役割語からみた日本語とキャラ 金水 敏 1.この発表の目的 発表者は、 「キャラ語尾」 「キャラコピュラ」 「キャラ助詞」という用語以外では「キャラ」 という用語は使わない。使ったとしても、 「キャラクター」と対立する概念としては用いな い。本発表では、筆者の考える「役割語」と「キャラクター」の関係について論じ、また 定延 (2011) の「発話キャラクタ」との関連についても述べる。 2. 役割語の定義 金水 (2003) では、役割語を次のように定義している。 ある特定の言葉遣い(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定 の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべるこ とができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使 用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができるとき、その言葉遣いを「役割語」と 呼ぶ。 (金水 2003, 205 頁) この定義はさらに見直す必要が主に 2 点ある。1 つは、「誰が」思い浮かべるのかという 主語が書いていないことである。これは暗黙の「われわれ」ということになるが、それは 日本語であれば日本で育ち、日本語で生活している日本語話者ということになる。そうし て、それらの話者が役割語の知識を「共有」していることが役割語の必要条件となろう。 もう 1 点は、 「人物像」のどこまでを役割語と関連づけるかという問題である。定延(2011) では、 「発話キャラクタ」の表現する範囲を特に設けず、発話キャラクタの言語を役割語と 同一視しているので、 “すべてのことばはとりあえず役割語である” (定延 2011: 81)とい う見方にたどり着くことになる。これに対し論者は、 「役割語」はとりあえず(社会・地域) 方言のステレオタイプという見方をしておくのが便利であると考えている。すなわち、 (実 在と否とを問わず)社会的グループと結びつけられた話し方のパタンを役割語というので ある。これはリアルな言語においても、社会的なグループが言語の変異(地域方言、社会 方言、仲間内ことば、専門用語、符丁、ジャーゴン等)を産みだす母体であり、ことばに よる話者の同一性が想起しやすいからである。従って、性別、年齢・世代、社会的階層や 職業、居住あるいは出身地域などは役割語を持ちうるが、「いい人」「ツンデレ」など社会 的な共同体とはみとめられない話者グループは、そこに特定の話し方があったとしても、 その話し方を役割語とは考えない(後述)。なお、フィクションでは宇宙人や動物、神様、 幽霊も話すが、これらの登場人物の話し方も周縁的な役割語の一種と見なしておく。金水 (編)(2014)『〈役割語〉小辞典』では、この基準に基づいた役割語のヴァリエーション が 53 種類取り上げられている(この要旨の末尾に一覧を付す)。 3. 本発表におけるキャラクターのとらえ方 本発表では、キャラクターはごく緩やかに捉えておく。個体を個体としてでなく、その 属性から捉える時、個体はキャラクターとして捉えられているとみる。また、その属性そ のものもキャラクターと呼ばれる。これは当たり前といえば当たり前の定義だが、 「個体を 表現するための属性」というところが重要である(斎藤 2011)。例えば、「椅子」につい ての属性をいろいろ述べることはできるが、特定の椅子を個体として捉えることは我々の 生活のなかであまりない。たまたまそこにあった椅子として捉えるのみである。しかし椅 子が“擬人化”され、個体として捉えられると、その椅子の属性はキャラクターとなる。 NHK 教育テレビ「み い つ け た ! 」のキャラクタ、コッシー 4. 「役割語」と“キャラクターの言語” フィクションの中には、特徴的な話し方をする登場人物がいるが、上の定義には当ては まらないという話し方も存在する。それらはとりあえず「キャラクターの言語」としてお いて、個々の事例に基づいて分析するのがよいと考える。役割語に当てはまらないキャラ クター言語には次のようなパターンがある。 a. 社会的グループのステレオタイプというよりは、特定キャラクターの個性の表現と なっている話し方。 b. 社会的グループに対応しているが、いまだ十分に言語共同体の中で共有されるに至 っていない話し方。 c. 社会的グループに対応しないが、特定の表現ジャンルの中では、ある状況に際して 決まった話し方ある場合。 それぞれについて例を挙げておこう。村上春樹の小説『1Q84』(2009-2010)に登場する 「ふかえり」という少女は、「電報のよう」とか「手旗信号のよう」と形容されるような、 終助詞やイントネーションの乏しい話し方をする。これは、小説世界においてふかえりが 果たす、一種の巫女的な役割にふさわしい話し方と考えることが可能である。むろん、こ の話し方を役割語と呼ぶことはできないが、特定キャラクターの個性の表現と考えること は可能である。 「あってもらいたいひとがいる」とふかえりは言った。 「僕がその人に会う」と天吾は言った。 ふかえりは肯いた。 「どんな人?」と天吾は質問した。 質問は無視された。「そのひととはなしをする」と少女は言った。 「ニチヨウのあさはあいている」と疑問符のない質問を彼女はした。 「あいている」と天吾は答えた。まるで手旗信号で話をしているみたいだ、と天吾は 思った。 (1Q84: Book 1, 98 頁) 次に、社会的な共有が果たされていないために役割語とは言えない例として、中国人の 表現としての〈アルヨことば〉とその周辺を例としてあげよう。 〈アルヨことば〉の特徴を 備えた話し方がフィクションで用いられた早い例として宮沢賢治「山男の四月」(『注文の 多い料理店』1921)を挙げることができる。 支那人はそのうちに、まるで小指ぐらゐあるガラスのコツプを二つ出して、ひと つを山男に渡しました。 「あなた、この薬のむよろしい。毒ない。決して毒ない。のむよろしい。わたしさき のむ。心配ない。わたしビールのむ、お茶のむ。毒のまない。これながいきの薬ある。 のむよろしい。」支那人はもうひとりでかぷつと呑(の)んでしまひました。 (宮沢賢治「山男の四月」1921) ただし、同時代においてここに見られるような「ある語法」 「よろしい語法」を含む典型 的な〈アルヨことば〉は中国人の表象としては一般的ではなかった。ほぼ同時期に同様の 主題で書かれた夢野久作「クチマネ」(1923)にはまったく〈アルヨことば〉は使われて いないし、また他のポピュラーカルチャー作品では、明治以来の「あります語法」を用い た表現の方が一般的であった。 〈アルヨことば〉が一般的となるのは、昭和に入ってからの 「のらくろ」シリーズなど影響力のある作品が出てきてからである。このような意味で、 宮沢賢治の表現は時代を先んじてはいたが、 〈アルヨことば〉は中国人の役割語であったと はいいがたい(金水 2014)。 最後に、c のパターンは、 「ツンデレ」少女の話し方を挙げることができる(冨樫 2011; 西田 2011)。一部のアニメやマンガでは、少女が好きな男性の前でわざとつっけんどんな 態度を取ることを「ツンデレ」と称するが、その際、 「べ、別にあんたのことなんか何とも 思ってないんだからね」「チョコレートもらえるだけでもありがたいと思いなさい」など、 言いよどんだり、言いさし表現を使ったり、高飛車な物言いをすることがパターン化して いる。また受容者はこういったパターンそのものを評価し、楽しんでいるのだが、こうい った中核的なファンの共同体の外では必ずしもこれらの表現パターンが「ツンデレ」の表 象であることが共有されているわけではない。この点で、 「ツンデレ」語法は役割語とは言 えない。 5. フィクションの構造と役割語 フィクションで用いられる台詞の話し方は基本的に制作者の意図に沿って決定されてい ると仮定できる。フィクションの登場人物を仮に 3 つに分けてみよう。第 1 のグループは 主役およびほぼ主役に近い位置にある人物、第 2 のグループは主役を取り巻き、ストーリ ーの進行上重要な役目を果たす人物、そして第 3 のグループはほとんど名前が与えられる ことも少ない、いわばその他大勢の人物である。役割語が最も効力を発揮するのが、この 第 3 のグループの人物である。役割語を話すことによって、それがどのような場面で、話 し手がどのような役目を果たしているかということが的確に表現できる。第 1 のグループ の主役級の人物は、発話量が最も多いことが普通であり、またフィクションの受け手が一 番自己同一化をしやすい人物でもあるので、あまり強い役割語は避けられ、むしろ標準語 に近い話し方をするケースが多い(これを「役割語セオリー」と言う。金水・田中・岡室 2014)。第 2 のグループは、役割語の適用もよくあるが、重要な人物ほど単純な役割語で はなく、役割語の度合いを薄めたりもっと濃くしたり、あるいは混ぜ合わせたりずらした りするなど、人物の個性を強めるために話し方が工夫されることがある。また第 1 のグル ープも方言など標準語以外の話し方をすることがあるが、これも人物の個性の表現であり、 役割語とは機能が異なる。 言及文献 金水 敏 2003 『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店. 金水 敏 2014 『コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれるとき』岩波書店. 金水 敏(編) 2007 『役割語研究の地平』くろしお出版. 金水 敏(編) 2014 『〈役割語〉小辞典』研究社. 金水 敏・田中ゆかり・岡室美奈子(編) 2014 『ドラマと方言の新しい関係: 『カーネ ーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ』笠間書院. 斎藤 環 2011 『キャラクター精神分析:マンガ・文学・日本人』筑摩書房. 定延利之 2011 『日本語社会 のぞきキャラくり:顔つき・カラダつき・ことばつき』 三 省堂. 冨樫純一 2011 「ツンデレ属性における言語表現の特徴:ツンデレ表現ケーススタディ」 金水(編)(2011)pp. 279-295. 西田隆政 2011 「役割語としてのツンデレ表現: 「常用性」の有無に着目して」金水(編) (2011)pp. 265-278. 金水 敏(編)(2014)に収められた役割語の一覧: アリマスことば、アルヨことば、田舎ことば、宇宙人語、江戸ことば、演説ことば、王様・ 貴族語、大阪弁、大阪弁・関西弁、沖縄ことば、奥様ことば、おじさん語、お嬢様ことば、 男ことば、おネエことば、お婆さん語、お姫様ことば、尾張ことば、女ことば、 片言、上方ことば、神様語、ギャル語、九州弁、京ことば、公家ことば、軍隊語、芸人こ とば、権力者語 じい語、下町ことば、執事ことば、上司語、少年語、女学生ことば、書生語、スケバン語、 相撲取りことば 中国人語、町人ことば、土佐弁、 名古屋弁、忍者ことば、 博士語、ピジン、武士ことば、 舞妓ことば、メイドことば、 やくざことば、遊女ことば、幽霊ことば、 老人語、若者ことば
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