モロッコ農村部ザハナ村における人々の生活

現地駐在員だより モロッコ農村部ザハナ村における人々の生活
在モロッコ日本国大使館 専門調査員 牧薗 舞
1.はじめに
世界銀行によれば,モロッコの2015年の実質 GDP 成長率は前年比4.6%であり,2018
年までの平均成長率は約5%と予測されている(http://www.worldbank.org 参照)
。ま
た,2015年1月に国際通貨基金(IMF)が実施したモロッコ経済調査では,モロッコのマ
クロ経済指標を「良好」と評価している(World Economic Outlook 2015 参照)
。その
一方で,モロッコ高等計画委員会(HCP)は,2011年の時点で,200万人が貧困状態にあ
り,430万人が経済的に不安定な状態にあるという(Millennium Development Goals:
National Report 2012 参照)。また,貧困状態にある人々の67.5%,経済的に不安定な
人々の58.8%が農村部に集中しているという(同上)。これらの数値データから,モロッ
コは安定した経済成長を続けているが,農村部においては依然として貧しい生活が続いて
いることが分かる。しかし,農村部の人々が実際にどのような生活を送っているのかに関
しては,上記のような量的な観点だけからは把握することができない。本稿では,農村部
に暮らす人々の生活の一例として,ガルブ地区シディスリマーン市ザハナ村における人々
の暮らしを質的に概観する。特に家計を支えるための女性による取り組みに着目すること
で,モロッコに関する新たな側面を紹介する。
図1:ザハナ村の風景
図2:ザハナ村の農地
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2.モロッコ農村部ザハナ村における人々の生活
ザハナ村はモロッコ中央部ガルブ地区シディスリマーン市にあり,人口1,300人ほどの
小さな村である(図1/2参照)。国際労働移動を行う女性に関する調査の一環として,
2013年の9月から2014年4月の間にかけて,この村を訪問した。以下では,住民と生活
を共にする中で,垣間みることができた農村部に暮らす人々の生活を紹介する。
2.1.日常生活
ザハナ村の多くの男性は,小作農家を営んでいるか,日雇いの農業従事者である。早朝,
お祈りを終えると,日雇い労働者は仕事を得るために,モックフと呼ばれる日雇い労働者
が集まる広場に集合する。小作農家など,労働力が必要な人は,モックフに来て,その日
に必要な人数を雇うことになる。小作農家の場合,仕事の内容は季節毎に異なり,種蒔き,
作物の収穫,農薬の散布など様々である。平均的な労働時間は朝7時頃から午後2時頃ま
での7時間で,日給は約50DH(約600円)である。仕事を終えた男性はその日に必要な
野菜や肉などを購入し,自分のコーヒー代やタバコ代を抜いて残った額を妻に渡す。また,
スーパーのない農村部では移動市場が開かれる日に肉と野菜をまとめて購入することが多
いため,男性は市場が開かれる前日に日雇い労働に行くようである。
一方で,女性は男性が働いている間に,石釜の火を起こしてパンを焼き,牛の乳を絞り,
家畜の世話をしている。子どもが学校に行った後は家の掃除である。ザハナ村の家屋の多
くは土と藁をコンクリートに混ぜて作ったブロックで作られており,窓はカーテンで覆っ
てあるだけであるため,砂埃が部屋に吹き込んできてしまう。そのため,女性は頻繁に掃
き掃除をしている。掃除を終えると,男性が帰宅するまでに昼食の準備に取りかかる。金
図3:クスクスを作る女性
図4:石窯でパンを焼く女性
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曜日はクスクス,それ以外の日は季節野菜と肉のタジンを作っている。クスクスは小麦か
ら手作りで,タジンは数時間煮込む必要があるため,昼食作りは大変な作業である(図3
参照)。夕方になると,近所の女性同士が集まり,ミントティーを飲みながら織物をした
り,クッキーを焼いたり,噂話や宗教の話などをしている。その間,男性は友人とカフェ
に出かけている。再び男性が帰宅すると,家族でグテーというおやつタイムとなる。グテー
では,ムッスンメンやハルシャと呼ばれるパンが食べられており,ミントティーが飲まれ
ている(図4参照)。その後,女性は片付けをしながら夕食の準備に取りかかる。午後10
時頃に,パスタなどの温かい夕食を済ませ,お祈り後に就寝する。
このように,ザハナ村の家庭の多くは,他のモロッコ農村部の家庭と同様,男性は働き
に出て家計を支え,女性は家事に従事している。しかし,ザハナ村では,家計を支えると
いう役割を一時的に女性が担う場合がある。一部の女性たちは,3月から6月の3ヵ月間,
スペイン南部のウェルバ市に出稼ぎに行くのである。
2.2.女性の出稼ぎ
モロッコ雇用・社会問題省のアナペックとスペイン労働省は,不法移民による労働者の
減少を目的とし,2006年からモロッコ人女性を対象とした季節労働プロジェクトを導入し
ている。本プロジェクトは農村部出身の26歳から42歳までの子どものいる既婚女性を対象
としている。2009年には16万人の女性がモロッコから同プロジェクトでスペインに出稼
ぎのため出国している。
スペイン・ウェルバ市での女性たちの主な仕事は農場でのイチゴ狩りである(図5参照)
。
日給は約40ユーロで,早朝から夕方まで働いている。女性たちは農場にあるプレハブ小屋
図5:スペインでのイチゴ狩りの様子
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で共同生活を送っており,休日になると町に出て,現地在住のモロッコ人移民が営むイン
ターネットカフェに併設された公衆電話で家族に電話をしたりしている。また,スーパー
で買い物をしたり,他の農場に出向き,同プロジェクトで派遣された女性とお茶を飲みな
がら過ごしたりすることもある。女性が出稼ぎに出ている間は,娘がパンを焼き,食事や
洗濯等の家事を行っているようである。男性が家事や育児をする家庭もある。
これまで就学・労働経験のない農村の女性が,3ヵ月間の外国での季節労働により,モ
ロッコの一人あたりGDPとおよそ同等額(約3,300ドル)を稼いで帰国すると,男性と女
性の社会的・家庭的地位や役割に変化が起きる場合がある。これまで男性が主導権を握っ
ていた家庭のお金の使い道に,女性も積極的に関与するようになるのである。
2.3.お金の使い道
モロッコ農村部の家庭では,多くの場合,家計を支えるのは男性で,家主である男性が
金銭の管理を行っている。しかし,スペインへの出稼ぎを経験した女性200名を対象とし
たインタビュー調査を行ったところ,女性たちは稼いだお金の使い道は自分の意志で決め
ていることが分かった。主に家具の購入費や家の増築や修繕の費用に充てる場合が多く,
化粧品や洋服を購入することもあるという。家事が楽になるように家電を買う場合もある
(図6参照)。中には,スペインで買った服を着て,アシマなどのスーパーに買い物に行く
ようになった女性たちや,町にマッサージを受けに行くようになった女性たちもいる。さ
らには,継続的な収入を得るために家畜を購入したり,子どもの将来のために,子どもを
都市部の私立学校に通わせ始めたりする女性もいる。
図6:冷蔵庫を購入した女性
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自分で稼いだ収入を使って自立的に家庭を支える女性たちが徐々に増えるにつれて,周
囲の男性たちの考え方にも変化が起きている。本プロジェクトの開始当初,男性たちは女
性が家庭を出て出稼ぎに行くことを恥ずかしく感じており,出稼ぎに行く女性に関して悪
口を言うなど,否定的意見が多かったようである。しかし,女性が出稼ぎに行くようにな
って約10年が経過する現在では,否定的な意見を持っていた男性も,自分の妻が出稼ぎに
行くことに理解を示すようになっており,出稼ぎ女性に対して肯定的な印象を持つように
なっている。
3.おわりに
本稿では量的な観点からは見えてこない,モロッコ農村部に暮らす人々の生活を紹介し
た。ザハナ村の人々は,その日必要なお金は家主である男性がその日に稼ぐという生活を
送っているが,女性たちがスペインに出稼ぎに赴き,女性が家計を支えるという現象がみ
られる。世界銀行によれば,女性の労働参加率は2015年までの5年間で平均27%と依然
として低い(http://www.worldbank.org 参照)。今後,モロッコの経済成長のためには
女性の社会進出が望まれるが,
「女性は家庭の中」という伝統的な価値観が強いモロッコで
は,女性が外に働きに出るには家族の理解が必要である。ザハナ村の事例は,一般化する
には事例数が限られているものの,モロッコ人女性が家庭の外に出て働き,収入を得るよ
うになった場合に,周囲がどのように反応し,どのように受容していくのかを示す一つの
ケースとして捉えることができる。モロッコの他の地域においても今後見込まれる女性の
社会進出に対し,起こり得る社会や家庭の反応を予測することができれば,社会的側面を
考慮した農村開発計画を策定することが可能になるであろう。
これまでのモロッコでの滞在経験や,今後の滞在期間を通して,モロッコの発展に少し
でも貢献することができたら幸いである。
注:本稿の内容は個人の見解であり,大使館の意見を代表するものではない。
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