産業界からみた超伝導技術の進展と波及効果

産業界からみた超伝導技術の進展と波及効果
㈱東芝
京浜事業所
高野
廣久
石や後述する産業応用の超伝導電磁石にも冷
1.はじめに
超伝導技術は、高性能線材の開発技術、機械
凍機伝導冷却型電磁石が拡大していった[2]。
強度や冷却・安定性を考慮した導体化技術、要
また GM 冷凍機は、半導体製造用のクリーンで
求する磁場を安定に実現するための電磁石化
大容量の真空排気用にクライオポンプにも使
技術(高精度な磁場解析や設計技術)、巻線技
用されている。
術などの電磁石の製作技術、断熱真空を実現す
1
るクライオ技術、極低温まで冷却する冷凍・冷
ErNi
Specific Heat (J/cm3
却技術、計測や電源などの周辺技術などの非常
に多岐に渡る極限技術である。超伝導技術の進
展は、核融合装置用の超伝導電磁石の開発や加
速器に用いられる超伝導電磁石の開発が大き
な牽引力となった。本稿では、産業応用電磁石
を中心として超伝導技術の進展と波及効果に
ついて述べる。
Pb
0.8
Er 3Ni
0.6
HoCu 2
Er 3Co
0.4
0.2
Ho 1.5 Er 1.5 Ru
0
0
5
10
15
20
25
30
Temperature (K)
2.冷凍・冷却技術の進展と波及効果
図―1
液体ヘリウムや液体窒素の取り扱いは、専門
磁性蓄冷材の比熱
技能を要する作業のため一般ユーザーへの超
伝導電磁石の普及を妨げてきた。この阻害要因
最近では、振動の少ないパルス管冷凍機も開
を克服するため低温断熱技術の進展と GM 冷凍
発され理化学研究用を中心に適用が始まって
機の進展があった。GM 冷凍機は、小型冷凍機
いる。また高温超伝導電磁石などのニーズに答
を搭載した輻射シールドの冷却(~15K)から
えるため 20K 以上で動作する小型で高効率・大
始まり、90 年代の初頭に極低温でも比熱の高
容量の冷凍機の開発も行われている。
い Er3Ni などの磁性蓄冷材の開発(図―1主な
蓄冷材の比熱特性を示す)により4K まで実現
3.MRI 用、シリコン単結晶引き上げ用超伝
できる 4K-GM 冷凍機が開発された[1]。
導電磁石の進展[2]
1990 年代の半ばには超伝導電磁石の室温か
MRI(Magnetic Resonance Imaging)システム
らの電流導入部分の低温側に熱伝導度の小さ
は、核磁気共鳴現象を用いて人体の断層画像を
い高温超電導電流リードが開発され、4K-GM 冷
撮影する技術であり、このシステムに用いられ
凍機を搭載した伝導冷却型の超伝導電磁石が
る超伝導電磁石は、産業用に始めて量産化され
提供可能となり、液体ヘリウム・フリーを実現
た超伝導電磁石である。
でき素人でも操作できる研究用の超伝導電磁
- 45 -
MRI 用超伝導電磁石は、診察対象となる領域
が PPM オーダーの高精度な磁場均一性が要求
半導体に使用されるシリコン単結晶の製造
され、病院での設置のため漏洩磁場を極小化す
は、高純度な品質が要求されるため、溶融シリ
るために磁気シールド技術も必要とされた。ま
コンに磁場を印加してローレンツ力によりシ
たクライオ断熱技術の工夫と小型 GM 冷凍機を
リコン融液の対流を抑え高純度なシリコン単
搭載して液体ヘリウムの消費を極少化する技
結晶を得る方法が採用されている(MCZ 法)。
シリコン単結晶引き上げ用超伝導電磁石は、
術開発や磁場減衰をほとんどゼロにする永久
電流スイッチなどが開発され実用化に到った。
1980 年代後半から研究開発が行われ、1990 年
MRI 用超伝導電磁石は 1985 年頃より実用
代の初頭に 8 インチ・シリコン引き上げ用超伝
化・量産化された。初期に開発された 1.5T の
導電磁石が開発され、1990 年代の中頃から製
MRI 用電磁石を図―2に示す。
造ラインに適用された。12 インチ・シリコン
単結晶引き上げ用超伝導電磁石は、1990 年代
の後半に開発され 2000 年以降から製造ライン
への適用が始まった。当初の電磁石は、液体ヘ
リウムの浸漬冷却方式であったが冷凍機搭載
の伝導冷却型電磁石や液体ヘリウムを再凝縮
する GM-JT 冷凍機付の電磁石が開発されるな
どの進展があった。
図―4に示す電磁石は、ヘルムホルツコイル
図―2.MRI 用電磁石(1.5T)
により坩堝の中心に 0.4T~0.5T の横磁場を発
現在使用されている MRI は全世界で 2 万台を
生させる超伝導電磁石である。この電磁石は、
超え、2001 年以降では年間 2500 台以上の MRI
生産現場に適用されるので引き上げ用機器と
が製造されている。最近の MRI 用超伝導電磁石
の整合をとるなど利便性が重要であった。シリ
の特徴は、MRI 画像をより鮮明にするため高磁
コン単結晶引き上げに関しては、日本のメーカ
界化(1.5T~3T 以上)、患者にとって閉塞感の
ーが世界をリードし設備化が進んでいる。
少ない大口径で短尺化された電磁石が開発さ
れている(図―3)。このように病院での設置
の容易さより患者の負担軽減、医療の容易さの
ニーズが高まっている。
図―4
シリコン単結晶用超伝導電磁石
4.高磁場、高精度な磁場を実現した NMR 用
超伝導電磁石
図―3
MRI 用超伝導電磁石(1.5T)
NMR(Nuclear Magnetic Resonance,核磁気共
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鳴)は、蛋白質などの有機化合物の構造を決定
5.超伝導電磁石の電力機器応用
する手段として用いられている。NMR は磁場の
超伝導線は、直流においては損失がないの
増加とともに感度と分解能の向上が期待でき
で’60 年代後半から直流電磁石が主に開発され
るため高い磁場を必要としている。NMR 超伝導
てきた。一方 80 年代半ばより低交流損失の超
電磁石の概念図を図―5に示す。500~700MHZ
伝導導体(NbTi)の開発が行われ交流を主体と
の NMR 用超伝導電磁石のニーズは高いがさら
する電力機器への実用化の道が開けた。日本で
に分解能を高めるため高い磁場の NMR が開発
も国プロ主体で超伝導発電機、超伝導送配電機
されてきた。高磁場 NMR 用超伝導電磁石は、高
器(超伝導ケーブル、変圧器、限流器)超伝導
磁界に使用される Nb3Sn 線材に高強度で高磁
電力貯蔵(SMES、超伝導フライホイール電力貯
場特性の向上が要求され、電磁石技術に関して
蔵)などの研究開発が行われてきた[7]。その
は超流動(1.8K)状態を実現する冷凍・冷却技
開発の一例として低コストで低交流損失の
術、高磁場・高精度で均一性ある磁場空間を安
NbTi 線材を 10kA の強制冷却導体を開発し、試
定に提供する技術が必要である。
作コイルとして評価された SMES 用電磁石を図
最近では、室温空間 54mm径に 21.86T の高
―6に示す[8][9]。
磁場を発生させる 930MHz の NMR 用超伝導電磁
石まで開発された[6]。1GHz(23.5T)の NMR 用
超伝導電磁石の開発のためには高磁界部に高
温超電導線材や高磁界での性能をさらに高め
た Nb3Sn や Nb3Al などの線材を使用することが
必要であり線材や電磁石の開発が行われてい
る。今後は、NMR 分光計と組み合わせて蛋白質
の構造・機能解析やライフサイエンスや創薬や
図―6 負荷変動 SMES の試作電磁石
化学合成等への用途の拡大が期待されている。
金属系超伝導線材を適用した瞬低用 SMES は、
米国で瞬低を補償する SMES としてフィールド
に適用され、日本でも5MW の瞬低補償用の
SMES がフィールドで使用され稼動している。
負荷変動、系統安定化 SMES も国プロによりフ
ィールド適用を目指した実用化開発が行われ
ている。
1986 年の末には常識を破る高温超伝導現象
が発見され、酸化物超伝導線材(HTS)の開発
が一挙に加速した。現在では、液体窒素温度で
ある 77K で 100A(自己磁場での臨界電流)を
図―5
NMR 超伝導電磁石の概念図
超える超伝導テープ線材が開発されている。
高温超電導線材を使用したコイル試作や電
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力機器 1990 年代の後半よりへの開発が始まっ
試験が完了した。この間、車両に搭載された超
た。ビスマス系線材(Bi2223)を使用した低速・
伝導電磁石はさまざまな改良の結果、運用に支
大容量の電動機の開発や同期発電機の界磁コ
障のある重大故障は見られず運用実績が積み
イルの開発が米国やドイツを中心に行われて
重ねられた。累積走行距離も 2004 年 10 月には
いる。電力ケーブルの開発は、Bi2223 のテー
40 万km を突破し「実用化の基盤技術が確立し
プ線材を使用して配電、送電用ケーブルのコン
た」との評価を受けた[3]。
パクト化、高効率化を目指した開発が行われて
また、2000 年頃からビスマス系(Bi2223)
いる。2005 年 3 月には 500m 長さの電力ケーブ
高温超伝導線材使用した液体ヘリウム・フリー
ルの開発もフィールドを模擬した長期的な試
で 20K 程度の温度で動作できる高温超伝導電
験も完了した。また日本企業は、米国や韓国の
磁石の試作開発も行われた。図-8に開発され
高温超伝導ケーブルに関するプロジェクトに
た高温超電導電磁石を示す。この磁石は、永久
も高温超伝導電力ケーブルを製造するなど世
電流モード運転でも磁場減衰が少なく NbTi を
界をリードしている。図―7には、米国 Albany
使用した超伝導電磁石と遜色のないデータが
プロジェクトに製造された3D ケーブルを示
得られた[4]。
さらにリニア搭載用として 4 連のレースト
す。
ラックコイルも開発され、2005 年末には山梨
実験線での試験車両に搭載される予定である。
図―7 3D 電力ケーブル(Bi2223)
電力機器応用のさらなる高性能化、低コスト
化を目指して次世代イットリウム線材の技術
開発が進行中であり、電磁石に適用可能な状態
図―8
開発された高温超電導電磁石
に近づきつつある。今後には、各種電力機器へ
の適用へ向けた開発が進むと期待される。
7.結言
6.磁気浮上式鉄道用超伝導電磁石
21 世紀は、環境とエネルギー時代でもあり、
磁気浮上式鉄道用の超伝導磁石の開発は、
安全で安心なインフラの提供が求められてい
1972 年に初めて磁気浮上走行試験に成功し、
る。化石燃料の枯渇の危機回避を目指して国際
宮崎実験線による基本的性能の確認後に各種
的に核融合装置の開発が進められている[10]。
の走行条件を具備した山梨実験線の建設と走
今後には、ITER(国際熱核融合炉)の建設が進
行試験が行われてきた経緯がある。山梨リニア
められようとしている。基礎物理実験用として
実験線の走行試験は、2004 年度に第二期走行
欧州で建設されている超伝導加速器(LHC)は、
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周長 27km に及ぶ全領域にビームの軌道を形
ト低減技術開発
成・集束させる数千台にも及ぶ超伝導電磁石や
[10]H.Tsuji, , et al.
低温工学 40 巻 5 号(2005)159-166
,ITER R&D
Magnet
:Central
検出器用の超伝導電磁石が並ぶ[5]
。この核融
Solenoid Model Coil Fusion Engineering and Design
合・加速器のビッグ・プロジェクトに産業界も
55(2001)153-170
参加しており、今後の成果が多いに期待され超
伝導技術の更なる進展も期待される。
超伝導のエネルギー機器への適用の拡大は、
高効率・省スペース・省資源が実現され地球環
境の保全に役立つので超伝導技術の実用化が
必須である。また超伝導技術は、MRI,NMR に続
いて分析技術、非破壊検査等の診断・医療分野
や輸送、電動機、磁気分離などの産業輸送分野、
情報通信機器分野等への更なる拡大が期待さ
れている。次世代の高温超伝導線材の開発と超
伝導機器開発を並行して進め、高度な社会イン
フラを構築する時代に来ている。
参考文献
[1] 栗山他
冷凍機伝導冷却式超電導磁石の開発
低
温工学 Vol.37No1(2002)18-26
[2] 高野他
産業応用超電導マグネットの開発―初め
て量産化された MRI,単結晶引き上げ用超電導マグ
ネット
[3]地蔵他
低温工学 Vol.37No2(2002)40-47
超電導磁気浮上式鉄道の現状―5 ヵ年計画
を終えて
H17 年電気学会全国大会論文集[5]電気
機器シンポジウム(5-S21-3)
[4]五十嵐他
永久電流高温超電導マグネットの開発
低温工学 39 巻 12 号(2004)651-659
[5]近藤他
CERN-LHC への日本の協力
低温工学
Vol.35No.10(2001)562-575
[6]吉川他
930MHzNMR マグネットの開発
低温工
学 39 巻 12 号(2004)625-629
[7]仁田他
実用化に向けた超電導電力応用技術
電
学誌 124 巻 7 号(2004)398-417
[8]長屋他
SMES コスト低減技術開発と今後の見通し
低温工学 Vol.37No.3(2002)98-105
[9]長屋他
負荷変動補償・周波数調整用 SMES のコス
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