ホール・オルガニスト 梅干野安未の オルガン通 信 V OL . 4 6 2 0 15 . 0 2 . 15 Les Amis de l’Orgue de Tokorozawa MUSE 2015 年最初のオルガン通信です。 今年もあっという間に一ヶ月が経過しました。年始から痛ましい事件がいくつも起こっていますが、 世界中が平和となる一年を心から願うばかりです。所沢ミューズに繋がる皆様が、芸術とともに幸多 き一年をお過ごしになりますようお祈り申し上げます。 さて、3 月14日(土)に開催されます、私のホールオルガニストとしてのデビューリサイタル 《音の魔術師フランツ・リスト》がいよいよ来月と迫って参りました!!この公演を何倍も楽しんで頂く ため、オルガン通信も拡大版でお届けいたします。 まずはこの一枚から!先日、公演の前半で行う『オルガンとピ アノの聴き比べ』のために共演して下さるピアニストの岡田将さ んにお会いしました。リスト国際コンクール優勝という輝かしい キャリア、そして現在は神戸で後進の指導にあたりながら演奏活 動をなさっている岡田さん。直接お会いするのは初めてだったの で少し緊張の面持ちで待っていました。でも、そんな思いを吹き 飛ばして下さるほど親しみ易く、穏やかな笑顔の方でした。岡田 さんと共演できること、そして渾身のリストを聴けるのが、今か ら本当に楽しみです。 『リストは実に様々な顔を持つ作曲家です。 その中でも今回は、オルガンとピアノ作品にスポットを当てたコラボレーションがとても面白いと思います。 オルガンは建物(空間)と一体となって響く楽器なので、ピアノとまた違った響きをホールで楽しんで頂きた いです。』(岡田将さんのコメントより) 音楽史 上、最も《モ テた男》フラ ンツ・リスト を聴く!! 演奏会に向けて今、『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』(浦久俊彦著、新潮新書)という、 ある意味衝撃的なタイトルの本を読んでおります。じつにオモシロイ!題名から想像するほどスキャンダラス な内容ではなく、その当時の音楽事情や文化的背景の詳細も含め、リストの本当の姿を知る事ができます。他 の書物では取り上げられにくい音楽史上最も『 モ テ た 男 』 の魅力の所以、総合芸術家としてのリストの生き 様に圧倒されます。同時代に同じくパリで活躍したショパン人気の影に隠れがちで、超絶技巧のみが注目され ることの多いリストですが、今回ぜひ新たな魅力を発見して頂ければと思います。3 月14日の公演にむけて、 ぜひとも皆様にお勧めしたい一冊です! 『天才ピアニスト』、 『ヴィルトゥオーゾ』という印象の強いリストです が、意外にも36歳の若さでコンサート・ピアニストとしての輝かしいキャリア を引退します。パリのサロンで大成功を収め、演奏ツアーでヨーロッパ中を旅し ていたリストはその後、ドイツ・ヴァイマールで宮廷音楽長に就任し、作曲や 指導に専念します。幼少の頃からカトリック信仰の深かった彼は、この頃から 様々な作品をオルガンに編曲したり、大規模なオルガン作品を書き始めます。 リストは生涯を通して、自分のピアノリサイタルで演奏できるよう沢山の作 品を編曲しましたが、オルガンの上でもそれを行っていたのです。今回は、 ピアノさながらにオルガンにも精通していたリストの、編曲・ 『音の魔術師』 としての姿をクローズアップします。 ところで、今回のオルガンリサイタル《 音 の 魔 術 師 フ ラ ン ツ ・ リ ス ト 》 はとにかく凄いのです!なにが、 どのように凄いかというと、 ☆ オルガン公演なのにピアノも聴ける! ☆ しかもオルガンとピアノで、響きの聴き比べが出来る! ☆ 舞台上のオルガン移動演奏台も大活躍! ☆ リストだけでなくバッハ、ワーグナーやショパンの作品も聴ける! ☆ 後半は大スクリーンでオルガンの演奏姿を近くで見られる! 2階の奥でどっしりと構えるオルガンの真ん中に、ぽつんと遠くに見えるオルガン奏者ですが、今回は舞台 にも降りて参ります!前半舞台ではピアニストの岡田将さんをお招きしてピアノとオルガンの聴き比べコー ナーを設け、解説を交えながら進めていきます。舞台にピアノとオルガンの移動演奏台が並ぶ事など、滅多に ありません!編曲の魔術師としての側面をより深く知って頂くため、リストのオルガン作品を、彼自身の手に よってピアノ用に編曲された作品を実際に響かせ、対比させてみようと考えました。解説を交えながら、実際 に違いが見られる箇所をピックアップし、違いを聴いて頂きます。 どちらがベストなのかを競うのではなく、両方の楽器を熟知し、 それぞれの楽器の特性を活かした書法で作曲したリストの技を一 緒に味わいましょう! もちろんワーグナーのオペラ作品や、バッハのカンタータをリ ストがオルガン用に編曲した作品も演奏しますので、これを期に、 オルガンという楽器の幅広い魅力を知って頂ければと思っており ます。後半は頭上、側面、足もとから 3 カ所を映し出す高性能カ メラを駆使した舞台上のスクリーンで演奏を迫力満点にご覧下さ い。(写真左:オルガンとスクリーン) まだミューズのオルガンを聴いた事が無い方は、是非この機会を お聴き逃し無く!そしていつもいらして下さる方には、今までに 無い様なユニークなオルガン公演を考えていますので、沢山の皆 様のご来聴をお待ちしております。 【検証】オ ルガンとピアノの違い とは!? 「ピアノとオルガンって何が違うの?」とい う質問をよく頂きます。実際同じ鍵盤楽器なの で違いが分かりにくいですが、実は構造が全く違うのです。私達オルガニストの多くは幼い頃からピアノを 始め、あるときふとパイプオルガンに出会ってその魅力に引き込まれていくケースが多いと聞きます。私も 例外にもれず中学の終わり頃にその出会いがやってきました。そこでまず最初に先生から口を酸っぱくして 教えられるのが、この『オルガンとピアノの違い』をはっきりと理解する事!そうでなくてはオルガンが美 しく響きません。今回は簡単にその違いをまとめてみました。 ピアノ 構造の違い オルガン 鍵盤を押すと、それに連結するハンマー 鍵盤を押すと、その動きが密閉された風箱の上 がその音に対応する長さに張られている に立っているパイプの下の弁に伝わり、その弁 弦を叩いて音を出す。 が開くと風箱の風がパイプに流れて、音が出る。 音域の違い 88 鍵(7オクターヴと 3 鍵 A0-C8) 56 鍵(4オクターヴと7鍵 C2-G6) 音色の違い メーカーが変わっても基本的に鍵盤は 鍵盤が1段∼5段のものまで、音色も1種類か 1段で、ピアノの音色の定義は一定。 ら 100 種類を超えるものまで様々。 演奏上の違い 一度鍵を押したら音が減衰する。 打鍵の強弱がそのまま音に反映する。 鍵を押してもその指を戻すまで音が持続する。 打鍵の強弱は音に反映されない。 ペダルの効果 減衰する音を繋げるダンパーペダルなど 独立するペダル鍵盤(音域 2 オクターヴ半)を 音に効果を加える役割。 有し、低音の補強などの役割。 《楽譜をみてみると》 ピアノとオルガンでは得意な音形や響きのよい音形がちがいます。同じ作品をオルガンとピアノそれぞ れに編曲する場合、リストはどのようにしていたのでしょう。例えば、今回聴き比べで演奏する《BACH のテーマによる前奏曲とフーガ》の冒頭では、違いも歴然です。下記のピアノ版の譜例をみると、冒頭、 左手でオクターヴの音形(矢印の部分)が連続します。では、オルガン版はどうなっているでしょうか? オルガンの楽譜は通常、手鍵盤とペダル鍵盤のために 3 段譜で書かれます。ピアノ版では左手で弾いて いた部分を足鍵盤で(矢印の部分)演奏します。オルガンは、ピッチの異なる音色を重ねる事で、一つ の音を弾いても1、2オクターヴ高い(低い)音を同時に出す事ができます。なので、ここではオクタ ーヴではなく単音で演奏されるのです。 3 月14日の公演では、この作品のほかにショパンのピアノ前奏曲をリストがオルガンに編曲した作品を 題材に、更に踏み込んで違いを聴いて頂きます。 リストとオルガン ハンガリーのライディング(現オーストリア)に生まれ、幼少から音楽教 育をうけるためパリに移り、その後世界中を転々としたリスト。一般的に はハンガリー人と言われることが多いですが、母国語を持たず、流暢なフラ ンス語とドイツ語を操り、音楽としてはドイツ・ロマン派と分類される放浪の人リスト。天才として名を馳 せ、女性関係も華やかだった人生の裏側には多くの苦難と挫折があったと言います。確固たる母国もなく、 放浪する芸術家リストが生涯を通して信じ続けたもの。それはカトリック信仰でした。芸術に対する苦悩、 恋人との別れや子供との死別などを経てリストは 54 才の時、ローマで聖職者となるのです。小さい頃から 教会にあったオルガンに触れ、コンサートで立ち寄る 教会でもオルガンを試していたことでしょう。右の楽 器はリストがドイツ・アルテンブルクの自宅に所有し ていたもので、ピアノとハルモニウムの機能を一台で 兼ね備えています。3 段鍵盤とペダル鍵盤付きの、当 時開発された最新の楽器です。 36 歳でヴァイマールに移り宮廷音楽家としての新た な一歩を踏み出したリストは、指揮するオーケストラ があったことから、作曲にかける情熱をピアノからオーケストラへと移していきます。そのころオルガンも 丁度転換期を迎えており、バロック時代のはっきりとした音色から、オーケストラの様な豊かな音色を奏で るオルガンへと変貌を遂げていました。 そんな頃 、ヴァイマールからほど近いメルゼブルクという 街で、あるオルガンに出会います。リストはそのオルガンの響 きに強く感銘を受けました。新時代の幕開けと言えるその大オ ルガンを作ったのはオルガン製作の名匠ラーデガスト。1855 年、このオルガン改修後の完成お披露目演奏会のためにオルガ ンソロの作品を委嘱され、そのために作曲したのが、今回演奏 する《BACH のテーマによる前奏曲とフーガ》です。でも実際 は演奏会までに完成が間に合わず、この時には既に作曲されて いた作品を演奏したのです。かのリスト氏でも締め切りをオー バーする事があるのです!それほどに、この美しい響きのオル ガンはリストの心をとらえ、迷わせたのかもしれません。 その後、 50歳でヴァイマールを去りローマへの移住を決意。そのころリストには、24 歳から 9 年 間ともに生きたマリー・ダグー伯爵夫人との子供、ダニエルとブランディーヌを続けざまに亡くし、恋人 カロリーネとの破局など、次々と苦難が襲い掛かります。その頃作曲されたのがオルガン作品《「泣き、嘆 き、悲しみ、おののき」による変奏曲》です。バッハのカンタータ 21 番とロ短調ミサの十字架の場面を テーマに、その頃のリストの心と信仰心を表す壮絶な受難曲を生み出しました。ピアノから、より豊かで 詩的な響きを求めてオーケストラ、そしてオルガンへと翼を広げたリストの世界観が集約されています。 1歳の差で生を受けたショパンとリスト。ポーラン ドの英雄としてパリで一世を風靡したショパンとハ ンガリーからパリに出てきた神童リストは、深い友情で結ばれます。当時のパリは今 以上にヨーロッパのあらゆる文化の中心で、教養の高い貴族達の間で行われたサロン が大流行していました。その中で《ピアノの詩人ショパン》と《甘いマスクの神童リスト》 は一躍スターへと昇り詰めました。どちらも美男子。それは女性関係もお盛んなはずで、これもパリの閉 鎖的なサロンで外国出身の彼らが成功する助けとなりました。お互いライバル関係にありながら、其々が 持つ才能を尊重した二人の天才。ショパンの早すぎる死に、真っ先に追悼の書『F.ショパン』を書いたの は他ならぬリストでした。彼は後に、ショパンのピアノの前奏曲集 Op.28 から最も有名なホ短調の前奏曲 ほか数曲をオルガン用に編曲しました。 ドイツ孤高の天才ワーグナーの2歳年上のリスト。高 慢な性格が災いして孤立していたワーグナーの才能を 前回 高く評価し、積極的に作品を演奏しました。ワーグナーが国家反逆罪で指名手配中の際 も、代表オペラ《タンホイザー》を率先して演奏したといいます。この作品はオルガン用に も編曲されました。ここからが世紀の大スキャンダル!リストの娘コジマは、19 歳で父の弟子ビューロー と結婚します。しかし、運命のいたずらか、父と親しかったワーグナーに、幼いコジマは秘かに魅かれて いたのです。そして夫ビューローを捨て、挙げ句の果てに父と同年代のワーグナーと結ばれたコジマ。そ んな彼らをリストは許す事ができず、絶縁状態が続きます。しかし数年後、リストが最後を遂げた場所は なんとバイロイト!ワーグナーとコジマのいる地で二人と和解できたリストは、心穏やかに天に昇ったこ とでしょう。 さあ、みなさま、3 月14日はリストを聴きにミューズへお越し下さい!
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