に,「だから田舎の川行ってね−(中略)そうい
うところで,こうやって,全部教えてあげた」と,孫への世代間継承を促す環
境の提供を心掛けた努力が新たに語られた。また,「俺生きてて良かったな」
という世代間継承を成し遂げことに伴う肯定的な意味づけや,「魚とりは上手
かったよ」という孫の能力に対する称賛が新たに語られた。A の世代間継承の
語りに生じた意味づけの多様化には,次世代との関係性に対する肯定的な意味
づけの増加,という共通性が見られた。
なお,A の自己物語は,第 1 回目の面接時点において,孫を育てる熱心な世
話を通じて成長した孫の成長を幸福と意味づける救済の言語としての生育の構
造を持つ生育因果型に分類された。第 2 回目の面接時点では,孫への熱心な世
話と孫の成長に対する称賛とが結びつく生育の語りの構造に変容は見られなか
った。そこでは第 1 回目の面接時点で見て取られた「幸せ」という単語は用い
られなかったが,それと同意の「生きていて良かった」という表現が用いられ
ていた。
2.孫 へ の 世 代 間 継 承 の 未 達 成 に 対 す る 諦 め
エ ピ ソ ー ド 5( 人 を 思 い や る 心 と 孫 ) で は , 第 1 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 の
語りにおいて,人を思いやる心の孫への世代間継承が不成立の状態にあると意
味づけられ ,孫へ の批 判が表出され た。一方 ,第 2 回 目のインタ ビ ュー時点の
語 り に お い て は ,「 じ い ち ゃ ん 今 駄 目 な ん だ よ ( そ ん な 昔 の 考 え 方 を 話 し て も )
って言うんだよ,(自分も)そうかー,なんて思ってね」,「自分も(昔)教
えられた通りのことこうやって見せてやるでしょう,
(今の若い人たちに対して
それをやるのは)ありえないと思うんだ,今もう説明,そういうことね(無理
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だ っ て ) 知 っ て る か ら 」,「 い や ー , も う , 今 も う , 諦 め た ね 」 と , 人 を 思 い や
る心の孫への世代間継承が成立しなかったことに対する諦めが繰り返し表出さ
れ た 。第 1 回 目 及 び 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 共 に 世 代 間 継 承 の 不 成 立 が 見 出 さ
れ て い る が ,第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で は ,諦 め と い う 意 味 づ け に よ っ て ,
自身が望ましいと考える要素を受け継がない孫への批判が和らいでいるのだと
考えられる。
ま た , 第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー に お い て は ,「 自 分 も ( 昔 ) 教 え ら れ た 通 り
のことこうやって見せてやるでしょう,
(今の若い人たちに対してそれをやるの
は)ありえないと思うんだ,今もう説明,そういうことね(無理だって)知っ
てるから,だから,孫との,触れ合いはね,自分の子ども(よりも),何より
もね,最高の触れ合いだしね」と語られたように,世代間継承の未達成に対す
る諦めと,孫への強い好意とが,「だから」という接続詞によって結びつけら
れ,対比されている。この対比構造によって,A は,孫を含む次世代への世代
間継承の成立を希求すること以上に価値があるものとして,目の前に存在する
孫との良好な関係性を重みづけているのだと考えられる。
3.次 世 代 か ら の 肯 定 的 な 影 響
第 2 回 目 の イ ン タ ビ ュ ー 時 点 で は ,直 接 的 な 関 与 を 伴 わ な い に も 拘 わ ら ず 次
世代から肯定的な影響を受けるという,
【 新 規:次 世 代 か ら の 肯 定 的 な 影 響 】の
カ テ ゴ リ ー に 該 当 す る 意 味 づ け が 増 加 し た 。 エ ピ ソ ー ド 3( 孫 と 自 然 ) に お い
ては,孫への世代間継承の成立に伴う「俺生きてて良かったな」という肯定的
な 意 味 づ け と し て , エ ピ ソ ー ド 4( 孫 の 成 長 を 巡 る 娘 婿 と の 出 来 事 ) に お い て
は ,「 俺 も も う ,( 孫 か ら ) 生 き が い 貰 っ た ん で 」 と , 孫 を 育 て た こ と が も た ら
す 生 き が い と し て , ま た , エ ピ ソ ー ド 5( 人 を 思 い や る 心 と 孫 ) に お い て は ,
大 学 生 に 成 長 し た 孫 と 話 す こ と に よ る 怒 り の 緩 和 や ,孫 と の 対 話 の 希 求 と し て ,
自身に対する孫からの肯定的な影響を示す意味づけが表出された。そこでは,
孫から A に対して何らかの直接的な世話や配慮が与えられたか否かに拘わらず,
人生の中で積み重ねられてきた孫との関係性それ自体を,A は肯定的な価値を
持つものとして意味づけているのだと考えられる。
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4.老 い と い う 言 葉 に よ る 逸 脱 の 正 当 化
A は , エ ピ ソ ー ド 5( 人 を 思 い や る 心 と 孫 ) に お い て , 大 学 生 に な っ た 孫 と
の触れあいを,「もう,携帯や何か,なぜかしら押してるんだよ」と,自身で
も合理的な説明がつかない程に強く求めてしまうと意味づけている。さらに,
Aは,その非合理ともとれる程に強い孫への好意を,「老いてる証拠なんだけ
どね,自らね,こう,どうにもならんね,もう(自分は歳とって)壊れてるん
だから」と,自身の老いと結びつけ,老いに端を発した非合理な行動の一端で
あると意味づけている。この語りは,孫への好意と自身の老いとを結びつける
中で,非合理な行動を往々にして取りうる年老いた存在として自身を位置づけ
る こ と に よ っ て ,健 常 者 が 他 者 に 対 し て 抱 く 節 度 あ る 好 意 と い う 箍 を 取 り 払 い ,
自身が孫へ寄せる非合理とも思える程に強い好意を正当化する構造を有してい
る と 考 え ら れ る 。A は ,老 い に よ っ て 孫 へ の 強 い 好 意 を 正 当 化 す る こ と に よ り ,
その好意を自然なものとして受け入れ,肯定的に反芻しているのだと考えられ
る。A の語りが示す通り,高齢者にとって老いという言葉は,常識に対する逸
脱を正当化する機能を併せ持っていると考えられる。本研究は,自身を敢えて
非合理な存在として位置づけることによって逸脱した行動や情動を正当化する,
老いという言葉に伴う自己正当化を促す戦略的な用法の存在を指摘する。
5.老 年 後 期 の 世 代 継 承 性 と 知 覚 を 研 ぎ 澄 ま す 英 知
老 年 前 期 か ら 老 年 後 期 へ の 移 行 過 程 に お い て ,A の 世 代 間 継 承 の 意 味 づ け は ,
次のような変容を遂げていると考えられた。諦めという意味づけにより世代間
継承の不成立に伴う孫への批判が低減し,孫の成長に対する称賛と,孫への心
的 な 配 慮 が 増 加 し た 。そ の 中 で ,孫 と の 関 係 性 が A 自 身 に も た ら す ,直 接 的 な
世話や配慮を伴わない肯定的な影響が増加した。また,老いという言葉は,孫
からの肯定的な影響を強める役割を果たしていた。
A の世代間継承の意味づけの変容と,老年的超越の枠組みとを比較するなら
ば,A の世代間継承の意味づけには,老年的超越が想定する,物質的で合理的
な 世 界 観 か ら 超 越 的 な 世 界 観 へ の 移 行( Tornstam, 1994, 2005),の 兆 候 と し て
捉 え る こ と が で き る 現 象 が 含 み 込 ま れ て い る と 考 え ら れ る 。 Tornstam や 中 川
他 ( 2011) が , 老 年 的 超 越 の 枠 組 み を 踏 ま え て 提 示 し た ,前 世 代 と 次 世 代 に 対
- 106 -
す る 親 近 感 の 増 加 や 世 代 の 連 続 性 へ の 称 賛 は , エ ピ ソ ー ド 3( 孫 と 自 然 ) に お
ける,
「 や っ ぱ り ね ,DNA が つ な が っ て い る ん だ よ ,な ー ん て ,俺 生 き て て 良
かったな,教えられて,受け継いでって」という世代の連続性に対する肯定
的 な 意 味 づ け と し て ,A の 語 り に も 現 れ て い る 。ま た ,自 身 が 望 ま し い と 考 え
る要素を受け継がない孫への批判が諦めへと意味づけ直されるという現象は,
中 川 他( 2011)が 老 年 的 超 越 の 特 徴 の 一 つ と し て 報 告 し た ,変 わ っ て い く こ と
に気づき,それをありのままに受け入れて受容することと重なり合うものであ
る と 考 え ら れ る 。 中 川 他 ( 2011) は , 主 に 高 齢 者 自 身 の 変 容 へ の 気 づ き と 受 容
について論じているが,A の世代間継承の語りが示す通り,A 自身が望ましい
と考えるものとは異なる新たな価値観を孫を含む次世代が持つようになる,と
い う A を 取 り 巻 く 次 世 代 の 変 容 も ま た ,諦 め と い う 意 味 づ け に よ っ て A に 受 容
さ れ ,A と 孫 と の 間 の 良 好 な 関 係 性 を 保 つ 一 助 と な っ て い る の だ と 考 え ら れ る 。
さ ら に , エ ピ ソ ー ド 5( 人 を 思 い や る 心 と 孫 ) に お け る , 孫 へ の 非 合 理 と も 思
える程に強い好意を老いという言葉によって正当化する意味づけは,自身に対
して肯定的な影響をもたらす孫との関係性の持つ価値をさらに高めているのだ
と考えられる。
一方で,A の世代間継承の意味づけには,老年的超越とは相反する性質もま
た 見 て 取 ら れ る 。 エ ピ ソ ー ド 4( 孫 の 成 長 を 巡 る 娘 婿 と の 出 来 事 ) に お け る ,
「孫を立派に育てて貰って,そうかなーハハ」という孫の成長に対する娘婿か
らの感謝は,A に,孫を立派に育てた存在としての主体性や一貫性の感覚を付
与していると考えられる。この主体性や一貫性の感覚は,老年的超越が想定す
る 自 己 中 心 性 の 減 少 ( Tornstam, 1994, 2005) , と は 相 反 す る も の で あ り , 自
己中心性の減少を阻害する側面を有していると考えられる。Aの世代間継承の
意味づけの一面として見られる,次世代を育てた存在としての主体性や一貫性
の感覚を維持しつつ,次世代の成長を肯定的に意味づける営みは,老年的超越
よ り も む し ろ , Erikson が 従 来 の 老 年 期 の 発 達 の 課 題 と し て 提 示 し た , 自 我 統
合,即ち,統合された経験を次世代に伝える努力を通じた,一貫性と全体性の
感 覚 の 獲 得 ( Erikson, 1964/1971 ; Erikson, 1982/1989), と 親 和 性 が 高 い と 考
えられる。
老年前期から老年後期への移行過程における,A の世代間継承の意味づけの
- 107 -
変容には,一方では,老年的超越の特徴である世代の連続性への称賛や,世代
間継承の未達成に対する諦め,老いという言葉がもたらす非合理ともとれる程
に強い孫への好意の正当化が,また一方では,世代継承性やそれを包含する自
我統合の特徴である次世代を生み育てた存在としての主体性や一貫性の感覚が,
併存して現れていると考えられる。このことから,老年後期における世代間継
承の意味づけを捉える上では,老年的超越と自我統合との両者の混ざり合いを
捉 え る 枠 組 み が 必 要 に な る と 考 え ら れ る 。 Tornstam( 2005 ) は , 自 我 統 合 の
一つの側面として想定される,人生の様々な出来事を繋ぎ合せて再解釈を与え
る( Erikson, 1982/1989),と い う 営 み を 取 り 上 げ ,自 我 統 合 を 老 年 的 超 越 に お
ける下位要素として位置づけた。その一方で,同じく自我統合の一つの側面と
し て 想 定 さ れ る , 主 体 性 や 一 貫 性 の 感 覚 を も た ら す 自 我 同 一 性 ( identity :
Erikson, 1963/1977) に つ い て は , 老 年 的 超 越 と は 異 質 な も の と し て 退 け て い
る 。 A の 世 代 間 継 承 の 意 味 づ け は , Tornstam が 設 定 し た , 老 年 的 超 越 と 親 和
性が高い自己の脱中心化を示す経験と,主体性や一貫性といった自己中心性を
示 す 経 験 と の 間 の 単 純 な 二 項 対 立 を 超 え ,老 年 後 期 の 世 代 間 継 承 の 意 味 づ け が ,
自己の脱中心化を示す経験と自己中心性を示す経験の両者が混ざり合う複雑性
を有していることを示唆していると考えられる。この新たな認識を見出す営み
が ,Joan Erikson が 提 示 し た 老 年 後 期 に お け る 知 覚 を 研 ぎ 澄 ま す 英 知 の 一 端 と
言えるのかもしれない。老年後期の世代継承性が,知覚を研ぎ澄ます英知とい
う基本的徳目によって支えられるという構図は,今後さらなる事例の蓄積を通
じてその妥当性が検討されることが望まれる。しかしながら,少なくとも本章
の A の 事 例 が 示 す 世 代 継 承 性 の 自 己 物 語 の 変 容 と , Joan Erikson の 提 示 し た
老年後期の構図との間に矛盾は認められないと考えられる。
6. 本 研 究 の 限 界 と 課 題
本 研 究 は 二 点 の 限 界 を 有 す る と 考 え ら れ る 。本 研 究 の 有 す る 一 つ 目 の 限 界 は ,
A が 第 2 回 目 の 面 接 の 80 歳 時 点 に お い て , 断 続 的 な 加 齢 に 伴 う 心 身 機 能 の 低
下を経験しつつも,その自律性が大きく損なわれていない状態にあり,老年期
の終盤までを含む老年期という長い時間を含み込む発達の段階全体の世代継承
性及びその中核を成す世代間継承の認識における性質の変容を検討する上では,
- 108 -
さらなるデータ収集を必要としていると考えられる点である。今後,老年期の
終 盤 に か け て の 世 代 継 承 性 の 発 達 を 捉 え る こ と を 目 的 と し た ,第 3 回 目 以 降 の
インタビュー調査が実施されることが望まれる。本研究の有する二つ目の限界
は,本研究が高齢者 1 名を参加者とした事例検討である為,本研究の知見を高
齢者全般に一般化することができない点である。今後,本研究の知見の一般化
に向けてさらなる事例の蓄積が期待される。
- 109 -
第5章
総合考察
- 110 -
本論文では,老年期の世代継承性の性質を記述することが目指された。それ
は , 従 来 の 老 年 期 の 世 代 継 承 性 の 実 証 研 究 が 前 提 と し て き た , Erikson が 構 想
した英知に満ちた老賢者としての高齢者像と,精神分析に基づく無意識下の自
己保存と不死性の欲求の充足のメカニズムの上に想定された適応機能,という
二つの前提を乗り越える試みであった。本章では,本論文がここまでに提示し
てきた老年前期及び老年後期の世代継承性の性質に関する知見を踏まえ幾つか
の考察を行う。先ず,第 1 節にて,本論文を通じて得られた老年期の世代継承
性 の 自 己 物 語 の 秩 序 化 の 構 造 に ,世 代 サ イ ク ル の 因 果 や 同 一 性 が 見 出 さ れ る「 経
験の重ね合わせ」という現象が一貫して見て取られることを指摘する。次に,
第 2 節にて,現代社会を生きる高齢者の世代継承性の性質の実状を踏まえ,老
年 期 の 適 応 理 論 が ,本 論 文 の 序 章 で 示 唆 さ れ た Erikson の 英 知 の 概 念 の 危 機 を
ど の 様 に 受 け 止 め る べ き で あ る の か に つ い て 考 察 を 行 う 。さ ら に ,第 3 節 に て ,
本論文で得られた知見における文化及び時代の固有性について考察を行う。最
後に,第 4 節にて,本論文でなされた研究の限界を踏まえ,今後の研究の展望
を示す。
第 1 節 老年期の自己物語に埋め込まれた世代サイクル
か つ て Erikson は ,人 間 の 人 生 の 中 に 二 つ の サ イ ク ル の 存 在 を 想 定 し た 。一
つ は ,人 間 個 人 の 人 生 に お け る 生 ま れ て か ら 死 ぬ ま で の ラ イ フ サ イ ク ル で あ り ,
も う 一 つ は ,世 代 か ら 世 代 に 引 き 継 が れ て い く 世 代 サ イ ク ル
5 で あ る 。Erikson
( 1964/1971) は , 人 間 の 生 涯 発 達 を , 異 な る 発 達 の 段 階 に あ る 世 代 と 世 代 が
歯車の様に噛み合う中を進んでいく構造を有するものとして構想している(西
平 , 1993)。そ れ は ,中 年 期 に あ る 親 が 幼 児 期 か ら 青 年 期 に か け て 子 ど も を 世 話
し,やがて時が経ち,その世話を受けた子どもが中年期に達した時,同じ様に
親として幼児期にある子どもを育てるといったような,世代から世代へと同質
の営みが循環的に継承され,反復される中を人間が発達していくという構造の
構 想 で あ る 。 Erikson の モ デ ル は , 社 会 シ ス テ ム の 中 に , 個 人 の ラ イ フ サ イ ク
5世 代 サ イ ク ル と い う 語 は ,
Erikson
の 用 語 で あ る「 cycle of generations:Erikson,
1964」, あ る い は ,「 ge nerational cycle: Erikson, 1980」 の 訳 語 で あ る 。
- 111 -
ルと,世代から世代へと引き継がれる世代サイクルという,二つのサイクルが
組み込まれるという事実を,その外側に立つ観察者の視点から客観的に捉えよ
う と す る も の で あ る 。こ の Erikson の 世 代 サ イ ク ル と い う 用 語 の 使 用 法 に 対 し ,
本 論 文 は , Erikson が 思 い 描 い た 個 人 と 世 代 の 二 つ の サ イ ク ル の 存 在 を 認 識 し
ながら生きる人間の主観的な生の営みに着目し,人間の主観的な思考の過程で
ある自己物語が,この二つのサイクルから成り立つことを新たに主張する。
端的に述べれば,人間の自己物語は,同質の経験が幾度も繰り返すサイクル
として成り立っている,と本論文は捉える。その最も象徴的な経験は,中年期
における基本的徳目としても設定されている「世話」である。人は,赤ん坊と
して生を受け,幼児期から青年期にかけて親や祖父母からの手厚い世話の中で
育つ。そして人は成長し,やがて成人になり,今度は親としての立場を担い,
自身の子どもや孫に対し世話を与える。また,個々人が置かれた環境によって
差はあるものの,子どもを育てるのと比較的近い時期に自身の年老いた両親に
世話を与えることもある。さらに,自分自身が年老いた時,今度は自身の子ど
も,場合によっては孫から世話を受ける様になる。この様に,世話は,それを
与えるか,あるいは受け取るか,また,それを誰に与えるか,あるいは,誰か
ら受け取るかによって多種多様な姿を持ちながら,人生の中で幾度となく反復
し て 経 験 さ れ る こ と に な る 。こ の 世 話 が 人 間 の 自 己 物 語 に 組 み 込 ま れ た 際 ,個 々
の独立した経験として反復されるのでは無く,個々の世話にまつわる経験が思
考の中で重ね合わせられ,そこに世話という個々の経験を跨いだ同質性,ある
いは異質性,また,過去に与えた世話が現在において受け取る世話の在り方と
結びつく因果性という,秩序立てられた意味の総体が立ち現われることになる
のだと考えられる。
例えば,第 2 章で指摘された様に,生育の自己物語において,自身が次世代
に与えた世話と,次世代から受け取る世話とが重ね合わせられる。あるいは,
第 3 章で指摘した様に,世代間継承や世代間緩衝の自己物語において,自身が
前世代から受け取った世話と,自身から次世代に受け渡す世話とが重ね合わせ
ら れ る 。次 世 代 を 育 て た こ と に よ っ て 次 世 代 か ら 世 話 を 受 け 取 る こ と が で き る 。
また,前世代から世話を通じて伝えられたことを次世代への世話を通じて伝え
たい。あるいは,伝えたく無い。といった具合に,人間は,経験と経験とを,
- 112 -
様々な工夫を凝らして繋ぎ合せようとする。本研究がここまで検討してきた,
老年期の世代継承性の適応機能の源泉となる自己物語の秩序化の構造は,それ
らの大部分が,人生の様々な時点における自身と他の世代との出会いの中で繰
り広げられる,世話に纏わる経験の反復と,それらの経験の重ね合わせが生み
だす意味によって成り立っているのだと考えられる。
人 間 の 主 観 的 な 思 考 の 中 に 埋 め 込 ま れ た 世 代 サ イ ク ル は , Yamada( 2004)
が ,大 学 生 の 人 生 に 対 す る イ メ ー ジ 描 画 の 中 に ,個 人 の ラ イ フ サ イ ク ル を 跨 ぎ ,
次世代に引き継がれる世代サイクルが見出されることを報告する様に,少なく
とも青年期にはその萌芽が見て取られる。この主観的な思考に埋め込まれた世
代 サ イ ク ル は , 竹 内 ・ 上 原 ( 2007) が 報 告 す る 通 り , 中 年 期 の 子 育 て の 中 で 強
く活性化され,前世代に育てられたことを踏まえて,次世代を育てる営みを方
向づける様になると考えられる。さらに老年期に至ると,本論文が示してきた
様に,現在と過去の無数の生み育て,伝え遺すことに関する世話の経験が,自
己物語を通じて重ね合わせられ,そのことによって,老年期の適応が促進され
るのだと考えられる。第 1 章で概観した通り,既に量的調査によって,老年期
の 世 代 継 承 性 が 適 応 を 促 進 す る と い う 事 実 が 証 明 さ れ て き て い る( e.g., Cheng,
2009 ; Gruenewald et al., 2012 ; 田 渕 ら , 2012 ; Tabuchi et al., 2015 ; Tomas
et al., 2012)。
本論文は,老年期の世代継承性が適応を促進するメカニズムを,人間の意識
化された思考の過程としての自己物語の秩序化の構造として報告した。本論文
が採用した,語りの構造に着目するナラティヴ・アプローチは,老年期の適応
を記述する上で有効な枠組みであった。本論文は,さらに,老年期の自己物語
に埋め込まれた世代サイクルの中で反復される,世話に代表される経験の重な
り合いの構造と,そこに生じる意味に注目する視点をナラティヴ・アプローチ
に組み込むことが,老年期の適応を検討する上で有効であることを指摘する。
人間の自己物語は,世代サイクルの中を生きることによって形作られ,その中
で,自己物語それ自体が世代サイクルそのものの構造を有する様になるのだと
本論文は主張する。
第 2 節 現代社会における老年期の英知と適応
- 113 -
本論文は冒頭の序章にて,人間の人格的成熟を前提とした老年期の適応理論
で あ る , Erikson の 自 我 発 達 理 論 が 危 機 に 直 面 し て い る こ と を 示 し た 。 英 知 ,
そして世代継承性という鍵概念のそれぞれに込められた,次世代の導き手とな
り次世代へ遺産を伝え遺すという高齢者の役割は,平凡な年配者で溢れ返る現
代 社 会 に 対 し て も は や 整 合 し な く な っ た の で は な い か と Erikson は 憂 慮 し た 。
こ の Erikson の 懸 念 に 対 し ,本 論 文 が 取 り 組 ん だ 生 育 の 自 己 物 語 と 世 代 間 継
承の自己物語の秩序化の構造の検討からは,次世代との関係性を重要性の高い
ものと見なしている高齢者に取って,次世代を生み育て,伝え遺すことの役割
が,高齢者自身の適応と深く関わり合っていることが示唆された。生み育てる
ことの苦労を経て成長した次世代との現在の関係性は高齢者の肯定的な情動の
源泉となっていた。また,次世代へ自身が重要だと考える要素を受け渡すこと
が で き た 現 在 の 次 世 代 の 姿 に , 高 齢 者 は 誇 り を 見 出 し て い た 。 Erikson
( 1982/1989) は , 人 間 が 適 応 を 達 成 す る 上 で 必 要 と さ れ る 素 養 で あ る 基 本 的
徳目を設定する際,その用語を選定する基準として,その言葉が文化や歴史の
中 で 幾 世 代 を 経 て 価 値 を 込 め て 伝 え ら れ て き た 「 生 き た 言 葉 ( living
lunguage)」 で あ る こ と を 重 視 し た 。 中 年 期 の 世 話 や 老 年 期 の 英 知 は , 時 に は
文化の中の伝統的価値や精神的目標として,また,時には宗教的価値として,
そ の 言 葉 の 発 生 の 起 源 か ら 人 間 の 適 応 と 深 く 結 び つ い て い る と Erikson は 述 べ
て い る 。生 育 の 自 己 物 語 や 世 代 間 継 承 の 自 己 物 語 は ,正 に Erikson が 述 べ る 生
きた言葉として,それを語る行為自体が高齢者の適応を促す機能を有している
と考えられた。このことから,少なくとも次世代を生み育て,伝え遺す役割に
対して価値を見出す高齢者に取っては,英知や世代継承性といった人格的成熟
を基盤とした適応理論の枠組みは,現代社会においてもその有効性を保ち続け
ているのだと考えられる。実証的な調査研究によって繰り返し報告されてきた
老 年 期 の 世 代 継 承 性 と 適 応 の 正 の 相 関 は ( e.g., Cheng, 2009 ; Gruenewald et
al., 2012 ; 田 渕 ら , 2012 ; Tabuchi et al., 2015 ; Tomas et al., 2012), 世 代 継
承性に重きを置く高齢者に取って,世代継承性は価値ある適応の源泉で有り続
けていることの表れであると言える。
一方で,現代社会において,次世代の導き手となり次世代へ遺産を伝え遺す
- 114 -
という役割を,高齢者が見出し難くなっていることもまた真であるだろう。拒
否性を伴う対比構造によって,次世代へ伝え遺したものの価値を正当化しよう
とする高齢者の努力は,次世代からの敬意を見出しづらくなった現代社会にお
いて,老年期の世代継承性を発揮する上で不可欠な思考の方略であると考えら
れる。そ の一方で ,第 2 章におけ る平坦距 離因果型の高 齢者の様 に,次世 代と
の関係性に価値を見出さず,世代継承性とは異なる日常の側面に価値を求める
こともまた,多様化した現代社会の生活環境を適応的に生きる上で不可欠な選
択であると考えられる。英知や世代継承性は,現代社会における高齢者を取り
巻く極めて多様な環境の中で機能する,一つの有力な適応の型として位置づけ
ら れ る べ き も の で あ る と 本 論 文 は 考 え る 。 こ の 点 か ら , Erikson の 自 我 発 達 理
論は,現代社会を生きる全ての高齢者の適応を記述する万能性を有するもので
は無いことを認識すべきであろう。
第 3 節 文化,時代の中の世代継承性
本論文で実施された調査の参加者は,日本という一つの国における同一の時
代背景を共有した高齢者であった。その為,比較文化の観点からは他の文化圏
に対して,あるいは,日本,他の文化圏問わず,他の時代背景を持つ高齢者に
対し,本研究の知見をどの程度,一般化することが可能であるか,十分な検討
が な さ れ て い な い 。 McAdams( 2006) が 述 べ る 通 り , 世 代 継 承 性 は 全 て の 文
化圏に共通して見て取られる。世代継承性の適応を促進する生育や世代間継承
の 自 己 物 語 も ま た ,日 本 の 高 齢 者 を 対 象 と し た 本 研 究 の み な ら ず ,Erikson et al.
( 1986/1990),Kotre&Kotre( 1998),McAdams( 2006),さ ら に ,Pratt et al.
(1999)と い っ た 欧 米 圏 の 研 究 者 か ら 報 告 が な さ れ て い る 通 り , 文 化 を 跨 ぐ 一 般
的な現象であると言える。一方で,本論文が示してきた生育や世代間継承の自
己物語の秩序化の構造については,特定の文化圏に固有の家族形態に依存し,
そ こ に 質 的 な 差 異 が 生 じ る 可 能 性 が 予 見 さ れ る 。 深 瀬 ・ 岡 本 ( 2010a) は , 日
本と欧米の高齢者の語りの比較の中で,老年期の世代継承性に関するエピソー
ドが,核家族化が進みながらも未だ複数の世代での同居の比率が高い日本と,
世代間別居がより進んだ欧米圏で,差異が生じる可能性を指摘している。
- 115 -
この差異について,さらに検討する為に,世代継承性に関する時代的要因に
関 す る 議 論 に 再 度 目 を 向 け る こ と に す る 。Cheng( 2009), 田 渕 ら (2012) 及 び
Tabuchi et al.(2015)に よ る 老 年 期 に お け る 世 代 継 承 性 と 適 応 の 関 連 に 関 し て ,
次世代から得られる敬意が強い影響を与えるという調査結果は,次世代に何か
を伝える努力と,それに応答する次世代からの敬意とが,双方向的に行き来す
る関係性が維持される環境下において,世代継承性の適応機能が十分に発揮さ
れることを示していた。また,本論文における,世代間継承の自己物語を表出
した高齢者は,現在において次世代から世代間継承が円滑に受け入れられた場
合,あたかも英知に満ちた老賢者の様に次世代に対して振る舞っているかの様
に見て取られた。一方で,現在において次世代から世代間継承が受け入れられ
ない場合には,次世代を至らない存在と位置づけて退けていた。これらの知見
は,現在において次世代から世代間継承が受け入れられる場合にのみ,世代継
承性と適応が結びつくことを示しているのだと考えられられた。本論文におけ
る参加者の半数以上は子どもと別居しているが,このことからも,時代的要因
である核家族化自体が,世代継承性の適応機能を直接的に減じる要因とはなら
ず,次世代との同居,別居を問わず,現在における次世代との関係性の質が,
世代継承性の適応メカニズムに支配的に影響を及ぼすことが示唆される。
本章の第 1 節では,老年期における人間の思考の根本的な性質として,自己
物語に埋め込まれた世代サイクルによって,人生の中で繰り返される同一性を
持つ経験が重ね合わされることにより,自己物語が秩序立てられることを指摘
した。恐らく,同一性を持つ経験の重ね合わせを人生の中に見出すことは,文
化あるいは,時代を跨いだ,より普遍性を持つ老年期における人間の思考の性
質であると考えられる。この観点から言えば,世代継承性の性質における,文
化的要因,あるいは時代的要因によってもたらされる差異とは,老年期の自己
物語が有する統合性や経験の重ね合わせといった根本的な思考の性質の土台の
上に位置づく,高齢者個々に固有のライフコースとそこでの経験によってもた
らされる装飾であると考えられる。
第 4 節 新たな研究に向けて
- 116 -
本論文は,老年期における世代継承性という,それ自身の定義すら定まりき
っていない未開の概念に対して,そのモデルを提示すべく,質的なインタビュ
ー調査に基づく小数事例を詳細に検討する仮説生成的な研究手法を採用した。
本論文は,研究手続き上の要因から,知見の一般化において大きな制約を持っ
ている。その一般化に向けた検証作業は,本論文が提示した仮説を検証する志
向性を持つ量的調査に託されることになる。そのことを前置きした上で,これ
より本節では,本研究におけるより本質的な問題として,本論文がここまで生
成を試みてきた仮説モデルそのものの知見の限界と今後の課題について検討を
行う。本論文が提示した仮説モデルは,選定された参加者の有する属性の限定
性,また,世代継承性という多義的な概念において家族の文脈における子ども
や孫を生み育てることに焦点化したことの限定性,さらに,参加者に家族のエ
ピソードを自由に選択させる非構造化インタビューによって得られたデータの
限定性,という三つの制約を有している。
参加者の属性に関する限定性は,前節で触れた,文化的,時代的要因による
世代継承性の性質の変化に関する議論とも重なるものである。例えば,年齢,
心身の状態,性別,文化,ライフコースの性質,時代背景といった,あらゆる
属性は,世代継承性の性質に影響を与える可能性を有している。例えば,
McAdams et al.( 1992)は ,世 代 継 承 性 に 関 す る 関 心 の 高 低 に 性 差 が 認 め ら れ
る こ と を 報 告 し て い る 。 ま た , 前 節 で も 触 れ た と お り , 深 瀬 ・ 岡 本 ( 2010a)
は,世代継承性の自己物語の性質の文化的差異を指摘している。種々の属性に
従い,それに特有の世代継承性の性質が見て取られ,そこには相当な多様性が
存在することが明らかである。この点から,本論文の仮説モデルは,今後,よ
り多くの属性を持つ高齢者に対して質的なインタビューを重ね,多様性の観点
から鍛えられていくことが望まれる。とりわけ,本論文における老年後期への
移行過程における世代継承性の変容を検討した調査は,一事例のみを検討対象
としている為,さらなる事例の積み重ねが強く期待されていると言える。
また,世代継承性という多義的な概念に対して,本論文が採用した,子や孫
を 生 み 育 て る 家 族 の 文 脈 に 焦 点 を 絞 っ た ア プ ロ ー チ は , Erikson( 1963/1977)
が,世代継承性に想定した,子育ての文脈以外の創造的活動,例えば,芸術や
職業といった営みに対する本モデルの訴求力を制限するものである。老年期の
- 117 -
世 代 継 承 性 は , 家 族 の 世 代 間 関 係 の 文 脈 以 外 に , Erikson が 言 及 し た 様 な 芸 術
や職業の文脈においても,家族の文脈と類似した,あるいは,異なったメカニ
ズムに基づいて適応を促進する可能性がある。しかしながら,仕事や芸術の文
脈と,家族の文脈における次世代とを比較した場合,家族の文脈に見て取られ
る,成長した次世代が,加齢によって心身機能が低下した高齢者自身に対して
世話を与える存在になり得るという点は,家族以外の文脈には代え難い,重要
な意味を持つと考えられる。
さらに,本論文が,世代継承性の性質という高齢者の日常的な経験に接近す
る為に採用した,高齢者の日常的な家族のエピソードを引き出す為の非構造化
インタビューという手続きは,世代継承性の潜在的な意味づけを検討する上で
限 界 を 有 し て い る こ と が 指 摘 さ れ る 。個 々 の 世 代 継 承 性 の エ ピ ソ ー ド に 対 し て ,
そこに付与される意味づけや,エピソードに含まれる危機的状況への対処とい
った質問項目を備えた半構造化インタビューを採用することによって,より立
体的に世代継承性の適応のメカニズムを明らかにすることが可能になると考え
ら れ る 。例 え ば ,McAdams( 2006)は ,
「 ラ イ フ ス ト ー リ ー イ ン タ ビ ュ ー( life
story interview)」 と 呼 ば れ る , 幼 少 期 か ら の 発 達 の 段 階 毎 の エ ピ ソ ー ド を 丹
念に聞き取るインタビュー枠組みを採用している。その枠組みによって,世代
継 承 性 に 高 い 関 心 を 示 す 成 人 の 自 己 物 語 に ,救 済 の シ ー ケ ン ス を 含 む ,
「発達初
期 の 優 越 ( early advantage)」,「 他 者 の 苦 難 ( suffering of others)」,「 道 徳 性
の 深 い 確 立( moral depth steadfastness)」,「 力 対 愛( power vs love)」,「 未 来
の 発 展 ( future growth)」 と い っ た 特 定 の エ ピ ソ ー ド が 一 連 の 結 び つ き を 持 っ
て 表 出 さ れ る 現 象 が 報 告 さ れ た 。 ま た , 岡 本 ( 2010, 2011) は , 専 門 的 技 能 を
持つ陶芸家へ半構造化インタビューを実施し幼少期から現在にかけての経験の
過程を分析した。そこでは,弟子への技能継承を可能にする現在のアイデンテ
ィティを構成する生涯の文脈における重要なエピソードが報告された。
これらの手続きが示す通り,日常場面で見られる語りや回想の範疇を超え,
より潜在的な次元の語りを引き出すアプローチは,人間の自己物語に潜在的に
埋め込まれた特定のエピソード間の因果を掘り起こす可能性を持つと考えられ
る。例えば,世代間継承の成立や不成立が生じる過程を明らかにしようとする
際,人間の幼少期から現在に至り,さらに未来の予期までを含めた生涯のエピ
- 118 -
ソードを丹念に聞き取ることにより,世代間継承の成立,あるいは不成立のエ
ピソードと強い因果を形成する特定のエピソードを発見することができるかも
しれない。この視点は,本章の第 1 節で提示した,自己物語に埋め込まれた人
生の中で反復される経験の重ね合わせの構造の検討ともその方向性を共有する。
本論文が採用した人間の日常的な語りの中に埋め込まれた世代継承性を捉えよ
うとするアプローチと,人間の潜在的な語りの中に埋め込まれた世代継承性を
掘り起こそうとするアプローチは,世代継承性のメカニズムを検討する上で互
いに相補的な役割を担うと考えられる。この二つのアプローチを併用し,世代
継承性のメカニズムのより豊かな記述を積み重ねることが今後の世代継承性研
究の課題となるだろう。
本論文は,老年期の世代継承性の性質を,高齢者が自発的に選択した家族の
エピソードに埋め込まれた,世代継承性のテーマに関する自己物語の秩序化の
構造と,それに伴う適応機能として徹底的に可視化することに取り組んだ。世
代継承性を言語によって構成される現象として扱うことは,その知見の実社会
への応用を大いに促進すると考えられる。語りの構造に着目するナラティヴ・
アプローチは,世代継承性を現代社会の実状に即した瑞々しい概念へと昇華さ
せたのである。
- 119 -
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山 口 智 子 . (2000). 高 齢 者 の 人 生 の 語 り に お け る 類 型 化 の 試 み - 回 想 に つ い て の
基 本 的 研 究 と し て . 心 理 臨 床 学 研 究 , 18, 151-161.
山 口 智 子 . (2002). 人 生 の 語 り に お け る 語 り の 変 容 に つ い て -高 齢 者 の 回 想 に 関
す る 基 礎 的 研 究 . 心 理 臨 床 学 研 究 , 20, 275-286.
- 130 -
付録 1:生み育てたことの語りにおける因果の分析の手続き
1.生み育てたことの語りにおける因果の判定の基準
過去の 次世 代を 生み 育て た 経験と 現在 の成 長し た次 世 代の描 写の 二つ のエ ピソ ー ドが接 続詞 を
用いて結びつけられていること,あるいは,現在の成長した次世代との関係性や次世代の状態の性
質が過去の次世代を生み育てた経験の結果として説明されること,を因果の判定基準とした。
2.過去と現在とを接続詞を用いて結びつける語りの例
「ほんとに子どもたちが良くしてくれて,幸せです,一年に二,三回ねえ,子どもたちが車で,あ
のー,温泉連れて行ってくれたり,旅行に連れてってくれたりねー (中略) でも働きましたよー,
もうねえ,貯金局で二十二年勤めてねー,それから,主人が会社辞めてから二十八年間,あの,保
険会社勤めて (中略) でも,今思うと若いとき苦労しても,歳いって幸せならいいと思ってるの」
このエピソードの中では,「若いとき苦労して(も),歳いって幸せならいいと思ってるの」,とい
う語りの通り,若い頃の子育ての苦労と,現在の次世代との関係性の幸福を,「でも」,「も」,とい
う接続詞によって結びつけている。
3.現在を過去の結果として説明する語りの例
「嘱託で他の会社行ってますんで,前ほど,給料もらえませんからねー,あのー,学校の学費でね,そう
いうので,結構,そういうので,大変でしたね (中略)おかげさまでー,それでー,それも子ども知っ
てると思うしね,一番末っ子なんかはね,もう,父の日母の日ちゃんと,色んなもの送ってくれます」
このエピソードの中では,子どもの学費を得た苦労を子どもが理解し,その結果として現在の子
どもから自身への気遣いが生じていると説明している。
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付録 2:家族のエピソードに対するコーディングの手続き
1.家族のエピソードを抽出する基準
血縁を持つ家族成員や親族,養子に行った先での義父母,再婚によって生じた親族,時間的な経
過の中で離婚によって婚姻関係が解消した元親族,のいずれかが登場している語りを家族のエピソ
ードと定義した。
2.コーディングの手続き
一つのコードの中には,
「1. 誰が」,
「2. 何をしたことが」,
「3. どの様に意味づけられているか,
あるいは,そこにどの様な情動が伴っているか」,という三つの要素を含むこととした。以下に家
族のエピソードの例を取り上げ,コーディングの例を示す。
「で,あのー,福井のちょっとした田舎ですから,あのー,狭い畑なんかも持ってるんですね,そ
うすると,自分はもう,心臓でね,あのー,もう,心臓肥大で,医者から,もうこんなパンパンに
なって,もう何もしちゃだめだと,歩いても駄目だっていうのに,畑仕事してるんですよ,それで,
もうそれは,亡くなる,秋の,十一月に亡くなったんですけどね,ね,そんな状態でありながらね,
私が行くとね,お前フフ,そこんとこうなれとかね,もう来年のこと言ってるわけですよ,うん,
来春になるとそこに,種まくんだから,そこをうなっとけとか,うん,耕しておけとかね,まあ,
そういうような,こと言ってね,あー,そういう,あのー,母親の,死生観といいますかねー,ほ
んとにー,最期までね,生き生きと生きたなったいう感じしますよね,あのー,その点は凄いなと
思いますね」
この家族のエピソード語りに対しては,
「1. 誰が:無くなる直前の義母は」,
「2. 何をしたことが:
畑の準備をさせ」,
「3. どの様に,義母の死生観に感嘆を覚える」という,コードを構成する三つの
要素が記述される。その結果,「義母は亡くなる直前も私に畑の準備をさせ,義母の死生観に感嘆
を覚える」というコードが付与される。
- 132 -
付録 3:家族のエピソードに付与されたコード
コーディングの対象とされた 28 名の参加者の家族のエピソードの語り対し,以下の計 665 のコードが付与された。
-70 歳女性
1.
亡くなった父のことを一番思い出す
2.
嫁いでからの義父母,子どもの思い出を泣いたり笑ったりして思い出す
3.
あるお正月の家族,親族のやり取りの活力を笑って思い出す
4.
夫のお墓に対する意見をなだめて笑う
5.
子どもの頃よく泣いていた妹が調査者の母より歳が上だと評価する
6.
戦後の激動の中,家族を支える為に私は苦労して頑張ってきたけど,遠慮がちに駄目だったと笑う
7.
厳しい父が,私が労音に行くのを許してくれて楽しかったと思い出す
8.
若い母が手首を痛がっていたことを忘れられないでいる
9.
母の手首の痛みに気づかなかった私を俯瞰する
10.
父が将棋に負けそうなときの咳払いがまだ耳についていると笑って思い出す
11.
私は義父の話しを聞いて聞き上手になり,今も聞き上手であると笑う
12.
義父と私と義妹と仲良くしたことが楽しかった
13.
義父が亡くなる間際,私が介護をする中で,義父が幻聴を起こしたことが,まだ耳についている
14.
義父母の最期に食べたものをよく覚えている
15.
夫に対して長生きして貰いたいと思う
16.
義父母の介護を巡っての夫の姿勢に愚痴をこぼす
17.
義父母を看取った後,夫は私に感謝を述べてくれて,それを最大の感謝だと思い,今,夫と仲良くやっている
18.
夫と私は互いに許せないところがあったが,今は,歳がいったせいか夫と仲良くやっている
19.
夫から必要とされている
20.
子どもたちと夫を残していかないでと笑いながら話している
21.
子どもたちはプラス思考で生きれば良いと言うが,そうはいかないよと思って笑う
22.
夫と共に何があっても驚かないと思っている
23.
父と鎌倉に行った
-79 歳女性
24.
親は私達子どもを世話する暇が無かったけど,そこに温かみを感じる
25.
囲炉裏を囲んで家族でご飯を食べたことに温かみを感じる
26.
家族でご飯を食べたことは,今の食事とは,温かみが違うと感じる
27.
兄弟でおやつ代わりにご飯を競争の様に食べたことを笑って思い出す
28.
兄弟でご飯を巡って喧嘩したことを笑って思い出す
29.
喧嘩した兄弟が,今,一番兄弟愛が湧くと笑う
30.
親が忙しいから,私達子どもが食事の準備をしたことが忙しかったと笑って思い出す
31.
親が大変で,私達子どもが働かなくちゃならなかったことを苦労でもなんでもないと笑って思い出す
32.
兄弟大勢でよく喧嘩して,親に怒られたことを笑って思い出す
33.
私達終わりの方の兄弟は元気が良くてよく喧嘩したことを笑って思い出す
34.
喧嘩した兄弟は,いつでも,一番良いと思う
35.
小さい頃の兄弟は良いものだと笑って思い出す
36.
私達子どもは,今の子どもと違ってほったらかしで平気だったと思う
37.
兄弟で学校の習字道具を使い回したことを笑って思い出す
38.
私が都会へお嫁に出るとき,兄弟全員で泣いて思ってくれたのだと思い出す
- 133 -
39.
親が苦労していたから,迷惑かけない様にと思ったことを思い出す
40.
兄弟で悪戯したことを,今の子どもと比較して,昔の子どもは強かったと笑って思い出す
41.
同級生と夜遅くまで話し込んで親から叱られたことを笑って思い出す
42.
家族揃って田植えをした後のおやつが楽しみだったと笑って思い出す
43.
家族の素朴な生活を笑って思い出す
44.
兄弟は濡れた服を文句言わずに使ったことを思い出す
45.
弟がぐずぐず言って親に怒られて,私が困ってしまったことを笑って思い出す
46.
親は大変だったから,私は贅沢を言わなかったことを思い出す
47.
兄弟は元気で,学校で皆勤賞を取った,昔の子は元気だったと思う
-73 歳男性
48.
家族で月が見えるようなとこで語らった関係が今と比べて凄く良かったと思う
49.
青森での家族の,今では考えられないような様々な出来事を笑って思い出す
50.
私達兄弟が牛舎で寝入って,部落中が行方不明だと思って探索したことを笑って思い出す
51.
私は福井に養子に行って家族と離れた為に,小さい頃の青森の家族の出来事が凄く思い出として詰まっている
52.
小さい頃の家族の思い出を,後に,私は他の兄弟と比べて鮮明に覚えていて驚かれたことがあったことを笑って思い出す
53.
小さい頃の青森での家族の思い出を,人生の糧,自分とそことの繋がりとして評価する
54.
義母の楽しい思い出がたくさんあり,今も思い出す
55.
退職時に私はガンになって家族に支えられて立ち直った
56.
私がガンになったときに家族に支えられ,助け合いの大切さに気づき,今,ボランティアをしている
57.
過去の家族の思い出があって,今ここにいると感じる
58.
父と義父母を私が介護しに通っていたことを,あまり良い思い出ではないと思う
59.
父親は凄く優しい人で私は怒られたことが無かったが,亡くなる前に始めて怒られ,それを子離れとして意味づける
60.
義母は近所の人と胸ぐらを掴んで喧嘩するような面白い人だったと笑いながら思い出す
61.
義母は亡くなる直前も私に畑の準備をさせ,義母の死生観に感嘆を覚える
62.
亡くなる直前に父と義母が,喧嘩しながら支えあって生きていたことを笑って思い出す
63.
父と義母が亡くなって家を整理するときに,私はボロ屋によく住めたなと思ったことを笑って思い出す
64.
私が義母をお見舞いに行ったとき,義母の友達から可愛い息子だと言われたことを笑って思い出す
65.
義母がよく他人に歳を自慢していたことを笑って思い出す
66.
義母が他人に物をあげるのが大好きだったことを笑って思い出す
67.
義母が寝巻きで外に出て行くのを全然気にしなかったことを笑って思い出す
68.
義母が通じないのに方言で孫に話しかけていたことを笑って思い出す
69.
私が義母のところへ行ったとき,義母が蟻を観察して楽しんでいて,退屈してなかったのは凄く良かったと笑って思い出す
70.
私が父と義母のところへ行った際,お土産を持ちきれない程渡そうとしたのを面白かったと笑って思い出す
71.
父と義母が柿を私にあげるか,他の子どもにあげるかで喧嘩したのが面白かったと笑って思い出す
72.
父と義父の面白いエピソードの繰り返しで,思い出が尽きなく,今でもよく思い出すと笑う
73.
小さい頃の家族の思い出がいっぱい詰まっていると思う
74.
妹の子どもに名前をつけるとき,私がくじを引いて決めたことを笑って思い出す
75.
私は養子にいって兄弟と縁が薄いから,小さい頃の思い出は大切だと思う
76.
両親から聞かされた,私が寝ていて,熊に食べられそうになったことを笑って思い出す
77.
両親から聞かされた,私が泥の中で遊んでいたことを笑って思い出す
78.
ひょうきんな母親にお化けがいると脅かされ,驚いて頭をぶつけて泣いたことを笑って思い出す
79.
私達子どもが麦布団ではしゃいで遊んで親から叱られたことを笑って思い出す
80.
親が自分たちも食べたい白いもちを私達子どもに食べさせたことを笑って思い出す
81.
親が白いもちを食べたいという気持ちを気づかずにいた私を,笑って思い出す
82.
私はランプ磨きをして親から褒められ,今も,それが忘れられないことを笑って思い出す
- 134 -
83.
川に落ちて死んだ馬の肉を,家族で食べて団らんしたことを笑って思い出す
84.
両親の昔語りを聞くのが楽しみだったと思い出す
85.
母親がよく私達にカステラの話をしたのは,郷愁だったのだろうと思う
86.
母親の気持ちが理解できなくて,カステラが食べたいだけと思っていたことを笑って思い出す
87.
母親の剥いたりんごを美味しく食べたことを笑って思い出す
88.
養子に行く連絡船の中で,父親に買って貰ったバナナが美味しかったことを覚えている
89.
父親に買ってもらったバナナを食べた感動は,今の子どもには味わえないものであったと思う
90.
母親と私で,行方不明になった兄を探しに行ったときのことを思い出し,母親といたこと実感すると笑う
91.
作業をしていた母親の所に行って二人で話した経験を,凄く印象的な貴重な体験で懐かしいと思う
92.
小さい頃の家族の思い出は,ずっと離れているから,凄くいっぱい詰まっていると笑う
93.
家族が震えながらそばに牛乳かけて食べたことを笑って思い出す
94.
親から鶏の世話を任されたことを笑って思い出す
95.
私が馬の見張りに失敗したとき,父が怒らなかったことを笑って思い出す
96.
父親は温厚な人だったが,最後死ぬ前にどんでん返しがあったと笑って思い出す
97.
姉は働く姿しか見たことないような,おしんみたいな人だったと笑って思い出す
98.
小さい頃に私は兄弟と離れてから,その後数回しか会っていないから,思い出が一杯詰まっている
99.
養母が私に電話をかけてきたとき,おっかなびっくりで声が聞き取れなかったことを笑って思い出す
100. 義母が私の高校に来たとき,なれない場所では恐る恐るだったのを笑って思い出す
101. 義母は自由奔放に生きて良かったと思う
102. 小さい頃の家族の出来事は,ふわっとした良い出来事として,残っていると思う
103. 父と義母の思い出は,現実のこととして今でも繰り返し楽しく笑って思い出す
104. 家族の出来事は良い面も悪い面もあるけど,思い出となると良いところが出てくると思う
105. 私が養子に行ったとき,義父が酒乱だった
106. 仕事が忙しくて私は母親の葬式に行けなかった
107. 家族は絆を持っていないと生活できなかった
-88 歳女性
108. 家で若い人の中に入っていけないから,ここに来て友達としゃべるのが一日の楽しみ
109. 一番上の姉が死んだから次は私が死ぬと思う
110. 毎年,年に数回していた兄弟会が,加齢でほとんどできなくなってしまったと笑う
111. 春に兄弟会をしようという約束がある
112. 叔父との出来事に対する記憶があまりに断片的で笑う
113. 欲しかった水飴を父に貰ったり,可愛がられたこと笑って思い出す
114. 家族は平凡に生きてきたと笑う
115. 平々凡々に生きてきたから取り立てて思い出が無い
116. 私は家族と離れて暮らしたから思い出は無いと笑う
117. 父の出馬を人づてに聞き知ったことを笑って思い出す
118. 家族は平々凡々と生きてきて思い出は無いと笑う
119. 父は食べるものが少ない中で乞食に飯を恵むような良い人だったと思い出す
120. 父が軍からもらった馬がどうなったのか分からなくて笑って思い出す
121. 母を看取るときは大変だったと思い出す
122. 兄弟皆仲が良く,穏やかだと笑う
123. 私は貧乏だが,兄弟皆しっかり生きているから苦にならないと笑う
124. 食糧難の時代に農家に嫁に行けば良いと私は思っていたら,ほんとに妹が農家に嫁に行ったことを笑う
125. 農家に嫁に行った妹は良い生活していると思う
126. 兄弟は病気をせずに穏やかな生活をしているから,良いことだと笑う
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127. 私は普通の家族の中で普通に生きて,普通に死ぬだろうと笑う
128. 父が肺炎になった
129. 空襲の中,子どもを連れて逃げた
-69 歳男性
130. 私は親や兄弟とバラバラに生きてきたから特に家族を思い出そうとも思わない
131. 私は家族とバラバラで精一杯生きてきたから家族に対する関心が薄いと笑う
132. 息子に関心はある,互いにしっかり生きているので特に過去を振り返ったりしない
133. 親は放任主義だったから特に思い出はないと笑う
134. 兄弟はお互いを必要としていないと思う
135. 子どもは極端に素直だったと思い出す
136. 子ども夫婦はどちらも高い能力を持っていると思う
137. 子どもの信仰をあまり好きではない
138. 子どもの性格は凄く良いと思う
139. 子ども夫婦の生活環境のほうが,私達よりずっと上だから何も意見できないと思う
140. 私は家族と離れて過ごしてきたから良いことも悪いことも思い出が全然無い
-77 歳女性
141. 母親が生きていたという表現の座りが悪くて笑う
142. 足の悪い父を見て,どうして足が無いんだろうって子ども心に思ったことを笑って思い出す
143. 内職をしていた母親のことくらいしか思い出がない
144. 私は母親に宗教の本部に連れて行かれたことくらいしか思い出が無い
145. 結核になった姉のところに,私を近所のおばさんが隠れて連れて行ってくれたことを思い出す
146. 私が息子や娘に戦争の話をしてもピンと来ない
147. 親がいない中,兄達が私を一生懸命育ててくれたことを覚えている
148. 私を育ててくれた兄達も,もう亡くなってしまった
149. 学校をさぼったとき家で待っている家族はいないのに,私は外で夕方まで暇を潰して帰宅していたことを笑う
150. 思い立って小さい頃に母と行った遠くの叔母の家へ行って兄達が凄く心配したことを笑って思い出す
151. 兄達が私を上の学校に上げてくれたおかげで,良い友達に出会え,良い先生に会えたことは戦争中でも凄く楽しかったと思う
152. 兄達が私を上の学校に上がったから,今も付き合う友達ができて,良い先生に会えて,本当にありがたいと思う
153. 私が小さい頃先生で苦労したから,子どもたちが小学校に上がったときは心配した
154. 上の子どもは良い先生とあって凄く良かったと思う
155. 下の娘は私に似て,あまり良い先生と会わなくて可哀相だった
156. たまに下の娘が先生の悪口を言うのを聞いて笑う
157. 子どもにとって先生は一番大事だと思う
158. 孫がどんな先生と出会うのか心配になったと笑う
159. 子どもたちと同じ様に先生との関係で息子の子どもたちは苦労せず,娘の子どもたちは苦労したと笑う
160. 両親がいない私はよく親なしっ子と周囲から言われ,親がいないのは随分ハンディキャップになったと評価する
161. 私は両親がいないことで色々言われたが,兄が良くしてくれたから,あまり気にならなかったと思う
162. 両親がいなかったが,私はあまり愛情を知らなかったからそれほどでもなかったのではと評価する
163. 私は小さい頃両親がいなかったから,子どもたちに子育ての大切さを伝えるが,子どもたちはよく理解できない
164. 息子が中学に入ったときは良い先生がいたが,娘が中学に入ったときは荒れていて惨かったと思う
165. 娘が中三のときの先生は受験のとき心配してくれて凄く良かったと思う
166. 私は結婚して子どもができて,やっと本当の家族ができて大事だと思う
167. 家族は癪にさわるときもあるが,いつでも家族は大事だと思う
168. 私が家族は大事だと思っているほど,子どもたちはそう感じているか分からないと笑う
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169. 私が,伏目のときに世話してくれるから,子どもたちなりに親を思っているのだろうと笑う
170. 平和があって初めて家族が暮らしていけると思う
171. 兄が二人とも戦争に行かなくて私は近所で肩身の狭い思いしたことを笑って思い出す
172. 親が死んだので,私は兄に育てられた
-74 歳男性
173. 私は兄弟の中でガキ大将のような存在で母親に凄く可愛がられたことを思い出す
174. 私を可愛がってくれたお袋も早く亡くなってしまった思い出す
175. 私にとって孫が可愛い存在だったことを思い出す
176. 可愛かった孫が大きくなって段々は離れていくと評価する
177. 家族の暮らしは厳しかったけど,今と比べると絆が強かったと思う
178. 親子の関係は上下が厳しかったが,物凄く深かった思う
179. 兄弟は大部屋で親密になるけど,今は独立した部屋で自由わがままで,家族の絆が薄れていると思う
180. 家族の絆が深く,悪くなかったと思う
181. 父親は頑固で,その分母親は優しかった,でも私は男だからそれほど甘えてないと笑いながら思い出す
182. 私は仕事に一生懸命で,子どもとの思い出は無いと思い出す
183. 家族は平坦に生きてきたかた,それほど思い出が無い
184. 私は孫と一緒になる訳でもなく,子どもといつ一緒になるか分らないので,それほど思い出は無い
-78 歳男性
185. 私はもうあまり先が無いけど家族が幸せに暮らせれば良いと思う
186. 兄弟喧嘩をよくして懐かしいと思う
187. 他の兄弟は全員亡くなって,もう少し長生きしたら良かったと笑いながら思う
188. 私達は家庭を一単位と考えるから,所帯を持ってからも兄弟仲が良かったと思い出す
189. 小さい頃はは大変だったけど,今は,子どもも大きくなり孫の顔も見たから幸せだと笑いながら評価する
190. 不景気な時代で,父親は一生懸命働いて私達家族を養うのは大変だったと思う
191. 親が私達の高い学費を払ったのは,今思うと大変だと評価する
192. 家族は平凡だと笑う
193. 子どもに教育熱心だったら良かったが,私は投げやりだったと笑いながら思い出す
194. 子どもが熱心に勉強するより,特技を生かして一人前の家庭を持つほうが良いと笑う
195. 家庭での親の躾は大切と考える
196. 子どもは貧乏な親の私を見て育つから,結構努力すると思うと笑う
197. 世間の迷惑にならない様に生きなきゃ駄目と,私は親から何回も言われたことを思い出す
198. 周りに感謝して,親に感謝して生きている
199. 親が生きているうちに親孝行しておけば良かった思う反面,親不幸とも言われなくて良かったと評価する
200. 私は息子夫婦と一緒に住んでいて,幸せでありがたいと思っていると笑う
-78 歳男性
201. 家計が苦しい中,子ども可愛さで,あっちこっちから借金したことを思い出す
202. 息子が可愛いがられて育った為にやる気が無くて,私は困ってしまったと思い出す
203. 息子はやる気がなく,私は大学まででれば良いと投げやりだったが,案の定ろくな大学に入らなかったと思い出す
204. 小学生のとき娘は水泳を習って負けず嫌いでめちゃくちゃな泳ぎ方していたのを笑って思い出す
205. 小学校のとき娘は水泳を頑張っていたから,私は水泳のコーチにでもなれば良いと思っていたことを笑って思い出す
206. 娘が中学生のとき学校が随分低い成績をつけてきて,私はおかしい,酷いとこするなと思い,公立では無く私立に生かせたこと
を思い出す
207. 私は子どもには一切タッチしないから,どんな仕事やっているかも知らないと笑う
- 137 -
208. 人生は子ども自身の問題で,自分で生きる為にもがくだけだから,子どものことは知らないと笑う
209. 子どもは固すぎて遊びをやらないから,若いうちはもっと楽しんだら良いのにと思う
210. 娘の意見もあって私は人生の終わりだし引っ越そうと思ったことを笑って思い出す
211. 息子が私の廃業届けを出して仕事をやめたが,それは,良いタイミングだったのかもしれないと思う
212. 私は子どもが成長するまで何とか働こうと思ったことを思い出す
213. 親があまり働くと子どもが親を頼ってしまうからと笑う
214. 息子も何とか普通の勤めしているから,悔いはないと笑う
215. 家族の思い出って言ったら子どもの成長くらいしかないと笑う
216. 親は早死にで,私は中学校卒業した時点で離れているから記憶にない
217. 私と弟は厳しい時代を越え定年を迎えよく生き延びたと笑う
-68 歳女性
218. 小さい頃に育った家族環境を一番良く覚えている
219. 兄弟が十二人いて凄い,今も九人生きていると思い出す
220. 家族環境は番屋だったから,他の家の皆が,米が無い中米があって,穏やかだったと思い出す
221. 家族は不自由しなかったと思い出す
222. 家族環境の中で私は人情厚く育ったと思い出して笑う
223. 物が豊富だったから,学校の配給で私が物を貰うと怒られた
224. 家族大勢で,その中でおじいさんが偉い武士みたいな家だったと笑って思い出す
225. 普段は家族,親族ガタガタなんだけど,何か葬式とかあると二百人くらい集まって纏まる家だったと笑って思い出す
226. 仕事を親の命令というより,自分は好きで働いていたと思い出す
227. 兄弟は学校好きだったけど,自分は好きじゃなくて学校行かなかったが,後悔していないと笑って思い出す
228. 家族が裕福だから,おしんのようなことは無くて,恵まれていて,苦しいことも無かったと思い出す
229. 夫はもう亡くなったけど,私は漁師で,夫は職人で,細かいことは気せず,凄くよかった,後悔することは無いと笑って思い出
す
230. 親が死んだときに山がうちの所有だと知って大笑いしたことを笑って思い出す
231. 親が差別をしなかったから,私も差別をしなかったと評価する
232. 兄弟は九人健在で,その連れ合いが来ると凄く多くなると笑う
233. 私が友達と喧嘩したとき,今とは違って,親は非を公平に評価したと笑って思い出す
234. 私は親や周囲の人に悪いことを公平に評価されるなかで育って,今と違って楽しかったと思い出す
235. 私は親に育てられたのと同じ様に,自分の子どもも公平に育てたと思い出す
236. 親はできる子は勉強も仕事も両方できるという考えで,私達子どもに手伝いさせて,それが良かったと笑って思い出す
237. 私は幸せな家庭環境で育ったから,今も悩まず幸せでいられると思う
238. 私は親に全部やらされて,それが身になったから,体験の苦労は苦労じゃないと思う
239. 親は漁師で死んでも仕様が無いと割り切ってきたから,さっぱりして,腹は良く,楽しい生活だったと思い出す
240. 私達家族は,他の人と違って,苦労せず楽しく思い出してきたと笑って思い出す
241. 子どもにたまに私の自由な考え方が変わっていると言われて笑う
242. 私達家族は幸せに生きて,やらされたのでは無く色々進んで仕事してきて,それが歳とっても役に立ってるから,後悔せず,幸
せだと思い出す
243. お祖父さんが子どもに対して教育熱心だった
-78 歳女性
244. 父親が早く亡くなり母親が病気だったから私が世話をして,学校遅れていって,苦労して嫌だったと思い出す
245. 父親が死に貧乏で,靴も傘も買ってもらえず,段々学校行くのが嫌になって行かなかったと思い出す
246. 私は親がいなくて苛められて,親がいないと子どもは苦労すると思う
247. 子どもの頃は今と違って,親の死に対する保障が無かったから,苦労したと思い出す
- 138 -
248. 親がいれば子どもは幸せだと思う
249. 私は自分が貧乏で学校上がれなかったから,子どもは学校上げたと面接で言って受かったのを思い出す
250. 子どもを学校だけは上げとかないと思った子どもが今大きくなった
251. 娘に何でも世話になって,娘が可哀相だと思う
252. 娘の義父の葬式で娘が受けた仕打ちをおかしいと思う
253. 娘の義父の葬式での娘に対する親類の対応に疑問を抱く
254. 子どもが苦労していて,親である私が苦労すると子どもも苦労すると評価する
255. 娘は結婚を反対されたけど,結婚しちゃったんだから仕方がない,娘は良くやっていると評価する
256. 娘は離婚して,子どもは親がいたうちは真面目にやっていたけど,いなくなると駄目だと思う
257. 私は働くだけで,夫の看病を医者に心配されるほど一人でやっていて,思い出はないと思う
258. 私は夫が競馬好きで凄く困った,今もそれを好きなことやって死んだから良いとは思えないと笑う
259. 子どもが葬式出すのが普通だけど何もしないで,私が全てやって,姉の方は香典だけ持っていってしまったと思い出す
260. 夫が亡くなるなら,もっとお金を残しておけば良かったと思うが,他の女に使われたのではないから悔いは無いと思う
261. 家族の思い出は無いと笑う
262. 父は死に,母は病気,学校にもまともに行けなかったことが嫌で,思い出はないと思う
263. 仲の良い友達も,兄弟は皆死に,歯も無くなった笑う
−94 歳女性
264. 生まれる前,両親が苦労の連続の中で,なんて可哀相なのだろうと思う
265. 長男夫婦に世話になっている
266. 長男夫婦に世話になっているから,その代わりに食器を洗うのを手伝う
267. 嫁が野菜を洗うのが大変だから手伝いをする
268. 曾孫とその友達が来たときに,分からないことがあれば先生に聞きなさいとアドバイスをした
269. 嫁の世話にならないで自分で洗濯をすると笑う
270. 私は遊びたかったけど,そんな余裕は無く親を手伝ったことを思い出す
271. 母が成人になったとき,新たな奉公先で私を産んだ
272. 母が成人になったとき,奉公先で濡れ衣をかけられた
-72 歳女性
273. 戦後は両親も大変で,私は学校を中退して親を手伝ったことが辛かったと思い出す
274. 私達夫婦が共働きで苦労して育てた子どもが,現在,感謝を伝えてくれ,好きなことやらせてくれて幸せと笑う
275. 夫が病気して亡くなるまでの期間,私は息子を心配しながら頑張ったと笑って思い出す
276. 家族のことで苦労したから今があるのかなと思う
277. 親がいるのに孫に口出すとまずいと思って我慢している
278. 孫たちは,私が子どもの頃やってきた家庭の仕事一切やら無いから口出ししたい
279. 孫たち今の子は自分を持っていないようで心配
280. 孫たちは私の子ども時代と比べて幸せな暮らしをしていると思う
281. 孫と私の人生を照らし合わせて,孫たちは幸せと思う反面,反動が来たときが怖いと思う
282. 過去の様々家族の出来事を振り返り,家族を愛し,子ども愛することが一番重要だと思う
283. 私の家族を大事する信念と比べ,孫たちがブランドを欲しがったりするのはおかしいと思う
284. 息子が孫にしっかり躾をするのは,自分が生き様を見せたから考えが堅実になったのだと思う
285. 孫にも私の信念の様になってもらいたいけど,孫には孫たちの時代があると思う
286. 友達よりも何よりも家族が一番大切だということを孫達は分かって無いと思う
287. 今の家族は昔と違って,バラバラになって,難しい時代になってきたと思う
288. 私が孫の食事中の携帯電話を叱ったこと,孫がちゃらちゃらしていることを笑って思い出す
289. 友達も大切だけど,最後に手を差し伸べてくれるのは家族だけだと思う
- 139 -
290. 家族を何よりも大切だと思って生きてきたから,今,悔いはなく,辛い中に楽しさを見つけ出せると思う
291. 私が子育てしたことを,アルバムを見て思い出すと笑う
292. 私が一生懸命働いている姿を子どもが見て,真っ直ぐに育った,親の愛情は何よりも大切と思う
293. 夫は頭の良さ,私は丈夫な体で,二人で頑張ったから,子どもも何とかやっていると笑って思い出す
294. 子ども二人を見届けあの世に行ければ良いと笑う
295. 戦争中,私は長女だったから,家を支えることが本当に大変だったと思い出す
296. 戦時中,私は他の兄弟と比べても一番苦労したと思い出す
297. 私は戦時中の一番辛い時期を越し,夫と出会ったから乗り越えられたのだと思う
298. 私は戦争という山があって,新婚時代が一番楽しかったと思い出す
299. 私は親を選ぶことはできないと思う一方で,大事に育てられた恩があると思う
300. 伯父さんなんかが中国でやった悪いことが回りまわって今の問題になっていると思う
301. 息子の嫁が洗濯機やファミレスで楽して子育てしていることが,私のしてきたことからは考えられないと思う
302. 息子が大切にしてくれるから幸せ
303. このまま子どもに感謝して死んでいきたいと思う
304. 子どもたちに迷惑かけずにある程度のことは自分でやりたいと笑う
305. 家族は今のところ元気でありがたいと思っている
306. 今のお母さんたちは自分に甘ったれる様になっている,厳しくしないと駄目だと思う
307. 私は孫を心配したけど,未だにふらふらしており心配が届かなかったのかなと笑う
308. 息子もふらふらしている孫を見てこんなはずじゃないと言うのを笑って思い出す
309. 昔の父親は威厳があったけど,今はなくなったと思う
310. 母親を思い出して,昔の女の人は大変だったと思う
311. 私は死を恐れなかったが,子どもを育てて行く責任感の中でそれが少しずつ変わっていったと思う
312. 世間に目を向ける上でも,家族がしっかりしていることが一番だと思う
-67 歳女性
313. 家族が近くに住んでいるから正月になると全員集まって楽しいと笑う
314. 私の体が健康ならもっと孫と遊んであげられるのに残念だと笑う
315. 夫が働いていたので私は子どもを育てるのが大変だったと思い出す
316. 連休は家族で出かけて楽しかったと思い出す
317. 子どもが怪我して私が世話をしたときが大変だったと思い出す
318. 夏休みに私は娘と息子を連れて姉と登山や海水浴をしたことが凄く楽しかったと思い出す
319. 子どもが親離れして行くのが私は寂しかったが,そろばん塾で他の子どもと接することが励みになったと思う
320. 母が早く亡くなったが,私は幼くて強い悲しみを持たないまま今まできていると思う
321. 父が再婚して家族が増えたことを笑う
322. 父が再婚して家族構成が変わったことを,私は当たり前に感じ,また,義母も優しかったから,辛いと感じなかったと笑って思
い出す
323. 家の家族は割りと短命だと思う
324. 親代わりをしてくれた兄が 6 年前に亡くなって寂しくなったと思う
325. 姉が心不全で亡くなったときは,子どもの頃双子の様に育ったから,今までの中で一番ショックだったと思い出す
326. 義理の姉を除くと,私と妹しか兄弟残っていなくて寂しい
327. 私は母を亡くしたが,そういうものだと思って,あまり暗い性格にならなくて良かったと笑う
328. 私の親代わりしてくれた兄が亡くなったときも,姉が亡くなったのと同じくらい,段々兄弟少なくなって辛い
329. 私は兄に病気のことを隠して病院に見舞いに行って,凄く辛かったと思う
330. 兄は退院する気でいたが,私は余命を聞いていたので辛かった
331. 母があまり丈夫ではなかったことを不確かな記憶の中で想像する
332. 母の病気の様子を不確かな記憶の中で想像する
- 140 -
333. 夏休みになると兄が帰ってくるのが私は凄く楽しみだったと思い出す
334. 家族仲良くしてほしいけど,夫と娘の考え方が一緒で意見がぶつかるのが気がかりだと笑う
335. 娘がとても良くしてくれるので助かっている
336. 体が弱いので,夫から,気遣ってもらい,家事を手伝ってもらっている
337. 孫の誕生会で家族が集まるのが一番楽しい
338. 娘にグアム旅行に連れ出してもらって凄く楽しかったと笑う
339. 私と娘の旅行の際,留守番していた主人と弟から,自分と娘が家空けると大変だと言われたのを思い出す
340. タイに私と娘で旅行したとき,喧嘩になって,もう一緒に行くのは嫌だと思ったけど,親子だからすぐ仲直りして良かったと笑
う
341. 家族皆で旅行をしたいと思うがそれぞれの予定があってなかなかできないと思う
342. 夫の古希と誕生日での家族の集まりを楽しみにしている
343. 同窓会での失敗談を,娘には言ったが.夫に言うと心配性だから次外出することができなくなると笑う
344. 姉が亡くなったことが凄いショックだったことが思い出される
345. 妹のところへ遊びに行きたいと笑う
-87 歳女性
346. 母親から大きなおにぎり貰って川へ遊びに行ったことは忘れないと笑う
347. 孫に昔蛙食べたことを話したら驚かれたと笑って思い出す
348. 父親が公務員で給料が少なくて大変だったと思い出す
349. 親は子どもを教育したから大変だった,母親も一生懸命働いた,それなのに,私は今ここででれっとしていると笑う
350. 家族の中で私は素直に育ったと思い出して笑う
351. 戦時中,叔父さんが鉄道員だから私は無賃乗車で出して貰ったことを笑う
352. 父親の戦争をやめろという声と,母親とのやり取りを思い出す
353. 兄弟夫婦皆で旅行して回ったことを思い出し,夫は皆,死んでしまったと実感する
354. 兄弟の夫は皆良い夫だったと評価する
355. 孫に対して戦争のことを語ったことを笑って思い出す
356. 私と夫と過ごした旅行のひと時を笑って思い出し,優しい人だったと実感する
357. 夫は戦争中,困っている人の為に自分を差し置いてでもものをあげる人だった,その人も死んでしまったと思い出す
358. 妹の夫が憲兵総長だったから家族は戦時中食べものに苦労しなかったと思い出す
359. 戦中戦後,妹の夫の家族の支えのなかで,私は子どもに対しては惨めな思いはさせなかった思う
360. 戦中戦後の食糧難で,私は子ども育てる為に,着物等を全て食料にして惨かったと思い出す
361. 核の脅威の中で私は今死んだって構わない,でも子どもたちが可哀相,もっと良い時代になれば良いと思う
362. 戦争の影響で私は暗いところが怖いが,息子が豆電球をつけて明るくしてくれる
363. 同期の中で孫娘だけが看護試験に受かって,大変な職場で今一生懸命働いていると評価する
364. 家族が空襲の中,逃げた中での家族の声ややり取りを鮮明に思い出す
365. 母と舅の仲が悪く,私はよく理由は分からないまま家を出たのを思い出す
366. 私は空襲から逃げそびれ戦争は嫌だと思ったが,帰ったら夫も元気でいて笑いあったことを思い出す
367. 戦争中の家族の食生活は酷かったと思い出す
368. 戦争中の食糧難の中,私達家族は田舎に帰れる家があって良かったと思う
369. 戦時中の家族の食生活は今では考えられない,私も今では昔の貧しさを忘れたと笑う
370. 息子は父親の後を継ぐ為に大学に行けなかったことを思い出す
371. 私は親に見つかると怒られるけど,隠れて蛙食べたことを笑って思い出す
372. 私は学校の成績で親に怒られ,翌年から成績が良くなったことを笑って思い出す
373. 一番目の娘の夫は大きな休みは私を迎えに来てくれて,凄く良い夫だと思う
374. 三歳の曾孫が数字を二十まで数えたことを,自分が小学校のときに数えられなくて父親に怒られたことを比較し,自分と違うな
と笑う
- 141 -
375. 中学生の男の子に私は英語の歌の間違いを指摘されたことを笑う
376. 父親と母親の戦争に関するやり取りをずっと思い出す
377. 空襲のときに私には子どもがいた
-77 歳男性
378. 家族は割合平凡に過ごしてきたと思う
379. 子どもとよく一緒に遊んで,子どもは木登りが上手かった,でも今は,木登りは手に力が無くなってできないと思う
380. 父親がおっかなくてよく怒られ,母親は甘やかしすぎだったと笑って思い出す
381. 戦争中,私は兄弟の長男だから,買出しとかに行ったが,結構面白かったと思い出す
382. 小さな妹が腹空いたと泣いたことを思い出す
383. 私は空襲で離れた弟を心配したが,親切な人に良くして貰っていて,戦時中はそんなにおっかない思いをしなかった
384. 私は夏休みになると孫が遊びに来てくれるから楽しみ,でも来ると喧嘩してうるさいから早く帰らないかなと思うと笑う
385. 家族は何も事件が無く平穏で幸せだと思う
386. 昔は足が達者だったから,子どもを連れてサイクリングをしたから,休日は子どもが私の傍を離れなかった,でも,大きくなっ
たら全然駄目だと笑う
387. 娘が家族に黙って好きな宝塚に行き,悪いことしたと思って申し訳無さそうに帰ってきたことを笑って思い出す
388. 下の娘が凄く絵が上手かったと思い出す
389. 家族は平々凡々と過ごしてきたと思う
390. 親にハーモニカを買って貰った
-75 歳女性
391. 姉がいた憧れの東京に,姉を追いかけて上京したときのことを笑って思い出す
392. 親や兄弟に迷惑かけない様に一生懸命働いて,親に仕送りしていたことを笑って思い出す
393. 東京に来たとき姉はいたけど,やっぱり知らないことばかりで怖かったと思い出す
394. 親を何とか説得して上京する気持ちばっかりだったことを笑って思い出す
395. 東京で私も姉も一生懸命だったと思う
396. 姉が上京したときは,いくら親がいても畑や仕事で忙しいから,私は一番寂しく,家出しようかと思ったことを笑って思い出す
397. 息子に死なれたことは一番心に応え寂しいと思う
398. 兄は歌が好きでコンクールで賞を取ったり,年下の人に教えたりして良いなと私は思った,だから,歌が好きだと笑う
399. 父親は魚をおろす仕事をやっていて,本人もそれが好きだったと思い出す
400. 母親は周囲の皆も言う様に美人だった,私は母に似ないで,父親似だったと笑う
401. 母親と姉は美人で,そっちに似ればよかったが,私は父親に似ちゃったから仕様が無いと笑う
402. 私は姉たちにお嫁に行かれないと冗談で言われて,行かないと言い返したことを笑いながら思い出す
403. 母親に似なかったことは,その人に与えられてものだから仕様が無いと笑う
404. 姉が良くしてくれ,面倒見てくれたので,一生懸命働いて楽しかった,良かったと笑いながら思い出す
405. 姉たちから東京出てきてもあまり面白くないよって言われながら姉を頼って出て,色々な思い出があって面白かった,良い面も
あると思う
-89 歳女性
406. 農家に兄弟八人で,貧乏で,犬ころみたいに育ったことを思い出す
407. 兄弟喧嘩をして親に叱られて悲しかったことを笑って思い出す
408. 普段はおっかない父親が,酒を飲むと気が良くなって私達にお小遣いをくれたことが嬉しかったと笑う
409. 大好きな姉がお嫁に行くとき,一緒に行くと泣いてついていって苦労をかけたことを笑う
410. 私は結核をわずらった夫を看病し,周囲の人から敬遠された期間が人生の中で一番辛い思い出だと思う
411. 夫の結核の時期は辛かったが,その後良くなって何とか暮らすことができたと笑う
412. 昔と違って,家族が殺しあう世の中,私達の時代はそんな事件は無かったのてびっくりする
- 142 -
413. 姉が嫁に行くとき寂しかったと思い出す
414. 兄弟でお菓子の取り合いをしたことを笑って思い出す
415. 兄が父親から説教を受けて叩かれたとき悲しかったと思い出す
416. 兄弟の思い出はいっぱいある,割と兄弟仲が良かったと思う
417. 私が女学校に上がることを親は無理だと言ったが,姉と兄が働いてあげてくれたときは嬉しかった,兄と姉のおかげ,大きい意
味があると思い出す
418. 兄弟八人皆亡くなって一人になった,だから,兄弟のことは本当に懐かしく思い出す
419. 家族は貧乏だけど,仲良く育って,思われて,愛情があって,今の殺伐とした世界とは違ってありがたいと思う
420. 姉がお嫁に行くときは寂しかったし,兄が就職して離れて行くときは寂しかったと思い出す
421. 兄が戦争行って戦死しないで帰ってきたのは,大きな思い出だと思う
422. 主人は結核だったから,戦争に行かずに済んだと笑う
423. 子どもは働いて頑張っていると笑う
424. 子どもの思い出はいっぱいあると笑う
425. 子どもが小学校のとき遊びに行って帰ってこず,私は心配して隣の奥さんと探しに歩いたことを笑って思い出す
426. 子どもは可愛い,一人しかいないから大事だった
427. 子どもはよく病気してよく生きてきたかと思う,病気になるたび,私は自分の命を上げるからこの子を助けてほしいと拝みなが
ら何とか生きてきたと笑いながら思い出す
428. 子どもはやせ細った中で頑張って仕事していると笑う
429. 子どもが旅行に連れて行ってくれたと笑う
430. 子どもは可愛いく,命に代えても助けたかったと笑う
431. 子どもが可愛くて大切で仕方ないから,今,子どもを殺す親のニュースが信じられないと思う
432. 私は喧嘩しても子どもが可愛い,いつまでたっても生まれたときのままの気分で,今,子どもの時の様に注意すると,この歳で
意見されたくないと言い返されることを笑って思い出す
433. 子に対する気持ちは変わらない,散々馬鹿にされてもケロッと忘れて,親子って良いものだと笑う
434. 家族が殺しあうのは,宗教の心を持っていないからだと思う
435. 母親が亡くなったときの悲しみを思い出す
436. 姉が嫁いだときの寂しさを思い出す
437. 兄弟仲良く喧嘩もあまりしないから,特別な思い出あまり無いと笑う
438. 母親が物乞いにお金を恵み物乞いが涙流して感謝したこと,母が優しい人,尊敬できる人で,良い両親持って良かった,大きな
思い出だと笑う
439. 兄弟は順調に働き順調に一生を終えたと思う
440. 弟はよく私を慕ってくれて可愛かった,でも,もう死んでしまった,自分が長生きしすぎて一人になったと笑う
-79 歳女性
441. 私と暮らした兄と姉が,今健康なら八十代になるが病気で倒れている
442. 夫が大学に戻ったから,私が家計を支えなければならずあらゆる仕事をしたと笑う
443. 夫が研究職でお金がなかったので働いたと思い出す
444. 中国で主人が無職だったから,私は色々な仕事をしたと笑う
445. 主人と私の年金で,息子たちにお金貰わなくても良い様に一人で暮らした
446. 孫がたくさんいて忙しいと笑う
447. 次男が糖尿で早死にし,原因は向こうの家の食生活にあると思うが,一緒になったから仕方ないと思う
448. 嫁さんとか息子の世話にならないでどれくらい一人で住めるかと考えている
449. 子ども達から一人で暮らすと転んだら入院と言われているから杖を持っている
450. 次男が生きていれば五十七歳,早死にだと思う
451. 子どもにお金を世話にならない様にと思って年中働いたことを思い出す
452. 息子に目を手術する病院を紹介して貰ったことを思い出す
- 143 -
453. しっかりご飯取らないと息子に何か言われると思う
454. 孫が結婚する予定で,私は結婚式に招待されたが,向こうの母親が行くので,お金だけにしようかと思っている
455. 長男と一緒になるようなら,あんまり長生きしたく無い,あと数年元気でいられたらと笑う
456. 姉が倒れたのを見て,私も倒れるまで,息子は息子,私は私でしたいことして生きた方が良いと思う
457. 誰も働きなさいと言って無いが,私は家庭の為に働かなきゃいけなかったと思い出す
458. 夫が死んで,縫製の仕事の学校に一番下の子どもを上げたが,同級生と結婚し不動産屋の仕事をやっていて,夢と現実は違うと
思う
459. お金が無くて私は母親の葬式行けなかったから,父が死んだときは行ける様に準備する為に働いたことを思い出す
460. 子どもにジャンパー作ったりしたけど,ミシンかけは好きだからやりたいとは思うけど,今そんな気力はない
461. 子どもは大きくなったから,子どもにお金だけは迷惑かけたくないと思っている
462. 三男の嫁が怪我したとき,手伝いに行ったことを思い出す
463. 子どもに世話にならず自分で生活していけるのが一番,自分の葬式代も自分で積み立てていると笑う
464. 私と暮らした兄弟は,既に亡くなっている
465. 私は家が忙しかったから運動会があっても家から一人も来ないで寂しい思いをしたと笑う
466. 弟が養子にいったから,私とは待遇が全然違って,私はあまり家族らしい生活していないと思い出す
467. 私は子どもを預けて働いた
468. 主人が亡くなり,私は子ども夫婦と住んだ
-77 歳男性
469. 兄弟はいずれも健康に恵まれ,今も元気で,家族を築いていると述べる
470. 両親や祖母は,貧しいながらも教育熱心で一生懸命に,私達が勉強に励む様に励ましてくれたことを思い出す
471. 愛情と誠実さ溢れる祖母の気持ちが忘れられない
472. 生まれる前,父は,よく勉強に励んだ子どもだったが,小学校の途中,口減らしで奉公し,その為に,子ども全員,中学校を出
すのが悲願だったと思う
473. 残念ながら母が亡くなり,母の最後に残した,私と長男の嫁を見て成仏したいという声が未だに忘れられない
474. 母が亡くなって父は厳しい生活の中で,後添いを迎えたが,子どもができなかったことや,私達が既に働いていた為に複雑な関
係は生じなかったことを思い出す
475. 兄弟はいずれも退職し,自適の生活をしていると述べる
476. 父は私達子どもを教育することが念願のようで非常に熱心であった,母が亡くなって大変な時期,兄を大学に行かせ,それを支
える様は真剣そのもので感銘を受けた
477. 母親は子どもの行く先を案じながら亡くなり心残りだっただろうと思う
478. 生まれる前,祖母は農家で貧しい中,不動産を担保にして母に教育を施したことを,後に知り感動したと思い出す
479. 私は平凡な家庭に生まれたが,両親の本当の愛情はいつまでたっても忘れられない
480. 母が衰弱する中で,
自分の軍隊への志願を急ぐ必要は無いとたしなめられたが,
自分はそれを無視して入隊したことを,
今でも,
申し訳なかったと反省している
481. 弟が祖母の家に泊まらずにちゃんと義母のいる実家に帰るといったことに祖母は安心したことを思い出す
482. 祖母が着物を送ってくれたのに,私は気持ちを感じ取れなかったのか着物を無くしてしまったことを,歳を取るに従って残念に
思う様になった
483. 両親,祖母からの愛情が今日に至るまで忘れられない
484. 父がきちっと期日に学費を払ってくれたことに感謝している
485. 愛情と誠実溢れる両親,祖母の思い出を語るだけで目頭が熱くなる
486. 母が亡くなるときに,私は母の気持ちに報いることができなかったことが,今になって残念に思えてならない
487. 母が死ぬ前に,弟が母の言うことを聞かずに走り回っていたことを何とも言えない気持ちで思い出す
488. 平凡な家庭でも両親,祖母の私達子どもへの飾らない農作業や仕事の中での関心には心を打つものがあった
489. 祖母は父の再婚後,子どもの身を案じ続けていた,後に,祖母の焼香を上げたときその愛情を痛感した
490. 親から育てられたことへの感謝と,兄弟が無事に過ごしていることを何よりと思って,親から与えられた命を大切に生きていき
- 144 -
たいと思う
491. 自分の子どもを思う気持ち,両親が自分たちを思った気持ち,そこでの愛情と誠実を忘れずに過ごしたいと思う
492. 孫に恵まれないが,それを残念と思わない,他の家の孫を見ても可愛いと思う
493. 孫に恵まれなくても子どもは可愛いと思う
494. 与えられたものに不平を言わず,これからも健康に留意して,子どもと長く接していきたいと思う
495. 母は子どもを残して亡くなったのでさぞ心残りだっただろうと思う
496. 父と義母を見送ってからも兄弟は健康に恵まれ生活をしている,来年には父の七回忌が予定されている
497. 私と弟は歳が離れているので,喧嘩はせず,可愛い存在だったと思い出す
498. 弟は仕事と同時にスポーツを頑張っていたと思い出す
499. 弟が,会社の記念行事の役員に選ばれたことに感激したことを思い出す
500. 弟の披露宴で,兄弟が集まったとき,上司から情愛の細やかな兄弟であるという評価をされて,和やかな気分になったことを思
い出す
501. 弟が会社の記念行事の役員に選ばれたことを父に報告したとき,私は弟が親孝行したと自分のことの様に嬉しく思ったことを思
い出す
502. 私達兄弟が同じ職に就くということは,良いこともあれば悪いこともある,我慢したり励ましてきたことを思い出す
503. 私達は兄弟思いだった,自分は独身時代に兄の家に長い間世話になり,そのことに感謝し自分は,弟を家内ともども世話をし,
自分の子どもも弟の足など踏んであげていたことを思い出す
504. 兄弟が助け合う中で,妻が理解を示したことには大きな意味があると思う
505. 人生の様々な局面で私に兄弟が手を差し伸べてくれたことに感謝の気持ちを忘れることはできない
506. 家族の痛ましい事件があるが,それを見て兄弟がお互いに思いやりを持つべきだと思う
507. 兄弟なかなか会うことができないが,末永く仲良くやっていきたいと思う
508. 子どもの無事を祈ると共に,兄弟もわだかまりを持たずに過ごしていきたいと思う
-86 歳女性
509. 家族や子どものことは色々話が尽きないと笑う
510. 子どもの大学受験の際,勤めながら世話をして,三人とも浪人しないで受かったことを大変嬉しいと思う
511. 夫は年中出張ばかりだったけど,既に亡くなり十三回忌になることを思い出す
512. 子ども達は曲がったことなく生きていると思う
513. 子ども達が会社の問題で,自分のせいでも無いのに苦労していることを述べる
514. 一人暮らししているけど,子どもたちが日曜ごとに私を見に来てくれるから子どもに恵まれたと思う
515. 父が早く死んだから,母親が一人で私達子どもを育ててくれたことを思い出す
516. 私は楽しいことをして過ごして,友達もいて,父に早く死なれたけど楽しい人生だったと笑う
517. 私は教師になりたかったが,義母に反対され,助産婦になったことを思い出す
518. 子どもたちも所帯を持ってしまっているから,足折っていても自分一人で夫を看取とれたから幸せな方だと思う
519. 夫を見送った後は子どもたちが良くしてくれ,私は温泉や旅行連れてって貰い,幸せで,本当に寂しくないと笑う
520. 一人でいるといつころっと逝くか分らないから,子どもたちが心配してくれる,皆に助けられて幸せと思う
521. 母は自分の着物渡してでも,漁師にお金を貸す,女次郎長って呼ばれた凄い,素晴らしい人だったと,笑って思い出す
522. 私と子ども達は血縁無いが,長い間世話していると,本当の子の様に可愛い,皆凄く親孝行だと思う
523. 一人だけ別の家に行った娘も,私は本当の娘だと思って,主人が死んだ後養子縁組して本当の親子関係にしたと思い出す
524. 私は結婚してからは,子ども育てたり,主人の体弱かったりで大変だったけど,苦労したことは,今は,全部忘れて良いことば
かり思いだして,幸せだと心から思い笑う
525. 曾孫達が可愛いけど何もしてあげられないから,お年玉をたくさんあげると笑う
526. 以前は,曾孫達はお金に釣られてきたから可愛くないと思ったが,今は,そんなことなしに良くしてくれると笑う
527. 曾孫達にお年玉上げるのは,お金持って死んでも仕方ないから大したことじゃないと笑う
528. 子ども大学出す為に色々は苦労して働いたけど,歳いって幸せなら最高だと笑う
- 145 -
-82 歳男性
529. 妻,子ども達と非常に幸せ,この厳しい世相に何の心配も要らないと思う
530. 叔父のところへ奉公した際,叔父は素晴らしい人で,非常に良い教えを受けたと思う
531. 親を大事にするという信念を持っている
532. 東京に転勤になって私が苦労しているのを子ども達が見ていたことを思い出す
533. 私は大阪にいる親や兄弟に対してかなりの金額を仕送りしていたが,家内は子どもが二人いて大変な中,何も文句言わなかった
ことを思い出す
534. 子ども達は私の信念を良く飲み込んでくれ,子どもに恵まれたと思う
535. 私は服を売る仕事が下火になる中,子ども達の将来を心配し,電波関連のものを進めたら,長男はそれに応え高専に進んだ事を
思い出す
536. 次男は部活動をやって,非常に人間の為に良かったし,成績も家内の予想を裏切って良くなったのを思い出す
537. 次男は良い高校に入れたと思ったら,電波関連の学校じゃなく教育者関係の学校で,私は偉いことだと思ったら,理工科への推
薦が出たので行かせたのを思い出す
538. 子ども達は職に関しては心配なく,非常に私達親によくしてくれて幸せ,下手褒めだと笑う
539. スパルタ方式の教育と,私の苦労を見て育ったから,子ども達はそれぞれ家や財を築いて嬉しいと思う
540. 娘を大学に入れる為,私も家内も必死で働いた,その苦労を子どもも知っていて,父の日母の日には色んなものを贈ってくれる
541. 私は自分の力で生きろ,親を大事にしろ,将来子ども達が同じ様に自分を見てくれると,子ども達に伝え続けている
542. 子ども達は,真っ直ぐな道を歩いてくれていて,非常に誇りにしていると笑う
543. 父親は人が良くて人に好かれる人だったが,商売失敗が多かった分,母親が苦労していたのを思い出す
544. 母親が若いとき相当苦労したことを思い出す
545. 戦後に父親が死に,自分が一心に家族を面倒見ていたことを思い出す
546. 親が私達子どもに贅沢を教えなかったことで,その後の色々なことに耐えられ人並みの暮らしをすることができたと思う
547. 妻との関係が続いていることをありがたいと思う
548. 野球好きの,親思いの兄は戦争から帰ったら結婚する予定だった,でも,戦争で死んでしまったと思い出す
549. 兄弟同士,思いやりが強かったり,苦しさに耐えられたのは,母親の躾のおかげだと思う
-76 歳男性
550. 私と子ども達とはしょっちゅう行き来して現実に接しているから思い出すとかそういうことはない
551. 私は相談し合いながら生活してきた弟を去年亡くした,自分は一族を見送り良く見つめてきた人間だと思う
552. 私は珍しい苗字だから,先祖がどの様になっているのか知りたくて父親に聞いたことがあることを思い出す
553. 弟は昼間部の大学行ったが,自分は一番まずかったので夜間部に行った
554. 私は大学行きたかったが父親に学費は出せないといわれ,弟は大学の昼間部,自分は夜間部に行ったことを笑って思い出す
555. 子どもが小中学生になってくると,私が教師をしていることや,教え子を家に連れてくることに対して満足していて,教師をし
ているのは間違い無かったのかなと思う
556. 私が病院に行くと子どもが全部世話してくれるので,良い娘や息子で幸せ,感謝している
557. 子どもが良い子で良かったと思う
558. 現在の子どもを思う気持ちを,十年先になると素晴らしい思い出として思い出すかもしれないと思う
-64 歳男性
559. 母は生きているので思い出さない,昔,亡くなった父を良く思い出す
560. 親は普通の農家の人間で,当時の殆どの人間がそうだったと笑う
561. 親は普通の農家で,総理大臣みたいなことはしないと笑う
562. 私は二人兄弟を失い,今は四人で,人は亡くなっていくのだと思う
563. 子ども三人順調に育ってくれたのでありがたいと思う
564. 私は孫が生まれ頭が白いおじいさん,その通りになってしまったと笑う
565. 孫できたから大変かと思ったらそうでもなく,世の中分業でよくできたものだと笑う
- 146 -
-70 歳女性
566. 母は雨が降ると繕い物をしていたから,今,私も雨が降ると何か仕事がやりたくなる
567. 私は特殊な事情の出生なので,後に出生の秘密を知り,あまり思い出したくないと思う
568. 母は,育てられて無いから愛情無い上に,私が気づいて無いと思って弟ばかり可愛がるから,嫌な思いをした,良い思い出はな
いからあまり思い出さない
569. 祖母は私を東京に出したくなかったが,田舎が嫌で出てきてしまった
570. 私は八年付き合った男性と結婚せず,三ヶ月付き合った人と結婚してしまったと笑う
571. 子どもが産まれて可愛くて仕方なかったことを思い出す
572. 夫が何もしない人で離婚を考えた,でも,私は親に捨てられているから,子どもを同じ目にはあわせたくなかった,下の子が十
八になったら離婚すると思ったことを思い出す
573. 私は今とは違って生活力が無い為に,離婚したくてもできなかったと思い出す
574. 下の子から別れたらどうかと言われたが,私は犠牲になるのは子ども達だと思ったからできなかったと笑って思い出す
575. 夫はよく暴力を振るったので私は別れたかったが,ほんとに嫌な男とは言いきれなかったから判断がつかなかったと思い出す
576. 子どものことで,私は市役所の相談所に行ったら,自分の態度が悪いと注意を受け,相手を一方的に攻めちゃいけない,そうい
う態度は子どもにも伝わってしまうと姿勢を変えたと笑う
577. 夫が転職して段々変わって,いろんな意味で良いお父さんになった,でもすぐに亡くなってしまったと笑いながら思い出す
578. 夫が変わったと思ったのは私だけかと思ったら,長男の嫁も優しくなったと思っていて,自分だけじゃなかったと思ったことを
思い出す
579. 私達の育った環境は相手が喜ぶことを自分の幸せの様に感じられる,だから,結婚した当時は結婚て良いものだなと思った
580. 理不尽ですぐ暴れる夫と,私は一緒になったのだから,自分でもおかしいなと笑う
581. 私達たちの世代は簡単に離婚できなかった,自分は耐えてきた女なのだろう,でも,今その代わりに好き勝手やっていると笑う
582. 私は子どもを,親のいない目に合わせたくないと思ったことを思い出す
583. 明治生まれの農家の祖母が自分で裁判所まで行って,娘を離婚させたので,凄い人だと思った
584. 自分の姉達が離婚して親を悲しませているから,私まで離婚して,育ての親を悲しませるわけにはいかなかったことを思い出す
585. 母が生きていれば色々なことをして親孝行して育ててもらった恩を返せたのに,それもできなかった,母の日に物を贈るくらい
しかできなかったと思い出す
586. 私の出生の秘密がどこからか伝わってきて,子どもにだけは絶対に同じ目にあわせたくないから我慢できたと思う
587. 再婚した実母の所に行ったとき,私は凄く変な感じがしたから,あまり行かなかったと笑って思い出す
588. テレビで何十年も親を探し求めている人がいるが私は信じられない,私は実母を未だに許していない,亡くなっても連絡も来な
いし葬式も行かないと笑う
589. 実母のところに行ったとき,私は家族構成に違和感を覚え続けていたと笑う
590. 私は子どもと少しでも離れて住むのが良いと思っていたが,自分が体調不良を起こし,子どもに心配され一緒に住むことになっ
た
591. 次男も住んでも良いと言ってくれたが,周囲の人に聞いてみるなどして,私は長男と住むのが道理だと思ったことを思い出す
592. 息子夫婦と仲良くしている自分の姿を思い描いていたが,現在,現実はそれと大きくかけ離れて,嫁との関係が良くないと笑う
593. 長男夫婦は一緒に住んでいても別々にやっているから,長男から周りから親離れして無いと言われると,驚いて笑う
594. 嫁と自分の間で,食生活に差があるから,私は料理を作らないと断った,それが一番のガンらしかった思う
595. 育ての母の上見れば幸せな人がいるし下には不幸な人がいる,という言葉を,現在,私は支えにしている,明治の人は凄いと笑
う
596. 家族の話題に関して両親が嫌な顔しているのが私は不思議だったが,出生の秘密を知ってから理解できたことを思い出す
597. 私は聞き分けの良い子だと言われてきたけど,それは家庭環境のせいで,周りを察してわがまま言わなくなった,自分で可哀相
な人間だと笑う
598. 家族に邪魔扱いされて育って,結局良い人間になれないと思う
599. 悪い家庭環境の中でも,私はしっかり育ってきたのは,育ての親の祖父母から愛情を一杯注がれたおかげだと思う,だから,東
京に行くときにも凄く心配された
600. 上京するときに,私は親から,やくざとだけは付き合わないでほしいと言われ,自分は飛んでる人間だったのだろうと笑って思
- 147 -
い出す
601. 私は子どもに勉強しろとは言わず,父親はパイロットにするのが夢だった,でも人に後ろ指差されない,警察のお世話にならな
ければ良いと思ったことを思い出す
602. 下の子どもは大学行けばよかったとか言っている,私は子どもを大学に上げたかったのだけど,子どもは父親を見て,ブルーカ
ラーになりたいと思ったことを思い出す
603. 幼い頃,忙しすぎたのか,家族でああしたっていう思い出は無いと思う
604. 若くして亡くなった凄く優秀な兄と,私はいつも比較された,それは良くないと思う
605. 実際は兄と歳が近いのだが,姉と歳が近い方が私は良かった,姉と歳が離れているから,どこかへ行ったという思い出が無い
606. 私は小学校に上がったとき,ランドセルを買ってもらえなくて,私は何で貧乏な家に生まれたのだろうと思ったことを笑って思
い出す
-74 歳男性
607. 仕事が忙しくて子どもの世話を情け無いほどできなかったのは悪かったと思う
608. 私は孫に対しての自然の中で体験させ,そこで自分の体験を引き継がせ,プラスになったと思う
609. 子どもや孫に訛りが受け継がれなくて良かった,幸せだと笑う
610. 家族は田舎のどん百姓で私は何も買って貰えなかったが,それでも利点はあったと思い出す
611. 孫を見ていると見た目は立派だけど,私達が子どもの経験したような自然の中での体験や,人間の優しさとか,中身が空っぽだ
と思う,軟弱だと思う
612. 両親の厳しさの中で身についたものが,後に社会に出たときに役にたったと思う,だから感謝していると述べる
613. 両親は,はるか昔に黄泉の国に行った
614. 私は兄弟に対して嫌な思い出しか残ってないけど,今,私が大人になると兄弟多いほど楽しいので,親に感謝している
615. 田舎に帰ると私は全て兄弟の家に招かれて,嬉しい悲鳴,周りからも兄弟が元気で,帰るところがあって良いねと言われる
616. 私は上京したとき帰りたかったけど,家族から背中押されて出てきた体裁上帰れなかったと思い出す
617. 仕事が忙しくて妻にもうごめんなさいっていうほど何にもできなかったと思う
618. 私がお守りした思い出のある妹が,現在は,もう 62 歳になって寂しいと思う
619. 私は色々話そうと思って兄弟のところへ行くが,数が多くて回り切れないで悪いなと思う
620. 昔は貧乏なのに兄弟多くて呪ったが,現在は多いほど楽しいと思う
-69 歳女性
621. 母親が戦争で持って帰ってきたセーラー服を女の子様に縫って貰ったのが良かった思い出す
622. 祖父が軍で床屋をやっていて,偉い人の髪を刈っていたから,私は子ども心に凄いと思っていたことを笑って思い出す
623. 父親は優しい人だったが,脳溢血で倒れて亡くなり,母親も亡くなった,だから父や母を思い出す
624. 私は結婚し子どもができ,夫が亡くなったから,ずいぶん苦労したと思い出す
625. 子どもがデキちゃった結婚したことを笑って思い出す
626. 子どもと暮らしていて幸せだから結構楽しい,過去苦労した甲斐があったと思う
627. 母は歌だの踊りだのが好きだったので自分もそれが好きになったと思う
628. 家族皆で暮らしているのが一番の幸せだと思う
629. 周りから仲の良い姉妹で羨ましいといわれたが,親が死んでからは会いたいがなかなか会えないと思う
630. 父親は優しく,母親は厳しかったけど,私達にやることはよくやってくれたので感謝していると思う
631. 気性の激しい妹によく泣かされたことを笑って思い出す
632. 私と親密な関係だった妹が,親が死んでから,今は音信不通で悲しいと思う
633. 私達兄弟は離れているけど,それでも肉親は一番良いなと思うときがある
634. 結婚してなかなか子どもができなかったが,それでやっとできた子どもも 38 歳になったと思う
635. 子どもも良いお父さんになって孫達も女の子で優しいから,子ども達も幸せだと思う
636. 父親が早く亡くなったが,子どもが脇道に逸れなくて真っ直ぐに育ってくれて私は幸せだと思う,近所の人からも良かったとい
われるが,それは自分が頑張ったからだと笑う
- 148 -
637. 私は子ども達と暮らして楽しくて幸せ,昔は苦労して,歳取ってから良いことあると信じてやってきたと笑う
638. 家族皆が元気良かった頃は旅行や動物園に行ったが,今は,あまりできなくなった,家族で出かけたことを思い出す
639. 小さな妹を負ぶって映画を見に行って,今も楽しかったけど,昔はもっと楽しかったと思うことがある
640. 兄弟の長男が死ななければ私がこんなに苦労しなかったのにと思うときがある
641. 兄弟の長男は可愛い子だった,妹も,だけど,可愛い子は早く死んでしまうと思う
642. 母の体が弱かったので,私は妹の世話を全部やってきた,思い出すと大変だったから涙が出そうになる,でも今は子ども達一緒
に幸せに暮らしているから満足している
643. 戦後,母と私はうどんを売った
644. 私は食堂やりながら子どもを育てた
-72 歳女性
645. 私達兄弟は常に喧嘩していたのに,疎開でバラバラになって,手紙書いたりしたことを一番思い出す
646. 両親が厳しかったから,今の人と違って,私は派手な服は隠して着たと笑いながら思い出す
647. 両親から,私は大家族の中で育ったから,大家族の嫁に行くのは大変だと反対されたと笑いながら思い出す
648. 母親は自分の食べるものも食べずに私達子どもに与える人だった,でも,今の嫁は子どもが食べるもの無くても自分が食べてい
て愚痴になる,嫁に反感買うと笑う
649. 母親と同じ様に私は子どもに対しては何でも我慢して身を粉にしても子どもを育てた
650. 子どもは優秀で子どもには恵まれていると笑う
651. 今の嫁の子どもに対する姿勢は大事にしてはいるが,まだ足りないところがあると笑う
652. 母親も舅といたから,私も同じ道を歩いたような気がすると思う
653. 私はおばあちゃん子だったから親の愛情あまりわかんないけど,雨が降ればいつも父親に学校おぶって連れてってもらったこと
を思い出す
654. 兄弟は一人亡くなったが,他は皆元気で近くに住んでいて,良くお正月とかお盆に旅行行ったりして仲が良い
655. 兄弟には,全部さらけ出してしまう私とは正反対の八方美人のタイプの人がいて,嫌だなと笑う
656. 夫は酒乱で,親がいたからかしずいたが,子どもの為に我慢した
657. 夫は酒乱で,今なら一緒にはいない,夫に恵まれなかったと笑う
658. 子ども達は素直に育った,私はぜんぜん苦労が無かった
659. 嫁さん偉くて大変だ,他に良い人いたのに息子は変なのと一緒になっちゃったと笑う
660. 周りの婆さんは,みんな嫁に耐えていると笑いう
661. 孫は小さい頃は可愛かったが今は可愛く無いと笑う
662. 子どもに生活費貰いながら同居している,お年寄りはいたたまれないと笑う
663. 食べ物が無い時代,他の家族が食事終わった後に,私一人だけ,食事を見せびらかして食べたことを笑いながら思い出す
664. 夫が浮気するなどの苦労があったけど,結構嫌なことは忘れるタイプで,苦にならなかったし,真剣に考えなかった,それが自
分の生き方だと思う
665. 戦争中,家族皆で分け合って食べたことを笑って思い出す
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付録 4:世代間関係の関係性カテゴリーの定義
参加者の家族に関する語りから,質的コード化によって抽出された 20 の関係性カテゴリーの定義として,各カテゴリ
ーを構成する下位カテゴリーを『
』に括り示した。
1.前世代からの正の遺産継承
・
『肯定的な信念・関係性の継承』…祖父母や,親,年上の兄弟の有する信念や,生き方,関係性パターン等の,肯定的な側
面を受け継ぐ
2.前世代への心的配慮
・『苦労への配慮』…親,年上の兄弟の苦労に対しての配慮,若しくは,後になって親や年上の兄弟の苦労に気づいたこ
と,当時,気づかなかったことへの後悔
3.前世代への手助け
・『奉仕』…親,家族に対する不満を伴わない手助け
4.前世代の厳しさ
・『自己犠牲』…貧しさと等の理由からの祖 父 母 や , 親 , 年 上 の 兄 弟 に 対 す る 苦 労 を 伴 う 手 助 け , ま た , 前 世 代
からの厳しい躾
5.前世代からの世話への感謝
・『親・兄弟からの世話』…親や年上の兄弟から世話,教育,習い事,躾,説教を受けた
・『親・兄弟への感謝と尊敬』…親や年上の兄弟の世話に対して感謝や尊敬の気持ちを抱く,もしくは,親や年上の兄弟
の存在,生き方に対して尊敬の気持ちを抱く
・『前世代との関係性の美化・大切さ』…親や年上の兄弟との関係性を強く美化する,あるいは,大切なものとする
6.前世代からの世話の拒否
・『世話の無視』…祖父母や,親,年上の兄弟からの世話に対する無視や拒否
・『関係性の希薄さ』…親や年上の兄弟に関して関心を持たない,関係性が希薄
7.前世代から世話を受けられない苦労
・『ネグレクト』…親からネグレクト等の酷い扱いを受けた
・『親の死』…親が早くに亡くなり貧しい生活を強いられた,あるいは,周囲から虐めを受けた
8.前世代の看取りの努力
・『世話した努力』…年老いた,または,病気になった親,年上の兄弟を世話する,もしくは看取る中での自身の努力
・『人生を全う』…死別した親や年上の兄弟の人生に対する敬意
9.前世代の看取りの苦しみ
・『世話した苦しみ』…年老いた,または,病気になった親,年上の兄弟を世話する中での自身の苦しさ,悲しみ
10.次世代への正の遺産継承
・
『肯定的な信念・関係性の継承』…子どもや,孫,年下の兄弟の中に自身の信念,経験,関係性パターンに関する肯定的な
要素を見出す,あるいはそれを引き渡そうとした努力
11.次世代への正の遺産継承の未達成
- 150 -
・
『継承の世代間ギャップ』…子どもや,孫,年下の兄弟に,自分の信じる信念や,自分の生き方,自分の持つ関係性パタ
ーン等に関する,肯定的な要素を引き渡そうと試みるが,世代間の認識のギャップからそれを上手く伝えることができ
ず批判する
・『次世代の無気力』…子どもや,孫,年下の兄弟の無気力さ
12.次世代への負の遺産分断
・
『否定的な関係性の継承の分断」…子どもや,孫,年下の兄弟に,自身の持つ否定的な要素を引き渡さない努力,あるいは肯
定的に変換して引き渡そうとした努力
13.次世代への負の遺産分断の未達成
・『否定的な関係性の継承』…子どもや,孫,年下の兄弟の中に,自身の持つ否定的な要素を見出す
・『継承分断の世代間ギャップ』…子どもや,孫,年下の兄弟の中に,自身の持つ否定的な要素を肯定的に変換して引き
渡そうとしたものが,世代間の認識のギャップにより十分に共有されない
14.次世代への心的配慮
・『育てることへの配慮』…子どもや,孫,年下の兄弟への配慮,心配
・『生きる為の信念』…子どもや,孫,年下の兄弟が生きていく上で必要だと考える自身の信念,または,教育の必要性
・『次世代の経験への評価』…子どもや,孫,年下の兄弟が育つ中で経験したことへの評価
・
『世話をすることへの遠慮』…成長した子どもや,孫,年下の兄弟に対する世話に関してある程度身を引こうとする配慮
・『次世代の大切さ』…子どもや,孫,年下の兄弟を大切な存在と位置づける
・『次世代の可愛さ』…子どもや,孫,年下の兄弟を可愛い存在と位置づける
15.次世代への世話
・
『育てることへの努力』…子どもや,孫,年下の兄弟を育てる為の努力
・『自己犠牲』…子どもや,孫,年下の兄弟を育てる際,自分自身を犠牲にすることもいとわなかった
16.次世代への世話の不足
・『世話できなかった・無関心』…子どもや,孫,年下の兄弟に対して仕事等が忙しく関わりが希薄,あるいは,無関心
17.次世代の成長への称賛
・『次世代のやる気』…子どもや,孫,年下の兄弟のやる気,動機づけの高さ,努力
・『次世代の乗り越え』…子ども及び年下の兄弟が病気を乗り越えて成長した
・『次世代の才能・達成・長所』…子どもや,孫,年下の兄弟の才能や,何らかの達成,長所
・『次世代への感謝』…世話や気遣いをしてくれる成長した子どもや,孫,年下の兄弟への感謝
18.次世代からの世話
・『成長した次世代子からの世話』…成長した子どもや,孫,年下の兄弟が自分を世話してくれる,気遣ってくれる
・『成長した次世代からの返答』…成長した子どもや,孫,年下の兄弟が何らかの肯定的な影響を自分に与える
19.次世代からの自立
・
『次世代からの自立』…成長した子どもや,孫,年下の兄弟の世話にならない様にできる限り自立する努力,成長した子
どもや,孫,年下の兄弟から必要な存在と見なされる
20.次世代との上手くいかなさ
・『世話を得られない』…子どもや,孫,年下の兄弟から世話が得られない
・
『次世代との不協和』…子どもや,孫,年下の兄弟との関係性の不協和,あるいは衝突
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