1 アリスが測定するブラインド量子計算

1
アリスが測定するブラインド量子計算
これまで述べたプロトコルは全て、アリスがなんらかの状態を作って、ボブに送
ります。しかし、いくつかの実験系(例えば量子光学系)などでは、状態を作る
よりも、測定するほうが楽な場合があります。
(たとえば、1光子を生成するより
も、Threshold detector で多数の光子の偏光を測定するほうが楽。)アリスが測定
器だけ持っているときも、ブラインド量子計算はできるのでしょうか?
実は可能なのです [1]。例えば、次のようなプロトコルが考えられます(プロ
トコル1)。まず、ボブがリソース状態をつくります。で、アリスにそのリソース
状態の1粒子を送ります。アリスが測定します。またボブが次の粒子を送り、ア
リスがそれを測定します。これを繰返せばいいのです。もし、ボブが正直者であ
れば、アリスは最後には望みの量子計算の結果を得ます。なぜなら、これは単に
アリスとボブが離れていることを除けば普通の Measurement-based 量子計算だ
からです。
また、ボブは何をしても、アリスの情報を何も得ることができません。これは
No-signaling principle から証明できます。まず、No-signaling principle とは何か
説明します。No-signaling principle というのは、アリスとボブがある系(下図黄
色)を Share しているとします。(つまり、系のある部分はアリスが持っており、
別のある部分はボブが持っている。)この系は古典系でも、量子系でも、あるい
は超量子系でもいいです。
Alice
Bob
そして、No-signaling principle とは、アリスが自分の持っている部分系に何をし
ても、ボブに情報が送れない、というものです。例えば、アリスとボブがベルペ
アーを Share している場合、アリスが自分の持っているキュービットにどんな操作
をしてもボブの状態は I のままで変わらないので、ボブに情報を伝えることはで
きません。No-signaling principle は量子論より広い概念であることが知られてい
ます。つまり、量子論は破るけど、No-signaling を破らないモデルがあります [2]。
No-signaling principle
Quantum physics
1
さて、邪悪なボブがリソース状態のかわりに変な状態をつくり、その一部をア
リスに送ったとします。アリスはそれを、何も知らずにリソース状態の粒子だと
思って測定します。しかし、アリスの情報は漏れません。なぜならば、アリスとボ
ブがある系をシェアーしているときに、アリスが自分の持っている系を測定して、
それによりボブの持っている系になにか変化が出て、ボブがその変化を測定によ
り知ったとしたら、アリスからボブに情報が伝わってしまうわけで、No-signaling
principle に反するからです。
このプロトコルは、BFK プロトコルに比べていくつかメリットがあります。
一つ目は、乱数発生装置が 必要ないことです。完璧な乱数を発生させるのは難し
いので、アリスが乱数を発生しなくてもいい、というのは有難いです。
二つ目は、安全性が Device independent だということです。この Device independent というのは Quantum key distribution の概念なのですが、プロトコルに
使う装置をチェックしなくてもいい、ということです。Quantum key distribution
の場合、アリスとボブは一般市民ですので、装置を会社から買うわけですが、そ
の会社が盗聴者イブの息のかかった会社かもしれません。しかし、アリスとボブ
は一般市民ですから、装置がちゃんと正しいものであるかどうかを検証する技術
や知識を持っていません。そこで、装置の正しさを検証しなくても、Quantum
key distribution が安全にできるとうれしいわけで、そのような場合に、安全性が
Device independent である、といいます。ブラインド量子計算の場合、アリスは、
装置をボブの息のかかった会社から買うかもしれませんが、アリスは一般市民なの
で装置を検証する力はありません。そこで、アリスがそのような検証をしなくても
安全であるということがいえればうれしいです。
(アリスの部屋から意図しない情
報が漏れることは無い、と仮定しています。例えば、ボブがアリスの部屋に盗聴器
をしかけたり、ボブの手下がアリスの背後からこっそりアリスのディスプレイを見
ているということは無いと仮定します。これは Quantum key distribution でもス
タンダードな仮定です。これがないと、Quantum key distribution でも、単にイ
ブがアリスの部屋に盗聴器をしかければ終わりという話になってしまうので。。。)
三つ目は、安全性証明が、シンプルであり、しかも No-signaling principle に
もとづいている点です。No-signlaing principle は量子論より広い概念なので、将
来もし量子論が破れても、No-signaling principle さえ正しければ、このプロトコ
ルの安全性は保障されます。
四つ目は、どのリソース状態(クラスター、AKLT、トポロジカル、等)も使
える、ということです。しかも、ブラインド化するのは簡単なので、そのリソース
状態のもつメリットがそのままブラインド量子計算でも使えます。例えば、AKLT
状態を使った場合、ボブは、自分の持っているリソースをエネルギーギャップで
守ることができますし、もし [3] の状態を使った場合、ボブは自分の持っている
リソース状態を、基底状態ではなく、有限温度の熱平衡状態にしてもいいことに
なります。
このプロトコルのデメリットは、ロスに弱い、ということです。アリスとボブ
の間にある量子チャンネルと、アリスの測定器において粒子のロスがおこります
が、そうすると、Measurement-based 量子計算がロスにより障害を受けてしまい
ます。この問題は、ロス耐性のある Measurement-based 量子計算モデルを使うこ
とにより回避できます。例えば、トポロジカル Measurement-based 量子計算は、
粒子のロス確率がある閾値よりも小さければ、Fault-tolerant にできることが示
されています [4]。ボブがこのトポロジカル Measurement-based 量子計算モデル
を使えば、アリスとボブの間の量子チャンネルのロス確率と、アリスの測定器の
ロス確率が、十分小さければ、Fault-tolerant にブラインド量子計算が可能とな
ります。
もし、ロス確率があまりにも高い場合、次のようなプロトコルを考えることが
できます(プロトコル2)。まず、ボブがベルペアーを作り、その片方をアリスに
2
送ります。アリスは、θ を {0, π/4, 2π/4, 3π/4, ..., 7π/4} のなかからランダムに選
び、ボブから来たキュービットを |0i ± eiθ |1i 基底で測定します。そうすると、ボ
ブの持っている状態は |0i + e−iθ |1i あるいは |0i + e−i(θ+π) |1i になります。つま
り、ボブはランダムに回転された1キュービット状態を持っていることになりま
す。これはまさに、BFK プロトコルの最初の段階です。したがって、ここから、
BFK プロトコルを実行することができるのです。このプロトコルは、アリスとボ
ブの間の量子チャンネルや、アリスの測定器のロスに対して耐性があります。な
ぜなら、もしロスのせいでアリスにキュービットが届かなかったら、アリスはボ
ブに 「もう一度、送ってくれ」といえばいいからです。
しかし、このプロトコルは2つのデメリットがあります。一つ目は、アリスが
乱数発生器を持つ必要があることです。二つ目は、 安全性の証明が No-signaling
では無くなることです。これはなぜかというと、BFK プロトコルにおいては、ア
リスがボブに、古典メッセージ(乱数+実際の測定角度)を送るからです。
実は、この2つのデメリットを、解決することができます。しかも、おもし
ろいことに、これを解決するヒントは、一見するとまったく関係ないテーマであ
る、クラスター状態 Measurement-based 量子計算の Fault-tolerant 化 [5] の知識
を使うのです!これがプロトコル3です。以下ではプロトコル3を説明します。ま
ず、ボブがベルペアをつくり、片割れをアリスに送ります。アリスは今度は、ラ
ンダムな角度ではなく、特定の角度 θ で測定します。アリスの測定後、ボブは片
割れを自分の系に CZ でくっつけて、X 基底で測定します。これだけで、I, SH,
ST H, H, CN OT · CZ を実現することができ、しかもボブはそのどれが実現され
たか知ることができません。これらのゲートはユニバーサルゲートであることが
示せますので、したがって、ユニバーサルブラインド量子計算ができます。この
プロトコルの場合、アリスがボブに送るメッセージは、もしキュービットが届か
なかったときに、
「届かなかったからもう一度送ってくれ」というだけです。この
メッセージは量子計算自体とは関係ないので、実質的にはアリスからボブには何
もメッセージが送られていない、とみなすことができ、したがって No-signaling
principle が使えるのです。
References
[1] TM and K. Fujii, arXiv:1201.3966
[2] S. Popescu and D. Rohrlich, Found. Phys. 24, 379 (1994).
[3] K. Fujii and T. Morimae, Phys. Rev. A 85, 010304(R) (2012).
[4] S. D. Barrett and T. M. Stace, Phys. Rev. Lett. 105, 200502 (2010).
[5] K. Fujii and K. Yamamoto, Phys. Rev. A 81, 042324 (2010).
3