兵庫ボルト株式会社 - 一般財団法人 山口経済研究所

report 企業紹介
鉄道車両用ボルト類を製造して97年、
老舗企業が取り組む新たな効率化
◎はじめに
山口県の南東部に位置する下松市は、古くから
兵庫ボルト株式会社
「鉄道産業のまち」として知られており、㈱日立
製作所笠戸事業所(下松市東豊井)を中心とした
ものづくり企業の集積地である。各企業が長年か
けて培った高い技術力は、世界に誇れる日本の鉄
道産業を支えている。
本稿で紹介する兵庫ボルト㈱もそのひとつ。創
業97年の同社は一貫して鉄道車両用の精密ボル
ト類を製造してきた。多品種少量生産という宿命
と向き合い、製造工程の新たな合理化を進める老
舗企業の取り組みをレポートする。
◎神戸市で1918年に創業
萩原 哲也 社長
( はぎはら・てつや )
●会社概要
兵庫ボルト㈱の創業は、97年前の1918年(大
正7年)に遡る。神戸市で鉄道車両用ボルト、ナ
所 在 地:下松市潮音町8丁目1番1号
ット類の製造に着手。その2年後には鉄道省(現
設 立:1944 年7月
国土交通省鉄道局)の認定工場になり、川崎車輌
資 本 金:20,000 千円
従 業 員:44 名(2015 年6月末現在)
(現川崎重工業兵庫工場)、三菱重工業三原製作
事業内容: 鉄道車両用ボルト、ナット類の製造
所、日立製作所笠戸工場(現笠戸事業所)などの
工 場:神戸工場
国鉄指定事業者から車両用のボルト類の製造を
U R L:http://www.ksweb-jp.com/b-hyogo/
受注する。当初は、神戸で作った製品を下松に輸
送していたが、日立製作所からの働きかけもあっ
て1935年、下松工場(後の本社工場)を建設した。
受注も順調に増加し、1956年には下松市を本社
とする兵庫ボルト㈱が新たに誕生する。現在は、
2年前に実父からバトンを受け継いだ6代目の
●会社沿革
若き社長、萩原哲也氏が、創業以来の高い技術力
1918年 8月
神戸市で創業
1935年 1月
下松市に工場を設立
を堅持しつつ、新しい視点で製造工程の効率化に
1944年 7月
兵庫ボルト株式会社設立
取り組んでいる。
1956年 1月
下松市に本社を置く
1957年 1月
中小企業庁より中小企業合理化モデ
ル工場の指定を受ける
◎主力は新幹線用精密ボルト
1967年 9月
現在地に本社を移転
今は鉄道車両用の部品メーカーとして安定経
2013年 6月
萩原哲也氏が代表取締役社長に就任
営を続ける同社だが、振り返れば1985年に直面
2015年 2月
公益財団法人やまぎん地域企業助成
基金の助成企業に選定
した経営危機が分岐点だった。国鉄の分割民営化
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やまぐち経済月報2015.7
が閣議決定されると、新型車両の投入が中止され、
鉄道車両の部品メーカーは受注が激減する。同社
◎「ボルト屋は便利屋」、1本の注文にも対応
もその例外ではなく、経営状態の厳しい局面は数
種類によって仕様が異なる鉄道車両の部品は、
年に及んだ。そこで、本社工場と神戸工場の2ヶ
多品種少量生産品の典型である。同社の精密ボル
所で行っていた鉄道車両用部品の製造を本社工
ト類も少量生産品が全体の約3割を占めている。
場一本に絞ることにした。神戸工場では新たに建
1本のみの受注でさえ珍しくはない。例えばJR
設機械用部品の製造を開始。2つの工場を鉄道車
向け。50年前に製造した車両のメンテナンス用や
両用と建設機械用にそれぞれ特化することで経
蒸気機関車の保存展示用にボルトやピンの注文
営と生産の効率化を図り、どうにか難局を凌いだ。
が1本単位でくる。萩原社長は、
「ボルト屋は便
潮目を変えたのは、新幹線300系(アルミニウ
利屋」だと言う。1本からでも対応するし、今日
ム合金使用)の登場である。のぞみ用に開発され
持ってこいと言われれば、その日のうちに届ける。
たこの車両に同社の精密ボルトが採用され、経営
非効率とも思える1本のみの注文に対応できる
状態がようやく安定する。またそれを契機に、今
のが、他社にない強みである。
やすべての新幹線の車両で、床下機器の取り付
新幹線向け精密ボルトはともかく、その他の鉄
けに同社の精密ボルトが使われるまでになった。
道車両用ボルトに関しては、大手や海外のメー
カーが参入してくる懸念がある。それに対抗する
ためには、他社が真似できない優れた技術を持ち、
その上で多品種少量の受注を厭わず、さらに短納
期を実現することで、鉄道車両メーカーの高い満
足度を獲得しなければならない。萩原社長はそれ
には製造工程のさらなる効率化が欠かせないと
考えた。
◎新設備を導入し、効率的な生産を実現
これまでにも、車両メーカーのニーズに応える
▲床下機器取付ボルト
ため、材料の切断、加熱、鍛造1 、ネジ山の加工
など、多くの特殊な工程をすべて自社工場で完
結できる体制づくりを整え、ラインバランスの向
上を追求してきた。特にこの数年は、補助金を有
効に活用しながら、定期的に設備の増設や更新を
行っている。
その上で、精密ボルトの製造ラインにNC旋盤
(コンピューター制御付きの旋盤)や自動穴あけ
機を新たに導入。投資コストは嵩んだものの、こ
れにより作業時間は1時間半短縮、工程数も16
1
▲鍛造作業風景
金型で圧縮することで成型する加工法のこと。金属を溶
かして型に流し込む鋳造とは異なる。
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report
工程から10工程へと減少し、短納期の生産要請
◎おわりに
に対してもより柔軟に対応することが可能とな
新幹線や通勤電車はもちろんのこと、SLやま
った。また、熟練技術者でなければ手に負えな
ぐち号にまで採用されている同社のボルト。陰
かった工程が若手の工員でもこなせるようになり、
に隠れて目立たないが、鉄道車両になくてはな
人員配置の効率化に繋がっている。
らない部品である。
同社の平均年齢は30代の後半で、工員の多く
創業97年の老舗製造業。その重みが社長歴2年
は10 ∼ 20代。若返りが進み、経験年数が全体的
の萩原氏の肩にのしかかるが、同社には長く培
に短くなる中で、標準化された精度の高い製品を
ってきた技術力があり、それをベースに生産工
作るためにも最新鋭の機械の導入を決めた。そし
程の新たな効率化にも取り組んだ。今後とも、
て、それを使いこなす“現代の職人”の育成に力
鉄道車両の安全走行を支える1本のボルトのよ
を注いでいる。もちろん、これまで以上に厳しい
うに、地味な存在であってもしっかりと鉄道産
品質の検査を徹底している。全ての工程を機械化
業を支えていくに違いない。
するのは困難だが、熟練職人の技能を活用しつつ、
(松本 敏明)
今後ともできるだけ機械化を進めていく方針だ。
◎今後も鉄道車両用のボルト類に特化
鉄道車両用ボルト類の受注は好不況の影響を
受けにくく、需要の浮き沈みは比較的少ない。鉄
道各社による車両のメンテナンスは定期的に行
われ、東海道新幹線では新型N700系への更新計
画がある。主力受注先である㈱日立製作所が英国
運輸省の高速鉄道向けの大規模な車両更新を受
注したことも大きい。さらに、JRの在来線や私
鉄、地下鉄は車両の入れ替えが頻繁にあり、将来
的に同社製品の需要が減退する蓋然性は低いと
▲NC旋盤
考えられる。
車両メーカーにおいて、鉄道車両の国内需要は
いずれ頭打ちになるとの考えから、海外シフトに
よる事業拡大を目指す動きがあるのは事実であ
る。しかし萩原社長は、そうした動きに合わせて
海外に進出しようとは思わない。鉄道車両用ボル
ト以外の新たな分野に事業を拡大することも頭
にない。今後もこの下松で「便利屋」に徹し、鉄
道車両用のボルトを必要とされる時に、必要とさ
れる量だけ作っていく。萩原社長は、それこそが
自社の存在意義であり、強みだと考えるからだ。
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やまぐち経済月報2015.7
▲ボルト自動穴あけ機