メガリン研究に基づく糖尿病性腎症の新しい診断 および

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研究紹介
メガリン研究に基づく糖尿病性腎症の新しい診断
および治療法の開発
細島康宏1)、桑原頌治2)、Shankhajit De2)、3)、忰田亮平1)、斎藤亮彦2)
1)新潟大学大学院医歯学総合研究科 病態栄養学講座
2)新潟大学大学院医歯学総合研究科 機能分子医学講座
3)新潟大学大学院医歯学総合研究科 腎・膠原病内科
はじめに
尿中メガリン測定
糖尿病性腎症は慢性腎不全(透析導入)の原因
我々はこれまでに、ヒト尿中メガリン ELISA
疾患の第一位を占め、その早期診断や重症度判定
測定系を開発するとともに、全長型メガリンの尿
は重要な課題である。現時点では血清クレアチニ
中排泄量の測定が、糖尿病性腎症患者の重症度や
ン値を基にした推算糸球体濾過値および随時尿を
病態評価に有用であり、既存のバイオマーカーと
用いた尿中アルブミンの測定が最も簡便な方法と
は異なる新しいマーカーになり得る可能性を報告
され、それらに基づいて病期分類が行われている。
してきた3)。しかし、メガリンの尿中への排泄機
しかし、それらが糖尿病性腎症の病態を把握し、
序についての詳細は未だに不明であり、現在もそ
治療の効果を判定する上で必要にして十分な検査
の検討を続けている。そこで、ナノ粒子解析装置
であるとは言えず、その発症および進展機序に基
を用いた解析を行ったところ、2型糖尿病患者の
づいた新しいバイオマーカーの開発が国内だけで
尿中細胞外小胞は糖尿病性腎症の進展に伴い増加
なく世界的に求められている。また、腎臓はタン
することが分かった。同時に全長型メガリンもサ
パク質代謝の中心的臓器であり、その異常は腎臓
イズの小さい細胞外小胞、すなわち主にエクソ
病の発症・進展に関与する。腎糸球体を濾過する
ソームに搭載され、糖尿病性腎症の進展に伴って
タンパク質は、近位尿細管細胞(PTEC)で再吸収・
尿中排泄が増加することが分かった。さらに、糖
代謝されているが、その中心的な役割を果たして
尿病ではタンパク質の非酵素的糖化反応による
いるのがメガリンである。メガリンは近位尿細管
advanced glycation endproduct(AGE) が 産 生
腔側に高発現し、多種の腎糸球体濾過タンパク質
され、それが様々な細胞の傷害に関係するが、培
の再吸収・代謝と細胞内シグナル伝達に関わるエ
養近位尿細管細胞に対して AGE 化アルブミンを
ンドサイトーシス受容体である。我々はこれまで
添加すると、脱脂アルブミンの添加に比較して、
に、メガリンの新規リガンドの同定 や、レニン・
エクソソームに搭載されて全長型メガリンの排出
アンジオテンシン系を介したその発現調節機構を
が増加した。さらに AGE 化アルブミンにより、
明らかにし、報告してきた 。さらに最近、尿中
LAMP-1の増加と Lysotracker によって示される
メガリンの測定が糖尿病性腎症における新しいバ
リソソームの巨大化
(リソソーム障害所見)
を認め、
イオマーカーになり得る可能性を示唆した報告
3)
さらに multivesicular body の増加を経て、エクソ
や、糖尿病性腎症の発症および進展における「入
サイトーシスによって全長型メガリンの排出が増
り口」としてのメガリンの役割を解析した報告
4)
加することが分かった。すなわち尿中全長型メガ
を行っている。本研究紹介ではこれらの報告をも
リンは残存機能ネフロンにおけるタンパク質代謝
とにメガリン研究に基づく糖尿病性腎症の新しい
負荷状態を反映するマーカーであることが示唆さ
診断および治療法の開発について概説する。
れ、今後の更なる検討を行いたいと考えている。
1)
2)
新潟県医師会報 H28.2 № 791
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糖尿病性腎症におけるメガリンを介した腎障害の
おわりに
発症および進展機序
メガリン研究に基づく糖尿病性腎症の新しい診
最近、我々はメタボリックシンドローム(MetS)
断および治療法の開発について概説した。本研究
型の2型糖尿病モデルである高脂肪食負荷モデル
は糖尿病性腎症の発症・進展抑制に寄与すると考
マウスにおいて、その腎障害の発症および進展に
えられ、今後も更なる詳細な検討を行いたい。
おける「入り口」としてメガリンが関与している
ことを見出した4)。PTEC は糸球体とともに糖尿
謝辞
病性腎症において早期より障害され、そのことが
本研究に対して平成27年新潟県医師会学術研究
ア ル ブ ミ ン 尿 出 現 の 一 因 に も な る。 糖 尿 病 や
助成金を賜り、この場をお借りして感謝申し上げ
MetS などにおいて、糸球体でのタンパク質濾過
ます。
が増加し、あるいは質的異常を伴うタンパク質の
濾過が起こると、PTEC のエンドサイト−シス経
文献
路に異常を来たし、PTEC 傷害につながる可能性
1)Kaseda R, Iino N, Hosojima M, et al :
が考えられる。メガリンは、その傷害のトリガー
Megalin-mediated endocytosis of cystatin C
のひとつとしての重要な役割を担っている。例え
in proximal tubule cells. Biochemical and
ば、前述のようにメガリンは糸球体を濾過した
biophysical research communications.
AGE のエンドサイト−シスに関わり、PTEC 傷
2007 ; 357 : 1130-1134.
害 を き た す 原 因 と な る と 考 え ら れ る。 さ ら に
2)Hosojima M, Sato H, Yamamoto K, et al :
MetS や脂質異常症では、多くの遊離脂肪酸がア
Regulation of megalin expression in
ルブミンや liver-type fatty acid binding protein
cultured proximal tubule cells by
などの結合タンパク質とともにメガリンを介して
angiotensin II type 1A receptor- and insulin-
PTEC に運ばれ、過度な代謝を強いられる。我々
mediated signaling cross talk.
は高脂肪食負荷モデルにおいて、腎特異的モザイ
Endocrinology 2009 ; 150 : 871-878.
ク型メガリン KO マウス(メガリン KO 効率が約
3)Ogasawara S, Hosojima M, Kaseda R, et al :
60%)では、メガリン発現が残存している PTEC
Significance of urinary full-length and
のみに空胞変性所見(オートリソソーム異常)が
ectodomain forms of megalin in patients
起 こ る こ と を 見 い だ し た。 さ ら に そ の よ う な
with type 2 diabetes. Diabetes care 2012 ;
PTEC 傷害に伴って間質の線維化や傍尿細管血管
35 : 1112-1118.
傷害が進行し、それにより糸球体に対してもメサ
4)Kuwahara S, Hosojima M, Kaneko R, et al :
ンギウム基質の増生を伴う糸球体肥大が生じるこ
Megalin-Mediated Tubuloglomerular
とを明らかにした。
Alterations in High-Fat Diet-Induced
このように糖尿病性腎症においてはメガリンを
Kidney Disease. Journal of the American
介した腎障害の可能性が示唆されるが、一方でそ
Society of Nephrology ; [in press].
のメガリンを抑制することで腎障害の発症および
5)Pergola PE, Raskin P, Toto RD, et al :
進展をもたらす可能性も考えられる。転写因子
Bardoxolone methyl and kidney function in
Nrf2活性化薬であるバルドキソロンメチルは糖
CKD with type 2 diabetes. The New
尿病性腎症に対する新規の治療薬として期待され
England journal of medicine 2011 ; 365 :
ているが、メガリンの発現低下とともに腎機能の
327-336.
改善を認める可能性が報告されている
。本薬
5)、6)
6)Reisman SA, Chertow GM, Hebbar S, et al :
剤は心不全の副作用のため第3相試験が中断され
Bardoxolone methyl decreases megalin and
たが、本邦においては心不全既往のない2型糖尿
activates nrf2 in the kidney. Journal of the
病患者において第2相試験が再開されており、今
American Society of Nephrology 2012 ;
後の報告を期待したい。
23 : 1663-1673.
新潟県医師会報 H28.2 № 791