更新日:2016/3/2 調査部: 増野 伊登 Implementation Day 到来:イラン制裁の解除をめぐる課題と展望 (米国、EU、国連、イランなど政府および公的機関のプレスリリースや報告書、その他報道など) 2016 年 1 月 16 日、P5+1(米英仏露中+独)とイランが、「包括的共同行動計画(JCPOA)」の履行を 宣言したことを受け、国連、米国、EU は、核問題に関係する対イラン制裁を解除/停止したことを発 表した(Implementation Day)。中東地域第 2 位の人口を有し、周辺国への政治的・経済的影響力を 持つ大国イランが国際市場に復帰するとあって、世界各国がその動向に注目し、ビジネスの機会を 窺っている。 特に米国制裁との関連では、今般の制裁停止措置に伴い、米国人や米国企業を介さないイランと の取引(例えば米ドル以外の通貨による金融決済など)が可能になった。しかし、金融取引再開に 向けた技術的課題だけでなく、何よりも、デューデリジェンスの徹底とスナップバックに際するリスク 回避など、イラン進出に伴い留意すべき点はある。今後イランとのビジネス開拓/再開に向け、プラ スとマイナス両方のリスクを慎重に検討することが必要だろう。 1.Implementation Day(合意履行の日)の到来 2016 年 1 月 16 日、国際原子力機関(IAEA)は、2015 年 7 月に P5+1(国連安全保障理事国の米英仏 露中+独)とイランの間で合意した「包括的共同行動計画(JCPOA)」の中で定められた核関連措置をイ ランが履行したことを確認したと発表した。これを受け、同日、P5+1 側の調整役を務めるモゲリーニ EU 外交安全保障上級代表とイランのザリーフ外相は、ウィーンにて「イランの核問題に関連する、多国間お よび各国間の経済・金融制裁が解除される」との共同声明を発表し、「Implementation Day(合意履行の 日)」の到来に関するニュースが世界を駆け巡った。イランによる核兵器開発疑惑が浮上した 2002 年か ら 13 年を経て、ようやくイランの核問題にとりあえずの決着がついたことになる。国連、EU および米国は、 JCPOA に基づき、核問題に関連する対イラン制裁の解除/停止に着手したことを明らかにし、詳細なガ イドラインを発表している。本稿では、主に米国によるイラン制裁に着目し、2016 年 1 月 16 日以降、一体 何が可能になり、未だ何が可能でないのかについて明らかにするとともに、イランとのビジネス再開に向 けて今後留意すべき点をいくつか挙げたい。 –1– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 2.制裁解除を受けた日本政府の対応 本題に入る前に、まずは、Implementation Day 以降の日本の動きについて触れておく。2016 年1 月17 日、岸田外務大臣は、P5+1 とイランとの最終合意が履行段階に移行したことを歓迎する旨の談話を発表 し、国連安保理決議第2231号の規定に基づく措置の速やかな実施を宣言した。これを受け、1月22 日、 安保理決議第 1737 号、第 1747 号、第 1803 号および第 1929 号に基づく措置(イランの核活動に関与す る人物・団体の資産凍結、イランとの取引の制限など)が解除されたほか,外国為替及び外国貿易法(外 為法)の核関連制裁措置も解除された。 2 月2 日にはイランのタイエブニア経済財務大臣が来日し、イランに関する講演会や投資セミナーなど に出席したほか、5日には、岸田外務大臣との間で、2015 年10月に実質合意していた日イラン投資協定 (正式名称:「投資の相互促進及び相互保護に関する日本国とイラン・イスラム共和国との間の協定」)に 署名した。同協定には、投資参入後の内国民待遇及び最恵国待遇、公正・衡平待遇、締約国政府に対 する投資家との契約遵守義務、輸出の制限を始めとする特定措置の履行要求の禁止、収用の際の補償 の条件、送金の自由、締約国と投資家との間の投資紛争解決(ISDS)など、投資環境整備のための諸 規定が盛り込まれており、日本企業のイラン進出を後押しする狙いだ。 さらに同日、タイエブニア大臣は、林経済産業大臣との間で、債務保証に関する協力覚書に署名して いる。同覚書に基づき、イラン国内で日本企業が関与するプロジェクトを対象に、国際協力銀行(JBIC) および日本貿易保険(NEXI)が、最大 100 億ドル (約 1.2 兆円)のファイナンス・ファシリティを設定し、こ れに対し、イラン経済財務省が同額の政府保証を供与するという。 3.米国制裁に関して 日本においても政府主導でイラン参入に向けた投資環境が整えられつつある中、鍵となるのは米国 による対イラン制裁の現状を正しく理解することだ。JCPOA の履行宣言と同時に発表された米国財務省 外国資産管理局(Office of Foreign Asset Control:OFAC)によるガイドラインなどを基に事実関係をまと めてみたい1。 1 本章では主に以下の文書を参考資料として用いた。 ① “Joint Comprehensive Plan of Action”および付録資料 [http://eeas.europa.eu/statements-eeas/2015/150714_01_en.htm] ② Implementation Day を受けて米国財務省外国資産管理局(Office of Foreign Asset Control: OFAC)が発表したガイダンス: “Guidance Relating to the Lifting of Certain U.S. Sanctions Pursuant to the Joint Comprehensive Plan of Action on Implementation Day” [https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/Programs/Documents/implement_guide_jcpoa.pdf] ③ Implementation Day を受けてOFAC が発表した FAQ: “Frequently Asked Questions Relating to the Lifting of Certain U.S. Sanctions Under the Joint Comprehensive Plan of Action (JCPOA) on Implementation Day” –2– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 (1) 停止対象となる米国制裁 まず基本的なこととして、米国制裁には「米国人(US persons)」に対する一次制裁(primary sanctions) と、「非米国人(Non-US persons)」に対する二次制裁(secondary sanctions)とがある。米国財務省外国資 産管理局(Office of Foreign Asset Control: OFAC)の定義では、「米国人」とは以下のいずれかに該当 する人・団体を意味する。以下定義に該当しない人・団体は「非米国人」ということになる。 米国籍および米国永住権保持者 米国内に存在するあらゆる人・団体 米国企業の海外支社および米国企業が過半数出資する現地法人 米国のイランに対する制裁のうち、JCPOA の枠内で解除対象とされているのは二次制裁だ2。よって、 Implementation Day に伴って停止されたのは「非米国人」に対する制裁のみである3。 (2) Implementation Day 以降、何ができるようになったのか Implementation Day の到来を受け米国が実行した主な措置は以下のとおりである。 ① 核問題に起因して制定された「非米国人」に対する制裁(二次制裁)の適用を一時停止(cease the application)するとともに、それら制裁に関連する大統領令を廃止4。 ② OFAC が管理する制裁対象リストから、JCPOA(AnnexⅡの Attachment 3)で定めた人物・団体 を除外5。 ①で停止された制裁は、金融取引、保険、エネルギー・石化産業、船舶輸送・造船・港湾操業、金属、 自動車産業など多岐の分野におよぶ(表 1)。Implementation Day 以降は、「非米国人」がイランとの間で 上記分野に関連する取引を行うことができるようになった。ただし、JCPOA はあくまでイランによる核兵器 開発疑惑をめぐる交渉に端を発しており、テロ支援、ミサイル、人権問題などに関する制裁は範囲外であ る。つまり、イランでのビジネス展開に当たっては、事業内容が核関連以外の制裁に抵触していないこと を事前に確認する必要がある。 繰り返しになるが、米国の一次制裁はこれまでどおり維持されることから、「米国人」によるイランとの取 引については引き続き広範囲にわたって制裁対象となる6。ここで重要なのは、米国技術のイランへの移 転(イランに対する、米国あるいは第三国経由で直接的・間接的に行われる、米国オリジナル(10%以上) の物品・技術・サービスの提供(再輸出含む)など)や、米ドル決済をはじめ米国金融システムを利用した 2 3 4 5 [https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/Programs/Documents/jcpoa_faqs.pdf] JCPOA の AnnexⅡの 4 の注 6 を参照。 OFAC ガイダンスのⅠ. General Notes を参照。 JCPOA の AnnexⅡの Section 4.1~4.7 と AnnexⅤの 17.1~17.2、OFAC ガイダンスのⅡとⅤを参照。 JCPOA の AnnexⅡの 4.8.1 と AnnexⅤの 17.3、OFAC ガイダンスのⅢの A および注 75、OFAC FAQ の A2、B7、C1 などを参照。 –3– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 イランとの資金決済取引は、事業主体が「非米国人」であっても米国の一次制裁に抵触するということだ。 ただし、「米国人」および「非米国人」による特定の行為(米国産品のイランへの輸出等)については、ラ イセンス(General License)を取得した場合に限り許可される7。 表 1.Implementation Day 以降「非米国人」は何ができるようになったのか (金融、エネルギー、保険分野に関連する主要事項) 金融 できること エネルギー 保険 金融 できないこと その他一般 イラン政府、イラン中央銀行、イラン金融機関その他 JCPOA の AnnexⅡの Attachment 3 に掲載されているイラン人・団体との金融および銀行取引を含む活 動など。これには、ローン・振替・口座(非米国金融機関におけるコルレス口座等 の開設・維持を含む)・投資・株式・保証・外国為替(レアル取引を含む)・信用状・ 先物又はオプション取引・特定ファイナンシャルメッセージサービス・イラン政府 による米国銀行券の購入又は促進及び購入・イラン国債の申込・促進を含む。 イランからの石油・石油製品(石油精製品を含む)・石化製品または天然ガス (LNG を含む)の購入・取得・販売・輸送又はマーケティングなど。 イランのエネルギー産業と関連して用いることができる支援・投資(JV を通じるも の含む)・財・サービス(金融サービスも含む)および技術のイランへの提供など。 イランの石油資源、石油製品及び石化製品の国内生産の開発など。 NIOC、NITC(National Iranian Tanker Company)及び NICO を含むイランのエネ ルギー産業とともに活動に従事することなど。 イランのエネルギー・船舶・造船分野と関連して、NIOC やNITC などとの原油・天 然ガス・LNG・石油及び石油製品の輸送のための船舶のために行う裏書・保険・ 再保険の提供など。 米国金融システムを利用した取引(米ドル決済など)など。 制裁対象リストに掲載されている個人・団体との取引など。 イランに対する、米国あるいは第三国経由で直接的・間接的に行われる、米国オ リジナル(10%以上)の物品・技術・サービスの提供(再輸出含む)など。 * ライセンスの取得が必要 テロ支援、大量破壊兵器拡散、人権侵害に関連する取引など。 出所: 注 1 に記載の資料などを基に筆者作成 また、②のとおり、米政府は 400 以上の個人・団体を制裁対象リスト(SDN リスト8、制裁回避者リスト9、お よびイラン制裁法リスト10)から除外した。詳しくは後述するが、2023 年が最終期限に設けられている OFAC ガイダンスのⅦを参照。 OFAC ガイダンスのⅣを参照。 8 SDN リスト(Specially Designated Nationals and Blocked Persons List)とは、米国OFAC によって管理・執行されている外国資 産管理法(Foreign Assets Control Regulations)に基づくリストで、同リストに記載された個人・団体が米国内に保有する資産の凍結、 「米国人」による同個人・団体との取引、同個人・団体による米金融システムを利用した取引(米ドル送金など)を規制。 9 制裁回避者リスト(Foreign Sanctions Evaders List: FSE List)とは、OFAC によって管理・執行されているリストで、米制裁の回 避を試みた、あるいは米制裁に抵触した個人・団体を列挙。同リストに記載された個人・団体と「米国人」との取引、同個人・団体に よる米金融システムを利用した取引(米ドル送金など)を規制。SDN リストとは別物であるが、重複する可能性あり。 10 イラン制裁法リスト(Non-SDN Iranian Sanctions Act (NS-ISA) List)とは、2012 年 10 月 9 日に署名された大統領令 13628 号に 基づき、イラン制裁法(Iran Sanction Act (ISA))の Section 6 や、イラン脅威削減・シリア人権法(Iran Threat Reduction and Syria Human Rights Act of 2012)で規定されている特定の制裁を実行に移すことを目的に、OFAC によって管理・執行されているリスト。 SDN リスト上では、[ISA]というタグ付けがされている。JCPOA において、Implementation Day に同リストに記載されている者を 全て除外することが規定されており、よって現在同リストに記載されている者はいない。 6 7 –4– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 Transition Day(移行の日)には、更に除外範囲が拡大される予定だ。今般の Implementation Day に伴い、 イラン中央銀行や国営石油会社 NIOC がリストから除外されている(ただし中銀や NIOC を含むイラン政 府関連機関の米国内金融資産は、一次制裁との関係で引き続き凍結対象)。 一方、テロ活動、ミサイル、人権問題、シリア・イエメン問題などに関連する 200 以上の個人・団体、例 えばイラン最大の軍事組織であるイスラーム革命防衛隊(IRGC)や、その関連団体と米国が見なす組織 についてもリストに残ることになる。ただし、NIOC については革命防衛隊の関連企業ではないとの決定 が新たに下されている。 ②の措置に基づき、「非米国人」が、制裁対象リストから除外された個人・団体との間で米国金融シス テムを利用しない資金取引を行うことは可能になったが、「米国人」・「非米国人」にかかわらず、リストに 残っている個人・団体との取引は現在も禁止されている。しかし、「非米国人」が、例えば SDN リストに掲 載されていないイラン金融機関との取引に従事する際、もしその取引先が SDN リストに掲載されているイ ランの個人・団体と取引関係にあったとしても、当該「非米国人」は制裁対象とはならない11。 (3) 今後の流れ ① Transition Day <時期> 「Transition Day(移行の日)」とは、「Adoption Day(合意採択の日)」12(2015 年 10 月 18 日)から 8 年後 (つまり 2023 年)、あるいは IAEA 事務局長が、「イランの全ての核物質が平和的に利用されている」と結 論付ける報告書を提出した日の早い方を指す。 <米国の対応措置> Transition Day の到来をもって、米国は、核問題に起因して制定された「非米国人」に対する制裁 (ここには、Implementation Day に伴って適用が一時停止された制裁に加え、JCPOA AnnexⅡの 4.9 に明記されている核関連活動13も新たに含む)の適用を終了(terminate)するための法的措置 をとる14。 OFAC FAQ の C11 を参照。 Adoption Day とは、イランと P5+1 各国が JCPOA の内容を承認し、採択する日のこと。これをもって、関係各国は合意履行のた めに必要な準備を開始(欧米側は、核関連の独自制裁を停止/終了するための準備を開始)する。 13 核関連製品およびサービスの購入に対する Iran, North Korea, and Syria Nonproliferation Act Sanctions(INKSNA) (1999 年~) の適用や、ウランの探鉱、生産、輸送に対する Iran Sanctions Act of 1996(ISA)の適用、イラン人による核科学や原子力工学などの 分野に関連する高等教育機関でのコース履修に対する Iran Threat Reduction and Syria Human Rights Act of 2012(TRA)の適用な どを指す。 14 JCPOA の AnnexⅤの 21、OFAC ガイダンスの Background(ページ 3)を参照。 11 12 –5– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 また、OFAC が管理する制裁対象リストから、JCPOA(AnnexⅡの Attachment 4)に記載されてい る人物・団体を新たに除外15。 ② UNSCR(UN Security Council resolution)Termination Day 「UNSCR Termination Day(安保理決議の終了の日)」とは、安保理が JCPOA を承認した決議(第 2231 号)の期限であり、「Adoption Day(合意採択の日)」から 10 年後(2025 年)に到来する。ただし、これまで の決議が再発動された場合はこの限りではない。また、UNSCR Termination Day に伴い、EU は残りの制 裁を全て終了する16。 表 2.制裁解除のプロセス ① 暫定合意(JPOA)の成立 ② ③ ④ ⑤ ⑥ 最終合意(JCPOA)の成立 「Finalization Day」 合意の採択 「Adoption Day」 合意の履行 「Implementation Day」 制裁の更なる解除 「Transition Day」 安保理決議の終了 「UNSCR Termination Day」 2013 年 11 月 24 日 2015 年 7 月 14 日 2015 年 10 月 18 日 2016 年 1 月 16 日 ~2023 年 2025 年 イランと P5+1 の間でイラン核開発問題に係る 初めての合意 JPOA(共同行動計画)が成立 イランとP5+1 の間で JCPOA(包括的共同行動 計画)が成立 イランとP5+1 がJCPOAの内容を承認し、採択 JCPOA に基づき、P5+1 側が制裁解除/停止 を開始 JCPOA に基づき、米国は核関連の独自制裁 を終了し、EU は一部の制裁を追加終了 安保理決議 2231 号の期限満了 出所: 注 1 に記載の資料などを基に筆者作成 4.イランとのビジネス締結に向けての懸念事項① 技術面での課題 イ ラ ン に参入する に あ たっ て の 課題とし て挙げら れる の が 、思い がけ ず早期に到来し た Implementation Day に対して、金融面での準備が追い付いていないということだ。しかし、これらの課題 は時間の経過と共に解決される技術的な問題である。 (1) コルレス契約の締結 まず、各国の金融機関がイランとの取引を再開する、もしくは新たに開始するためには、外国 15 16 JCPOA の AnnexⅡの 4.8.1 と AnnexⅤの 21.3、OFAC ガイダンスの Background(ページ 3)を参照。 JCPOA の AnnexⅤの 25 を参照。 –6– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 金融機関同士で結ぶ外国為替のための取り決め(コルレス契約)を、イランの金融機関との間で、 再確認、もしくは締結する必要がある。 (2) イラン金融界の改革の必要性 ただし、(1)を円滑に行うためには、イランの金融機関がハードウェア・ソフトウェアの両面にお いて国際基準を満たし、国際金融システムに復帰する必要がある。この点、Veliollah Seif イラン 中央銀行(CBI)総裁もコメントを寄せており、制裁の影響で、イラン国内の金融機関が、国際銀 行間の決済や、金融規制の整備・コンプライアンスの遵守などにおいて “outdated”な状態であ り、改革には時間を要するとの見解を表明している。 国際金融システムへの復帰とは、具体的には、世界中の金融機関間で国際決済を行うため のシステムを提供する SWIFT(国際銀行間通信協会、本部ベルギー)に復帰するということであ る。2012 年に開始した EU の対イラン追加制裁措置を受け、イランの金融機関の多くは SWIFT のネットワークを通じたサービスの利用を停止され、事実上世界経済網にアクセスすることが出 来なくなったという経緯がある。 2016 年 2 月 17 日、イラン中銀はプレスリリースを発表し、同行を含む複数の金融機関が、13 日付で SWIFT への再加盟手続きを終えたことを明らかにした17。未だ加盟手続きを終えていな い銀行については、今まさに、SWIFTとのシステム間インターフェイスの整備や、SWIFTが定め る新運用ルールの習得、内部管理システムの透明性確保など、再加盟に必要な手続きを進め ている最中と推察される。これらの作業に要する時間の長さは、イラン側の積極性に大きく左右 されるところであり、迅速な対応が期待される。 2016 年 1 月 17 日、イラン石油省系メディア Shana は、ジャヴァディ NIOC 総裁の見解として、イラン国 内の金融機関の活動制約がネックになり、イランが新たな石油販売契約を締結するには 2016 年 9 月ま で待たねばならない可能性があると報道した。同発言について、記事本文にて具体的な根拠は示され なかったが、恐らく上述のような事情を踏まえた上での発言であったと考えられる。 ところで、2 月 6 日、国際マーケティング部門を担当するカラマティ NIOC 副総裁は、原油輸入代金の 受け取り通貨としてユーロを優先したいとの意向を表明している18。日本が原油輸入代金の支払いをユ ーロで行うためには、邦銀が、イランの金融機関との間にユーロ建てのコルレス取引を再開、または新た に口座を開設し合うという手続きが必要であるが、未だ対応の途上のようである。ただし、当面の対応とし 17 2016 年 2 月 1 日には、中央銀行をはじめ 9 行のイラン金融機関がSWIFT に再加盟したとイランメディアが報道している。 –7– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 ては、邦銀と NIOC の両者がユーロ建てのコルレス口座をすでに保有している第三国の金融機関経由 で取引を行うことは可能と考えられる。 5.イランとのビジネス締結に向けての懸念事項② 政治面での課題 イランに参入するにあたって、実務面以外での問題、例えば政治・外交に起因する課題を以下 2 点挙 げる。 (1) デューデリジェンス19 イランへの進出を検討する外国企業にとって鍵となるのが、ビジネスパートナーの選定に伴う デューデリジェンスの徹底だ。Implementation Day 以降も維持される米国制裁に抵触しないこと の確認、例えば取引先候補者が、制裁対象者リストに掲載されている個人・団体(革命防衛隊や それに関連する企業など)であるか否かなどの確認が必要となる。しかし、どこまで徹底するの か/できるのかという問題が残る。 SDN リストに関して言えば、革命防衛隊関連の個人・団体には[IRGC]というタグ付けがされて いる。ただし、リストに記載されていなくても、リストに記載されている者により 50%以上所有また は実効的に支配されている者も同様の扱いをうけることになるとのガイダンスを 2014 年 8 月 13 日に米国財務省が発表しており、今後この規定がどのように影響してくるのかが注目される。 また、米国の第一次制裁が引き続き適用され、米ドル決済はおろか、イランとの取引における いかなる「米国人」の関与も制裁対象となることから、内外の大手国際金融機関は簡単には慎重 姿勢を崩さないだろうとの懸念も残る。 (2) スナップバック イランによる合意内容の不履行が発覚した場合には、制裁の再発動(いわゆるスナップバック)の恐れ がある。短期投資案件はともかく、長期におよぶ投資事業に影響が出ることが懸念される。 <スナップバックまでの流れ> JCPOA 第 36・37 条によれば、イランによる、もしくは P5+1 による合意内容の不履行が発覚した場合、 2016 年 2 月 7 日付Khaleej Times ほか。 投資などの取引に際して行われる対象企業などの資産に対する調査活動を指すが、ここでは特にイラン関連の米国制裁に抵触しない ことの事前確認・調査を意味する。 18 19 –8– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 Joint Commission(合同委員会)に申し出ることができる。以降の大まかな流れとしては、 ① 合同委員会は、15 日間をかけて解決に向けた審議を行う(期間の延長可)。同時並行的に外相 級の審議会が開かれる可能性もある。 ② もし要請があれば、Advisory Board(顧問委員会)が 15 日間をかけて更に審議する(期間の延 長可)。 ③ この 30 日間を経ても問題が解決されない場合は、合同委員会が顧問委員会による審議結果を 最大 5 日間かけて検討することができる。 ④ これでも解決が難しい場合、違反を報告した国は、これをもって、JCPOA で取り決められた合 意内容の履行を停止するための十分な根拠とすることができる。更に/あるいは、違反を報告 した国は、国連安全保障理事会に合意の不履行を発見したことを通知することが出来る。 ⑤ 国連安保理は、通知を受けてから 30 日以内に、制裁解除/停止の継続か否かの投票を行い、 更に同件に関する安保理決議を採択する必要がある。30 日を過ぎても採択できない場合には、 安保理は、Implementation Day の到来に伴い失効した決議を再度発効することができる。 <スナップバックに伴う各国・機関の対応> Implementation Day からスナップバックまでの間にイランとの間で締結される契約に対しては、JCPOA において、スナップバック発動前の既得権条項(grandfather clause)適用付の契約締結は認められないと 規定されている20。スナップバック時の米国、EU、国連それぞれの対応については以下のとおりである。 ① 米国 スナップバックによって全ての/あるいは一部の制裁が再発動した場合であっても、 Implementation Day からスナップバックまでの間にイランとの間で合法的に結ばれた契約に対し て、制裁が遡及的に適用されることはない。ただし、「再発動された制裁の範囲によっては、ス ナップバック以降の取引は制裁対象となり得る」とのことであるので、契約自体が白紙に戻ること はなくとも、制裁が再び解除/停止されるまでは一時事業を停止もしくは規模を縮小せざるを得 ない可能性はある。米国政府は制裁再発動による影響の最小限化に努めるとしており、制裁再 適用時には wind-down period(事業からの段階的撤退期間)を設ける可能性を示唆している21。 ② EU スナップバックによって制裁が再発動した場合であっても、Implementation Day からスナップ 20 OFAC FAQ の M.4 を参照。 –9– Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 バックまでの間にイランとの間で合法的に結ばれた契約に対して、それら制裁が遡及的に適用 されることはない。スナップバックの際には、企業が当該契約に基づく事業を漸次的に終了させ ること(wind down)を可能にするため、ある一定の期間において事業の継続が認められる22。 ③ 国連 スナップバックに伴い再度発効された安保理決議は、Implementation Day からスナップバック までの間にイランとの間で合法的に結ばれた契約に対して遡及的に適用されることはない23。 <スナップバックに関する懸念事項> ① 2015 年 11 月にテヘランで開催された石油・天然ガス探鉱開発にかかる新契約方式の説明会 「Tehran Summit」において、スナップバックがフォースマジュールの発動要件とはなり得ないと いう発言が聞かれた24。専門家からは、外資企業として、スナップバック時のリスク回避を可能と する文言を契約文書に追加するといった対策が必要との声が聞かれる。 ② NIOC の SDN リストからの除外は、テロ支援・大量破壊兵器拡散・人権侵害関連の制裁の適用 対象から外れたことを意味する。しかし、2016 年の米国大統領選挙などを機に、米政治パラダ イムのシフトが起こるようなことがあれば、NIOC が再び SDN リストに載る可能性がないとは言い 切れない。その場合、上流開発投資がまたしても停滞する可能性は否めない。 イランへの進出を検討する場合には、スナップバックに伴う制裁再発動の可能性があることを認識した 上で、その際に生じる損害をいかに回避または低減するかということに対する評価・分析が必要になるだ ろう。 以 上 OFAC の FAQ の M.3-5 を参照。 2016 年 1 月 23 日付 “Information Note on EU sanctions to be lifted under the JCPOA”の 2.6 と Q&A 61-64 を参照。 [http://eeas.europa.eu/top_stories/pdf/iran_implementation/information_note_eu_sanctions_jcpoa_en.pdf] 23 JCPOA の 36-37 と国連安保理決議 2231 号(採択日:2015 年 7 月 20 日)第 14 条を参照。 24 同説明会の詳細については、拙稿「イランの新石油契約(IPC)の概要:テヘラン・サミット参加報告」 (2015 年 12 月発表)を参 照頂きたい。[https://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=1512_f_ir_Iran_contract%2epdf&id=7658] 21 22 – 10 – Global Disclaimer(免責事項) 本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの 投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責 任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
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