すぐに実施できるデイの環境改善(ハード編)

第 1 回
医療法人 大誠会
内田病院グループ
すぐに実施できるデイの環境改善(ハード編)
デイの環境改善は、お金をかけなくても、アイデアと工夫
次第で十分な効果を得ることができます。今回はハードに
焦点を当てて、実際の環境改善の事例を、
「動線」と「視線」
の両視点から考えます。
山下 総司
約 11 年務めた企業を退職後、奈良県内の高齢者
施設(デイ・特養・老健)や障害者施設などで、
介護職員・生活相談員・管理者として約8年間勤
務する。平成 23 年6月に講師、施設環境アドバ
イザーとして独立。平成 24 年 10 月より「NPO
法人シルバー総合研究所 研究員」として活動。
平成 26 年より医療法人 大誠会に介護環境アド
バイザーとして在籍している。介護福祉士、社
会福祉主事、認知症実践者研修修了者。
「動線」と「視線」からフロアの環境改善を考える
環境というと多くの方がハードをイメージされる
けて転倒したりするケースもあります。
と思います。しかし、そのハードを考えるのは当然
事業所に十分なスペースがある場合は良いのです
ですがソフト、いわゆる人です。よって、環境を考え
が、小規模型や定員が 30人くらいまでの通常規模型
るということはソフトがすべてであり、
「考える力」
では、十分なスペースが無いことが多く、利用者が
と「相手を思う気持ち」、この2つを形にする創造力
ひしめき合うように座っておられるケースもありま
と実践力が求められます。これが、利用者と職員の
(無
す。よって、
オールマイティー型ではなく、lean型
双方が求める環境を生み出すことにつながります。
駄のない形)で考えるのが改善のポイントです。
そのことをしっかりと理解していただいた上で、こ
れからの話を進めていきたいと思います。
リィーン
フロアを見ると、真ん中に机が置かれている場合
が多く見られます。机を囲むようにイスを配置、例
えば4人掛けの机を6人で使っているということで
す。この机の使い方は一見便利そうに見えますが、
動線 ∼フロアの机とイスの配置を見直す∼
ハードは、
「動線」と
「視線」の両視点から考える必
要があります。まずは
「動線」から考えます。
多くの事業所では、前後左右、どこからでも移動
ができるように、机やイスを配置しています。いわ
よく考えると無駄があります。
次ページの図1と図2を見てください。図1は4
人掛け机を6人で使っています。しかし、図2のよ
うに机を2つ並べて、8人掛けにできるとしたら、ど
うでしょうか。
ゆるオールマイティー型です。ただ、このオールマ
図1の使い方は4人掛け机1つに席が6席、図2
イティー型には重大な欠点があります。それは、各
は4人掛け机2つに席が8席となり、ほぼ同じ床面
通路の幅が狭くなっている場合が多いということで
積を使用しているにもかかわらず、2席の差が発生
す。移動する際に動きづらく、その狭さに四苦八苦
していることが分かると思います。
しています。動きにくいことからお互いがイライラ
そして図1と図2では、1人当たりの机の上の面
したり、イスや机にぶつかったり、時には足を引っ掛
積も明らかに違います。図1は両端が窮屈で使いに
98 デイの経営と運営 Vol.18 図 1 4人掛けの机1つを6人で使用
⑥の人が
作業できる面積
1
2
6
4人掛けの机1つで、両端
にイスを並べた状態
③の人が
作業できる面積
3
5
4
使用する床面積は
ほぼ同じなのに、
発想の転換で
こんなに余裕がある
空間に!
図2 4人掛けの机2つを8人で使用
改善点
1
2
3
4
① 床面積はあまり変わらな
いが、使用できる席が2
席増えた
② 1人当たりの机の上の面
積が広くなった
4人掛けの机を2つ並べた
状態
8
7
6
5
③ フロア内がスッキリし、
通路も通りやすくなった
くいですが、図2であれば全員が楽に使えます。こ
います。それは、利用する方々の思いや考え、好みな
のことからも、どうしても必要な場合を除いては、机
ど、
「利用者の気持ち」への配慮です。
本来の人数で使うことをオススメします。
例えば、皆さんが普段食事をされるお店を頭に思
この考え方に基づいてフロアを見直すと、席の数
い浮かべてください。介護事業所のフロアと同じよ
が増えて通路の幅も広がるのに狭く感じない、むし
うなお店は、あまり思い浮かばないのではないで
ろ改善前より広く感じるケースもあるということが
しょうか。あえて挙げるとしたら、社員食堂のよう
分かると思います。一度、自事業所の机とイスの使
な見渡しの良い、仕切りのない場所くらいでしょう。
い方を見て、考えていただくと良いでしょう。事業
社員食堂は、限りあるスペースで収容人数を優先し
所内が違って見えますよ。
ているという特徴があります。こういった特色があ
る場合はいいのですが、それらの条件が無ければ、
理想的な食事場所として選ばれることは少ないで
視線 ∼利用者の気持ちに配慮したフロアづくり∼
しょう。
次に
「視線」について考えてみます。多くの事業所
見渡しが良いということは、360度から見られて
は、見渡しが良く、
「視線」を遮らないようにフロア
いるということです。人は
「自分が見える範囲におい
の環境を整備しているのではないでしょうか。もち
ての視線」は安心できるものですが、範囲外の視線、
ろん安全性を重視して、スタッフの目が行き届くよ
つまり
「目に見えない視線」というのは落ち着かない
うにという考え方が基本であり、決してこれが間
ものです。
違っているわけではありません。
ただ、このようなフロアには重大なことが抜けて
壁を背にして話をするのと、場の中心で話をする
のとでは、落ち着きの度合いが異なるはずです。
Vol.18 デイの経営と運営 99
例えば、電車の席で、真ん中と端が空いている場合、
皆さんはどの位置に座るでしょうか? 席の真ん中に
座るより、どちらか端の席を選ぶのではないでしょ
うか。それはきっと、知らない人との接触をなるべ
く避けたい、片側だけでも接触を避けて安心感を得
るためではないかと思います。それくらい、人は目
に見えない範囲からの
「視線」に敏感で、知らない人
が近くにいる場合や、人が近くにいるのが何となく
分かるのに見えない場合は、特に不安になるのです。
このような見方で考えていくと、ただ単に見渡し
認知症そのものを進行させる原因の1つになり得ま
が良いフロアというのは、ご利用者の不安をあおり、
す。よって、そういった要素はなるべく少ない方が
かえって落ち着かなくしている可能性が高いのです。
良いと言えます。つまり、デイでも適度に
「視線を感
例えば、認知症の方の場合、不安によるストレスが
じない工夫」が必要ということです。
アイデアと工夫次第! フロア改善の実践例
「動線」と「視線」の改善に取り組んでおり、
1日の定員が10 名で、認知症の方の利用が約
方やご利用者の気持ちについて話をして、み
んなで考えるところからスタートしました。
9割の小規模デイをご紹介します。
改善前は、
「視線」を遮ることが少ない見渡
●どうしたらお互いの「動線」は良くなるのか?
しが良い状態で、ワンフロアに近い環境でし
→机の位置から見直そう
た。ただ、少しのスペースにも物などが置い
●どうしたら「視線」を感じにくい環境になるのか?
てあるため、ごたごたしている感じがあり、
→見渡しの良い環境が生み出す弊害について
考えよう
いつ人が転倒してもおかしくありません。実
際、レクリエーションをしたり、人が動いたり
する度に、机やイスを動かさないと何もでき
このように、
「動線」と「視線」の両視点か
ない状態のため、敏感に反応するご利用者は
ら「考える」
「原因を知る」ということを実践
落ち着かない様子でした。配置を見直せば、
してもらいました。
これらの点を改善できるため、非常にもった
いないと感じました。
まずは、
「動線」と「視線」についての考え
改善前
【写真1】 雑然とした雰囲気
100 デイの経営と運営 Vol.18 写真1と写真2を比べてみてください。
「動
線」の考え方に沿って机とソファの配置を見
直すことで、かなりスッキリとしました。
改善後
【写真2】「動線」の考え方により机の配置を見直した
ことで、かなりスッキリとした
写真3・4では、
「視線」を感じにくくする
ために、仕切りのカーテンを設けました。そ
ゆっくりできるのです。
また、
外からの
「視線」
やほかの空間からの
「視
のときのご利用者の気分や使い方によって、
線」を調整できるように、数ヶ所にロールカー
空間を使い分けることができます。
「1人に
テンなどを取り付け、仕切りをつくります。仕
なりたい」
「ゆっくり休みたい」という方がい
切りが自在に調整できるため、ご利用者の気分
るときは空間を仕切り、皆で過ごすという一
などに合わせた配慮も可能となりました。
体感を生み出したいときは仕切りを無くす。
「動線」の改善のために購入したものは特に
空間そのものを、ご利用者の意思で選択して
無く、
「視線」の改善についても、もともとあっ
もらうことができるようになったのです。
たものを使ったり、100円ショップ、ホーム
写真5・6は1つの空間を2つ以上に分け
センターなどで材料を購入する程度だったた
るという目的を形にしています。ソファの位
め、数千円ですべての環境改善が実施できま
置を少し前に動かすことで、新たにフロアと
した。この程度の投資でありながら、利用者
通路ができています。変更前はソファでくつ
満足度においては十分な効果(選択の自由、
ろいでいても、玄関から入ってきた人がその
安心の提供、意思反映)が得られ、職員への効
前を常に通るため、落ち着かない状況が生ま
果としては自身の創造力やアイデアが形とな
れていました。しかし、ソファの位置を動か
り、ご利用者から評価されてしっかりと成功
すことで、ソファでくつろいでいても玄関か
体験をしていることで、自信とモチベーショ
ら入ってきた人の「視線」を感じることなく、
ンアップにつながりました。
改善前
改善後
仕切りの
カーテン
【写真 3】「視線」を感じにくいように、点線
部分に仕切りのカーテンを設ける
改善前
【写真 4】 空間を分けることで、ご利用者の
意思で選択してもらう機会が増える
改善後
玄関
玄関
ソファ
【写 真 5】 玄 関 か ら 入 る と、ソ フ ァ の 前 を
通って室内へ
以上のことから、環境というのはそんなに大した
投資をしなくても、アイデアと工夫で効果を得るこ
とが十分に可能であり、考えるということを実践す
ることで人材育成にもなるということが分かると思
【写真 6】 ソファの位置を動かし、1つの空
間を2つ以上に分けることで、玄関から入っ
てきた人の「視線」が気にならなくなる
う言葉を持ち、ご利用者の気持ちを考えて実践して
いただきたいと思います。
次回は、装飾と表示について効果のある環境改善
について考えていきます。
います。まずは考えて形にすること。常考常形とい
Vol.18 デイの経営と運営 101