先天性心疾患の特徴と 胎児,新生児,小児の 循環動態の理解

特集
先天性心疾患のある子どもへのケア
解剖・病態生理・検査の解説と看護のスキル
先天性心疾患の特徴と
胎児,新生児,小児の
循環動態の理解
循環器小児科
中西敏雄
本稿では,まず胎児循環,新生児,小児の循
出生前には10 ∼17%となる。6.5L/分/m 2 の
環動態,未熟心筋の特徴について述べ,次に,
総 拍 出 量 の う ち, 胎 盤(40 %) と 肺(17 %)
胎児,新生児,小児の先天性心疾患について概
への血行を除いた43%の血流,2.8L/分/m2が
説する。
胎児の身体を潅流する。これは,生後の心拍出
係数3.5L/分/m2よりやや少ないが,胎児では
胎児循環
脳,腎臓,肝臓,心臓などへの血流分布が多い。
胎児循環の特色は,1)胎盤があること,2)
また,胎児ヘモグロビンは2,3-diphosphoglyc-
動脈管が開存していること,3)肺への血流が
erate(2,3-DPG)との結合が乏しい。2,3-DPG
少ないこと,4)静脈管が開存していること,
と酸素はヘモグロビンとの結合について競合す
5)卵円孔が開存していることである(図1)
。
るので,胎児赤血球は酸素との結合が強く,比
胎盤の血管抵抗は低く,左室+右室の拍出量
較的低い酸素分圧でも酸素飽和度は高くなり,
(総拍出量)の40%が胎盤にいく。ちなみに,
低い酸素分圧状態での酸素供給に有利となって
いる。
右室は250mL/kg/分,左室は200mL/kg/分拍出
する。心拍出量を体表
面積で割った値,心拍
出係数に換算すれば,
満 期 3kg( 体 表 面 積
0.21m )の胎児は右
図1 胎児循環
いる。この値は,新生
胎児期中期の肺へ
3∼4%であるが,そ
の後,次第に増加し,
こどもケア vol.10_no.2
RA
DA
肺動脈
LA
門脈
臍帯静脈
静脈血酸素飽和度は40%。下大
静脈の心房入口部で70%に上が
り,その血液が大部分卵円孔を
通って左房に行くので,左室や
上行大動脈の酸素飽和度は65%
DV
右室
左室
DV:静脈管,RA:右房,
PFO:卵円孔,DA:動脈管,
AAo:上行大動脈,LA:左房,
*:大動脈縮窄部
となる。右室や肺動脈の血流は,
上半身からの酸素飽和度40%の
血液の大部分と,下大静脈から
門脈
下大静脈
の70%の血液とが混合して55%
臍帯動脈
の血流は,総拍出量の
AAo
肝臓
児や成人と同じである
(3.5L/分/m2)。
下半身や上半身から還ってくる
PFO
肝静脈
室が3.6L/分/m2,左室
が2.9L/分/m2拍出して
臍帯静脈の酸素飽和度は80%,
酸素飽和度
40∼60%
65∼70%
80%
肺動脈
2
2
東京女子医科大学
下大動脈
となったものである。その血液
は,大部分が動脈管を通って下
行大動脈へ流れる。下半身へ流
れる動脈血酸素飽和度は60%と
なる。
出生前の動脈管開存は,低酸素血症,動脈管や
胎児血の酸素飽和度
胎盤が産生する血中プロスタグランジンE2濃
臍帯静脈の酸素飽和度は80%,酸素分圧は
度高値,動脈管による一酸化窒素産生などによ
34mmHgくらいである。下半身や上半身から
り成立する。出生後の動脈管閉鎖は,呼吸開始
還ってくる静脈血の酸素飽和度は40%である。
による血液酸素分圧の増加と血中プロスタグラ
下大静脈の心房入口部では臍帯静脈血と混合す
ンジンE2濃度低下による(表1)
。動脈管が酸
るので70%に上がる。その血液が大部分卵円
素で閉じる機序は,酸素感受性カリウムチャン
孔を通って左房に行くので,左室や上行大動脈
ネルの存在や,酸素でエンドセリン産生が増加
の酸素飽和度は65%となる。
し,動脈管の収縮を来している可能性がある。
一方,右室や肺動脈の血流は,上半身からの
動脈管が開いていないと生後生存できない先
酸素飽和度40%の血液の大部分と,下大静脈
天性心疾患がある。左心低形成症候群や大動脈
からの70%の血液とが混合して55%となった
縮窄複合,大動脈離断症などである(図2)
。
ものである。その血液の大部分は,動脈管を
これらの疾患では,生後酸素分圧が上昇して動
通って下行大動脈へ流れる。脳へは酸素飽和度
脈管が閉じるとショック状態に陥ったり,死亡
65%(分圧28mmHg)の血液が,下半身へは
したりする。純型肺動脈弁閉鎖症や側副血行の
酸素飽和度60%の血液(分圧20mmHg)が供
ない肺動脈閉鎖では,動脈管が閉じると低酸素
給される。
表1 動脈管開閉を決定する因子
出生前動脈管開存
動脈管
低酸素血症 血中プロスタグランジンE2濃度高値
一酸化窒素産生(動脈管)
動脈管は胎児期に開存しており,出生後まも
なく(約12時間後)閉じる。
出生後の動脈管閉鎖
胎生期の動脈管の開存と出生後の閉鎖の機構
呼吸開始による血液酸素分圧の増加 血中プロスタグランジンE2濃度低下
は単純ではなく,複数の機構が関与している。
図2 生後,動脈管が開いていないと生存できない心疾患
DA
肺動脈
AAo
肺動脈
PA LA
肺動脈
AAo
下行大動脈
RA
左室
右室
左心低形成症候群
RA PA
右室
★
DA
LA
下行
大動脈
左室
大動脈縮窄複合
DV:静脈管,RA:右房,PFO:卵円孔,DA:動脈管,
AAo:上行大動脈,LA:左房,*:大動脈縮窄部
RA
AAo
DA
AAo
DA
PA LA
RA
下行
大動脈
右室
左室
大動脈離断症
PA
LA
右室
左室
下行
大動脈
肺動脈弁閉鎖症
心室中隔欠損を認めないタイプの肺動脈閉鎖(純型肺動
脈閉鎖症)
。図には示さないが,心室中隔欠損を合併する
ものでも,大動脈から肺へ側副血行が存在しないもので
は,動脈管が開いていないと生後生存できない。
こどもケア vol.10_no.2
3
表2 生後の肺血管抵抗の低下の機序
血症となり,生存できない(図2)。これらの
疾患では,動脈管を開いた状態に保つために,
プロスタグランジンE1を点滴静注する。
逆に,生後動脈管が開いたままでは心不全に
血中酸素分圧の上昇
内皮依存性弛緩因子(NO)産生の増加
酸素感受性カリウムチャンネルの開放
換気の開始 肺のプロスタサイクリンの産生増加 陥ってしまう場合もある。前述の合併心疾患が
なく,生後動脈管が大きく開いたままの場合で
管を拡張させる。プロスタサイクリンの役割は
ある。出生後,肺血管抵抗が下がると,多量の
NOに比較し少ない。
血液が大動脈から肺動脈に流れ,左室容量負荷
を来し心不全となる。特に未熟児で多いが,未
周産期の体循環
熟児動脈管開存に対しては,インドメタシンの
言うまでもなく,周産期の体循環の最も大き
投与(プロスタグランジンE2産生の阻害薬)
な変化は,胎盤循環の消失(出生時)
,動脈管
や,外科的動脈管結紮術が行われる。
の閉鎖(生後数時間∼数日)
,静脈管の閉鎖(生
生後の肺循環の発達
消失(生後数時間∼数日)である。
胎生期には,肺動脈の中膜平滑筋層は肥厚し
胎児,新生児の脳への血流調節は,脳組織の
ており,肺血管抵抗は高い。エンドセリンが胎
アデノシン,PO2,PCO2 などにより調節され
仔の肺血管収縮を維持する役割を果たしている
るautoregulationが主であり,四肢,筋肉,体
という報告もある。
臓器への血流調節は神経調節が主である。胎生
肺血管抵抗は,出生と共に急激に低下し,生
期はともかく,出生後に肺動脈や体動脈の収
後24時間では,平均肺動脈圧は平均体動脈圧
縮,弛緩に大きな影響を与えるのは,交感神経
の約半分となる。肺血管抵抗は,その後ゆっく
興奮や血中カテコラミンである。末梢での受容
りと低下し,2∼6週で成人のレベルに達す
体の発達は,一般的にはα-受容体の発達が早
る。肺動脈中膜の筋性肥厚は,生後1∼2週で
く,β-受容体,アセチルコリン受容体の発達
消失する。
は遅れる。レニン-アンジオテンシン系も,胎
生後の肺血管抵抗の低下は,血中酸素分圧の
児期にすでに活性を示す。
上昇と換気の影響が最も大きい(表2)
。動物
腎は,成人では体血流の25%を受けるが,
実験では,胎生後期になると酸素分圧の変化や
36週胎児では5%にすぎない。また,腎内の
アセチルコリンで肺血流は変動するが,早期胎
血流分布も,成人では皮質に多く髄質に少ない
仔では,そのような反応は認められない。
が,新生児ではその差は少ない。腎の血管抵抗
また,一酸化窒素(以下,NO)に対する感
は,生後1週を過ぎて低下してくる。
受性は晩期胎仔や新生仔の未熟な血管は,成獣
4
後数日∼数週)
,卵円孔を介した右―左短絡の
に比べて低い。しかし,感受性は低いものの,
周産期心筋の収縮機構
NOに反応して肺動脈拡張が起こる。出生に伴
心筋の収縮は,カルシウム(以下,Ca)イ
い血中酸素分圧が上昇することによりNO産生
オンによって媒介されている。成熟心の収縮・
が増加しNOの作用で肺血管が拡張する。換気
弛緩機構を簡単に述べると(図3)
,まず細胞
自体の影響でも(血中酸素分圧の変化なしに)
,
膜興奮に伴って,カルシウム電流slow inward
肺のプロスタサイクリンの産生が増加し,肺血
currentを通してCaが流入する。そのCaは,よ
こどもケア vol.10_no.2
図3 心筋の収縮機構
細胞外液
Na+Ca2+交換ポンプ
Ca2+
2K+
ATP
iCa-L
25%
Ca2+
Na+
3Na+
ATP
3Na+
Ca2+
H+
T管
筋原線維
Ca2+i
Ca2+i
小胞体から
放出されるCa2+
(75%)
ホスホランバン
Ca2+
Ca2+
貯蔵
Ca2+
ATP
筋小胞体ネットワーク
(Caポンプによる取り込み)
Ca2+
遊離チャンネル
(リアノジン受容体)
筋小胞体接合部
(貯蔵と放出)
収縮期
拡張期
細胞膜興奮に伴って,細胞膜やT管(細胞膜が細胞内側へ折れ込んだ形になっている管状構造器官)に存在するL型の
Caチャンネルを通して,Caが流入する。そのCaが,より大きなCaプールである筋小胞体からのCa放出を促すことで,
細胞内Ca濃度が上昇し,収縮が起こる。
り大きなCaプールである筋小胞体よりのCa放
出を促し,細胞内Ca濃度は上昇する。細胞内
周産期の心機能
Caは筋原線維のうちのトロポニンに結合し,
新生児や胎児では,単位重量あたりの心筋が
ミオシンとアクチンが反応して,両者がスライ
発生する力は,成熟児に比し少ない。その原因
ドすることにより筋収縮が起こる。
の一つに,筋原線維の量が未熟心筋で少ないこ
心筋細胞興奮に伴い,細胞膜より流入した
とが挙げられる。一方,体表面積ないし体重あ
Caに促されて,筋小胞体よりCaの放出が起こ
たりの心拍出量は,新生児は成人に比べて多
るが,未熟心筋ほど筋小胞体より放出される
い。出生直後は,特に血中カテコラミン濃度が
Caの心筋収縮に対する役割は少ない。細胞内
既に高いため,心拍出量の予備能は少ない。容
Ca濃度は,主に小胞体へのCa取り込みによっ
量負荷に対しても,心拍出量(ないし心仕事量)
て,細胞外濃度の100分の1から1万分の1に
を増加させ得る予備は少ない。新生児では圧負
保たれている。未熟な心筋では,細胞内Ca処
荷に対しても,心不全になりやすい。
理を司る細胞内小器官(小胞体)が未発達であ
未熟児の出生後ショック状態に対し,カテコ
る。細胞内Ca制御機構の未熟性は,未熟心筋
ラミンが使用されることがある。ドーパミンが
の持つ大きな弱点である。
未熟児,新生児の心不全治療に最も頻繁に用い
られる薬剤である。心収縮性が低下している場
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