41号(27・8) 家族信託の世界 相続対策の専門家 堀光博税理士事務所 092-292-5138 家族信託の現状 ~ブーム到来?~ 家族信託の世界40号では、委託者・受託者・受益者以外の関係者・関係機関について 考えてみました。今回は、「家族信託」の現状を様々な角度から考えてみたいと思います。 前回の堀税理士の感想に、様々な問題提起がありました。それも踏まえて考えていきたい と思います。実例からは、離れてしまっていますが、実例の紹介よりも、今回の現状紹介 の方が急務だと感じましたので、予定を変更させていただきました。 Ⅰ インターネット世界の家族信託 検索エンジンのYahooで「家族信託」と入力して検索してみると、34ページ×1 0項目=340項目がヒットしました。キーワードを変えるとさらに多くの項目が表示さ れてきます。このようにインターネットの世界では「家族信託」はブームを起こしかけて いるのではないかと感じます。 項目の一つ一つを見ていくと、多くの皆さんが家族信託の有効性を言われています。事 実そうなのです。士業の皆さんが出されている項目が多いのですが、さすがに士業の皆さ んだけあって、中身は素晴らしい解説が書かれています。信託銀行や信託会社のものもあ り、現時点では怪しいものは見当たらないというのが私の印象です。 これらを考えていくと、今後「家族信託」は本当のブームを起こすと確信するようになり ました。依頼しようと考える人は増加すると思いますが、本当に依頼する人は増加するの でしょうか。インターネットで検索した方が、どのような形で相談して、依頼していくの かはわかりませんが、 「家族信託」の実務で考えた場合、依頼者が納得できる契約書ができ るのでしょうか。委託者が望むような運用ができる契約書ができるのでしょうか。 私は、インターネットに出されている皆さんを批判しているのではなく、心配しているの です。今回のコラムは私自身への警鐘でもあるのです。 仮に依頼者が納得できる契約書が、出来なかったとすればどうなるのか。この場合は、依 頼をキャンセルするということになるでしょう。依頼のキャンセルは、時々あることなの でしょうが、 「家族信託」ではどうなのでしょう。 皆さんがインターネットの記事に書かれているように、 「家族信託」はオーダーメイドの契 約書になります。つまり、委託者の考え方をベースに、信託法を含めた多くの法的な問題 をクリアしなければなりません。当然、非常にシンプルな契約書の場合は、委託者の考え 方さえわかれば、割と簡単に作成はできるでしょう。多少複雑なものであっても、契約書 の作成そのものは、契約書作成に慣れた士業の方なら、問題はないと考えられます。 では、何を心配しているのかというと、委託者の考え方なのです。 1 契約書を作成する側は「家族信託」のことを大体わかっていると思いますが、委託者や受 託者がわかっていると考えづらいのです。「家族信託」の有効性は素晴らしいものがありま すので、 「家族信託」の中を、委託者が理解すればするほど、その考え方が変わってくるの ではないかと思うのです。以前このコラムで書きましたが、委託者や同席する家族に「家 族信託」で何が出来るのか、何が出来ないのか、税金がどうなるのかなどを説明して、理 解をいただく過程で、委託者や家族の考えが変わっていくのです。私が担当させていただ いたケースで、信託財産の構成や受託者、受益者の取扱いなどの打ち合わせに、半年以上 の時間を要したケースがありました。毎回、税理士に同席をお願いし、相続税や贈与税そ して所得税などの、アドバイスをいただきながら打ち合わせを進めていきました。このよ うな過程は、非常に重要なもので、オーダーメイドというからには、これには対応しなけ ればなりません。このようになるのは、私の進め方が間違っているからと考えれば良いの ですが、正しくなかったとしても、間違っていたとは思えません。 インターネットで「家族信託」を積極的に勧められている方には、この点を充分理解して おいていただかないと、費用トラブルや途中でのキャンセルなどで、双方が嫌な思いをす ると共に、 「家族信託」に対する一般評価が下がってしまうことを心配しているのです。 Ⅱ 書籍世界の家族信託 前回40号の堀税理士の感想を、一部抜粋して改めてご紹介します。 税理士堀の感想 最近、あるハウスメーカーの研修の一部に家族信託の活用法もありました。レジュメに は「金融機関や建設業者、不動産業者等との協力が必要です。」とありました。しかし、研 修の場ではその件に関しての講師の説明はありませんでした。そこで、研修後の懇親会の 場でその講師にお尋ねしました。 「関係機関との協力については言及されませんでしたね。 」 と、その返事は、「実はそうなんですよね。」と、強い口調で関係機関との事前打ち合わせ や協力が必要であることをお話しされました。そして、言及されたことは、ある家族信託 の書籍の執筆者にお聞きされたそうです。 「先生は何回、家族信託を実行されましたか」と、 返答は「あちこちの家族信託の書籍を寄せ集めて書きました。」これが、家族信託に関する 書籍や一般の研修講師の実態ではないかなと言われました。その講師は家族信託について の実務上の知識は十分に持ち合わせておられたように感じられました。 本コラムの関係機関との協力体制をどうするかということに関しては、一般的には殆どと 言っていいほど触れられていません。 今や、家族信託についてはブームです。特にハウスメーカー主催の家族信託の研修は花盛 りです。委託者に意思能力があるうちに不動産を信託財産にして相続人が自由に不動産活 用をすることができるようにすることが狙いではないでしょうか。このように、実務上解 決すべきことや、委託者の意思能力及び金融機関その他の機関との協力関係の構築なしに、 家族信託をお勧めしているというのが現状ではないかとも思えて仕方がありません。 最近、家族信託に関する書籍を購読しました。しながら、その書籍には家族信託設計上の 要である本コラムのテーマである関係機関との連携や協力に関しては、全てパススルーし 2 てありましたが、他の家族信託の書籍よりは少しは高度なものがあるとは感じていました。 しかしながら、 「銀行との協力は得ています。 」とか、「委託者の意思能力に関しては問題あ りませんでした。 」と、家族信託設計及び実務上の前提の法的要件事実や事実認定に関する 前提問題はすべて解決されているということでの家族信託に関する書籍ではなかったかな あと感じました。 話は異なりますが、税理士試験の計算問題では、提供された事実の内容を法的判断する上 での「法的要件事実」 「事実認定」は一切考えなくて良いような問題になっています。すな わち、「すべて民法上の問題は解決済みであるから、提供した資料のみで答えなさい。」こ れとよく似た書籍ではないかなとも思えました。 これでは、浅学の筆者にとっては実務上参考にすることはできそうにもありません。書籍 のタイトルには「手引書」と謳ってありました。浅学の筆者は自ら研究することなく直ぐ 「手引書」に頼る癖がありますので、この書籍は実務に役立と勘違いしていました。 堀税理士も書かれているように、書籍世界においても「家族信託」に関する本は、多く出 版されていますが、残念ながら多くの書籍の内容は、似たり寄ったりであり、契約書作成 テクニック解説書と言った方が良いのではないかと思えます(すべての書籍を言っている のではありません) 。各書籍の筆者の皆さんは、様々な文献を調べたりして、大変な思いを されたものと感じます。 (私もこのコラムを書くのには、それなりに時間がかかっています から、少しは理解できます) 筆者の皆さんには、折角の努力に対して、大変申し訳ないのですが、実務では契約書の作 成よりも、重要なのは委託者の真意の見極めと、関係機関との協調が必要なのだと思いま す。 前回の堀税理士の感想を、再度記載するのは、私も全く同感ですし、皆さんにさらに深く 読んでいただき、考えていただきたいと思ったからです。 我々は誰のために、何のために「家族信託」をやっているのか。 Ⅲ 金融世界の家族信託 前回のコラムで、 「家族信託」では金融機関とのかかわりは大切だと書きました。最近、 金融機関の方と話をする機会がありましたので、ご紹介したいと思います。 ①全国の金融機関で、 「家族信託」に対して積極的なところはない 「関東のある銀行が積極的にやっているとのことを聞いているが、他に取り組みの姿勢 を持っているところは聞いたことがない」とのことでした。深くは聞けませんでしたが、 いくつかの要因は考えられます。 ・金融機関としてのメリットが少ない 信託銀行などは別として、一般金融機関は認可の問題で、 「家族信託」による収益メリ ットを見出せないのではないかと思います。 ・デメリットは多いと考えられる ⅰ。信託発効前に抵当権設定をしていた場合、信託財産として組み込まれた物件を、 抵当権実行するには、現時点での判例がないため、充分な担保とは考えにくい。 ⅱ.信託発効後であれば、倒産隔離機能により、さらに担保評価が出来なくなる。 3 ⅲ.受託者名義の預金口座からの引き出し時、委託者または受益者からの指示を確認 できないため、管理責任を追及される可能性がある。 ⅳ.その他 ・全金融機関統一の考え方として、トラブルがない限り、積極的に家族信託への対応は しないと考えられる。対応するとしても、裁判にでもならなければ動く事はできない と思われる。なぜなら、銀行協会のガイドラインがない状態で、個別の銀行がやった ことは、銀行自身が責任を取らなければならないため、一歩を踏み出すことはできな い。 ・信託法に関する判例がほとんどないため、確定した法律と考えにくいのにかかわらず、 「家族信託」は財産をあつかうため、トラブルに発展しやすいと考えている。 ②各支店での対応はせず、個別に本店扱いでの対応とする。 各金融機関は、本店での研究を始めたばかりというところがほとんどで、支店では「家 族信託」に関する問い合わせや相談は、全て本店での対応とするとなっているとのこと です。つまり、私がこれまで、しかたなくやってきたような手法から、金融機関として 一歩も前に進んでいないということです。できれば金融資産を信託財産にしてほしくは ないとの考えでもあるようです。 しかし、現実において「家族信託」は、ブームになりつつあります。このような現状で あっても動けないのが金融機関なのだと考えます。確かに、大切な預金者の資金を守るこ とと、そこから得られる収益が重要であり、これまでになかった、新しい形態については、 静観するしかないのが金融機関なのだと思います。これは、金融機関の与えられた使命を 考えれば当然なのかもしれません。 では、どのような手法を用いればよいのかは、個別のケースで大きく異なります。委託 者の要望や受託の方法や受託者の管理方法など、個別に事情が違いますので、一般的に述 べることはできません。私も多くの「家族信託」に関わらせていただきましたが、現預金 や有価証券などの取扱い方法は、大きな悩みとなります。しかし、信託財産が不動産資産 を中心としたものである場合などは、委託者が自己資金からでも負担しない限り、信託財 産に現預金が必要になります。このようなケースで、どのような対応をしていくのかは、 それぞれ担当する方によっても違うものと思われます。そして委託者の考え方で違ってき ます。だからこそ、委託者をはじめとする関係者に「家族信託」を正しく理解してもらい、 本当の考え方を引き出していかなければなりません。 今回は、様々なところで、ブームになりつつあるものの、その危うさについてお話させ ていただきました。予定を変更して、このテーマにしたのは、 「家族信託」は確かにビジネ スとしても成り立ちますが、決して割に合うものではないし、常に状況の変化や環境の変 化に対応しなければないし、それらを怠れば大きな責任を負わされる可能性があると思え るからです。今後、諸外国のような「信託」の発達は、日本では考えにくいと思います。 しかし、 「家族信託」は大きな可能性を秘めたツールだと思います。 このツールを正しく使って、委託者の家族への想いを実現していければと考えます。 4 次回は、新たなビジネスモデルとしての「家族信託」例をご紹介する予定です。 by T.Senoo (文責:家族信託研究所 妹尾哲也) 本コラムの内容は筆者独自に開発したものであり、筆者の許可なく他への登載、利用及び 読者がこのコラムを基に公的機関に対する登録上の記載を禁止致します。 5
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