序 近年の分子生物学的手法によって,ヒト腸内細菌叢が大きく解明され,ヒ ト腸内細菌のうち大多数は未知の細菌であることが判明してきた。ヒト腸内 細菌は,約数 100 ∼ 1,000 菌種が,地球総人口以上である約 1014 CFU/g 以上 存在し,そのうち通常の培養法で培養できるのは 20 ∼ 40%であり,嫌気性 菌が約 80%を占めるとされている。近年,臨床検査でも分離可能となって きた穿孔性腹膜炎からの分離頻度が高い嫌気性グラム陰性桿菌である Bilophila wadsworthia は,驚くことにカルバペネム薬をはじめセフェム薬やペニ シリン薬に耐性である。目覚しい医学の進歩にもかかわらず,予後が改善さ れていない外科疾患の1つに大腸穿孔による汎発性腹膜炎があげられる。こ こでは未知の腸内細菌が大きく関与していることが想定され,この方面から の挑戦が必要と考えられる。 多剤耐性菌が医療関連施設を我が物顔で動き回っているが,消毒薬には歯 が立たないようである。消毒薬耐性遺伝子を有する細菌の報告はあるが,い ずれも臨床使用濃度よりはるかに低い濃度に対しての耐性を示すものであ る。しかし,深海の海底火山周辺では硫化水素を糧として古代より生活して いる細菌も知られている。未知の細菌から遺伝子を獲得し,消毒薬耐性菌が 猛威を振るう日は明日かも知れない。 本書は,外科感染症の治療および術後感染予防と治療における抗菌薬の選 択と使用法を中心にして,実際の臨床ですぐ役立つようにできるだけ簡潔に 記した。また,随所に臨床に役立つヒントや研究のための問題点も投げかけ たつもりである。臨床研修医をはじめ外科臨床に携わる医師のベッドサイド で活用されれば幸いである。 本書では外科感染症分離菌感受性調査研究会の貴重な資料を使用させてい ただいた。本研究会は 1982 年 7 月から継続しているものであり,当時の札幌 医科大学第一外科,慶応大学医学部外科,日本大学医学部第三外科,名古屋 市立大学医学部第一外科,大阪市立大学医学部第二外科,和歌山県立医科大 学第二外科,岡山大学医学部第一外科,広島大学医学部第一外科,福岡大学 医学部第一外科およびこれらの関連病院が参加されている。毎年,極めて興 味ある成績が得られており,その成績は感染症関連の学会や雑誌(主に The Japanese Journal of Antibiotics) に多数発表されてきた。ご協力いただきま した諸先生には深くお礼申し上げます。また研究会発足当初から現在までご 協力いただきました武田薬品工業株式会社には改めて深くお礼申し上げます。 本書が出来上がったのも恩師である柴田清人先生(名古屋市立大学名誉教 授)をはじめ,名古屋市立大学第一外科学教室の諸先生のご指導の下で外科 感染症の研究にたずさわることができた結果であり,また,現東京医療保健 大学 / 大学院教授である大久保 憲先生をはじめとする教室抗菌化学療法班 の諸先生のご協力がいただけた結果である。 岩井重富先生(日本大学医学部) ,横山 隆先生(広島大学医学部)および 藤本幹夫先生(大阪市立大学医学部)には,40 年近く外科感染症分野でお付 き合いをいただき,お会いする度に何らかの知識を与えていただいた。とも に外科医でありながら,培地作りからはじまる細菌の分離・同定・感受性測 定さらには薬剤濃度測定などを経験した仲間である。特に横山先生には原稿 のすべてをご一読いただき,貴重なご意見をいただいた。 また,岐阜大学の渡邉邦友先生,田中香お里先生には嫌気性菌関連につい てご指導いただいた。 関連諸先生には深くお礼申し上げます。 本書については,知識不足の一外科医によるものであり,不十分で不適切 な箇所も多いと思います。ご指摘,ご批判賜れば幸甚です。 2011 年6月 品川 長夫
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