食品中のシュウ酸定量分析の検討

群 馬 県 立 産 業 技 術 セ ン タ ー 研 究 報 告 ( 2013)
食 品 中 のシュウ酸 定 量 分 析 の検 討
関口昭博・吉野功
Examination for the determination of oxalic acid contents in foods
Akihiro SEKIGUCHI , Isao YOSHINO
食 品 中 の シ ュ ウ 酸 の 定 量 を 目 的 に GC 法 と HPLC 法 を 検 討 し た 。 標 準 試 料 に つ い て 検 量
線を作成したところ、いずれの方法でも高い直線性を示した。そこで作業の効 率を考えて、
エ ス テ ル 誘 導 体 化 を 必 要 と し な い HPLC 法 で 、 実 サ ン プ ル を 分 析 し た 。 水 溶 性 シ ュ ウ 酸 塩
で あ れ ば 、 ポ ス ト カ ラ ム BTB-HPLC 法 で 分 析 で き る こ と が 分 か っ た が 、 不 溶 性 シ ュ ウ 酸
塩は夾雑成分を除くための前処理を工夫しないと分析が難しいことが分かった。
キーワード:シュウ酸、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー
In order to determine oxalic acid contents in foods, we tried GC and HPLC analysis.
In both analysis standard curves of oxalic acid exhibited high linearity. Therefore, in
view of efficiency of work, we analyzed actual samples by HPLC which doesn’t require
esterification. Soluble oxalate could be determined by post-column BTB-HPLC
method. However insoluble oxalate was found to be difficult to determine without
pretreatment of removing contaminant.
Keywords: oxalic acid, GC, HPLC
1
はじめに
離が難しいため、このシステムでは分離定
量できなかった。
シュウ酸はエグ味の主成分と言われ、山
有 機 酸 の 分 析 手 法 と し て 、 上 記 の HPLC
芋やコンニャク芋、ホウレンソウなどに多
法 以 外 に 誘 導 体 化 に よ る GC 法 が 知 ら れ て
く含まれている有機酸の仲間である。最近
い る 。 HPLC 法 に 比 べ 、 分 解 能 が 高 い と
は消費者クレームに対する原因解明のため
いうメリットがあるが、誘導体化が必要で
の分析、シイタケ栽培の生育指標のための
あり、手間がかかるといったデメリットが
基礎データ収集など、シュウ酸分析の依頼
あ る 。 一 方 HPLC 法 は 、 誘 導 体 化 の 必 要
がある。しかしシュウ酸の定量分析に関し
はなく、前処理が比較的簡単といったメリ
ては対応できていなかった。
ットがあり、これまでは分析できなかった
シュウ酸以外のリンゴ酸や乳酸などの有
ものの、分析手法として捨てがたい。
機 酸 は 、 ポ ス ト カ ラ ム BTB-HPLC 法 で 定
そ こ で 本 研 究 で は 、 GC 法 、 HPLC 法 の
量分析しているが、不溶性シュウ酸塩の分
両 方 で 、 特 に HPLC 法 は 、 上 記 の 有 機 酸
析を目的とした食品からの抽出に塩酸を用
分析システムとは別の条件で、シュウ酸の
いた場合、塩酸の影響が大きく、塩酸の大
定量分析を試みた。
きなピークと溶出時間が近いシュウ酸の分
2
バイオ・食品係
実験方法
GC 法 に つ い て は 、 ブ チ ル エ ス テ ル 誘 導
Scientific 製 )
に従
昇 温 条 件 : 50℃ (2min)→ 10℃ /min→ 170℃
った。シュウ酸やその他の有機酸標準試料
→ 1.2 ℃ /min → 230 ℃ 、 検 出 器 : 水 素 炎 イ
を そ れ ぞ れ 誘 導 体 化 後 、 GC に 注 入 し 、 溶
オ ン 化 検 出 器 (FID)
体化法を用いた。誘導体化は常法
1)
検 出 器 温 度 : 240℃
出時間および検量線の直線性を確認した。
HPLC 法 に つ い て は 、 沖 ら の 方 法 2 ) に 準
< HPLC 分 析 条 件 >
じ て 行 っ た ( 以 下 HPLC-UV 法 )。 GC 法
≪ HPLC-UV 法 ≫
同様に溶出時間および検量線の直線性を確
装置:高速液体クロマトグラフ(島津製作
認 し た 。 誘 導 体 化 の 手 順 、 GC 条 件 お よ び
所 )、 カ ラ ム : Unison UK-C18(4.6mmI.D.
HPLC 条 件 は そ れ ぞ れ 下 記 に 示 し た 。 標
× 250mmL.
準 物 質 で の 分 析 が 、 GC 法 、 HPLC-UV 法
度 : 37 ℃ 、 移 動 相 :20mM H 3 PO 4 、 流 速 :
ともに良好だったことから、作業の効率を
0.6mL/min、 検 出 器 : フ ォ ト ダ イ オ ー ド ア
考 え 、 誘 導 体 化 を 必 要 と し な い HPLC-UV
レイ検出器
法に絞って実サンプルの分析を検討した。
量:5μL
実サンプルはキャベツ、春菊、ホウレンソ
≪ BTB 法 ≫
ウ(市内小売店で購入)の3点を分析した。
装置:高速液体クロマトグラフ(日本分
食品からの抽出は、1N 塩酸または蒸留
光 )、 カ ラ ム : Excelpak
CHA-E11
水の2つの抽出溶媒を検討した。試料の
( 300mmL. × 4.6mmI.D.
Yokogawa
40 倍 量 の 1 N 塩 酸 ま た は 蒸 留 水 を 加 え 、
analytical
121℃ で 30 分 間 加 熱 し た 後 、 0.45μ m の
移 動 相 : 3 mM 硫 酸 、 移 動 相 流 速 :
メンブランフィルターでろ過したものを
0.5ml/min 、 反 応 試 薬 : BTB
HPLC に 供 し た 。 そ の 結 果 、 シ ュ ウ 酸 が
( 0.1mM BTB, 15mM リ ン 酸 二 ナ ト リ ウ
Imtakt 社 製 ) 、 カ ラ ム 温
検 出 波 長 : 210nm 、 注 入
systems ) を 2 本 連 結 、
溶 液
でシュウ
ム pH9.6 )、 反 応 試 薬 流 速 : 0.5ml/min 、
酸が検出されたため、水抽出のサンプルに
カ ラ ム 温 度 : 55 ℃ 、 注 入 量 : 20 μ l 、
限 っ て HPLC-BTB ポ ス ト カ ラ ム 法 ( 以 下
検 出 器 : UV/VIS 多 波 長 検 出 器 ( 検 出 波
BTB 法 ) で も 分 析 し た 。
長 : 445nm)
<誘導体化の手順>
<標準試料>
ゼロとの報告があるキャベツ
3)
標 準 試 料 100mg に 1-ブ タ ノ ー ル 2 mL、
GC 法 で は 、 シ ュ ウ 酸 の 他 、 測 定 対 象 食
無 水 硫 酸 ナ ト リ ウ ム 2 g 、 濃 硫 酸 0.2mL
品等に含まれていると考えられるギ酸、酢
を 加 え 、 100℃ 、 30 分 で エ ス テ ル 化 を 行 っ
酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、リンゴ酸、
た 。 そ の 後 、 水 5 mL と ヘ キ サ ン 5 mL を
ピ ロ グ ル タ ミ ン 酸 、 ク エ ン 酸 、 α -ケ ト グ
加えよく混合し、ヘキサン層を取り出した。
ル タ ル 酸 の 10 種 類 を 用 い た 。 濃 度 は い ず
残 っ た 水 層 に ヘ キ サ ン 5 mL を 加 え 同 様 に
れ も 約 100mg を 精 秤 し 誘 導 体 化 を 行 っ た
抽出した。これを3回繰り返し、集めたヘ
が、標準品は塩や水和物となっているもの
キ サ ン 層 を ヘ キ サ ン で 20mL に し た 。 こ
も 多 く 、 酸 と し て 60~100mg で あ っ た 。
こ に 無 水 炭 酸 ナ ト リ ウ ム を 0.5g 加 え て 硫
ま た シ ュ ウ 酸 の 検 量 線 は 、 0 、 50 、 100 、
酸 を 除 き 、 1μ L を GC に 注 入 し た 。
200mg を そ れ ぞ れ 誘 導 体 化 し て 作 成 し た 。
HPLC-UV 法 で は 、 こ れ ま で の 経 験 か ら
< GC 条 件 >
シュウ酸と溶出時間が近いと思われるグル
装置:キャピラリーガスクロマトグラフ
コン酸、酒石酸、ギ酸、リンゴ酸、乳酸、
( 島 津 製 作 所 )、 注 入 口 温 度 : 220 ℃
酢酸の6種類を用いて、ピークの重なりを
注 入 量 : 1.0 μ L
検 証 し た 。 シ ュ ウ 酸 の 検 量 線 は
キャリアガス流量:
1.5ml/min ( He )、 カ ラ ム : DB-WAX
( 30m × 0.25mmI.D 、 0.25 μ m 、 J&W
0.1mg/100mL~ 500mg/100mL で 作 成 し た 。
3
結
3500000
果
3000000
R² = 0.9945
3.1
GC 結 果
標 準 試 料 10 成 分 の ク ロ マ ト グ ラ ム を 図
面積値
2500000
2000000
1500000
1000000
1の A と B に分けて示した。シュウ酸標
500000
準品の検量線を図2に示した。分離は良好
0
で 、 検 量 線 も 200mg ま で の 誘 導 体 化 で あ
0
2000
4000
6000
8000
10000
12000
ppm
れば、直線性が得られることが分かった。
実サンプルを想定した場合、ホウレンソウ
図2
シ ュ ウ 酸 標 準 品 の 検 量 線 ( GC 法 )
の よ う に 、 シ ュ ウ 酸 を 100 g あ た り
横 軸 は シ ュ ウ 酸 0 、 50、 100、 200mg を ブ
1000mg 程 度 含 有 す る 食 品 だ と し て も 、 試
チルエステル化、ヘキサン抽出し、
料 採 取 量 が 10g 以 下 で あ れ ば こ の 検 量 線
20mL に メ ス ア ッ プ 後 の 濃 度
内で測定可能であるため、実質的には
200mg ま で の 検 量 線 で 十 分 と 思 わ れ る 。
3.2
HPLC 結 果
図 2 の 横 軸 は 、 誘 導 体 化 後 の GC に 注 入 し
標準試料7成分のクロマトグラムを図3
た検体中のシュウ酸濃度を示した。ちなみ
に示した。分離はベースライン付近でグル
に図1の A にあるようにピログルタミン
コン酸および酒石酸と重なる部分があるが、
酸 と α -ケ ト グ ル タ ル 酸 は 2 本 の ピ ー ク が
グルコン酸は、食酢でみられる成分であり、
現れた。分解によるものと思われるが、誘
酒石酸はブドウ酒でみられる成分であるな
導 体 化 、 そ し て 高 温 で の GC 分 析 が 検 体 に
ど、シュウ酸を含んだ試料にはあまり見ら
大きな負荷を与えていることがわかった。
れない成分のため、影響は少ないと考えた。
図 4 に 1N 塩 酸 で 調 製 し た シ ュ ウ 酸 標 準 液
コハク酸
Intensity
のクロマトグラムを示した。食品からの抽
ピログルタミン酸(分解?)
出に用いる塩酸の影響については、シュウ
酸 と 塩 酸 の 溶 出 時 間 の 差 は 約 0.5 分 で 、 ベ
ー ス ラ イ ン 分 離 は で き て い な い が 、 BTB
法とは比較にならないほど改善した。塩酸
min
シュウ酸
α-ケトグルタル酸(分解?)
図 1A 有 機 酸 標 準 品 の ク ロ マ ト グ ラ ム
( GC 法 ) シ ュ ウ 酸 を 含 め た 4 成 分 。 そ
れぞれのクロマトグラムを重ね書き。
Intensity
の影響の度合いは、塩酸とシュウ酸それぞ
れの濃度との相対的な関係によるが、図4
に 示 し た よ う に 、 た と え ば 1N 塩 酸 で あ れ
ば 、 シ ュ ウ 酸 7.5mg/100mL ま で の 定 量 に
はほとんど影響がないと思われた。個々の
食品のケースで注意する必要はあるが、本
研究の条件では、塩酸の影響は小さいと判
酢酸
断した。また比較した他の 6 つの有機酸
乳酸
フマル酸
試 料 が い ず れ も 50mg/100mL で あ る の に
対 し て 、 シ ュ ウ 酸 は 5mg/100mL で あ り 、
リンゴ酸
210nm に お け る 吸 光 強 度 が 高 く 、 感 度 が
クエン酸
良 い こ と が わ か っ た ( 図 3 )。 こ れ は 夾 雑
ギ酸
図 1B
シュウ酸
min
有機酸標準品のクロマトグラム
( GC 法 ) シ ュ ウ 酸 を 含 め た 7 成 分 。 そ
れぞれのクロマトグラムを重ね書き。
成分の多い実試料を分析する上でも有利な
点である。検量線は図5に示したように
200mg/100mL ま で は 直 線 性 が 得 ら れ た 。
し か し 50mg/100mL 以 下 に な る と 測 定 値
が低くなる傾向があった。理由は分からな
いが、より正確にデータを得るには、サン
実 サ ン プ ル を HPLC-UV 法 で 検 討 し た 。
図 6 に 1N 塩 酸 で 抽 出 し た キ ャ ベ ツ の ク ロ
酒石酸
シュウ酸
マトグラムを示すが、シュウ酸の位置にピ
ークが現れた。図には示さないが水抽出で
もシュウ酸の位置にピークが現れた。しか
しキャベツはシュウ酸がゼロとの報告があ
リンゴ酸
ギ酸
る 3 )。 そ こ で 水 抽 出 サ ン プ ル に 限 っ て
乳酸
グルコン酸
酢酸
BTB 法 で 分 析 し た と こ ろ 、 図 7 の ク ロ マ
トグラムを得た。図7の上がキャベツの水
抽出の結果で、下がホウレンソウの水抽出
の結果である。シュウ酸のピークがキャベ
図3主な有機酸標準品のクロマトグラム
( HPLC-UV 法 ) シ ュ ウ 酸 は 5mg/100mL、 そ
の 他 は 50mg/100mL
5μ L 注 入
ツ で 見 ら れ な い こ と か ら 、 HPLC-UV 法 で
得られたシュウ酸のピーク(図6)には、
シュウ酸以外の成分が重なっていたことが
分かった。抽出に塩酸を使用しなければ水
溶 性 シ ュ ウ 酸 塩 に 限 っ て は BTB 法 で も 測
定 で き る た め BTB 法 で 改 め て 分 析 し た と
ころ、キャベツと春菊のシュウ酸含量はゼ
ロ で 、 ホ ウ レ ン ソ ウ は 453mg/100g だ っ
た。不溶性シュウ酸については、抽出に塩
酸 を 用 い る た め BTB 法 で 分 析 で き な い の
塩酸
は、すでに述べたとおりである。そのため
新 た に HPLC-UV 法 を 検 討 し 、 塩 酸 の 影
響を小さくしたが、逆に夾雑成分を除く必
min
図4
1N 塩 酸 で 調 製 し た シ ュ ウ 酸 標 準 品
の ク ロ マ ト グ ラ ム ( HPLC-UV 法 )
要が生じた。結果として、実サンプルのシ
ュウ酸分析は、水溶性シュウ酸塩であれば
BTB 法 で 測 定 で き る こ と が 分 か っ た が 、
不溶性シュウ酸塩は夾雑成分を除くための
前処理を工夫しないと難しいことが分かっ
1回目
14000000
た。夾雑成分を除く方法の一つとして、エ
タノール可溶分を除いた後に、不溶性シュ
R² = 0 . 9 9 9 8
12000000
ウ酸塩を抽出する方法が報告されている
面積値
10000000
4)
。抽出方法については今後の課題とし
8000000
6000000
た。
4000000
2000000
0
0
50
100
150
200
250
mg/100mL
図5
シ ュ ウ 酸 標 準 品 の 検 量 線 ( HPLC-UV
法)
プル中のシュウ酸濃度の近傍の上下2点間
で検量線を作成するほうが良いと思われる。
3.3
実サンプルの分析結果
図6
キ ャ ベ ツ 1N 塩 酸 抽 出 の ク ロ マ ト グ
ラ ム ( HPLC-UV 法 )
参
考
文
献
1 ) 松 本 清 編 : 食 品 分 析 学 、 166 ( 2006 )
培風館
2 ) 沖 ほ か : 日 作 九 支 報 、 77 、 68-72
( 2011)
3)大川ほか:三重大学教育学部研究紀要、
自 然 科 学 、 50、 79-87( 1999)
4)村上ほか:岡山大学農学部学術報告、
96、 25-28( 2007)
図7
実 サ ン プ ル の ク ロ マ ト グ ラ ム ( BTB
法)上:キャベツ水抽出、下:ホウレン
ソ ウ 水 抽 出 ( BTB 法 )