<メディアウオッチ> 原子力「軍事利用」問題 閣僚の「詭弁」と新聞論調を

<メディアウオッチ>
原子力「軍事利用」問題
閣僚の「詭弁」と新聞論調を検証
上出 義樹
軍事利用を禁止しているはずの原子力基本法に、その大原則を損ないかねない「安全保
障」の文言が国民もメディアも知らぬ間にこっそり書き加えられていたことが問題になっ
ている。筆者(上出)が 6 月 26 日までに参加した記者会見での関係閣僚の発言内容と、
主要各紙の論調を中心にこの問題を検証した。
浮き彫りになったのは、軍事利用への「拡大解釈」の可能性を懸命に否定する閣僚たち
き べ ん
の詭弁のむなしさである。そして、今回の問題の背景には、消費税増税関連法案の成立の
ために、議会制民主主義とは相容れない形でセットされた民自公3党修正協議という事実
上の「密室政治」があった。
原子力基本法に「安全保障」の文言をこっそり追加
原発建設をはじめとする日本の原子力政策は 1950 年代にスタート。以来、米国の強力
なコントロール下に置かれているが、被爆国という立場から、原子力基本法(1955 年)で
は、原子力の研究、開発及び利用を、あくまで平和目的に限定。その上で、
「民主・自主・
公開」の3原則を掲げている。ところが、この 6 月 20 日に参院を通過し成立した同法の
改正案では、「安全保障に資する」との目的が、「附則」の中に付け加えられていた。
「安全保障に資する」の文言は、同じ日に成立した自民党主導の議員立法による原子力
規制委員会設置法でも使われている。つまり、東京電力福島第一原発事故で批判にさらさ
れた内閣府の原子力安全委員会や経産省原子力・安全保安院に代わる新たな原子力規制機
関を設置するための法案に便乗する形で、原子力基本法にも「安全保障」の言葉を巧みに
滑り込ませたわけだ。
平和原則脅かす法改正に在京 3 紙が批判的報道
この問題を新聞がどう取り上げているか。主要各紙の報道内容を見てみよう。6月 20
日に可決・成立した改正原子力基本法と原子力規制委員会設置法に、
「安全保障に資する」
との目的が書かれていたことを最初に報じたのは東京新聞と朝日新聞の 21 日付朝刊。両
紙とも批判的な論調で、とくに東京は「原子力の憲法 こっそり変更」の見出しを付け1面
トップで扱った。1日遅れて毎日が 22 日付朝刊2面トップで、やはり批判的に報道した。
産経と読売は社説で「安全保障」明記を支持
読売,日経、産経の各紙は、筆者が調べた限り、一般記事では扱っていない。しかし、
産経は 23 日の社説で「『安全保障』の明記は当然だ」との見出しで、法改正を全面支持。
読売も核燃料サイクル問題を取り上げた 23 日の社説の末尾で、
「安全保障」の文言の追加
問題に触れ、「原子力技術の役割を考えれば当然のこと」と、賛意を示している。
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ブロック紙を含む主要な地方紙は、共同、時事の通信社から配信がなかったからか、東
京新聞を傘下に置く中日新聞以外は、一般記事は見当たらない。その中で、北海道新聞が
23 日付の社説で「軍事利用に道開く気か」と、厳しく批判している。
細野環境相は「拡大解釈」の懸念を否定
一方、担当閣僚はメディアにどう説明をしているのか。筆者は 26 日の閣議後会見で、
「安
全保障」の文言をめぐる国会答弁にも立った細野豪志環境相(原発担当相)に、次の2点
に対する見解を求めた。①韓国のメディアが「日本は原子力の軍事利用の布石を打った」
と猛反発している②細野環境相が国会答弁で「セーフガード」
(保障措置)などの言葉を使
っているが、軍事的な意味で使われる「安全保障」
(セキュリティー)とは違うのでないか。
いったん、「安全保障」の文言が法律に盛り込まれたら拡大解釈の懸念をぬぐえない。
細野氏は、①と②の質問を一緒にして次のように答えた。
「原子力基本法は『平和』を明確に規定し、非核原則は国の理念として確立している。
(軍事利用への拡大解釈の)懸念は当たらない」
「(「安全保障」は)セーフガード、セキュリティー、セーフティの3つのSがセット。
セーフガードはまさに核物質を拡散させないための措置。核物質が拡散すればわが国の安
全保障が揺らぐことは間違いない。セキュリティーは(核施設への)テロなどへの対応で、
セーフティは主に防災」
自民党の修正で入った文言
「確かに、これ(『安全保障』)は自民党の修正で入った言葉で、私たち政府として積極
的に入れようと思っていたものではない。ただ、原子力を使う以上は、
『平和』を言葉とし
て掲げておくだけでなく、核不拡散なりセキュリティーに貢献していかなければ、『平和』
を実現できない。だからこそ、日本の場合は、セキュリティーだって相当しっかりしなけ
ればならない。このことには、
(質問者=上出も)賛同いただけるはずだ。(法律)は自国で
決めることなのだから、(『拡大解釈』を懸念する前に)自国で何ができるかということを
意識していただきたい」
法案修正を主導した塩崎議員は「日本を守るため」と説明
少し長い紹介になったが、細野環境相のこの説明からすぐに気がつくことがある。意識
的と思われる言葉のすり替えだ。ふつうに考えれば、軍事的な意味での国の安全のことを
指す「安全保障」を、原子力の「危機管理」や「安全管理」の問題とあえて混同させてい
る。
「3つの S」などを挙げて、話の体裁を整えているが、説得力に欠き、全体として「詭
弁」と言うしかない。
そんな説明の中で、「本音」ものぞかせている。「安全保障」は自民党の修正で入った言
葉であり、もともと政府が考えていたわけではないことだ。結局、細野環境相はこの問題
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の火消し役をさせられることになるが、東京新聞によると、法案の修正を主導した自民党
の塩崎恭久衆議院議員(元官房長官)は「日本を守るため、原子力の技術を安全保障から
も理解しないといけない」と語っている。塩崎氏が本来の意味での「安全保障」を念頭に
置いていたことは間違いなく、細野環境相がいくら、今回の問題で「(軍事利用の拡大解釈
の)懸念は当たらない」と強調しても、やはり「詭弁」と言わざるを得ない。
建前だけを語る閣僚たち
他の閣僚の発言も紹介しよう。それぞれ閣議後会見での筆者の質問に応じたもので、原
発行政を管轄する枝野幸男経産相は「「拡大解釈のない運用をする」(6 月 22 日)と応答。
韓国メディアの猛反発に関連して玄葉光一郎外相は「韓国政府からの(外交上の)反応は
とくにない。いずれにせよ、日本が核武装しないという方針は揺るがない」(26 日)と答
えているが、両閣僚ともあくまで建前を語っているに過ぎない。
政府与党や自民党の「本心」を代弁する社説
その点で、政府与党や自民党の「本心」を代弁しているのが、「『安全保障』の明記は当
然だ」とする産経新聞の 23 日付社説。「『安全保障』が核兵器開発などと直結しないのは
明々白々だ。エネルギー安全保障や核不拡散を強化する意味での用法と理解するのが順当
な解釈である」と、細野環境相とほぼ同じ言い回しで「軍事利用」の可能性を否定。その
一方で、
「同時に、抑止力などの観点も含めて原子力技術を堅持することは日本の安全保障
にとって不可欠である。非核三原則の見直しなどの論議も封殺してはなるまい」と、塩崎
議員や改憲勢力にエールを送るような「安保」論を展開。
「安全保障」の拡大解釈にも含み
を持たせた主張をしている。
問題の背景に「密室政治」
メディアはもっと「大騒ぎ」すべき
「原子力の憲法」をこっそり変更した今回の法改正は、原発の是非は別にして、平和原
則の根幹を揺るがしかねない大問題である。ところが、賛成派の読売や産経はもとより、
NHK を含むテレビも総じて反応が鈍い。この問題を批判的に報道する東京、朝日、毎日
の記者が参加している記者会見でも、筆者が質問した3人の閣僚に関連質問をする記者は
全くいなかった。メディアはなぜ、もっと大騒ぎしないのか。
結局、法案成立までメディアも国民も気づかなかった「安全保障」の明記は、民自公 3
党修正協議といういびつな「密室政治」の隙を突かれた出来事と見ることもできる。為政
者もメディアも、まさに原子力基本法がうたう「民主・自主・公開」の意味をあらためて
肝に銘じるべきだろう。
(かみで・よしき)北海道新聞で東京支社政治経済部、シンガポール特派員、編集委
員などを担当。現在フリーランス記者。上智大大学院博士課程(新聞学専攻)在学中。
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