第 7 回若手研究会発表要旨 ポライトネス理論からみた日韓挨拶表現の対照 ―出会いの場面を中心に― 岡村佳奈(東京大学総合文化研究科博士課程) 本発表では、言語的にも文化的にも似通っていると言われる日本語と韓国語に焦点を当 て、出会いの場面における両言語の挨拶表現を分類するとともに、その分類に基づいて親 密度や上下関係による使用様相の特徴を明らかにすることを研究目的とした。 これまでの先行研究では、定型性の可否を軸に挨拶表現を定型/非定型的表現の二つに 分類し、前者はネガティブ・ポライトネス(以下、NP)、後者はポジティブ・ポライトネ ス(以下、PP)として機能することが議論されてきた。そして日韓の対照に関しては、日 本語の方が韓国語よりも定型性が高いこと、また聞き手との親密度や上下関係が挨拶表現 の使用様相に影響を及ぼすことが述べられてきた。しかし、挨拶表現の定型化は時代とと もに変化していくことなどのため、このような二項対立ではどちらにも属さない表現があ る。本発表では、このような問題点を改善すべく、まず挨拶表現を「NPである定型的表 現」 、 「NPとPPの中間に位置づけられる準定型的表現」「PPである非定型的表現」の三 つに分類した。 定型性 定型 機能 NP (NP) 準定型 非定型 (PP) PP 類型 ① 決まり文句投げかけ ② 出会いの頻度・事態言及 ③ 謝意の表明 ④ 新語の決まり文句投げかけ ⑤ 労苦への察し ⑥ 踏み込みの弱い問いかけ・描写 ⑦ 踏み込みの強い問いかけ ⑧ 話し手の感情表出 なお、ここで言うNP/PPとは、ブラウン&レビンソンのポライトネス理論における概 念であり、NPは、他者に邪魔されたくない・踏み込まれたくない欲求を補償する行為で あり、相手を遠ざけたり距離を置いたりしたいと思っている時、また相手に配慮や敬意を 示したいと思っている時、有効に用いられる方法である。一方、PPとは他者に受け入れ られたい・よく思われたい欲求に対応する行為であり、相手との距離を縮めたり親密さを 表したりしたい時、親しい人との言語行動で頻繁に現れる。 次に、本発表では親密度や上下関係による使用様相の特徴を明らかにするため、2012 年 1 7 月から 9 月と 2014 年 8 月から 12 月にかけて、20~30 代の韓国語母語話者 25 名及び日本 語母語話者 25 名、計 50 名を対象に調査を実施した。調査方法としては、挨拶が行われる 5 つの状況を被験者の母語で提示した後、親しい目上の人/同年輩/目下の人、親しくない 目上の人/同年輩/目下の人にそれぞれに対してどのように挨拶をするか、口頭で自由に 答えるよう依頼する口頭言語産出アンケートを用いた。 このような調査から明らかになった日韓挨拶表現の様相は、以下の通りである。 ① 総じて日本語母語話者は定型的表現、韓国語母語話者は定型的表現だけでなく準定型 /非定型的表現を好むことが認められた。 ② 上下距離感による様相は、日韓両言語において際立った差異が認められなかった。た だし「決まり文句投げかけ」を多用したり「新語の決まり文句投げかけ」が用いられ なかったりしており、目上の人にはNPを志向するため、目上の人に好まれたり避け られたりする類型があることが若干窺えた。 ③ 日本語母語話者は、親密度を考慮してはいるものの全ての人にNPを志向するため、 親しい人にでも非定型的表現はあまり用いず、定型的表現や、相手に親しみを表しつ つも礼儀を示せる準定型的表現で挨拶することが明らかになった。一方、韓国語母語 話者は、親しい人には定型的、親しくない人には非定型的表現を用い、準定型的表現 に関しては親密度による差異がほとんど認められなかった。 既存の定型/非定型的表現という分類に更に準定型的表現を加えたことにより、日韓挨 拶表現の差異をより詳しく明らかにした点において本発表は意義があると思われる。しか し、インタビューなどを行って挨拶表現の使用に潜む意識を考察できていないこと、また 口頭言語産出アンケートのデータが実際の挨拶談話とは異なる可能性があることなどは、 本発表の限界であり、その点については今後の課題としたい。 2
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