流産・死産後の 個別的ケアを考える

【産科領域】グリーフケア実践集
【産科領域】
グリーフケア実践集
流産・死産後の
個別的ケアを考える
~臨床で迷いがちなケアを中心に
妊娠22週未満で妊娠が終了する流産後のケ
アと妊娠22週以降の死産後ケアには違いがあ
ると考えた方が自然である。同じ流産後,死
産後であったとしても,流産・死産に至った
経緯や流産・死産したことについての思いは
女性一人ひとり,夫婦それぞれに違いがあ
り,それぞれの思いを十分に聴くことで個別
慶應義塾大学
名誉教授 竹ノ上ケイ子
◆たけのうえ・けいこ◆兵庫教育大学大学院学校教
育科教科・領域教育専攻修了(教育学修士)。ミネソ
タ州立大学看護学部看護学科修士課程修了(看護科
学修士)。大阪大学大学院医学系研究科博士後期課
程保健学専攻修了,博士(看護学)。元・慶應義塾大
学看護医療学部兼慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科(教授)
(2015年3月まで)
。
〈著書〉
『事例に基づく看護診断の正確性の検証:看護診断のスキルアッ
プのために』
(ブレーン出版,翻訳・共著)
,
『看護理論―理論と実践のリ
ンケージ』
,
『これからの看護研究―基礎と応用 第2版』
(共にヌーヴェ
ルヒロカワ・共著)
〈論文〉
「自然流産後の夫婦が感じた関係変化とその要因―体験者の記
述内容分析から」「流産・死産体験者を対象としたe-ケア・システムの構
築と活用」など
看護医療学部 助教 藤本久江
◆ふじもと・ひさえ◆慶應義塾大学大学院健康マネジ
メント研究科修了。
的なケアが可能となる。その一方で,ケアの
2
考え方や方向性として共通点が多いという特
象喪失に加えて,確かに自分の体内に存在し
徴がある。一般的な,あるいは各施設に合っ
た自己の一部を失ったという自己喪失,さら
たケアの原則やマニュアルについて検討する
には“母親になる”
“家族を持つ”という自
ことも重要であるが,それを踏まえつつ,女
分自身のイメージや希望を失い,2重,3重
性一人ひとり,夫婦それぞれに合った個別的
の喪失を体験している。配偶者も“父親にな
なケアを考えることができるか否かが,流
る”
“家族を持つ”というイメージや希望を
産・死産後のケアの質を決めるといってもよ
失い,夫婦間で多重喪失を体験し,互いの喪
いであろう。
失体験は相手に影響するために流産・死産後
本稿では,流産・死産後の“こころの変化”
の悲嘆は複雑である1)。ケアに携わる人は,
の概要について述べ,臨床で活用しやすいよ
流産・死産後の人たちはこのような多重の喪
うに流産後ケアと死産後ケアを厳密に区別せ
失を経験しているということを理解しておく
ず,臨床で迷いがちな個別的なケアについて
必要がある。
述べる。
◆悲嘆と悲哀
悲嘆と悲哀注1)については,比較的多くの
流産・死産後女性のこころ
書籍2~9),論文10 ~21) があるので参考にして
◆多重喪失
ほしい。しかし,これらは欧米人を対象にし
流産・死産した女性たちは,愛情の対象で
た研究成果から得られた知見や体験を基にし
ある自分の子ども(胎児)を失ったという対
たものが多い。内容は一般的な悲嘆や悲哀と
臨床助産ケア スキルの強化 ● Vol.7 No.4
表1
Kellner & Lakeによる“悲哀の4段階”
表2
Manderによる“悲嘆の5段階”
1.ショック,信じられない思い
(Shock and disbelief)
1.ショック,驚き,否認,孤立
(Shock,denial or isolation)
2.死児へのあこがれ,探索,不安
(Yearning,searching and anxiety)
2.怒り,混乱,死児へのあこがれ
(Confusion,anger,or yearning )
3.無秩序,絶望,うつ
(Disorganization,despair,and depression)
4.再統合,立て直し(Reorganization)
Kellner K. R. & Lake M. F. Grief Counseling. In Knupppel R. A. & J. E.
Drukker High Risk Pregnancy:A Team Approach, W. B. Saunders
Company, pp.717-732, 1993.より引用,一部改編
重なる部分が多いが,流産・死産後の悲嘆や
悲哀を理解するのに参考になるであろうと思
3.自己尊重の低下,自責感,罪悪感,恥
(Bargaining,guilt,shame)
4.うつ,無力感(Depression, powerlessness)
5.受け入れ,再統合,次の人生へ進む
(Reorganization or acceptance,having
to place to go)
Mander, R. Loss and Bereavement in Childbearing,(2nd)
. London:
Routege, 2006.より引用,一部改編
わ れ る 悲 嘆, 悲 哀 の 内 容 を,Kellner &
示した感情は,一人ひとり個性がある。また,
Lake(1993)2)とMander(2006)3)から抜粋
一直線に一様に減少していくものではなく,
して表1,表2として示した。
時間経過と共に軽減したり逆戻りしたり,新
筆者らは日本人女性の流産後の悲嘆につい
しい感情が生まれたりして波のように変化し
て,流産経験者375人を対象にインターネッ
ながら長い時間(通常は1~2年)を要し,
トによる調査を行った。文献や聞き取りに
徐々に日常の状態へと移行する。このこと
よって導き出された31項目の質問項目から因
は,目の前にいる対象のことばや表情をよく
子分析により18項目が抽出され,主因子法に
観察し,思いを理解する手立ての一つ,基礎
よって【ショック】
【怒り】
【拒絶】
【聞いて】
知識として理解しておくとよいと考える。
【立ち直り】の5因子が抽出された22)。これ
◆夫の悲しみと反応
2)
の悲哀の4
らは,Kellner & Lake(1993)
流産・死産後は女性同様に,男性もショッ
段階,Mander(2006)3) の悲嘆の5段階と
クを受けて悲しんでいるという点では同じだ
相似するが少し異なる結果で,
【拒絶】
【聞い
と思われるが,その悲しみの程度や表現のし
て】
【立ち直り】という因子を含んでおり,
かたには違いがあるというのが一般的な考え
日本人女性の悲嘆の一部を構成しているので
方である。その感情はネガティブなものと同
あろうと考えられた。同時に,対象の年齢や
時にポジティブなものもある23)。それぞれに
流産回数で有意な差は見られず,一回一回が
感じている悲しみは夫婦間で共鳴し増幅する
特別な喪失体験であると意識されているので
ことが多いが,時に反発し合い傷つけあうこ
あろうと推測される結果でもあった。
ともある。
◆一直線,一様ではない悲嘆・悲哀の
夫の反応は,夫が想像する以上に流産・死
プロセス
流産・死産後の悲嘆,悲哀の実態として例
産後の妻に大きく影響する。男性は女性と違
い,妊娠の実感がない上に身体的苦痛を味わ
注1)人が愛する対象を失った後に見られる混乱から適応に至るプロセスを悲哀(mourning)
と言い,
このプロセスにおいて生ずる感情を悲嘆(grief)と言う。専門的には区別されるが,
一般的には同義語として使用されることが多い。
臨床助産ケア スキルの強化 ● Vol.7 No.4
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うわけではない。また,死産届や埋葬など,
これまでに経験したことがないことを求めら
出発点でもある。
れ,“自分が責任を持ってやらなくては”
“妻
入院中のケア
を助けなければ”という意識が強く,自分の
◆共に死を悼む
悲しみを表出できない場合がある。そして,
夫婦は,子どもを亡くしてショックを受け,
“男は泣かないもの”という価値感を無意識
驚き,動転していることが多い。ケアを提供
に持っている場合もあり,悲しみの表出が自
する側としては,夫婦が流産・死産した子ど
然にできない男性も多い。泣かない,悲しみ
もの死を弔い,悼むことができるように支援
を表出しない夫に対して,
“夫は悲しくない
する必要がある。核家族化が進み,若い夫婦
のだ”と妻が勘違いして感情のすれ違いが生
が多いこともあり,多くの夫婦が弔いの儀式,
じることもあるので,互いの思いを表出する
葬儀に不慣れであり,何をどうしたらよいか
ことが自然な悲嘆・悲哀を進めることになる
戸惑う。女性側,男性側それぞれの弔いの儀
というような説明が両方に必要である。同時
式,習慣が違うことを初めて知る場合もある。
に,このようであるはず,あるべきと決めつ
ケアを提供する側としては宗教,宗派にこだ
けずに,目の前の対象を理解しようと心がけ
わらずいくつかのオプションを示し,若い夫
ることも重要である。
婦が自分たちなりに納得して子どもの死を悼
◆家族の反応
み,弔うことができるように支援したいもので
実母や義母のことばに傷つけられたと述べ
ある。必要な情報を提供し,ケア提供者自身も
る女性が多い。
「無理をしたのかな」
「次に期
対象夫婦と共に亡くした子どもの死をこころか
待するしかないね」
「うちはそのような家系
ら悼み,弔う気持ちを持つことが重要である。
ではない」などの何げない一言,励ますつも
◆亡くした子どもの形見
りのことばであるにもかかわらず傷つくので
近年,死児の抱っこや添い寝を勧める,超
ある。もともと希薄な関係であれば,さらに
音波写真や足形,手形,毛髪などを形見とし
傷つく。ケア提供者は,夫の家族や自分自身
て渡すということをルーティンとして実施し
の家族に流産や死産を告げた場合の反応に女
ている施設が多くなってきた。喜ばしいこと
性は傷つきやすいものだという事実,罪悪感
であるが,強制するようなことではない。流
を感じることも多いが女性の責任ではない場
産・死産直後,入院中には本人も家族も自分
合がほとんどであること,原因不明のことが
たちが何を望んでいるのか判断できない場合
多いことなどについて,面会などの機会をと
がある。いくつかのオプションを示すと共
らえて,家族に情報提供しておくことが必要
に,超音波写真,足形,手形,毛髪などのう
と思われる。
ち保存可能なものを1つか2つ保存し,平常
*****
心に戻る1~2年後に手元に残したいか否か
ケアに携わる者は,ここまで述べたような
を決めることができるようなシステムづくり
こころの状態,悲嘆,悲哀のプロセスを理解
も必要であろう。
するよう努力することが重要であり,ケアの
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臨床助産ケア スキルの強化 ● Vol.7 No.4
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