ビブリオ・バルニフィカスに良く似たエロモナス感染症 ビブリオ・バルニフィカス(Vibrio vulnificus)が汽水域に生息し肝疾患を有する患者さ んに致死的な四肢軟部組織感染症をおこすことを以前報告しましたが1)、良く似た感染症に エロモナス・ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila)感染症があります。両者の違いは どこにあるのでしょうか? エロモナス・ハイドロフィラはグラム陰性の通性嫌気性桿菌で、ビブリオ・バルニフィ カスが海水~汽水域に生息しているのに比し、エロモナスは主に淡水に生息していますが、 汽水域にも存在しています。エロモナス・ハイドロフィラは河川、湖沼、道路の水たまり、 開発途上国の水道など私たちの周辺には普遍的に存在する細菌です。本菌感染症の発生は、 それら自然環境の本菌による汚染が起きた時に発生します。菌の増殖が活発な夏期に多い です。一般的には軽い感染性下痢症としての発生が多く、集団下痢症の事例はありません が、疫学的証拠から本菌は下痢症の原因菌として広く認められています2)。症例のほとんど は散発例で、小児や 50 才以上の成人に多く発生するのが特徴的です。平均 12 時間の潜伏 期の後、多くは軽症の水様性下痢や腹痛を主訴として発症し、通常、発熱はあっても軽度 で、1 ~3 日で回復します。成人には、無症候性の保菌者がいることが知られ、便からエロ モナスが検出されても必ずしも病原菌とは言えませんが、便からエロモナスの検出された 成人の 16%に内視鏡的に大腸炎の所見が得られたという報告もあり3)、弱毒菌ではあって も一部の人に感染性胃腸炎を起こすことは間違いなさそうです3)。しかし、下痢が長期間(数 週間に及ぶこともある)持続する患者では潰瘍性大腸炎に類似する状態を起こすこともあ り、内視鏡的にも鑑別を要する症例もあります3)。 エロモナス・ハイドロフィラが臨床上問題になるのは腸管外感染症であり,軟部組織感 染、骨髄炎、髄膜炎、腹膜炎、敗血症、肺炎などの報告があります。特に問題になるのは 急速に進行する壊死性軟部組織感染症でビブリオ・バルニフィカス感染症とほとんど同様 な臨床経過・所見となります4)。 下地らは5)エアロモナス 属菌の腸管外感染症 171 症例の基礎的解析を行いました。そ の結果、死亡例 21 例、劇症型の症例 5 例、壊死性疾患 4 例(うち壊死性軟部組織感染症 1 例)で、臨床診断名は肝胆膵系の疾患,敗血症、誤嚥性肺炎、膿瘍・創傷感染,壊死性 軟部組織感染などビブリオ・バルニフィカス感染症より多岐にわたる傾向がありました。 その原因はエロモナスが私たちの周囲に普遍的に存在し、かつ健康保菌者がいることが原 因と考えられました。そのかわり予後はエアロモナス感染のほうがやや良いと思われまし た。患者の平均年齢は 73.3 歳で 60 歳以上が 86.0%でした。基礎疾患では肝胆膵系の疾患 の他に糖尿病、悪性腫瘍など免疫状態の低下を招くようなものが高率に認められていまし た。 治療薬はエロモナス・ハイドロフィラはビブリオ・バルニフィカスと異なりβ―ラクタ マーゼを分泌するため薬剤耐性が多く、フルオロキノロン、第 3 世代セフェムが使用され ます。一部にはカルバペネマーゼを分泌し IPM/CLS にも耐性を示す菌があるようです6)。 本菌は私たちの周囲に普遍的に存在する細菌であるため常に曝露されています。そのた め外傷をうけて傷口に侵入すると化膿創となり6)、また河川や湖沼で溺水すると本菌で肺炎 を起こすことがあり7)、水分を含んだ物質からの感染症には本菌を念頭におく必要があり、 抵抗力のないひとの感染性下痢症の原因ともなりえます。そのため本菌の感染予防は通常 の細菌感染予防策で良いと思われますが、免疫不全のかたや肝疾患を有する人には壊死性 軟部組織感染症をおこし致死的となりビブリオ・バルニフィカス感染症と同様な経過をた どり、両菌は有効とされる抗生剤が若干異なるため、重症の壊死性皮膚科感染症を診たと きには病変部のグラム染色を行いできるだけ病原診断をおこなうことが望まれます。 平成27年9月12日 参考文献 1 ) 夏に増加するビブリオ・バルニフィカス感染症 http://www.nobuokakai.ecnet.jp/nakagawa99.pdf 2 )小早川 義貴ら:リアルタイム PCR を用いた Aeromonas hydrophila 壊死性軟部組織 感染症の迅速診断 . 感染症誌 2009 ; 83 ; 673 – 678 . 3 )阪上 順一ら:免疫学的便潜血反応陽性の二次検査で発見された無症候性エロモナス腸 炎の一例 . J Gastroent Cancer Sc 2008 ; 4 ; 490 -493 . 4 ) 鈴村 和ら:胆嚢癌術後に発症した肝膿瘍を伴う劇症 Aeromonas hydrophila 敗血症の 1 例 . 胆道 2012 ; 26 ; 219 – 223 . 2015 ; 64 ; 2015 ; 295 – 301 . 6 )後藤 亜江子ら:都市部汚水曝露が原因となった Aeromonas hydrophila による皮膚 軟部組織感染症の 1 例 . 日本臨床微生物学雑誌 2013 ; 23 ; 102 – 105 . 7 ) 本田 真広ら:河川水誤嚥による劇症型 Aeromonas hydrophila 肺炎の一救命例 . 日救急医会誌 2014 ; 25: 717 – 722 .
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