多文化家庭の子育て戦略:中国·韓国に住む日本人父親の視点から 渡辺幸倫(相模女子大学) はじめに 国際結婚は、ここ 20 年ほどのうちに日本の結婚形態の一つとして定着した。なかでも中国・ 韓国出身者との結婚数の割合は高く、両者で全体の約半数以上を占めている。子育てする日中 ·日韓の国際カップルも急増しており、その多くが言語教育、文化教育の点での戸惑いを感じ ている。さらには近年緊張を増す東アジアの政治的葛藤も何らかの影響を与えているであろう ことも容易に推測できる。しかしながら、これらの家庭の子ども達が東アジア全体の未来を開 く鍵となる事は間違いない。したがって、この子ども達が今どのように育てられようとしてい るのかを知る事は、今後の東アジア全体の安定を模索するためにも重要な意義を持つだろう。 研究の背景 日本における多文化家庭の研究のうち、日本人男性と外国人女性のカップルについては、女 性の目線に立ち、「弱者」である女性を支援しようとする文脈で行われているものが多い。こ れらの問題の緊急性や深刻性と対比されていたためか、日本人男性は経済的権力的な優位性な どの文脈の中で語られることが多く、研究の対象としてやや見えにくい状況に置かれてはいな かっただろうか。このような理解のもと、渡辺(2014)では、日本に在住する中国人、韓国 人を妻とする日本人男性を対象にインタビューを行い、これらのカップルが直面する言語選択、 学校選択、国際的な政治葛藤などについての論点を提示した。結果、男性の子育て参加につい てなど広く日本社会で子育てする者たちと共通するものも多かったが、インタビュー対象者の 教育文化的な背景を前提に、考え方の位置取りがなされていることが示唆された。そこで本研 究では、対象を中国、韓国に在住する日本人父親へと広げ、彼らの教育文化的背景の特徴や考 え方の位置取りに着目してこれらの枠組みについて考察する。 なお、本研究は『多文化家庭の子育て戦略の課題 -日韓中の国際カップルへのインタビュー 調査』科学研究費(基盤 C) (課題番号 25381142) (平成 25 年 - 27 年)の一環である。同調 査では、日本在住の日中・日韓カップル、韓国在住の韓日・韓中カップル、中国在住の中日・ 中韓カップルのすべてを対象にインタビューを進めている。既に半数程度のインタビューを行 ったため、これらのインタビュー内容についても参考にしながら分析を進めた。 調査の概要 インタビューの対象は、韓国人あるいは中国人と国際結婚し学齢前期程度までの子どもをも つ日本人男性とし、対象者は発表者を起点とするスノーボールサンプリングによって選定した。 インタビューの内容は、 「子育て」という一定の枠組みの中で課題を探索するために半構造化 インタビューとし、日本在住の父親たちへのインタビューと同様、言語教育、学校選択、両国 の葛藤についての示し方などを軸に 1.5 - 3 時間程度語ってもらった。分析は語られた内容を 単位にテーマごとに分類し、項目ごとの相互関係や全体像についての考察を行った。 表 1:インタビュー対象者の詳細 高橋さん 斉藤さん 渡辺さん 本人年齢 30代前半 30代前半 40代後半 本人出身地 群馬県 栃木県 埼玉県 職業 会社員 会社員 大学講師 妻年齢 30代前半 30代前半 30代半ば 妻出身国 中国(常州) 中国(上海) 中国(上海) 子供年齢 3歳 3歳 9歳 現住地 上海 上海 上海 2013年6月、 インタビュ ー日 2014年11月 2014年11月 2014年11月 山本さん 吉田さん 藤田さん 30代半ば 30代後半 30代後半 福岡県 山形県 茨城県 会社員 会社員 会社員 30代半ば 30代後半 30代後半 韓国(釜山) 韓国(ソウル) 韓国(釜山) 6歳、5歳 6歳 11歳、8歳、4歳 釜山 ソウル ソウル 2013年9月、 2013年9月 2015年3月 2015年3月 * 名前はすべて仮名、複数回インタビューした方の情報は 2 回目のもの。 結果 分析の結果、日本在住の父親たちと同様の点(自らの教育経験に対する強い自負心、中韓で の教育競争への批判的態度など)が多く確認されたが、本発表では、特に外国に居住している という対象者に特徴的と思われる点に注目して考察したい。 対象者自身が受けてきた教育への自負心の根拠の一部となっていると同時に、日本に居住す る日本人夫にあまり見られなかった傾向として、妻の言語でもある現地語が堪能で、仕事上も それを駆使していたことがあった。ほとんどの例が結婚に先立って妻の出身国への留学を経験 しており、出会った当初から妻の言語で会話をする例も多かった。対象者には、現地の言語が でき、現地社会で高度人材として就労することができる能力があることが基礎となっているに もかかわらず、その自由さや高度さには必ずしも意識的ではなかった。その一方で、対象者に はいわゆる「夫が外で働き、妻が家庭を守る」という価値観も散見することができ、この価値 観を実現できる(就労できる)夫にのみ妻の出身国での居住が可能になっているようにみえた。 ただし、この傾向は中国在住者にはやや弱いように感じられた。 また、対象者のほとんどが長時間労働により平日に子どもとの時間を過ごしたり、直接日本 語を教えたりすることに大変な困難を感じていた。これに加えて「居住地での言語を優先する べき」という考え方も広く共有されており、これらも合わさって、対象者のすべての家庭内言 語が妻・現地の言語となっていた。ただし、言語教育に対しては、自身の言語獲得経験への自 負心からか、日本語習得に楽観的な思いが見られた。これは特に韓国在住者に顕著であった。 おわりに 国際結婚を背景にした教育観の研究で日本人の父親に着目した研究はいまだに多いとはい えない。特に今回の研究対象となった父親たちの教育観には、妻との結婚の背景となった留学、 そこで得られた語学力などに基づいた国境を越えた就労のあり方、それを可能にした自身の教 育経験が重要な要素として教育観に影響を与えていた。今後は本研究の結果を軸に、調査中に 「語られたこと」や「語られなかったこと」の検討を中国人や韓国人配偶者側の語りなどと比 較分析することで行い、より立体的な理解が得られるように取り組んでいきたい。 渡辺幸倫(2014)「日本の多文化家庭の子育て課題 ―中国人、韓国人を妻とした日本人夫の語りから」川村 千鶴子編『多文化社会の教育課題 学びの多様性と学習権の保障 』明石書店、pp. 258 - 279.
© Copyright 2024 ExpyDoc