農地価格の法規制 ・試論

農 地 価 格 の法 規 制 ・試 論
農 地 相 続 を め ぐ っ て
田
1.均
1.均
分 相 続 と農 地 価 格
2.二
重 地価の差額
山
輝
明
分 相 続 と農 地 価 格
い しは農 業 経 営 の 本 質 に根 ざす 要 求 で あ ったか ら
(1}均 分相 続
で は ない だ ろ うか 。
相 続 財 産 は、 そ れ が金 銭 で あ れ 、 土 地 で あ れ 、
そ の他 の 労 働 生 産 物 で あ れ 、被 相続 人 の すべ て の
子 供 によ って 平 等 に相 続 さ れ る の が 近代 国 家 に お
②
農 民 層 の分 解 と農 地 「
意識 」
の変化
け る相続 法 制 の 原 則 で あ る。 生 存 配 偶 者 が居 る場
そ の後 農 民 層 の分 解 が す す ん で 、農 民 の 子供 の
合 には 、通 常 こ れ と子 供 とが 共 同相 続 人 と な る 。
多 くが賃 労 働 者 と して都 市 に流 出 す るよ うに な る
した が って相 続 財 産 が 農 地 で あ り、 か つ農 地 相 続
と 、相 続 財 産 と して の農 地 の有 す る意 義 も異 った
に 関 す る特 別 法 が無 い場 合 に は、 農 地 の 分 割=細
もの と な って き た。 農 民 層 の分 解 と い って も、初
分 化 が生 ず る こ と は避 け られ な い。
期 資 本 主 義 の段 階 に お け る もの か ら、日本 の1955
農 民 の一 家 が 、その 子供 達 の 成 人 後 にお いて も、
年 以 降 にお け る よ うな もの ま で 、 そ の資 本 主義 の
彼 らの土 地 を 耕 作 す る こ と に よ って 生 活 す る以外
発 展段 階 に よ って それ ぞれ 意 義 を異 に して い る。
に方 法 が なか った時 代 に お い て は 、 この土 地 は 分
戦 前 の 日本 の よ うに 不 況 期 に な る と農 村 が都 市 に
割 不 可 能 な もの とさ れ る こ とが 多 か った。 家 産 制
流 出 した過 剰 労 働 力 を 吸 収 す べ き任 務 を 負 って い
度 や 一子 相 続 法 制 は そ の典 型 で あ る。近 代 社 会 の
た時 代 に は 、矛 盾 を 内蔵 しつつ も、 「家 」制 度(家
成 立 に伴 って 、 均 分 相 続 制 が 原 則 的 に導 入 され た
督 相 続)が 社 会 的 ・経 済 的要 求 を結 合 して いた か
国 にお いて も、 農 地 につ いて だ け は 、細 分 化 防 止
ら、均 分相 続 制 そ の もの が確 立 しえ な か った 。
る
の た め の制 度 が 残 され て い たの は 、 これ が 農 地 な
一114一
しか し、 「家 」 制 度 が廃 止 され 、 均 分 相 続制 が
確 立 され た 戦 後 の 日本 、 と りわ け1955年
以降 に
を 生 じせ しめ う るよ うな農 地 の相 続 人 と な っ た非
つ い て は 、 事 情 が異 な る。 当時 の経 済 情 勢 を 前 提
農 業 経 営者 の 眼 に は 、相 続 財 産 と して の農 地 は常
とす れ ば 、賃 労 働 者 とな った農 民 の 子供 が、 再 び
に転 用価 格 を有 す る もの と して映 る で あ ろ う。 通
農 村 に 戻 る可 能 性 は極 め て 少 な い か ら、彼 らに と
常 は 、転 用 価格 の方 が農 用 地 と して の譲 渡 価 格 よ
って は農 地 は使 用 価 値 と して の農 地 で は な く、資
り もは る か に 高 い か らで あ る。
産 と して の 土 地 、す なわ ち交 換 価 値 と して の 土 地
と して 現 わ れ る。 少 な くと もそ の よ うに意 識 さ れ
(4)二 重 価 格 の問題 点
る こ とに な っ た と言 え るだ ろ う。 都 市 近 郊 の 農 地
右 の よ うな場 合 に 当 該農 地 の 被相 続 人 が適 正 規
価 値 が住 宅 難 や 資 本 の設 備 投 資 と の関 連 で 著 し く
模 の 農 業 経 営 を有 して い た とす る と、 均 分 相 続
値 上 り した こ と もこの 傾 向 に拍 車 を か け る こ とに
の結 果 、 農 業 経 営 は分 割 → 細 分 化 の 危 機 に ひん
な った 。
す る こ とに な る。 相 続 人 の 守 人 か農 業 経 営 を 一 体
要 す るに 、 農 地 が 資 産 に転 化 す る の は 一 少 な
と して承 継 した い と考 え て も転 用価 格 に よ って 遺
く と もそ の よ うに意 識 され るよ うに な るの は 一
産 を 評 価 す るな らば 、 共 同 相 続 人 に均 等 に分 割 さ
均 分相 続 制 の 直 接 的 な帰 結 と考 え るべ きで は な い。
れ た 土 地 を 買 戻(方 法 は他 に もあ るか)す こ と は
農 工 間 の 不 均 等 発 展 を 前 提 と した農 民 層 の分 解 と
経 済 的 に 不 可能 で あ る場 合 が 多 い だ ろ う。しか も、
都 市 の発 展 を 媒 介 と して 生 ず る もの と考 え るべ き
転用 価 格 を 持 ち うるよ うな農 地 に つ い て は 、 将
で あ ろ う。
来 の 地 価 上 昇 も充 分考 え られ るた め 、 か りに買 戻
③
す こ とが 経 済 的 に可 能 で あ って も他 の共 同相 続 人
農地の二重価格の発生
が 土 地 を手 離 さな い と い う事態 も考 え られる 。 ヒ
この よ うに して 、農 業 外 の 産 業 が 農 業 に優 位 す
る社会 に あ っ て は、 この 資 産 と して の農 地 が 、二
れ は 農 地 が 使 用 価 値 と して把 握 さ れ て い た限 りに
お いて は考 え られ な か った点 で あ ろ う。
重 の交 換 価 値 を有 す る場 合 が 生 じて くる。 す な わ
この よ うに 、 相続 人 の一 人 が農 業 経 営 を一 体 と
ち 、 当該 農 地 が 宅 地 や 農 業 よ り も収 益 率 の 高 い産
して 承継 しよ う とい う意 志 を有 す る場 合 で も、農
業 用地 と して 転 用 され る可 能 性 を 有 して い る場 合
地 の 一括 承 継 は 二重 の意 味 に お い て困 難 と な って
で あ る。 日本 の よ うに農 地 法 に よ る転 用 規 制 が あ
い る とい うの が 現状 で あ る。
る場 合 で も、 何 年 か の 内 に転 用 の 可 能 性 が あ る限
そ こで農 地 を 適 正 規模 の農 業 経営 用 地 と して維
り、常 に 二 重 価 格 が 問 題 とな る。 農 用 地 の ま ま で
持 す るた め に 、 い か な る法 規制 が必 要 で あ り 、 か
の譲 渡 価 格 とい わ ゆ る転 用 価 格 との 二 重 価 格 で あ
つ 可 能 で あ るの か を考 え て み るこ とにす る。
る。転 用 価 格 一
それ が 潜 在 的 な もので あれ 一
2
二 重 地 価 の 差 額
が耕 作 者 自身 の 土 地 改 良 等 に よ るの で あ れ ば 、 こ
(1}差 額 は誰 に帰 属 すべ きか
の地 価 上 昇 分 は 当 然 に耕 作 者 に帰 属 す べ き で あ ろ
農 地 が 、 農 地 と して よ り優良 な 土 地 に な っ たの
一115一
う。 しか し、 農 地 の 地 価 が 転 用 価 格 の面 で 上 昇 す
る場 合 につ いて は 、都 市 の 地価 問題 と同様 に これ
す べ き もの で あ るか ら、 土 地 所 有 者側 に は最 少 限
を 誰 れ に帰 属 せ しむ べ き か 、 む つ か しい 問題 が 生
度 一般 法 と農 業 法 の 専 門 家 を 配 置 して 、彼 らの 権
ず る。
利 が 不 当 に侵 害 され る こ との な いよ う にす べ きで
転 用 価格 の 上 昇 が地 域 社 会 の発 展 の結 果生 じた
あ り、 他 方 にお いて農 業 行 政 庁 に も これ に応 じて
もの で あ れ ば 、 基 本 的 に言 って そ れ を土 地 所 有 者
強 力 な権 限 を与 え て 合 理 的 な 線 引 きを 迅 速 に実 施
に帰 属 させ る こ と は合 理 的 で は な い 。 む しろ原 則
す る こと が で き るよ うに す べ きで あ ろ う。
と して 租税 等 の 形 式 で そ の地 域 社会 な い し国家 が
回
農 地 の 相続 に 際 して も、農 業 経 営 の 適 正 規
吸 収 す べ き もの で あ る(そ の 方 法 につ い て は い ろ
模 を維 持 す るた め に、 農 地 は 使 用 価値 で 評 価 され
い ろ問 題 が あ る が … …)。
るべ き で あ る。農 地 の 使 用 価 値 を い か な る方 法 で
しか しこれ を 日本 に お い て実 現 す る に は、 現 代
地価 に表 現 す るか は 、 問 題 の あ るところで あ るが 、
の 土 地政 策 を 根 本 的 に変 更 しな け れ ば な らな い か
その土 地 の 収 益 を 資 本 還 元 した額 を も って 地 価 と
ら、 本稿 で は、 この点 を留 保 した うえ で転 用価 格
考 え るべ き で あ ろ う。
と して の 上 昇 地 価 は土 地 所 有 者 に帰 属 す る とい う
現 行 法 制 を 前 提 と して考 え て み る こと に す る。
②
農 地 相 続 にお いて 農 地 の 価 格 を 収益 還 元 価 格 で
把握 す る こ との 第 一一の メ リ ッ トは、農 業 経 営 を 一
体 と して承 継 した い と思 って い る相 続 人 が 、 分 割
農地価格の規制
され た農 業 資 産 を 買 戻 す ため の 経 済 的 前 提 を 作 り
何 故農 地価 格 を法 的 に規 制 す るの か 、 とい う点
出 す こ と にあ る。 も ちろ ん 、 個 々具体 的 に は、 こ
につ いて 、 再 度 確 認 して お く必 要 が あ る。それは、
の 種 の価 格 で も支 払 えな い承 継 人 も居 るで あ ろ う
現 行 法 制 の枠 内 に お い て(若 干 の 立 法 措 置 を 含 む)
が、 「
転 用価 格 」 に比 べ れ ば 支 払 可 能 性 は高 ま る
適 正 規模 の 農 業 経 営 を細 分 化 せ ず に承 継 させ るた
と言 え よ う。
め に、 一 定 の農 地 に つ い て の価 格規 制 が 有効 で あ
収益 還 元価 格 を いか に して 決 定 す るか も問 題 で
る と思 わ れ るか らで あ る。 そ こで 規制 を め ぐ って
あ るが 、 当 面 は 、 固 定 資 産 税(宅 地 並 課 税 の場 合
生 じて くる二 、 三 の 問題 点 に つ い て検 討 して お く
を除 く)を 基 準 と して 何 倍 か した もの を も って 代
こ と にす る。
え る こ と も考 え られ る(1.5倍
川
まず この 種 の価 格 規 制 を必 要 とす るの は 、
農 地 と して維 持 す るにふ さわ しい農 地 に 限 るか ら、
当該 農 地 が そ うで あ るか な い か に つ い て 決 定 す る
こ とが で き な け れ ば な らな い 。 この場 合 に は 、農
とい う立 法例 もあ
る)。 い ず れ に して も、 あ ま り個 別 化 ・細 分 化 す
べ きで は な いだ ろ う。
(3)農 地 細 分 化 の 防止
地 法 の よ うに個 別 農 地 に つ い て 決定 す るの で は な
農 地 を 収 益 還 元 価 格 で 一 人 の 承 継 者 の も とに集
くて 、一 定 の広 さを有 す る地域 ご とに 決 定 す べ き
中 す る こ との 合 理 性 は 、 この 農 地 が 承 継 後 も農 業
で あ ろ う。これ は 一種 の ゾ ーニ ング に違 いな いが 、
生 産 に 供 さ れ る と い う点 に あ る。 従 って 承 継 者
都 市 計 画 法 の調 整 区域 の よ う に市街 化 を 抑 制 す る
は最 少 限 度20年 間 、 右 農 地 を農 業 の 用 に供 す べ き
とい う観 点 か らの規 制 で は な く、 集 団 的 な 優 良 農
で あ る。20年 とい う期 間 は、 で き る だ け長 い期 間
地 を 維 持 してゆ くた め の 規 制 で あ るか ら、少 くと
で あ り、 しか も規 制 期 間 と して 現 実 性 の あ る期 間
も20年 位 の 見 通 しを も って 線 引 きす べ きであろ う。
とい う観 点 か ら考 え た もので あ る。 法 律 制 度 と し
この 種 の 線 引 き は 、 長 期 間 に わ た って 拘 束 力 を 有
て み て も、 取 得 時 効 の期 間(20年
一116一
一
民 法 第162
条1項)を
超 え る拘 束 を 土 地 につ いて 設 定 す る と
(5)お
い うの は妥 当 で な い と思 わ れ るか ら、20年 間 が 相
わ
り に
この 問 題 は、 従 来 は、一 子 相 続 法 と い う観 点 か
当 で あ る と思 う。
右 の20年 間 の うち に、 事 情 が 変 って 農 地 の 承 継
ら、農 業 資 産 特 例 法 と い う形 式 で 議 論 され て き た
者 が 右 農 地 を 転 用 譲 渡 す る と き は 、 そ の転 用 譲 渡
問 題 で あ る。 同 じ問 題 を 農 地 価 格 、 と りわけ 収 益
によ って生 じた利 益 は 、 その 土 地 の共 同相 続 人 で
還 元 価 格 と転 用 価 格 と い う二 重 価 格 の問 題 と して
あ った 者 に 対 して 配 分 す べ きで あ る。
取 りあ げて み たの で あ る。 一 定 規 模 以 上 の 優 良 農
農 地 を 相 続 しな い共 同 相 続 人 に対 して右 の よ う
地 を集 団 的 に維 持 して ゆ くた め に は、 多 面 的 な 検
な 転 用 利益 償 還 請 求 権 を与 え る こ とに よ って 、 富
討 が必 要 で あ ると思 わ れ る が 、 ここで は その 一 側
の 一 方 的 な 配 分 を 回 避 す るこ とが で き る。 この よ
面 か らの 「
思 い付 き」 を記 して み た。
な お 、本 稿 は 、2月27日
うな 制 度 が 設 け られ て いれ ば 、農 業 を 承 継 しな い
か ら3月1日
の間 に行
共 同 相 続 人 が 土 地 に固 執 す る こ とは な くな るだ ろ
わ れ た全 国農 地 保 有 合 理 化 協 会 の集 中 討 議 の さ い
う。 な ぜ な ら、彼 は農 地 を 相 続 して も当面 は転 用
の 私 の発 言 を もと に して、 参 加 者 の 方 々 の御 教 示
す る こ とは で き な い し(ゾ ーニングの 効 果)、 農 業
を参 考 に して ま と め た もの で あ る。
(早稲田大学法学部 助教授)
経 営 を 承継 した者 が 、農 業 を止 め 、右 農 地 の転 用
価 値 を 実 現 す る こ とが あれ ば 、 そ の利 益 に対 して
配 当 加 入 す る権 利 を保 障 され て い るか らで あ る。
つ ま り、 農 業 経営 を承 継 しな い共 同相 続 人 は 、 相
続 に さ い して は収 益 還 元 価 格 で 計算 した農 地 の相
続 分 を 補償 さ れ 、 後 に右 農 地 の転 用価 格 が実 現 す
る と き は 、 さ らに第 二次 補 償 を受 け る こ とが で き
る よ うにす る わ け で あ る。
(4)租 税 特 別 措 置 法 の 思 想
以 上 で 述 べ た よ うな考 え方 は 、 日本 の税 法 で は
す で にあ る程 度 採 用 され て い る。 「
農 業相 続 人 」
が 農 地 を 相 続 した場 合 に 、 一定 の 要件 の も とで 、
20年 間 相 続 税 の支 払 が免 除 され 、 この 者 が死 亡 す
るか また は右20年 を経 過 した と き は、 右相 続 税 は
免 除 され る(租 税特別措置法第70条の6の1項
お よび
17項 等)。 こ の規 定 は相 続 税 の 負 担 の 重圧 の た め
に農 業 経 営 が 細 分化 され る こ との な い よ うに 配 慮
した もの で あ る。 同様 な意 味 にお いて 、 右 の考 え
方 を 相 続 税 だ け で は な く、 相続 法 の 分 野 に も応 用
して み て は ど うだ ろ うか 、 と い うの が 本稿 の趣 旨
で あ る。
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一