第12号(H28/ 3/ 1)

校長のつぶやき 第12号
平成28年3月1日
校 長 林 田 仁
ナショナリズムとグローバリゼーション
昭和35年、ローマオリンピック男子マラソンは、エチオピア皇帝の親衛隊として、走りながら皇帝が乗る車の
護衛をしているというアベベ・ビキラ選手が、石畳の続く険しいコースを裸足で走り通して優勝し、世界中を驚か
せた。4年後の東京オリンピックはこのアベベ選手が世界新記録を樹立して連覇を果たした。東京大会から4年
後のメキシコオリンピックは、標高2,240mの高地に位置するメキシコシティで開催された。東京大会まで煉瓦
(レンガ)粉を敷き詰めた「アンツーカー」と呼ばれる土のトラックで実施されていた陸上競技は、このメキシコ大会
から初めてゴム製の「全天候トラック」が採用された。空気が薄い高地での戦いのため、アメリカのビーモン選手
が、男子走幅跳を8m90の驚異的な世界新記録で制すなど、短距離や跳躍種目は好記録が続出した。また、男
子走高跳はアメリカのフォスベリー選手が世界で初めて「背面跳」を披露して2m24の五輪新記録で制するなど、
陸上界にとっては注目深いセンセーショナルな大会となった。しかし、一方で長距離種目は低酸素の条件下、超
スローペースでレースが展開される中、欧米の平地出身有力選手たちが次々と脱落・棄権し、エチオピアやケニ
アの高地で生まれ育った選手たちが多くのメダルを獲得していった。この大会を契機に、「高地トレーニング」が
世界的に注目され、研究が進み始めたのではないかと思う。
先日私は、あるスポーツ番組で興味深いレポートに出会った。アフリカに暮らす人々の筋肉を生理学的に分析
すると、民族の特性や長年に亘る生活環境から、ケニア・エチオピアなど、東アフリカの高地の人々のそれは、
持久的運動に有利な遅筋(赤色の筋肉)の割合が高く、セネガルなど西アフリカに暮らす人々のそれは、瞬発運
動に有利な速筋(白色の筋肉)の割合が高いとのことだ。わが国では、20年ほど前から高校・大学駅伝でケニア
を中心とした、東アフリカからの留学生たちが大活躍している。あまりの強さから次第に、出場人数や出場区間を
制限されるようになってしまった。また、近年バスケットボール競技など球技系の種目においては、セネガルなど
西アフリカからの留学生たちが有力校で活躍する姿が目立つようになってきた。これらの現象は、このスポーツ
番組のレポートを裏付けできるものであろう。
そして、その番組は更に続き、驚くべき方向へと進んで行った。日本人と、それらの国々の人との間に誕生し
た子供は、日本人の持つ器用さと、持久力または瞬発力が優性遺伝し、それぞれの長所を併せ持った素質を有
する確率が高いとの内容である。つまり、両親の母国であるアフリカ人や日本人の子供と比べて、より運動能力
の高い子供が誕生すると言うことである。
なるほど、今最も注目されている高卒ドラフト1位ルーキー、オコエ選手の父親はナイジェリア人(西アフリカ)で
母親は日本人、妹もバスケットボールで活躍中である。また、昨年世界ユース陸上大会でボルト選手の持つ男子
200mの大会記録を更新したサニブラウン選手の父親はガーナ人のサッカー選手、母親は日本人でインターハ
イに出場経験のある陸上短距離(ハードル)選手である。
ナショナリズム(愛国心)を基盤として、国際大会のスタジアムやパブリック・ビューイングで、日本代表のユニフ
ォームを身に纏い、顔にペイントを施しながら自国を熱狂的に応援するサポーターたちの姿は何と凛々しく、また
微笑ましいことか。しかし一方で、昨年強豪南アフリカから劇的な勝利を上げたラグビーのワールドカップ日本代
表選手に、カタカナ表記の選手が多数存在していたことは記憶に新しい。少なからず「日本代表」の表記に違和
感を覚えた人もいたはずだ。しかし、グローバリゼーション(国境を越えて世界が一体化していくさま)の見地から、
肌の色に拘らず胸躍らせて声援を送り、最後の逆転トライで感涙にむせんだ人も多かったと思う。
昨今、テレビでは顔立ちやスタイルが良い外国人やハーフ(混血)のタレントたちを目にしない日はない。しかし、
嘆かわしいことに、彼ら・彼女らが自身の幼少時代を振り返る企画のバラエティ番組では、クラスメイトから肌や
目の色が違うというだけで、いじめや差別を受けたことを訴える者が多い。
太古の昔、大陸から海を渡ってわが国へやってきた祖先たちが、長い年月を経て築き上げてきた「日本文化」
の中で、物づくりや食文化、おもてなしの心などは、今や世界中から注目され、尊敬されるまでになった。今後は、
スポーツ活動を「核」にして、日本民族の欠点?である「島国根性」から少しずつ脱皮し、国際的な許容・寛容と協
調の方向へシフトしていけることを願いたいと思う。