G ライン合意後の国会論戦は順序が逆

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堤 秀 司
提出された。
〈講演したのは4月 日〉
(共同通信社論説委員長)
6 - 2015
発 行 所
公益財団法人
新聞通信調査会
電話 03(3593)1081
http://www.chosakai.gr.jp/
日本が直接武力攻撃を受けなくても、密接な関
係にある他国が武力攻撃を受け、日本の存立が脅
かされ、国民の権利が根底から覆される危険があ
る「存立危機事態」では、集団的自衛権を行使し
て武力を行使する。存立事態とまでは言えなくて
も、わが国の安全に重要な影響を与える「重要影
響事態」になれば、他国軍への後方支援を行う。
さらに武力攻撃に至らない「グレーゾーン事態」
では、わが国の防衛のために活動している他国軍
を 武 器、 艦 船、 車 両 な ど も 含 め て 守 る。 そ の 他
に、海外で武装勢力により拘束された邦人の救出
等、「関連する法改正事項」が幾つも並んでいる。
目 次 (6月号)
安保法制を問う ・・・・・・・・・・・・・・・・・
堤 秀司… ・
「みなはらから」の原点に立ち帰れ ・・中
・・江 利忠… ・
アフリカが直面する過酷な現実 ・・杉
・・山 正… ・
中澤 克二… ・
習近平の反腐敗 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
特派員リレー報告㊷上海 ・・・・・
一井源太郎… ・
国分 俊英… ・
日記で読む昭和史( ) ・・・・・・・
【メディア談話室】
ソフトな圧力はソフトか ・・・・・・・
井芹 浩文… ・
【プレスウオッチング】
改憲派は性急? 護憲派には無力感? ・・小
・・池 新… ・
【放送時評】
「やらせではないが過剰な演出?」 ・・音
・・ 好宏… ・
【海外情報】
①予想外の結果となった英総選挙
小林 恭子… ・
・・・・
②
FBが高速でニュース配信 ・・・・
津山 恵子… ・
③
メディア融合の最前線 ・・・・・・・・
西 茹… ・
内山 眞… ・
書評『十三億分の一の男』 ・・・・・・
編集後記・読者の声 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
調査会だより ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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政府に言わせると、これによってグレーゾーン
事態から武力攻撃事態まで「切れ目のない」対応
が可能になるというのだが、自衛隊によるさまざ
まな海外での活動をはじめ、あまりにも多くの対
応措置が並び、論点が入り組んでいるために、非
常に複雑なものになっている。これは集団的自衛
権の行使を目立たないようにするためではないか
と勘繰りたくなるぐらい複雑だ。
( 1 )
32 21 16 11 8 1
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40 39 38 34 30 26
どの場面で集団的自衛権行使かが曖昧
自衛隊の海外活動が急拡大
・
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毎月 1 回 1 日発行
1963年 1 月 1 日
新聞通信調査会報
として発刊
Gライン合意後の国会論戦は順序が逆
安保法制法案を問う
自民、公明両党による安全保障関連法案をめぐ
る与党協議がかなりのペースで進んでいる。こん
なにとんとん拍子で進んでよいのだろうかと思う
ほどだが、取りあえず与党協議で政府から関連法
案の原案が示され、法制の全体像が出てきた。
( 注) 与 党 協 議 は 4 月 日 に 再 開 さ れ 、 自 衛 隊
と米軍の協力を地球規模に広げる日米防衛協力指
針(ガイドライン)の決定を挟んで5月 日に合
意に達した。その3日後の 日には、国際紛争に
対処する他国軍の後方支援に自衛隊を派遣できる
ようにする「国際平和支援法案」と、集団的自衛
権の行使に道を開く自衛隊法や武力攻撃事態法、
周辺事態法などの改正案 本をまとめた「平和安
全法制整備法案」が閣議決定され、 日に国会に
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PKOも国際連携平和安全活動も、与党協議の
中では国会承認の在り方が一つの対立点になって
国会承認の在り方が対立点
最大のポイントは「国に準ずる組織」は存在し
ないと見なすという点だ。これまでの憲法解釈で
は、「国または国に準ずる組織」に対して任務遂
行型の武器使用をすると、憲法が禁じる「国際紛
争を解決するための武力行使」に当たる恐れがあ
るとされてきた。ここで言う「国に準ずる組織」
とは「一定の政治的主張と相応の組織が軍事的実
力を持つもの」と定義されるが、例えばタリバン
のようなものだと思っていただきたい。
こ れ ま で は そ う い う 考 え 方 を 取 っ て き た が、
「PKO 参加5原則」には「紛争当事者間の停戦
合意」が入っており、この5原則に基づいて自衛
隊を派遣するのであれは、活動地域は受け入れ国
が統治できていることになる。そうすると「国に
準ずる組織」は基本的に無いし、過去に遭遇した
例も無い。従って、武器を使用しても憲法が禁ず
る武力の行使にならないという解釈をこれからは
採っていくことになる。
南スーダンのPKOに参加している。₂₀11年 武器使用は隊員と自己の管理下に入った者を守る
月から陸上自衛隊の施設部隊が現地でインフラ 「自己保存型」に限定されていたが、これからは
整備をやっている。 年 月に政府軍と反政府勢 離れた場所にいる他国の部隊とか民間人が攻撃を
力の間で戦闘があって数千人が亡くなり、 万人 受けた時に自衛隊が駆け付けて救助する「駆け付
の市民が国連施設に押し寄せて、自衛隊も国連施 け警護」、任務の妨害を排除する「任務遂行型」
設にとどまらざるを得ない状況が1年近く続いた の武器使用も認めることになる。
のを覚えている方もいると思う。
﹁国に準ずる組織﹂は存在せず
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PKO法を改正、武器使用制限を緩和へ
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PKO的活動(国連が統治しない人道復興支援
や安全確保の活動)は、
「国際連携平和安全活動」
という呼び方をすることになった。その一つとし
て、日本は参加していないが、ソロモン地域支援
ミッションというものがある。新首相選出をめぐ
って住民暴動が起きたソロモン諸島の政府からの
要請で、 年からオーストラリア、ニュージーラ
ンドなど カ国が参加している。
これを今後どうするかだが、まずPKO法を改
正し、国連決議によるPKOの業務を拡大する。
停戦の監視、選挙の監視、紛争による被災民の救
援、破壊されたインフラの復旧というこれまでの
業務に加え、治安維持などの安全確保もできるよ
うにする。国際連携平和安全活動では自衛隊を随
時派遣できるようにする。PKOと国際連携平和
安 全 活 動 の 二 つ に 適 用 さ れ る 「P K O 参 加 5 原
則」の中にある武器使用を緩和する。さらに、5
原則に基づいて派遣する場合には、自衛隊の活動
地域には「国に準ずる組織」は存在しないと見な
すことにした。
これまでのPKO協力法やイラク特措法では、
( 2 )
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リスクが高いのはPKO
報道する立場として幾つか整理をしてみようと
いうことで、安保法制に収められている事態ある
い は 対 応 措 置 を、 実 際 に そ の よ う な 場 面 に 遭 遇
し、対応が迫られる可能性が高い、つまりリスク
が高い順に並べてみた。最初に来るのは国連のP
KO(平和維持活動)と、国連が中心にはなって
いない人道支援などの「PKO的活動」と言われ
るもの。二つ目が国際平和支援法で、新たにつく
る恒久法だ。三つ目は重要影響事態で、周辺事態
法を改正して重要影響事態法にする。そして四つ
目は存立危機事態、これは集団的自衛権行使に絡
んで く る 。
大体この順番になるが、専門家の言う烈度、つ
まり事態の深刻度からいくと、存立危機事態、重
要影響事態、国際平和支援法、PKOとPKO的
活動という逆の並びになる。重要影響事態と存立
危機事態は日本の安全に直接関わってくるもの
で、好むと好まざるにかかわらず、対応せざるを
得ない事態だ。PKOとPKO的な活動、国際平
和支援法に基づく活動、この二つは国際貢献や同
盟強化に関するもので、対応するか否かは日本の
側に 選 択 の 余 地 が あ る 。
このような分け方ができるが、それ以外にもグ
レーゾーン事態や船舶検査、邦人救出など、いろ
いろある。これはどうでもいいというわけではな
い が 、 ひ と ま ず 「 そ の 他」 と し て ひ と く く り に
し、 脇 に 置 い て 話 を 進 め た い 。
まずPKOとPKO的活動だが、日本は現在、
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いた。公明党は自衛隊の海外派遣については「例
外なき国会の承認が必要」という立場を取ってき
たが、最近の協議を見ていると、PKO協力法の
改正では「PKOの活動については例外規定を設
けよう。緊急の場合は事後承認でもよい」と言っ
ている。国際平和支援法に基づく自衛隊の派遣の
場合は、公明党は依然として、「例外なし、全て
に国会の事前承認が必要」という立場を崩してい
ないが、「緊急時は取りあえず派遣し、₇日以内
に国会で報告し、議決を得る」という条件を付け
れば、この対立点もクリアできるのではないかと
いう 話 に な っ て い る 。
この重要影響事態については、一つは自衛隊を
派遣する場合、どういう事態で派遣するかがまだ
よく詰められていない。中国と周辺諸国との対立
が激化している南シナ海で起こり得る事態への対
応を想定しているといわれているが、与党協議で
は、想定される事態などについて具体的な話は出
なかった。もう一つ、後方支援をする場合の対象
国の範囲も曖昧なままになっている。当面はオー
ストラリアになるのかもしれないが、ここもあま
りはっきりしない。
(注)重 要 影 響 事 態 法(周 辺 事 態 法 か ら 改 称)
では、国会の事前承認なしに自衛隊を派遣できる
ようになっている。政府が出したいと考えれば、
国際平和支援法よりも、こちらを使うだろうとい
われ、いわば「抜け道」になる懸念が指摘されて
いる。
ホルムズ海峡機雷掃海に行けるか
四つ目の存立危機事態だが、武力行使の3要件
が満たされる「存立危機事態」で、集団的自衛権
の行使が限定容認され、武力行使ができることに
なっている。ここでよく話題になるのがホルムズ
海峡での機雷掃海に果たして自衛隊を派遣できる
かという点だが、公明党は「行けない」、自民党
は「行ける」。双方言いっ放しのまま、最終的な
結論は出ていない。
公明党は法の目的のところに「日米安保条約の
効果的な運用に寄与し」という文言を残すよう求
めており、これは残ることになった。「日米安保
条約」という言葉を残すことで、日米安保条約に
( 3 )
(注)最終的に、国際連携平和安全活動のうち
治安維持と停戦監視任務のみが事前承認の対象と
なり、国会閉会中や衆院解散時は事後承認も認め
ることになった。一方、国際平和支援法による派
遣は「国会の例外なき事前承認」が義務付けられ
た。与党協議で自民党は、緊急時に迅速に対応す
るため例外規定を設けるよう強く主張していた
が、 ガ イ ド ラ イ ン 改 定 や 日 米 首 脳 会 談 を に ら ん
で、安保法制の整備に向けた前進を米側にアピー
ルしたいとの思惑も働き、公明党に譲歩した。
三番目の重要影響事態だが、周辺事態法の目的
にある「わが国周辺の
地域」を削り、まず地
理的な制約を撤廃す
る。そして、日本の平
和と安全に重要な影響
を与える「重要影響事
態」で米軍に加え、そ
れ以外の他国軍への支
援も可能にする。活動
地域も「後方地域」か
ら「現に戦闘行為が行
われている現場」以外
に拡大する。これまで
は活動地域は「面」と
して捉えられていた
が、これからはそれが
「点」 に な る と い う こ
とだ。
(共同)
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は 「 極 東 の 平 和 と 安 全 の 維 持」 と い う 文 言 が あ
り、それによってある程度地理的な制約および米
軍支援が基本という歯止めを掛けることができる
と公 明 党 は 考 え た の だ と 思 う 。
与 党 協 議 の 中 で も う 一 つ、 派 遣 の 要 件 と し て
「 他 に 適 当 な 手 段 が な い」 を 入 れ る よ う に 公 明 党
は要求し、これは入った。ただ、この「他に適当
な手段がない」がどれほど歯止めとして働くかは
未知 数 だ 。 こ れ に つ い て は 後 で 説 明 し た い 。
( 注) 結 局 、 与 党 協 議 で 「 ホ ル ム ズ 海 峡」 問 題
は決着しなかったが、安保関連法案提出後の5月
日の参院本会議で、安倍晋三首相は集団的自衛
権行使の要件である存立危機事態について「生活
物資の不足や電力不足によるライフラインの途絶
が起こるなど、国民生活に死活的な影響が生じる
場合」とし、改めて自衛隊を派遣できるとの見解
を示した。停戦前の機雷掃海は国際法上、武力の
行使だが、直接戦闘に参加するわけではないとし
て容 認 す る 構 え だ 。
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先ほど「その他」とひとくくりにしたものには
三つある。一つはグレーゾーン事態での治安出動
だ。例えば武装した漁民が上陸した場合、警察や
海上保安庁の手に負えない時には自衛隊を治安出
動させるという話になっている。治安出動は過去
に発令された例はないが、もしそういう状況で仮
に 治 安 出 動 が 発 令 さ れ、 自 衛 隊 が 出 て 行 っ た 場
合、相手には「軍」が出て来たと認識される。そ
の辺りをよく詰めないで、そのまま通してしまっ
てよ い の か と い う 問 題 が 一 つ あ る 。
二 つ 目 は 船 舶 検 査 だ が、 自 衛 隊 は 警 告 射 撃 を
したり強制的に乗り込んだりはできない。強制的
に乗り込めるように法を整備するという話もあっ
たが、これは見送られた。例えば日本周辺で何か
問題が起きて、他国軍が船舶検査を行う時には警
告射撃をしたり強制的に乗り込んだりできるが、
日本はできないので他国軍とは区域を分けて活動
することになる。それで意味があるのかという問
題もある。
三 つ 目 は 邦 人 救 出 だ。 海 外 で 邦 人 が 武 装 勢 力
に拘束されたり誘拐されたりした場合、自衛隊を
派遣してそれを救出するということだが、これに
はいろいろな条件が付いている。まず当該国の同
意を得ていること。通常なら相手国の警察なり軍
が対応するのだが、現地の治安機関の騒乱への対
処などで外国人の保護まで手が回らなかったり、
特殊部隊を持っていなかったりして、自衛隊の方
が対応能力が高い場合を想定している。
確かに日本の自衛隊にはテロやゲリラに関する
国際協力を主な役割とする中央即応集団があり、
ここに特殊作戦軍というのがある。この中身は明
らかにされていないが、恐らく国際水準の能力が
あると考えられる。しかし、相手国が本来自国の
警察や軍で対応すべきことを、日本にお願いしま
すという状況があるだろうか。
「イスラム国」
(IS)による邦人人質事件があ
ったが、イスラム国という組織が一定の勢力圏を
持っていて、そこにシリア政府の権力が及んでい
ない。あのようなケースでは自衛隊を派遣できな
いので、邦人救出自体、あまり現実味を持たない
ことになってくる。
( 4 )
全て対応可能にし、後で政府が決める
一通り個別の事態や対応措置を説明したが、法
整備全体を見て問題点として指摘できるのは、ま
ず「 立法事実」に乏しいということだ。立法事実
というのは、例えば「少年犯罪が多発しているか
ら、少年法を改正して厳罰化すべきだ」「これだ
け国家の秘密が漏えいしているから、特定秘密保
護法が必要だ」という話だ。そういう事象あるい
は状況が乏しく、いろいろなことをやろうとして
いるのは分かるが、「何のために」とか「実際に
できるのか」といったものが少なくない。「あら
ゆる事態に対応するために」からスタートして、
何でもできるようにしておいて、何をするかは政
府が決めるという流れになっているように思う。
与党協議で最初は、集団的自衛権ではなくて個
別的自衛権で対応できるなど、具体的な 事例の
検討があった。この 事例自体を棚上げにしてし
まったため、どのような場面、状況で集団的自衛
権を行使できるかという点すら、曖昧なままにな
っている。そもそもこの 事例は官僚が考えたも
ので、「集団的自衛権を行使できる例を探せと言
われて、ひねり出した」という発言をして、公明
党の反発を買ったこともあるぐらい、もともとの
事例自体があまり意味のないものだったのでは
ないか。集団的自衛権を行使できるかという点す
ら曖昧なままになっていると話したが、政府・自
民党はホルムズ海峡での機雷掃海機能を挙げてい
る。それが実際できるのかという議論は、公明は
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「行けない」、自民は「行ける」というあたりで先
送り し た ま ま 、 全 く 煮 詰 ま っ て い な い 。
二つ目の問題点は、安倍晋三首相は「湾岸戦争
やイラクでの戦争に参加することは決してない」
と強調し、「限定的」な集団的自衛権の行使とい
うことになっているが、停戦前の機雷掃海は武力
行使であり、これを「限定的な行使」と受け取っ
てく れ る 国 が 果 た し て あ る か 。
アメリカ側の視点から見るとよく分かるが、ア
メリカにとっては自衛隊が何をしてくれるか、参
戦して手伝ってくれるかどうかが重要で、それが
個別的自衛権に基づくものか集団的自衛権に基づ
くものかという日本の中のお家の事情は全く関係
ない。敵対国の側からすれば、「限定的」と言お
うが何と言おうが、日本が参戦したとしか映らな
い。
先ほどグレーゾーンの時にも触れたように、国
民に対して自衛隊が向かうのはいかがなものかと
いうのが長年あって、治安出動はまだ1回も発令
されたことはない。他国に対して、武装勢力に対
して自衛隊が出動すれば、取り締まりをやる警察
せんめつ
あるいは海保ではなく、殲滅を目的に軍が出てき
たと相手は捉えるだろう。ここも一つの問題点で
はな い か と 思 う 。
三つ目の問題点は、自衛隊の海外活動が急拡大
することだ。重要影響事態法によって周辺事態法
にあった地理的制約が取り払われ、国際平和支援
法では支援の基本計画策定や国会承認などを経て
短期間で派遣が可能になる。さらにPKO的活動
( 国 際 連 携 平 和 安 全 活 動) が 加 わ る 。 活 動 地 域 が
いうことだ。公明党は「平和の党」の看板を掲げ
て「歯止め役」を自認しているので、一定の条件
闘争はするが、結局はまとめに動くしかない。
去年3月ごろの与党協議の時に、高村正彦・自
民党副総裁が集団的自衛権の限定容認の根拠とし
て「砂川事件」の最高裁判決を持ち出したが、こ
れに公明党は反発した。公開の場で「砂川事件の
最高裁判決は個別的自衛権について言ったもので
あって、当時はまだ集団的自衛権などという考え
方 は な か っ た」 と 述 べ、 1₉₇₂ 年 の 「政 府 見
解」を探し出してきた。
砂川事件の最高裁判決を踏まえて、最初に政府
が作った「3要件の原案」というのがある。「他
国に対するグループ攻撃が発生し、これにより国
民の生命や権利を守るために不可欠な国の存立が
脅かされる恐れがある場合」というのを出してき
たが、公明党はこれは駄目だと言って蹴った。去
年の与党協議の最中、公明党の北側一雄・副代表
を共同通信に招き、研究会をやったことがある。
その時、「 年見解の原文を探したが、内閣官房
にもないし、外務省にもない。いろいろ探してや
っ と 見 つ け た の が 防 衛 省 だ っ た」 と い う 話 だ っ
た。
この 年見解では、結論はもちろん「集団的自
衛権は行使できない」となっているが、「国民の
生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆さ
れる場合に、自衛権行使できる」という「新3要
件」にそのまま出てくるくだりがあって、国民に
重 点 が 置 か れ て い る。 こ れ は 使 え る と い う こ と
で、これを持ち出してきて、武力行使の新3要件
72
( 5 )
面から点になれば、隊員はより最前線に近づき、
リスクは格段に高まることになる。
結局はまとめに動いた公明党
五つ目の問題点は、与党協議で関連法案の条文
を固めるところまでやり終えて、それから国会論
説という進め方では十分なチェックが働かないと
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自衛隊員の安全確保はどうする?
四つ目の問題は、与党協議の中で公明党が主張
した隊員の安全確保策をどうするかという点だ。
公 明 の 主 張 に 配 慮 し て、 政 府 は 安 全 確 保 策 と し
て、防衛相が活動実施区域を事前に指定する。安
全な活動が困難になった場合は活動を中断する。
活動場所や近くで戦闘行為があったり予測された
りする場合は活動を一時中止するか避難するなど
の対策を示したが、南スーダンPKOの例を見て
も、一連の安全確保策がきちんと実施されるかと
いう疑問が残る。
南スーダンは 年 月に政府軍と反政府勢力と
の戦闘が始まり、数千人が死亡、避難民は1₉₀
万 人 に 達 し、 う ち 万 人 が 国 連 施 設 に 押 し 寄 せ
た。この時、日本政府は「戦闘は武力紛争には当
た ら な い。P K O 法 上 の 紛 争 当 事 者 は 存 在 し な
い」という建前を崩さなかった。もしその建前を
崩 す と、 5 原 則 に あ る 「紛 争 当 事 者 間 の 停 戦 合
意」が満たされなければ撤退することになるから
だ。こういうことが実際にあると、あらかじめ決
めていても、いったん現場に出すと引き揚げるの
が難しいという問題があると思う。
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( 6 )
のたたき台を高村氏が与党協議で示して話がまと
まった。確かに公明党は政府なり自民党から示さ
れた案に対して一定の意見を述べ、反対もし、修
正もするが、基本的には与党の一角としてまとめ
に動 い て い る わ け だ 。
かかると言う。自民党の方も公明党に花を持たせ やるのであれば、マラッカ海峡ではどうなんだと
て受け入れたわけだが、「備蓄」というのが「他 いう議論も当然すべきだが、議論はそこまでもい
の手段」になるのか。備蓄で当分日本がしのげた っていない。このまま国会論戦になだれ込んで、
としても海峡には機雷がそのまま残る、それをど 後は野党に期待するしかないのだが、それでどこ
うするのか。この点はお互いがそれぞれに都合の まで歯止めが掛けられるかというところに不安が
いいように解釈して、曖昧なまま決着した。ここ 残っている。
は、本当はとことん議論しなくてはいけないとこ
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
ろだが、なかなかそのようになりそうにない。
︻質疑応答の一部︼
Q 安保法制の議論で与党、特に自民党内から
結論ありきの日米ガイドライン改定
は反対の声が全然聞こえてこない。テレビで批判
日米ガイドライン改定については、4月 日ま 発言しているのは議員OBばかりで、現役で唯一
でに大筋合意、5月 日に閣議決定という政府が 反対しているのは村上誠一郎議員ぐらいだ。自民
描 い て い る 日 程 が あ る。 ホ ル ム ズ 海 峡 の 問 題 な 党内では村上氏を除いて皆、官邸の言うことだか
ど、積み残された問題がそれまでに詰められるか らといって承諾しているのか。それとも、表には
言えないが、反対の声はあるのか。
というと、あまり期待できそうにない。
A 与党内に反対意見はないこともない。だが
もう一つの問題は、日米ガイドライン改定に最
終合意して、それから関連法案を提出して国会論 公然と表明されることはない。₇~₈年前、元官
戦に臨むというのは順序が逆ではないか。もちろ 房長官の後藤田正晴氏が存命のころ、話を伺った
んガイドラインは日米両政府の政策文書であり、 ことがある。当時、小泉純一郎首相が「自衛隊の
国会承認は必要とされないが、これほどまで国の いるところが非戦闘地域だ」と国会で答弁したこ
ありようを変える大転換に際し、結論ありき、ス とにかなり憤っていて、「イラクのどこに非戦闘
ケ ジ ュ ー ル あ り き の 進 め 方 に は 非 常 に 疑 問 が 残 地域があるんだ。言ってみろ」と私に言われた。
「それは僕に言われても困るんですけど」と返す
る。
ガイドラインの中間報告が出ているが、この中 しかなかった。
後藤田氏は非常に危機感を持っていて、「自衛
に「 年₇月1日の日本政府の閣議決定の内容に
従って、日本の武力の行使が許容される場合にお 隊を使いたくてしようがないんだ」と強い口調で
ける日米両政府間の協力について最終合意の時に 話していた。自衛隊の制服組に電話して「一体何
詳述する」という記述がある。これは要するに集 を考えているんだ」と怒鳴りつけたりもしたが、
団的自衛権行使のことだが、ホルムズ海峡の件も そういう人が今本当にいない。「自民一強」と言
「安倍一強」の方がふさわしい状況で、
詰まっていない。仮にホルムズ海峡で機雷掃海を われるが、
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機雷掃海問題、結局うやむやに
この状況を見ると、恐らく話としてはまとまっ
てしまうだろうと思うが、これまでの経過を見る
と、ホルムズ海峡での機雷掃海とか集団安保につ
いての議論は与党協議の中で安易な形で先送りさ
れ た ま ま、 触 れ よ う と も し て い な い。 公 明 党 は
「反対の立場だ」、自民党は「できる」と、双方言
い合って、そのまま終わりにしてしまうつもりな
のか な と 思 う 。
多少議論の経過を振り返っておくと、自民党は
「ホ ル ム ズ 海 峡 が 機 雷 で 封 鎖 さ れ る と 原 油 の 輸 入
が止まる。経済的損失は免れないから、武力行使
の3要件を満たし、機雷掃海が可能になる」と安
倍首相も国会でたびたび答弁している。これに対
して公明党は「経済的損失で存立が脅かされると
は 想 定 し に く い」 と い う 主 張 を し 、 条 文 の 中 に
「 国 民 を 守 る た め 、 他 に 適 当 な 手 段 が な い」 と い
う要件を明記するよう求めた。これが入っていれ
ば、備蓄であるとか他の地域からの輸入といった
代替案があれば武力行使できないと解釈できるわ
けだ 。
その上で「他に適当な手段がない場合」という
要件を法案に入れることになって、公明党は自分
たちの言っていたことが通った、これで歯止めが
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反対 の 声 は 出 て こ な い 。
Q グレーゾーン事態について、今までは尖閣
諸島周辺海域に、日本は海上保安庁、中国は海洋
警察で、軍隊に至る前の警察権行使という形でと
どまっていたが、改正後は尖閣諸島海域の海上監
視に海上自衛隊が出る事態も近々想定されること
にな る の か 。
A なかなかそうはならないと思う。治安出動
なり、海上警備行動なりで対応することになって
いて、治安出動というのは一般の警察力だけでは
治安が維持できない場合の自衛隊の出動というこ
とになっている。これは国内の暴動鎮圧などの警
察活動と位置付けられているが、今回、それに加
えて武器使用基準も緩和されている。海上警備行
動というのは、防衛省が海上での人命なり財産保
護なり治安維持のための特別な事情がある場合、
発令できると自衛隊法で決められており、過去に
1回発令されたことがある。どちらも自衛隊が出
動しても、あくまで警察権の範囲で対応すること
になるのだが、不測の事態が起きる危険が非常に
大き い 。
治安出動を発令するための手続きの迅速化とい
う制度も今度取り入れられているが、ただし、発
令すれば武力衝突の発端になりかねないので、そ
う簡 単 に は 発 令 で き な い と 思 う 。
Q そう簡単には発令できないが、中国の武装
漁民に占拠された時にどうするんだという一部の
声があったので、それに対する法整備を行うとい
う、 そ う い う 解 釈 で よ い の か 。
A そうだと思う。
「これだけは絶対に通す」
「これは通らなくて
Q 自民党あるいは安倍一強だから、無理やり が、
通すんだということで、 年代安保の時のように もいい」というような話は聞いたことがない。
確かに中国から船が押し寄せて、それを不安に
強行採決することを考えているのか、その辺りの
思っている方がいるのは事実だと思う。今の日本
現実的見通しを聞きたい。
A 強行採決まで考えているかどうかは分から を考えた場合、具体的な脅威として想定されるの
ないが、今のところ、審議時間は 時間で十分だ は 一 つ は 中 国 だ し、 北 朝 鮮 も あ る。 も う 一 つ、
ろうという声が出ている。会期末が6月 日だか 「イスラム国」が中東で勢力を拡大した場合、ホ
ら、それから1カ月程度延長すれば十分法案を通 ルムズ海峡の機雷どころではない問題になるので
すことができると踏んでいるのは間違いないと思 はないか。
ある専門家が「中国が尖閣などに押し寄せてき
う。ただ強行採決までするかとなると、分からな
い。普通に考えれば、これだけ国民の関心が高ま て、これはけしからんといって、じゃあ、中国と
っている法案で強行突破は避けたいところだろう 戦争できると思うか。日本の方が多少装備は良い
かもしれないので、緒戦は勝てたとしても、最後
と思うが……。
Q これを推進しているのは自民党の中のどう までもたない。中国は一体何億人いると思ってい
いう人たちなのか。防衛省の事務局がかねてから るんだ。本当に武力衝突が起きたら勝てるという
つくっていたものが表面化してきたのか。それと 見通しは持てない」と言っていた。それなら、そ
も新たに、安倍政権の今がチャンスだということ の前に外交的な手段なりを尽くすほうが先ではな
いか、と私は考えている。
でつくられたものなのか。
Q この安保法制法案をここまで強力にプッシ
また、中国の脅威に対処するというのが非常に
大きな背景だと思うが、グレーゾーン事態に対す ュしているのは、従来からいた外務官僚や防衛官
る対応策がないことに対する国民の不安がある。 僚の長年の悲願だったのか、それとも安倍政権に
これはワンセットでなければ成立しないのか、そ なってからのトップダウンによる指示なのか。
A 安倍政権になって突然全てが出てきたわけ
れとも、いろいろな議論の中の重要度順に、これ
だけは成立させるというようなことがあるのか。 ではなく、特に外務省系の悲願だろう。この法律
A 舞台回しを実際にやっているのは、外務、 に限らず、特定秘密保護法でもそうだが、自民か
防衛両省と内閣法制局ということになると思う。 ら民主、民主から自民と政権が代わる間もずっと
こ こ ら で シ ナ リ オ を 作 り、 そ れ に 乗 っ か っ て 高 官 僚 が 下 地 を 用 意 し て き て、 そ れ で 法 案 に な っ
村、北側両氏らが動いている──そういう構図に た。それと同じようなことが繰り返されているの
だと理解している。(本稿は4月 日に行った講
なっていると捉えている。
全 部 一 緒 で な け れ ば 駄 目 な の か と い う こ と だ 演内容を要約、一部加筆した)
17
( 7 )
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メ デ ィ ア 展 望
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60
80
24
﹁みなはらから﹂の原点に立ち帰れ
戦後 年安倍談話に﹁共生﹂の光を
新安保法制に潜む大きな危険
ない﹂との逃げ口上で
年前の村山富市首相談話
に盛られた﹁植民地支配と侵略﹂に対する﹁心か
らのおわび﹂などは省略されてしまった。﹁慰安
婦﹂にも直接には全く触れず、韓国、中国からだ
けでなく、米議員の中からも厳しい批判が浴びせ
られた。
前日にオバマ大統領と合意した集団的自衛権の
たり、戦後の東久邇宮首相の施政方針演説の中に
感銘を受けて和平のポーツマス会議をあっせんし
割を一部肩代わりするものだが、その代償となる
安保法制は、﹁世界の警察官﹂としての米国の役
て国会に提案された﹁国際平和支援法﹂などの新
中 江 利 忠
引用されたりして、この明治天皇の御製は国際平
大きな危険に、安倍首相は気付いていないようだ。
行使を含む防衛協力の新ガイドラインと、即応し
和愛好の精神の象徴として、今でも輝きを失って
など波風の たちさわぐらむ﹀
太平洋戦争が始まる3カ月前の昭和 年9月6
日、わが国は宮中での御前会議で3項目の﹁帝国
特に発言し、 年前の日露戦争開戦時に明治天皇
が詠 ん だ こ の 御 製 を 読 み 上 げ て み せ た 。
に向けて出すという﹁戦後 年談話﹂が、早くも
そして、戦後 年。安倍晋三首相が終戦記念日
70
16
うするため米英との戦争を辞さない決意で 月下
旬をめどに戦争準備を完成する②並行して米英に
演出と美辞麗句の米議会での首相演説
歳の県立千葉中学4年生の時だ
年前の8月 日、私が戦争終結の﹁玉音放送﹂
を聴いたのは、
った。それまでの1年余りは、鉛筆と机をハンマ
ー と リ ベ ッ ト、 旋 盤 に 換 え、 海 軍 の 戦 闘 爆 撃 機
特に注目された4月 日の米議会上下両院合同 ﹁雷電﹂の部品などを船橋市の日本建鉄や千葉市
と題して未来志向ばかりに走り、過去に向き合う
会議での安倍首相の英語演説は、
﹁希望の同盟へ﹂
動員された姉は、過労とジフテリアで早逝した。
り出されていた。同様に女子大から海軍衣糧廠に
城町の学校内の臨時工場で作る勤労動員に、駆
対する外交の手段を尽くしわが国の要求貫徹に努
ない場合は直ちに開戦を決意する、というもの。
場面では、硫黄島で戦った米軍人と、日本の司令
千人規模の船橋の工場では、米軍の艦載機グラ
しょう
これに対し昭和天皇は、遂行要領は認めるが、あ
官の孫である自民党議員を議場の一角に並べてみ
マンが低空飛行で来襲しては機銃掃射、目の前で
月上旬になっても要求貫徹のめどが立た
くまで外交に全力を注げ、明治天皇の平和への強
せて﹁奇跡の和解﹂と謳うなど、アメリカ好みの
の際は、荒川の建鉄本社へ書類を届けるように前
うた
い思い、それが私の心だ、と吐露したものである
日の東京大空襲
肝 心 の 先 の 大 戦 に つ い て は ﹁痛 切 な 反 省﹂ と
日命じられていたので、寸断された交通網を乗り
による3月
工員が倒れる。B
﹄︶。
釈や既成事実の積み上げによって裏切られてしま ﹁アジア諸国民に苦しみを与えた事実﹂程度の言
った。が、日露戦争時にルーズベルト米大統領が
継ぎ、数え切れない黒焦げ死体が散乱する焼け跡
不幸にして昭和天皇の思いは、軍部の勝手な解
︵平山 周 吉 ﹃ 昭 和 天 皇 ﹁ よ も の 海 ﹂ の
める ③
70
勤労動員・軍国少年の戦争体験
いない。
︵元朝日新聞社長、元日本新聞協会会長︶
20
国策遂行要領﹂を決定したが、昭和天皇は席上、
︿よもの海 みなはらからと 思ふ世に
70
決定した国策遂行の3項目は、①自存自衛を全 ﹁波風のたちさわぐ﹂様相になって来ている。
70
37
葉にとどまり、﹁歴代総理と全く変わるものでは
10
( 8 )
戦後70年に想う
演出と美辞麗句の羅列に終わった。
29
10
15 15
29
10
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メ デ ィ ア 展 望
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をさまよって、やっと配達の任務を果たした。
しょう い
七夕の未明には千葉市も2時間にわたってB
ごう
根に落ちたので、庭の防空壕から飛び出して必死
を 乱 読、 大 学 で は 大 岡 信、 日 野 啓 三、 丸 山 一 郎
三、ゲーテ、キェルケゴール、スタンダールなど
を回り、高度成長のひずみに直面しデスクとして
界と、通産、大蔵省、経済企画庁などの経済官庁
稚拙な文芸評論を書き散らしている。
シベリア開発目当ての財界使節団に取材の他社
日夜、寮室に持ち込んだ手回し蓄音器でノクター
同会見したり、中国の国連復帰直後に北京の人民
と同行してフルシチョフ首相とヤルタの別荘で共
そ し て こ う し た 私 の 戦 争 体 験 と、 敗 戦 3 カ 月
﹁開 戦 よ り 戦 時 中 を 通 じ、 幾 多 の 制 約 が あ っ た
り、日米安保条約反対のデモにも参加する。卒業
反 対 な ど の ビ ラ 配 り、 文 学 部 自 治 会 の 委 員 も や
全学連や反戦学生同盟に共鳴して授業料値上げ
編集局長や社長として仏ジスカールデスタン、
カ月、世界の都市を回る取材もした。
どの問題をえぐる﹁都市問題班﹂の一員として3
オリンピックの開催で露呈した都市集中や公害な
加わり、文化大革命下の内情を探る取材も。東京
とはいへ、真実の報道、厳正なる批判の重責を十
論文は地元・千葉県九十九里浜の網元制度を調査
西独シュミット、米レーガン、露ゴルバチョフら
たん﹂との宣言が、平和と自由と民主主義を追求
分に果し得ず、またこの制約打破に微力、つひに
して﹁封建遺制﹂の問題としてまとめ、ついでに
するジャーナリストの道を私に選ばせていた。
敗戦にいたり、国民をして事態の進展に無知なる
世界のトップとの節目での単独会見は貴重な経験
だったが、私が会見すると間もなくほとんどが失
脚する、という妙なジンクスが付いて回った。
戦後 年論文でアジアとの共生訴え
んでいる﹂とよどみなく答えた軍国少年の自分、
持ちは?﹂との試問に﹁大東亜共栄圏に入って喜
になったところは?﹂に続いて﹁領土の住民の気
地図を示した試験官の﹁明治以後、わが国の領土
千葉中入学試験の口頭試問の場面だった。東亜の
ず大学の研究室に持ち込んでの分析を期待して支
件を後追い。船の窓枠に残っていた﹁死の灰﹂を
ープした焼津・第5福龍丸のビキニ核実験被災事
朝日新聞の初任地・静岡支局では、読売がスク
私の戦争体験も紹介し、﹁新しい日米関係﹂など
帰ったら支局長から﹁捨てろ﹂の命令。諦め切れ ﹁地球市民とともに歩む﹂と謳った。先に述べた
採取して一矢報いたいと、原稿用紙に包んで持ち
の課題と共に、﹁多民族による多様な文化の共生
の 針 路 求 め て﹂ と い う 論 文 を 載 せ、 主 見 出 し に
た私は同日付の朝日紙面に﹁﹃ポスト戦後
年﹄
日、社長だっ
﹁ 反 対 し て 独 立 を 望 ん で い る﹂ と は 到 底 答 え よ う
局の横の植え込みに隠しておいたら翌朝、隣の販
戦後 年になった平成7年8月
もなかった自分の立場を反すうしたものである。
その具体的な行動として明石康・元国連事務次
はっきり軸足を置くこと﹂を訴えていた。
横浜支局を経て東京本社に戻ると経済記者にな
長を初代会長、2003年から孔魯明・元韓国外
い、﹁局舎汚染﹂の大騒動になったりした。
ラシック・コンサート、映画、演劇をアルバイト
って証券、機械、繊維、貿易、金融などの民間業
50
15
収入の資金で楽しんだ。野間宏、太宰治、椎名麟
部社会学科の学生時代は、授業よりも読書や、ク
で発展する﹃世界の中のアジア﹄に、日本として
福龍丸事件で﹁死の灰﹂大騒動
の展示で反対のキャンペーンもした。
この浜の米軍射撃演習場を取り上げて﹁五月祭﹂
蘇ったのが、開戦3カ月後の昭和 年3月上旬、
この朝日新聞の反省と謝罪に接した私の脳裏に
ため で あ る ﹂
まま今日の窮境に陥らしめた罪を天下に謝せんが
が、大学ノートの日記に書き留められている。
大会堂で周恩来総理と単独会見する朝日取材団に
17
ンのSPレコードを聴き感傷にふけったひととき
ショパンの没後ちょうど百年の昭和 年 月
10
後、 月7日の朝日新聞に載った﹁国民と共に立
で消 し 止 め た 記 憶 が あ る 。
24
の空襲を受け、焼夷弾の数個の破片がわが家の屋 ︵佐 野 洋︶ら と つ く っ た 同 人 誌﹁現 代 文 学﹂に、 ﹁くたばれGNP﹂などの連載に取り組む。
29
売店主の幼児が包みを開けて側溝に散らしてしま
50
50
( 9 )
11
旧制一高文科乙類︵ドイツ語専攻︶、東大文学
17
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ア ・ ネ ッ ト ワ ー ク﹂︵A AN︶を 展 開。一 昨年か
相を2代目会長に迎えた提言組織﹁朝日新聞アジ
た二つの海﹂での日米同盟の重要性に、触れるこ
の演説でも強調した﹁インド洋から太平洋にかけ
一方の昭和天皇は、靖国神社の宮司がA級戦犯
ーディアン﹂紙︶日本のリーダーの姿があった。
年秋の初
とを忘れていない。同時に、 年前に当時の福田
ト、企業実務家などが分析や評論、提言を交わし
②ASEANと心と心の触れ合う関係をつくる③
赳夫首相が約束した①日本は軍事大国にならない
前、昭和 年の終戦記念日には︿この年のこの日
及んだ参拝を断腸の思いで中止された。崩御3年
を勝手に合祀したことを怒って、昭和
らは、アジア各国のシンクタンク、ジャーナリス
定期的なシンポジウムも開く﹁アジア・日本ウオ
日本とASEANは対等なパートナーになる、と
めての訪米直後まで戦前・戦中 回、戦後8回に
ッチ︵AJ W︶フォーラム﹂の形で交流の実を挙
これが韓国や中国相手となると大きく使い分け
け、その代わりに沖縄やサイパンに続いて先月8
後継の平成天皇も先帝に倣って靖国参拝は避
にもまた靖国の みやしろのことにうれひはふか
し﹀と、深い憂慮の心情を歌に託された。
日本研究部長、韓昇洲・韓国元外相、日本からは
られているのは、長い植民地と侵略の歴史や膨大
あま こ さとし
天児慧・早稲田大教授らが参加して北京で﹁日中
日にはパラオの戦没者を慰霊する旅に出られた。
明治天皇が詠まれた﹁よもの海みなはらから﹂
を考えていくこと﹂の大切さにも触れられた。
る戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方
年頭の感想では、﹁この機会に、満州事変に始ま
な数の犠牲者に鈍感か無知な﹁戦争を知らない世
靖国神社参拝への天皇の深い憂慮
韓の協調∼直面する機会と挑戦﹂というシンポジ
共有する﹃非伝統的な安全保障分野﹄で協力を進
め、関係改善につなげる﹂との意見をまとめた。
しかし元はといえば、安倍首相が一昨年 月
を現代に当てはめてみると、特にアジアを中心と
ほうはい
日、内外の澎湃たる批判を無視してA級戦犯を合
し
首相がアジアを全く軽視しているわけではない証
り は 全 く あ り ま せ ん﹂ と 言 っ て の け る。 そ こ に
ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会なので
では﹁中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつも ﹁今年は日本政府が植民地支配と侵略の問題に立
だったことは間違いない。しかも直後の記者会見 ﹁歴 史 に 終 止 符 は な い﹂︵メ ル ケ ル 独 首 相︶ し、
拠 と も い え る﹁幻 の ス ピ ー チ﹂が あ る。﹁幻﹂と
偏見なき清算を﹂︵米歴史研究者らの5月5日の
反省と謝罪、繰り返しであってもその上に、初
は、第2次内閣の総理就任早々にワシントンで大
っている。同年1月 日にジャカルタのインドネ ﹁日本は今も、これからも二級国家にはなりませ
めて和解と共生が成り立つ。憲法改正の動きの中
いっても、首相が一昨年4月に新潮社から出版し
ん。私はカムバックしました。日本も、そうでな
声明︶との要請に、今こそ答える必要があろう。
シアCSIS︵戦略国際問題研究所︶で行う予定
でもこの原点に立ち返り、大多数の国民の戦後平
せい ひつ
くてはなりません﹂と胸を張ったように、列強の
ず、﹁右翼の大義に焦点を移しつつある﹂
︵英﹁ガ
トの一人としてウオッチを続けてゆきたい。
隣人を痛め付けた者の﹁惻隠の情﹂は持ち合わせ ﹁首相談話﹂になることを期待し、ジャーナリス
そくいん
だったのが、アルジェリアの天然ガス施設で日本
統 領 と 会 談 し た 直 後、C S I S で の ス ピ ー チ で
そこで安倍首相の﹁戦後 年談話﹂に戻るが、
で新たな視点を加えて開かれ、アジアの共生をさ
ごう
代﹂の限界からだろうか。
ことも訴えている。
いう﹁福田ドクトリン﹂を、忠実に信奉してきた
50
げて き た 。
昨年5月も、胡継平・中国現代国際関係研究院
33
ウムを開催、﹁環境汚染や災害など地域で問題を
ハンスンジュ
61
した﹁世界の国同士の共生﹂と同義語になろう。
26
祀した靖国神社への参拝を強行したのが、出発点
同じシンポジウムは今年も7月 日に早稲田大
12
和の足跡を静謐のうちに省察し未来を見据えた
この演説で安倍首相は、今回のアメリカ議会で
( 10 )
36
らに 深 め る 意 見 の 集 約 が 進 む は ず で あ る 。
19
一角を占める気概はあっても、歴史的にアジアの
18
た﹃日本の決意﹄という本に載ったので公けにな
70
人 人を含む 人が犠牲になった人質事件で急き
37
ょ、 取 り や め に な っ た 演 説 で あ る 。
10
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メ デ ィ ア 展 望
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アフリカが直面する過酷な現実
₂₀
(朝日新聞東京本社国際報道部記者)
杉 山 正
絶え間なき紛争、疲弊する人々
₂₅
私が₃年間のアフリカ赴任中に訪れた国は カ
国だ。この間に起きた内戦や紛争についてはほぼ
全ての現場で取材したが、その数は 回程度。そ
こで 見 聞 き し た も の を ご 紹 介 し た い 。
アフリカ全体について簡単に説明すると、サハ
ラ砂漠より南のサブサハラ・アフリカには カ国
あり、豊富な地下資源を背景に、年5%程度の急
速な経済成長を遂げている。人口は2050年に
今の約2倍の約 億人に達し、世界の4人に1人
がアフリカ人になるという推計がある。しかし、
腐敗した政府の下で富の再分配が進んでいないた
め、貧困ラインである1日1・ ㌦以下で暮らす
人々が人口の半数近くを占めている。資源をめぐ
る争いや社会の不平等、貧困が民族紛争や宗教対
立を誘発し、紛争が絶えない。そうした不満を吸
い取るかのように、ここ数年、イスラム過激派組
織が 伸 長 し て い る 。
₂₀
口にするさえ怖いボコ・ハラム
1₂
を奴隷にする」という発言で世界的な非難を浴び
た組織で、今も各地でテロや誘拐を繰り返す。
少女の誘拐事件が起きた時、ナイジェリア北部
の町を訪れたが、その日に自動車爆弾テロが起き
た。泊まっていた所からさほど離れていない場所
で現場に行くと、血だまりや肉片が落ちていて、
ハ エ が た か っ て い る。 爆 弾 の 破 壊 力 は す さ ま じ
く、1発の爆弾で車がぐじゃぐじゃになっていた。
うなだれている男性がいた。₈歳と 歳の娘を
その爆弾テロで亡くしたスティーブンさんだっ
た。彼が爆発音を聞いて駆け付けると、娘たちが
横たわっており、1人は内臓が飛び出ていて、も
う1人は足が吹き飛んだ状態だった。息をしてい
ないのは見た瞬間に分かったが、1人ずつ抱えて
数十分かかる病院まで走ったそうだ。
彼は「テロが娘たちと私の未来を奪った」と何
度も言った。「まさか自分の身にこんなことが起
きるなんて」とも言い、思い余ってか、ボコ・ハ
ラムの批判をしようとした時に、
「ちょっと待て。
その話は分からないじゃないか」と言って周りが
止める。ナイジェリア北部では「ボコ・ハラム」
という言葉を口にするのさえ怖い。言った瞬間、
狙われて、付け回されて殺されるのではないかとい
う恐怖がまん延しており、記者に対しボコ・ハラ
ム批判を口にするのははばかられるというわけだ。
ナイジェリア軍は大規模な掃討作戦を展開して
いるが、その勢いは衰えない。誘拐された200
人の子どもたちもまだ見つかっていないし、さら
にどのくらいの人数が誘拐され、奴隷になってい
るかどうかもよく分からない状態だ。
こうした過激派勢力を支える素地になっている
のは格差や貧困だが、ナイジェリアでは₃月、大
統領選挙で「反腐敗」を掲げる候補が当選、政権
が交代した。政権交代が民主的に行われるのはア
フリカでは珍しく今後、社会改革がなされ、社会
構造が変わり、どう好転するか注目されている。
敵対民族の子どもさらい戦闘員に
次 に 紹 介 し た い の は 南 ス ー ダ ン だ。 内 戦 を 経
て、アメリカの支援などもあって 年に独立した
世界で最も新しい国だ。日本の陸上自衛隊も国連
平和維持活動に参加している。平和に向けて歩み
だすと思われたが、一昨年、元副大統領のクーデ
ター未遂があり、民族同士の殺し合い、内戦状態
に発展して、それが今も続いている。
反乱軍と政府軍が1カ月で5回も支配権を取り
合う最大の激戦地のボルに行った。中部の町で、
無数の遺体が町中に横たわっている。教会に行っ
てみると、ここなら安全だと思って逃げて来て隠
れていた所を撃たれたのだろう、₈畳ほどの小部
屋に何十人もの遺体が山積みになっている。病院
では動けない入院患者がベッドの上で殺されてい
る。正視できる状態ではなく、腐敗臭もひどく、
( 11 )
ボーン・上田賞受賞講演
個別の紛争を見ていこう。まずナイジェリアで
は、アフリカのイスラム過激派の代名詞のように
なっているボコ・ハラムが勢力を拡大している。
昨 年、少 女 200 人 以 上 を 誘 拐 し、「子 ど も た ち
11
₂₂
4₉
No.₆₄2
メ デ ィ ア 展 望
2₀1₅.₆.1
だった友人が敵対民
その 数 を 数 え る こ と も で き な か っ た 。
最も不快だったのは若い女性の遺体は半裸か服 族の中にいて、彼が
をはぎ取られたような状態で、恐らく性的な暴行 脱出路をつくってく
を受けてから殺されたのだと思う。どちらの民族 れて助かったが、彼
に属するかだけで、今まで普通に暮らしていた隣 がいなければ私の目
人が殺し合う。内戦の前に私も何度か行った市場 の前で撲殺されてい
がめちゃくちゃになっていて、遺体をよけながら た に 違 い な い。「民
歩いていると、何かを焼いている場所がある。最 族が違うだけで殺そ
初、分からなかったがペットボトルやプラスチッ うとする。それが自
クの椅子に火を付けて遺体を燃やしている。弔う 分たちが置かれた現実だ」と話していた。
写真①は内戦が激化する前だが、民族間の争い
ためではなく、とにかく臭いがひどいから焼いて
に巻き込まれて、銃弾を浴びて左腕がなくなって
いる ん だ と 話 し て い た 。
内戦中は車の手配もできないので移動は軽トラ しまった1歳半のクラットちゃんがジュバの病院
ックの荷台の上だった。激戦地ではなく、むしろ で泣いている。彼女のおばあちゃんは夫を含む家
最も安全だと思われる首都ジュバの国連施設の中 族7人が殺され、4人の孫が連れ去られたそうだ。
南 ス ー ダ ン で は、 敵 対 民 族 の 子 ど も を さ ら っ
を歩いていた時、事件が起きた。私の通訳兼コー
ディネーターで、友人のような付き合いをしてき て、育て、出身部族を襲う戦闘員にする。それは
たディンカ族のダウさんが敵対民族のヌエル族の よ り 大 き い 屈 辱 を 与 え る た め だ と い う 話 も 聞 い
男 性 に 「お ま え、 デ ィ ン カ か」 と 声 を 掛 け ら れ た。現在は情勢が落ち着きつつあるが、人々の間
た。彼が曖昧な答えをすると、あっという間に何 にそういった不快感、憎悪がくすぶっているのは
十人もの人に取り囲まれて、一人が殴り始める。 間違いない。何かきっかけがあれば、また大きな
さらに百人単位で人が集まってきて、中にはこん 紛争が起きてしまうかもしれない。
棒を持っている人もいる。脱出できない状態で、
兵士にレイプされ、やせ細った少女
私も近くにいる国連軍の兵士に助けてくれと必死
次に、悲劇が大きいからといって、国際社会が
に頼んだ。彼らはこん棒を持っているが、銃は持
っていない。銃を持っている兵士は当然助けてく 注目するわけではないという例を紹介させていた
れると思ったのだが、どの兵士も無視する。武装 だきたい。イスラム教徒主体の武装勢力の連合体
した国連軍兵士でさえ、民族紛争に関わるのがい 「セレカ」が首都を攻撃して、大統領が逃げて無
政府状態になってしまった中央アフリカという小
かに 難 し い か を 見 た 瞬 間 だ っ た 。
ダウさんは幸い、昔、バスケットチームで一緒 さな国がある。当時は中東情勢の関係もあって、
こんな小さな国についての報道もあ
ま り な く、 国 際 社 会 の 反 応 も 鈍 く
て、「忘 れ ら れ た 人 道 危 機」と 表 現
されていた。
何万人という避難民がいるという
ボサンゴアという町に行こうとした
のだが、首都から150㌔ぐらい離
れると、集落に誰もいない。残って
いると殺されるからとみんな逃げて
無人となった集落に豚がいたので降りてみると、
大勢ぞろぞろ出てきた。セレカと戦うキリスト教
民兵組織「アンチバラカ」の人たちで、彼らが森
に逃げた住民を守っているんだという話だった。
この時はセレカに対して彼らが反撃を開始したば
し れつ
かりで、それほど熾烈な闘いはしていなかったの
だが、その後、首都でもアンチバラカが熾烈な闘
いを始めて大きな紛争になっていく。そこから世
界のメディアでも大きく取り上げるようになった。
目的地のボサンゴアまでは首都から₃00㌔の
道のりだが、悪路で 時間以上かかった。₃万人
もの住民が避難生活を送る教会に着いた時はもう
夜だった。狭い敷地に₃万人もいるので、トイレ
も食事も同じ所という極めて不衛生な状態だった。
私はここで2泊寝泊まりしたが、そこで忘れら
れない子に会った。サミラちゃんという₈歳の子
で、やせ細ったその子は小さな声で「警察署で目
隠しをされ、兵士に襲われた。叫んだけど、誰も
来なかった」と話した。レイプの被害者だ。彼女
のおばあちゃんは、「昔は明るい子だったけど、
食欲もなくて、ほとんど話さなくなった」と話し
1₂
( 12 )
No.₆₄2
メ デ ィ ア 展 望
2₀1₅.₆.1
写真① 祖母の胸で泣きじゃく
るクラットちゃん=12年 1 月2₀
日、南スーダン首都ジュバ
ていた。戦争は軍人同士が戦って殺し合うだけで
はない。少女が殺されたり、レイプされたりとい
うのが戦争の現実だということを私は目の当たり
にし た 。
( 13 )
年間の内戦で荒廃したソマリア首都
無理やり入れられた。彼は運良くそこから抜ける 残していて、マリでもリビアのカダフィ政権崩壊
ことができたが、「 人以上の友達が戦闘で死ん で大量の最新武器が流れてきた。その結果、反政
だ。建物が全部壊れているから、将来建築家にな 府勢力と政府軍との力の均衡が崩れて、反政府勢
りたい。 年ぶりにできた政府にも大した期待は 力が北部を全部独立させるという、訳の分からな
しない。唯一の望みは、学校に普通に行ける平和 い状態になった。そこで権力の空白ができた所に
アルカイダ系のイスラム武装勢力が入ってきて、
な社会になってほしい」と話していた。
そんな危ない所をどうやって取材するかとよく 旧宗主国のフランス軍が軍事介入する。
聞かれるが、私は銃を持っていないので、まず軍
カダフィ政権崩壊で武器流入のマリ
部隊と一緒に行動する。軍部隊と一緒では行く所
そのタイミングで、アルジェリアのイナメナス
が限られているので、普通の町の人を取材したい
時は日雇いで民兵をお願いして、最低₃人の人た で人質事件が起きた。天然ガスプラントで日本人
ちに見守ってもらう。それぐらいしないとソマリ も多数犠牲になった事件だ。首謀者がマリ北部の
都市ガオを拠点にしていたというのでガオに行っ
アでの取材は危ないと思っている。
海は非常にきれいだが、海賊もいるし、イスラ た。首都バマコからガオまで車で₃日かかるが、
ム武装勢力もいるために、漁業は衰退している。 ガオに入るまでに既に道端の看板は「ようこそ 私のコーディネーター兼通訳が「きょうエビをお イスラムの国ガオへ」と書き換えられている。首
ごるから待っていて」と言う。実はあまり期待し 謀者のベルモフタルの拠点の一つには、武器がた
ていなかったのだが、伊勢エビに似たセミエビを くさん残っていた。
アルカイダ系などの組織に入ってマリで戦って
炭火で焼いて、山積みにして持ってきた。さすが
に 高 級 な エ ビ な の で 「お カ ネ 払 う よ」 と 言 っ た き た 人 た ち に も 会 っ た。 ア ル カ イ ダ 系 と い う と
ら、「いいよ。ただみたいなものだから」と話し 「鬼のような形相で、訳の分からないことを言う
ていた。それぐらい海 人たち」というイメージがあるかもしれないが、
産 資 源 は 豊 富 な よ う 彼らは普通の農民だった。干ばつで家畜も失った
時、武装勢力から「カネをあげるから一緒に来な
だ。
次に西アフリカのマ いか」と言われて参加したと言う。「家族を養う
リだが、私の₃年間の ためであって、信仰心からではない。畑に砂が積
取材の中で最も過酷な もる故郷で何ができるんだ。政府は助けてくれな
取 材 だ っ た 。 年 の い。貧困と社会不平等がなくならない限り、また
「ア ラ ブ の 春」 が ア フ 新たな組織ができるし、食べ物がない時に戦えば
リカにも大きな影響を くれると言われれば、死ぬかもしれないと思って
11
20
アフリカで最も治安が崩壊しているのはソマリ
アで、 年間以上、内戦を続けている。 年以上
無政府状態で、やっと 年に大統領が選出されて
正式な政府ができたが、「アルシャバブ」という
アルカイダ系の武装勢力が勢力を持っていて、ど
んなに掃討作戦をしても、テロも戦闘も頻発して
いる。先日、ケニアで140人以上が亡くなる大
学の襲撃事件があったが、それもアルシャバブが
やっ た の で は な い か と 言 わ れ て い る 。
写真②は首都モガディシオの避難民キャンプだ
が、流れ弾を防ぐために、土のうを積み、深く掘
っている。いくら掘っても落ち着かないと話して
いた。街並みは、 年も内戦が続いていると、立
派だったはずの高層ビルも元ホテルだった建物も
見る 影 も な い 。
イスラム武装勢力
の人 た ち は ど う い う
人た ち な の か と い う
こと だ が 、 こ の 少 年
は「 一 緒 に 来 な け れ
ば家 族 の 命 は な い 」
と言 わ れ て 学 校 か ら
連れ 去 ら れ て 、 そ の
ままアルシャバブに
₂₀
₂₀
写真② 避難民キャンプで流
れ弾や爆弾から身を守るため
テント内に土のうを積み上げ、
地面を深く掘って暮らす人々
=12年 3 月13日、ソマリア首
都モガディシオ
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₂₀
₂₀
1₂
₂₀
も、おれは家族のためにもう一度やる」と言う。 も傷跡が残っている。し
今のアフリカに共通する問題を、この2人の口か かもレイプで妊娠して翌
年、女の子が生まれた。
ら聞 い た よ う な 気 が し た 。
親族からは「敵の民族の
数少ない安全な国に│ルワンダ
子どもを産むのか」とな
このような戦いや虐殺や紛争から乗り越えるモ じられたが、夫が「どん
デルになるのではないかと期待されているのがル なことがあっても自分の
ワンダだ。 年前、 万人から100万人が犠牲 子だ」と話して、夫はそ
になったとされる大虐殺が起きたルワンダは今、 の子に「ウワセ」と名付
地下資源も乏しいのに順調な経済発展を遂げて、 けた。ウワセは現地語で
「アフリカの奇跡」と言われている。月1回、土 「父の子」という意味で、
曜日には全員で掃除するイベントもあって、町に 右にいるのが 歳になっ
はごみ一つ落ちていない(写真③)。外国人が普 た ウ ワ セ さ ん だ 。 ₆ 年
通に町を歩ける、アフリカで数少ない安全な国の 前、出生の経緯を初めて
一つ に な っ て い る 。
聞いて、何度も死にたい
写真④は 年前、大虐殺が起きた教会だ。左の と思った。しかし、両親の愛情を考えて、前に進
シャンタルさんもここにいたが、危ないと教えて もうと思ったと話してくれた。
虐殺に加担した人も取材した。「インテラハム
くれる人がいて、生後2カ月の双子を抱えて近く
ウェ」という民兵組織に属し、上
の湿 地 帯 に 逃 げ た 。 そ こ で 隠 れ
官 に 「(敵 対 民 族 の)ゴ キ ブ リ は
てい た が 、 民 兵 に 見 つ か り 、 双
片付けろ」と言われて殺したそう
子の う ち の 一 人 は 目 の 前 で 釘 の
だ。捜査の手が及び、逮捕され服
付い た こ ん 棒 で 殴 り 殺 さ れ た 。
役した。出獄した彼は「政府や社
もう 一 人 は 彼 女 の 9 歳 の 妹 が 覆
会が仕向けたら一般人は逆らうこ
いか ぶ さ る よ う に し て 守 っ て く
とができない。殺したからこそ生
れた 。 妹 は ナ タ で 切 ら れ て 亡 く
きているので、逆らえば殺されて
なっ た が 、 自 分 の 子 ど も は 助 か
いた。しかし、殺害は後悔してい
った 。
るし、一生悩む」と話していた。
シャンタルさん自身、 人以
アフリカ随一の治安の良さを実
上の 民 兵 に レ イ プ さ れ た 後 、 体
現し、外国企業誘致などによって
を刻 ま れ た 。 口 が 切 れ て 、 胸 に
₂₀
₂₀
年₈%前後の経済発展をしてい
る今のルワンダの中心にいるの
は「CEO大統領」と呼ばれて
いるカガメ大統領だ。民族和解
の集会を頻繁に開き、お互いを
許す努力を今なお続けている。
他民族を悪く言うこと自体、犯
罪になる。
政 治 的 に は 強 権 的、 独 裁 的
で、野党は事実上弾圧され、暗
殺事件も起きているし、言論の
自由もない。強権によって民族
対立を抑えることでしか秩序は
保てないというのがアフリカの
現 実 だ。 ア フ リ カ の 他 の 国 で
は、独裁者が自分たちの権力を保持するために民
族対立をあおり、内戦に至るケースもあるが、カ
ガメ大統領は強権・独裁によって民族対立や内戦
を抑えているとも言える。今後、もしルワンダが
真に民主的な国家として脱皮できれば、アフリカ
にとっても大事なモデルになると私は考えてい
る。「IT 立国」を目指して、子どもたちに1人
1台、パソコンを与えるという政策も行っている。
アフリカ全土に中国人100万人
写真④ 虐殺のあった教会の入り口前に立つシャンタ
ルさん(左)と暴行の末に生まれた娘のウワセさん=
1₄年 ₄ 月 2 日、ルワンダ・ニャマタ
最近のアフリカを話す上で欠かせないのが中国
だ。2000年ごろから資源を狙って始まった中
国の進出が今や金融、建設、小売り、ありとあら
ゆる所に進出している。場所によっては国自体を
つくっているのではないかと思えるほどだ。アフ
( 14 )
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₈₀
1₀
写真③ 高層ビルが立ち並ぶルワンダ首都
キガリの街並み=1₄年 ₄ 月 ₅ 日
1₉
リ カ 全 土 で 中 国 人 は 100 万 人 と い わ れ て い る
が、もっと多いかもしれない。対して日本は1万
人程度で、中国の人的プレゼンスは100倍以上
だ。
南アフリカには「チャイナモール」が乱立して
い て、 中 国 直 輸 入 品 を 大 き な モ ー ル で 売 っ て い
る。休日に日本人がどこかのモールに行くのと同
じような感じで、普通の人たちが買いに来ている。
南アフリカ最大の銀行の幹部に取材したら、名
刺の表が英語で、裏が中国語になっているのには
驚いた。南アフリカはオランダ系移民が力を持っ
ていた所なので、少し前までは彼らの言語で書か
れていたのが、ここ数年で中国語になったそうだ。
コンゴ民主共和国ではスラム街に中国人商店が
たくさんあって、私に現地語のリンガラ語で話し
かけてくる。なぜかと思うと、彼らは英語も公用
語であるフランス語も話せないまま中国から来
て、取りあえず商店を開き、現地の言葉を学んで
商売を始める。軌道に乗れば家族を呼ぶという形
で倍 々 ゲ ー ム で 増 え て い く
ので 、 現 地 語 を 話 す 中 国 人
が多 い の だ と い う 話 を 聞 い
た。
紛争下の中央アフリカに
行っ た 時 も 、 飛 行 機 の 中 で
中国 人 に 会 っ た 。 無 法 地 帯
なのになぜ行くのか聞く
と、「競争が少ないからだ」
と言 う 。 彼 に よ る と 、 競 争
相手 は 欧 米 で も 日 本 で も な
帯の農地を支配していた白
い。中国人だ。ケニ
人の家だったのを、強制収
ヤやエチオピアには
容で政府が奪った。政府と
既に中国人がたくさ
近かった彼は、ここにただ
んいる。政情不安で
で住めるようになった。最
中国人が少ない所に
初は電気や水道も通ってい
行けば、競争もなく
た が、 壊 れ て 直 せ な い か
チャンスがあるだろ
ら、ちょっと住みにくいな
うと思って行くのだ
と話していた。
と話していた。
中国がここまで急速に進出すると当然、摩擦も
内戦状態のマリでも、空港のイミグレーション
で中国人のパスポートが山積みになっている。首 起こる。コンゴの商店でも、自分たちの仕事が取
都から戦闘地域につながる幹線道路は中国系企業 られたと思った現地人の怒りを買い、頻繁に焼き
打ちに遭っている。特に問題なのは象牙で、象が
が造っている。
ジンバブエは独裁国家だが、植民地時代の白人 激減したために象牙の取引は厳しく制限されてい
の農地を強制収容して欧米との関係が崩れて、欧 るはずだが、中国人の道路作業員が取引に関与し
米から経済制裁を受けている。欧米が撤退したと ているという話がある。ブローカーや密猟者に取
ころに中国が入ってきた。金鉱山のジンバブエ人 材すると、中国人の道路作業員が道路工事用トラ
警備員が着ている服のワッペンにも「中華人民共 ックの下に象牙を隠して首都に持って行き、コン
和国保安」と書いてある(写真⑤)。他の場 所で テナに入れて中国に送っているという。写真⑥は
は、工場と、後ろに広大な農地が広 密猟者で、自分が殺した象の骨を見せてくれた。
がっている。白人から強制収容した 中国の進出では環境アセスメントも問題になる。
土地だが、政府は自分たちで耕作し (本稿は4月 日に横浜市の日本新聞博物館で行
切れなくなったので、中国人と一緒 われた2014年度ボーン・上田記念国際記者賞
の受賞記念講演内容を要約した。次稿も同じ)
に運営している。
ジンバブエで一緒に働いてくれた すぎやま・ただし 1975年9月生まれ。慶応義塾大
運転手の家には驚いた。高台にある 学法学部法律学科卒業。2000年朝日新聞に入社。秋
城のような豪邸を指して、彼は「俺 田、横浜両総局、東京社会部、フランス留学などを経て、
の家だ」と言う。冗談と思いながら 2011年からナイロビ支局長、ヨハネスブルク支局長。
年9月から国際報道部員として東京在勤。
上がっていくと、まさに彼の家で、
土地は1000坪以上ある。元は一 (写真撮影は②を除き杉山正氏、②は中野智明氏)
写真⑥ 自分が密猟したゾウ
の頭部の骨を示すケニア人の
男性=12年12月22日、ケニア
南部
11
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写真⑤ 中国企業が採掘する金鉱山で
警備するジンバブエ人=13年 8 月 2 日、
ジンバブエ北部中央マショナランド州
14
習近平の反腐敗 │││
中国、権力集中の実態
面 で、 わ れ わ れ 記 者 も 遠 く か ら 見 る こ と が で き
る。この時も去年までと違った状況があった。
ひな壇に並ぶリーダーたちの前にカップが置か
れ、お茶を注ぐのだが、これまでずっと女性が行
ってきた。美人ぞろいで、背の高さも同じような
人たちが整然とお茶を注いで回るのだが、ここに
由から配置されたようで、習近平氏の茶わんは最
中 澤 克 二
中国は漢字の国で、難しい字の人名も幾つか出
後に壇上に置かれるが、それを2人の男性が後ろ
突然2人の男性スタッフが登場した。警備上の理
私は北京に3年間駐在し先日、帰国した。3年
てくる。ぜひ覚えてほしいのが、まず今中国のト
︵日本経済新聞社論説委員兼編集委員、前中国総局長︶
ぶりの日本で、今いろいろなことを感じている。
から監視している。女性が注ぎ終わると、3人そ
ば、日本で売っているものは信用できる、偽物は
国で作っているものをなぜ日本で買うのかといえ
国製だったりする。TOTOやパナソニックが中
買うと中国でより多少安いこともあるが、実は中
浄便座で、1人で2個ぐらい買ってくる。日本で
となると数百人単位になるが、その変更が頻繁に
せる。それも1人や2人ではない。戸外での警備
る。一度配置した者を、行く直前になって交代さ
する人たちを信用できないという状況に陥ってい
方に行って活動しているが、その際、自分を警備
習近平は今、北京郊外をはじめ、いろいろな地
現在も残っており、彼らが何をしでかすか分から
したが、軍の中には彼を信奉していた子分たちが
いる。彼はその時、既にがんで、今年3月に死去
3月、軍の制服組トップだった徐才厚を捕まえて
国では必ずしもそうとは言えない。習近平は去年
なくはないだろうと思われるかもしれないが、中
があり、いろいろな審査を経て選ばれており、危
フーチンタオ
ップに立っている習近平。その前の胡錦濤、さら
シーチンピン
北京空港は日本から帰ってくる中国人で常にご
ろって出ていく。つまり、誰かがお茶に毒を盛る
チアンツーミン
ないし、中国で作っていても日本人が管理してい
行われている。3月末には経理を担当する中央経
ない。警察・公安関係でも周永康が捕まり、獄中
リー
にその前の江沢民。そしてもう一人、現総理の李
のではないか、何か危ないことをするのではない
った返している。今まで中国人が日本に行く機会
クー チアン
克強。
か、それを警戒し阻止するためだと思われる。
るものだから壊れないだろうという、半分本当で
営局局長を突然交代させた。いつも身の周りにい
にいる。かつて最高指導部のメンバーであり、警
女性スタッフは警察・公安、軍などとつながり
半分 う そ の よ う な 話 に な っ て い る 。
て経理を担当している総責任者で、最も信頼すべ
察を全て仕切っていた人物だから、当然その子分
習近平の警備が一段と厳重に
中国と日本は今、仲が良いとは言えないし、日
き人物さえ信用できないという異例の事態だと、
察 関 係 者 も 信 用 で き な い。 現 に 警 備 上 の 問 題 は
本人と中国人の付き合い方は難しい。しかし、両
3月に全国政治協商会議と全国人民代表大会と
多々発生しており、習近平がトップに就いてまだ
や近い人たちがいる。従って習近平にとっては警
い関係にある。ただ、一般の中国人は日本が大好
いう、二つの大きな会議が行われた。年に1回、
2年半だが、大衆の中に暴漢が潜んでいるという
これも話題になっていた。
きで、日本を信用している。特に日本人の管理、
中国のリーダーがずらりと並んで顔見せをする場
国はこれから必ず付き合っていかなければいけな
て帰る買い物の中身で最近一番目立つのは温水洗
人たちは今どんどん日本に来ている。彼らが抱え
はあまりなかったのだが、ある程度の収入のある
ボーン・上田賞受賞講演
企業 の 在 り 方 に は 尊 敬 も し て い る 。
( 16 )
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警報が発せられたのが既に 回。そういう状況下
で習 近 平 は い ま 政 治 を 行 っ て い る 。
近平が捕まえたい人を捕まえている。2年後の
年秋に第 回党大会がある。その時の人事のため
に、﹁反腐敗﹂の名の下に習近平は今いろいろな
が全てを決めている。習近平の言うことはよく聞
き忠誠を尽くすが、李克強の言うことなどどうで
もいいという雰囲気が生まれている。
2012年秋の第 回党大会で習近平はトップに
が、一番分かりやいのが人事だ。最近で言えば、
闘争が進んでいる。最後に結果が出てくるわけだ
中国では誰にも見えない真っ暗な闇の中で権力
時、そこまでやる人ではないと思われていたが、
なり緊迫した状況が続いている。習近平は就任当
近だった令計画も最近捕まって、共産党の中はか
プだった徐才厚を捕まえ、胡錦濤前国家主席の側
警察最高指導部だった周永康や軍の制服組トッ
ら高校生のころ、古都・西安のある陝西省の延安
平を
権威があり、非常に恐れられているが、彼は習近
は中央規律検査委員会の王岐山だ。李克強よりも
反腐敗運動を取り仕切っているチームのトップ
旧知の王岐山に反腐敗託す
就き、反腐敗に力を入れて、いろいろな人を捕ま
どうも誤解していたようだとみんな思い始めてい
近 く に 下 放 さ れ て、 洞 窟 で 暮 ら し て い た。 こ の
ことをやっているというのが私の見方だ。
えている。もちろん中国には腐敗・不正が横行し
る。毛沢東は自分の権力が危うくなった時に、文
時、少し年上の王岐山に勉強を見てもらったり、
18
歳ぐらいから知っている。習近平は中学か
ワンチーシャン
ているが、捕まった人たちを見ると、明らかに習
化大革命によって権力強化を図った。状況は違う
いるが、内規で
で残るのは習近平と李克強だけ。あと5人は交代
く、大あくびしているのが画面に映っている。な
ぐらいいる全人代代表の聴衆たちには緊張感がな
世界の注目を集めるはずのものだが、3000人
﹁中国はこれからどこへ行くのか﹂ということで
全人代での李克強首相の演説は政策を中心に、
るだろう。そうなれば、有力といわれるこの2人
からすると、習近平は恐らく後継者を自分で決め
が取り沙汰されていたが、今の権力の集中の実態
華、重慶のトップを務めている孫政才などの名前
い し 2 人 入 っ て く る だ ろ う。 広 東 省 に い る 胡 春
5人の中には恐らくポスト習近平候補が1人な
後の話だが、既に闘いは始まっている。
ぜ首相の演説に権威がないのかといえば、習近平
誰が捕まるのか﹂という一点に集中している。
から見ても、経済よりも反腐敗に重点が置かれて
67
することになる。その補充に誰を入れるか、2年
17
歳以上は残れないという年齢制
にならなかった。全人代が始まる直前、﹁反腐敗
限があって、今の7人のうち、 年の党大会人事
中国の最高指導部である政治局常務委員は7人
腐敗について王岐山に全て任せたようだ。
古くからの親しい付き合いもあって、習近平は反
一つの布団に一緒に寝たこともある。そのような
15
で軍人を 人捕まえた﹂という発表があったこと
長目標7%﹂と決めた程度で、経済はあまり焦点
策を考える場で、年1回開かれるが、今年は﹁成
3月の全国人民代表大会は経済を中心として政
れていると見る人も多い。
王岐山の洞窟に泊めてもらって、オンドルの上で
習が望む一連の逮捕劇の相手
17
いるような状況で、中国メディアの関心も﹁次は
14
( 17 )
19
20
が、それに近い形で今、党内で反腐敗運動が行わ
人民大会堂で開かれたレセプションで隣り合って座る江沢民
元国家主席(中央左)と習近平国家主席(右)(EPA=時事)
=14年 9 月30日
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関係ないと思われるが、実権を手放さないために
音像を海南島に建てた。共産党政権下では宗教は
中国では大学生になると軍事訓練が行われる
仏教に頼ったわけだ。1999年、国家主席在任
仕切っていることになり、まさに院政だ。
習近平には自分で後継者を決めるための新しい
が、 年ごろ、北京大学の新入生に﹁今の中国の
もど う な る か 分 か ら な い 。
歳 以 下﹂ と い う こ れ ま で の 年 齢
国家主席である江沢民などに近い人を今どんどん
プにしてくれた前国家主席の胡錦濤や、その前の
習近平は 年にトップになったが、自分をトッ
となって動いているのが今の中国の政治状況だ。
で聞くと、﹁そうだ。軍を仕切っている者が中国
ことを知っていた学生は﹁江沢民ですか﹂と小声
は知っているのか﹂と言う。それは江沢民である
も引退すべき年齢だが、この奥の手を使えば続投 ﹁胡 錦 濤 で す﹂ と 学 生 が 答 え た と こ ろ、 教 官 は
制限を緩和すれば、次の人事で自分がよく知って
で一番偉いんだ﹂とその軍人の教官が答えたとい
可能になる。このように反腐敗と権力闘争が一体 ﹁違う。中央軍事委員会の主席は今誰か、おまえ
おり、言うことを聞く人物を登用できる。王岐山
う話だ。これは中国の実態をよく表しているエピ
時、 胡 錦 濤 が 総 書 記 ・ 国 家 主 席 で あ っ た の で、
最高指導者は誰だ﹂と教官の軍人が質問した。当
を考えながら権力のやりとりをしている。
だ。このように、中国の権力者はいろいろなこと
でしょう﹂と仏教界の重鎮に言われて建てたそう
ば、国は守れるし、あなたの引退後の権力も安泰
かどうか分からないが、﹁立派な観音像を建てれ
た、驚くほど大きな観音像だ。彼が仏教徒である
中 に 着 工 し て、 6 年 を 費 や し て 引 退 後 に 完 成 し
手段がある。﹁
捕まえている。中国共産党は5年に一度共産党大
ソードだと思う。
しい総書記になっても、前のトップの影響力が大
かできないのがルールになっている。しかし、新
さんある。例えば 年、小泉純一郎首相時代、宮
言わないが、元首相がなかなか退かない例はたく
世でも嫌われることで、日本でも、院政とまでは
前任者が後任者にいろいろ小言を言うのはどの
は宝剣を与える﹂という発言をして、共産党幹部
震え上がらせなさい。腐敗を摘発する人たちに私
な所に行って問題を洗い出し、みんなを驚かせ、
ために、おまえらは欽差大臣になって、いろいろ
きん さ
習近平は最高指導部7人の会議で、﹁反腐敗の
きく残っているのがこれまでの中国の現状で、日
仕掛けを作って、後任者が前任者に相談するよう
い。むしろ後任者の仕事がうまくいかないような
め、その人事が後任者の仕事を拘束することが多
党、軍、政府の人事は全て前任者のトップが決
屋に入るか入らないか、命のやりとり、最期に畳
と思う。ただ、中国の場合はもっと激しい。ろう
も行われているとお考えいただけば分かりやすい
った例がある。これと似たような構図が今中国で
だ残っていた。これに対して小泉首相が引退を迫
裁可を受けることなく誰を切り捨ててもよい。い
が授けた宝剣を持っており、これがあれば皇帝の
派遣された林則徐が最も有名だ。欽差大臣は皇帝
びこっていたアヘン撲滅のために道光帝によって
世紀後半に広東省では
にすれば、前任者の力が残される。これが中国の
の上で死ねるかどうかに関わるような激烈な闘い
江沢民は 年に国家主席を引退し、 年に軍事
しい政体として生まれた共産党からすれば、自分
濤へ の 交 代 の 時 も そ れ が 行 わ れ た 。 江 沢 民 は 年
の党大会で総書記・国家主席から退くが、軍のト
委員会を引退し、そこで形上の権限はなくなった
清朝のような封建時代の制度は一切なくして新
ップである軍事委員会からは降りなかった。軍を
を皇帝に見立てるような習近平のこの発言は本来
19
が、後が不安だった彼は100㍍を超す大きな観
04
地に派遣された大臣で、
院政の仕組みで、 年の党大会で江沢民から胡錦
わば権限の象徴としての宝の剣だ。
03
が繰り広げられている。
欽差大臣というのは清朝時代に特命を受けて各
たちの間で大きな波紋を広げている。
沢喜一元総理や中曽根康弘元総理が議員としてま
ップの総書記、つまり国家主席は2期 年までし
清朝皇帝の特命帯びた﹁欽差大臣﹂
会を開いて最高指導部の人事を入れ替えるが、ト
03
本の 院 政 と 同 じ よ う な こ と が 行 わ れ て い た 。
10
12
仕切っているということは、実質的に中国全体を
02
02
( 18 )
67
02
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なら批判の対象になるはずだが、現時点では習近
たことに中国の政治がよく分かっている人や共産
中国共産党の一つの特徴として、自分の名前を
平の勢いが非常に強いために、誰も批判する人は
党の人たちは注目し、﹁なぜだ? 江沢民を鎮圧 党の歴史に刻みたい、それが自分の権力の維持に
するという意味があるのだろう﹂とみんな考えた。 つながるという考え方がある。毛沢東は﹁毛沢東
にいる人たちこそ現代の欽差大臣で、彼らに狙わ
がっている。つまり、王岐山であり、王岐山の下
橋﹂でよさそうだが、やはり江沢民に遠慮して全 ﹁四つの全面﹂というわけだ。三つの次だから四
かる橋がある。鎮江の町にある橋だから﹁鎮江大
確かにそれはあったようだ。鎮江には長江に架
の代表﹂
、胡錦濤は﹁科学的発展観﹂
、それに次ぐ
思想﹂、鄧小平は﹁鄧小平理論﹂、江沢民は﹁三つ
いない。逆に習近平の発言を聞いて党内は震え上
れたら、命も危ないし、職も失うし、ろうに入ら
く別の名前をつけていた。ところが、習近平が
つだという言葉遊びのように見えるが、そうでは
なけ れ ば な ら な く な る と い う わ け だ 。
﹁四つの全面﹂が鎮江で発表されたのはどうい
ない。生き残りを懸けた戦いがそこで行われるこ
たかと、これにもみんな驚いた。鎮江という名の
う こ と な の か ││ こ れ が 中 国 内 で 議 論 さ れ て い
月に入った後、﹁鎮江﹂と名のついた橋の建設に
現代の皇帝とも言える習近平の宝剣が向かって
橋ができるということは、江沢民をないがしろに
る。江 沢 民 の﹁三 つ の 代 表﹂、胡 錦 濤 の﹁科 学 的
とになる。
いる先は、2代前の江沢民一派だとみてよいだろ
してよいというサインだと受け止めたわけだ。こ
発展観﹂はもうそろそろよいのではないか。次は
これから着工することが突然決まり、ついにやっ
う。江沢民そのものを捕まえるかどうかとは直接
のように習近平にとって恩人である江沢民も力を
習近平の﹁四つの全面﹂で、これさえ唱えていれ
江沢民一派の力をそぐのが狙い
関係はないが、とにかく自分の前トップと前々ト
そぐべき相手の1人になっており、南京のトップ
偉大なる指導者になりたい。自分は歴史上の人物
て、私は毛沢東や鄧小平に次ぐ中国を立て直した
ばよい。習近平自身、胡錦濤や江沢民はもう置い
ップの周りの人たちの力をそぐのが目的だ。習近
4
も習近平の南京訪問直後に捕まっている。
4
鎮江訪れ﹁四つの全面﹂を発表
平がなぜそう考えるかといえば、江沢民の後の胡
錦濤は 年間トップに立っていたが、江沢民によ
る院政や江沢民への遠慮で思うような政治ができ
﹁四つの全面﹂に関わる面白い話がある。3月
になるんだ。こういう宣言なのではないか。
問の際、習近平は今後政治を進めていく上での自
の全人代の時、政府活動報告を李克強首相が読み
もう一つ重要なことは、この 月 日の鎮江訪
価を受けることもなかったし、自分が思うような
分の考え方の基礎として﹁四つの全面﹂というも
﹁鎮江﹂というのは微妙な地名で、﹁江沢民を鎮圧
う大きな町を視察している。長江のほとりにある
治的 に 選 ん で い る 。 去 年 、 南 京 事 件 記 念 日 の 月
彼は地方視察に行く時も、その場所や中身を政
厳しい党の規律・反腐敗を全面的に進める。これ
は、法律による統治を全面的に進める。四つ目は
が進めている改革を全面的に深化させる。三つ目
するというのが一つ目の全面。二つ目は、習近平
活水準を達成する。全面的にそういう社会を実現
年までに中国の所得を倍増させた上で、一定の生
ドリブで付け加えた。重要な演説で長く準備され
める一文がもともとの文章にはなく、李克強がア
四つ目に挙げた﹁反腐敗を全面的に進める﹂と読
た。その中で一番重要なのが、﹁四つの全面﹂の
スタイルだか、原稿にない言葉が幾つか入ってい
稿が配られる。基本的には原稿を読むのが普通の
上げる。われわれ記者も会場で聞いていたが、原
する﹂とも読めるので、これまでのトップは江沢
12
日に南京に行ったが、その後、近くの鎮江とい
て き た は ず の 原 稿 に、 習 近 平 が 進 め よ う と す る
を合わせて﹁四つの全面﹂というわけだ。
20
民に遠慮して行かなかった。そこに習近平が行っ
13
( 19 )
12
人事もできなかったといわれている。ああいうの
なかった。 年間、ただ忍耐だけで、政治的な評
14
のを発表した。中身は大したものではないが、
10
は嫌だという強い思いが習近平にはあるようだ。
12
10
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メ デ ィ ア 展 望
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﹁ 四 つ の 全 面﹂ の 一 つ が な ぜ 入 っ て い な か っ た の
買う││こういう政策だと説明する人もいる。
近平と、胡錦濤を中心とする共産主義青年団グル
恐らくここには、﹁四つの全面﹂を進めたい習
推し進めている外交戦略と経済戦略とミックスし
ンフラ投資銀行︵AIIB︶で、これは中国が今
最後に付け加えたいのは、いま話題のアジアイ
ある程度拡大できれば、アメリカも無視はできま
げ、テリトリーを広げ、影響力を拡大していく。
問題も少しずつ解決しながら、西の方に視野を広
おカネを使いながら、貿易もやり、安全保障上の
おカネを持っている中国が出て行って、そこで
ープの李克強と、この間に考え方の違いがあり、
て進められている。今、中国では西に進む﹁新シ
い。中国の力を認める状況になれば、再びアメリ
﹁一帯一路﹂とAIIB設立がリンク
権力闘争があったのではないか。﹁四つの全面﹂
ルクロード政策﹂というのがあり、シルクロード
カ と 話 を し よ う。 非 常 に ざ っ く り し た 言 い 方 だ
だ。
の中の﹁反腐敗﹂の部分は読まないと決断して原
経済帯と海上シルクロード、この二つを合わせて
か、 非 常 に 大 き な
稿を書いたにもかかわらず、政府活動報告の中で
が、これが中国の考え方だと思う。
いる。これに入らなければ情報が取れないのは明
日本もAIIBに入るかどうか決断を迫られて
この政策の根本がどこから出てきたのかといえ
らかなので、多くの経済界の人たちはAIIB参
の設立がリンクしている。
付け加えたのは、簡単に言えば李克強はびびった ﹁一帯一路﹂と称している。この政策とAIIB
のではないか。演説直前、李克強は習近平と顔を
突き合わせてちょっと話していた。恐らく﹁原稿
年6月にアメリカで米中首脳会談が行わ
う会話があったのではないか。つまり、誰もが習
ん。付け加えますから許してください﹂、こうい
い が、 中 国 と ア メ リ カ で 世 界 を 仕 切 る ﹁大 国 関
した。しかしアメリカ側は、﹁新しい関係﹂はよ
れ、習近平は訪米して﹁新しい大国関係﹂を提示
ら、対峙する素地はそもそもあったわけだ。日本
組 ん で い る 日 本 と も 対 峙 す る こ と に な る。 だ か
進んでアメリカと対峙すれば、アメリカと同盟を
加の選択肢はないのかと話している。中国が東に
ば、
近平さえ持ち上げていればいい、習近平の言うこ
係﹂はまだ早い。そんなものをアメリカは相手に
がどんな選択をするか、まだ最終的に決まっては
で は こ れ を 落 と し て し ま っ た。 申 し 訳 あ り ま せ
とさえ聞いていればいいと、李克強をないがしろ
しないという立場だった。
期に崩壊した例がある。始皇帝が統一した後、十
だし、歴史上も苛烈な中央集権をやった国家が早
まくいかない例が多々ある。共産党の時代もそう
中を進めている。しかし中国では権力の集中がう
習近平はいろいろ新しい組織をつくり、権力集
てし ま っ た と い う 見 方 も で き る 。
う行動を取ったことで、李克強はまた権威を下げ
し切れず、最後の最後で譲ってしまった。そうい
し、 イ ン フ ラ の 投 資 が 進 ん で い な い 所 も あ る の
インを守るだけでよい。西にはたくさん国がある
ら、そこは少し置いておいて、しばらくは今のラ
太平洋側に出ていくと、アメリカと対峙するか
で、しばらくは力をためて、仲間を増やしたい。
良 く や っ て い く 状 況 に は な い と 判 断 し た。 そ こ
上、安全保障上の問題で、すぐにはアメリカと仲
る が、 ア メ リ カ と の 関 係 に つ い て は、 特 に 政 治
中国は今も﹁新しい大国関係﹂と言い続けてい
2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委
震 災 特 別 取 材 班 総 括 デ ス ク と し て 仙 台 に 半 年 ほ ど 駐 在。
首相官邸キャップ、政治部次長の後、東日本大震災の際、
なかざわ・かつじ 早稲田大学第一文学部卒。1987
年 入 社。 政 治 部 な ど を 経 て 年 か ら 3 年 間、 北 京 駐 在。
国の外交戦略は、うまくいっているように見える。
とで世界の大きな流れはつくられてしまった。中
ッパがせきを切ったように一気に参加表明したこ
どうするか、非常に難しい局面だ。一方、ヨーロ
いないが、政治、経済をミックスした最終決断を
たい じ
にする状況の中で、李克強は自分たちの考えを押
数年でつぶれてしまった秦もそうだ。習が進めて
で、西に行こう。その際、経済と政治一体で、外
員兼論説委員。
98
たい じ
いる権力の集中がどこまで続くのか、どこまでで
におカネを持って行って、おカネを使って友人を
歳。
きるのか、もう少し見極める必要があると思う。
50
( 20 )
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地中海
インド洋
21
(共同)
( 21 )
20
南太平洋
●特派員リレー報告 ︵ ︶
東南アジア
インド
南シナ海
西アジア
井 源 太 郎
中国
中国、
﹁一帯一路﹂構想に活路
周辺国取り込み、過剰生産解消も
21
意気込んでいた。しかし、市当局にバスで案内さ
れた経済開発区は広大な未開発の敷地が延々と広
が り、 日 本 人 の 目 か ら す る と、 経 済 が 減 速 す る
中、この広大な敷地をどうやって工場で埋めてい
くのかと不安になるほどだった。
市街地を越えて経済開発区に入って 分近くバ
スに揺られる間、ずっと続く空き地を眺めながら
そう
頭に浮かんだのは、かつて訪れた河北省唐山市曹
ひ でん
妃甸の開発区で見た、似たような光景。曹妃甸の
開発区は企業の進出が少なく開発が遅れており、
国主導による投資計画の失敗例との批判も一部で
出ている国家プロジェクトだ。連雲港市当局者は
巨大な港湾施設の建設状況や、化学工場や製造業
などを誘致する考えをとうとうと述べたが、建設
中央アジア
欧州
ロシア
共同通信社上海支局員 一
60
シルクロード経済ベルトの国内部分はほぼ中国
全域を含む概念だが、その東端の拠点の一つが沿
れんうんこう
岸部の江蘇省連雲港市だ。海運物流の一大拠点と
して港湾整備が胡錦濤指導部時代から続いている
が、2月に当局が組んだ一帯一路に関するプレス
ツアーで連雲港市を訪れると、市幹部は﹁一帯一
路を追い風にして、製造業なども誘致したい。連
雲港にとってこれ以上ない発展のチャンスだ﹂と
(中国中央テレビなどによる)
42
中国の習近平指導部が﹁現代版シルクロード﹂ シルクロード﹂の建設を呼び掛けたのが、習氏に
構築を目指す﹁一帯一路﹂構想を経済・外交政策 よって﹁一帯﹂と﹁一路﹂がそれぞれ提唱された
の柱の一つに据え、中国経済圏の構築を目指して 最 初 だ。 物 流 の 強 化 や イ ン フ ラ 整 備、 貿 易 の 拡
いる。いかにも中国らしい壮大な構想の下で、実 大、 資 源 ・ エ ネ ル ギ ー 協 力 の 促 進 な ど が 構 想 の
際に何が動き始めているのか。取材で訪れた現場 柱。中国の呼び掛けに対して、既に約 カ国が構
での感想を交えながら、全貌がいまだに見えづら 想への参与を表明したとされる。
い同 構 想 の 一 端 を 報 告 し た い 。
中 国 は 構 想 を 通 じ て 各 国 と ﹁ウ イ ン ウ イ ン﹂
ま ず、 一 帯 一 路 の 簡 単 な 説 明 か ら 入 り た い。 ︵両者がうまくいくこと︶の関係を築き、地域の
﹁一 帯﹂ は 中 国 か ら 中 央 ア ジ ア、 欧 州 へ と 続 く 安定と発展に貢献すると訴えているが、中国内陸
﹁シルクロード経済ベルト﹂を指し、﹁一路﹂は東 部や近隣諸国へのインフラ整備を通じて国内の過
南アジア、インド、アフリカ、中東へと続く﹁
剰生産を解消する意図や、インフラ整備などの経
世紀の海上シルクロード﹂を指している。本稿で 済協力を通じて周辺国を取り込む狙いがある。
は取材で訪れた場所を中心に、シルクロード経済
欧州まで延びる鉄路の出発地・連雲港
ベル ト に つ い て 主 に 話 を 進 め る 。
10
年に提唱、陸海の現代版﹁絹の道﹂
13
13
習近平国家主席は2013年9月に訪問先のカ
ザフスタンで﹁欧州とアジアの国々の経済の連携
をさらに緊密にさせるため、われわれは新しく創
造した協力モデルを用いて、﹃シルクロード経済
ベルト﹄を共に建設しよう﹂と演説。この演説に
加え、 年 月にインドネシアで﹁ 世紀の海上
現代版シルクロード構想の概念図
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でなく、ドイツやオランダまで続いている鉄道路
線の出発地となっているためだ。経済ベルトを構
成する主要な要素の一つが、経済の基礎となる物
流網。物流がスムーズになることで、各国経済の
連携が強まり、中国の製品を中央アジアや欧州に
送り出しやすくする。
連雲港では既にカザフスタ
ン鉄道と中国企業が合弁で物
流基地を建設。港湾施設の一
角にある、その物流基地は習
氏が一帯一路構想を打ち出し
て以降、最初に実現したプロ
ジェクト。敷地内には線路が
引き込まれ、今年2月には新
疆ウイグル自治区ホルゴスを
経由してカザフに向かう定期
貨物列車の運行も始まった。
物流基地の中国人担当者は
﹁物 流 基 地 に よ っ て コ ス ト と
時間の大幅な削減が可能にな
る。中央アジアの物流効率化への貢献は大きい﹂
と強調。﹁日本企業にとっても利点が大きい﹂と
アピールしていた。海外から船舶で連雲港に運ば
れた貨物はこの物流基地で仕分けされ、直接陸送
できるため輸送コスト削減が可能となる。貨物の
3割程度が日本からの車の部品や電子部品とさ
れ、韓国からの貨物も多い。担当者は﹁これまで
日本からカザフまで約3週間かかっていた輸送時
間が数日短縮される﹂と胸を張っていた。
カザフ国境のホルゴスが一大物流拠点に
しかし、日本の物流会社の社員からは﹁現時点
では必ずしも日本企業がメリットを実感できるほ
どには物流効率のアップが図られているとは思え
ない﹂との声が漏れる。念頭にあるのが競合する
シベリア鉄道だ。中国と、カザ
フなどの旧ソ連圏では、鉄道の
軌道が広軌と狭軌で異なってい
る。中央アジアを通じて鉄道で
物を運ぶには、カザフとの国境
の街ホルゴスなどで一度、コン
テナを積み替える必要がある。
一方、シベリア鉄道ではウラジ
オストクから同じ列車でコンテ
ナをロシアの西端まで運ぶこと
が可能だ。
3月に訪れたホルゴスは、一
帯一路構想が提唱される数年前
から中央アジアとの物流の拠点
として、中国当局が大規模な整備を始めた街だ。
連雲港からの貨物列車もホルゴスを経由する。一
帯一路構想が打ち出されて以降、中央アジアへの
窓口としてホルゴスへの注目度は一気に上昇。多
額のインフラ投資と貿易促進の優遇措置をバネに
急速な経済発展に沸いていた。
﹁この辺は5年ほど前までは何もなかったのに、
今やビルの建設ラッシュで街が様変わりした﹂。
カザフスタンのナンバーを付けたトラックが行き
( 22 )
が進んでいるのは化学コンビナートなど、ほんの
一部で、曹妃甸の二の舞いになるのではとの疑念
が消えるほどの説得力はなかった。
広大な空き地から浮かんでくるのは、一帯一路
構想を打ち出した習指導部が抱える国内矛盾の一
端だ。習氏は昨年から中国経済が高成長から中程
度の成長に移行する﹁新常態﹂︵ニューノーマル︶
の段階に入ったと強調するようになった。国内需
要の伸びが鈍化し、国有企業を中心に生産過剰の
問題がさらに顕在化しつつある。過剰生産を解消
するには、リストラなどの痛みを伴う構造改革を
断行するだけではなく、輸出や外国でのインフラ
整備 で 新 た な 需 要 を 喚 起 す る 必 要 が あ る 。
上海株式市場で関連銘柄が値上がり
一帯一路の狙いはまさにこの点にある。実際、
上海株式市場では一帯一路に関連するニュースが
流れる度に﹁一帯一路銘柄﹂と呼ばれるインフラ
関連企業の株価が上昇。外国でのインフラ整備に
中国企業が強く関与することで、過剰生産で苦し
んでいた業界が持ち直すとの期待が背景にある。
中国当局はインフラの典型である鉄道分野で、二
大 鉄 道 車 両 メ ー カ ー の ﹁ 中 国 北 車﹂ と ﹁ 中 国 南
車﹂の合併を昨年末に発表。合併は﹁過当競争を
避け、外国での鉄道受注を増やすため﹂︵証券会
社社員︶とみられている。一帯一路の〝果実〟を
最大限、国内に取り込もうとの強い意志の表れだ。
連雲港がシルクロード経済ベルトの物流拠点と
して注目を集めているのは、巨大な港湾施設だけ
ホルゴス市にある広軌と狭軌の間の貨物載せ替え施
設(2015年 3 月25日、筆者撮影)
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来する中、ホルゴスの地元住民は街の急速な変化
に驚きを隠さなかった。ホルゴスの将来性を見込
んだ物流会社が次々と物流基地や倉庫などを建
設、 年には2万人弱だった人口が 年には約
万人 に 膨 れ 上 が っ た 。
この3年間の投資は 億元︵約1350億円︶
に上る。特に習氏が一帯一路構想を打ち出した
年以降は投資が急増し、﹁発展のスピードがさら
に 増 し た﹂︵地 元 当 局 者︶と い う。地 元 の 物流業
者は﹁ 年末にはホルゴス経由でカザフ側まで鉄
道がつながったことで物流量が一気に増えた﹂と
語る。 年に国境を越えた貨物は 年比の7・5
倍に 急 増 。 貿 易 額 も 同 約 4 ・ 5 倍 に 増 え た 。
連雲港からつながる鉄道が通るホルゴス郊外に
は既に大型のクレーンが整備された積み替え施設
が建設されていた。この施設で広軌と狭軌で異な
る鉄 道 に 荷 物 を 載 せ 替 え る の だ と い う 。
効率の悪さが指摘されていたホルゴス経由の貨
物列車を使った鉄道物流は着々と改善されている
ようだったが、日本の物流関係者からは﹁カザフ
スタン鉄道との連携がどれほどスムーズに進むか
見通せない部分がある﹂との指摘も出ている。
ただ、国際物流の強化には、経済的メリットだ
けでは計りきれない影響もある。カザフは中央ア
ジア諸国と東アジアをつなぐ要衝。中央アジアに
詳しい日本政府関係者は、中国を経由した物流を
中央アジア諸国の経済に組み入れることで、中国
の影響力を増大させ、資源獲得や中国企業の進出
につ な げ る 狙 い が あ る と 分 析 し た 。
国との経済関係が深まるのは市民にも利点が大き
経済開発区の整備も進む
い﹂と歓迎していた。中国人の店で買い物をする
一方、ホルゴスでは経済開発区の整備も進んで ことで、これまで疎遠だった中国への親しみも次
いた。市中心部に近い地区では物流施設などが活 第に増してきたという。限定的とはいえ、両国経
況を呈していたが、経済開発区では当局が入ると 済の緊密化が生活向上につながるとの実感を一般
みられる巨大な建物が一棟あるだけで、ただ広大 消費者に与えることができる施設といえそうだ。
な敷地が延々と続く光景が広がっていた。
連雲港やホルゴスで見られるように、現時点で
地元当局者によると、物流企業だけでなく製造 の﹁一帯一路﹂構想は、巨大プロジェクトを一か
業などを誘致する計画だというが、やはり曹妃甸 ら立ち上げるというよりは、既に動きだしている
や連雲港の現状を考えると、中央アジアなどとの インフラプロジェクトに周辺国との連携を高める
貿易だけのために、製造業が数多く進出してくる 視点を新たに加えることで、周辺国などとの経済
ようには思えなかったというのが正直な感想だ。 の一体性を高めようとしているようだ。
ただ、中国では共産党の指示を受ける国有企業が
地方の省政府などには﹁バスに乗り遅れるな﹂
経済合理性にこだわらずに投資を決める例は依然 といった雰囲気も生じており、一帯一路に絡んだ
存在する。少なくとも数年後に再訪して、現地の 施策を積極的に進めていく構えだ。既に存在する
企業進出状況を確認するまでは、プロジェクトの 地元の経済的な基盤やプロジェクトを上手に活用
成否を軽々に語るのはやはり避けるべきだろう。 しながら、変化の波にうまく乗り、地元経済の振
ホルゴスには物流だけでなく、貿易の拠点とし 興につなげようと考えているようだ。
ての役割も与えられている。カザフと中国が協力
AIIBが資金面で下支え
して造った﹁中国カザフスタン国際辺境協力セン
ター﹂と呼ばれる特別免税地区では、安い中国製
一帯一路構想を資金面で支える重要なツール
品を買い求めるカザフスタン人であふれていた。 が、中国主導で設立するアジアインフラ投資銀行
国境に 年に新設された同センター︵中国側管理 ︵AIIB︶だ。英国の参加表明を皮切りに欧州
地域は広さ約2平方㌔では、双方の住民が相手国 主要国が雪崩を打って設立メンバー入りし、日本
に入国、両国の商品を免税で買うことが可能で、 外交に大きな衝撃を与えたのは記憶に新しい。豊
富な外貨準備を手に、新秩序づくりに挑む中国だ
関係緊密化のシンボル的な役割も担う。
カザフの最大都市アルマトイから車で5時間か が、肝心の経済成長の鈍化は免れない。一帯一路
けて妻と同センターに買い物に来た男性は﹁ここ の成否は、周辺国が﹁ウインウイン﹂な関係を実
の中国製の寝具はアルマトイより4割は安い。中 感できるかに懸かっているのではないだろうか。
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崇城大学教授
井芹 浩文
﹁圧力﹂﹁やらせ﹂も解釈次第
NHK﹁クローズアップ現代﹂をめぐる今回の
﹁ や ら せ﹂ 疑 惑 の 構 造 は 、 2005 年 に 表 面 化 し
た、従軍慰安婦を扱った﹁女性国際戦犯法廷﹂の
NHK番組をめぐる﹁圧力﹂疑惑と似ていなくも
ない。両方の事案に安倍晋三氏の影が見え隠れす
るこ と も テ ー ク ノ ー ト し て お き た い 。
ソフトな圧力は
ソフトか
﹁ 女 性 国 際 戦 犯 法 廷﹂ は 年 1 月 、 N H K 教 育
テレビで放映されたが、朝日新聞が﹁自民党の安
倍 氏 と 中 川 昭 一 氏 が 番 組 放 送 前 にN H K 幹 部 に
﹃ 偏 っ た 内 容 だ﹄ と 指 摘 し た﹂ と 報 じ た の は 4 年
後の 年1月 日付朝刊だった。翌 日、当事者
のN H K チ ー フ プ ロ デ ュ ー サ ー が 記 者 会 見 し て
05
12
01
13
﹁政治的圧力があった﹂と告発したことから問題が
広がった。安倍、中川両氏は当然のことながら﹁圧
ひょう そく
力﹂を否定し、それに平仄を合わせるかのように
NHK首脳も﹁圧力﹂を否定する見解を発表した。
ただ安倍氏が放送前日に、中川氏が事後にNHK
幹部に申し入れした事実は、双方とも確認した。
この問題では裁判も起こされ、最高裁にまで持
ち込まれた。判決の本論は省くが、問題となった
﹁圧 力﹂の 有 無 に つ い て、東 京 高 裁 は﹁あ っ た﹂
としたが、最高裁は本論に関係ないとして判断を
見送った。結局、
﹁圧力﹂は解釈の問題に帰した。
今回、問題となったのは﹁やらせ﹂の有無だっ
たが、これまた解釈の問題となってしまった。プ
リズムを通った光がさまざまに屈折して見えるよ
うに、同じ事実が異なる立場によって違って解釈
されるというわけだ。
発端は3月 日発売の週刊文春が﹁NHK﹃ク
ローズアップ現代﹄にやらせ発覚!﹂と報じたこ
と だ。 年 5 月 日 に 放 送 し た ﹁追 跡 〝出 家 詐
欺〟∼狙われる宗教法人﹂の中で、出家詐欺に関
わるブローカーとして匿名で紹介された人物が、
実は記者から﹁ブローカー役を演じてほしい﹂と
頼まれて出演したというのだ。この人物はNHK
に訂正を求めると同時に、放送倫理・番組向上委
員会︵BPO︶の放送人権委員会にも人権侵害の
申し立てを行った。
これに対しNHKは調査委員会を設置して、4
月9日に中間報告を、同 日に調査報告書を公表
した。この中で取材や撮影手法において﹁不適切
17
14
ねつぞう
な点が複数あった﹂としながらも﹁事実の捏造に
つながる﹃やらせ﹄は行っていない﹂とした。こ
れに伴い取材した記者に対する停職処分など 人
もみ い
を懲戒処分したが、 井勝人会長ら役員は処分を
受けず報酬の自主返納となった。
井会長には同じ時期、私的なゴルフのハイヤ
ー代金をNHKに支払わせていた疑惑が浮上して
い て、 早 め の 火 消 し を 図 っ た と の 印 象 も あ る。
﹁やらせ﹂と認定してしまうと、ハイヤー代金問
題と合わせ技1本となって会長辞任に発展する。
これを避けようとの思惑がうかがえるのだ。
ただ、これはこれでNHKが自主解明しようと
した姿勢はあったわけで、内容には疑問が残りつ
つも、報道機関としての自主自律を発揮したとの
評価もできよう。
政府与党のソフトな圧力戦略
15
ところが、問題はその後に起きた。自民党の情
報通信戦略調査会︵川崎二郎会長︶がNHKの堂
元光副会長らを呼んだことだ。一緒に、コメンテ
ーターの古賀茂明氏が﹃報道ステーション﹄︵テ
すが
よしひで
レビ朝日︶の生番組中に﹁菅︵義偉︶官房長官を
は じ め と し て、 官 邸 か ら バ ッ シ ン グ を 受 け て き
た﹂と発言した問題で、テレビ朝日の福田俊男専
務も呼ばれた。
︵注︶
自民党側は﹁二つの案件では自律性を持って両
局が対応するのが放送法の基本だ﹂との建前論を
前置きしつつ、あくまでソフトに﹁どういう形で
対応したのか話を聞きたい﹂と問い掛けた。前段
( 24 )
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の放送法の趣旨を体するのであるならば、あくま
で﹁自律性﹂に任せ、その後は世論の動向そのも
きょう じ
のに任せるのが権力側の矜持だろう。それをいく
らソフトな口調であれ、呼び出す行為そのものが
圧力 へ の 第 一 歩 だ 。
テレビ朝日での古賀発言直後に、菅義偉官房長
官 は ﹁ 全 く の 事 実 無 根﹂ と 全 面 否 定 し た 上 で 、
﹁放 送 法 が あ る の で テ レ ビ 局 が ど う 対 応 さ れ る か
見守りたい﹂と付け加えるのを忘れなかった。放
送法を持ち出したこと自体がソフトなけん制にな
ることは計算済みだろう。菅発言の延長上に自民
党の 呼 び 出 し が あ っ た の は 間 違 い な い 。
自民党は 年 月総選挙の時も、在京テレビ局
に ﹁ 公 平 中 立 な 報 道﹂ を 求 め る 文 書 を 出 し て い
そん
る。当たり障りのない内容を装いつつ、真意を忖
たく
度させる隠微なやり口だ。ここには政府・与党の
ソフトな圧力戦略が見え見えだ。言論の自由とは
対等な関係の中で成り立つものであって、上下関
さ さい
係の中では些細なことでも、圧力に転化しかねな
い。そうした感覚を欠いているのが、この国の権
力者 の 意 識 な の だ 。
自民党によるメディア幹部呼び出しについて新
聞各紙が掲載した、有識者のさまざまな論評はほ
と ん ど が 批 判 的 だ が、 秀 逸 だ っ た の は、 約 3 年
間、日本で活動する中国の男性特派員のコメント
だ︵4 月 日 付 朝 日 新 聞︶。ず ば り﹁日 本 の政権
もメディアを宣伝機関にしたがっているのではな
いかと感じる﹂と指摘した。この特派員は期せず
して、自国のメディアの在り方を鋭く批判してい
14
17
るとも言えるが、翻って日本自らの問題として考 ﹁侮辱﹂と受け止めたのは、﹁﹃金が絡んでいると
えるならば、日ごろ反中国色の強い安倍政権が言 疑わざるを得ない﹄と外交官は言った﹂点だが、
論・報道の分野で﹁中国化﹂を狙っているとした 取材した朝日新聞記者に対し、当事者である坂本
ら奇妙なことになる。
秀之在フランクフルト総領事は﹁金をもらってい
るというようなことは一言も言っていない﹂と真
稚拙な﹁事実誤認﹂の指摘
っ向から否定している。
それ以上に気になったのは、ゲルミス氏が安倍
政権の歴史修正主義に批判的に書いた記事が同紙
に掲載されたのに対し、坂本総領事が同紙本社幹
部に対して﹁中国がこの記事を反日プロパガンダ
に利用していると抗議した﹂と書いている点だ。
中国プロパガンダに利用しようとされまいと、
ドイツ紙には関係のないことで、抗議されても困
ってしまう。その上に﹁侮辱﹂的なことまで言わ
れては反発せざるを得まい。実は、総領事は抗議
ではなく、事実誤認を指摘しに行った︵外務省報
道官の朝日新聞への説明︶だけかもしれないが、
稚拙だった。日本の国益を守ろうとするあまり、
言論・報道の自由という、民主主義の基本的な価
値観をおざなりにした結果がこのざまだ。
なお、最近読んで知ったことだが、2月号で書
いた、ワシントン・ポスト紙のブラッドリー氏に
ついては、藤田博司氏の﹃ジャーナリズムの規範
と倫理﹄
︵新聞通信調査会、2014年︶に詳しい。
︵注︶古 賀 茂 明 氏 の﹃報 道 ス テ ー シ ョ ン﹄生 出
てんまつ
演中の不規則発言の顛末・背景については、上杉
隆氏が﹃文藝春秋﹄5月号で詳しく報じ、神保太
郎氏も﹃世界﹄6月号の︿メディア批評﹀欄で、
テレビ朝日側の﹁萎縮﹂を問題視している。
もう一つ注目したのはドイツ紙﹁フランクフル
ター・アルゲマイネ・ツァイトゥング﹂のカルス
テン・ゲルミス氏が日本外国特派員協会の機関誌
﹃NU M B E R 1 S H I M BU N﹄4 月 号 に
英文で寄稿した﹁外国特派員の告白﹂で明かした
日本外務省の対応だ。
かみ で よし き
元北海道新聞編集委員の上出義樹氏によると、
ゲルミス氏の記事に、いち早く注目したのは報道
たつる
関 係 者 で な く、 内 田 樹 神 戸 女 学 院 大 学 名 誉 教 授
で あ り、 4 月 日 付 ブ ロ グ に 全 文 和 訳 を 掲 載 し
て、世間にアピールした。︵本誌前月号﹁編集後
記﹂も注目していた︶
しかしマスコミが取り上げることはなく、上出
氏は同月 日付で、日ごろ寄稿している情報ブロ
グ﹃渋谷ウエスト﹄の︿メディア批評﹀に﹁なぜ
たた
報じない安倍政権の異様な海外メディア叩き﹂と
の記事をアップした。朝日新聞が取り上げたのは
その4日後の 日付朝刊だ。朝日はフランクフル
トで現地取材を追加しているが、ストーリーのか
なりの部分は上出氏の論考を下敷きに展開されて
いる︵この程度なら盗用とは言うまい︶
。
報道への圧力が問題になった時の常として、双
方 の 言 い 分 は 擦 れ 違 う。 例 え ば、 ゲ ル ミ ス 氏 が
24
10
28
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メ デ ィ ア 展 望
2015.6.1
11
3 万、 得 票 率
・ 9%)。第 2 党 の 労 働 党 は 23
年の総選挙でその差は 議席で、国民が保守党に
なり、約100議席の差を付けた。前回2010
2議席(得票数約934万、得票率 ・4%)と
36
投票率は ・1%(前回
・1%)で、スコッ
一部では %を超え、関心の高さがうかがえた。
トランド地方のみに限ると ・1%、この地方の
71 65
勝利の決め手はキャメロン政権の経済手腕だっ
の勝利よりも、政治地図の激変だ。英国の人口の
実は、今回の総選挙で最も大きな動きは保守党
自民党急落、SNPが第3党に躍進
たといわれている。金融危機発生後の 年に労働
堂々のお墨付きを与えたと評価できる。
66
雇用も増加させた。 年の国内総生産(GDP)
党政権を引き継いでからは緊縮財政に取り組み、
守党の政党色(ブルー)でほぼ埋まり、最北部ス
5分の4を占めるイングランド地方の大部分が保
10
経済が有権者にとっては最重要事項という点は、
成長率は2・8%で、欧州内で最も高い数字だ。
ド民族党=SNP=の政党色)に染まった。イン
コットランド地方はほぼイエロー(スコットラン
た。連立与党の一つ保守党が過半数を超える議席
5月7日、英国では5年ぶりの総選挙が行われ
と宣言していたことも、功を奏したといわれる。
て参加するかどうかの国民投票を 年に実施する
数だけを比較すれば第1党保守党と第2党労働党
と最大野党・労働党がどちらも過半数を取れず、
と、650議席の中で女
女性議員に注目する
%が現在は
)はスコットランドの英国
当選した。保守党の当選議員は
選し、代わりにSNP候補者が
自民党の大物議員らが続々と落
スコットランドでは労働党や
正反対の位置にいる。
で、現状維持を望む保守党とは
からの分離を掲げている政党
数
が明確になる。第3党となったSNP(獲得議席
との戦いという構図は依然としてある。しかし、
が始 ま っ て い る 。
「中ぶらりんの議会(ハング・パーラメント)」に
性は191議席となった
年の
56
事前の複数の世論調査や識者の予想では保守党
なるはずであった。いずれかの政党が第1党とな
は
。比率で
った場合、どの少数政党と連立政権を発足するの (前回は147)
か、あるいは閣外協力を結ぶのかでさまざまな臆
%に上昇した。最も年
23
齢が若い議員は 歳であ
20
測が 飛 び 交 っ た 。
しかし、ふたを開けてみると、定数650の下
った。
保守党本部前で笑顔を見せる
キ ャ メ ロ ン 首 相(EPA= 時
事)
=5月8日
民投票構想案を問題外とした。
労働党も、前政権で保守党と連立を組んでいた自
英国では長い間二大政党制が続いており、議席
政党色)が押し出された格好だ。
が強かったが、SNPの躍進にレッド(労働党の
グランド地方北部やスコットランドは元来労働党
官僚主義の典型と見る欧州連合(EU)に継続し
しかし、経済だけでも十分ではない。英国民が
どこの国の選挙でも変わらないようだ。
14
を獲得し、単独政権を樹立させた。デービッド・
小林 恭子
英国の地図を政党色で分けてみると、スコットラ
ぎん こ
由民主党(当時第3党、今回の選挙では獲得議席
在英ジャーナリスト
キャメロン保守党党首・首相による2期目の政治
スコットランド、EU で国論二分
ンド=SNP、イングランド=保守党という分布
予想外の結果の英総選挙
8、得票数約241万、得票率7・9%)も、国
欧州
院で保守党は331議席を獲得(得票数約113
10
29
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47
80
30
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メ デ ィ ア 展 望
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議席へと急落したのも特記に値する。総選挙の結
は「英国はEU加盟国」という現状を変えようと
枠組みに挑戦するのがSNPとすれば、UKIP
「スコットランドは英国の一部」という既成の
高まりそうだ。
とも追い風となった。また保守党への不信感が強
ど)を実行した。独立への機運が高まってきたこ
実、小学校の給食費無料化、大学の学費無料化な
がら地元民の生活に根差した政策(福祉手当の充
な努力が挙げられるだろう。自治政府を運営しな
スコ ッ ト ラ ン ド で は 1 人 の み 。
果が判明すると、労働党と自民党のそれぞれの党
する政党だ。以前から大陸の欧州諸国に一定の心
いスコットランドでは保守党候補者は苦戦を強い
旧連立政権にいた自民党が 議席からわずか8
首 が 辞 任 を 表 明 し、 政 情 の 激 変 ぶ り を 実 感 さ せ
理的距離感を持つ英国民だが、 年に旧東欧諸国
た。
EU脱退の独立党は388万票得たが…
がEUに加盟し、新EU市民が流入してくると、
いない。福祉手当の充実などの政策は従来であれ
られる──実際に保守党議員は現時点で1人しか
という構図で有権者を獲得していった。
を 向 い た 政 治」
+「従 来 の 労 働 党 の 政 策」
=S N P
ば労働党の政策領域だが、「スコットランド住民
学校教育や病院などの生活面、雇用面などで圧迫
感を感じるようになってきた。
EU移民に対し不満感を持つ国民にとって、U
ここ1、2年の英国政治の大きな流れに、SN
Pの躍進とともに、英国のEUからの脱退を目指
KIPは自分たちの気持ちをくみ取ってくれる政
SNPはまた、スコットランドに割り当てられ
議席の選挙区に戦力を集中できた。これが例
えば第3党から少数政党に転落した自民党の場合、
となってから、大きな注目を集めるようになった。 た
党だ。 年5月の欧州議会選挙の英国枠で第1党
す英国独立党(UKIP=ユーキップ)の人気が
ある 。
スコットランドの英国からの独立は一つの夢想
カリスマ性の高い党首の下、UKIPは総選挙
トランド地方議会で第1党となり、次第に支持を
かし、1議席を獲得したのみ。党首自身も落選し
で 約 388 万 票 を 集 め た(得 票 率
との一騎打ちだ。労・保に打ち勝つには相当の資
た。全国展開の二大政党労働党や保守党の候補者
と見られてきた。しかし、 年にSNPがスコッ
広げていくと、独立への動きが必ずしも夢ではな
た(党首辞任を申し出たが党執行部に説得され、
金と人海戦術が必要となり、自民党はかき消され
全国の650の選挙区のほぼ全てに候補者を立て
くなってきた。 年9月には独立の是非をめぐる
慰 留)。一 方 のS N P は 得 票 数 が 約 145 万(得
・ 6%)。し
住民投票が開催され、もう少しで独立へのゴーサ
た存在となった。保守党勢力の存在感がほとんど
が見て取れる。小選挙区
ないスコットランドで、SNP
票率4・7%)
。これで 議席を取得した。
という驚異的な数字となり、賛成が ・7%、反
今回の総選挙では、下院の総議席数の中でスコ
制では小規模政党が苦戦
の大部分の 議席をSNPが得た。総選挙前は6
なぜ躍進できたのだろう
まずは政党自身の地道
議席だったので、大躍進だ。第3党として、自治
するものだが、SNPは
ットランド地方に割り当てられたのは 議席。そ
選する小選挙区制の弊害
1票でも多い候補者が当
UKIPの不振には、
インが出るところまでいった。投票率は ・6%
12
59
14
か?
核兵器廃止に向けて、キャメロン政権への要求が
となりそうだ。
がキャメロン政権の最大の課題
て国民を一つにまとめていくか
英国で、いかに国全体を、そし
という二つの流れが色濃く出る
EUを脱退、英国からの分離
ド労働党や自民党だけだった。
の敵は打倒可能なスコットラン
ガッツポーズするスタージョン
SNP 党首(EPA=時事)
=5月8
日、グラスゴーで
84
59
権の拡大やSNPのもう一つの大きな公約である
56
56
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04
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対が ・3%という小差で終わったが、独立は政
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治的 選 択 肢 の 一 つ と な っ た 。
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改憲派は性急? 護憲派
には無力感?
「分かりづらい」が安保法制の狙い
ジャーナリスト
小池 新
2紙は反対派批判強める
15
15
安倍晋三政権は5月 日、安全保障関連法案を
閣議決定した。昨年7月の集団的自衛権行使容認
を受け、自衛隊活動を拡大する内容で翌 日、国
会に提出された。在京紙の 日付朝刊1面トップ
の見出しは「政権、安保政策を大転換」
(朝日)
、
「安保政策、歴史的転換」
(毎日)
、
「安保政策 転
換点に」
(日経)と3紙は似通い、東京は「
『戦え
る国』是非は国会に」と反政権色が濃厚。一方、
読 売 は 「日 米 同 盟 の 抑 止 力 強 化」 と 趣 旨 を 肯 定
し、産経は「首相『平和へ切れ目ない備え』
」と、
従来通り最も首相に近い立場を強調した。
社説も読売・産経が賛成で、朝日・毎日・東京
は反対と、今回も分裂し対立。日経は前日「趣旨
担当している大学の文章実習の授業が今年も始 は理にかなっている」と消極的に賛意を表した。
まった。途端に2人の学生から「どの新聞を読ん 地方紙では、北國が「二度と他国と戦火を交えず
だらいいですか?」「新聞をどう読んだらいいで に済むよう、備えを厚くするために必要」と賛成
すか」と聞かれた。どちらにも一瞬考え「現状で したほかは「憲法の平和主義を踏み外す」(北海
「このまま通していいのか」
(デーリー東北)、
は」と前置きして答えた。「ある物事について、 道)、
1紙を読んでいるだけで全体像はつかめない。新 「改憲に等しい法案を容認するわけにはいかない」
、
「
『平和のため』に憲法の平和主義を
聞だけ読んでいてもつかめない。ただ、物事につ (信濃毎日)
いて知る〝入り口〟としては十分有用。関心があ 覆して軍事支援を認める。そんなまやかしは通用
(愛媛)など、一様に反対を表明した。
ることについては複数の新聞を読み、書いてある しない」
目立ったのは、朝日・毎日・日経が国会での徹
ことを『本当にその通りか』『ほかに考えはない
か』と疑って、雑誌や本を読んだり人の話を聞い 底審議を求めたのに対し、読売は「今国会中の成
たりして自分なりに調べてみるべきだ。それが主 立に全力を挙げるべきだ」とし、産経も「手続き
か し
体的・自覚的なメディアリテラシーの考えにも通 の 瑕 疵 ば か り 言 う の は、 時 代 の 変 化 に 目 を 背 け
じる」。これがそのまま、今の私の新聞観だ。
る」として早急な決着を求めたこと。さらに読売
は「法案はこれまでの論議の集大成」で「議論が
拙速であるかのような一部の主張は的外れ」、産
経 は 「戦 争 に 巻 き 込 ま れ る と い っ た 議 論 は 的 外
れ」 と、 そ れ ぞ れ 野 党 や 反 対 派 へ の 批 判 を 強 め
た。特に読売は、政権側の見解そのまま「憲法の
平和主義や専守防衛は維持される」と断言。これ
までより一段、政権寄りの姿勢を鮮明にした。
安保法制は実質的な解釈改憲であり、成立すれ
ば「憲法改正は必要なくなるんじゃないか」とす
る自民党関係者もいるという(3日付朝日朝刊)。
改憲の発議に必要な議員数確保は来年の参院選の
焦点だが、それまでに政治・経済情勢がどうなる
か、〝不 安 材 料〟も あ り、賛 成 派 は「今 こ こ で 勝
負を」と性急になっているのか。ただ、読売・産
経とも、与党協議の期間と回数を挙げて「十分論
けんきょう
議した」とするのは牽 強 付会だろう。
「平和安全」だって!
朝日、毎日、東京は社会面で自衛隊員の不安や
戸惑いなどを伝え、中でも毎日は防衛大出身の社
会部編集委員が隊員の心情を推測し「本当に撃て
るのか」と問う署名入り記事を載せた。法案が成
立すれば、自衛隊員が海外で戦闘に巻き込まれ死
傷するリスクは格段に増すから当然の視点だが、
半面、国民一般の問題として関心を広げ切れない
ジレンマを表しているようにも見えた。
ただ、多分ここが政権にとっての弱点なのだろ
う。安倍首相は自衛隊員の危険性増大を認めよう
と せ ず、法 案 の 総 称 も「平 和 安 全 法 制」に。「戦
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争法案」などの批判をかわすためだろうが「積極
的 平 和 主 義」と 同 様、「広 告 屋」の 手 法 で 言葉の
意味を逆転させる目くらましとしか思えない。
日は、在京各紙とも特集㌻で法制の条文解説
などを展開した。それでも内容が分かりづらいこ
とは、麻生太郎・副総理が紹介した国会議員の妻
のエピソード(政府高官から説明を受けたが「全
然分からなかった」という感想)通り。4月の新
聞通信調査会の講演会で、堤秀司・共同通信論説
委員長が論点を整理したのが分かりやすかったが
「 法 案 作 成 の 実 質 的 な 中 心 人 物 は 誰 か」 と い う 質
問に同氏は「外務・防衛両省出身の官房副長官補
と内閣法制局長官」と答えた。与党協議の代表は
高村正彦・自民党副総裁と北側一雄・公明党副代
表で、いずれも弁護士。つまり、法案は弁護士と
官僚が中心になってまとめたわけだ。高村副総裁
は「政府は国民に分かりやすい説明を」と語った
が、 現 実 は ど う か 。
私見だが、彼らが求めているのは「政府を信頼
して任せろ」ということ。国民の理解を求めては
いない。「平和安全」というイメージだけ国民に
印象付けられれば、中身は理解してもらわなくて
いい。いや、理解してもらわない方がいいと考え
ているに違いない。「われわれが分かっているの
だから任せておけばいい」が本音のはずで、「分
かり づ ら い こ と 」 が 狙 い だ と さ え い え る 。
今回の法案は、これまで「国際的な安全保障の
場で後ろめたい経験をしてきた」外務官僚にとっ
て〝悲願〟だといわれる。しかし、私に言わせれ
ば、外務官僚は戦前戦中、対ソ連などの外交で間 法制定以降の動きを振り返る視点。戦後 年とい
違いを繰り返した上、戦後も総括をしていない。 うだけでなく、首相らが言う「押し付け憲法」に
日本で最も〝懲りない官僚〟だ。彼らの国際認識 反論する狙いもあるのだろう。ただ、朝日の夕刊
連載「新聞と9条」はいささか気になる。新聞各
や外交感覚は本当に信頼に足るものなのか。
紙の憲法報道の変遷を追っているが、裏に他紙批
国民の認識に期待するしかない
判の臭いを感じるのは私だけだろうか。
野党は強い反発を示しており、国会審議の見通
「歴史の中に生き、歴史をつくる」
しは付かないが、自民一強体制で法案がどうなる
東京は3日の社説で「不戦兵士の会」の故小島
か、大筋の流れは見える。世論の動向を気にする
政権にとって大きいのは株価と内閣支持率だが、 清文氏を取り上げた。憲法を語るには適当だし、
ど ち ら も 現 段 階 で は マ イ ナ ス 要 因 に な っ て お ら 記者も感じるところがあったのだと思うが、かな
ず、反対派にとって抵抗の妙手は見当たらない。 り著名な人物で新鮮味はない。これに限らず、戦
新聞の反対主張にも、どこか無力感が漂っている 後 年関連報道で気になっていることがある。体
ように感じられる。私自身も同様の心境だが、最 験 継 承 が 叫 ば れ る よ う に、 取 材 者 に 「体 験 が な
終的には有権者である国民の問題だ。かつてマス い」ことは重大だが、問題はそれだけではない。
テ レ ビ 局 に 出 向 し て い た 時、 部 下 の 女 性 記 者
メディアに籍を置き、今もその端っこにいる立場
からは天に唾するようなものだが「いつまでこん (その局は、1人で小型ビデオカメラで取材する
な内閣を支持するのか」と問い掛けたくなる。国 システムだった)が、偶然知り合った都内在住の
会審議などで具体的な問題点が掘り起こされ、国 女性被爆者のドキュメンタリーを作った。原爆に
民が少しずつでも法案と政権の正体に気付き、そ つ い て は 「漫 画 の 『は だ し の ゲ ン』 し か 知 ら な
い」という記者を励ましつつ、私は言った。「あ
の認識が世論になるのを期待するしかない。
安保法制と直結する憲法は5月3日で施行 年 なたたち若い世代が歴史の事実に初めて触れ、関
を迎えた。「いつも以上に日本の将来を考えさせ 心を持って取材するのはいいことだ。ただ戦後数
られる憲法記念日」(秋田魁)で、社説は安保法 十 年、 原 爆 と 被 爆 者 に つ い て の 報 道 は 山 ほ ど あ
制の評価と同様、在京紙で読売、産経、地方紙で る。自分の取り組みがその中でどのように位置付
は北國が改憲に賛成。日経が「なぜいま改憲なの け ら れ る の か、 可 能 な 範 囲 で 知 る 努 力 を す べ き
か、現憲法のどこに不備があるのか。説明が足り だ」。私に言わせれば、それは「自分も歴史の中
ない」と述べたほかは、在京紙、地方紙そろって に生き、歴史の一部をつくっている」感覚だ。今
護憲を主張した。特集企画などで目立ったのは憲 のジャーナリストにそうした感覚はあるだろうか。
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70
FB が高速でニュース配信
NYT 紙や人気雑誌が軒並み提携
ニューヨーク在住
ジャーナリスト 津山 恵子
されることなく、ニュースフィードで直接、瞬時
ている報道機関の各ウェブサイトやアプリに誘導
出てきたニュースをクリックして読む際、提携し
IAは、FBを使っていてニュースフィードに
ィアのウェブサイトへのトラフィックは、今や
ールストリート・ジャーナルによると、有力メデ
ウェブへのトラフィックが減少することだ。ウォ
デジタル広告収入につながっていた各メディアの
~ %がFBやツイッターといったソーシャルメ
ディアからの誘導だ。FB上で直接記事が読めれ
途中など「隙間」の時間を使ってニュースを読む
スマートフォンやタブレット端末を使い、通勤
も料金の
00%を獲得できる。FBが広告を売った場合で
される広告を独自に販売した場合、広告料金の1
% が、 メ デ ィ ア 側 の 収 入 に な る 仕 組
人 々 が、 待 ち 時 間 な く、 読 み 始 め る こ と が で き
高速ニュース配信サービス「インスタント・アー
(FB)が報道機関のニュースを直接配信する、
ィ ア の 新 サ ー ビ ス が 始 ま っ た。 フ ェ イ ス ブ ッ ク
英紙「ザ・ガーディアン」
米紙「ウォールストリート・ジャーナル」
米紙「ニューヨーク・タイムズ」
にまたがり、以下の通りである。
が報道機関側の狙いだ。
ラットホームを利用し、広告収入も得るというの
ル広告収入の王者はグーグルとFBだが、そのプ
ど、デジタル広告収入の増収につながる。デジタ
こ れ に よ っ て、F B で 読 ま れ れ ば 読 ま れ る ほ
テ ィ ク ル ズ」(I A)だ。ニ ュ ー ス を よ り 多くス
ドイツのタブロイド紙「ビルド」
わずか数分の1秒で接続
マートフォンやタブレット端末で読んでもらえる
利用してみた。
プラスを使って、IAを
iPhone6
米誌「ナショナル・ジオグラフィック」
「ナショナル・ジオグラフィック」が
実際に自分の
米誌「ジ・アトランティック」
日にアップした「ハイブリッド・ミツバチを求め
ーシャルメディアから誘導されて読む人が多く、
IAの運用が始まって驚いたのは、これまでソ
に つ な が り、 接 続 時 間 は 恐 ら く 数 分 の 1 秒。 従
記事のミツバチの写真に触れた途端、記事に瞬時
13
印刷媒体が、インターネットの世界に進出する
だけでなく、ソーシャルメディアとモバイル端末
ドイツ誌「シュピーゲル」
る旅」という記事。同誌のFBページで見つけた
日の初
の利用に、より近づいていかざるを得ない状況が
オンラインメディアの「バズフィード」
にお け る 最 新 の 動 き だ 。
シャルメディアが提携して始まったメディア業界
浮き彫りになった。IAは、伝統メディアとソー
英テレビ局「BBCニュース」
米テレビ局「NBCニュース」
FBと提携した報道機関は米国、英国、ドイツ
み。
約内容を獲得した。各メディアは、記事中に表示
にわたり交渉。トラフィックの減少を補い得る契
しかし、提携したメディアは、FBと9カ月間
サイトに誘導される時間が平均8秒ほどかかって
示される。
ば、これが大幅に減少するのは間違いない。
に記事を読めるサービスだ。これまでは、ウェブ
30
いたが、その 倍の速さで記事がスクリーンに表
40
る、まさにモバイル時代に最適のサービスだ。
「隙間」視聴者に待ち時間なく提供
10
ようにするもので、5月 日に開始。米有力紙ニ
ついに、ここまできたかというソーシャルメデ
米国
ューヨーク・タイムズや人気雑誌が提携した。
13
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購読者が増える中、それがブランド力に影響を及
NBCニュースのクリエーティブ・ディレクタ
米雑誌メディア協会(MPA)も、雑誌のブラ
バーグ編集長。
で、上部に表れるゲージが8秒ほどかかって左か
ー、シェザード・モラーニ氏も、こうしたマルチ
ンド力を数値にする指標のプラットホームとし
来、 各 メ デ ィ ア の ア プ リ の 記 事 が 表 示 さ れ る ま
ら右へ伸びていくのを待っていた時間が、うその
メ デ ィ ア を 使 っ た 記 事 に つ い て こ う 指 摘 し た。
ぼしてくるからだ。
よう に 短 く な っ た 。
IAが定着すれば、AAMもMPAも、これま
端末」
「ビデオ」の四つを計測している。
する記事で、「忙しいモバイル端末利用者には最
でのプラットホームに「ソーシャルメディア」を
また、ニューヨーク・タイムズは、IAを紹介
FB 幹部はこう語っている。「モバイル端末で 「これは、まさに生きた記事(アーティクル)だ」 て、「印 刷 と デ ジ タ ル 購 読」「ウ ェ ブ」「モバ イ ル
ニュースを消費する場合、待ち時間が 秒を超え
適のサービス」とし、隙間時間でいかに記事を読
加えざるを得なくなるだろう。
FBによると、モバイル端末からの利用者はい
ら ス ク ロ ー ル し て い き、 他 の ビ デ オ 画 面 に な る
らに変化していくのは必至だ。
を楽しみ始めれば、ニュースの消費の仕方が、さ
が満載のニューヨーク・タイムズ・マガジンを楽
ズだけは宅配され、その中に入っている長文記事
端までをズームしたまま見渡すことができる。写
マートフォンを傾けると、ワイドな写真の端から
写真にタッチするとズームが可能だ。左右にス
ィアがいかに対応せざるを得なくなっているかと
へとシフトしているトレンドに、前述の有力メデ
トよりもモバイル端末というニュース消費の仕方
のプラットホーム、そして印刷媒体やウェブサイ
今 後、I A が 成 功 し 定 着 し て い け ば、 両 紙 を
ことが多くなった。
達されるころには主な記事は読んでしまっている
し み に し て い た が、 iPad
で は、 週 末 を 前 に さ み
だれ式にマガジンの記事がアップされるため、配
しかし同時に、FBというソーシャルメディア
真に付いているオーディオボタンを押すと、ミツ
いうことも示している。言い換えれば、取材して
と、まるでヘリコプターで撮影場所の上空を飛ん
オブ・オーディテッド・メディア(AAM)は数
米国の新聞発行部数を審査するアライアンス・
可能性は高い。その中で、各媒体がどうやってブ
接触すいる新聞や雑誌の数が制限なく増えていく
ば、FBへの滞在時間や依存度が増す。同時に、
きたニュースを、ソーシャルメディアやモバイル
バチを撮影した写真家の感想や苦労話が肉声で聞
ける 。
だかのように、周辺の状況が分かる。「文字でだ
年前から、発行部数に印刷だけでなくデジタル版
ランドや評価を読者に対して定着させ続けていく
事を読む習慣に移っていくに違いない。そうなれ
けでなく、幾重にもなった情報を見たり聞いたり
購読、レプリカ購読、アプリを加えている。有力
のか、課題は大きい。
また、撮影した場所の地図があり、ズームする
して、内容の理解を深められるのです」と、ナシ
紙だけでなく地方紙も含めて、全米でデジタル版
端末向けのデザインに加工し直している。
の ア プ リ で は な く F B 上 で 読 み、 さ ら に、
iPad
毎日2紙にしがみつくことなく、他の媒体から記
スタ ー ト す る 。
と、これも、タッチしなくても自動的にビデオが
筆 者 は 毎 朝、 iPad
でニューヨーク・タイムズ
とザ・ガーディアンを読んでいる。週末版タイム
複数メディアが当たり前に
んでもらうか挑戦している様子が分かる。
から、ミツバチがオレンジのバックを背景に飛ぶ
まや月間 億5000万人。この人たちが、IA
トレンドに寄り添う報道機関
美しいビデオが自動的に始まる。記事を読みなが
が加わった。ミツバチの記事では表示された瞬間
ルアプリにはなかったマルチメディア・サービス
またIAには、これまでウェブサイトやモバイ
なく す か が 、 重 要 だ 」
たら、読む人が減ってしまう。待ち時間をいかに
10
ョナル・ジオグラフィックのスーザン・ゴールド
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㊽
満州国承認問題が
引き金に
事件、犬養首相殺害
にっ しょう
謙蔵内務相が政友会の犬養総裁を首相にして樹立
しようとした連立工作である。しかし、『西園寺
公と政局』の筆者・原田熊雄(貴族院議員)が見
抜いていたように、本質は「軍部の歓心を買った
内閣を成立させようもの」。安達以外の全閣僚が
反対し、閣議がもめた揚げ句「閣内不統一」とな
り総辞職に陥った。
天皇やその側近にとって犬養政友会への政権移
譲は積極的な選択ではなかった。首相を天皇に奉
答 す る 立 場 の 元 老 ・ 西 園 寺 公 望 は 「結 局 犬 養 の
たん どく
(政友会)単 獨(内閣)より方法がないじゃない
か」(『西園寺公と政局』)という中での結論だっ
た。 そ れ ま で 5 人 の 首 相 を 推 薦 し て き た 西 園 寺
は、秘書の原田に「どうだろうか」と何度も念を
押すように聞いた。そんなことは例がなかったと
原田は記す。
西園寺は、満州事変で悪化する米英などとの関
しではら
係を重視、幣原喜重郎の「協調外交」に期待して
いた。井上準之助の軍事費を含めた緊縮財政も支
持していた。若槻内閣の総辞職により、この2閣
すこぶ
僚が辞めることは「頗る遺憾」と思っていた。
天 皇 の 相 談 役 ・ 牧 野 も 記 す。「公 爵(西 園 寺)
も
つき
は犬養を奏請したしとの意向を洩らされに付、他
や
に 可 然 考 案 な く、 止 む を 得 ざ る べ し」(『牧 野 日
記』)
。天皇は西園寺に対し、犬養に強く注意する
よう異例の指示を出す。「今日のような軍部の不
ならび
統制、竝に横暴──要するに軍部が國政、外交に
立入って、かくの如きまでに押し通すということ
こっ か
は、國家のために頗る憂慮すべき事態である。頗
る憂慮に堪えない。この自分の心配を心して、お
( 32 )
5・
天皇が軍の統制を指示
13
共同通信社社友
20
山 岸 は 右 翼 テ ロ 集 団 「血 盟 団」 の 井 上 日 召 か ら
やつ
たぬき
「犬 養 と は 決 し て 話 を す る な。 奴 は 狸 お や じ だ か
ら、 話 を す れ ば 負 け る。 会 っ た ら 即 座 に 始 末 せ
のぶあき
よ」と言われていた。内大臣・牧野伸顕邸も同時
に襲われた。牧野は奥座敷で囲碁を打っていた。
きこ
は
「異様な音響聞ゆ。
(孫の)伸和馳せ来たり、大変
けむ
おお
だ、玄関前にて爆発し烟りにて前庭を蓋へりと叫
ぶ」(『牧野伸顕日記』
)
。手りゅう弾が投げ込まれ
たのである。牧野は無事だった。
5・ 事件は 歳台の陸海軍の軍人 人と、超
たちばな
国家主義者・ 橘 孝三郎が水戸につくった「愛郷塾」
の塾生8人による「農民決死隊」の犯行だった。
政友会本部、警視庁、三菱銀行にも手りゅう弾
を 投 げ 込 ん だ。 変 電 所 を 爆 破 し て 「帝 都 を 暗 黒
化」し社会を不安と混乱に陥れ、戒厳令を発動さ
せようとしたが、爆破は不発に終わる。陸軍の青
年将校が企てた前年の3月事件、 月事件のクー
デター計画が未遂に終わったのを見て、今度は海
軍の青年将校が主導した。決起趣意書には「政党
たお
かん
内閣の首班犬養首相を斃し」「君側の奸・牧野を
排 除」、「政 党 財 閥 打 倒」「軍 部 独 裁 国 家 の 樹 立」
「満州国の承認」などが並んでいた。
15
犬養政友会内閣が成立したのは 年 月 日。
その2日前、民政党の若槻礼次郎内閣が総辞職し
た。若槻内閣は満州事変「不拡大」の方針であっ
たが、関東軍と陸軍はお構いなしに暴走する。そ
こに「挙国一致内閣」の動きが浮上した。政治力
を結集して軍部を抑制しようという建前で、安達
18
12
国分 俊英
15
1932 ( 昭 和 7) 年 5 月 日 。 日 曜 日 の 夕
方、三上卓中尉ら海軍将校4人と陸軍士官学校生
5人が靖国神社に参拝、ここから2台のタクシー
を拾い首相官邸の表玄関と裏玄関に乗り付けた。
つよし
一 団 は 警 備 の 警 察 官 を 撃 っ て 乱 入 し、 犬 養 毅 首
相を襲う。当時 歳だった孫・犬養道子著『花々
と星々と』によると、犬養は一緒にいた千代子夫
人と道子をかばうように、軍人たちを離れた部屋
( 日 本 間) に 連 れ て 行 き 「 ま あ 、 靴 で も 脱 げ や 。
話を聞こう」と語りかけた。だが、老首相に返っ
てきたのは「問答無用、撃て」という大声と銃声
だっ た 。
「話せば分かる」と繰り返す犬養に「問答無用」
となったことについて、三上の証言録『五・一五
の作戦本部』によると、叫んだのは山岸宏中尉。
10
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15
11
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麿)等と共同し、二月十日前後を期して事を挙げ
いわゆる
むとの情報あり」(1月 日)、「軍部の所 謂陰謀
は其後一向に終息せず。(略)二月十日前後を期
し、現首相を排除し軍人(荒木との説あり)を首
い
班 と す る 内 閣 を な さ ん と す る も の な り と 云 う」
(1月 日)
。
2月9日、民政党の総選挙の責任者である井上
準之助が応援演説会場入り口で、3月5日には三
井合名会社の団琢磨理事長が本社玄関前で、いず
れも暗殺される。
「一人一殺」を掲げた「血盟団」
の犯行で、次に犬養、牧野、西園寺ら宮中や政財
界の要人 人を殺害し「国家改造」しようという
テロの企てだった。井上の『血盟団秘話』による
と、犯行に使われた拳銃は井上に共鳴した海軍少
佐を通じて入手した。右翼テロと軍人が裏で結び
付いていたのである。井上は「国家革新のあらゆ
る源流支流が、集中して爆発した」ものだとし、
これが軍人による5・ 事件、2・ 事件に結び
付いたと、その意味を記す。
クーデターとテロの恐怖の中で、関東軍と陸軍
は 3 月 1 日、 満 州 の 親 日 要 人 を 集 め て 満 州 国 の
ふ ぎ
「建国宣言」
、同9日には清朝最後の皇帝・溥儀を
「執政」に就ける。国際連盟のリットン調査団が
2月 日来日しており、本格調査に入る前に「満
州国」を既成事実化してしまおうというものだっ
た。これに先立つ2月 日、木戸は「枢密院会議
お
に於いて犬養総理は満蒙の新独立国家は国家とし
この
て承認を与えず」と言明したことを聞き「此事は
あら
将来相当の問題を発生せしむるの因となるには非
かいらい
ざるか」と懸念を記す。傀儡政権の満州国樹立は
21
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17
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29
「中国の領土保全」を定めた9カ国条約に触れる
恐れがあるし、リットン調査団の活動も始まろう
としている。それを考慮すれば犬養の見解はまっ
とうだった。
( 33 )
不作為の作為
し か し、 陸 軍 は 「国 際 連 盟 な ど 脱 退 す れ ば い
い」「犬養は何かにつけ陛下のお力で軍を抑え付
けようとしている」(荒木貞夫陸相)という反感
が強くなっていた。そこに、満州国承認の否定な
いし先送りである。5・ 事件の犯人たちが「満
州国承認」を決起理由に掲げたように、この問題
が事件の引き金となった。
5 ・ 事 件 当 時、 侍 従 長 だ っ た 鈴 木 貫 太 郎 は
「政 友 会 の 策 動 家 の 手 先 に な っ た 軍 人 が、 あ の 暴
あ
行を敢 えてした」(『鈴木貫太郎自伝』)と記す。
「策動家」とは、犬養と激しく対立していた内閣
つう ちょう
書記官長の森格を指す。「書記官長が通牒として
やったのではないか」(『西園寺公と政局』)との
見方を書いたのは原田。『五・一五の作戦本部』
で三上は「総理官邸の見取図」を入手していたこ
とや「首相は裏の日本間に平常居る」ことを知っ
ていたと記す。だれが情報提供者であったかは書
かれていない。真相は不明のままだが、軍人が絡
ん だ テ ロ が 続 き、 ク ー デ タ ー 説 が 飛 び 交 っ て い
た。憲兵隊あるいは軍首脳部は全く知らなかった
のだろうか。最低、警備を強化したり、不穏な青
年将校を取り押さえたりするぐらいはできたはず
である。軍部内に「不作為の作為」が働いていた
ことは疑いない。
15
15
前から犬養に含ましておいてくれ。その上で自分
は(大命降下する)犬養を呼ぼう」(『西園寺公と
政局』)。
しん ねん
西 園 寺 は 犬 養 を 私 邸 に 呼 び 、 天 皇 の 「 御 軫 念」
──軍が政治を牛耳り始めている事態に歯止めを
かける──を果たすよう伝えた。ロンドン条約に
対し犬養政友会が「統帥権干犯だ」として激しく
政府を攻撃したように、政友会は軍部との協調色
を強 め て い た か ら で あ る 。
32
飛び交ったクーデター説
満州事変について犬養は 年1月4日、牧野に
会い、中国側から「全権委員を任命し交渉を開始
おさ
したい」との申し入れがあったとし「軍部を押ヘ
時 局 を 精 々 急 速 に 始 末 し た い」 と の 決 意 を 語 る
(『牧野日記』)。中国通の犬養は独自ルートで話し
合いを試みていたが、軍部とそれに連携し対中強
もり かく
硬路線の内閣書記官長・森格につぶされてしま
う。
『 牧 野 日 記』 1 月 日 。 外 交 団 の 晩 さ ん 会 に 出
た牧野はリンドレー駐日英国大使から質問され
おだやか
る。「軍人の一部に穏ならざる軍事的行動行われ
しか
つゝありとの状報に接したるが、然も荒木(貞夫
陸軍)大臣も後援者なりとの事なるが、真象を聞
く事を得べきや」。クーデター説が在京外交団に
まで広まっていた。内大臣秘書官長の『木戸幸一
日記 』
──
「一昨夜、軍部内の策動事件により地方
その た
へ転任を命ぜられたる重藤其他の陸軍将校は任地
あくまで
しゅうめい
に赴かず飽迄当初の計画を実行せむと大川 周 明、
いっ き
北一輝等と策謀し、社民党内の硬派なる赤松(克
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騒ぎの様相さえ呈している。真実と虚偽、感情と ット普及率は全体として ・9%だから、まだま
理性をないまぜに、さまざまな声がネット空間で だ先進国の水準に達していない。政府はインフラ
かく はん
撹拌され、発酵して、時に炎上する。〝インター 整備に力を入れ、農村部での利用者拡大を目指し
ネット世論〟が真相を奪い取り、司法や行政を乗 ている。と同時に伝統メディアと新興メディアの
融合を国家戦略として打ち出し、メディア業界の
っ取る怪現象まで生んでいる。
そこで共産党政権としては、なすがままに任せ 転換の推進を促している。
メディア融合戦略の推進は、インターネット技
るのではなく、インターネットをコントロール可
能な空間に転換させる決意を固めた。習近平総書 術の発展の力を借り、大きな波で中国のメディア
記 は、2013 年 8 月、「イ ン タ ー ネ ッ ト と い う 業界を洗い流し、その再編を断行。重点的に幾つ
戦場において、主導権を握り、勝利を収めるかど かの新型のメディア集団を創り出し、世論空間を
うかは、直接わが国のイデオロギー分野の安全と 一変させようとしているかに見える。
政権の安全に関わっている」と演説した。
「澎湃ニュース」は大波を乗り越えるか
大波に洗われるメディア融合
中国でのインターネットニュース配信、特に移
中国のインターネット利用者数は 年末までに 動端末を利用したニュース配信には、大まかに言
そう こ
6億4900万人に達した。また携帯電話のユー っ て 二 つ の 潮 流 が あ る。一 つ は「騰 迅」「捜 狐」
ほう おう
ザー数は 億8600万人、携帯電話からネット 「網 易」「鳳 凰」「新 浪」な ど 民 間 の 主 要 ポ ー タ ル
に接続する人は5億5700万人を数え、ネット サ イ ト が 主 導 す る ニ ュ ー ス サ ー ビ ス。 も う 一 つ
利用者の ・8%に上っている。また別の統計で は、伝統メディアがネット技術を利用するサービ
は、携帯のニュースアプリ利用者は3億4400 スだ。新華社や人民日報、中央テレビ局などのサ
ほう はい
万人の規模に達し、携帯電話でネットに接続する イ ト は 国 家 レ ベ ル、 さ ら に 「澎 湃 ニ ュ ー ス」 や
人の %を超えた。昨年のメディア産業の部門別 「浙江ニュース」は地方レベルということになる。
広告収入は、インターネットがテレビを超えて首
「澎湃ニュース」は中でも卓越した存在で、た
位となった。ネット利用では日本と変わりない。 ちまち内外の注目を集めた。他と異なる最大の特
これに対し、中国の新聞業界は 年から経営困 色は、もっぱら時事、政治問題を扱うサイトであ
難に陥っている。日増しに発展するインターネッ る点だ。中国の厳しい報道管理体制の下で、時事
ト業界と違って、新聞はもはや政権維持の道具と 問題を扱うことの難しさは容易に理解できよう。
とう た
しても、更新されるべき対象であり、淘汰される 従って多くの関係者は、澎湃の型破りな登場は、
日が来るかもしれない。だが、中国のインターネ 上層部の肝煎りのおかげだと分析した。
( 34 )
中国
メディア融合の最前線
上海の「澎湃ニュース」
北海道大学大学院
准教授 西 茹
ルー
シー
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新聞や雑誌、ラジオ、テレビなどの伝統的メデ
ィアは、民主主義社会であれ、独裁体制下の社会
であれ、今や等しく一つの課題に直面している。
すなわちインターネットの急速な普及と通信技術
の目 覚 ま し い 更 新 が も た ら し た 挑 戦 で あ る 。
日本と比較して中国の顕著な違いは、新聞など
伝統 メ デ ィ ア が 大 衆 化 と 商 業 化 の 道 を わ ず か 年
間しか走っておらず、企業体として十分な体力を
蓄えていないのに、もう、新しい技術の衝撃にさ
らされている点だ。しかも伝統的なメディアは政
権 の 「 喉 と 舌」 の 役 割 に 甘 ん じ 、 民 衆 が 求 め る
ぼくたく
「社会 の 木 鐸 」 役 を 担 っ て い な い 。
民衆はインターネットという誰でも発信できる
ツールを手に入れ、時に〝自由満喫〟し、お祭り
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澎湃の名称は「PAPER」の音をもじって作 閲覧数は延べ1400万回に上る。ユーザーは大
ら れ、 年 7 月 日 に 正 式 に ア ッ プ ロ ー ド さ れ 都市に集中し、北京、上海、広東が合わせて全体
た。 ニ ュ ー ス ア プ リ の 形 式 で、 主 に 携 帯 で 閲 覧 の %を占め、海外が %となっている。上海と
し、広告も掲載されている。パソコン利用のホー いう地方を超えた全国メディアとなった。
澎湃の閲覧は目下無料で、財政支援に頼り、ビ
ムページ版もある。合わせて、ミニブログやウィ
チャットに展開し、公式アカウントを運営する。 ジ ネ ス モ デ ル が で き て い な い。 考 え 方 と し て は
筆頭株主で経営を担うのは 年 月に合併を完 「優れたオリジナルな内容によって多くの利用者
成し、中国最大の新聞発行グループとなった「上 を集め、さらに、広告、電子ビジネスとオフライ
海新聞集団」である。澎湃のニュース製作は集団 ンのサービスを導入する」とされている。
毎日閲覧している数人のユーザーに、なぜ澎湃
傘下の「東方早報」が担っている。東方早報はも
ともと 年に創刊した大衆向けの都市報で、時事 を選択するのか、理由を聞いてみた。
「た く さ ん あ る ニ ュ ー ス ア プ リ の 中 で、 断 然 素
問題や文化情報に長けていた。 年粉ミルク汚染
問題をスクープし、読者だけでなく業界でも評判 晴らしいというわけではないが、中身を比較して
を取った。澎湃には3億~4億元(1元= 円) みると、寄せ集めではなく、粗製乱造でもない」
「硬 派 の ニ ュ ー ス が 主 で、 ゴ シ ッ プ 狙 い で は な
の投 資 が あ り 、 創 業 チ ー ム 3 0 0 人 の う ち 、 %
が東方早報からの出向組で、中核を占めている。 い。日本のNHKに似ているかな」
「読 者 の コ メ ン ト 欄 は 華 々 し く は な い が、 内 容
この チ ー ム は 今 後 さ ら に 拡 大 さ れ る と い う 。
ば り
これまでの大衆参加型で利用者が伸びたインタ がすっきりしていて、罵詈雑言が少ない」
ーネットメディアと澎湃が異なるのは、ニュース
また発足当初、スクープ報道が多く、重大な問
製作に当たって専門主義を堅持し、オリジナルな 題について深い突っ込みもあった。「反腐敗報道
ニュースコンテンツを提供するメディア企業であ のベストプラットホーム」の「虎退治記」は、な
る点だ。澎湃のサイトは時事、経済、思想、生活 かなか出色のコラムだった。最大の「虎」とされ
の4領域に分かれ、その下に計 の専門的な欄が た周永康・元党政治局常務委員のケースでは、そ
設けられている。時事問題では の欄があり、政 の深層、内幕をえぐり出した。これらの反腐敗報
治、時事報道を売りとするこのニューメディアの 道によって、澎湃に対する期待が大いに高まった。
特色 が よ く 出 て い る 。
5月の連休の間、筆者は1日から5日まで「虎
澎湃によると、そのアプリをダウンロードした 退治記」欄を観察した。記事 本のうち、澎湃の
人は200万人を超え、1日当たりのアクセスも 記者の署名記事は3本のみで、8本は「中央紀律
延べ200万人を数える。1日当たりのページの 監察部サイト」からの転載であり、その他のもの
19
60
も新華社ネット、人民日報報道からだった。
昨 年 9 月、 澎 湃 の 報 道 は 〝危 険 ラ イ ン〟 に 触
れ、当局から批判を受けたという。澎湃が民衆の
期待に応えるためには、報道規制の緩和が必要だ。
実利と管理の二股戦略
中国のメディア融合は当局が設計したメディア
機関の再編であり、決して報道側の自由な改革の
動きではない。当局は従来の主流メディアと新し
いメディアとの融合を支援する一方、最強のライ
バルであるニュースポータルサイトの管理強化も
進 め て い る。 今 年 2 月 に 新 浪、 捜 狐、 網 易、 騰
迅、鳳凰の幹部に対してヒアリングを実施すると
ともに、社会的にこれらのサイトに対する通報、
監督の展開を呼び掛けた。当局としてはインター
ネット業界の見直し、再編を利用し、既成の地方
省レベルのメディア集団の割拠、対立の局面を打
破し、幾つかの全国を率いる新型の巨大メディア
集団を打ち立てようとしているかに見える。
きん き
上海市党委員会は一連の動きに対して、欣喜雀
躍。5月7日には、韓正・市委書記が澎湃ニュー
スを含む上海メディア界を改めて視察し、伝統メ
ディアを換骨奪胎し再編して、飛躍を期し、全国
の最前列を歩むよう訓令した。
【本号筆者略歴】北海道大学大学院メディア・
コミュニケーション研究院准教授。中国遼寧省の
『新思維輯刊』
『遼寧青年』編集者を経て、北海道
大学大学院博士課程修了。著書に『中国の経済体
制改革とメディア』
(集広舎)など。
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「クロ現」不祥事の処理を問う
上智大学教授
音 好宏
見ながら、改めて放送局で不祥事が発覚した際の
は、取材・制作を担当した職員
この中間報告は全体でわずか4㌻だった。そこで
人と外部スタッ
対応について考えてみたい。
われる宗教法人」というもので、多重債務者を出
「ク ロ 現」で 取 り 上 げ た「追 跡〝出 家 詐 欺〟~ 狙
実関係をまとめている。その上で、番組内でブロ
材メモ等の資料による調査を元に、取材過程の事
の実態を伝えるという内容。この番組内容を「や
男性との話が対立したままで記載されるなど、あ
上の問題点を指摘する。ただし、担当した記者と
この中間報告に対しては、その内容や、調査委
の記事は、この番組で詐欺に加担するブローカー
として紹介された男性が、「自分はブローカーで
員会が設置されてから1週間もたたない時期での
めない」といった批判も多かった。報告内容が薄
はない」とし、担当の番組ディレクターに依頼さ
この記事は大きな波紋を呼んだ。国会会期中と
いにもかかわらず、あえて中間報告に踏み切った
中間報告という発表時期も含め、「生煮え感は否
いうこともあり、籾井勝人NHK会長が国会で問
のには、調査内容の充実度以上に、国会やBPO
報告書では、番組に「やらせはなかった」とした
会を設置し、4月末に最終報告を発表した。最終
ロ現」)のやらせ疑惑についてNHK は調査委員
ップ現代」報道に関する調査委員会を設置する。
日に、堂本光副会長を委員長とする「クローズア
このような動きを受ける形でNHKは、4月3
測がささやかれた。
組織的な思惑が働いたのではないか──という臆
など、対外的な動きへの配慮というNHK特有の
報告書を発表した。最終報告書では、「事実の捏
ねつ
日にNHKは調査委員会の最終
ス担当の石田研一専務理事など、NHK内部のメ
造につながる〝やらせ〟は行っていない」と結論
その後、4月
ンバーで構成。調査委員会がまとめた報告書と調
付けているものの、「事実を伝えることよりも、
ぞう
にもかかわらず、「文春」誌上でやらせを告発
査プロセスを第三者の立場で審査する3人の外部
決定的なシーンを撮ったように印象付けることが
優先され、ガイドラインが求める基本的な姿勢を
調査委員会は、設置から1週間もたたない4月
演出が行われていたことは認める内容となってい
よって詐欺の拠点を突き止めたかのような過剰な
逸脱した過剰な演出が行われていた」と、取材に
9日、早々に「中間報告」を発表する。ただし、
何のための中間報告か
した男性はこの結論に反発を強め、放送倫理・番
行わ れ た 。
委員会は、堂本光副会長のほか、コンプライアン
もみ い かつ と
いただされるなど、対応を求められた。
れて演技をしたと発言しているというもの。
くまで調査途中の報告というものであった。
らせ」として告発した3月 日号の「週刊文春」
げ、金融機関から多額のローンをだまし取る詐欺 「活動拠点」として表現していたことなど、番組
ーカーとされた男性に対するインタビュー場所を
フ3人からの聞き取りや、インタビュー素材、取
11
家させ、戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上
問題となったのは、昨年5月 日に放送された
14
委員も決定した。
て、審理入りが決まっている。放送倫理検証委員
会も早々にこの件の審理入りを決めるなど、依然
としてこの問題はくすぶり続けているようだ。
NHKの対応はこれでよかったのか。この例を
( 36 )
26
ものの、「過剰な演出」を認め、関係者の処分も
まったNHK 「クローズアップ現代」(以下「ク
3月に発売された「週刊文春」の告発記事で始
「やらせではないが過剰な
演出」
組向上機構(BPO)の放送人権委員会に申し出
28
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のことで、今回のケースは、そのガイドラインに
が自主的に定める番組制作におけるガイドライン
る。報告書にある「ガイドライン」とは、NHK
の担当官がNHKに手渡そうとしたのだが、NH
書は、NHKが最終報告書を発表した夜、総務省
政指導文書を出すに至る。ただ、この行政指導文
る」として、NHKに対し「厳重注意」とする行
れかねず、結果的に目指すべき信頼回復を遅らせ
ある。身内をかばう形で結論を導き出したと言わ
層の厳密性と透明度を持って調査を進める必要が
他方、内部のスタッフによる調査では、より一
を追及できる人物でなければならない。
は抵 触 し な い と の 判 断 で あ っ た 。
Kはその受け取りを留保。担当官が3時間ほど待
報告書の発表に合わせてNHKは①取材した記
てしまうことになる。
今回の調査委員会の最終報告は、NHK内部の
たされるという事態も起こっている。
者を停職3カ月とするなど、計 人を懲戒処分と
このように振り返ると、今回の一件に対するN
に対する社会的信頼も維持される。その信頼性が
る。その倫理性が担保されているが故に、放送局
人々には、一般企業以上に高い倫理性が求められ
であるとともに、報道機関でもある。そこで働く
放送局は、国民の希少な電波を預かる免許事業
分、そして、総務省からの「厳重注意」に対する
かかわらず当該記者は停職3カ月という厳しい処
が、過剰な演出」という分かりにくい結論、にも
告 の 発 表 や、 最 終 報 告 書 で の 「や ら せ で は な い
れた調査委員会設置からわずかな時間での中間報
がお墨付きを与える形での公表となった。先に触
スタッフで行った調査内容に対し、外部の有識者
あるからこそ、権力監視というジャーナリズムと
異 例 の 対 処 な ど、 今 回 の 一 件 を 振 り 返 っ て み る
HKの対応は、上手な対応とは言い難い。
しての重要な機能も維持されるのである。
判断がこのような結果になったことは、とても残
て番組に紹介された男性は、すぐさま「NHKの
最終報告の発表を受け、詐欺のブローカーとし
て、明らかに分かりづらかったからではないか。
過 剰 な 演 出 だ と い う が、 そ の 差 が 視 聴 者 か ら 見
NHKのガイドラインでは「やらせ」ではなくて
理由は、報告書の内容に対する違和感であろう。
りは相当強かったのではなかろうか。その最大の
た放送局の不祥事の処理と比べても、その風当た
と関係者の処分に関して報じたが、これまであっ
ことは、一つの選択だ。もちろんその人選が重要
めに、外部の有識者による調査委員会を設置する
る対応が肝要だ。その際、透明性を内外に示すた
査の透明性を担保するとともに、スピード感のあ
ことはできない。原因究明に当たっては、その調
その徹底によってしか、失われた信頼を取り返す
きないよう、再発防止策を提示することにある。
明することである。その上で、再び同じことが起
祥事の原因を徹底的に究明し、視聴者に丁寧に説
まったとき、まずなされなくてならないのは、不
その放送局で、不幸にして不祥事が発生してし
もなされるべきは、視聴者・国民からの信頼回復
放送局の不祥事の発生に当たって、何といって
かったかということである。
り、視聴者目線での対応がおろそかになっていな
ある中で、NHK特有の組織防衛を優先するあま
気になるのは、国会会期中といった環境要因が
いて説明を求められるという場面もあった。
る。この間、政権与党に呼び出され、この件につ
とは事実認識が乖離した状況が続いたままであ
リングを受けていたはずの当該男性とは、NHK
加えて、事実確認のために調査委員会からヒア
と、NHKのちぐはぐな対応が目に付く。
念で強い憤りを感じる」とコメントする一方で、
で、当該メディア企業と過去に何らかの付き合い
であるのは言うまでもない。
かい り
BP O の 人 権 委 員 会 に 申 し 立 て に 動 き だ す 。
があったとしても、公平感を持って調査し、原因
最終報告書の発表直後、各メディアはその内容
か。
で は、 こ の 報 告 書 に 対 す る 反 応 は ど う だ っ た
最終報告書にもきつい風当たり
者への報告書内容の説明と謝罪を行っている。
の日の「クロ現」は、この問題を取り上げ、視聴
主返納の申し出があった──ことも発表した。こ
した②籾井会長以下4人の役員から役員報酬の自
15
他方で総務省は、今回の件を「放送法に抵触す
( 37 )
No.642
メ デ ィ ア 展 望
2015.6.1
峯村健司 著 (小学館=1400円、税別)
『十三億分の一の男
~中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』
でも言うべきものなのかと思えてくるほどだ。
日本の汚職がひそやかに行われているのに比べ、
中国では賄賂の金額、広がりが桁違いであるこ
とも説明される。摘発された周永康前党中央政
法委員会書記が没収された財産が2兆2千億円、
薄熙来前政治局委員兼重慶市党書記の不正蓄財
は7200億円、摘発総人員は 万人という。
そうした腐敗の実態報告もさることながら、
本書の真骨頂は、外からはうかがいにくい江沢民、
胡錦濤、習近平と続く最高権力者たちの血を血
で洗うような激しい闘争の描写と言えるだろう。
著者によれば、胡錦濤の 年は結局、江沢民
の支配から脱することができず、百パーセント
自前の政権とはならなかった。その胡は、腹心
の李克強現首相を後継総書記にすべく工作する
が、抑え込まれて江の推す習後継という路線が
固まる。ということは、習に対する江の支配力
が温存されると見るのが自然だが、実際は対立
していた胡と習が最後の段階で手を結び、江の
無力化を実現する過程が描かれる。
この過程で、周永康、薄熙来に加え、徐才厚
前党中央軍事委員会副主席、令計画前中央統一
戦線部長の「新4人組」がクーデターを謀るが、
この4人が次々と拘束されて未遂に終わる。
こうして習は頭の上に重しのない体制を築く
が、この状態は結党以来、内部抗争の絶えなか
った中国共産党としては未経験の事態、と筆者
は捉える。かつてない独裁的権力を手にした習
は、 こ れ か ら 各 種 の 改 革 を 進 め て い く だ ろ う
が、その習が何らかの原因で突然倒れたら、ど
んな大混乱に陥るか、という不安要因は大きい。
腐 敗 摘 発 が 万 人 を 超 し、「次 は 自 分 か」と
恐れる空気が広がる一方、最後のよりどころと
されていた江沢民の無力化が重なり、すねに傷
持つグループの恐怖感はかなりのものなのだろ
う。暗殺未遂説の背後には、このような腐敗と
権力闘争の絡み合いがあることを理解させてく
れる書である。それだけでなく、共産党一党支
配がいつまで続くかを含め、現代中国の深奥部
を知るための必読書といってもいいだろう。
筆者は朝日新聞国際報道部の機動特派員で、
元北京支局員。2012年に長期連載されて話
題を呼んだ「紅の党」取材陣の一人だった。今
回も要人のごく身近にいる人物に次々と接近
し、重要な会合の内容を聞き出している。尾行
を徹底的にまいて密会場所に向かう様子なども
描かれているが、当局ににらまれて身柄拘束を
受 け た の は 回 以 上。 拘 束 に 至 ら な い 呼 び 出
し、取り調べはもっと多いという。
随所に出てくる極秘情報の情報源は、明かせ
ば最悪の事態になるためぼかしてあるが「関係
筋」
「情報筋」といったぼんやりしたものではな
く、「元 党 高 官 を 親 族に 持つ党 関 係 者」な ど具
体性のある表記になっている。
「紅の党」につい
て情報源の表記や引用について外部から批判を
受けたせいか、こうした情報元の表記がうるさ
いくらい出てくるのも本書の特徴だ。
(内 山 眞 = 東 京 理 科 大 非 常 勤 講 師、 元 朝 日 新 聞
国際本部副本部長)
( 38 )
夕刊紙に「習近平暗殺未遂」の大見出しが躍
り、情報誌の見出しにも「暗殺」の文字が散見
される。中国はかなり緊迫した状況になってい
ることがうかがえる。「虎もハエもたたく」と
大々的な腐敗摘発に乗り出している習総書記
と、自己保身からそれに対抗する腐敗分子の闘
争、という構図が浮かんでくる。本書の大きな
テ ー マ は こ の 対 立 構 図 だ が、 そ れ に と ど ま ら
し れつ
ず、根底にある熾烈な権力闘争の実態も読み解
いてくれる。
導入部で、米ロサンゼルス郊外にある中国高
官や国営企業幹部の愛人たちが集まる区域「愛
人村」が紹介される。現地に入り込んでの正面
取材はぴしゃりと断られるが、あの手この手で
証言を集めていく手法は、著者が駆け出し時代
に和歌山カレー事件でとった地どり取材と変わ
らない。
彼女たちの役割は、旦那たちが米国に逃避さ
せた資金や購入した不動産などの管理だとい
う。その資金の出所は、高官たちが持つ利権や
人事権に群がる、利権欲しさ、ポスト欲しさの
人たちからの賄賂だと説明される。ポストなど
を得ると、今度は賄賂を受ける側に回ると同時
に、さらに上のポストを目指して賄賂攻勢をか
ける。その実態の説明を読むと、この国の基本
原理は社会主義ではなく、〝賄賂原理主義〟と
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No.642
メ デ ィ ア 展 望
2015.6.1
▼順序が逆の安保法制法案
聞OGにお願いしています。
れました。この方は4月号に掲載した「安倍首相
の頭に注目 」という見出しの写真に、特に啓発
うにして、後は全て政府が決める」ようになって
「わざと分かりにくくしてある」「何でもやれるよ
ク ス を 添 え ま し た。 複 雑 な 問 題 に 見 え ま す が、
の後の推移と分かりやすい大型グラフィッ
堤秀司論説委員長に講演願ったものに、そ
りました。4月中旬の月例講演会で共同の
り、そこで読んでいる読者の方も多いようです。
法人として都内の公立図書館に弊誌を寄贈してお
声に励まされます。当会は東京都認可の公益財団
館で読んでおられるそうですが、こういう読者の
いて、お褒めの言葉を頂戴しました。区内の図書
ィア談話室」「プレスウオッチング」の記述につ
東京・足立区に在住の読者から5月号の「メデ
集まる道後温泉の一室で知人に見せたら、『へー、
この写真については松山市の読者からも「老骨が
ため、一種の特ダネ写真になってしまいました。
たものです。この事実は日本各紙が報じなかった
の過剰サービスを演じた首相の判断に疑問を呈し
ユダヤ教徒がかぶる帽子を着用し、イスラエルへ
のホロコースト記念館で献花する際に、わざわざ
されたと話しておられました。1月にエルサレム
▼励ましとなる「読者の声」
いる、と見ればよいとの受け止めもあります。そ
先日には「世田谷区の中央図書館で読んでいた
ほうかや!』『勉強になった』と感じ入っていま
安保法制法案が国会提出され論戦が始ま
れにしても、内閣法制局長官を取り換えての強引
が、誌面が充実しているので自宅でじっくり読み
いっしゃ
な集団的自衛権の行使容認から一瀉千里。まるで
した」というお便りを頂戴しました。
な自衛隊の海外での活動の拡大、日米ガイドライ
ンの先行策定。 本もの法案改正を1本に束ねて
のも鋭い考察です。また、天皇のペリリュー島
一般記事で皇室に敬語を使うのに違和感
が下がる〟思いがいたしました。
が常々不思議に感じていたことであり、〝留飲
訪問に際してのあいさつに対する批判は、小生
「メ デ ィ ア 展 望」を 近 く の 梅 田 図 書 館(東 京
第2次小泉内閣や麻生内閣で内閣官房副長官補
( 安 全 保 障 ・ 危 機 管 理 担 当) と し て 自 衛 隊 の イ ラ
都足立区)で毎月、拝読しております。毎回、
共 同 通 信 社 発 行 の 『記 者 ハ ン ド ブ ッ ク』 に
何か〝タブー〟があって萎縮しています。
新聞各紙に共通することですが、皇室報道で
ク派遣に関わりながら、この安全保障法制法案を
新聞報道の〝ご意見番〟の役割を果たしている
と敬意を表するものであります。
と「プ レ ス ウ オ ッ チ ン グ」(小 池 新 氏)は 説 得
用 語 は 果 た し て 必 要 で し ょ う か。 民 主 主 義 は
5 月 号 の「メ デ ィ ア 談 話 室」(井 内 康 文 氏) 「皇室用語について」の項目があります。皇室
のですか?」と論理をすり替え、情緒的なプロパ
(東京都足立区 小林明
を使うのは違和感があります。
)
少なくとも一般記事の中で皇室に対して敬語
す。
〝階 級〟〝特 権〟〝差 別〟な ど と は 無 縁 の は ず で
小池氏が〝新聞は文明論を持て〟と強調する
も勉強不足〟は全くその通りです。
取材側の甘さ〟〝デスクの能力不足というより
井内氏が指摘する〝警察の大不祥事に対する
力があり、同感するところが多かったです。
さんと書き継がれたシリーズ「戦後 年に想う」
は、新聞協会の会長も務められた中江利忠・元朝
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時事通信OB藤原作弥さん、共同OBの原寿雄
▼
「戦後 年に想う」に中江利忠氏
ガン ダ を し て い る ─ ─ な ど で す 。
って「子どもを連れた母親の命を守らなくてよい
二さんの指摘も明快です。安倍首相がパネルを使
「 亡 国」 と 鋭 く 批 判 し て い る 元 防 衛 官 僚 、 柳 澤 協
成立 を 急 ぐ 手 口 に は 驚 き ま す 。
10
(保田)
たくなった」という方が購読申し込みに立ち寄ら
⁉
憲法改正や日米安保条約改定が実現したかのよう
編集後記
日新聞社長にご登場願いました。7月号は読売新
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No.642
調 査 会 だ よ り
◎杉田弘毅編集委員長が 3 日講演へ
〉〉〉通信社ライブラリーだより〈〈〈
新聞通信調査会は 6 月 3 日(水)、千代田
《寄贈書籍・資料》
区内幸町にある日本プレスセンタービル 9 階
の講演会場で 6 月定例講演会を開催します。
関口実氏から「日本電報通信社(電通)ニュ
ース映画」(DVD 版) 2 枚の寄贈を受けました。
講師は共同通信社編集委員室長の杉田弘毅氏、
これら DVD は、父親が同盟通信社に勤務して
演題は「地殻変動の世界と日本~国益はどこ
いた斉藤翔三氏から関口氏が譲り受けたもので
にあるか」です。お聞きになりたい人は直接
す。DVD 1 枚にはそれぞれ96本、52本のニュ
会場にお越しください。
ース映画が収録されており、それらは通信社ラ
イブラリーのパソコンで再生し、見ることがで
◎米利上げ見通しで時事・大嶋外経部長が講演
きます。
新聞通信調査会は 5 月20日、千代田区内幸
中島宏氏から
町にある日本プレスセンタービルで 5 月定例
■
『消えた学校~戦中派が学んだこと』
(横田球
講演会を開催しました。講師は時事通信社外
生著、琉平堂刊)■
『一寸先の闇~三角大福中
国経済部長の大嶋聖一氏、演題は「欧米経済
の十年』
(田中国夫著、共同通信社)■
『週の初
の現状と先行き~米利上げ時期を占う」でし
めに』
(塩口喜乙著、北海タイムス社)■
『放送
た。
ハンドブック~文化をになう民放の業務知識』
(日本民間放送連盟編、東洋経済新報社)
◎「読者の声」欄への投稿、大歓迎です‼
「読者の声」欄への投稿をお待ちしていま
す。記事を読んだ後の感想など何でもかまい
ません。原稿の長さの目安は600~800字です。
投稿いただいた方には薄謝を進呈します。末
尾に執筆者のお名前(ペンネームをご希望の
場合はそのようにします)、住所(東京都千
代田区など大まかな住所)と年齢を記載し奥
付のメールアドレスへお送りください。
定価150円 1 年分1,500円(送料とも)
発行所 公益財団法人 新聞通信調査会
〒100-0011 東京都千代田区内幸町 2 - 2 - 1
日本プレスセンタービル 1 階
☎ 03-3593-1081(代) FAX 03-3593-1282
E-mail:chosakai@helen.ocn.ne.jp
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〉〉〉通信社ライブラリーだより〈〈〈
《購入書籍》
●
『原発報道~東京新聞はこう伝えた』
(東京新
聞編集局編、東京新聞、367㌻、1,890円)●
『311情報学~メディアは何をどう伝えたか』
(高野明彦、吉見俊哉、三浦伸也著、岩波書店、
6,175㌻、1,890円)●『関東大震災と鉄道』(内
田 宗 治 著、新 潮 社、238 ㌻、1,700 円)●
『東
◇ゆうちょ銀行 〇一九 店 当座 0073467
京・関東大震災前後』(原田勝正、塩崎/文雄
(振り込む際、必ず上記アドレスにお名前、郵便番
号、住所、電話番号、購読開始月を連絡ください)
編、日本経済評論社、423㌻、4,900円)●
『文
豪たちの関東大震災体験記』(石井正己著、小
印刷所 株式会社 太平印刷社
ISSN 2187-2961 Ⓒ新聞通信調査会2015
学館、253㌻、740円)
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