エツ遡上期における筑後川の環境

福岡水海技セ研報 第14号 2004年3月
Bull.Fukuoka Fisheries Mar∴Technol.Res.Cent.,No14. March 2004
エツ遡上期における筑後川の環境
筑紫 康博・金港 孝弘
(有明海研究所)
Environment on Engraulid Fish( Coilia nasus ) Anadromous Period in Chikugo River
Yasuhiro Chikushi, Takahiro Kanazawa
(Ariakekai Laboratory)
エツは日本では有明海のみに生息する特産魚であり,
たので報告する.
方法
環境省の汽水・淡水魚類のレッドリストで,絶滅危慎種
Ⅱ類,水産庁の日本の希少な野生生物に関する基礎資料
では危急種に位置づけされている.また,同時に重要な
漁獲対象種でもある.エツの産卵は6月∼8月であり,
図1に示した定点の河川中央部において,携帯型の
筑後川感潮城で産卵・ふ化後,徐々に分布を下流に移動
水質測定装置であるアレック電子(秩)製ADO1050-P又
しながら成長する1).エツ資源にとって筑後川感潮域
はACL1183-PDKを用い,表層及び底層(+0.5m)水の
は,椎仔魚の生育の場であり,またシラウオ類,ハゼ類
測定を行った.測定項目は,酸素飽和度,水温,塩分で
等様々な魚類2'にとっても椎仔魚の生育場として重要で
あった.
ある.
調査は,原則として小潮の満潮時前2時間以内に行
本報告では,筑後川において魚介類に対して直接的な
い,2001年(以下「'01年」と記す.)は5月∼7月の5
影響があると考えられる酸素飽和度を中心に調査を行っ
回,2002年(以下「'02年」と記す.)は5月∼8月の7
臥2003年(以下「'03年」と記す.)は6月,7月の3
涜後川
回行った.また,'02年においてはst.1-10の10点,そ
筑後大堰 23Km)
れ以外の年はst.1-6の6点で行った.
st.o下。漂寺橋 筑後川
佐賀県St.1六五郎橋
久留米市
St.2青木大橋
結果
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St.3鐘ケ江大橋
St.4
佐賀橋鉄橋(7km)だ2
調査地点ごとの全ての調査時における平均水深を図2
新。大橋St.5 福岡県
早
津
江
に示したst.Oは約4.5m,4-6は5.5-6.2mと
落ち込み,st.7の3.2mをピークに沖合に向けて深く
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図2 調査時における各地点の平均水深
図1 水質調査点
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筑紫・金澤
60
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st.
図4 調査地点ごとの平均酸素飽和度
図3 調査地点ごとの平均塩分
(2002年)
(2001年)
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図5 酸素飽和度の推移
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(2003年)
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5/1 5/21 6/10 6/30 7/20 8/9 8/29
図6 酸素飽和度の推移
31
なっていた.
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16
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塩分の表層と底層の平均を図3に示した st.0
ほほほ淡水であり,沖合に向かうに従って徐々に塩分が
上昇し, st.10で極大となった.また, st.3より下流は
HE
140
130
120
表層よりも底層塩分が高い傾向がみられた.
酸素飽和度の表層と底層の平均を図4に示した.調査
点ごとの底層酸素飽和度の高低は,水深と同様の傾向を
^^9
示した st.0 は表層は底層よりも若干高めであっ
30
20
10
たが, st.6以降その差は大きくなり st.7-10の表層
8/ 6/21 / 7/31 8/20
の債は底層の酸素飽和度の傾向に関わりなくほぼ一定と
図7 酸素飽和度の推移
なった.
-
18-
エツ遡上期における筑後川の環境
33
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19
8/1 9/1
7/1
図8 年ごとの気温の推移
120
考 察
('02年7月15日)
京100
遠80
三重書
W 60
漂40
'02年には酸素飽和度40%以下(以下「貧酸素」と記
す。)が多数回観測された. '03年には7月23日にst.6
で酸素飽和度の低下が観測された.上流域の観測結果を
20
勘案すると海域からの影響と考えられるが,詳細は不明
である.
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
st.
120
筑後川の流入海域である福岡県有明海地先海域の各年
の状況を概説すると3・ '01年の6-8月は多雨であり
('02年8月14日)
密度躍層が顕著に形成され夏期には広域で貧酸素が観測
京100
遠80
された. '02年は小雨であり,貧酸素はほとんど観測さ
岸 60
=誓書
40
jサ 20
れなかった. '03年は多雨であったが,冷夏となり貧酸
素は気温が上昇した8月下旬∼ 9月上旬に一部観測され
たのみであった.しかしながら,筑後川では,海域で貧
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
st.
図9 '02年酸素飽和度低下時の各点の値
酸素がほとんどなかった'02年に貧酸素が観測された.
'02年の河川流量は,断続的に水量が増加している日は
あっても,全体として極めて少なく,水温の上昇ととも
に貧酸素が発生した. '01年及び'03年の河川流量は多
く, '01年は水温上昇と水量の低下が重なったときの一
年ごとの各調査点における酸素飽和度と水温の推移,
時的な酸素飽和度の低下はあったが,貧酸素はみられな
筑後大堰直下流量(筑後大堰事務所調べ)の推移を図5
かった. '03年は冷夏であり(図8 :アメダス大牟田観
-7に示した. '01年の調査のうち,酸素飽和度の顕著
測所),水温は低めに推移し貧酸素はみられなかった.
な低下がみられたのは, 6月12日のみであり, st.2
これらのことから,河川と海域での貧酸素発生の条件や
4において50%台を観測した. '02年は6月17日以降の
メカニズムが異なることが窺えた.
調査時全てで酸素飽和度の低下がみられた.特に8月14
図9に酸素飽和度低下時の例として, '02年7月15
日にはst. 3で23.1%, st.4で18.5%を観測した. '03年
冒, 8月14日の調査点別酸素飽和度を示した.表層と底
は調査回数は少ないが, 7月23日にst. 6で4上8%を観
層に大きな差はみられなかった.精密な調査は行ってい
測した以外は特に低い値はみられなかった.
ないが, st. 4, 5付近では調査機器に付着する泥等の
状況から,かなりの泥化が進んでいることが伺えた.ま
19 -
筑紫・金澤
1)筑後川において'01年 -'03年のエツ遡上時期に,
表1エツ流し刺綱漁業漁獲量の推移
原則として小潮の満潮時前に水質の測定を行った.
年
' 01
' 02
' 03
総漁獲量(トン)
測定項目は,酸素飽和度,水温,塩分であった.
53.8
2) '02年は河川で長期間にわたり貧酸素を観測した
50.3
55.3
が,海域ではみられなかった.両者の貧酸素発生の
※福岡県水産林務部水産振興課調
条件やメカニズムが異なり,河川では小雨と河床形
状が大きく関与しているものと考えられた.
た,この調査点は水深の状況から窪地状になっているこ
3)エツ等の資源動向,とりわけ卵や稚魚の生残を考え
とが考えられ,小雨のため淀みとなった水城で底層での
る上で,遡上時期の貧酸素の発生状況等を把握する
有機物分解等による酸素の消費が著しく進み貧酸素が発
ことは重要であると考えられた.
生したものと考えた.また,調査時は満潮時のため,潤
流が貧酸素を表層まで巻き上げながら上流へ移動してい
るものと考えた.
エツ流し刺網漁業漁獲量の推移を表1に示した.この
1)富重信一:エツの増殖に関する研究-Ⅱ.福岡県有
明水試研報昭和57年度, 147-150 (1984).
3ヶ年での河川の貧酸素の発生条件が異なるにも係わら
ず,漁獲量の顕著な変動はみられなかった.このことか
2)富重信一:エツの増殖に関する研究-III幼魚調査.
ら貧酸素等の河川環境がエツ親魚の遡上に直接影響を及
福岡県有明水試研報昭和58年度, 85-98 (1985).
ぼしたとは考えられないものの,当該水城での貧酸素の
3)筑紫康博・松井繁明:有明海における貧酸素水塊の
発生はその発生規模や期間によっては卵や稚魚の生残等
分布と発生要因.福岡水技研報, 13, 103-110
に影響を与える可能性もあり,今後有明海の魚類資源の
動向を考える上でこれらの要因についても十分な検討を
(2003).
4)松井繁明・筑紫康博:有明海北東部漁場における貧
酸素水塊の発生(有明海北東部漁場における溶存酸
素の連続観測).福岡水技研報, 13, 11ト117
加える必要がある.
要 約
(2003)
-20-