′θ」a2ゴ . J― REBT NEWSvoL6 屁 ψ ′″θsθ ∠ ssο 蒻 ″あ ″ 発行 : &″ a2′ ノEmO優聡 日本人生哲学感情 心理学会 〒156‐ 0043 東京都世 田谷 区松原 特集 : BJb′ 7」 i49r■ b`現 写yⅣ 7″S 6‐ 39‐ 15ハ ウス梅 ヶ丘 102号 Tel.o3‐ 5376‐ 9323 学会 の名称変更 当学会 の名称 が 、昨年 の総会 (2009年 6月 )を 経 て 、以前 まで使用 してきま した 「日本論理療法学 会」 か ら、「 日本人生哲学感情心理学会」 に変更 にな りま したし 以下 は、昨年 の総会 に参加 された方 か らのお便 りです。 : 日本論理療法学会 の名称変更 につい て 鍛冶 茂 :■ (何 のために、何 をす るのか 、「名 は体 を表 してい る」 のか ? ご承知 の通 り、当学会 は、アル バ ー ト・ エ リスの治療哲学 に基 づい た療法 を根付 かせ える、 研究 を行 う、社会貢献 をす る、等 を主眼に活動 を してきま した。設 立か ら 13年 経過 した こと に鑑 み振 り返 つてみ る こ とも大切 な ことと考 えます。 1.哲 学 とは ? なかなか ピン と来 る言 葉 ではあ りませ ん。哲学 とい う言葉 の始ま りは、次 の通 りです。 (1)紀 元前 6世 紀古代 ギ リシ ャのイオ ニ アで哲学 の言葉 を使 い始 めた (2)日 本 では西 周 が 明治初期 に訳語 として哲学 を 「道理 を探求す る学」 との意味 か ら始ま る 2。 私 の哲学 理解 「そ の ものの本来 の あ り方 へ の問 い」 である、 と考 えます。 従 つて 「哲学 とは何 か」 と問 うことそれ 自身 が哲学 であ り、問 い続 ける ことこそが哲学 の本 質 だ と言 えます。 「自己 とは何 か」常 にそ の ことを問 う姿勢 を持 ち続 ける ことこそ肝要 であ り、答 えはそれぞ れが生涯 をか けて 見出す べ き ものです。 3.ア ル バー ト・エ リスの REBT哲 学 の根拠 (1)「 理性 感情 行動療法」 (ア ル バ ー ト・エ リス著 野 口京子 訳)初 版 の序 xxi抜 粋 私 は、REBTを 哲学者 たちの考 え方か ら開発 して発展 させ た。そ して混 乱 した感 情や 行動 を本 当に変 えて維持 したいな らば、基本的 な態度や核 心 の哲学 を変容 しな けれ ばな らない と信 じた。 混乱 した思 考 を作 り出す よ うな無意識や不快評価 があることに気が付 いた。 (2)「 論理療法 トレー ニ ング」 2ペ ージ抜粋 REBTは 、哲学 をベ ース として発展 してきたため、 ほか の心理療法理論 よ りも哲学的 な要素が強 く積極的 にそれ を取 り入れてい る と言 えるで しょ う。 事実、アル バー ト・ エ リス は、紀元 1世 紀 のス トア派 の学者 エ ピクテー トスの言葉 を理 論 の基本理念 として い ます。 「人 は もの ご とによつて混乱 させ られ るのではな く、そ の受 け取 り方 によって混乱す る ので ある。」 混乱 を引き起 こす の は、多 くの場合私達 の ものの見方、評価や価値体系 ― 個人哲学 の要素 な のです。 4.REBTの セル フヘ ルプ フォームの哲学 の位置 づ け 曖昧 な社会 の 中で 自分 が作 り上 げた 「基準 」 を尺度 に して流 されて い る現代人 と仮定 し てみ る と、正 に 「自分 を問 い直す」学 として REBTこ そ本 質 を説 いて い ます。 A】 きっかけとなつた出来事 【 IBI自 分の人生を自滅 【 へ促進 させる考え IC】 D】 本 当にそ うなのか 【 論理的か その人の哲学を反映した感情・行動 E】 効果的な新 しい 【 哲学 経験的に現実 と一致 か E】 効果 【 健康的な感情 建設 的 な行 動 実利的か ○ デカル ト「我思 うゆ えに我 あ り」 ○ ソク ラテ ス 「問答法」、「汝 、 自身 を知れ」 〇 哲学 が変 われ ば、感 情 も代 わ り行動 も変わ る。定着 させ るには本人 の努力 が必 要、 と エ リス は説 く。 5.REBTの 実践 か ら哲学 の標記 を主張す る 11年 間 の臨床経験 か らクライ エ ン トの多 くはイ ラシ ョナル ビ リーフ 13項 目の第 1番 目 「私 は上手 く、 しか もとて も上 手 く しなけれ ばな らな い」 を信 じて苦 しんで い るので した。 私 は何故 な のか と考 え続 けま した。 首都大学東京 での講義 (講 師 :小 柳美代子 氏)に て 、 1 つ分 かつた の は次 の よ うな ことです。 ア リス トテ レス は、人間 の本質 を 「社会的動物」 と定義 した。人間 のみ が 自らを 「社会」 と言 うことか ら考 え、「社会」 を通 じて 自己の あ り方 を 自ら規定 してい る。 だがその 「社会・ 世界」 の真 の姿 は、 自ら 「間」 うことな くしては見 えてきに くい。 ○人間は 「社会的 である」 と言 うことを本質的 とす る ○ 「社会 の 中で 自分 が どの よ うであるか」 とい う「基準」 で 自分 を考 える生 き物 ○ 「何 が善 な のか」価値 基準は、相対的なもので ある。 ○ 「社会」 と言 う概念 自身 が実 は曖味 なものだ。 この曖味な 「社会」の 中で誰 で もな い 「ひ と」 と自分 を比 べ てそれ によつて表面的 「自分」 と言 うもの を背負 い流 されて い るのが現代人 だか らこそ、 自分 を問 い直す 「哲学」 が重 要 な要素である と言 い た い。 人 は、そ の時代 の変化 の影響 を受 けそれ に対応 しなが ら生き ざるをえませ ん。だか らこそ ‐ 2‐ : 「自ら問 い直 し」続 ける こ とが大切だ、 と言 えます。 6.時 代 の変化 に対応す る必然性 ものの見方、評価や価値体系や個人哲学 の要素 は、絶対的普遍的 な ものでは ない 、 と言 え ます。そ して、社会 も世界 も変化 し続 けるもの な のです。 7.人 生哲学感情 心理 学会 では如何 ? そ の妥 当性 は次 の通 りです。 (1)REBTは 、そ の人 の 「人生哲学」 を 「問 い直す」学問 ともい える 「ABC」 理論 の核 を なす。 (2)REBTは 、 日常生活 の 中で活用できるもの、 よ り良い人 生 を楽 しめる。 (3)REBTは 、時代 の変化 に対応 して生きて い る。 (RT→ 1955∼ RET→ 1993∼ REBTl (O REBTを 普及 させ るために 日本 の 「歴史、文化、伝統」 に受 け入れ られ るよ う追加・補 足な どして 良いのでは と思 う。 (5)一 般 の不 当な誤解 を予防す るためにも変更す る必要 あ り。 (ア )論 理療法 は 、理屈 つぱい (イ )論 理療法は、押 し付 ける (ウ )論 理療法は、難 しい ■ま とめ 「人は、楽観主義 を実践 し生き延び る」こ とを教 えま した。 アル バ ー ト・エ リスの人 生哲学 は、 REBTの 教 えは、時代 を生 き抜 くには、 日本 にお いて 「自己 の哲学 を問 い なおす」 ことだ と読 み取れ ます。従 って名称 は、「 日本人生哲学感情心理学会」 と提案 します。 ‐ 3‐ REB丁 に学ぶ .2 人 生 哲学 と感 情 と心理学 隆 過 日、 ご存 じの よ うに総会 を経 て本学会 が 、 日本人生哲学感情 心理 学会 と名称変更 されま し た。 この世界 に一石 を投 じるイ ンパ ク トの ある学会名 として、まず は生まれ変わ る宣言 を した ので はないか 、 と歓迎 して い る一 人 です。 さて、本年 3月 シンポジ ウムが 開 かれた折、私 に ご指名 があ り、多少 の意見を述 べ させ てい ただきま した。「論理療法 とい う名称 は、すで にわが 国 ではある程度認知 されて い るだけに、も ったい な い とい う面 があ ります。 しか し、 この際、変 えよ うとい うな らこの機会 に療法 とい う 名称 を変 えて 、今後 どんな人 々 に何 を届 けた いのか を定 めた上で、変 えて も よいのではない か」 とい う趣 旨の ことを、五分程度 で述 べ ま した。 REBTの 学会 につい て は、 まだ学び始 めて 間 もない一生涯学習者 です が 、次 の よ うに私 は考 えています。 一つ には、前述 しま した よ うに本学会 が世 の 中に向かつて何 を発信 し届 けた いかです。それ を端的 に届 くよ うに、学会名 とい う看板 を明示 した方が よい と思 うか らで した。それ は、感情 と人 生哲学 に力点があると考 えます 。 関係 アプ ロー チが林立 してい る状況 の なかで、今後、教 育界や産業界 をは じめ、広 く一般 の方 々 にも啓発活動 を推 し進 めてい く場合、欠 かせ ない事柄 だ と考 えます。感情教育 とい うことばがあ ります。 そ の時 々 に、 自分は今、 どんな感 情 を経験 してい るか の 自己理解 、 これ は健 康教育 の′ 像で も欠 かせ ませ ん。 また、現代 とい う混迷 の時代 に、状況 に流 され な い で生 き抜 くた めに、軸 とす べ く自分 の人生哲学 を探求す る ことも欠 かせ ませ ん。 それ は難 解 さを伴 ったイ メー ジ を抱 く 「哲学」 ではな く、一人 ひ とりが生 きる知恵 を 模 索 し探求す るとい う意味 での人 生哲学 です。 生涯学習 をモ ッ トー に生 きる私 には、な じみ易 いネ ー ミングで あ り、い わゆる哲学 に親 じめる許可 を得た気 が してい るところです。 二つ 日は、人 生哲学感情療 法学会ではな く、人生哲学感情 心理 学会 とした命名 がいい。 これ によ り、療法 とい う特定 のセ ラ ピス トを養成す るイ メー ジではな く、広 く心理学 とい う形 で 自 己理 解や他者 理解 を促 し、 よ りよい生 き方や人間形成 に関 わ る集 いで ある ことを連想す ると思 うか らです 。現代 に生 きる私たちは、 いわ ゆるカ ウンセ リング関係 か らの知見 を人間関係や生 きる指針 に求 めてい ると思 うだ けに、何 として も育 てたい研究 と実践領域 である と考 えます。 ところで 、 か つ てボ ス トンで 開催 され た内的 コ ン トロール 心理 学 の集 い (1999年 )に 、 アル バー ト・ エ リス と選択理論 の提唱者 グラ ッサー とが招 かれた よ うです。私 は この内的 コン トロール に大 きな関心 を寄せて の本学会へ の入会で した。巻 には、人 々の期待 に答 えよ うと「相 :手 を変 えよ うとす る心理学」 が溢れています。そ の点で REBTは 、 自らの人生哲学 のい わば :体 質改善 に主眼 をお き、 自らの在 り方 を探求す る ことに ある と考 えます。 : 著書 「論理療法 トレー ニ ング」 には、 3つ の心理的機能、す なわち思考 と感 情 と行動 の 3つ :の 機能 を取 り上 げて い ます。そ の意味 で REBTは 、内 な る思考や感情や行動 を整 える心理 学 :で もある と考 えます。 : ともあれ 、私 は 「人 生哲学」 を手掛か りに学び を深 めて い きた い と願 う昨今 です。 ‐ 4‐ 論理療法 に導 かれて 上岡 靖之 論理療法 を知 った の は、平成 8年 、保護観察官 にな って最初 に受 けた研修 の際 で した。研修 所 の教官 が数 ある心理療法 を羅列的 に紹介す る中で、論理療法 に触れた のは 5分 となか った と 思 い ますが、「・・・ ねばな らない」 と 「・ 0。 であって欲 しい」 とい う認知 の違 いが もた らす ものの説 明 があ り、それが私 の心に ピン と来た のです。そ の 日の帰途 に早速 、東京駅近 くの人 重洲 ブ ックセ ンター に寄 り、当時 は論理療法関係 の本 はまだ数冊 しか 出てい なか った のです が 、 エ リス とハー パ ー の共著 の邦訳『 論理療法』 を買い、臨床心理学 の専門書 に生まれて初 めて読 み耽 つたので した。 心 に ピン と来た の には、 自分 自身 に物事 を絶対的 に考 える傾 向が強かった ことや、犯罪者 を 扱 う仕事 の 中で怒 りや不安や欲求不満低耐性 の問題解決 が要請 された こと、 さらには もともと 自分 が西洋 哲学 を専攻 していて エ リスの言 い たい ことに親 しみや す かつた ことが 、大 き く影響 していた と思います。 そ の後 の 7、 8年 は、新たに出版 され る論理療法関係 の本 を 自力 で読み重ね て 、仕事 の処遇 に 適用 しよ うとして 、 うま くいか なか った ことも何回 もあ りま した。 そ うす る うちに今度 は、臨 床心理学全般 に関す る興味が高ま り、今か ら 6年 ほ ど前 に心理 の通信制 の大学 院 に入学 したの です が 、そ の教授 か ら 「自分 が専門 に しよ うとす る学派 の学会 に加入 しな さい」 との指導 があ り、論理療法学会 にめ ぐり会 うことにな りま した。 今 では大 学院 も修 了 し、当初 は遥 か彼方 にある遠 い 目標 だ つた論理療法 士の資格 もいただけ た のです が、現在 で も休 日や空 いた時間 のか な り多 くを、遅れ て学 び始 めた心理臨床 の勉強に 充 て る生活 を送 ってい ます 。 そ して こ うした今 の状態 は、そ もそ も論理療法 に出会 わなければ 決 してなか った もので あ り、内面的にも生活面で も人生 を論理療法 に導かれて い るよ うに思 っ ています。 最近、久 々 に『 論理療法』 を読み返 しています が 、エ リスの思想 が 単なるプ ラス思考や ハ ウ ツーではな く、本 当の意味 で 「人間 を生かす思想」であ り、「人間 の存在価値 を尊重す る思想」 であることを、あ らためて強 く感 じさせ られ てい ます。 今後 の 自分 の課題 としては、論 理療法 の非行 ・ 犯罪臨床 へ の適用 (犯 罪者 の認知 の整理、 ア セス メ ン トツール と処遇 技法 の開発 )と 、哲学 と論理療法 の関係性 の整理 (現 代思想 における 位置 づ けも含 めて)を 、次 の長 い先 の 目標 に しよ うと考 えてい るところです。 REBTの 哲学 か ら学ぶ こと 荒井 城 太郎 “ 哲学的要素"を 重視す るとい う特徴 があ ります。REBTの 哲学 にもい ろい ろあ り ます が,現 在私 が特 に大事 に してい るのが 「生き抜 くことと楽 しむ こと」 です。 で も実は,こ REBTは れ が 自分 に とつて大事 だな と感 じるよ うにな ったのは,心 理療法 の仕事 を始 めるよ うになって か らで した。 まだ駆 け出 しのセ ラ ピス トである私 は失敗 も多 く,ま た心理療法 の仕事 は精神 的 にも大変な ところがあ り「ほん とに 自分 は この仕事 に向いてい るんだ ろ うか,続 けてい けるん だろ うか … ?」 な どとよく悩 んだ ものです (今 も ?)。 そんな とき「生き抜 くことと楽 しむ こと」 とい う REBTの 哲学 は,セ ラ ピス トとして の 自分 の支 えにな る信念 で した し,そ うい った姿勢 ‐ 5‐ が否定的 な感情 の惑乱 を軽減 して くれ るもので もあ りま した。 また ,セ ラ ピス ト・ クライエ ン ト共 に様 々 な思考・ 感情 。行動 が生 じる面接場面 にお いて,セ ラ ピス トとクライ エ ン トがその 関係性 を 「生 き抜 くこと」 そ して 「楽 しむ こと」 が重要 な ので はないか と考 えるよ うにな った の も REBTの 哲学 を学んだ ことが きっか けで した。現在 はそれ を どの よ うに実践 してい くか と い うのが私 のテー マ にな ってい るのです が,改 めて REBTの 哲学 か ら学ぶ ことがた くさんある と感 じてい るところです。 昨年 3月 以 降に入会 され た方 、退会 された方 ∼ ∼ 昨年 (2009年 )3月 以降 に本学会 に入会 され た方 、退会 され た方 は次 の通 りです。 (敬 称略) ■入会 され た方 絵里花 井上 徹 須永 敏江 鈴木 隆夫 荒木 光 高橋 寺前 友美 猪上 竜剣 西部 愛 小松 明美 山之 内 松本 拓弥 井戸 晴美 佐 々本 三羽 敦子 仲川 欣臣 原田 久 山 口 能成 鈴木 稔 安達 麻衣子 田村 高 田 晃一 吉澤 和之 愛梨 孝治 遠藤 貴子 南 久美子 酒井 節子 頼木 康弘 荒木 完途 矢崎 由美 玉置 和彦 上田 和己 中村 文昭 裕子 佐野 太一 瀬越 昌弘 石田 日富美 石 田 優輝 中尾 美 由紀 岩山 孝幸 斉藤 正志 青木 昭宏 小暮 沢宮 容子 平田 幸裕 中島 隆晴 長谷川 中村 嘉弘 小杉 さつ き 豊 麻里 イヽ 山 誠 ■退会 され た方 ` 津 田 芳伸 小沼 宏輔 西沢 晃一 糸賀 裕子 山崎 利子 堀 口 康太 秋田 幸子 浅井 定雄 足立 和宏 荒木 明彦 石川 竹一 井上 学 宇 田川 昌弘 内山 貴美子 宇野 智 江原 勝久 遠藤 謡子 遠藤 友紀恵 大西 雅人 金丸 隆太 川邊 美香 久保 武史 久保木 小島 明浩 小林 淳二 佐久間 田中 貴世 田邊 西り││ けい子 福治 増澤 香代 久保 田 明子 要子 多菊 敏幸 田嶋 真広 敬子 津 田 勝義 土屋 万葉 夏山 直道 橋本 竹雄 樋 口 美香 飛 田 和彦 平坂 ま り子 康秀 藤井 洋武 伏屋 直也 三澤 美砂紀 南 1物 江 嘉奈 柳田 貴恵 山野 ☆☆ 編集後記 研人 関根 弓子 古谷 南 淳 恵美子 若林 謙宗 星 山 裕子 美樹 宮本 智子 友 綿引 寿志 ☆☆ 新 しい 学会名 称 で の初 の ニ ュー ス レター を漸 く発行す る こ とがで きま した。 ご協力 い ただ い た 方 々 にはあ りが と うございま した。 また、発行 が遅れ ま した ことこの場 をお借 りしてお詫 び 申 し上 げます。 最後 にな りま したが 、 ニ ュー ス レター に関す る投稿や ご意 見 な どござい ま した ら、広報宛 ←ebLnewsoyahoo.cojp)に ご連絡 ください。 ‐ 6‐
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