神戸一郎

「名」の字の初形・初義について
認定講師 神戸 一朗
当機構では、「自分の名前の字を古代文字でハンコに彫ってみよう!」という企画を子
どもたちといっしょに長年取り組んでいる。
「君の名前の字の古代の文字はこんなかたちだよ。」とただ教えるだけでなく、それがどう
いう意味の字で、何をかたどった字であるか、なぜそのような意味になるのかを説明してい
る。
ただ、このごろの若い親御さんの子どもの名前の付けかたというのは、どうやら先に音を考
えて、それにどんな素敵なかわいらしい字を当てるか、というふうにやられている場合が多
いらしく、以前には考えられなかったような西洋風の名前がつけられたり、以前なら使われ
なかったような字が、名前の字として登場してくる。これも現代日本の文化のありようのひと
つなのだと思う。そのせいかどうか、甲骨文・金文といった古代の文字にはないような字の
方が多くなって、しばしば対処に苦慮する羽目になる。
ところで、名前の「名」の字の初形についてだが、落合淳思さんの「漢字の成り立ち」と
いう本を読んでいたら、「時代差の軽視」という項で、「白川は『名』の字源について、
『夕』の部分を『祭肉の形』、『口』の部分を『祝祷を収める器の形である呰』とし、肉を用
いた祭祀を表す文字と解釈した。しかし、これも時代が下って字形が変化したものであり、
甲骨文の段階では肉ではなく月の形を用いていた。白川は『字統』で甲骨文字の字形を
挙げていないので、それを見落として西周金文を最古の形と考えたようである。 … 『名』
は股代には祭祀名であり、 … 字源は夜間に行われた祭祀であったとするのが妥当で
あろう。」と述べている。
実はボクも、甲骨文字に「月」と「口」に従う字を見つけて、しかも用例からするとどう見て
も祭祀を意味するらしいことから、「あれ?」と思ったことがあった。
このあたりのことは判断のむつかしいところで、先生がその甲骨文の字形との関係に触
れていないが、卜文に「月」と「呰サイ」に従う字があることはもちろん先生はご存じなわけ
で(〔説文新義〕)、ただその字は「なまえ・なづける」意ではないので、これは「名」の初形で
はないと判断され、「名、なづける」の初形は西周中後期の金文にあらわれるものがそれ
だと判断されているからなのだ。
落合さんの説明だと、「名」の字形は一貫して「月」と「呰サイ」であり、それが仮借か引
伸かで「銘」や「名」の意になったということになるが、「月」と「口」に従う甲骨文の字と、
「肉」と「口」に従う西周以降の字との間には、形の上からも、意味の上からも、断絶があ
る。別字なのである。「肉」の形が「月」の形に書かれたり「夕」の形に書かれたりし、また
「月」の形が「月」の形に書かれたり「夕」の形に書かれたりすることからくる混乱であろう。
こういうことに気づくのも、古代の漢字の字形について勉強をしていく楽しみのひとつである。