20世紀北朝鮮における土地利用・被覆変化

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20 世紀北朝鮮における土地利用・被覆変化
―平壌周辺 200km 四方を対象とするパイロット・サーベイ―
金
哲
岡山大学自然科学研究科
Land-use/cover Change of North Korea in 20 Century
- A Pilot Survey of 200km×200km Area around Pyongyang KIM, Doo-Chul
Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University
Abstract : This study aims to clarify the land use and land cover changes in North Korea during the 20 t h
century, using the GIS. As a pilot survey, the study area was selected as the 200 Km square including
Pyongyang, the capital city of North Korea. For an analysis, two types of maps were used, in the 1910s and
the 1980s respectively. The types of land use were divided into 34 in the 1910s and 26 in the 1980, and they
were recollected for a comparative analysis. As a result, forests have been reduced at a wide range, most of
which changed to dry fields. Paddy fields have increased in the west coast areas, in which land reclamation
was witnessed at a large scale.
Keywords:land use, cover changes, GIS, forests, reclamation, North Korea
1.はじめに
本 研 究 は 、 G I S を 用 い て 北 朝 鮮 の 首 都 で あ る 平 壌 周 辺 200km を対象に、 20 世 紀 に お け る 土 地 利
用 ・ 被 覆 変 化 を 分 析 し た も の で あ る 。 今 回 の パ イ ロ ッ ト ・ サ ー ベ イ の 対 象 で あ る 平 壌 周 辺 200km の地
域は、戦後大規模の干拓や水田開発により、北朝鮮の中でもっとも土地利用・被覆変化が著しい地域
であり、パイロット分析にもっとも適していると言える。また、本研究に使用した資料は朝鮮総督府
が 作 成 し た 1910 年 代 の 地 形 図 ( い わ ゆ る 第 3 次 基 本 図 ) お よ び 旧 ソ 連 が つ く っ た 1980 年 代 の 地 形 図
( い ず れ も 1:50,000) で あ る が 、 座 標 体 系 は い ず れ も 1942 年 に 作 成 さ れ た も の に 基 づ い て お り 、 1 枚
の地形図に収録されている範囲も一致しているので、容易に2時点での比較ができる。今まで北朝鮮
の土地利用変化に関するデータは皆無に等しかったが、ソ連の崩壊に伴い旧ソ連軍作成の地形図が
1997 年 に 韓 国 で 発 行 さ れ 、 よ う や く 今 世 紀 に お け る 北 朝 鮮 の 土 地 利 用 ・ 被 覆 変 化 の 研 究 が 可 能 と な っ
た。周知のように北朝鮮地域は、20 世 紀 に 入り 、植民地時代の工業開発、朝鮮戦争による国土の破壊、
社会主義体制下の国土再編など激変の時代を経験しており、それに伴う土地利用・被覆変化にも著し
いものがあると考えられる。
土地利用の分類は、まず農業的土地利用、森林、都市的土地利用、海域、その他の5つのカテゴリ
ー に 分 け 、 さ ら に 1910 年 代 に お い て は 34 種 類 、1980 年 代 に お い て は 26 種 類 に 細 分 し た 。 し か し 土
地利用変化の分析に際しては、2時点での土地利用の分類基準が異なるため、水田、畑とその他の農
業 的 土 地 利 用 、 森 林 、 都 市 的 土 地 利 用 、 そ の 他 、 海 域 の 6 種 類 に 再 分 類 して 検 討 を 行 っ た 。 な お 、 考
察に際しては北朝鮮における環境問題と近年の食糧問題に注目し、森林面積の減少と干拓による干潟
の減少および水田の分布等を重点的に検討した。
人口データさえ公表されていない北朝鮮において、今世紀に発生した土地利用・被覆変化を解明す
ることは、東アジアの一角を占めている北朝鮮地域の社会変動をも覗かせ得る糸口を提供するものと
考える。
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2.研究方法
2.1 作業の手順
平 壌 周 辺 約 200km 四 方 を 対 象 に 各 年 度 の 土 地 利 用 ラ ス タ ー デ ー タ を 作 成 し た が 、 土 地 利 用 の 判 読 は
後 で 示 す 各 年 度 の 土 地 利 用 分 類 に 基 づ き 、緯 度 経 度 1 5 秒 x 2 2 .5 秒 間 隔 ( 地 上 距 離 で 約 5 0 0 m 四
方に相当)のグリッド上の交差点を用い、そこでの土地利用状況を読み取る方法で行った。具体的な
作成手順は以下の通りである。
①
格子点データシートの作成
地理情報システム ARC/INFO において緯度経度 1 分x1.5 分間隔のグリッドを作成し、元地図の
投影法に基づいて投影する。そしてこれを高品位トレーシングペーパーに、元地図と同縮尺で、
図幅ごとにプロットアウトする。
②
格子点の土地利用読み取り
格子点データシートを地図上にかぶせ、後述の土地利用分類基準に基づき認定し、
データを格子点データシートに書きこむ。
③
テキストファイルの作成
格子点データシートのデータをスプレッドシートに入力し、テキストファイルを
作成する。
④
500m 四方ラスターデータ作成
テキストファイルを ARC/INFO の GRID 形式に変換し、各図幅ごとのファイル
を対象地域全体について統合する。
⑤
6分類土地利用への再分類
上 記 ④ で 作 成 さ れ た 5 0 0 m 四 方 ラ ス タ ー デ ー タ を 、水 田 、畑 と そ の 他 の 農 業 的 土 地 利 用 、森 林 、
都市的土地利用、その他、海域の6種類に集計し再分類する。
⑥
2時点での分析と主題図の作成
⑦
北朝鮮の行政区域レイヤーの作成と重ね合わせ
韓 国 の 中 央 地 図 文 化 社 が 1992 年 に 発 行 し た 『 最 新 北 韓 地 域 図 』 を 元 に 、ARC/INFO を 用 い て 北 朝
鮮の行政区域レイヤーを作成し、投影法の変換を施した後、それぞれのレイヤーと重ね合わせ、
各年度の土地利用図と主題図を完成する。
2.2 土地利用区分と土地利用認定基準
北朝鮮地域の土地利用区分は、大きく農業的土地利用、森林、都市的土地利用、その他、海域の5
つ に 分 か れ 、 そ れ ぞ れ の 利 用 区 分 は さ ら に 細 分 化 さ れ 、1910 年 代 は 計 3 4 分 類 に 、1980 年 代 は 計 2 6
分類に区分される。本研究で使用した土地利用区分の名称とコード番号および6分類との関係は下記
の表の通りである。
た だ し 、 6 分 類 は 水 田 (10)、 畑 と そ の 他 の 農 業 的 土 地 利 用 (20)、 森 林(30)、 都 市 的 土 地 利 用(50)、そ
の他(70)、海域(80)である。
3.分析と考察
Table-1 の 土 地 利 用 区 分 に 基 づ き 作 成 し た 5 0 0 m 四 方 ラ ス タ ー デ ー タ を 、 水 田 、 畑 と そ の 他 の 農 業
的 土 地 利 用 、 森 林 、 都 市 的 土 地 利 用 、 そ の 他 、 海 域 の 6 種 類 に 再 分 類 し て 作 成 し た 北朝 鮮 の 土 地 利 用
図を Fig. -1(1910 年代) お よ び Fig. -2(1980 年代)に 示 す 。こ の 2 時 点 に お け る 対 象 地 域 の 土 地 利 用 変 化 を
概観すると次のようなことが言えよう。第一に、全般的に森林が著しく減少した。とりわけ、黄海南
道の内陸一帯と黄海北道西北部の森林地域で大きく減少したが、前者には水田に転用された地域も少
なからず含まれている反面、後者のほとんどは畑とその他の農業的土地利用へと変わっている。第二
に、1980 年 代 に は 平 安 南 道 温 泉 郡 お よ び 甑 山 郡 一 帯 の 海 岸 地 域 と 大 同 江 下 流 地 域 に 大 規 模 の 区 画 整 理
水田が現れるが、これはこの地域における大規模の干拓事業の結果であると推察される。第三に、都
3
市 的 土 地 利 用 の 拡 大 は 平 壌 を 除 け ば そ れ ほ ど 明 瞭 で は な い 。 し か し 、1980 年 代 に は 農 地 の 新 規 開 拓 が
活発に行われた地域を中心に中小規模の都市がバランスよく分布していることがわかる。
Table-1 北朝鮮地域の土地利用区分
1910年代
農業的土地利用
水田1(通常田)
水田2(区画整理水田)
畑または庭地
桑畑
果樹
塩田
葦田
利用その他
森林
広葉樹林
針葉樹林
竹林
荒地
矮松地
未利用自然地
都市的土地利用
家屋・建物
集落
低密度地帯
高密度地帯
採鉱地
都市域内空地・広場
その他
河川
鉄道
等級道路
その他道路
砂礫地(海岸・河岸・湖岸)
泥地
湿地
堰止湖・ダム
自然内陸水界
海域
海域(無地)
海域砂礫地
海域泥地
海域岩地
欠損値
1980年代
農業的土地利用
水田1(通常田)
水田2(区画整理水田)
造林地
畑
果樹園
農村部空白土地利用
森林
森林
都市的土地利用
家屋・建物
集落
低密度地帯
高密度地帯
飛行場
鉱山
都市域内空地・広場
その他
河川
鉄道
道路
砂地
泥地
湿地
堰き止め湖
その他の内陸水界
人工内陸水界
海域
海域
その他
欠損値
code
6分類
11
12
13
14
15
16
17
18
19
10
10
30
20
20
20
70
70
20
31
32
34
35
36
38
39
30
30
30
30
30
30
30
51
52
53
54
56
57
59
70
50
50
50
70
70
50
61
62
65
66
72
73
74
75
76
77
70
70
70
70
70
70
70
70
70
70
78
79
81
82
83
84
99
80
70
80
80
80
80
99
さらに、このような 20 世 紀 の 対 象 地 域 に お け る 土 地 利 用 変 化 を 詳 し く 考 察 す べ く 、 そ れ ぞ れ の 土 地
利 用 に つ い て 主 題 図 を 作 成 し 、 考 察 を 行 っ た 。 す な わ ち 、1910 年 代 の 対 象 地 域 に お け る 森 林 の 状 況 を
植 生 ご と に 表 し た Fig. -3 お よび 1980 年 代 ま で に 森 林 で な く な っ た 地 域 を 1910 年 代 の 植 生 ご と に 表 し
た Fig. -4 を 比 較 し て み る と 、 森 林 の う ち 矮 松 と 荒 地 の 減 少 が 全 般 的 に 著 し い こ と が わ か る 。 こ れ は 矮
松および荒地が集落に近い平坦な地域に多く分布していたことと関連があると考えられる。さらに、
1910 年 代 の 森 林 で あ っ た も の の 1980 年 代 に お け る 土 地 利 用 を 表 し た Fig. -5 を み る と 、 な く な っ た 森
林がどのような土地利用へ変わっているかがわかる。すなわち、森林でなくなった場所のほとんどが
畑 と そ の 他 の 農 業 的 土 地 利 用 へ と 変 わ っ て い る 。 な く な っ た 森 林 の 多く が 集 落 に 近 い 荒 地 お よ び 矮 松
地であることを考え合わせると、果樹園等に転用されたケースが多いと推察される。なお、海岸地域
の森林は水田に変わっているケースも見られるが、それは前述した干拓事業が行われた地域とほぼ一
致する。
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Fig.-1
1910 年代の平壌周辺 200Km 地域における土地利用(6区分)
Fig.-2
1980 年代の平壌周辺 200Km 地域における土地利用(6区分)
5
Fig.-3
Fig.-4
1910 年代の平壌周辺 200Km 地域における森林(植生細分類)
1910 年代―80 年代になくなった森林(1910 年代の植生細分類)
6
Fig.-5
1910 年代の森林の 1980 年代の土地利用
Fig.-6
1910 年代の畑の 1980 年代の土地利用
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Fig.-7
Fig.-8
1980 年代の水田の出現頻度
1980 年代の水田の 1910 年代の土地利用
8
次 に 、1910 年 代 の 畑 と そ の 他 の 農 業 的 土 地 利 用 で あ っ た も の の 1980 年 代 に お け る 土 地 利 用 を 表 し
た Fig. -6 を み る と 、 こ の 分 類 の 土 地 利 用 の 多 く が 海 岸 を 沿 っ て 水 田 に 変 わ っ て い る こ と が わ か る 。 こ
れ は こ れ ら の 地 域 に 広 い 平 野 地 帯 が 展 開 す る と い う 地 形 的 な 要 因 と 関 連 が あ り 、過 去 約 70 年 間 に わ た
っ て 北 朝 鮮 は 平 野部 の 畑 な ど を 灌 漑 事 業 に よ っ て 積 極 的 に 水 田 に 変 え て き た こ と が 窺 え る 。 一 方 、 黄
海北道と江道との道境一帯には畑などから森林に変わったところも確認でき興味深い。
こ の よ う な 土 地 利 用 変 化 の 結 果 、1980 年 代 の 北 朝 鮮 に お け る 代 表 的 な 水 田 地 帯 は Fig. -7 お よ び Fig. -8
に 見 る よ う に 、1910 年 代 に す で に 水 田 地 帯 で あ っ た と こ ろ に 、 集 中 的 な 干 拓 、 灌 漑 を 施 し 、 区 画 整 理
水田へと改良していった、平安南道温泉郡および甑山郡一帯(温泉平野)と大同江下流の沙里院市周
辺 ( 載 寧 平 野 ) お よ び 黄 海 南 道 西 南 部 一 帯 ( 延 白 平 野 ) で あ る こ と が わ かる 。 ま た 、 大 同 江 下 流 の 沙
里 院 市 周 辺 に 見 ら れ る そ の 他 か ら 水 田 へ の 転 用 (Fig. -8)は 、 大 同 江 下 流 地 域 に 広 く 分 布 し た 葦 田 に 灌 漑
を施し大規模の水田開拓を行った結果と言える。
参考文献
1)
『朝鮮半島五万分の一地図集成』
、学生社、
(1981 年発行)
2)
『最新北韓五万分之一地形図』
、景仁文化社(1997 年発行)
3)
『最新北韓地域図』
、中央地図文化社(1992 年発行)