経済成長の源泉

経済成長の源泉
大学院基本科目「マクロ経済学」
(第14回講義)
1.少子高齢化と経済成長
‡ 90年代の日本経済の平均成長率は1%であった。内閣府が実施し
た上場企業(1270社)に対するアンケ ト調査(2003年)でも 今
た上場企業(1270社)に対するアンケート調査(2003年)でも、今
後5年間の実質成長率の予想は1%であった。これはあくまでも予
想であるから 日本経済の実力がこれだと企業がみなしている訳
想であるから、日本経済の実力がこれだと企業がみなしている訳
ではない。だが、日本経済の右肩上がりの成長は終わったと、日
本
本企業のほとんどが見ていることは事実である。この見方の背景
見
事実 あ 。
見
景
にあるものとして指摘されるのが、「少子高齢化」の急速な進展で
ある。
‡ 働く人の数が減るのだから作られるモノも減るというのは、分かり
やすい理屈である。しかし、これは先進諸国の経済成長を考えると
きにはあまりに単純すぎる
きにはあまりに単純すぎる。一人一人が苗を植える昔のような田植
人 人が苗を植える昔のような田植
えであれば、労働力人口と産出はおおよそ比例する。今では田植
えは機械によって置き換えられている。労働投入は従来の10分の
1で済む。これが経済成長のプロセスで起こることなのである。
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‡ 成長会計(Growth Accounting)
成長会計については、第2章の講義において解説をした。
成長会計は用いるデータ、推計方法等によって結果に違
長
いが出ることは良く知られている。以下の資料は、『通商白
書』(平成10年版)からのものである。
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この表からも容易に分かるように、60年代から70年代への
この表からも容易に分かるように、60年代から70年代
の
成長率の下方屈折、80年代から90年代への下方屈折は、
いずれも資本とTFPの貢献が低下したことによるものであ
った。
‡ そして、労働投入の寄与が成長率の低下に決定的な影響
そして 労働投入の寄与が成長率の低下に決定的な影響
を与えるものでなかったことは明らか。たしかに人口減少、
高齢化は日本経済に大きな影響を及ぼす。だが人 減少
高齢化は日本経済に大きな影響を及ぼす。だが人口減少
が必然的にゼロあるいは1%成長を生むと考えるのはあ
まりにも単純。現代の経済成長は、労働力の増加よりもむ
しろ資本蓄積と技術進歩、労働の「質」(人的資本)の向上
によってもたらされるのである。
2.TFPの伸びの低下と「失われた10年」
‡ TFP(技術進歩)の伸びが90年代に低下したというのは、
多くの報告に示されるように事実である。
‡ Hayashi and Prescott (2002)論文・林(2003)論文
(2002)論文 林(2003)論文
(Hayashi, F. and Prescott, E.C. (2002), “The 1990s in Japan: A
Lost Decade,” Review of Economic Dynamics, Vol.5, 206-235. / 林
文夫(2003)「構造改革なくして成長なし 岩田規久夫 宮川努編『失われた
文夫(2003)「構造改革なくして成長なし」岩田規久夫・宮川努編『失われた
10年の真因は何か』東洋経済新報社。)
⇒かれらの推計では、「生産人口
⇒かれらの推計では
「生産人口一人当たりのGNP」の
人当たりのGNP」の
成長率が80年代の3%から90年代には0.5%に低下した
が、それは 技術進歩(TFP)」が2.8%から0.3% と低下
が、それは「技術進歩(TFP)」が2.8%から0.3%へと低下
したことによって完全に説明できると主張。返す刀で、需
要不足によって、失われた10年を説明するのは不適当で
あるとし、90年代の長期低迷は、トレンドからの下方乖離
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ではなく、トレンドそのものの低下によると主張する。そし
て「このように現状を認識すると、とるべき政策は旧来型
のマクロ安定化政策ではなく、TFPの成長を回復させる
ような構造改革である」(林(2003))と結論づける。
づ
‡ 林(2003)論文への批判
(吉川洋(2003)「過ぎたるは及ばざるがごとし?!」岩田規久夫・宮川
努編『失われた 年 真
努編『失われた10年の真因は何か』東洋経済新報社。)
何か』東洋経済新報社
吉川は、90年代におけるTFP成長の低下という事実を認
めつつも 「改革 の対象を純粋のサプライ サイドに絞り
めつつも、「改革」の対象を純粋のサプライ・サイドに絞り
込むアプローチには反対であると主張。長期的にも「需
要」は大きな役割を果たすと考えるからであるとする。
要」は大きな役割を果たすと考えるからであるとする
3.技術進歩と需要
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‡ 吉川は、90年代には80年代に比べてTFPが低下したとい
う事実を認める。かれの問題意識は、このファクト・ファイン
ディングをどのように解釈するかにある。以下では、吉川の
主張を紹介する。
主張を紹介する
(Aoki, M. and Yoshikawa, H. (2002), “Demand Saturation-Creation
and Economic Growth,”
Growth, Journal of Economic Behavior and
Organization, Vol.48, 127-154. / Aoki, M. and Yoshikawa, H. (2006),
Reconstructing Macroeconomics: A Perspective from Statistical
Physics and Combinatorial Stochastic Processes
Processes, Cambridge U
U.P.
P
/吉川洋(2003)『構造改革と日本経済』岩波書店。)
‡ 成長会計における
成長会計における「技術進歩」は、それが「ソロー残差」と
技術進歩」は、それが ソ
残差」と
呼ばれるように、資本や労働の投入の増加では説明でき
ない生産物の増加、つまり「残差」として間接的に計測され
るにすぎない。
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‡ かくして、計測されたTFPには、需要の変動によって引
き起こされたアウト・プットの変化を反映している部分が
かなり混在している可能性が高い。それゆえ、技術進歩
は高成長のときには高くなり低成長のときには低くなる
傾向がある。
‡ それゆえ、計測されたTFPの伸びの低下は「失われた
10年」の「真因」を必ずしも正確に表現しえてはいない。
なぜなら 低下したTFPの伸びの中には 経済成長が
なぜなら、低下したTFPの伸びの中には、経済成長が
低下した「結果」が混在している可能性が大きいからで
ある。
ある
‡ 問題は、「技術進歩」の中身をどう理解するかにある。
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‡ 技術進歩・イノベーションの2つの中身
①新しい機械や生産工程の導入による労働節約的な技
術進歩。(TFPは技術進歩のこの側面を捉えたもの。)
②「需要の制約」を取り除くものとしての技術進歩。(吉
川は技術進歩のこの側面を強調する。)
‡ソ
ソロー・モデルでの技術進歩とは、生産関数がシフト・ア
モデルでの技術進歩とは、生産関数がシフト ア
ップして、要素投入が同じでも高い付加価値が生み出さ
れることを意味している。これに対して、吉川が主張する
のは、「需要創出型」のイノベーションである。需要の伸
びの大きい財・サービスが確率的に出現するプロセスを
イノベーションと理解する。ただし、需要の伸びの大きい
ベ
解する ただ 需
伸び 大き
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財は、古い財に比べて必ずしも付加価値が大きいとは
限らない。パソコンの価格は自動車の価格より低い。に
もかかわらずパソコンやケイタイの登場が経済を引っ張
るのは、需要の成長が少なくともその初期段階では爆
発的に高いからである。新しい財・サービスの登場はこ
のように「需要の制約 を取り除く とにより 経済成長
のように「需要の制約」を取り除くことにより、経済成長
を生み出す。
‡ 需要面における「ロジスティック成長」の理論
個々の財・サービス、あるは個々の産業において必ず需
要の頭打ち(「需要の飽和」)が起こるという事実に着目
した成長モデル。
た成長 デ
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t1,t2.t3・・・・は新しい財/産業が誕生した時点。ある時点で、縦軸に沿って合計したものが、
一国全体のGDPになる。
国全体のGDPになる。
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‡ 前図でのように、第2、第3・・・・の新しい財が出現してく
る。これが技術進歩であって、成長のエンジンになる。生
産関数のシフトアップではなく、既存財の需要の鈍化を
新しい財が登場して打ち消すことが技術進歩であり、こ
れが経済成長の最もファンダメンタルな要因。
‡ 経済の中身が変わること、各産業・セクターが不均等な
発展を遂げること、したがって資源が次々に異なるセクタ
ーにシフトしていくこと、これを経済の「構造変化」と呼ぶ
にシ トし
く と れを経済 「構造変化 と呼ぶ
ならば、構造変化を通してのみ持続的な経済成長が可
能になる。
能になる
‡ このような理解に立つならば、日本経済が成長するため
には 需要の伸びの大きい新しいセクタ に資源をシフ
には、需要の伸びの大きい新しいセクターに資源をシフ
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トしていかなければならない。逆に「失われた10年」の低
かな ればならな
逆 「失われた 年
低
迷が続いたのは、そうした産業/部門間の調整がうまく
行かなか たからだということになる この点こそが いわ
行かなかったからだということになる。この点こそが、いわ
ゆる「構造改革」のターゲットとされるべきであった。長期
においても「需要」はサプライ・サイドを変化させる基本的
な要因なのである。